2012年02月01日

橋下徹と石原慎太郎!

 こないだやっていた橋下徹大阪市長が
出演する朝まで生テレビin大阪を見た。

メチャメチャおもしろかった。

これがその動画左斜め下
http://himado.in/80995

6人の反橋下派の急先鋒が集められて
議論が行われたが、ビックリしたのは
反橋下派の幼稚さだ。

特に目を覆いたくなるのは、
出演していた大学教授の二人。

情けなくなってくる。

「知識」の専門家であるはずの彼らが、
まるで議論になってなく、感情論ばかりだ。

では、大阪をどうしたいのか?」
橋下ちゃんが問いかけても、
黙り込んでしまう。

何も決まらない、誰も責任を取ろうとしない、
それにより、まったく身動きがとれない行政や政治を、
どのような方法で突破口を切り開くというのか?

反橋下派の大きな特徴というのは、
・大阪維新の会のマニフェストをよく読んでいない、
・政策論でなく、感情論だけが先行する。

橋下氏に対する「独裁」とか「右翼」だとか、
作られたイメージだけで批判している。

そして「ハシズム」という悪いイメージを作り
それだけで選挙を戦おうとした。

それこそ、実体の無いイメージ先行型選挙であり、
小泉郵政選挙と同じではないか

このような「イメージ先行型選挙」こそ、
香山のリカちゃんあたりが
批判するべきではなかろうか。

さて、本題に入ろうと思う。

最近、テレビで橋下ちゃんと
石原都知事の連携がささやかれて
いるが、この「朝生」を見て、
はっきり分かったことは、
この二人は合わない。

石原都知事は、分かりづらいが
体制側(既得権益側)に軸足を
置く人。

橋下ちゃんは既得権益側の
統治機構そのものを
ものすごい勢いで変えようとする人。

合うとは、どうしてもおもえない。。

また、想像してみてください、

石原さんが、200人規模の政党の党首なり
大政党を取り仕切ることが
できるのでしょうか?

せいぜい、わがままが効く
6〜7人程度の小政党の党首でしか、
収まらない。

むかし、ある政治家がこんなことを言っていた
石原はカッコイイし、テレビ受けもいい。
しかし、選挙に応援に来てくれたり、
世話をしてくれることがない。
その点、小沢や梶山は必死に手伝ってくれる

と、、、。

石原さんに、時には「泥をかぶる
ようなことができるのだろうか。

多くの人を「説得」することが、
できるのだろうか。

マスコミや検察の地獄のような攻撃に
耐えることができるのだろうか。

わがまま、気分屋、ねばりもなく、
それでいて気位だけは高い。

このあたりが、彼が体制側であり続ける
大きな理由ではなかろうか。

つまり、既得権益に挑むほどの
政治的資質にかけている。

ちょっと石原さんには
手厳しい批判になってしまったが、
彼の政治的な歩みを振り返ると、
それほど大きくは逸脱していないように思う。

対して、橋下ちゃんはどうどろうか。

彼は改革に対して、本気のようだ。

既得権益側にとって、あえて一番痛いところを
公約に掲げている。

特に統治機構を変えること。
その根本は地方分権だ。

大阪市は人口263万人で、
京都府と広島県と同じ規模の人口だ。
だから、一市長だけでみれる範囲を超えている


大阪市役所から、権限と財源を区に取り戻し、
区民生活に係わることは殆ど区(自治区)で
決めることが出来るようにします。
自分たちのことは自分たちで決め、
自分たちの責任で自治を行う

このようなことが、主な主張だと思う。

江戸時代に、こんな実例がある。
江戸時代でも、各藩による幕府役人の
接待が行われていたらしい。
なぜかというと、橋、堤防、城の修理など、
公共事業をお役目を免れる為だ。

今では、公共事業など、各自治体とも
やりたくてしょうがない。

なぜかというと、それは国費で行われるからだ。

つまり、「人の財布」という感覚だからだ。

それが「自分の財布(藩の公費)」という意識が持てるように
なれば、自然と経費節減するようになる。

財政再建でも、一番効果的なのは
けっして「増税」なのではない。

このように徴収された公費が
自分の財布である」と感覚を
国民が持つことが一番重要だ。

つまり、「国民の意識改革」こそ、
財政再建の本丸だ。

省庁でも、地方自治体でも、各種団体でも、
国から予算を如何に分捕ってくるかが、
一番重要のように思われている。

いわば毎年、日本中で
予算の分捕り合戦」が行われて
言うようなモノだ。

そうなれば、予算などいくらあっても
足りやしなし、膨張していく一方だ。

それを、行政を身近なものにする。

そして、自治権と責任を与え、
自分の街、自分の社会という認識を
持たせるしかない。

それは自治権と責任を伴うモノだ。

自分たちの街、自分たちの社会という気持ちを
取り戻せば、行政や政治のチェックも
自然にするようになる。

そうなれば、市民の殆どが
オンブズマンのようになり、
行政も政治も監視するようになる。

それが、地方自治の最大の効果だ。

橋下ちゃんは、そのあたりが
明確に見えているようだ。

石原さんと橋下ちゃん、
どのレベルの「連携」なのか分からないが
一つの政党になって、統一候補で、
国政に打って出るというのは、
根本的に無理があると思う。

石原のおっさんが、どこまで覚悟しているのか。

どこまで、橋下ちゃんのビジョンを理解しているのか、
だいぶ疑問符が拭いきれない。
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2012年01月25日

人間だけが進化させた特殊な協力構造、そして我々日本人!

 先週の日曜日、
NHKスペシャル 
ヒューマンなぜ人間になれたか

を見た。

なかなか面白かった。

その番組によると、
「人間だけが進化させた特殊な協力構造」
を、持っているらしい。

その一つが女性の「骨盤」だ。

約700万年前に、チンパンジーなどの
グループから、ヒト科が分化した。

その過程で、二足歩行を始めた。

その二足歩行により、チンパンジーと比べて、
明らかに骨盤の形が変わってきた。

横に広く、前後の方向に狭くなった。

そうなれば、胎児がその骨盤をくぐるときに
母親だけの力では、とうてい無理。

人の助けがいる。

片やチンパンジーは、骨盤の形が円に近く、
一人でも十分やれる。

映像では、歩きながら、簡単に
子供を産んでいた。

生まれる時でさえ、他の人の助けがいる
構造になってしまった我々人間。

さらに、子育ての段階で
多くの手助けがいる。

他の動物に比べて、
大人になるまで、その期間が長い。

このように人間というのは、
その体の構造的に、すでに助け合わなければ、
生活がなりたたなくなっているらしい。

なるほどね〜。

ここからは私の意見だが、
その人間の中でも我々日本人は
どうだろうか。

日本は、弥生時代以来、
稲作が日本のメイン産業化が押し進められてきた。

その産業構造事態が、
人間と人間が助け合う共同体でなければ、
成り立たなかった。

そのため、「和を以て尊しとなす」と
言われる共同体には抱えない
「和」が最重要課題とされてきた。

日本は、国土の約70%が森林に覆われている。

逆に言えば、平地が少なく、
森林から流れ出る水源が豊富にある。

その少ない平地と、豊富な水を
上手く利用したのが、「稲作」だ。

稲作は、単位面積当たりの収穫量が多い。

その分、多くの労力がいる。

つまり、少ない面積に労力を集中し、
そのように生産高を上げ、
その為には強い村社会的な
絆が必要であった。

田を耕す、田植え、稲刈り、脱穀、
そして水の管理など、一人では到底できない。

また日本は、稲作の北限である。

フィリピンのように常夏で、
一年中、稲作が出来るわけではない。

好きな時期に苗を植え、好きな時期に収穫が出来、
四毛作も可能だという。

日本の場合は、はっきりした四季がある。

いついつまでに田植えをし、
いついつまでに稲刈りをしなければ、
気候、降水条件が変わってしまい、
常に時間の制約がつきまとう。

その為にも、みんなが協力しなくては
稲作ができなかった。

それから、水の管理にしろ、
稲作は大量の水を使う。

上流で水がせき止められてしまったら、
大変なことになる。

水利権をめぐり、団体交渉が必要であろうし、
その為にも、周りとの協力関係が大切だった。

このような共同体の協力関係を維持するには、
人々の「和」が一番大事であった。

集団の「和」を保つのに、
一人一人が「いい人」でないと、
たちまち村八分にされてしまう。

この辺りが、牧畜を中心とする社会と明らかに違う。

牧畜は、広い敷地に放牧し、
基本的には、家族と犬がおれば、
成り立つ。

敷地が広いため、日本のように、
村が形成されづらく、
隣の家までも、かなり遠いような状態だ。

むしろ「家族」、そして心の問題をカバーするため、
「絶対的な神」に重点を置いた生活だったのでは
なかろうか。

人々の助け合いが絶対的に必要だった日本の村社会でも、
機械化、化学肥料化、灌漑設備の向上など、
助け合う必要がだいぶ薄れてきた。

また、一般の生活でも、便利なモノに囲まれ、
何でもスイッチ一つで、大変な労働から解放されるようになった。

食事はコンビニ、余暇もテレビ、パソコン、ゲームなど、
十分一人で充できる。

以前と比べ、助け合いが必要とされなくなくなってきた。

しかし、長年培ってきた日本人の
メンタルな部分では、
どうなのだろうか?

我々に日本人は「孤独」に耐えられるのだろうか。

一神教社会のように、
絶対的な神様を心の中に持たない
日本人は、精神のよりどころとなる
共同体が崩壊すれば、心の空洞化がさけられない。

日本人には、どこかに属することが
出来る共同体が必要だ。

それが、血縁によるモノなのか、
地縁なのか、社縁なのか分からない。

どれだけすばらしい法律を作っても、
どれだけ豊かになろうとも、
一人一人の良心がなければ、社会など
なりたたない。

一神教社会ではその良心を
絶対的な神様との「契約」で成り立たせた。

日本人は共同体による帰属意識、
つまり他人に対して「良い人」を保たなくては、
社会から村八分となって、排除されてしまう。

その力が強く働き、
日本の宗教や道徳というモノが
熟成されてきた。

言い換えるならば、
自分のことより優先される共同体、
それが国なのか、村なのか、会社なのか、
血縁なのか、それぞれ違うだろうが、
その共同体があってこそ、
「公共心」というモノが強く芽生え、
その団結力により、
戦後の復興などの奇跡が起こった。

しかし、今は地域にしろ、会社にしろ、血縁にしろ、
自分が属する共同体自体の存在がかなり、
薄らいでいる。

多くの人が表面的には「良心」を前面に出して
いるようだが、ほんとのところは
「建前」と「本音」を仕えわけ、
自分のことをだけを優先に考えるように
なってきている。

これでは、社会が持たない。

日本の社会にとって、共同体が消えると言うことは、
キリスト教国やイスラム教国でいうところの
宗教が消えることに等しい。

私は共同体の消滅に伴い、
日本人の心の空洞化がかなりのスピードで
進んでいるように強く感じる。

血縁、地縁、社縁からなる共同体がなくなり、
人と人との絆が消えれば、
支配層に支配されやすくなる。

強いモノだけが勝つ社会というのは、
ありとあらゆるものを食い尽くしてしまい、
いずれ崩壊する。

このままでよいのだろうか?

絆が消えていく社会、
どこか、我々日本人の中に、
目覚めさせるものがあるのでは
なかろうか。

太古のむかしから、
我々の心の中に刻まれてきた
お互い助け合うという思想的なDNA。

人間がチンパンジーから分かれたときから、
体に刻まれた協力構造。

今後、荒れ狂う過剰な競争社会が進めば
進むほど、多くの人が気がつくようになる。

そうなれば、人類も新しい
ステージに移るような気がしてならない。

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2012年01月24日

若狭湾の時限爆弾!

 「和」をあまりにも最優先させる為、
決断できない我々日本人。

政治かも官僚も何も決められない。

しかし、本当に原発をこのままにしてよいの
だろうか。

どうか、みなさん自らのエネルギー問題について
しっかりと向き合ってください。

今日は、ある記事を紹介します。

 発「関西が最も危険」
 老朽と金属劣化、研究者指摘

 

 福井県内にある原発7基の再稼働差止めを、
滋賀県の住民らが求めた大津地裁の仮処分審で
「材料や機器劣化による原発事故の危険性
は関西エリアが最も高い」とする、
井野博満東大名誉教授の意見書を住民側が提出することが
20日、訴訟関係者への取材で分かった。
 井野氏は意見書で、原子炉の健全性を評価するため、
圧力容器内に置かれた試験片の耐性を分析。
「最も劣化が進んだ九州電力玄海原発1号機(佐賀県)に
次ぎ、全国でワースト2〜6が福井県に集中している
と指摘し、事故があれば近接する
関西地方が大きな被害を受ける可能性を示した。

2012/01/20 19:16 【共同通信】


http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012012001002262.html


果たして、福島の原発事故原因は、
津波」なのか、「地震」なのか?

何人かの原発に関わる技術者も、この教授と
同じ危険性を訴えている。

そして、「老朽」と「金属劣化」の危険性が指摘されている
原発が日本の中央に位置している若狭湾に
いくつもある現実をどう受け止めるべきなのか。

どうか若狭湾の位置を地図で確かめて下さい。

すぐ近くに日本最大の水瓶である琵琶湖がある。

京阪神1400万人の大事な水瓶である。

ここが放射能汚染されれば、
いったい日本はどうなってしまうのか。

京阪神だけではない。

日本上空は、西風に支配されている。

日本最大の工業地帯である中京圏の水源、
木曽川水系、長良川水系も確実にやられる。

そして、
若狭湾、琵琶湖、関ヶ原、そして濃尾平野と
吹き荒れる「伊吹おろし」という強風が吹き付ける。

そうなれば、日本最大の工業地帯も
やられることになる、放射能汚染された
工業製品を、世界のどこがかってくれるのだろうか。

若狭湾の原発事故というのは、
日本にとって致命的なことであることを、
どうか皆さん、よくよくご理解下さい。

その若狭湾に、危険度ワースト2〜6が集中し、
なお、その周辺には活断層がいくつも存在する。

明治の政治家、あの足尾銅山鉱毒事件で活躍した
田中正造さんがこんなことを語っていたらしい左斜め下

真の文明とは

山を荒らさず、

川を荒らさず、

村を破らず、

人を殺さざるべし。



タグ:田中正造

2012年01月21日

「快楽の原理」、「不満の原理」とは、、、。

 「快楽というのは落差だ」と、
あるブログの記事に書いてあった。

まったく、的を得ている。

人間は、あるモノを「得る前」と、「得た後」の
違い(落差)の大きさによって、
「快楽」を感じることができるらしい。

なるほどね〜。

例えば、「アルコール(酒)」。

私と同世代の40代は、ほとんどがビール腹。

その年代になれば、毎日のように
ビールを飲む。

私は、肝臓がそれほど強いほうではないので、
平日はなるべく「酒」を飲まないようにしている。

休日の楽しみの一つであるが、
自転車で一時間ほど時間をかけ、
温泉に行き、そこでゆっくりと湯につかった後、
中ジョッキほどのビールを一杯飲む。

私にとっては「黄金の液体」だ。

一口一口、しっかりと口に含み
冷たさと味を噛みしめながら、
のどに流し込む。

その喉を通る瞬間もしっかりと意識し、
その快感を味わう。

こうして飲めば、同じビールでも
その有り難味がかなり違ってくる。

ほとんどの同世代を見ていると、
ビールなど、流し込んでいるだけのように
見える。

味わって飲めば飲むほど、
量がそれほど必要でなくなり、
中ジョッキ一杯で十分だ。

ある人が言っていたが
「酒は飲むものであり、飲まれるものではない
と、、、。

その通りだと思う。

「酒」の魅力は相当なもので、
すべて悪いわけではない。

いい気分にさせてくれたり、
いやな事を忘れさせてくれたりする。

しかし、その魔力も十分にある。

私のむかしからのヤンキー仲間であるH君。

H君の親父さんは当時アル中で、
飲んでは暴れたらしい。

H君がよく言っていたが
今日も暴れた親父を殴って来たちっ(怒った顔)
と、、、。

彼にとって、中学生なのに
かなりの精神的負担になっていた
のであろう。

ただ「快楽」だけを求めて、
がぶ飲みしていたら、
本人にも、その家族にも大変なことに
なってしまう。

酒と上手に付き合うことが
極めて重要であり、その「快楽」の
本質を悟り、ただ日常的に飲んでいるだけでは、
せっかくのお酒の威力が、
かなり少なくなってしまう。

人間、満ち足りていれば、
その有り難味が分からない。

そのアルコールの威力を
最大限に生かすのは「落差」だ。

「落差」を意識的に作り出せば、
だいぶよりよい酒との付き合い方が
できるのではなかろうか。

もしかしたら、週に何日か止めてみたら
もっとお酒がおいしくなるのかもしれない。

また、飲む時も、ただ胃の中に流し込むのではなく、
口に含み、味を楽しみ、
さらに喉越しを意識して、
楽しむ。

つまり、お酒を十分味わい、
感謝しながら飲む。

どんな「快楽」でも、その「落差」により
感じることができるのではなかろうか。

それから、もう一つ書きたいことがある。
それは「人間の欲望には限りがない」
ということだ。

たとえば、小学生の時に自転車に乗れるようになった。
最初は自転車でいろんなところに行けるのが
楽しくてしょうがなかった。
しかし、慣れてしまえば次のものが欲しくなる。

高校のときにバイクの免許を取った。
自転車とは、かなり行動範囲が拡大し、
楽しくてしょうがなかったが、これもまた
しばらくすれば
それにも満足できなくなる。

そして、自転車から車に変わっても、
感動は一時のこと。
さらに「何か」を求めるようになる。

人間の欲望とは限りがない。

感動が通り過ぎれば、満ち足りなくなり、
不満へと心が変わってくる。

人間とはそのような動物であり、
モノに満ち溢れる現代の生活において、
「足を知る」ということがいかに大事なことで
あるだろうか。

十分に足りていることを知ろうとしなければ、
いつまでたっても欲望に振りまわされることになる。

窓を締め切り、クーラーガンガンで自動車で
通り過ぎるだけでは、見えないことが多い。

もし、車を降りて、同じ道を
歩いてみたら、見える景色が変わる。

見落としていたことの
多さに気が付くものだ。

足元をしっかりと見つめることが
いかに大事なことか。

これだけの文明社会でも、
世界に出れば何億人の人が
飢えに苦しんでいる。

また、むかしに比べ、
何でもスイッチ一つで、重労働から
開放されるようになった。

他の世界の人々、
日本でもむかしの人々にくらべ、
今日本で生まれて住んでいることだけで
かなりラッキーなことである。

しかし、「幸福感」というものは違うようだ。

今、どれだけの人が「幸せ」と
感じているのだろうか。

多くの人が不安や悩みを抱えているのでは
なかろうか。

それは、物質的な問題というよりも
心の中にあるような気がする。

人々が「幸福」と感じる対象がかなり
変わってきた。

モノが豊かになればなるほど、
人々の「孤独化」が進んでいるような気がする。

世の中がモノをどんどこ造る体制に移り変わり、
労働力が必要な為、
多くの人が田舎から都会へと移り住んだ。

田舎は「地縁」、「血縁」の宝庫であった。

さらに都会へ出てきても、
一昔前までは「会社は家族だ」と
言われたような「社縁」ですら、
世界的な過剰な競争環境の中、
かなりさびしいものになってきた。

若者は、就職も結婚もできない。

年寄りは一人で住むしかない。

中年でさえも、いつどうなるか分からないという
不安を抱えながら生活をしている。

「地縁」、「血縁」、「社縁」がズタズタになり、
「無縁社会」に突き進んでいる。

果たして、本当に
みんながモノやサービスを求めているのだろうか。

それよりも、「幸福感」というのは
モノを得ることより、
「人の温もり」を求めるように
なってきているのではなかろうか。

今若者の間で、震災以降、
「自由原理主義」から「共同体主義」を
学ぶ学生が増えてきていると聞く。

自分の身の回りから、
しっかりとした「絆」を意識的に
作っていかなくてはならない時代に
なったのではなかろうか。

そのためにはまず自分が変わること。

人に感謝の気持ち、そして人を思いやる気持ち、
それがなければ、絆などできるはずがない。

一人一人が「快楽の原理」、
「不満の原理」をしっかりと向き合う時期に
来ているのではないだろうか。
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2012年01月17日

心の武装解除!

 「心の武装解除」、、、。

最近見つけた言葉であるが、
とても気に入っている。

日々日常のことで、ほとんどの人が
悩みを抱えている。

もし、もっと心が解き放たれていたのなら、
まったく違った判断ができたのに、
、、」
と、悔やむことが多々あるのではなかろうか。

時が経てば、冷静に客観的に見ることができるのだが、
その時、、、」というのは、
どうしても、心が悩みに占領され、
自分を見失いがちである。

冷静さを忘れ、
その悩みに対して、凝り固まってしまう。

つまらない例であるが、
ここで私の「悩み」を紹介したい。

あまりにもつまらなすぎて、
笑わないでくださいね。

4〜5年ほど前から、髪の毛が薄くなってきた。

風呂上りに鏡を見るたびに
あ〜、なんか頭がさびしくなってきたな〜もうやだ〜(悲しい顔)
と、ため息をつく日常だ。

そうなると、気になって気になって
しょうがなくなる。

世間を見渡せば、
多くの人が同じような悩みを抱えているのだし、
40歳半ばまで、保っただけでも
ありがたいことだ。

また、世界中で一番私自身の髪の毛のことを
気にしているのは自分自身であり、
自分自身が心の中で、そのことを肥大化させて
悩み苦しんでいる。

そんな日々が続いた中、
映画「ラストサムライ」で、
俳優の渡辺謙さんをみた。

かっこいい、本当にかっこいい。

古きよき、日本の侍を演じる謙さん。

すばらしい役者であり、
心に響く演技であった。

しかし、その頭を見ると
髪の毛が薄いほうだ。

しかし、私のようにウジウジと悩んではいなく、
堂々と演技をしている。

謙さんは、「ラストサムライ」前は、
私生活でも、病気や離婚などで苦しまれたと聞く。

それでも、すばらしい役者だ。

なんだか、自分の小ささが恥ずかしくなる。

自分のみみっちさが、つくづくアホらしく
なってきた。

謙さんの姿に、とても励まされたようなきがする。

 ハゲだろうと
市民権がないわけじゃない。

毎日、シャンプー後抜けていく髪の毛を見つめて
いてもしょうがない。

親父がハゲ以上、薄くなるのは宿命だ。

それなら、そんなこと気にせず堂々と生きればいい。

それともう一つ。

これが一番言いたいことであるが、
謙さんように私がかっこいいわけではないが、
もし禿げていても、明るく堂々と生きていれば、
じ悩みを抱えている人を
勇気付けることになるのではなかろうか
。、

つまり、ハゲであろうと、
明るく正々堂々と生きていれば、
それだけで「社会貢献」になるのでは
なかろうか。
 
世の中にはいろんな悩みを抱えている人がいる
「定職に付けない人」、
「事業で失敗した人」、
「病気を抱えている人」、
「無縁社会の中、孤独で暮らしている人」
などなど、本人にとっては大変な問題だ。

「悩み」と、どう向き合うか、
どう乗り越えるか、
口で言うほど簡単ではない。

しかし、人を勇気付けることができるのであれば、
やる気が沸いてくるのではなかろうか。

私の友人に30代であるが
糖尿病に苦しんでいる人がいる。

その彼に
もし、あなたがたとえ病気でも
明るく楽しく生きていたら、
多くの病気を抱える人達が
勇気付けられるよわーい(嬉しい顔)
」と、
話したら、

その人に、
あんたは、病気でないから分からないんだよ〜ちっ(怒った顔)
というような答えが返ってきた。

確かにその通りだと思う。

しかし、もしそんな中でも
「生きる意味」を見つけることができれば、
かなり心が楽になるのではなかろうか。

また、40代でなかなか結婚相手が見つからず、
孤独感に悩まされている友人がいる。

彼の話を聞くと、いつも世界中の不幸を
自分ひとりで背負っているような語り口で話す。

いつも自分の「不運」を、嘆き悲しんでいる。

しかし、もし彼が心を解き放ち、
他人の目を気にせず、明るく堂々と生きれるようになれば、
まったく彼を取り巻く環境も変わってくるような気がする。

心を解き放せば、
視野が広がる。

心を解き放せば、
仲間が増える。

そして何より、心を解き放せば
「運」も味方する。

そういう人に、神様も味方しやすいのでは
なかろうか。
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2012年01月15日

ある民主党議員!現職総理の目玉政策「消費税大増税」に真っ向から立ち向かう!

 敬愛する植草一秀先生のブログに
非常に面白い画像が貼り付けてあったので、
是非見たいただきたい。

現役総理に頑として反論を挑む、
熱血民主党国会議員、
こんなサムライがまだいたのかと思えるほどの
熱い、熱い、辻説法!!

是非ともこの動画を見てください左斜め下

http://www.youtube.com/watch?v=y-oG4PEPeGo

そして、上の動画を見た後、
2010年9月14日の民主党代表選
「私には夢がある」と語った
小沢氏の演説を見比べてください左斜め下

http://asx.pod.tv/dpj/free/2010/20100914taikai_02.asx

消費税を上げる前に、やることはないのだろうか?

2年以上も政権を担当しているのに、
天下りに切り込んだのか?
行政改革派すすんだのか?

大増税よりやることやってないのに、
安易に増税路線を突っ走れば、
天下り先を増やすのみだ。

政治は生活そのもの。

どうか、この二つの動画をご覧になり
我々の将来に対して、
真剣に考えてみてください。

posted by hide at 17:53| Comment(15) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

小沢氏の説明が変わったという小沢事件の4億円問題!出所は「政治資金」なのか?「銀行融資」なのか?「個人資産」なのか?

 小沢事件に関するテレビ・新聞の報道で、
まったく同じ内容にはあきれ返る。

そして必ず、
「小沢氏は4億円の出所に関して、
説明が変わった。
『政治資金』から、『銀行融資』、
『個人資産』などと変わった」
と、各社一斉に批判する。

まったく各社とも自社の「色」がない。

裏でつるんでいるとしか思えない。

さあ〜、どうなのか、
「政治資金」なのか、「銀行融資」なおんか、
「個人資産」なのか???

実は小沢事件に関して、
これらすべて正しい。

一言で言うならば
小沢事件での4億円の動きというのは、
あわせて「3種類の四億円」の動きが存在する。

その一つは
「政治資金」の4億円であり、
その一つは
「銀行融資」であり、
もう一つは
「個人資産」なのである。

マスコミは、そのことを本当に熟知しているのか。

それとも知っていて、
意図的に小沢氏を貶めようとしているのか?

たぶん、両方なのではなかろうか?

簡単に説明すると、
小沢氏が秘書寮建設のために
土地を買った。

その価格は約4億円。

小沢さんの陸山会などの政治団体のお金をかき集めて、
その土地を買った。

政治団体からのお金なので、
当然そのお金は「政治資金」となる。

あまりにも、大きな大金をはたいたので、
陸山会では運営資金が足りなくなる
恐れがあった。

そのため、小沢さんから同じ額の
4億円を借り受けることにした。

小沢さんから借りたので、
小沢さん個人の「個人資産」だ。

しかし、小沢事務所では、
そういう場合、個人のお金と
政治資金を区別する為に、
銀行をはさむことにしている。

そのほうが、しっかり区別できるからだ。

つまり、小沢さんより借り受けた4億円を担保に、
銀行から同額の4億円を融資してもらう。

ここで銀行からの4億円なので
「銀行融資4億円」が発生する。

もう一度説明すると、
土地を実際に買った4億円は「政治資金」。
小沢氏個人が出した4億円は「個人資産」。
個人資産と政治団体のお金を区別する為に
小沢氏の4億円を担保に銀行から借りた
4億円は「銀行融資」。

「政治資金」の4億円、
「個人資産」の4億円、
「銀行融資」の4億円、
三種類の4億円が実際に存在する。

それを混乱してか、意図的にか分からないが
「小沢氏は4億円の出所の説明が変わった。
あやしい〜」
というような感じで、マスコミは誘導したいようだ。

もう一ついうと、
この3つの4億円のうち、
「政治資金」の4億円と、「銀行融資」の4億円は
しっかりと政治資金収支報告書に
記載されているらしい。

法人でもない、個人でもない、
陸山会のような「政治団体」は
実印を持つこともできなず、
従って、
銀行から融資してもらうこともできないし、
土地の所有者にもなることはできない。

融資を受けることも、
土地の名義人になることもできるのは、
小澤一郎個人しかありえないらしい。

小澤さんの個人資産4億円、
それを担保に銀行から融資された4億円、
合計8億円は基本的に小澤さん個人のお金であった。

その8億円の中から、
陸山会に4億円貸しただけ。

銀行に担保となっている4億円は
小澤さん個人のモノという
扱いになっているらしい。

もともとは4億円+4億円、
「8億円のうちの4億円しか
陸山会の収支報告書に記載されていないじゃ
ないか!!、おかしい、
あやしい、虚偽記載だ、嘘の記載だ、
その嘘の記載を、小沢が共謀して
やったんだろうが〜。
だって、小沢は怪しいカネを持っているはずだから、
ごまかそうとしたんだ」
と、いうのが検察やマスコミの
苦しい、苦しい作り話。

ではその4億円+4億円が
小沢の金か、陸山会の金か、
どこで線引きされるのか、

そのうち4億円はちゃんと記載されているが、
残りの4億円は記載されていない。

記載されれば、陸山会は小澤氏個人からの借入金となり、
記載されなければ、引き続き小澤氏個人の資産となる。

それは陸山会のために
お金の出入りがあったかないかの違いらしい。

つまり銀行に対する「利子」だ。

もともとは陸山会の運転資金ショートする怖れに対しての
備えの為の銀行融資「4億円」である。

その銀行から課せられる利子を
「小沢」が払うのか、「陸山会」が払うのか、
といえば、「陸山会」であろう。

利子という出費が発生する。
それも陸山会のための銀行からの借り入れに
よるものだ。

それなら、ここでしっかりと区別できるでは
ないだろうか。

お金の出費があった以上、
「銀行融資」から4億円は陸山会のためのお金。

小澤氏個人の4億円は出費が発生しないので、
小澤氏個人の資産として区別できる。

逆に、小澤氏個人資産4億円も
陸山会の借入金として、記載すれば
話がややこしくなってしまう。

素人なりに、陸山会事件について
勉強した結果、こんなところじゃないかな〜。

小沢氏は4億円の出所について、
何も矛盾した説明はしていない。

陸山会事件において、いわゆる4億円というのは
三種類存在し、それぞれ「政治資金」であり、
「個人資産」であり、「銀行融資」からのものである。







タグ:陸山会事件
posted by hide at 22:11| Comment(1) | TrackBack(0) | 小沢一郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

「放射能削減」に対する微生物の可能性!

 2011年11月6日の中日新聞であるが
私にとっては、大変衝撃的な
記事が載っていた。

それはなんと、極めて高い放射線の
中で、微生物が増殖したという。

ある微生物の専門家が左斜め下
「水と何らかのエネルギーさえあれば、
微生物なんていうのは、どこでも
生きていくことが出来る。
我々がシャーレなどで、再現できる
微生物なんていうのは、全体の中の1%にも
満たない。我々がただ知らないだけで、
非常に過酷な環境にでも、適応して
生きている可能性は十分ある

と、語っていた。

それではその中日新聞の記事を
お読み下さい。

炉内の微生物退治に一年
スリーマイルの“想定外”の敵


原子炉圧力容器の内部をのぞくテレビカメラが、
モヤモヤと漂う緑色の物体を映し出している。
「あれは藻じゃないか。なんでこんなところに
入り込んでいるんだ」
 1986年の初め、米ペンシルベニア州を横断する
サスケハナ川の中州になるスリーマイル島(TMI)原発で、
モニターを見つめる作業員から驚きと戸惑いの声が上がる。
 メルトダウン(炉心溶融)に至る重大事故を起こしてから
7年近く。胃カメラのような具合に、配管からカメラを入れて、
炉内の様子を克明に調べる。その上で、熔けた燃料を
ドリルで削る除去作業を本格させる手はずだっただけに、
落胆は大きかった。
 日本側調査研究団の一員として派遣され、処理作業に
加わった元東京電力の佐々木貞明(67)が振り返る。
「削った燃料の粒による濁りはある程度見込んでいたが、
藻が原子炉の中に入り込むなんて、まったく予想して
いませんでした」。
 日を追う事に緑色は濃さを増す。やがて視界は、
ほぼゼロとなった。これでは炉内の様子がつかめず、掘削
ドリルも回せない。思いもよらぬ敵との長い闘いが始まった。
 作業チームがまず手を付けたのは、相手を知ることだった。
炉内は極めて高い放射線に覆われている。そんな過酷な環境で
増殖するからには、特殊な生き物かもしれない。とりあえず、
採取して調べてみる。正体は、何の変哲もない微生物の
「ミドリムシ」だった。
殺菌効果がある塩素や硝酸などの強い酸を投入したらどうか。
温度を上げたり、高圧にしたりすれば死滅するのではないか。
 微生物の専門家に相談し、様々な対策案を考える。どれも
ミドリムシを退治できるのはいいが、原子炉や核燃料に
悪影響を及ぼす心配があった。
 実験を繰り返して、ようやく消毒液に使う過酸化水素水
(オキシドール)たどり着いた。炉内に入れると、徐々に
濁りが薄まってゆく。作業チームのメンバーはほっとした
表情が広がった。
 ミドリムシは、なぜ増殖できたのか。ドリルやカメラなどの
機器に付着していた可能性も指摘されるが、理由は今も定かでない。
 はっきりしているのは、ミドリムシとの闘いに勝利するまでに
一年を要したことだ。当初2年で終える計画だった燃料取り出しは
4年ほどかかり、すべての処理作業が終わったのは、事故から
11年たった90年だった。
「TMIの経験は福島第一原発の派色作業に役立つはずだが、
きっと思っても見なかった問題が出てくる」。
 いずれは取り組まなければならない第一原発の廃炉作業。
そう簡単にはいかないとみている。

以上


極めて高い放射能の原子炉圧力容器内で、
なんと微生物が増殖していたらしい。

それがどこにでもいるミドリムシだった。

放射能というのは、大変危険なモノであるが
逆に言えば、極めて高いエネルギーでもある。

その「放射能」という高エネルギーに依存して生息する
微生物が存在してもおかしくないのではなかろうか。

つまり「放射能」を食べて生きる
微生物がいるのでは、、、、。

微生物が誕生したのは、30数億年前。

その頃というのは、オゾン層もなく、
太陽からの電磁波をもろに受ける環境だ。

その電磁波の中には、放射線も多く含まれていた。

つまり、地表では、放射能に
満ちあふれていたことになる。

微生物は、そんな中で何億年も
生きながられてきた。

そんなオゾン層ができる十数億年という
長い時間の中で、微生物がその環境に
対応できなかったと考えるほうが、
無理があるのではなかろうか。

さらに現在、大腸菌など全てのDNAが解読されたという。

しかし、それはアデニン(A)、シトシン(C)、
グラニン(G)、チミン(T)などの塩基が
どのような配列してあるか、という解読だけだ。

それがどのような信号を出したり、
どのような物質を作り出して、どのように
機能するのか、というようなことは、
まだまだであり、大腸菌に一つにしても、
全てのDNAが作用する働きまで、
解読するとなると、大変な作業になるであろう。

また、そのDNAの中にも、機能していない
意味のないDNAが多く含まれているらしい。

ホントに意味がないのか。
ある特別な環境に適応する機能を持った
DNAが微生物の体内にすでに
存在するのではなかろうか。

微生物の機能について、
むしろ「どのような環境に生きてきたのか
を考える方のが、より正確な判断が
出来るように思う。

例えば、PHが極めて低い胃の中で生きる微生物など、
その環境に適した機能を発現させるDNAが
その微生物の体内には存在するはずだ。

放射能にしろ、オゾン層が存在する前は
放射能に満ちあふれていた。

そのような環境で生きてこれたということは
放射能に耐性か、もしくは放射能から得られる
高いエネルギーを食べて生きていた
微生物がいる可能性が非常に高いと思う。

さらに微生物は1gの土の中に、
約100万匹の微生物が生息するという。

さらに大腸菌などでは、
一世代20分ほどで増殖するという。

その数、世代の短さ、などなど
もし激しい環境にさらされても、
突然変異が起こって、その環境に
適用する微生物に変化しても
おかしくないのではなかろうか。

耐性でなかれば、生きられないし、

また、放射能という大きなエネルギーを、
微生物が活用しないでいるというのは、
考えられないのではなかろうか。

「土」と「微生物」の関係は
非常に深いものがある。

「土」の中になぜ微生物が住みやすいのか?

微生物の細胞壁の周りに
いろんな鉱物(無機物)まとっている
微生物も多く存在する。

外部の温度変化、化学変化、
乾燥、外敵などなど
多くの危険から守ってくれるのが
「土」である。

「土」はその土地での出来事が「記憶」されているという。

それはその土地の土の中に住み着いている微生物が
その土地で起こった環境変化に対応した結果、
その対応の記憶がDNA上に記録されてる。

もしもう一度同じことが起こっても、
そのDNAが発現し、
すばやく対応できる可能性が十分ある。

つまり、何が言いたいのかというと、
原爆が投下された広島、長崎の土を
もってきて、福島に持って行って散布すれば
もしかしたら、福島の土がよみがえるのでは
なかろうか?

広島、長崎の土の中に
以前放射能に対応した微生物が
放射性物質が存在し、放射性物質が
存在する福島の土の中で
活発に活動を開始するのではなかろうか。

「どの微生物」というより、
シェルターである土ごと散布するという
発想だ。

「土」と「微生物」、
さらに「炭」と「微生物」も
非常に可能性があると思う。

なんといっても、どこにでもいる
ミドリムシが、極めて高い放射能にさらされている
原子炉内で増殖したという事実。

これをどう捉えるのか。

とにかく、片っ端からやってみる必要がある。

posted by hide at 19:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 「国難」東日本大地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

目覚める若者たち!自由原理主義から共同体主義へと、、、。

 世間の諸問題に鋭く切り込み、
私の愛読している「日々坦々」さんの
ブログに、大変面白い記事があったので
さっそく紹介させていただく左斜め下 

3.11後、「リバタリアン(自由原理主義者)」から
「コミュニタリアン(共同体主義者)」へ!
(サンデー毎日)


サンデー毎日2012/1/15号に「辰年の正義」対談と題して、
「ハーバード白熱教室」解説者の千葉大・小林正弥教授と
ジャーナリストの斎藤貴男氏が対談している。

内容が興味深い対談だったので、
小林教授が語った内容を中心に抜粋してみる。


小林
私は大学で政治哲学を教えていますが、東日本大震災を
境に学生の世界観が大きく変化しました。
震災前は新自由主義や市場原理主義を志向する
「リバタリアン」(自由原理主義者)が多かった。
3.11後は、圧倒的多数が助け合いや
共同体の価値を重んじる「コミュニタリアン」
(共同体主義者)になりました。
・・・
「友愛」を旗印にした鳩山政権はコミュ二タリアニズム
(共同体主義)的で変革を目指したのですが、
「最小不幸社会」を掲げた菅政権はネガティブな
功利主義やリベラリズム。野田政権に至っては財務省や
経産省のコントロール下で官僚主義です。

斎藤
昨年夏の民主党代表選に勝った野田さんは組閣前に
まず経団連会長を訪ねました。自民党の首相でも
やらなかった。野田首相は財務省と財界と米国の言う
ことしか聞かないと完全に決めているのだと思います。
・・・
小林
原発は年末に収束宣言が出され、もう安全かのように
喧伝されています。野田政権のテーマはTPPや消費税。
・・・
野田首相は消費税アップやTPP参加の持つ重大な
意味をよくわからず、メガトン級の課題を同時進行で
こなせるかのように軽く考えている節があります。
民主党内外の反対論を抑えるのは容易ではないはずです。
・・・
消費税やTPPの行方を左右するのは小沢裁判でしょう。

私は小沢一郎さん個人を擁護したいわけではありませんが、
適切な証拠なしに検察審査会が強制起訴したり、
それを根拠にして政治的にも批判したのは
日本の司法や民主主義にとって大問題です。

 日本の刑事手続きにおける正義とは
「疑わしきは罰せず」であり、決して特定の政治家の
影響力をそぐ目的の言葉として使われてはなりません。
仮に小沢さんが復権すれば、民主党のマニフェストに
反する消費増税には相当抵抗するでしょう。
民主党が割れたり、政界再編が起こることもありえます。

http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-1344.html

以上。


どうやら、敏感な若者の意識が変わりつつあるように思う。

この記事の中でも書かれているように、
「自由原理主義」から「共同体主義」へと変わりつつある。

今までのように、
強い者がドンドンと成長し
社会を発展させていく

というような発想では、
社会は成り立たなくなっている。

これだけ世界各国で、
モノがドンドンでき、世界的な
グローバル化により、
競争が激化しすぎている。

そして勝ち続けるために、
犠牲にするものが多すぎるのでは
なかろうか。

日本でも、
リストラする経営者は優秀だ
というような流れだ。

たしかし、その会社の経営的側面から
みれば、まったく正しいことだ。

しかし、失業者が大勢増え、
社会全体の雇用が不安定になった。

そうなればどうなるか。

若者は生活できない。
また、結婚もできない。

結婚もできなければ、
子供もできなくなり、
益々少子高齢化社会となる。

賃金を安くしなくては
世界的な競争に勝つことはできない。

しかし、その競争ですら
グローバル化により、負けた国の影響を受け、
自国の経済に跳ね返ってくる。

さらにグローバル化の影響というのは、
どこかの国の自然災害、暴動や事件などにより、
これもまた自国の経済に跳ね返ってくる。

3年ほど前のリーマンショックのときに
百年に一度の大不況とか何とか
言われたが、果たしてそうだったのだろうか。

ほんの3年たっただけで
「世界同時不況」だとか、
今度は「歴史的な円高」だとか、
言われている。

「百年に一度、、、」
「歴史的な、、、」

そのような比喩が非常にむなしく聞こえるのは、
私だけなのだろうか??

経済のあり方、その根底から
今の世界情勢の中では
通用しなくなってきている。

この過激すぎる競争の中では、
ほんの一握りの勝ち組と、
ほとんどの貧しい民衆というような
構造が目の前だ。

しかし、その勝ち組でさえ、
枕を高くして寝れやしない。

変化が激しすぎる世界経済の中で、
常に足元をすくわれる危険性が
あるからだ。

そんならいったいだが幸せなの、、、?

みんな「何か」に取りつかれて
しまったんじゃないの、、、?

実際に、競争社会が進めば進むほど、
田舎が衰退する。

それは人手が必要な工業地帯や
商業の中心である大都市に
人を集めなくてはならないからだ。

「血縁」、「地縁」の宝庫であったはずの
田舎では、衰退する一方だ。

都会へ出てきても、
これだけ労働条件が変わってしまい、
以前のように「会社が家族だ」というような
発想は、はるかむかしの夢物語になってしまった。

血縁」、「地縁」、「社縁」 
これらの絆がズタズタにされ
ますます「無縁社会」が進んでいる。

隣の住人は誰なのかわからない。

ここで一人死んでも、誰も気づかないだろう
と、私の一人暮らしをしている友人が
話していた。

これらの無縁社会化の密接に関係があるのが、
激しすぎる世界的な競争社会の影響が
非常に強い。

取り付かれたように
「お金儲け」に必死になってしまう社会であるが
本当に社会全体が必要とされていることは、
その「お金儲け」には縁のないところに
多くあるのではなかろうか。

それが
人と人との「絆」、
自然環境の保護、
リサイクル、リユースの徹底、
地域社会の育成、
そしてないより
「心のあり方」という教育。

コストというモノサシ」では、
測れないが、本当に必要なモノでは
なかろうか。

今はその「コストというモノサシ」自体を
変えなくてはならない時期に来ているのでは
なかろうか。

誰よりも「安く、効率よく提供できるのが勝者」だけで
よいのか?

そんなことを投げかける
自由原理主義」から「共同体主義」への
若者の意識の流れではなかろうか。



posted by hide at 10:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月06日

小沢氏、司法について語る!「個人の自立、国家の自立、そして議会制民主主義の定着の為、僕は屈するわけにはいかない」

 一昨日、発売された「週刊ポスト」に
小沢氏のインタービュー記事が載っていた。

その中で特に興味を持ったのが、
現在進行中の自身の裁判に
ついて語っていた。

リポーターの次のような質問に対して左斜め下
党内での『小沢封じ』といい、今度は
司法まで加わった小沢攻撃という未だ異常な
事態になっている。先ほど生贄という言葉を
使ったが、日本の危機を双肩に乗せて裁判と
闘っているように見える


小沢氏は左斜め下
個人の自立、国家の自立、
そして議会制民主主義の定着、
それらを実現するためには、

僕は屈するわけにはいかない

ここで屈したら、永久に日本に
民主主義が定着しない。
だから僕は一人の闘いだけれど、
最後まで応援してくれる人も
いっぱいいるから、頑張らないと
いけない。
それは自分自身のためではなくて、
日本の民主主義のためだと
思っています

と、、、。

これだけあからさまに、
恥じることなく、検察も裁判所も
デタラメを行ったいわゆる小沢事件。

検察がストーリーを描き、
罪を作り上げようとしても、
そのでっち上げられた
ストーリーですら
杜撰極まりない。

それでも、小沢さんの元秘書三人は
証拠も何もないのに、

「推認」ということで、

裁判官は彼らを「有罪」にしてしまった。

そして、現在進行中の
小沢氏自身の裁判。

小沢氏自身の裁判が進むにつれ、
検察のとんでもない実体が明らかに
された。
(詳しくはこのサイトを左斜め下
http://www.ustream.tv/recorded/19317792

どれだけ、検察の欺瞞性が
露出しても、裁判官も、
検察もズブズブ関係である以上、
秘書3人の時のように、
とんでもない判決が下される
可能性すらある。


裁判官や検察は、
まるで白昼堂々と痴漢行為をして、
その場で平気な顔をして居直るような
情況だ。

このようなことが本当に許されていいのか。

一番恐ろしいことは、
多くの人が注目している中、
再度「デタラメの判決」が下されるのであれば、
誰も暴走する司法を止めることは
できやしない。

世間が騒ごうがどうしようが、
俺達が絶対的な権力者なんだ。
気にくわね〜野郎は、
何だろうと、刑務所にぶち込みゃ〜いい


というようなことを、
公に認めてしまうことに
なってしまう。

みなさん、よくよく考えて下さい。

絶対正義といわれた検察が
今では冤罪を作り出す犯罪者集団に
なり下がっている。

大岡越前のように、思われていた裁判所ですら
そのお仲間と化している。

まるで既得権益側の守護神のように
彼らにとって、不都合な人間を
次々と免罪にしてきた。

これで日本の改革は進みますか??

震災復興は、、、??

福一の原発事故処理は、、、、??

押し寄せる世界同時不況は、、、、??

責任力がない、
判断力がなり、
胆力も忍耐力も不足している
役人達に、押し寄せる諸問題が
解決できるとは到底思えない。

小沢裁判から、世間を見ると
誰がこの国を牛耳ってきたのか、
よく分かる。

このままで本当に良いのか。

このままでは、どう考えても
今のような生活が維持することなど
出来やしない。

どうか皆さん、よくよく考えて下さい。
posted by hide at 20:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする