2019年05月16日

「お前の内を掘れ。掘り続ければ、そこには常にほとばしり出ることができる善の泉がある」ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの言葉。

「早朝に自分に向かっていえ、私は今日もおせっかいで恩知らずの
傲慢な欺瞞的な嫉み深い非社交的な人間に出会うであろう。
 彼らは互いに軽蔑し合いながら互いにへつらい合う。
そして、相手に優越しようと欲しながら互いに譲り合う」

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これは、ローマ皇帝マルクス・アルレリウスの自省録の
中にあった言葉だ。

確かに、こういう感覚って必要だと思う。

周りの人が自分の肉親のように、
好意的な感覚を持ってくれているという
錯覚をもって社会に出れば、必ず大きく
つまづくであろう。

ドライな感覚って必要であるし、甘えを捨て、
何でも自力でやれるようにするというような感覚でないと
なかなかやっていけない。

しかし、そんな中でも、その周りを見る自分の目って、
本当に正しいのだろうか、、、。

そのように問いかけるのって、とても大事だと思う。

どうしても、コンプレックスやトラウマ、
不安や怒り、妬みなどなどいろんな煩悩がからまって、
多くのことが正確に見えていない。

情念は、視野を狭め、判断を狂わす。


他人は自分の鏡である。

すべての出来事が、自分を通して、自分の中で
判断される。

そうすれば、自分と同じような感覚に
敏感になってしまう。

チャンネルをどこに合わせて、周りを見るか、
自分が周りを見る世界観次第で、大きく人間関係も
変わってくると思う。

アルレリウスの自省録の中に次のような言葉もあった。

「お前が何が何か外にあるもののために苦しんでいるのであれば、
お前を悩ますのは、その外なるものそれ自体ではなく、それに
ついてのお前の判断なのだ。」
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「事物は魂に触れることなく、お前の外に静かにある。苦悩は
内なる判断からだけ生じる。」
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「お前を「悩ます多くの余計なモノは、すべてお前の判断の
中にあるので、お前はそれを除去できる」
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このような哲学的なことを、毎日、自省録を書くことにより、
自分と向き合い、自分に自身に言い聞かせてきたのかもしれない。

自分の情念に左右されずに、正確に判断できれば
いいのだが、それって、とてもむつかしいことだ。

しかし、訓練次第なのでは、、、。

たとえば、アルレリウスのように、毎日、自省録などで
自分に向き合うことって非常に大事だと思う。

さらにこんなことが書かれていた。

「お前の内を掘れ。掘り続ければ、そこには常に
ほとばしり出ることができる善の泉がある」


と、、、。

いつまでも、問題を外のせいにしていては、
結局そこから抜け出ることはできない。

問題は内側にある。

自分自身が、どのように判断するかということだ。

誰にも「思い癖」というモノがある。

それを直すなんてことは、大変なことだ。

しかし、そのままで年をとっても、
そのまま放置してれば、その思い癖で、何度も何度も躓くことになる。

自省録のテキストブックの中に次のようなことが書いてあった。

「アウレリウスが内省に努めたのは、自分の「内」にある
誤った判断から自由になることに加え、「外」なる煩わしさ
から自由になるためでもありました。この外なる煩わしいの
一つが他者の存在です」
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さらに

「お前は何が気に入らないのか。人々の邪悪か。次の結論を
心に留め、心を和らげよ。理性的な生き物は互いのために
生まれたということ。我慢することは、正義の一部であること。
人は心ならずも過ちを犯すということを。」
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さらにテキストブックの解説に

「悪が自分のためにならない、害になると知っていたら
悪を欲する人はいない、悪を欲しているのではなく、自分の
ためになる(つまり、善)と思っているからだ。」

と、、、。
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さらに、テキストブックの中に

「人はだれしも幸福でありたいと願い、そのために必要な
理性も等しく分かち持っています。しかし、その使い方を
知らないために過ちを犯してしまう。つまり陰口を叩く人も、
人のモノを横取りしようとする人も、暴力をふるう人も、
相することがためにならないということを知らないのです」

と、、、。
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人間社会の中では、どうしても自我と自我のぶつかり合いは
避けられない。

どこに行ってもパワハラ上司はいるだろうし、
陰口や仲間外ればかりに心を奪われている人もいる。

その人らにいちいち腹を立てていても、決して幸せにはならない。

「報復する最善の方法は、自分も同じようなものにならないこと。」
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「人間は互いのために生まれた。だから、示せ。さもなくば耐えよ」
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「できるならば、教え改め指せよ。しかし、できないならば、これ
(他者の過ち)に対して寛容がお前に与えられていることを覚えておけ」
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このように、アウレリウスが自分に言い聞かせているのだが、
「忍耐」、「寛容」というのが、自分の中でどこまで
持ちこたえれるかだ。

しかし、「幸せになりたいか」、それとも
いつまでも、「同じ場所で同じような悩みに悩まさせ続けるのか」
どちらを選ぶかということ。

例えば、あるパワハラなどを受けやすい、
元いじめられ体質の人と話したことがある。

その人が言うには、
「昔の自分って、やっぱり自分でチャンネルを合わせて
いたと思う。何か言われれば、いつもおどおどしていたり、
人の顔色うかがっていたり、、、。
それが、やはり昔からのそういう思い癖だったと思う。
それを直すのには、かなり自分で言うのもなんだけど、
努力した。毎日、自分と向き合い、怖くても、怖くても
向かっていった。そして、目の前のことをただ全力で
やるだけ。その積み重ねにより今があると思う」


その人は、いつも前向きで、はきはきしていて、
いろんなことにチャレンジしている人だ。

むかし、いじめられっ子だったなんて思えない。

そしてこんなことも言っていた。

「そのいじめられっ子体質を脱却するだけで、
かなり自由感っていうのか、開放感っていうのか、
まるで羽根が生えたような感覚だった。
今の自分の方が、明らかに幸せだよ」

と、、、。

南海キャンディーズの山ちゃんが、こんなことを言っていた。


「以前は、自分より弱いモノを叩いて、自分の力を誇示し、
自分の価値観をみたしていた」

というようなことも言っていた。

特に当時売れていたしずちゃんに対して
ありとあらゆる嫌がらせのようなことも
やっていたとのこと。

それも、多くの人が引いてしまうような
内容の事であった。

その原因は「妬み」だったそうだ。

それらの嫌がらせをやればやるほど、
自分が嫌になる。

自身に満足しない、自身に自身がない
そんな自分が嫌になり、虚勢をはって
自分自身にも、周りにも必要以上に
大きく見せようとしていたのかもしれない。

しかし、それが本当の幸せにつながるのか、、、。

やればやるほど、自分のことが嫌いになり、
周りも去っていくだけ。

どちらが幸福なのか、、、。

幸福になるためには、決して外ではない。

自身の内側を掘り下げること。

それがたとえ10年かかっても、やる価値は
十分あると思う。

しっかりと客観的に自分自身を見つめ続け、
視野を広げていけば、「我慢」の質も変わってくる。

最後にアウレリウスの言葉を紹介したい。

「絶えず波が打ち寄せる岬のようであり。岬は厳として
たち、水の泡立ちはその周りで眠る」
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解説文として

「彼は自分の目指す境地を、こんな言葉で表現しています。
他人が何をしたか、何をいったかは、自分という岬に
打ち寄せる波の飛沫のようなものです。自分が厳として
たっていれば、飛沫に煩わされることもなく、それらは
静まり眠る。妬み、嫉み、いわれない批判や非難、そういった
雑音が耳に入ったとしても、アウレリウスのいう
岬のようでありたいものです。」
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私もまだまだだ未熟だが、できればこうありたいと思う。



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2019年05月12日

「足元の一歩に専念せよ」。ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの自省禄。

「足元の一歩に専念せよ」

とてもいい言葉だ。

これは、四月に放送されたNHKのEテレ
100分で名著という番組での話しだ。

今回のシリーズは、
「マルクス・アウレリウスの自省禄」
であるが、ローマ皇帝として日々の悩みに
関して、哲学をベースに自らを励まし、
戒めるために書き続けられたものだ。

2019042112150000.jpg


そのテキストブックをさっそく買ってきた。

さらに番組の中でこんなことが語られていた。

第四回の『「今、ここ」を生きる』の中で、

「各人は束の間のこの今だけを生きている。
それ以外はすでに生き終えてしまったか、
不確なものだ。」

この解説文として、

「過去は、「すでに生き終えて」しまって、
もはやどこにもありません。未来も、誰にも
分からないという意味で「不確なもの」です。
明日のことでも、想像している通りに
なることは決してありません。人は「束の
間のこの今」だけをいきていると
アウレリウスはいいます」



さらに
「たとえお前が三千年生きながらえるとしても
三万年いきながられるとしても、覚えておけ。
何人も今生きている生以外の生を失うものでは
ないということ、、、。もっとも長い生、もっとも
短い生も同じことだ。
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誰だろうと、今という束の間を生きているだけ。

過去はすでにこの世に存在しない。

未来も、誰にも分からない不確実なモノで、
けっして今ではない。

今ここにあるのは、『今』しかないということ。

逆に、過去のことを後悔しても
それはすでに存在しないこと。

未来のことを不安に思っても、
それは不確実なモノで、今、
実害を受けているわけではない。

それより、今、この一歩が大事だということ
のようだ。

今、この一瞬、一瞬の連続が、人生そのモノで、
その一瞬にベストを尽くし続ければ、
まったく未来も変わってくる。

例えば、どんなことをやっても上手くいかない
時期がある。

こんなんでは、自分の未来はどうなってしまうんだろう
とか、あの時ああしとけば、よかったとか、
過去を公開することってあると思う。

そんな時期でも、その時期でも、やれる限りのことを
やることによって、今ではなく、10年後、20年後
つながることもたくさんある。

自分の人生を振り返っても、
過去に失敗したこと、不運な時代のことなど
それらのことがなかったら、今の自分は
果たして存在するのだろうか、、、、。

分組みの中で「善悪無記」という言葉が
紹介されていた。

先ほども、話したが、過去の数々の失敗がなければ、
けっして今の自分は無い。

また、もし、あまりにも恵まれていて、
その後の人生が崩壊した例など、
いくらでもある。

むしろ、そういうことに無関心で、
常に今何ができるのか、どんな状況においても、
ベストを尽くすことが大事なのかもしれない。


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2019年04月22日

「自らの戒めと内省こそが、共生への道となる。」マルクス・アウレリウスの自省禄、100分で名著を見て。

この連休、田植えの準備などであくせく
働いていたが、昼に近所の中華屋に行って、
ランチを食べていた。

ふと、思ったことがある。


それが、これ↙


2019042112150000.jpg


私は、だいたいどこへ行くにも
このように本を持っていく。

待ち時間等、時間を持て余すときなど、
本が一番いい。

今、はまっているのは、このNHKのEテレの番組、
「100分de名著」のテキストブックだ。

賢帝と言われるローマ皇帝のマルクス・アウレリウスだ。

これが面白いのは、他人に見せようとするものではなく、
自らを戒める皇帝の自省録であるということ。

皇帝と言えども、宮廷内でも、煩悩に悩まされる毎日。

例えばこんなことがこの本には書いてある。

「早朝に自分に向かっていえ、私は今日もおせっかいで恩知らずの
傲慢な欺瞞的な嫉み深い非社交的な人間に出会うであろう。
 彼らは互いに軽蔑し合いながら互いにへつらい合う。
そして、相手に優越しようと欲しながら互いに譲り合う」

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また、

「皇帝化されてしまわないように、染められないように
注意せよ。それは現に起こることだから」

とか、、、。

毎日、毎日その日記を書くことによって、
自分がどうあるべきかということを自分自身に
問い続ける。

自分を鑑みる、内省というのは、
皇帝という激務に耐えるうえで、
非常に重要なことであろう。

ギリシャ語で「善」という言葉は、
ほぼ「幸福」ということになるらしい。

「お前のうちを掘れ。掘り続ければ、そこには
常にほとばしり出ることができる善の泉がある」


「お前が何か外にあるモノのために苦しんでいるので
あれば、お前を悩ますのは、その外なるものそれ
自体ではなく、それについてのお前の判断なのだ」


と、、、、。

私も、実はこのような日記を30年近く書いている。

同じように、内側に大きな荒野があり、
その内側を開拓することによって、本当の幸福に
繋がっていくような気がする。

一番自分自身を縛りつけるのは何か、、、。

一番自分自身を苦しめるのは、何か、、、。

それは自分自身だと強く思う。

本当の自由とは、不安、怒り、妬みからの
煩悩からの解放にある。

ある人が言っていたが

「すべての苦悩の元は、人間関係にあり、
幸福感もその人間関係から与えられる」

と、、、。

身の周りを見渡せば、テレビ、パソコン、
冷蔵庫など、便利なモノに囲まれている。

これをすべて一人で作れやしない。

電気、ガス、水道にしろ、たった一人で
これらをすべて調達できるのかというと、
そんなことはできやしない。

人間ほど、互いに依存しながら
生きている生物もいないように思う。

また、人間である以上、どうしても集団の中で
生きなくてはならない。

そんなかで、摩擦はつきもの。

また、活発に動けば動くほど、その摩擦が
大きくなる。

その摩擦に耐えられるのも、このような哲学や
仏教的な教えって、とても有効であると思う。

しばらく、このブログで、このテキストブックを
解説していきたい。

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2019年04月06日

明日、北海道知事選。陸山会事件を乗り越えた石川知裕さん、なんだかかなりオーラが違ってきているように思う!!

こないだあの小沢一郎さんの秘書で、陸山会事件で
有罪となった石川知裕さんの姿をテレビで見た。

なんだか、修羅場をくぐり抜けた男の
凄みを感じる。

いろんな人生を見てきたが、あれだけの修羅場を
体験した人もいないと思う。

陸山会事件に関して、あるテレビ局の報道が
またひどかった。

その報道が、あるホテルで建設会社の関係者と
石川さんが、ホテルのロビーであり、袋に入った
5000万円ほどの大金を渡すようなスケッチ図を
作成され、全国ネットで報道されている。

ほんと、ひどいもんであった。

検察も大手のテレビ局も、あんなことをするんだと
本当にショックだった。

あの時、自殺も考えたという石川さん、、、。

ほんとうに、よく戦ったと思う。

そして、そんな石川さんと結婚してくださった
香織夫人、、、。

人生、けっして悪いことばかりではない。

ほんと、香織さんに拝みたくなるような
心境であったことをよく覚えている。

その後、選挙に出れない石川知裕さんに代わり、
前回の衆議院選挙で、北海道11区で見事
当選!!

そして、今回は知裕さんが北海道知事選に出馬し、
明日、投票日だという。

このお二人には、心から幸せになっていただき
たいと強く思う。
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2019年03月06日

ある初春の墓参り。

今日は、24年前に27歳で亡くなった友人のY君の命日。

毎年、会社に行く前、薄暗い中、Y君の墓参りに行く。

そして、今日も早朝よりお墓にたどり着くと、
きれいに花が飾ってあった。

「あ〜、お母さん元気なんだ」

と、安堵する。

Y君が亡くなり、お通夜から葬式まで立ち会ったが、
一番印象的だったのは、お母さんのことだ。

号泣して、涙が止まらない。

そして、葬式が終わり、最後に棺桶に入っているY君に、
お母さんが草鞋を履かせる。

「Yちゃん、しっかり歩いていくんだよ〜」

と、何度も何度も、冷たくなっているY君に泣きながら
語りかけていた。

その光景が、頭から離れない。

親より、絶対に先に死んではならない。

そのことを強く思った。


Y君がなくなって、五年後ぐらいにある不思議な夢を見た。

それは、中国で一人旅をしているとき、
ちょっと薄気味悪い南京の宿で見た夢だった。

夢の中で、畳の部屋で、友人三人と雑談していると、
フラッとY君がニタニタしながら入ってくるではないか。

私が冗談交じりに

「どうだ、あの世は?どんな感じなんだ」

好奇心丸出しの私らしい質問を、夢の中でもしている。

Y君が「たいしたことないよ」とか、なんとかいいながら、
その後、いつものように雑談がつづく。

そして、いきなりY君が大声で泣きだして
「オフクロを頼む、オフクロを頼む」

というようなことを言っていた。

不思議な夢だった。

中国から帰り、さっそくY君のお母さんに電話してみた。

「実は、夢の中で、Y君が出てきて、
お母さんを頼む、お母さんを頼むって言っていたけど、
なんか変わったことありました」


と、聞いてみたが

「別に何もないよ。あんたが、あんまうちに顔ださんもんで、
そんな夢みたんじゃないの?」


その後、他の友人たちは、『Y君杯』とかいって、
Y君のお父さんやお兄さんとゴルフをやっていた。

しかし、毎年、一人で墓参りには続けていたが、
ゴルフをやらない私は、参加しなかった。

とりあえず、その時はお母さんは元気そうだったが、
その後もどうも気になっていた。

そして、毎年、早朝、Y君の命日に花が飾ってあると
安心する。

私も、Y君の好きだったサントリーの缶コーヒーか、
ビールをそっとお墓にお供えしてくる。

お母さんにとっては、それが誰だかわからない。

しかし、20数年たっても、誰かが息子の命日を
忘れずに覚えてくれていると思うと、うれしいのかもしれない。

毎年、毎年、私は花を見て、安堵する。

そして、お母さんはお供え物のビールや缶コーヒーを見て、
少し心が和むのかもしれない。



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2019年03月02日

あるおっさんから見た「結婚」観、、、。

一昨日は、結婚記念日だったので、
近くの創作料理がとてもいい居酒屋に夫婦で行った。

うちの嫁が牛肉のたたきを注文すると、
若い元気な女性の店員さんが

「これ、バエですよ!バエ!」

と、言われるので

「バエ????バエってなあに??」

と、私が訪ねると、店員さんとうちの嫁が
大笑い!!

「ほんと、この人おっさんで申し訳ない」

と、いうような感じで、話が盛り上がった。

若い店員さんが

「よく、ここには来るんですか?」

と、たずねられて

「5回ほど来たかな。今日は、結婚21周年なので、
嫁と二人できた」


というと、話の途中から、私ら夫婦のファーストネームを
訪ねてくる。

私もだいぶ酔っぱらってきたので、
うちの嫁の名前の由来を話した。

「嫁の小さいころのアルバムを見ると、
義父のコメントがあった。うちの嫁の名前は
『マナ』というが、マナの意味とは、聖書か何かで、
パンということらしい。食べていけるようにということで
マナという名前を付けた」


というようなことを話した。

その後、帰り際に、
チョコレートで、二人の名前と、コメントとして
『結婚21周年、おめでとうございます』と書かれた
アイスクリームがのせられ大きな皿が運ばれてきた。

どうやら店のサービスらしい。

下の名前を聞かれたのもそのためだったらしい。

嫁は
「私は、わかっとたよ」

と、言っていたが、こっちは酔っぱらって
気が付かなかった。

そんなほのぼのとした結婚21周年であった。

21年ってあっという間だ。

そうこうしているうちに、あと4年で銀婚式だ。

今では離婚する夫婦がだいたい全体の三分の一だという。

とくに、なかなか強烈な自我を持つ私が、他人を受け入れなければ
ならない結婚という関係を21年間も続けてこれたというのも、
大きな理由がある。

その一つは、義父だ。

結婚を申し込んだ当時の私というのは、29才で
しかも一年間ワーキングホリデーでニュージーランドから
帰ってきたばかりだった。

仕事も、やっと見つけたばかりであった。

それも、嫁の実家があった奈良県から
200kmも離れた愛知県に住む、どこの馬の骨だか
分からないような男である。

私が、「娘さんと結婚させてください」
と、あいさつした後、

うちの両親と再度あいさつに奈良まで、
足を運んだ。

長男、長女であり、うちのオヤジが
義父にこんなことをたずねた。

「娘さん、長女でありますが、本当にいただいても
よろしいのですか?」


と、義父にたずねると

「そのことは、とうにあきらめております。
娘の幸せを一番に考えております。どうか
幸せにさせてやってください」


と、、、。

とても、感動する一言であった。

その結婚生活がスタートするが、
やはり何度も喧嘩をした。

その時に思い出すのは、義父の一言。

あの言葉が、とても効いている。

決して粗末には、扱えない。

喧嘩をした後も、辛抱強く、妥協点を探る。

そんなこと、私には、できる芸当ではなかったが、
やはり義父の一言が効いている。

それともう一つは、私が20代前半の頃、
当時5年間付き合った彼女がいた。

とても尽くしてくれた彼女であった。

当時の私はやりたい放題で、そのことが原因で
別れることになってしまった。

当時の彼女も結婚適齢期。

週に何でも彼女の家に泊まりに行き、周囲の目を
気にせず、その大事な時期にある意味、私に
人生をかけてくれたと思う。

そんな彼女を粗末に扱ってしまった。

彼女から別れを告げられた時は、体が半分引き裂けられるような
ショックであったが、その経験があり、深く反省したことが、
やはり今の結婚生活にも生きていると思う。

やはり、大きな痛みがあって、周りが見えるのかもしれない。

ほんと、24の時、情けなかった自分から、
その大きな失恋を機に、再スタートしたといっても
過言ではない。

あのままの自分でいたら、何度も離婚再婚を繰り返すような
男であったろう。

結婚って、男でも女でも、大きな決断だと思う。

私のように、自我が強く、自分のお金も時間も
かなり制限される中で、他人を受け入れることができるのだろうか?

それにより、なかなか結婚にたいして、
勇気が出なかったように思う。

しかし、今若い人たちに、「結婚っていいものだよ」と、
私は勧めている。

なぜか?

「恋」とか「愛」とか、そういうモノは、続かない。

倖田來未ちゃんが
「恋愛至上主義〜」とか、よくタレントでも
恋バナをテレビなんかでやっている。

「恋とは、一時の気の迷いである」

と、ある人が言っていたが、私もそのように思う。

恋愛だけにあこがれて、結婚してしまうと、
逆にギャップが大きく、失敗するケースが
多いようにも思う。

しかし、現代社会の中で、他人と深く関わるという
人間関係がなかなかないように思う。

コンビニへ行けば、簡単に食べ物が手に入る。

洗濯も買い物も、かなり手軽でやれる世の中になった。

昔に比べれば、はるかに一人で生きていける時代になった。

逆に言えば、人とかかわる機会が少なくなったのでは、、、。

特に、結婚のような生活の隅々まで、
他人を受け入れなくてはならない。

相手の嫌な面だって、逃げるわけにはいかない。

何度も、何度も喧嘩を繰り返すことにもなる。

それでも、辛抱強く、積み上げていく。

偉そうなことは言えないが、大事なのは「誠意」の
ような気がする。

「誠意」をもって、対応することにより、
夫婦間でも強い信頼関係ができるのかもしれない。

結婚っているのは、ある意味、非常にリスクの
高く、莫大な労力を費やすことにもなる。

離婚なんて、結婚よりもはるかにヘトヘトになるであろうし、
本来、最大の味方が最大の敵になることもよくある。

「結婚とは、自分より相手のことを少しだけ優先して考えること」

と、誰かが結婚式のスピーチで言っていたが、
その通りなのかもしれない。

何か、与えられることばかり、期待していては
本当の幸せなど、ありえないように思う。

まだまだ21年、、、。

今後、さらに老後を迎え、死を迎えることになる。

その時、夫婦関係がどのようになっているのか、
先のことは分からないが、やれることをやっていくだけだ。


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2019年02月25日

上手くいくのか、いかないのかって?それを決めるのは、神の領域、、、。ただ目の前のことを全力でやるのが、人間の領域。

何かに挑戦したとき、何かを決めたとき、
やはり心を占領するのが、
「うまくいくかな〜」
という不安だ。

そんな時に、私がいつも頭に浮かべる言葉が、

「うまくいくか、いかないかは、それを決めるのは、
神様の領域。ただおまんは、目の前のことに全力で取り組む
だけのこと。
上手くいけば、神様からのご褒美。
失敗すれば、ただもう少し「学べ」戸いうだけのこと」


これは、誰の言葉だったのか、忘れたか
とても気に入っている。

なんとなく、言葉が禅宗ぽいので、
禅宗の教えだったかもしれない。

もし、失敗しても、よくよく自分の人生を振り返れば、
「あの失敗がなければ、今の自分があったのだろうか?」
と、思えるようなことって、よくあるんじゃないのかな〜。

逆に、成功ばかりおさめていたり、失敗の経験が
乏しければ、人間なんて必ず慢心してしまう。

幾度の失敗を含めた、いろんな経験を積んでおかないと、
後々苦労することになる。

あれこれ迷わず、目の前のことにもっと集中できるのであれば、
もっといいパフォーマンスができる。

瞬間、瞬間の連続が人生であり、
心の負荷をなるべく取り除き、その瞬間を全力で
生きれるようになりたい。

神様は、必要な時に、必要なモノを与えてくれる。

今、目の前で起こっていることも、必要だから
あなたに降りかかている。

あれこれ悩まず、いいと思ったことを全力でやればいい。

あとは、神様に任せるしかない。

このように考えれば、積極的にいろんなことに
挑戦できるのかもしれない。


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2019年02月20日

手を差し伸べる勇気。かっこいいあるお婆さんの話。

 昨日一日、どうしても家のことで
やらなくてはならない手続きがあったので
会社を休んで一日、母と行動した。

母が
「四時にせっちゃんを迎えにいかなかんで、
早くやるよ〜」


というよなことを一日中いっている。

せっちゃんとは、母の昔からの友達、、、。

近所に住み、この集落にとても過酷な農家のお嫁に来たもの同士、
仲良くしてきた母の50年以上の付き合いになる
昔ながらの仲間だ。


せっちゃんは、母より四つほど上で、
一人で暮らしている。

実は、認知症がかなり進んでいるようで、
もう車にも乗れず、こないだ運転免許証を返却したようだ。

しかし、車にも乗れず、一人で家にボーっとしていれば、
ドンドンと認知症が進んでしまう。

それなのか、何か理由を作っては、
母に会いにくる。

母も放っておけず、色々と世話を焼いているようだ。

せっちゃんは、認知症になっても、働きたいようで
母と同じ高齢者でも雇ってくれるシルバーの仕事を続けている。

運転できないので、母が送り迎いをしているようだ。

今日は、せっちゃんだけが仕事のようで、
四時に迎えにいくそうだ。

四時近くになると、

「今日、さよちゃん、迎えに来てくれるかな〜?」

と、そわそわしているようだ。

そんなせっちゃんを放っておけない母、、、。

とても母らしい。

そんな母に対して、周りの人は、

「そんなん放っておけばいい」

とか、いろんな意見があるようだ。

確かにその通りだと思う。

どっちがいいのだろうか?

その答えは、それぞれだと思うし、立場立場によって
違う。

私ら家族は、どんどんやってやりゃ〜という考えだ。

今、そのような一人で暮らす老人が多い。

何もやることがない、人とあまり接する機会がない、
あとはただ死んでいく人生、、、。

やはり心に大きな不安があるのでは、、、。

少なくとも、母の友達はそのように思う。

そんな時に手を差し伸べてくれる母のような明るくて
面倒見のいい人がどれほどありがたいことか、、、。

地縁、血縁、社縁がドンドン薄まっていく中、
私は母のような人がむしろかっこいいと思う。

母に、

「なあ〜なんで、おまんはそんなに面倒見がいいんだろうな?」

と聞くと、

「ほりゃ〜、在所のおばさんもよかったでな〜。
むかしな〜、近所の人が子供を産んで、一ヵ月ぐらい
実家に帰らなかんので、そのお兄ちゃんも九州に
連れていくという。おばさんがな〜
『ほんなん、一ヵ月もかわいそうだで、わしが面倒みたる』
といって、一ヵ月あずかったことがあった。その子が、
大人になっても、ことあるごとに何か買ってきてくれたり
するらしい。おばさんも面倒見がよかったでな」


と、、、。

その伯母とは、母のより4歳上で、婿養子をもらって、
その実家を継いだ人だ。

早くから父を亡くし、母の母になる私から見れば祖母は
寝たきりの状態が長いこと続いていた。

その伯母が実質、母の母代わりのような存在であった。

叔母も根っから人のいい人で、私ら甥っ子姪っ子も
とてもお世話になった人だ。

10年ほど前、その伯母が亡くなった。

その葬式を見ると、だいたいその人の人柄が分かる。

そこで、伯母に世話になったという人が、けっこう
たくさんいた。

みんな心から、別れを惜しんでいるようだ。

母もそのような叔母を見てきている。

そして、何らかの影響をうけているのかもしれない。

それが引き継がれて、母が実際に伯母のような行動をしている。

これって、伯母的な何かが、母の中で生きているということであり、
叔母が生きているということになるのでは、、、。

考え方やその行動は、このように伝わっていく。

ある精神科医が
「人間は、著しく周りから影響を受けている」

と、、、。

もし、そのように人の温かい心を引き出すような行動をしていれば、
もしかしたら、自分にも鏡のように帰ってくるのかもしれない。

所詮、他人は自分の鏡、、、。

どのように生きるかでその人の幸福感が変わってくるのかもしれない。





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2019年02月01日

あたり前など、何一つない。

 先日、テレビを見ていたら、鹿児島のあるアナウンサー家族の
ことがやっていた。

子ども五人の大家族。

そんな家族が毎日なのか、家族で歌を歌っているという。

その内容は

「あたり前など何もない〜♪♪」

とても、耳に残るフレーズだった。

朝起きる、息ができる、手足が動き、起き上がることができる。

これって、本当に当たり前のことなのか、、、。

横を見れば、妻がいて、下に行けば愛犬がすやすや寝ている。

母屋へ行けば、両親がいる。

これって、当たり前のことなのか、、、。

トイレに行けば、水が使え、台所へ行けば、
ガスを使ってお湯が沸かせる。テレビ、照明、暖房と
電気が日常生活で使える。

これって当たり前のことなのか、、、。

今日も、会社が存在し、会社で働くことができ
給料がもらえる。

これって、当たり前のことなのか、、、。

病気をすれば、病院に行ける。

中学の時の交通事故、19才の時にビール瓶のケースで殴られ、
頭を割られた。

社会人になってからも、手術を二回、入院を三回ほどした。

病院が存在し、昔ならば、その時点でかなり生活に制限されたであろう
に、こうして完治して健康でいられる。

これも、本当に当たり前のことなのか、、、。

あたり前など、一つもない。

人間は、集団の中でしか生きられない。

そして、人間の歴史の中で、蓄積され続けた知恵、知識、技術、インフラ
社会など、その土台の中で、私というモノが存在できる。

今、日本とロシアで北方四島と平和条約終結に向けて
話し合いがされている。

北方四島と聞くと、どうしても占守島の戦いの事を思い出す。

IMG_2575.JPG


この慰霊碑、、、。

占守島の戦いって、ご存じだろうか。

太平洋戦争が終結した日といえば、昭和20年(1945)8月15日,,,.

しかし、その二日後にあたる8月17日に、占守島という島で、ソ連と
日本の壮絶なる戦いがあった。

占守島とは、択捉島、色丹島、歯舞群島、国後島の「北方四島」が属する
北千島列島の北東端の島で、終戦の混乱に乗じて、日本の北方の領土、
そして北海道まで奪おうとするスターリンの思惑があったようだ。

ヤルタ会談で、米国、英国とどのような密約があったのか
分からない。

ドイツ、朝鮮半島をみれはわかるように、もし北海道までソ連に取られていたら、
日本人民共和国、北日本民主共和国のような国ができ、日本を二分するような
時代が続いた可能性があった。

占守島を守っていた兵隊たちは、8月15日の玉音放送後、「これで故郷に帰れる」
「久しぶりに、家族の顔を見ることが出来る」安堵していた頃、ソ連軍が
占守島に侵攻、、、。

このまま黙って降伏するのか、それとも戦うのか、
大きな選択に迫られた。

上の三ヶ根山に祀られている士魂碑は、その占守島の戦いで大活躍した
戦車第十一連隊は、「十一」を合わせて「士」、通称「士魂部隊」と呼ばれた精鋭部隊で、
「戦車隊の神様」と言われた池田末男大佐が指揮していた。

池田大佐は、自らの部下たちの前で、

「諸氏は今、赤穂浪士となり、恥を忍んでも将来に仇を奉ぜんとするか、
あるいは白虎隊となり、玉砕もって民族の防波堤となり、後世の歴史に
問わんとするか!?赤穂浪士たらんとする者は、一歩前に出よ。
白虎隊たらんとするものは手を挙げよ!」


と、問いかけたところ、

全員が、喚声と共に即座に手を挙げた。

池田大佐は、先頭に立って敵陣に突撃し、戦闘中に敵の戦車砲に
よって戦死なされた。

本来ならば、一日で落ちると思われていた占守島に
かなりの時間を費やし、その間にアメリカ軍が北海道に
入ってしまったので、ソ連軍は北海道まで到達することが
出来なかった。

この激闘で、日本軍の死傷者は700〜800名におよび、
ソ連軍は3000名以上の死傷者を出したとのこと。

ソ連軍の侵攻地における略奪、破壊はすさまじいものがあり、
特に女性に対する陵辱は陰惨を極めた。ベルリンや満州では地獄絵図が
繰り広げられた。この占守島にも、缶詰工場で働く約400人の若い
女子工員がいた。戦闘のさなか、占守島司令部隊は、島にあった独航船
20数隻に女性を乗せることにした。戦闘を終了したソ連兵が血眼に
なって女性を探したが、女性達は無事に北海道に着いた後だった。


IMG_2575.JPG


この三ヶ根山の士魂碑の前に立つと、素直に両手を合わせて
「ありがとう、ございます」という気持ちになる。

今の日本が、北海道を含めた国土で、このように豊かに
なれたのも決して当たり前のことではない。

多くの人の尊い犠牲と、その後の懸命に働いた
戦争の生き残りの人の力が大きいのではなかろうか、、、。

その上で、我々は胡坐をかいで生活しているということ。

健康であり、家族がいて、働く会社がある。

それだけでも幸せなこと。

あたり前など、何一つない。

それにきがつけば、感謝の気持ちがわいてきて、
幸せを感じれる力がつくのでは、、、。

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2019年01月31日

認知症のオヤジを見て。もしかして認知症が心の壁をとりのぞいたのでは、、、。

毎日、会社から帰ると、まずは両親の住む母屋に行く。

母屋に行くと、両親がちょど夕食時。

オヤジの横に座って決まっていうことは、

「おとっつあん、腹がだいぶ出てきたな〜。
子どもが一人おるぐらいの腹しとるぞ〜。
もう、ビールやめなかんな〜」

と、オヤジの腹をさすりながら言うと、

「ビールをもう一本増やさなかん。ビールを飲めば、
シーコがようでるようになって、腹がひっこむわ〜」

と、毎日毎日同じような会話だが、おやじは、
いつもニコニコしながら喜んでいるようだった。

昔は、こんなんではなかった。

アルコールが入ると、ものすごく怒り出し、
オフクロに当たり散らす。

今では、すっかり好々爺のようだ。

オヤジは、数年前から認知症がすすみ、認知症の人で
怒り出すと止まらない人なんかに、それを抑える薬を
飲ませることがよくあるが、どうもオヤジが飲む
薬の中には、それが入っていないようだ。

実は、5年ほど前、大腸の手術をした時から、
あまりアルコールがよくないということで、
分からないように毎日飲むビールをノンアルコールに変えた。

アサヒビールなら、ノンアルコールとあまりデザイン的に変わらないので、
毎日、アサヒビールの飲んアルコールを飲んでいる。

それでも、なんだかご機嫌よく、毎日ビールを楽しんでいる。

よく分からないが、認知症になって変わったこともある。

オヤジは、とても他人に対して極度に気を使う人で、
オヤジから言えば義理の兄になるおじさんなんか、

「おまんのオヤジさんは、気ばっか使って、なんだか一緒にいると
悪いような気にもなる」


と、、。

これは、どこへ行ってもそうだった。

しかし、二年ほど前、毎月行われるオヤジの兄弟会に私も
出席したときに驚いたことがあった。

ある叔母が遅れてきた。

事前に連絡はあったのだが、そのことを忘れてしまっていたオヤジが

「Tちゃん、遅れてきちゃかんぞ〜。遅れてくるんだったら、
ちゃんと連絡しなかん」


と、いきなり怒り出した。

人前で、気ばっか使い、怒るようなことがないオヤジが
妹夫婦に対して、怒りをあらわにしている。

そんなこと一回もなかった。

それから、数年前から週に一回か、二回デーサービスに行き始めた。

私も母も

「オヤジは、気ばかり使って、きっと一日でいかんくなるわ」

と、思っていたが、けっこういつもニコニコしながら
言っている。

デーサービスでのいろんな写真を見たが、なんだか
友達もいるみたいで、楽しそうだった。

私も母もちょっとびっくりした。

よくよく考えたのだが、もしかしたら、認知症になったことで、
オヤジに存在した心の大きな壁というモノがなくなったの
ではなかろうか、、、。

とにかく、人に気を使いすぎる人で、そのうっぷんが溜まって、
飲むと怒りだし、当たり散らす。

ある人が言っていたが、歳とって認知症になることは、
本人にとってしあわせなことだと、、、。

ウンコ、おシッコを漏らすようになり、まともな状態なら、
そんな自分が嫌で嫌でしょうがなくなるところが、
認知症により、その感覚が鈍る。

どんな人にも、心の壁ってあるんじゃないのかな〜。

もっと、あの積極的になりたい、もっと勇気を持ちたい、
もっといろんな人と親しくなりたい、それを邪魔をするのが
心の壁てあったりする。

先ほどの伯父の話ではないが、
こちらが気を使えば、相手も気を使ってしまう。

こちらが例えば不安で頭がいっぱいでいたら、
相手も不安な気持ちを引き出してしまう。

生きている以上、怒り、悩み、不安になることなど、
あたり前、、、。

しかし、それらがもし薄まれば、オヤジのように
心の壁が消えていく。

もし、心のあり方を少し変えてみることで、
だいぶ心の壁が薄まるのではなかろうか、、、。

人の感情にあまりにも敏感になりすぎない、
他人は自分の鏡である。

どのようにとらえるかは自分次第で、コンプレックスや
煩悩があなたの視界を大きく狭めていることもある。




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