2016年09月20日

幸せを感じれる力、「幸福力」とは、、、。

こないだの土曜日早朝のラジオ放送、
「なぜ生きる2」が、とてもよかった。

「死」、「病」、「老」、「別れ」と、
誰もが訪れることになる人間の4大苦について、
語られていた。

その中で、
「病気になれば、誰もが煩悩が減る」
というようなことを言っていた。

確かにそうなのかもしれない。

もし、いっぱいお金を持っていても、
誰もがうらやむ地位にあっても、病気であれば、
なかなか幸福を感じることはできない。

歩くこと、食べること、手、足を動かすこと、
呼吸すること、会話することなどなど、
呼吸困難で、食べることが出来ず、そんな状態で
高級ホテルに泊まり、最高のフレンチを出されて、
美女と食事しても、果たして楽しいと思えるだろうか。

6年前に亡くなったうちの伯母。

すい臓がんと肝臓がんを併発し、そのことを申告されてから
ちょうど一年後に亡くなった。

伯母が闘病しているときに、ある日、私のところに電話があった。
「便が出た、便が出た、黄色いウンチが出た」
と、大喜びで電話があった。

傍から見れば、おかしな話である。

毎日、当たり前のようにするものであるが、
一般的には「汚いモノ」。

誰もが嫌がるモノであるし、便が出たからといって
大喜びするようなものではない。

しかし、その当たり前の行為でも、もし体を壊し、
でなくなれば、どうだろうか。

伯母はまったく便が出なかったが、その時、
薬の投与で出るようになった。

周りをよく見れば、脳こうそくになり、片方の足、手が
動かない人もいる。

うちのオヤジなどは、長年、喘息に苦しみ、
ある日、夜中、息が出来なくなり、仏壇の前で
死を覚悟したという。

そういう人たちにとって、我々があたり前に思っている
「健康」って、どれほど幸福なことか。

あたり前の幸せって、本当に「あたり前」なのか?

水道をひねれば、飲めるほどのきれいな水が溢れ出る。

スパーへ行けば、食糧があふれかえっている。

世界的に見れば、どれほどの人が水不足で苦しんでいるのか。
どれほどの人が、飢えで苦しんでいるのか。

時代軸で見ても、これほど飽食の時代があっただろうか。

うちのオヤジの昔の思い出話は、そのほとんどが
「あれ食べた、これ食べた」というような話、、、。

それだけ、食べるということに執着が強かった。
逆に言えば、ハンバーガーもない、レストランもない、
兄弟姉妹も多かったうちのオヤジは、なかなか思う存分、
食べられなかったのだろう。

ある人が言っていたが、しあわせを感じる力、「幸福力」って、
人それぞれ違うと思う。

劣等感やコンプレックスというのは、確かに自身を動かす
原動力になると思う。

しかし、それだけではいずれ息詰まる。

周りに感謝できる、
何もかもつながっていると感じることができる,
何かに守られていると感じれることができるなど、
本当の自由とは、自身の幸福力が、自分を解放する
ことになるのでは、、、。

どんなにお金持ちでも、どんなに偉い人でも、
逆にそのことが、その人を苦しめることにもなりかねない。

やがては、すべてを置いて、魂一つで旅立つこの身の上。

本当に、それがいるのか?
本当に、そうあるべきなのか?
本当に、認めてもらう必要があるのか?

何のために生きるのか、もっとシンプルによくよく考えれば、
かなりすっきりし、本当の幸福感が味わえるような気がして
ならない。

より客観的に自分を見つめることができるのであれば、
まったく、世の中を見るモノサシが変わってくるような気がする。

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2016年09月19日

世界中の誰もが認める「アメリカは、イスラム国を援護している」ということ!!

アメリカの有志連合が、シリア政府軍の空軍基地を四度も「誤爆」???

そのいわゆる「誤爆」が終了後、その七分後に
イスラム国のの部隊が地上でシリア政府軍に対する攻撃を開始、
これはもう、空と陸で連携しているとしか考えられない。

なんで四度も「誤爆」がありえるのか?

人工衛星も有し、最新鋭の装備も完備しているアメリカ軍というのは、
それほど劣化しているのか!?

ロシアが空爆を開始したら、たちまちのうちに
イスラム国が敗退し始めた。

以前から、アメリカ軍がイスラム国を空爆しているのにも関わらず、
逆にアメリカが空爆をするとイスラム国の勢力が拡大する。

実際、アメリカが支持をする穏健な反政府勢力というのが、
存在するのか?いや、シリア国内で存在できるのか?

自分の国で、故郷で、自分の家族が、奪略にあい、殺され、
強姦にもあう。そして、石油を盗掘される。

それも、イスラム国のほとんどの構成員は、凶暴な
外国人だ。

あなたが、シリア人で穏健な反政府勢力であったなら、
政府軍側として戦うのか?、それともイスラム国側で戦うのか?

シリア国内は、もうメチャクチャ、、、。

どっちにつこうか、なんてのんきに構えているほどの状況ではない。

実際のところ、イスラム国の兵士とは、雇われた傭兵だ。

誰に雇われたかって?それは、シリアがクチャクチャになれば、
喜ぶ人たち、、、。

この混乱のおかげで、欧州には、大量の難民が押し寄せる。

今、いったい、アメリカを誰が、何処の国が支持できるというのか?

こんなことを、アメリカはいつまで続けるのか?



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2016年09月12日

背中で教える生き方とは、、、。

 瀬戸で働き始めて、すでに20年がが経つ。

最近、ある地元のお客さんに、自分が瀬戸出身ではなく、
「母国語は三河弁です」と言ったら、驚かれた。

「あんた、瀬戸の人かと思った。瀬戸弁丸出しだし、
なんか昔から、この辺におる人のようだ」
と、言われた。

私にとっては、とてもうれしいほめ言葉だ。

たしかに、意識して瀬戸弁を話すようにしてきたが、
今ではこちらの言葉のが普通に出てくる。

やはり、地元の人たちとよりよいコミニケーションをとろうと
思うと、地元の方言ってとても大事なような気がする。

何か話をするにしても、全く対応がスムーズにいく。

「地元に入れば、地元に染まれ」
これは、私も元上司に体で教わったこと。

私が高校を卒業して最初に入った会社に、東京近郊出身の常務さんがいた。

その人は、実質、その会社のトップ。

その常務さんは、自分は中日ファンだという。

しかし、どう考えても、典型的な巨人ファンタイプだ。

バリバリの中日ファンの私に合うと、
多分、その日の中日新聞のドラゴンズの記事を読んだことを
話してくる。

中日ファンなのだか、実際は「中日ドラゴンズファンの勉強中」
というような感じだった。

その常務さんは、いろいろ物知りで、本来ならもっと
気難しいタイプ。

常務さんと私とでは、歳も違うし、育った環境もまったく違う。

どうにか、若いモンとコミニケーションを取ろうと、
努力されているようだ。

トップである以上、大変厳しいことも、私らに言わなくてはならない。

しかし、それも日ごろ、本来なら気難しいタイプなのに、
毎日、毎日、私のことを探してまで、ドラゴンズの話をしに来てくれる。

その常務さんには、よく逆らった。

私の同期が常務さんに怒られたことで、頭にきて、その常務さんが住んでいる
社宅にまで押しかけて、文句を言いに行ったこともある。

そんなごたごたもありながら、当時、まったく甘ちゃんだった若造に
一生懸命、コミニケーションを図ろうとする常務さん。

今思えば、本当に頭が下がる。

その姿勢って、私の人生の中で、幾度も生かされてきた。

常務さんが、もし巨人ファンだとして、
「わしは巨人ファンだ。わしの前で中日の話などするな」
というような態度では、みんなの心をつかむこともできないし、
せっかく違う土地にきているのだから、地元のことを
学ぶこともあまりできないのではなかろうか。

常務さんにとって、当時、最優先することとは何だったのか?

自身の巨人ファンというアイデンティティーを主張することなのか?

それより、任された会社を上手く運営し、多くの社員を取り込みながら、
共に成長していく、そんな姿勢だったような気がする。

その常務さんは、「少数精鋭」を掲げ、全社員に、通信教育をやらせ、
いろんな免許を取るようにさせていた。

私などは、当時そのような勉強が嫌いで
「何で、高校出てまで勉強しなくてはならないんだ。
勉強が嫌で、就職したんだぞ〜」
というようなことを言って、反抗したものだ。

まったく、廻りが見えない甘ちゃんであった。

今では、その頃仕込まれた勉強癖のおかげで、どれほど
助かったいることか。

その常務さんは、数年ほど前亡くなられた。

その前に、手紙を書いた。

その当時、常務さんは、かなりの重病で、
それでも、返事が返ってきた。

ありがたいことだ。

常務さんは亡くなられたが、私の中で、常務さんの教え、
生きる姿勢というモノが、生きている。

そのように、常務さんから、私に、私も同じような気持ちで
生きていれば、誰かに影響を与えるのかもしれない。

さらにさかのぼれば、その常務さんにも、親がおり、
お世話になった上司、先輩の方々がいる。

それに、読書好きの常務さんなら、本からいろんなことを学んで
いるはずだ。

人間社会にとって、文字というのは、時代を超えて、
大きな影響を与えることになる。

何百年も前に生きていた親鸞さんや道元さんから、
多くの人が現代も影響を受けている。

そんな中に、常務さんも、私も、生きている。

そして、その人間社会の大きな大きな集団意識に強い影響を
受けながら、私という人格が形成されている。

つながっている、明らかに大きなモノにすべての人が
つながっている。

そういう認識って、今後、とても大事になってくるように思う。
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2016年09月08日

信繁殿、本当の「正義」とは何なのか?

 大河ドラマ「真田丸」、今、ちょうどこれから関ケ原というところで、
一番見どころがあるところではなかろうか。

そんな中で、兄、信幸とのやり取りで、
信幸が信繁に
「もし、豊臣が勝ったら、どんな世の中になるんだ?」
ということを迫る。

信繁が
「石田様が、秀頼様を中心に、安定した社会を築いてくれます」
と、ちょっと、言葉は違うかもしれないが、こんなような
表現であった。

豊臣につくのか、徳川につくのか、もし「正義」を語るのなら、
どちらが勝った方が、世の為になるのか?

豊臣家を中心に見た場合では、もちろん「豊臣の世」を
継続したいと思うから、断然西軍だ。

しかし、よくよく考えてもらいたい。

もし、西軍が勝っていたらどうなっていたのだろうか?

まず、総大将毛利氏は、120万石から、200万石くらいに加増。
上杉氏も、それぐらいになるだろう。
宇喜多、島津、小早川は、100万石を超えるであろう。

三成でも、豊臣政権で発言力を拡大するには、
100万石ぐらいの大名でなくてはならないであろう。

これほど、大大名が多数できれば、また戦国の世に戻るのは、
誰が見てもわかる。

なぜ戦国時代が起こったのか。

それは、大大名が各自勝手なことをやり、統制がつかなくなってきた。

戦国の世を勝ち抜いてきた毛利や上杉など、
もし200万石もの大大名になれば、それこそ、
ほぼ独立国のようにふるまうであろう。

それに、秀頼は幼子、淀の方はどう考えても、分別が足りないと
言わざるおうえない。

こんな状態で、戦国大名たちを束ねることなど、できやしない。

豊臣集団の大きな特徴というのは、著しい上昇志向集団だ。

日本には、今後奪えるパイはない。

海外遠征も失敗した。

今からは、戦いで生きてきた人のリストラの時代が始まる。

そのことこそ、戦国の世から、安定した時代の一番の
重要課題となるであろう。

そんな時に、安定した政権がなくては、どうにも収まらない。

それに、今、江戸時代の価値というモノが、大きく見直されている。

たとえば、戦国時代、戦いに駆り出された百姓や下人に、
どのように恩給を与えたかというと、征服した地域の
奪略、乱取りだ。

せっかく、それに老若男女問わずに、生け捕りにして、
奴隷として海外に売り渡された人数が、数十万ににも及ぶという。

海外でもそれは当たり前であり、今でも、そのような
感覚が抜け切れない。

そのような雰囲気を大きく変えたのが、成熟した徳川260年だ。

思想、宗教、哲学、日本独特の文化が発展し、
モノも徹底して使いこなす高度なリサイクル・リユース国家となった
日本人。

そのルーツは、やはり江戸期に成熟したといえる。

急成長した豊臣財閥では、その根本的な性質から、
戦争が辞められるのだろうか?

石田三成でさえ、4万石だった時に、島左近に
2万石与えて家臣に迎えている。

つまり、秀吉が必ず加増してくれると、
信じているからだ。

しかし、もう日本には、パイがない。

パイを作るには、国内の戦争を継続するしかない。

そんなことでは、いつまでたっても世が収まらない。

江戸時代の価値、それを考えたうえで、我々日本人は、
そこから、どれほどいろんなことを享受していることか。

そう思うと、関ヶ原とは、ただその時の支配体制が変わるだけでなく、
大きな大きな影響を我々日本人に与えたといえる。

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2016年08月28日

死後、「やがて地球の一部になる!?」、、、。週刊ポストの記事、おもしろかった!!

今回も「死」とか「あの世」とかの考え方についての
記事を紹介しようともうが、なんとなくこんなことを
書くと「こいつ宗教くさいな〜」とか、思われるかもしれない。

しかし、私もあなたもいずれ死ぬ。

父や母、かわいがっている我が家の犬もいづれ死が訪れる。

諸行無常であり、今、当たり前のことも、いずれは当たり前で
なくなる。

我々は限られた命、限られた時間の中で、過ごしている。

そう思うと、今、この時が大事に思うのではなかろうか。

あの栄華を極めた豊臣秀吉も辞世として、
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな
浪速のことは 夢のまた夢」
と、詠んでいる。

あの巨大な大阪城も、金銀財宝も、多くの家臣団も、
すべてこの世に置いて、たった一人であの世に旅立っていった。

あれがほしい、これがほしい、こうなりたい、ああなりたい
人間いろんな願望があると思う。

しかし、どうあがいても、いずれはあの世に行く身の上、、、。

そう思えば、世の中の見方がまた違ってくるのではなかろうか。

求めるものが、変わってくるのではなかろうか。

少しでも、心の贅肉を落とし、限られた時間、
限られた命をめいいっぱい使い切りたい。

自分の死を認識するということは、
その「死」と真逆の「生きている」ということが
浮き彫りにされる。

ちょっと、前置きが長くなってしまったが、週刊ポストで
とてもいい記事が載っていたので、是非とも紹介したい。


死後の世界がわかれば生きるのも辛くなくなる
本気で考えてみた
「あの世」の大研究

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 臨済宗の僧侶で作家の玄侑宗久氏によれば、日本人が
「死」の概念を持つようになったのは、仏教伝来以降のことだという。
 「『万葉集』や『古事記』などには『死ぬ』という言葉はなく
『避(さ)る』という言葉を使っています。”どこかに行く”という
イメージで、『死』とはちょっと違うでしょう。6世紀半ばに
仏教が火葬の風習とともに入ってきて初めて、”体が灰になる=死”と
いう概念に触れたように思います。ポイントは、当初日本に伝来した
仏教は、中国の『輪廻』の概念を外されたものだったことです」
「輪廻」は、死んでもこの世のどこかで次の生が始まるという概念だ。
だから体を取っておく必要がなく、火葬しても構わないことになる。
後に輪廻の考え方も日本に伝わることになるが、当初は伝来の過程で
輪廻という概念が外され、火葬という形だけが残っていたという。
つまり「次の生に対する保証が何もないのに、体は燃やされてしまう」
(玄侑氏)ことになったのだ。
「このため、平安初期の説話集『日本霊異記』などを読むと、
『頼むから9日間は燃やさないでくれ』とか『腐敗が進んで諦めが
つくまでそのまま置いておいてくれ』という貴族がいっぱいいたんです。
そういう状況下に、救世主のように現れたのが浄土教でした」(玄侑氏)
 浄土教では死ぬことは「往生」、すなわち「浄土に往って生きる」
ことを意味する。
 この考えは『万葉集』や『古事記』の『逝る』という表現にピッタリと
合う。『ああ、死んでも大丈夫なんだ』と人々が思ったことで、浄土教は
燎原(りょうげん)の火の勢いで広がっていったんです」(同前)
 死後どうなるかという”ビジョン”が人々を救ったという解説だ。
 さらに玄侑氏は「あの世」という表現が定着していることにも
注目する。
「『あの世』という言葉は仏教ようごではなりません。日本人にとって
の死後の世界は、どうも”昔いた懐かしい場所”という感覚のようなんです。
『あの世』といった時に、誰も『どの世?』とは聞かないでしょう?
『あ〜、あれね』という暗黙の了解が前提にある気がします。浄土教に
置ける浄土は、”十万億土の彼方”といわれますが、日本人にとっては、
”身近な自然の奥のほう”というようなイメージが形づくられてきたの
ではないでしょうか」

「やがて地球の一部になる」!?

だが、こうした日本人の「あの世観」は、他の国とは違っているようだ。
中央大学大学院教授で宗教学者の保坂俊司氏がいう。
「日本人は古くから、奇岩に神が宿ると考えたり、コブだらけの樹に
霊的なモノを感じたりしてきましたが、そこに宿る神は世界を創造した
神ではなく、死者の霊などです。しかし、樹木に神が宿るといわれても、
砂漠地帯の人にはわからない。このように、ある地域に住む人なら理解し
共感できるものを民族宗教、世界中のどこにいていも受けれれられる
ものを普遍宗教です」
 その普遍宗教では「あの世」をどうとらえているのだろうか。
「2つの普遍宗教(キリスト教、イスラム教)のもととなった
ユダヤ教では、人間には神を裏切った”原罪”があり、この世は罪滅ぼし
の世界だと捉えています。ここで神の教え通りの良いことをすれば
許してもらえて、天国に行ける。この考えは、派生したキリスト教にも
イスラム教にも継承されています。ただ、この世の位置づけは
少しずつ違っていて、キリスト教では『悔い改めよ』というストイックな
面が強調され、イスラム教では礼拝やランダンなど罪の償い方が全部
決められている。しかしいずれも『一回起生』といって、生きるチャンスは
一回しか与えられていません。だから厳しいのです」(保坂氏)
 これに対して仏教では、人間は「輪廻転生」し、生前の行いで次に
生まれる世界が(来世)が決まると考える。しかし、転生はあくまでも
極楽浄土などの理想の世界に行くための通過点だ。ここが
ユダヤ教系の宗教と大きく異なる。ただし、そうした普遍宗教の底流には
共通するものがあるという。
「天国とは来世がないと、この世での倫理が成り立たないという考えです。
簡単に言えば悪いことをしても、死んでしまえばそれまでということに
なってしまう。生きている世界は不安定さを乗り越えたい。その意味で、
人類にとって宗教は不可欠なモノです」(保坂氏)
 "死後どうなるか”が示されることで、”どう生きるか”が見えてくるわけだ。
 キリスト教やイスラム教の「天国」のあり方は少しずつ違っている。
「キリスト教の場合、『光の世界』といった抽象的な表現しかありません。
一方、イスラム教では、いくら飲んでも酔わない酒だとか、縁があふれて
川が流れているなど、砂漠の中のオアシスに住む貴族の世界のイメージが
『コーラン』に書かれています。中には、”いくら抱いても処女の女がいる”
といった記述もありますよ」(保坂氏)
 宗教と切り離せたところでも、「あの世」に関しては様々な考察がある。
元京都大学帷幕部付属病院救急部・集中治療部部長で東大名誉教授の
矢作直樹氏は、「死とは何か」について次のように語る。
「我々の目に見える肉体はあくまでも三次元の存在で、人間の意識は
目に見えるものとは別の高い振動数の粒子の集まりと考えられます。
ただし、生きている間は意識は肉体とつながっている。人が死ぬことは、
肉体と意識のつながりが切れ、意識が肉体を出ていくことを意味します。
意識は肉体を離れれば自由になる。痛みも苦しみも感じることは
なくなります。ですから、死ぬことは決して怖いことではありません」
 他にも多様ない見方がある。(あの世ではまず、自らの人生を
振り返る映像を見る)(あの世はすべて自己管理の世界。タラタラ
過ごしても起こられない) そんな広告宣伝文が全国紙に掲載されて
話題の『聞いてビックリ「あの世」の仕組み』(東宝出版)の著者で
ライフアドバイザーの松原照子氏は、「不思議な世界から来た方々」に、
「死後の世界」のことを教えてもらっていたという。
 「人は死を迎えてもすべてが消滅してしまうわけではありません。
意識が体とお別れするということだそうです。体とお別れする
ときには痛みを伴いますが、天寿を全うして老衰で亡くなる場合は
『十分生きました』ということで心地よい痛みを覚えるそうです。
自己の場合は痛みは感じますが、体と別れたことを理解すると
痛みは治まるそうです。
 意識が肉体から離れると光の衣が現れ、それを纏うと次の場所に
導かれます。それが『あの世』です。あの世ではまず、自分の生前の
道のりを繰り返し映像で見せられるので、過ちを反省し、後悔する
そうです。そうして様々な欲から開放され、やがて自分は地球の
一部なのだというこに気づかされるそうです」
松原氏の"独自の説”をまとめた本に注目が集まるのは、人々が
それだけ「あの世」に興味があるということの証左だろう。

魂の重さは[21グラム」なのか

一方、化学の視点で言えば、そもそも「生」と「死」の境目は、
はっきり断定できないところもある。前出・大津医師がいう。
「便宜的に心停止、呼吸停止、瞳孔散大を一つの区切りとしていますが、
生物が心停止した後でも脳波の変化はありますし、すべての細胞が
死んでいるわけではなく、生きている部分もある。どう捉えるかは
実は非常に難しいところなんです」
 その上で大津氏は臨死体験者が見た「あの世」についてこう考える。
「最近ではラットの実験で、亡くなった後の数十秒間は脳波の活動が
活発になるといわれていて、臨死体験に関係している可能性があると
話題になっています。最後にぬくもりを見せてくれる脳の働きが
観測されているのかもしれません」
『霊はあるか』(講談社)の筆者で、自らも臨死体験がある立命館大学
橋上の安斎育郎しは「科学者の立場」という前提でこう話す。
「死んでだら無に帰す。例えば体重の18%を占める炭素原子は、
死んで焼き場で焼かれれば二酸化炭素となって飛び散っていく。
科学的にはそれだけです。残念ながら、死後の世界はない。でも、
それを思い描くのは人間の自由です」
 100年以上も前に遡るが、アメリカ・マサチューセッツ州の医師・
ダンカン・マクドゥーガル博士は人が死ぬ瞬間の体重を計測し
続け、死ぬと体重を測定し続け、死ぬと体重が21グラム減ることを
発見した。そしてそれが「魂の重さ」だと結論づけたのだ。この説は
現代科学では否定されているが、『21グラム』は03年公開の
心臓移植をめぐる映画のタイトルにもなった。
 それはつまり人間の魂や「あの世」への関心は科学的な知見の
発展とは別のところで存在し続けていることを意味する。
「あの世」がどんなものかを考えることが一人ひとりの「この世」
に与える影響は決して小さくないのだ。

非常に面白い記事だ。

「我々の目に見える肉体はあくまでも三次元の存在で、人間の意識は
目に見えるものとは別の高い振動数の粒子の集まりと考えられます。
ただし、生きている間は意識は肉体とつながっている。人が死ぬことは、
肉体と意識のつながりが切れ、意識が肉体を出ていくことを意味します。
意識は肉体を離れれば自由になる。痛みも苦しみも感じることは
なくなります。ですから、死ぬことは決して怖いことではありません」
と、、、。

この考えって、いいと思う。

そして、その肉体から離れた「意識」が大きな地球と合体していく。

体は、おもに二酸化炭素と水でできている以上、
その炭素はそこにある雑草だったのかもしれない。

私の中にある水は、もしかしたら、あなたの体の中に
あったのかもしれない。

人間の体内には、60兆もの細胞があるという。

その細胞は、崩壊と再生産を繰り返し、二年ほどで、
総入れ替えされるという。

生きているうちも、私たちの体は、
水と二酸化炭素の地球規模の循環の中にある。


では、「意識」はどうなのか?

オオカミに育てられた子供は、オオカミの習性を身に着けてしまう。

中国人なら中国人らしくなる。

日本人なら日本人らしく、周りの目を気にする性質になる。

我々の人格とは、実はそこに住む大きな社会の文化、風習により
作られていく。

最近ある法事に行ったら、親戚のおばさんが、
「あんた、死んだおじいさんと言うことが似てきたね〜」
と、言われた。

おじいさん、おばあさん、父、母、兄弟姉妹、叔父や伯母、
先生、上司、友人などなど、多くの人から影響を受け、
何層にも重なって、今、私という人格が形成されている。

また、人間社会には「文字」がある以上、
何百年前に生きていた道元さんや親鸞など、そういう人たちの
影響を受けていることになる。


人間とは、非常に社会性のある動物で、
ある精神科医は
「人間は、著しく周りから影響を受けている」
と語っておられた。

馬や鹿は、産み落とされてすぐに立ち上がり、歩き始める。

人間が歩き始めるまでには、それよりかなり時間がかかるのであり、
一人前になるまでには、20年もかかる。

その期間、多くの人から教育を受けることになり、
社会に出てからも、社会人として、いろんなことを周りから
学ぶことになる。

狼に育てられれば、狼のような習性を見につけてしまう人間の人格とは、
結局は、長いこと築き上げられた人間社会の集団意識により、
作られることになる。

この肉体も、細かく見れば、地球規模も規模の大きな二酸化炭素と水の
循環の中になる。

意識(人格)も、長い間築きあがられた人間社会の集団意識により、
作られる。

自分って、いったい何なのか?

もしかしたら、「自分など何も無い」のではなかろうか?

又吉さんがある番組の中で
「みんなが自分、自分がみんな」
と言っていた。

自分自身も、人間社会の中で、生きていく以上、
多くの人と摩擦を起こしながら、周りの人に影響を
与えることになる。

そうなると、わずかではあるだろうが、
人間社会の集団意識に影響を与えていくことになる。

「個」を強調する西洋的な思想と、「個を薄める」
日本的な思想と、今後どちらが主流になっていくのか?

共生の社会に移っていく以上、思想というのも、
大変重要になってくる。

むしろ「個を薄める」思想でないと、共生社会は
成り立たない。

今だけ、自分だけ、お金だけの考えから、
社会に「信用」を再構築し、共に生きる社会・思想を
築きあげなければならない。

そうなるためにも、自分はやがて死ぬということ、
死んだ後、どうなるのか、
また、我々は、体も心も、大きな循環・再生産の中にあるということを
よくよく認識する必要があるのでは、、、。


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2016年08月23日

自分の人生の主人公というのは、自分自身である、、、。

リオデジャネイロ五輪がおわり、振り返ってみると
一番印象的だったのが、レスリング女子53キロ級で銀メダルだった
吉田沙保里(フリー)のコメントだった。

「(涙を流し、声を詰まらせながら)たくさんの方に応援していただいたのに
銀メダルに終わってしまって申し訳ないです。日本選手(団)の主将として、
金メダルを取らないといけないところだったのに、ごめんなさい。
自分の気持ちが、最後は勝てるだろうって思っていたが、取り返しの
つかないことになってしまって。・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

号泣の中でもコメントだった。

やはり、ものすごいプレッシャーだったのであろう。

そんな吉田選手を見て、ふと思い浮かべたのが、
ボクシング世界王者だった鬼塚選手の言葉だった。

少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)

もしかしたら、達成感というモノは、一瞬のモノ。

そのあと、新たな苦悩が待ち受けているのが人生なのかもしれない。

自分は、チャンピオンなんだ、だから無様な試合はできないし、
敗けられない、そんなプレッシャーで自分が押しつぶされそうに
なっているのかもしれない。

同じような悩みで悩んでいたと思われるオリンピックで
三大会連続金メダルを取った柔道の野村選手が、何か月か前、
アナザースカイ出ていた。

彼は、アトランタ、シドニーと二大会連続で金メダルを取った後、
逃げるようにサンフランシスコに語学留学に向かった。

日本にいると、「引退」か、「継続」かを迫られる。

しかし、なかなかそんな重大なこと、そうは簡単に決められない。

シドニー大会の時,野村さんにしてみれば、一番のピークの時。

私も見ていただが、得意技の背負いだけでなく、
いろんな投げ技で一本勝ちを収めていた。

それだけ、体に切れ味があったのであろう。

彼が言うには、
「いつまでも、ダラダラと現役にしがみついているのは、
カッコ悪い。惜しまれるぐらいでやめていた方のがいい」
という思いもあったようだ。

しかし、小さいときからやっていた柔道を本当に捨てられるのか?

それも、体力的にも、身体能力的にも、全盛期で
最高の状態でオリンピックの金メダルを勝ち取った
シドニーの後にだ。

また、金メダリストとしてのプレッシャーも
相当なモノだろう。

勝って当たり前、無様な負け方でもしたら、取り返しのつかない
ことになる。

そんな恐怖と、その当時、戦っていたのかもしれない。

番組の中で、野村さんがサンフランシスコ時代にお世話になった
地元の柔道道場の館長が、14年ぶりにあった吉田さんを見て
「あの頃は、ずいぶんととんがっていたようだった。
今回、とても表情が穏やかで、なんだか安心した」
と、、、。

日本から離れている身であったのだが、気持ちはかなり
悩み続けていたのだと思う。

そして、彼は、三回目の金メダルに挑戦することを決断する。

長いブランクは、彼に屈辱を与えたらしい。

いきなり、日本に帰り試合をした結果、まさかの敗戦。

「野村は終わった」と、ささやかれたらしい。

そして、何とか日本代表選手に選ばれ、そして再び
金メダルを取る。

その後が、実に素晴らしい。

なんと、彼は40歳まで現役を続けたらしい。

それも、若い選手に負け続ける。

体が明らかに衰えてきている。
さらにけがで苦しむ。

三度も金メダルを取った男が、いつまでも現役にこだわり
無様に負け続ける姿、、、。

あなたなら、耐えられるだろうか。

彼は、彼がサンフランシスコ時代に、柔道から離れ、
一人になって、心底「柔道」のこと、自分自身のこと
見つめ直したのではなかろうか。

絶対負けられない、無様な姿は見せたくない、
そんなプレッシャーに押しつぶされそうな柔道というのが、
本当に自分の柔道だったのか?

それより、少しでも強くなるために、技を研究し、
練習し、一つ一つ身に着けていった時代の方が、
自分の真の柔道であり、柔道を好気になっていたのでは
なかろうか。

30代には、30代なりの柔道、
40代なら40代なりの柔道を極めようとする野村選手。

彼が言うには、若い人たちに負けるのは分かっている。

しかし、その体力的に落ちた状態でも、自分なりに
より強くなれるように、努力していきたい。

というようなことを語っていた。

世界チャンピオンという大きな重圧。

しかし、その本質を見れば、もしかしたら、
自分が作り上げた虚像では、、、。

みんなが見てるから負けられない。

世界チャンピオンだから、ブザマな姿は見せられない。

ブザマでもいいんじゃない、負けてもいいんじゃない、

それでも、技を磨き、自分が少しでも強くなる努力をし続けることこそ、
それこそ、本当の彼の柔道だったのではなかろうか。

プレッシャー、またはパワハラやいじめなどなど、
人間生きていれば、必ずいろんな摩擦を受けることになる。

しかし、しっかりと足元を見つめながら、自分が今できることを
やり続ける、これってとても大事なことではなかろうか。

自分の人生の主人公というのは、自分自身である。

いつまでも、他人の噂話の世界で生き続けていれば、
がんじがらめに縛られ、本当の自由というのは、
手に入れることはできやしない。

自分を見つめよう、見つめ続けよう、
他人の評価に頼りすぎれば、自分が見えなくなってしまう。

吉田選手も、すごい経験をいっぱい持っている。

それを、世間のため、周りの人の為に、おおいに活かしたら、
きっと素晴らしい人生になるような気がしてならない。


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2016年08月19日

日本とは、、、。

お盆休み、楽しかった。


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なんと言っても、この萩の海!


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山口県に住むうちの義両親の家から、車で約70分。

毎年、お盆と正月に帰省しているが、今年は
お盆期間中に、萩まで海水浴を楽しみに行った。

そして、水中メガに、息をブクブクやるスノーケル、
足には、足ひれをつけ、泳ぎまくった。

おるわ、おるわ、いろんな種類の魚が、、、!

刺身にしたらおいしそうな鯛、黒いたぶんクロダイなのか何なのかわからないが、
だいたい50p程の魚が、優雅に泳いでいる。

だいたい4時間ほど海の中に浮かびながら、それらの魚の写真を
撮りまくって、楽しんだ。

インスタントカメラだったので、その写真をこのブログで
紹介することは、できないが来年ことは、防水用のデジカメを
買って再度チャレンジしようと思う。


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萩の海は、本当に美しい。

それも、すぐ陸側を見れば、萩の街だ。


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ここには、山もあり、海もあり、川もあり、沖を見れば、
島もあり、そして歴史もある。


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暖流の支流がこの日本海側を流れ、比較的温暖で、
海産物も豊富だと聞く。

こんな素晴らしい日本の田舎を見ると、あるニュージーランド人の
言葉を思い出す。

彼の名前は、マーク。

歳も私と同じ年ぐらいで、日本にも二年間滞在経験がある。

自然が大好きで、その日本にいる間に、いろんなところをまわったらしい。

私もニュージーランドに一年間滞在したことがある。

その時、ニュージーランドを100ccのバイクで、ファームステイを
しながら、旅をした。

そして、マークが住むクライストチャーチに返ってきたときに、
久しぶりに会ったマイクに
「いや〜、ニュージーランドって、ほんときれいだよな〜」
と、話した。

そしたら、マイクがこんなことを言っていた。
「hide、日本の方がきれいなところいっぱいあるよ。
ほとんどの日本人が、そのことを分かっていない。
もったいないと思うよ」
と、、、、。

私もその頃は、都会で働き、工業地帯で住んでいた。

確かに自然は好きで、よくキャンプにも行っていたが、
おもな生活の基盤は、車がブンブン行きかうところなので、
たまに行く自然豊かな場所とは、特定の場所で、
日本のほんの一部のような気がしていた。

しかし、その後、日本中のいろんなところを旅をした。

萩のような文化と自然が上手く調和し、さらに温泉もある
素晴らしい場所は、日本にはいくつでもある。


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これは、島根県の松枝市だ。

街に、宍道湖が溶け込み、素晴らしい夕日を見ることができる。

私が行った時も、100人ほどの人が、ここで夕日を眺めていた。


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お城もあり、そのお堀に船で回れるようになっている。


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また、こんな大きなビルの前で、シジミが取れる。

松山もよかったし、鹿児島なんかも最高だった。


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これは、鹿児島の開聞岳。

薩摩半島のほぼ先端に、そびえたつ独立峰だ。


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頂上へ上ったが、西側が枕崎までの海岸線。


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北側がイッシーという恐竜がいるとされる池田湖。


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東側が海に付きだ出した長崎鼻と呼ばれる岬。


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そして、南側には東シナ海があり、その先に屋久島がうっすら見える。


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山口の青海島。


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これは、きれいな川の横にある岐阜の飛騨、無人の新穂高温泉だ。

和歌山、尾道からのしまなみ海道、能登半島、越前海岸、上高地
などなど、紹介したいところは、いっぱいあるが、これをもし多くの日本人が、
あまり知らないのであれば、マイクが言うようにもったいない限りだ。

それにね〜、もう一つ紹介したいことがある。


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これは、日本のある高速道路のトイレだ。


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ドアが自動で開き、便座に座れば音が流れ、使用後は、
温水シャワー。


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手を洗おうとすれば、ただ手をかざすだけで水が出る。

もし、外国人から見ればどう思うだろうか?

日本は、まさにハイテクの国。

そして、サービスエリアの人たちも、とても親切で、清潔に保たれている。

こういうところも、日本って素晴らしい国だとつくづく思う。

もう一つ言いたいことがある。

日本を旅していると、どこまで行っても、森林と田んぼが続く。

これって当たり前のことなのか?

どこまで行っても、田んぼと森林が続く。

あの美しい国、ニュージーランドでも、大半の森林というのは、
伐採されている。そして、山々はあるがそのほとんどが、
草原のような感じだ。

ニュージーランドのの森林とは、国土の20%ほどしかなく、
国定公園に指定され、保護されている。

なぜ、森林が切り倒されたのか?諸説あるが、今の現実を見ると、
国土のほとんどで、人口の10倍ほどいる羊などを飼っている。

このあたりが、イギリスの植民地であり、その文化を
しっかりと引き継いでいる。

日本は、どうかというと、我らの祖先は、森林を残し、
その自然と共生しながら、稲作の道を選んだ。

最近、日本の田んぼも非常に見直されている。

今、世界では、干ばつ、水不足、化学肥料・農薬による土壌の劣化、
異常気象、さらに中国の爆食、バイオエタノールの普及などなど、
今後、食糧がどのようになるのか、非常に危ぶまれている。

しかし、日本の田んぼとは、その歴史は2000年以上であり、
何年も何年も連作可能である。

それに、田んぼというのは、単位面積当たりの収穫量が多い、
非常に優れた農地と言える。

我々の先祖は、約2000年かけて、平野の湿地帯を切り開き、
田んぼを広げてきた。

この田んぼを支えてきたのが、森林である。

よく山の方に行くと、いたるところに湧き水がある。

その湧き水や、山に降り積もった雪解け水が集まって、
川を形成し、そして田んぼの水源となる。

もし、森林がなければ、どうなるか?

山々に保水性がなくなり、梅雨の時期に雨が集中するこの日本において、
河川は荒れ狂い、田畑や住居を飲み込むであろう。

森林はある意味ダムであり、、水を保持し、そして緩やかに湧き水が
流出させてくれる。

また、森林を大事にすれば、海の幸も豊かになるという。

平野(田んぼ)の民、山の民、海の民、川の民、
それぞれに自然に合わせて、自然から豊かな幸をいただき、
また地震、津波、洪水、噴火、台風などある時は、
恐ろしい自然と長いこと共存してきた我々日本人、、、。

もう一つ言うならば、田んぼは、単位面積当たりの収穫量が多い。

ということは、牧畜などに比べ、人が密集して住めるということ。

そして、多大な労力が必要とする稲作に、協力しながら
田んぼに労働力を集中し生きてきた。

逆に言うならば、狭い限られた平野で、ひしめき合って
生きてきた。

だから、協調性があり、空気に依存する繊細な我々日本人、、、。

日本の宗教や哲学は、西洋の「個人」を強調する思想とは違い、
集団で生きていくうえで、必要な「我」を無くし、
協調性を重視する考え方が発展してきたように思う。

また、頻繁に天災を引き起こす自然とは、恐ろしいものでもあり、
豊かな幸を与えてくれる荒れ難い存在、、、。

山も海も川も大地も動物も、そして人間でさえ神として祀る
我々日本人、、、。

自然に対して、どこか畏敬の念を持ちながら、
長いこと自然と共生してきたと言える。

そんな我々日本人って、そんな捨てたもんではないように思う。

日本を旅するとつくづく、そのようなことを感じる。

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2016年08月09日

時代の大転換!あなたにもできること!!

 朝の連続ドラマ、「とと姉ちゃん」いいね〜。

とてもはまっている。

毎日、録画してまで見ている。

終戦直後、非常にモノが不足している時代に、
ほとんどの人が困り果てている。

そんな中で、今あるものを最大限有効に使って、
少しでも豊かさを感じてもらう、
そんな目的で生活総合雑誌「あなたの暮し」を立ち上げた。

あの直線縫いの服、とてもいいアイデアだったと思う。

生地を無駄なく使い、しかもおしゃれに着こなす、
そういえば、うちの亡くなったおばあさんも、
あのようなスタイルの服を着ていたような気がする。

そのように、時代に合ったこと、つまり、モノがない時代に
いかに工夫して、心の豊かさを味わうか、
その方法を自身で見つけ出して、雑誌を発行して、
世間に広める。

そんなこと、この時代の人なら、大変やりがいを感じたのではなかろうか。

その当時の社会的なニーズとは、「豊かさ」であった。

では、今はどうなのか?

今は、時代の大きな転換期、、、。

資本主義が行き過ぎてしまった。

今では、多くの人がお金を稼ぐことでヘトヘトで、
「お金に対して、奴隷化」が進んでいる。

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これは、著名な経済学者、ピケティーがの法則であるが、
ここ300年のデーターから分析して、
金持ちはその資本力により生み出したお金により、
さらなる富が蓄積されていく。

つまり、庶民があくせく働いて得たお金よりも、
株式や利子など、お金がお金を生んで得た所得の方が
多いということ。

放っておけば、お金持ちはどんどんお金があつまり、
そしてそれとは逆に、その他のほとんどの人が
ドンドンと貧困になっていく。

特に、ソ連が崩壊し、アメリカが世界唯一の超大国に上り詰めた。

そうなれば、その傾向は、一気に進む。

大多数の人が今、望んでいることは、
安心、安全、安定した暮らしではなかろうか。

弱肉強食の尖鋭化した資本主義から、共生の時代への大転換期の
真っ只中。

常に時代を動かすのは、我々全体の集団意識、、、。

また、いくら技術が変わり、社会システムが変わっても、
人々の心が変わらなければ、必ず失敗する。

そのためにも、できる限り共生の思想を広めるべきではなかろうか。

それが、私が感じる時代のニーズのような気がする。

その共生の思想を広めるために、とと姉ちゃんの時代のように、
雑誌を出すために、大金が必要なわけでもない。

また、スポーンサーも必要ないし、各々個人で行えば、
誰にも遠慮することなどない。

インターネット上で、自分の意見を述べ、それが多くの人に
受け入れられれば、広まっていく。

例えば、こんな思想をひろめたい。

ある仏教の教えに、こんなものがある。

地獄でも、極楽でも、大きな釜でうどんをゆでている。

そのうどんを1メートルほどの長い箸で食べなくてはならない。

地獄では、我先にと競い合って食べようとするので、
結局誰も食べることができず、みんな餓死してしまう。

極楽では、その1メートルの箸をを使って、
互いの口にうどんを運び、助け合いながら
うどんを食べて、みんなが満腹になれる。

共生の時代に一番必要なのは、信用の構築である。

それを上手く表現しているこの仏教の教え。

このような昔の思想を掘り起こし、ブログで紹介し続けるのも、
共生の思想を広めることにつながるのでは、、、。

私個人など微々たるものであるが、
しかし、ノミとトンカチで、毎日毎日、大きな岩盤に穴を開け続ければ、
もしかした30年後、私が死ぬ時ぐらいには、
何らかの変化が起こっているのかもしれない。

コツコツ、コツコツ、それが私一人ではなく、
一人でも多くの人が行ってくれれば、その力は二倍になり、三倍にもなる。

私が思うには、もう潜在意識化では、多くの人がこのままでは、
成り立たないということを気がついていると思う。
 それをしっかりと言葉にして発信し続ければ、
必ず大転換は起こるのではなかろうか。

コツコツ、コツコツ、これは私の得意分野である。

あと人生三十年、私のような庶民でも、十分やれることがあると思う!!



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2016年08月02日

身近な人の死とは、、、。

一昨日の日曜日、母のすぐ上の姉の法事に、母と行ってきた。

母は4人姉妹の末っ子。

その亡くなった母と四つ違いの姉が、家を継ぎ、
実家を切り盛りしていた。

母が小さいときに、すでに母の父は他界。

母の母、私の祖母も、早い時期から寝たきりになり、
その伯母が母の親代わりのようなもんであった。

母だけでなく、母の子供である私たちも
大変お世話になった思い出深い伯母である。

その伯母が亡くなったときのことは、よく覚えている。

ちょうど六年前の夏、あるとても暑い日の早朝、
家に電話があった。

そんな早い時間に電話があるときは、たいてい悪し知らせ。

私より、先に電話を取った母が、伯母の死を聞いて、
泣き崩れている。

私も、涙が止まらなかった。

昨日の法事でもお坊さんが、言っていたが、
「親しい人の死というのは、自分のいづれ死ぬということを
よくよく認識させるために、その親しい人が身をもって、
教えてくれる。よくよく、その現実を受け止めるべきである」
というようなことを言っていた。

確かにその通りだ。

母にとって、親代わりの伯母の死というのは、
一番そのことを母に示すことができる人の死であったように思う。

母が、自分の死をどのように思っているのか、分からない。

毎日、毎日、父と漫才のようなケンカをし、暇さえあれば、
友人や親せき、娘たちと携帯で、電話しまくっている。

いずれは、病気になり、老いて死んでいく。

そして、親しい人たちとの別れが待っている。

限りある命という認識が持てるようになれば
今生きている一日一日が大事に思えてくる。

今日、ご飯が喉を通る、べんが出る、歩ける、
手が動く、息ができる、友人や家族らと話ができる、
これって、できなくなった人から見れば
とても幸せなこと。

ある人は、「自分は不幸だ、不幸だ」と、
いつもつぶやいている。

果たして本当なのだろうか?

心のあり方ひとつで、周りを見るモノサシが変わる、

自分のモノサシが変われば、幸福感も変わってくる。

人間って、逃げ切ることができない宿命のようなものが、
いくつもある。

限らられた命、限られた時間、その限られた人生をどのように
使い切るのか?

自分もやがて死ぬということを認識できれば、
生きる目的も変わってくるような気がする。

自分という意識が薄らいでくるような気がする。

伯母の法事に参列し、お経を読みながら、ふとそんなことを
思った。

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2016年08月01日

「出会い」、「別れ」の繰り返し、、、。ご縁で定められた人の人生、、、。

 最近、夕方になると、うちの近所の田んぼ道を
白い犬を引っ張って、トボトボ散歩している老人を見かける。

ドラゴンズの青い帽子をかぶり、ニコニコしながら、
犬に話しかけかけながら、散歩しているその老人。

その老人とは、間もなく80歳になるうちのオヤジだ。

そして、その白い犬とは、うちの愛犬パンチだ。

オヤジは、ぜんそく、皮膚病、高血圧、慢性的に腰が痛むなど、
複数の病気を抱えている。

さらに、認知症もかなり進行し、おまけに耳もかなり聞こえが悪い。

数年前より、ほとんど田畑にもいかず、家でゴロゴロしているだけ。

おまけに耳も遠いので、なかなか人と会話がスムーズにいかない。

数年前、ある親戚の法事にオヤジといった。

法事の法要も終わり、お茶を飲みながら、みんなで雑談していると、
私のいとこが、私を呼ぶので、オヤジを残して、席を外した。

三十分ほどして戻ってくると、オヤジが近くのおじさんに
話しかけられているようで、ニコニコしながら、相づちを打っているが、
何しろ、耳が悪いので、ほとんど聞き取れていないはずだ。

そのおじさんも、オヤジが耳が悪いことを知らない。

オヤジは、ただでさえ、人に気を使うタイプなので、
自分が聞こえていないと言えないようだ。

そして、私が帰ってきて、おやじは、あ〜助かった、というような
顔して、その場を去った。

法事の帰りの車の中でも、
「わしも、もう耳が聞こえんようになったので、おまん法事とか、
行ってくりょ」
というようなことを言う。

数年前より、田畑にも出ないし、冠婚葬祭もあまり行かない。

ほとんど、家で寝ていることが多い。

そして、そうなるとだんだんと認知症が進んでいくようだ。

ボケてもらっては、困るということで、いろいろやったが、
なかなか本人にやる気がない。

そして、母が「犬」がいいらしいということで、
姉の家に飼っている犬を毎週、毎週借りてきていた。

そんなこんなで一年過ぎたところで、義兄が
「もう、おまんところでかや〜」と、
言ってくれたので、愛犬パンチがうちに来ることになったのが
今年の正月、、、。

オヤジは、今でさえ、パンチの姿が見えないと
「あれ〜、犬返しちゃったかや〜」
と、がっかりそうに言う。

何度、「犬は、もううちがもらったんだよ。
うちの犬なんだよ」
って言っても、毎週、日曜日の夜になると、
犬があっちの家に行ってしまうことが、かなり寂しかったのかも
しれない。

今では、あの出不精だったオヤジが、毎日のように犬の散歩に
行っている。

毎週、デイサービスがある。

オヤジの担当の介護士さんが、オヤジが犬の話をよくするのか
「ワンちゃんにだいぶ癒されているみたいですね〜」
と、言っていた。

さらに、そのデイサービスのお迎えが来ると、支度の遅い
オヤジは、いつも介護士さんたちを待たしている。

さらに、「犬にあいさつしてくるから、ちょっと待っていて」
とかなんとかいっちぇって、さらにもたもたしている。

夜中も、トイレに行くたびに犬の様子をうかがいに来る。

こないだも、ニコニコしながら、犬とたわむれていた。

パンチが来てくれて、本当によかった。

認知症であり、耳が遠いオヤジも、家族でさえ
なかなか意思疎通が難しい。

パンチが上手く、オヤジの相手をしてくれている。

それに、寝てばっかりであれば、筋肉も落ちてくるだろうし、
散歩程度なら、ちょうどいい運動にもなる。

ほんと、我が家にとって、パンチとの出会いは、
ありがたかった。

我が家流に言えば、これもご先祖さんのお導き、
ありがたい、ありがたいということになるのだが、
ほんと、神様からの贈り物のように感じることもある。

しかし、よくよく考えると、この二人というか、
一人と一匹、互いに人生の晩年と言える。

オヤジは、間もなく80歳。

平均年齢で行けば、あの世へ旅立つのも、そう遠くない。

パンチも11歳なので、あと数年っていうところだろう。

この二人(一人と一匹)が、いなくなると、
私ら家族にとっても、かなり寂しくなる。

今のうちから、そのことをしっかりと覚悟していなくてはならない。

うちの嫁など、
「パンチがいなくなったら、私ボケるかもしれんで頼むね〜」
とか何とか言っている。

人生って、「出会い」と、「別れ」の連続、、、。

まさに、旅をしているようなものなのかもしれない。

そこで、いろんなことを学び、いろんな影響を与え合って、
生きている。

思えば、私の人生の中で、いろんな影響を与えてくれた人って、
多くいる。

仕事なり、友人なり、今、共にいる仲間、家族というのは、
互いに影響を与え合っている以上、ソール・メイトなのかもしれない。

時には、対立し合うこともある、時には助け合うこともある。

その中で、知恵をつけ、忍耐力を学んでいく。

パンチに関しては、我々家族にとっては、本当にありがたい存在だ。

時には、そのようなご褒美のような出会いもあるのかもしれない。

昨日、親戚の法事に行ったが、その時のお坊さんのお話の中で、
人生とは見えない「縁」によって結ばれている。

「御縁」といって、その縁はすべて阿弥陀様が定めらえた縁なのである
と、、、。

オヤジにパンチ、あと数年で旅立つことになるであろう。

諸行無常であり、今、この時間を共に過ごせることということは、
後々考えれば、大切な時間なのかもしれない。

そう思えば、「今」という瞬間を大事の思え、思いっきり生きようと
思えるのではなかろうか、、、。


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