2018年04月25日

サルトルの言う「自由の刑」とは、、、。自由の裏に大きな「責任の重さ、、、。

先週の「世界の哲学者に人生相談」もまた面白かった。

高田純次が司会で、今回は、「自由」についてだった。


ある28才女性の悩み

「私は、親が望む大学を出て、地元で就職をしました。
いつまでも自由になれず、親から求められるものが
大きくなって、押しつぶされそうです。
自由を確保するには、どうしたらよいでしょうか?」

と、、、。


タレントのヒロミのコメントがよかったね〜。がとてもいいコメントをしていた。

「俺も若いころ、プロダクションに所属していたが、
なんか嫌で、一人で独立した。一見、自由になったように
見えるが、返って自由がなくなった。今までは、
例えば、嫌な仕事とか、プロダクションの人を介して
断ることもできたけど、今は、そういうことも含めて、
すべて自分でやらなければならない。とくに厄介なのが、
もめ事が起きたとき。そんなときも、プロダクション社長である
自分が出ていかなくてはならない」


と、、、。

こんな感じで進んでいく中で、フランスの哲学者
サルトル(1905-1980)の言葉が紹介された。

「人間は、自由の刑に処されている」

と、、、。

深い言葉だね〜。

どういう意味かというと、自由の裏にある「責任」の重さについてだ。

独立したヒロミは、自由になるどころか、仕事が増えたし、
プロダクションの経営者として、嫌でも仕事をしなくてはならない。

自由は、賛美される言葉であるが、
本当の自由というものは、しっかりとその責任が付随してくる。

それを自覚していない人が、多いように思う。

28才の女性に関しても、
例えば、自由を求めて、親元を離れて、
東京などの都会へ出て、自活するか?

まさに、人生を大きく左右する「決断」だろうね〜。

自由とは、常に決断の連続だ。

そして、人生って、誰も責任を負ってはくれない。

最終的には、すべて自分にかかってくる。

それが、サルトルがいう「自由の刑」ということなのかもしれない。

人間って、実は、一日に3億ほどの決断をしているという。

例えば、朝起きるか、きないか?歯を磨くか、、磨かないか?

朝ご飯を食べるか、食べないか?

確かに、「決断」という言葉を使えば、大げさかもしれないが、
常に選択に迫られている。

そして、その一瞬、一瞬に決断が迫られ、
その決断の連続で、人生が決まる。

例えば、電車の中でも、待ち時間でも、少しの時間でも
本を読む癖を身に着けている人。

そのことも「本を読む」という決断であり、
それが習慣になっていて、10年も読み続ければ、
かなり視野が広がってくる。

大きな決断をすれば、どうしても腹をくくらなくてはならない。

その28才女性にの方にしろ、もし、親元から
離れるというのは、その人にとっては、大きな決断であろうし、
そのことが日々の小さな決断に影響してくるであろう。

また、いろいろ迷いを抱えながら、地元で暮らすというのも
一つの大きな決断であろうし、それには「分が決めた道「」だと
いうことを、しっかりと自覚する必要があるのかもしれない。

どちらにしろ、人生には苦悩がつきもの。

そこから、逃げることはできない。

昨年放送された、NHKのEテレ100分で名著の「維摩経」が
の中で、このような言葉が、とても心に響いた。


「何処にも逃げ道などない。苦難の今を引き受け、
苦難の世俗を生き抜く覚悟がいる」

厳しい表現であるが、逆にその覚悟を持てば、
かなり楽になってくるような気がしてならない。


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2018年04月20日

「私」という人格とは、、、。すべてがつながっている私という存在。

先日、仕事で一日、京都に行っていたが、
夕方、会社に帰ってきて、研究室に戻ると、
入社して6年目に突入したM君が、こないだ
入った新入社員に仕事を教えているではないか。

なんとなく、ほほえましいシーンであった。

M君は、とても率直で、いろんなことに取り組む
姿勢は素晴らしい。

その反面、なかなか仕事を覚えることができず、
けっこう、手を焼いた方だ。

そんなM君が、後輩に指導するようになった。

それも、私が教えたことを、その新入社員に
教えている。

わたしも、多くの先輩たちや文献から、
いろんな知識を得た。

その知識が次の世代に伝達された瞬間を目撃できた。

とても、うれしく思えた。

人間の大きな特徴として、
知識、知恵というモノをが次の世代に伝わっていくということ。

もし、何もない原始時代に、おぎゃーと生まれたら、
間違いなく、ただ食べものを探すのに必死のはずだ。

テレビもない、パソコンもない、電気もガスもないし、
溢れるばかりの食べ物がスーパーで買えるわけでもない。

多くの人の助け合いにより、この人間社会があり、
そして私という個人が生きていける。

人間とは、極めて深くつながりあっている社会性のある動物だ。

それは、現代に住む「面」という軸だけではない。

知恵、知識、これらというモノは、人間の歴史の中で
蓄積されたもの。

例えば、納豆が食べれるなんていうのも、大昔の人が
納豆を勇気を出して食べてみたんだろうと思う。

あんな臭くて、ネバ〜っとしている納豆を、誰が食べる気に
なるだろうか。

それにチャレンジした人が、いたということ。

そして、人類社会共通認識として、納豆が食べれるということが
インプットされた。

もちろん、多くの人が、いろんなものに食べることに
挑戦したと思う。

中には、命を落とした人もいるのであろう。

そういう人たちの尊い過去の挑戦により、
今、我々の食卓を満たす、食べ物が存在する。

このパソコンでも、いろんな部品があり、その部品一つ一つに
いろんな人の心血注がれた苦労がある。

我々は、確実に過去の先人たちとつながっていることになる。

何百年前に存在した親鸞さんや道元さんの言葉が、
今も生きている。

道元さんなのか、そのお弟子さんなのか分からないが
禅宗の言葉で「足るを知る」というモノがある。

今後、その言葉がどれほど我々に必要となってくるか。

それも、長いこと続き、つながっている人類全体の
集団意識の中に蓄積されたものだ。

我々一人一人の人格なんかも、その集団意識の中から
生み出されたものだ。

オオカミに育てられれば、オオカミのような習性を身に着けて、
生活をする。

中国人なら、中国人らしく、日本人なら日本人らしく、
その人格が形成されている。

ある精神科医が
「人間って、周りの人から、とてつもなく大きく影響を受けている」
という。

言葉にしろ、文字にしろ、計算もそうだし、いろんな知識や
思想も自分一人で作り上げたものなど一つもない。

知識なんて、けっしてひけらかすモノではない。

アクセサリーでも、自分を大きく見せようとする道具などではない。

決して自分の固有のモノではなく、多くの先人たちの積み上げた結晶であり、
我々人類の共通財産だ。

だから、良いと思ったことは、知識、知恵というモノは、
ドンドンと周りに伝える。

そういうスタンスを心がけていれば、必ず新しい知識が
どんどん入ってくる。

例えば、どこかの工場見学に行ったとして、
なんだか興味のそそる機械の前で、気難しい顔をした
オジサンが説明係として立っているとする。

さあ〜、どうする?

なにか、聞いたら
「そんなことも知らんのか?」
ど、どやされないかと躊躇してしまうのでは、、、。

うちの嫁などが、まず言うことは、
「はずかしい、やめて」
とか、
「迷惑になるから、やめときなさい」
と、、、、。

しかし、私ならそのおじさんが、その機械について、
教えたがっているようにも思える。

けっこう、年配の人って、そういう人が多い。

「他人は、所詮、自分の鏡」

と、ある人が言っていたが、自分の心を通して、
世の中や、人の感情を見る以上、どうしても
自分がどう思うかと言う枠から、離れることはできない。

また、自分が、常に自分がいいと思ったことをまわりに伝えたい、
伝えたいと思いながら、行動していれば、
相手も、そういう風に思っているのではないかと、
思えるのではないか。


自分がどう思うか、考え方ひとつで、
大きく世の中の見方が変わってくると思う。

人生って何か?

ある人が言っていたが

「それは学ぶことだ」
と、、、。

いくつになっても、つまらないことにとらわれている人もいる。

もう何十年で、すべてのモノを置いて、
あの世に旅立つ身、、、。

「人生とは、時間である」と、誰かが言っていたが
あと三十年という限られた時間に、なるべく心を開放し、
有意義な人生を送れるようにしたい。

それには、自我をなるべく薄めること。

自由とか、権利とかが強く主張される世の中になったが、
果たしてそのような思想が、今後、成り立っていくのだろうか。

広大な荒野を目前に、あらゆる資源を時には奪い取り、
開拓しながら培われてきたアメリカ的な思想が、今後、
今の世の中で、広められてきた。

今は、人口も以前の数十倍も増えてしまった。

さらに、石油などの化石燃料のおかげで、
以前に比べて、人間の活動が大幅に活発になった。

明らかに、人口70億人の人々が、今のような思想のもとで、
共に暮らすのは、明らかに狭苦しい。

日本の70%の森林であり、残りの30%の平野でひしめき合いながら、
強く協力して、稲作を営んできた我々日本人。

集団で生きていく以上、どうしても自己の「我」というモノを
抑えなければならない。

日本的な思想を振り返れば、そのようなモノがベースにある。

限られた国土、限られた資源の中で、いかに生きていくか、
それが我々日本人の思想的なDNAの中に、しっかりと組み込まれている。

これからの思想として、我々日本人の思想というモノが、
重要になってくるのではなかろうか。
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2018年04月15日

「自我と向き合う。「人を愛せないという悩み」に対して、その根本は、自分としっかりと向き合うこと。

 最近、ラジオにしても、どうもFMより、
AMの方を選んでしまう。

FMであると、どうも、ガチャガチャうるさいわい、
と思ってしまう。

歌にしても、どうも最近の歌と言うのは、
「薄い」と言うのか、「軽い」と感じて
しまうのは、私だけなのだろうか?

「一生、お前のことを愛し続ける」とか、
そんな歌の歌詞を聴くが、例えば、結婚しても
「この子いいな〜、とか、あの子いいな〜」
と、思うのは人間として、普通の感情のように思う。

集団の中で、生きていれば、他の異性に好意を抱くのは、
極自然のことであり、一生かかえる病気のようなモノ。

しかしその「好き」と言うのと、「パートナー」としての
結婚相手とは、明らかに違うと思う。

ほれたはれたで結婚した相手でも、
時間がたてば、その感情がうすれ、
時にはうざいとか、時には激しい
ケンカにも発展する。

現在は、三組に一人が離婚する時代になった。

離婚に対するエネルギーというのは、
とてつもないものであり、また、結婚して
自分の自由な時間、お金がかなり制限される
ことを考えれば、果たして結婚というモノに、
価値があるのかどうか、躊躇してしまう
のが現実ではなかろうか。

では、どのようにその結婚に対して、
価値を生み出すのか、これは人生にとっても
とても大きな比重を占めることになるのでは、、、。

逆に、これだけ無縁社会が進む中で、
結婚ほど、密な人間関係はないように思う。

その密な関係というのは、一長一短で
できるようなモノではない。

時間をかけて、築き上げていくもののように思う。

人間関係って、基本的にそうではなかろうか。

それには、基本的に相手に尽くすことだと思う。

私は、NHKの連続ドラマのファンであるが、
一番よかったのは、「マッサン」だ。

しかし、「マッサン」は、女性受けしない。

「なんで、男中心のドラマなのかしら?」
とか、

うちの嫁なんかは、英国出身で伝統的な造り酒屋の
長男と結婚したエリーが姑に、いびられるのを見て、
このドラマに対する嫌悪感をあらわにした。

旦那であるマッサンに対して、
「もっと、マッサンがしっかりしなかんわ〜」
とか、そんな言葉をつぶやいていた。

しかし、私は、まったく違う見方だ。

最初、大阪で暮らしていたマッサンとエリー。

その後、「ハハ、キトク」と嘘の電報によって、
急遽、広島の実家へ帰ることになり、そこで
しばらく暮らすことになった。

マッサンの実母、そしてエリーの姑にいびられ
姑から
「あんたは、うちの嫁とは認めない。女中としてなら、
この家に置いてやる」
と言われながらも、一生懸命、姑に尽くすエリー。

マッサンが、国産ウイスキーを作るため、英国で
とても熱心にウイスキー造りを学んでいる一人の東洋人に
恋をしたエリー、、、。

そして、両親の反対を押し切って駆け落ち、、、。

まったく文化も違う日本へ、また外国人に対して
風当たりも強かった戦前の日本に嫁いだエリー。

マッサンがエリーに対して、
「エリーに、この家を出よう。そして、大阪へ帰ろう」
と言っても、

エリーは
「マッサン、大丈夫、大丈夫、私、女中やります」
と、頑として聞かない。

多くの女性人に反感覚悟で、一言申したい。

もし、強い夫婦関係を築くのに、どれだけ
本人が腹をくくれるか?

と言うこと。

例えば、
「あんたね〜、私もイギリスの両親を捨てて、
日本に来てるんだから、私を取るか、親を取るか、
はっきり決めて〜」
とか、
姑に絞られた分、マッサンを責めることもできると思う。

しかし、エリーは、マッサンに対して
「大丈夫、私、女中やります」
と、何度も、逆にマッサンを励ましていた。

エリーの心の中には、自身が両親と離れ離れで、
遠くの異国に暮らす悲しさを、マッサンに味わい
させたくないという気持ちだ。

もし、夫婦間に信頼できる人間関係を築くには、
果たして、マッサンを責め続けるのか、
それとも、相手のことを思い、できる限りのことをするのか。

もちろん、パートナーのそのような気持ちに
気付かずに、調子に乗ってしまうだんなもいると思う。

しかし、責めることが最初でなくて、
トコトン尽くしてから、自分の感情をうったえた
方のがはるかに効き目があるように思う。

「怒り」という感情も、人間同士のコミニケーションの
一つである。

その「怒り」をしょっちゅう出していれば、
その効き目は薄まり、また、まったくトンチンカンな
ことで怒っていれば、相手にされなくなるであろう。

まずは、相手にトコトン尽くす。

相手の大事な人、モノを自分も、大事にする。

「結婚とは、少しだけ相手のことを優先することだ」

と、誰かが結婚式のときに言っていたが、
その通りだと思う。

ある親分肌の女性の、後輩の女の子が結婚した。

後輩の女性は、結婚生活に関して、親分肌の
女性によく相談する。

そうすると、その親分は、後輩と共に、
旦那に文句を言いにいく。

また、
「あんた、最初が肝心やに〜。皿洗いも、
掃除も、しっかりとしつけんと、あんたが何も
やらなかんに〜」
とか、とにかく自身の権利というのか、
そういうものを全面に出して、後輩に指導する。

う〜ん、とうなりたくなる。

「そんな、余計なことやるな〜」
と、私がその女性に語ったが、
「あんたも、なんもせん男なんだろうね〜。
女の気持ち、わからんわ」
と、逆に切れられてしまった。

最初から、文句ばかり言う。

最初から、権利ばかり主張する。

それって、本当に強い人間関係が築けるのだろうか、、、。

夫婦の絆というのは、積み上げるもの。

結婚という大きな賭けであり、大きな負担を
背負うことにもなる。

人生をかけて、英国に住む両親から離れ、
日本でマッサンと暮らすことを決断したエリー。

男にとっても女にとっても、結婚とは
大きな決断である。

それをしっかりと自覚し、
「大丈夫、私、女中やります」
と、頑張り続けたエリーに対して、
とても感動したのは、私だけなのだろうか。






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だれが中東での混乱を造り出しているのか?米英仏によるシリア攻撃、、、。もう恥じも外聞もない覇権の維持にしがみつく老大国、、、。

2003年、米国と共にイラク進攻を決断した
英国の元首相トニーブレアー氏、、、。


2015年のCNNのインタービューの中で
「誤りだった」と認めて謝罪している。

当時のアメリカ国務長官であったコリン・パウエル氏、、、。

国務長官在任時、国際連合安全保障理事会で
「イラクが大量破壊兵器を開発している証拠」を列挙した。

その後、そのことが誤認と認め、
「人生最大の恥」とまで述べている。

そこで、もう一度、再度皆さんに、問いかけたい。

「2003年のときに、イラクに本当に
大量破壊兵器があったのか?」

と言うこと。

そして、今回も、まったく証拠もなく、
シリアを攻撃を仕掛ける米英仏、、、。

イラク戦争後、戦争は泥沼化、、、。

米国史上、とても長期に及ぶ戦争になり、
いまだに解決していない。

その混沌とした状況の中で、
イスラム国が台頭し、さらに状況を悪化させてしまった。

そして、もう一度確認したいが、

そのイスラム国と全力で戦ってきたのは、誰なのか?

勝利目前のシリア政府軍が、果たして化学兵器を使う必要性が
あったのか?

もし、シリア政府軍が、化学兵器を使った場合、
どうなるのか?

今回も、明確な証拠がないまま、
シリアの侵攻に踏み切った米英仏、、、。

イスラム国をトコトン追い詰め、とうとう勝利する寸前まで
追い詰めたシリア政府軍に対して、攻撃に踏み切った、、、。

https://jp.sputniknews.com/politics/201802134574215/

トルコ大統領が
「米国は「ダーイシュ(IS、イスラム国)」と芝居を止めよ」
と、強く語っている。

「米国は、ダーイシュとの芝居を終わらせる時が来ている。
今こそ仮面を脱ぐべきだ」
と、、、。

オイル、マネー、軍事は、複雑に絡み合い、
おもにこの三つで世界の覇権を牛耳ってきた米国、、、。

その覇権が今、大きく揺らごうとしている。

もう恥も外聞もない米国の行動に対して、
人類の集団意識というモノは、どのように変わるのだろうか、、、。





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2018年04月12日

「人を愛せない」という悩み、、、。

先日、テレビで「世界の哲学者に人生相談」という番組を
やっていた。

高田純次が司会で、面白おかしく、世界の哲学者の
名言などを参考にしながら、人生相談をしていくような番組だ。

今回の悩みというのは、「人を愛せない」ということだった。

19才 女性
「恋愛をしてみたいのですが、好きな人ができません。
なぜでしょうか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・

47才 女性
「人を愛せないし、愛されたこともありません。
一人で生きていくのは、寂しいという気持ちはあります。
どうしたら、人を愛せるのでしょうか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


番組の中で、
「最近、彼氏、彼女がいない子がいっぱいる」とか、

「人を愛することができないというのは、社会現象だ」
というようなことが語られていた。

ドイツの哲学者 エーリッヒ・フロム(1900〜1980)の
言葉が紹介されていた。

フロムは、ドイツのフランクフルトで生まれ、
ドイツの大学で哲学や社会学を学んでいたが、
ナチス台頭とともに、ユダヤ人であるフロムは、
アメリカに移り住んだ。

資本主義による経済的発展が真っ只中だったアメリカに住んで
感じたことは、

「資本主義は、万能ではない」

「資本主義が進むほど、愛が失われていく」

「愛も自然に手に入るものと考えている」

と、、、。

現代社会に生きる人は、「成功」、「名誉」、「富」、「権力」
これらを達成するための技術を身に着けることに、
ほとんどのエネルギーを費やしていると、、、。

人は、愛よりも他のモノの方が重要だと
考えているようだと、番組の中で語られた。

フロムの言葉

「愛とは、特定の人間に対するものではなく、
世界全体に対する態度や性格の広報性である」
と、、、。

ここまでが、番組の内容をざっと、書き起こししたものだ。

愛にも、男女間だけでなく、その対象が、家族であったり、
地域であったり、国であったり、モノであったり、仕事であったり、
いろいろあると思う。

確かに、便利になり、常に生存競争にさらされている我々現代人は、
他人に対する感情というモノが、一昔前と変わっていきていると思う。

昨年、94才になる近所の長老の話を伺うことができた。

「今は、競争、競争という社会になってしまったが、
昔はもっと大らかだった。誰かをだまくらかしたりとか、
利用したりとか、そういうやり方は通用しづらかった」
と、このようなことを語っておられた。

資本主義が進めば進むほど、激しい競争は避けらない。

激しくなればなるほど、欲望というよりも、
恐怖が心の中を占領する。

私が思うに、どのような状態の時に、愛を感じることができるのか?

それは、「感謝ができる相手に対して」では、なかろうか。

ただ、ひとめぼれ的に好きになった相手でも、
もしその後、継続して感謝ができなければ、
愛が覚めるような気がする。

人を愛せないというのあは、ほぼ同義語であるが、
私にとっては「感謝」ができないことのような気がする。

周りを敵視していれば、感謝などできやしないし、
恐怖で心が占領されていれば、「感謝」を感じる
余裕などない。

また、豊かなモノに囲まれ、お金さえ払えば何でもやってもらえる
社会では、人のありがたさを感じる機会が少ないように思う。

でもね〜、よくよく考えてもらえたい。

人間って、周りの助けがなければ、決して生きていけないということ。

人間社会とは、何重にも、何重にもつながっているということ。

例えば、目の前になる鉛筆一つでも、自分で作れるかというと、
つくれない。

服も、靴も、食べ物も、水も、殆どのモノが、他の人の働きに
よって得られる。

自分という人格にしろ、オオカミに育てられた子供が、
オオカミのような習性を身に着けて、生活するようになる。

長い歴史の中で、培われた知識、知恵、思想の中で、
我々の人格が形成されていく。

例えば、数百年前に生きた親鸞さんや、道元さんの言葉が
今も人間社会で生きている。

文字がある以上、多くの人の血のにじむような経験が集約されて、
今の人間の集団意思意識として存在し、それにより
今の社会が作られ、個人の人格もそこから生まれてくる。

そう思えば、感謝できないだろうか。

実際、今の環境の中で、「感謝しろ」といっても、
無理なのかもしれない。

例えば、ある人が言っていたが
「人間、一年間に10万回、『ありがとう』というと
幸せになれるよ」

と、、、。

これを実行してみたら、、、。

コンビニの定員さんが、商品を袋に入れて
手渡してくれる。

いつもは、不愛想に立ち去っていたが
これも、「ありがとう」というチャンスだ。

例えば、朝、トイレでまっすぐな一本の排便ができるとする。

すい臓がんになったうちの叔母は、薬を投与して、
う〇こが出るようになって、電話で
「出た、出た、う〇こがでたよ〜」
と、大喜びで電話してきた。

そう思えば、健康で、腎臓、肝臓、胃などが
働いて、毎日トイレで排便できるというのも、
有難いことではなかろうか。

これも、「ありがとう」というチャンスだね〜。

このようなことを意識していると、
外に意識が向くようになる。

周りを敵、また、周りから攻撃されるのではないかと、
常に不安や恐怖、コンプレックスなどで、心が
占領されていれば、どうしても自意識過剰になりがちだ。

人のありがたみを一歩踏み出して、感じるようにする、
そうすれば、う〇こにも、コンビニの店員さんにも
感謝できるようになるのでは、、、。

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2018年04月01日

「散華していった同胞の御霊に対して、生きて帰ってきた私が果たすべき当然の義務である」、、、。奇跡の戦後の発展と、それを作り上げた人々の思いとは、、、。

終戦後、フィリピンのジャングルの中で、
30年間戦い続けた小野田寛郎さんの著書、
「生きる」の中に、こんな言葉が合ったので紹介したい。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
同じように戦って散華していった同胞の
御霊に対して、生きて帰ってきた私が果たすべき
当然の義務である
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
と、、、。

私は、どうも戦争の生き残りの人と縁があり、
話しをうかがう機会があった。

「死について、死ぬということが怖くなかったですか?」

と、いつもこんな質問をぶつけてみる。

山口県で知り合ったあるおじいさんが

「そうじゃな〜、自分の死ということを
あんまり考えたことはなかったよ。
それよりも、自分たちの世代で何とかしなくては、
という気持ちの方が、強かったな〜」
と、、、。

私は、けっして戦争を賛美する気持ちはない。

戦争は、絶対反対であるし、この世代の戦中派といわれている人と
言うのは、もうガチガチの戦争反対者が大多数だ。

ほりゃ〜、身にしみて、その過酷さ、悲惨さを
味わってこられた人だ。

小野田さんも、大正11年生まれだ。

うちの会長よりも一つ年上であるが、
うちの会長の同級生の半分が戦死された世代だ。

あいつが死に、こいつが死に、
もし自分がそういう立場に立つということを
想像できるだろうか、、、。

昨年、たまたまあの「海賊と呼ばれた男」や「永遠のゼロ」などの
作者である百田尚樹氏の講演に参加できる機会があった。

その中で、大正生まれの人たちの功績の話があった。

色々と物議を作り出す百田さんに関して、考え方の違うところも
あるが、しかし、大正生まれの人たちの功績については、
どうしても多くの人に対して知ってもらいたい。

この世代というのは、非常に苦労した人たちであり、
また、今の豊かなこの日本を造り上げた人々だ。

日中戦争、第二次世界大戦と、大正生まれの人々の青春時代というのは、
まさに戦争そのものだ。

大正時代に生まれた男性というのは、約1300万人いるとのこと。

そのうち、200万人を超える人が戦死されたという。

だいたい、6人に一人の割合だ。

さらに、それが大正時代後期に生まれた人で計算してみると、
もっと比率が高くなる。

さらに、もっと年代を選別してみると、
例えば、うちの会社の会長は、大正12年生まれ。

終戦を22歳で迎えた。

会長の同級生の約半数が、戦死しているとのこと。

確かにそうだろうと思う。

知覧の特攻会館に行っても、戦死者の歳を見ると、
だいたい20前後、、、。

兵卒として、最前線で戦争に参加した世代だ。

さらに、百田氏は語るが、永遠のゼロで描いた特攻隊員と
戦争から帰ってきて、奇跡のように日本を復興させた
海賊と呼ばれた男に描かれている若者たちは、同世代であり、
この大正生まれの人たちが主軸だ。

例えば、海賊と呼ばれた男の中で、元海軍の石油貯蔵地下タンクに
入り、バケツで石油をくみ上げた若者たちは、まさに
戦争の生き残り、、、。

この人たちの頑張りがあったからこそ、今の日本の豊かな生活がある。

公演の中で百田氏が語っていたが、例えば今の若い人が
こんなことを言うという。

「我々は、就職してから、高度経済成長もなく、
バブルも味わっていない。まさに不幸の世代だ」

と、、、。

しかし、どうだろうか?

バルブをひねれば、きれいな水道の水が飲める。

ガソリンスタンドが各地にあり、たいていの人が車に乗れる。

農地も整備され、高速道路、ダム、発電所などなど、
世界を見渡しても、これほどきめ細かに社会インフラが整備された
国というのは、それほどない。

これって決して当たり前のことでない。

戦争で生き残り、必死に日本を再生させた
大正時代の人たちの造り上げた基盤の上で私たちはこのような豊かな
生活を送っている。

その人たちの心の中に強烈に存在したのが、小野田さんが言う

「同じように戦って散華していった同胞の
御霊に対して、生きて帰ってきた私が果たすべき
当然の義務である」


というような感覚ではなかろうか、、、。

うちの会長がしみじみ

「確かに、豊かになった。しかし人間の心は
随分と貧しくなったものじゃ〜。みんな自由と
身勝手と言うものをはき違えとりゃせんか。」
と、、、。

自由、権利とか、確かに戦後、もてはやされた言葉だ。

しかし、欧米でもそうだが、自由の裏側には、
強烈に「義務」というモノが、存在する。

自由だ、権利だ、という主張だけで、
本当に社会が保てるのだろうか?

今の豊かさと言うのは、多くの先人たちの
血のにじむような努力のおかげである。

そして、われわれが次の世代に、いったい何を
残すのか、、、。

私も、もう50代であり、残りの人生、あと30年。

その30年なんて、あっという間に過ぎてしまう。

果たして、何を基準に、残りの人生を使い切るのか、
よくよく考える必要があるように思う。





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不幸も幸福も、その思い癖一つで決まるのでは、、、。小野田寛郎氏の著書「生きる」を読んで思ったこと。

終戦後、フィリピンのジャングルの中で
30年間戦い続けた小野田寛郎さん。

小野田さんの著書、「生きる」を読んでいるが
とても参考になる。

今日は、その一説を紹介したい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人間はけっして一人では生きて行けない。
私とて、ジャングルで一人きりの生活をしてきたが、
衣服にしてもナイフにしても他の誰かが作ったもの。
つまり、他人の恩恵を受けて生きているわけである。
だから人はお互いに感謝の気持ちで接しなければならない。
と同時に集団で生活していくには、決められたルールを
守らなくてはならない。(P.203)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

便利なモノに囲まれ、いろんなサービスを受けれる
現代の生活、、、。

そんな中で生きていると、つい感謝の気持ちを
忘れてしまう。

また、人はすでに何らかの生存競争にさらされているので、
自身の自己防衛本能が強すぎて、どうしても我が強くなる
傾向にある。

しかし、人間って言うのは、小野田さんが言うように
一人では生きて行けない。

ジャングル生活の中で、もしナイフがなかったら、
どれだけ不便なことか、、、。

話す相手もないジャングルの中で、
生き続けるということを、想像することができるのだろうか、、、。

生存本能と言う煩悩がある以上、どうしても気に入らない人、
嫌いな人と言うのが周りに存在するものだ。

しかし、それが過剰に強すぎれば、
そういう人たちを次々に排除しようとする心が生まれる。

排除しても排除しても、
心の恐怖は収まることはないし、
そのような思い癖で、果たして本当の幸せを
手に入れることができるのだろうか、、、。

噂話の世界観の中で生きていれば、
よくよく自身を見つめれば、その中で自分を縛りつけ、
学ぶという気持ちが生まれなくなる。

江戸時代の禅僧、鈴木正三さんがこんなことを言っていた。

「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」

と、、、。

手放す勇気が必要なのではなかろうか、、、。

恐怖や不安に心を占領されれば、
自意識が過剰になり、周りが見えなくなる。

それ脱するには、周りに意識を移すこと。

周りに感謝の気持ちを持つこと。

例えば、ある人が言っていたが
「一年間に10万回『ありがとう』と言えば、
幸せになれるよ」
と、、、。

10万回って、すごい数字だし、そうなれば
毎日毎日、常に「ありがとう」を言うチャンスを
探すことになる。

例えば、コンビニでいつも無表情な態度であった人が、
袋に商品を詰めてくれる店員さんに対しても、
これも「ありがとう」といえるチャンスだ。

毎日夕食を作ってくれる妻に対しても、
これも「ありがとう」といえるチャンスだ。

そして、そのようなチャンスに、確実に
「ありがとう」と言う言葉を言えば、
どうだろうか、人間関係も変わってくるし、
自身の思い癖も変わってくるのでは、、、。

不安や不満で頭をパンパンにしている人、、、。

常に感謝の気持ちを大事にし、ニコニコしている人と
どちらが幸せなのだろうか、、、。

また、どちらがいろんなことを学べるのだろうか、、、。

相手のいいところを引き出すのか、悪いところを引き出すのか、
あなた次第ではなかろうか、、、。

幸せな人と不幸な人と、もしかしたら、その思い癖で
大きく変わってくるのではなかろうか、、、。

神が常に、あなたに必要なモノを必要なときに与え続けている。

時には試練、時にはご褒美、、、。

ご褒美のときは、しっかりと感謝し、
試練の時は、そこから学べということ。

何か、大きなものに守られていると思えば、
感謝の心が芽生えてくるし、小野田さんのように
いろんな試練を乗り越えてきた人は、
そういう気持ちが芽生えやすいのかもしれない。



ラベル:小野田寛郎
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2018年03月28日

「恐怖のとりこにおちいったとき」、、、。小野田寛郎の言葉。

 終戦後も、30年間、フィリピンのジャングルの中で
闘い続けた小野田寛郎さん。

小野田さんの著書「生きる」を読んでいるが、
いろいろと参考になる名言がいくつもあり、
その中の一つを紹介したい。

恐怖のとりこに陥ったとき

恐怖の大半は自分が作り出している。
「もし、こうなったら」「このままだったら」
人は現実を突きつけられたら、自分でも驚くほど力を出して挑む。
恐れの感情とは、まだ起きてもいないことをドンドン肥大化させて
感情である。そんな時は「これ以上悪くはならない。今がどん底だ」と、
思うことだ。
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人間の心の中に抱く「恐怖」という感情、、、。

これって誰でもあること。

では、その恐怖が起こったときにどのように対処するか、
この辺りは人生の中で、どうしても必要なことのように思う。

小野田さんが言われるように

「まだ、起こってもいないこと」ということ。

そして、

「自分の中で、ドンドン肥大化してしまう」ということ。

さらに、恐怖の正体とは、自分自身が作り出すモノ。

しっかりと、その恐怖の正体を知り尽くすこと。

人間って、「知らない」、「得たいがわからない」モノに、
恐怖を感じる。

むしろ、知っていれば、心は動揺しない。

たとえ、どんな苦境になっても、目の前のことをコツコツやるだけのこと。

良くなるのか、悪くなるのか、もうそれは神さんが決めること。

良くなれば、有難いご褒美。

悪くなれば、そこから学べということ。

常に、神さんはあなたに、一番必要なモノを
必要な時期に与え続けてください。

そんな気持ちになれると、恐怖を冷静に見れるのでは
なかろうか。

ジャングルの中で、30年間も戦い続けた小野田さん。

極限の環境の中で、やはり精神的な悟りというモノを
幾度も積み上げてきているように思う。

そういう人の著書を読むというのは、
なかなかいいモンだ。

また、この著書からいろいろ紹介したい。


ラベル:小野田寛郎
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2018年03月21日

「森は海の恋人」!「腐葉土」な人生を送りたいと語る牡蠣を養殖するある海の老人の話。

つい先日まで、インフルエンザですっかりダウンしていた。
体が弱ってくると、日ごろ弱いところが特に痛む。

私の場合、腰が重くなり、左ひざがギシギシ、
そして胃の調子が悪くなる。

ふと思った、これが歳を重ねて老いていくということなのだと、、、。

体力のあるうちはまだいいが、
体力がなくなり、体に免疫力が落ちると、
まずはこのようなことを抱えながら、
生活していくことになるのであろう。

この三日間のある時、妻から10sほどの米を運んでくれと
言われたが、その米の入った袋がなんとも、重そうに感じ、
逃げたくなる。

70代中盤のうちの母も、膝と腰が悪く、なんかあると
すぐに私に「これ運べ」と、言ってくるが
こんな感じなんだとつくづく思った。

老いて、体が悪くなりそして死んでいく、これはだれもが
避けられないこと。

あっという間に通り過ぎていく時のはやさを思えば、
それが、もう50である私にとって、そう遠くない将来の話だ。

それをどう客観的に向き合えるか、今後の人生の大きな課題であろう。

時間には、限りがあり、人生にも限りがある。

その限りがある人生をどのようなことを大事に生きるべきか、、、。

この間見たNHKのテレビで、宮城で牡蠣を作っている人の話が
やっていた。

海にとって、森は恋人、その人は牡蠣をつくる海の人なのに、
山に入って、せっせと何十年も木を植え続けた人だという。

そして、森が造る腐葉土の大切さを語っていた。

この腐葉土が植物プランクトンをつくり、鉄を海に運んでくれて、
海が生き返るとのこと。

海が豊かになるのも、山の森次第。

その人が、残りの人生をこの「腐葉土」のように、
みんなの栄養になるような生き方をしたいと語っていた。

あの戦国時代の鈴木正三さんが

「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」

と、語っていた。

もし、自分を手放すことができるのなら、、、。

本当に、自分を縛りつけるのは、何なのか、、、。

トコトン突き詰めってみると、それは自分自身である。

大きく見せよう大きく見せようとするその虚像に、
あなた自身が縛られているのでは、、、。

その怒りの奥には、何があるのか、、、。

虚像と違う本当の自分の姿が見え隠れするのでは、、、。

自分を守ろうとする煩悩から、少しでも離れること、
そのことが本当の自由を与えるような気がする。

自分の人生の主人公は、自分自身である。

世間の噂話の中だけで生きていれば、
いつまでたっても抜け出せやしない。

自分の人生を取り戻すには、自由を手にするには、
しっかりと自分と向き合ること、
これしかないと思う。


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2018年02月27日

結婚20周年、改めて現代社会において結婚とは、どういうモノか?考えてみる。

間もなく、我々夫婦も結婚20周年を迎える。

ここまでこれたのも、義理の父の一言が効いていいるような気がする。

結婚前、うちの両親とあいさつに伺った。

その時、うちのオヤジが義理の父に

「そちらさんも、二人姉妹の長女、本当に
大切な娘さんをいただいても、よろしいのですか?」


と、、、。

義理の父が

「跡取りのことは、もうあきらめています。
それより、娘の幸せを第一に考えます」


と、、、。

本当にありがたい一言だった。

うちの嫁の子供の頃のアルバムを見ても、
義理の父の言葉が書いてある。

「私は、最低限のことはお前にしてやる。
しかし、そこから一人でやっていけるようにするんだぞ」


とか、、、。

嫁の名前の由来も

「キリスト教で、マナとは、パンの意味だ。
食べるものに、不自由しないように、この名前を付けた」


とか、、、。

一人の女性と結婚するということは、
いろんな人の思いがある。

決して、粗末にはできない。

若い人には、「結婚っていいモンだよ〜」

と、なるべく勧めている。

それは、「愛」とか、「ラブラブ」とか、そんな妄想ではない。

この無縁社会が進む中、人と人との関係において、
結婚ほど、自分の中に他人を住まわすような制度って
あるのだろうか、、。

食事は、コンビニ、洗濯はコインランドリー、パソコンもテレビも
スマホもある時代に、一人で住んでいれば、自由だし、
気が楽だ。

しかし、そんな自由な環境よりも、もっと人と人の
ふれあいの中で学ぶことって、たくさんあるように思う。

ただの友達関係よりも、より密度の濃い関係で
ないと、学べないことが多いように思う。

その摩擦の中では、忍耐、妥協の連続である。

しかし、その経験って大事じゃないかな〜。

自由って、確かに今の世の中で、賛美されている言葉である。

しかし、どんなに時間があり、豊かな人でも、
自由を感じえない人というのは、いっぱいいると思う。

自由というのも、自分のとらえ方次第。

幸せというのも、自分の感じ方で大きく変わってくる。

どんな環境においても自由や幸せを感じれる力とは、すなわち人間力でもある
と、ある人が言っていたが、その通りだと思う。

その訓練は、忍耐と妥協の連続である密な人間の中で、
培われるような気がする。

ただ、世間話をするだけの友人・知人ならいくらでもできる。

いかに本気で向き合えるか、
そのことにより、多くの本当に分かり合える仲間が、
できるだろうし、まずは運命共同体ともいえる
自分の相手と真剣に向き合い続ける必要があるような気がする。

ある人が、結婚式のスピーチで言っていたが、

「結婚って、相手のことを自分より、少しだけ
優先して考えるということだ」


と、、、。

ただ、権利とか、自由とか、男女平等とか主張するよりも、
相手の立場を考え、相手に対して誠意を尽くすこと。

それをやり続けることにより、自分の主張も
通りやすくなるのでは、、、。

結婚生活の中で、忍耐と妥協はつきもの。

逆に言えば、自分のこだわりや主張というモノが
自分の中で選差されていくような気がする。




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