2018年02月14日

トルコ大統領語る、、、。「アメリカはダーイシュ(IS)との芝居をやめよ」と、、、。

https://jp.sputniknews.com/politics/201802134574215/

「エルドアン氏 米は「ダーイシュ(IS)との芝居」を止めよ」

今、中東で米国により、何が行われているのか?

なぜ、いつまでたっても、シリアで紛争が治まらないのか、、、。

上の記事は、トルコ大統領エンドアン氏の発言である、、。

米国との軍事関係の強化とは、いったいどういうモノに、
なるのだろうか、、、。

もしかしたら、強化すればするほど、世界から信用を
なくすのでは、、、。

よくよく考える必要があるのでは、、、。



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2018年02月13日

「我是不是我的我(私は私ではない私)」李登輝の言葉、、、。

 先週、たまたま立ち寄った図書館で、
雑誌「SAPIO」を読んでいると、元台湾総督李登輝氏の
言葉が、頭の中に残る。

それは、
「我是不是我的我(私は私ではない私)」
、、、、、。

なんか、ややこしい言葉だがどうも心に響く。

鈴木正三さんが、このようなことを言っていた。

「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」

怒り狂っている人、思い悩んでいる人、
見栄やはったりだけで生きている人、
その人たちってどう見ても周りが見えていない。

ただ、自分のコンプレックスというのか、
自意識過剰で、自分への意識が強すぎて、
自分のことしか見えていない。

もし、もっと自分を客観的に見ることが出来れば、、、。
もし、自分を忘れることが出来れば、、、。

心の鎧を脱ぎ捨てれば、
煩悩が薄まるのではなかろうか、、、。

仏教では、煩悩とは心の「過剰さ」とも説く。

その「過剰さ」とは、自分を守ろうとする意識が
強くなりすぎている。

では、その対象となる自分って、いったい何なのか、、、。

ある人が言っていたが
「実は、自分なんて何もない」
と、、、。

ただの水と二酸化炭素の集まりであり、
それも常に出たり入ったりしている。

私の体を構成してる水というのは、もとは海水だったのだろう。

また、二酸化炭素にしろ、空気中に存在していたものであった。

それが、植物になったり、動物に吸収されたり、そして今
私の体に入っている。

大きな水と二酸化炭素の循環の中に、人間はただ存在する。

それから、私の体を構成する60兆の細胞というのも、常に新陳代謝を繰り返し、
二年で総入れ替えされるという。

二年後には、実は全く別人ということになる。

さらに、60兆の細胞に対して、
自立した生命体である100兆もの微生物がも私の体には
住みつき、その微生物がいないと、生きていけない。

それらのモノをたまたま、何かの縁で、かき集められ、
私というモノが、今、存在する。

そう思うと、自分っていったい何なんだろうね〜。

ただ、大きな大きな循環の中での、ほんのひと時の一現象に過ぎない。

いずれ私を構成している水にしろ、二酸化炭素にしろ、
海や大気中に戻っていく。

「私」と言う人格から見ても、

狼に生まれた人間の子どもが、狼のような風習を身に付けてしまうという。

中国人は、中国人らしく、、、。

日本人は、日本人らしく、周りに常に気を使おうとする。

最近ふと思う。

自分は無くなった祖父母の影響を受けているようだ、、、。

祖父母だけでなく、恩師、上司、先輩、友人などなど、
今まで人生の中で出会った人々の影響を何層にも何層にもうけて、
今自分という人格が形成されている。

今の時代の人だけではない。

その人たちも、親があり、先祖があり、周りの人々から、
いろんな影響を何層にも何層にも受けている。

人間には、文字と言葉が存在する。

何百年前に生きた道元さんや親鸞さんの影響を多くの人が受けて
いることになる。

「人間は著しく周りから影響を受けている」
と、ある精神科医が言っていたが、それだけ社会性のある動物であり、
けっして一人では生きて行けれない。

むしろ、「私」という人格は、昔から続く大きな大きな人間の集団意識により
作り出せれるものであり、そしてそれが次の世代にも引き継がれていく。

実際のところ、自分って何もないのでは、、、。

自分の中に、代々続くいろんな人の思想で構成されている。

もし、人間社会から離れ、オオカミに育てられれば、
オオカミのような習性となるのだ。

では、大きな集団意識の中から、作られた「私「」という人格の中で、
そのどの部分を大事にして生きていくべきなのか、、、。

どのような考えを大事に生きていくかということ、、、。

そんな中で、李登輝さんのように、「神」という概念を
持つの一つの方法だと思う。

肯定的な人生観とは、
果てしない自我の肯定ではありません。

キリスト教に「自己の中に神を宿す」という概念がありますが、
深い愛で他者を許す神を自己に宿すことで、
自己中心的な自我が消え、
他者を思う心が生まれる。

これを「我是不是我的我(私は私ではない私)」と表現しているんです。

〜李登輝

とのこと。

SAPIOの中でも、後藤新平と自分の共通点について、

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 私と後藤に共通するのは「信念」であった
といえる。私はクリスチャンで、信仰を通じて
最終的に見出した私自身のあり方が
「我是不是我的我」、つまり「私は私で
ない私」であった。
 この言葉は、新約聖書のなかになる
「ガラテヤの信徒への手紙」の「生きているのは、
もはや、私ではない。キリストが、私のうちに
生きておられるのである(後略)」という一節から
きている。つまり私、李登輝のなかに神が息づいて
いて、自分のためだけでなく公のために生きなくては
ならい、ということである。
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もしかしたら、自分を忘れるには、
「公」という概念を自分の中に取り入れるといいのでは、、、。

それには、自分の中に、キリストさんでも、阿弥陀さんでも、
氏神さんでも、ご先祖さんでもいい、別の人格を
イメージするのも、一つの方法のような気がする。

生きていくうえで、楽しく、明るく生きた方のが
いいに決まっている。

しかし、各々いろんな思考パターンがある。

その思考パターンとして、昔ながらのもう一つの人格ともいえる
「神」という概念を自分の中に構築する。

その神なのか、仏さんなのか、ご先祖さんなのかわからないが、
他の人格が自分の中にいるということは、その人を通じて、
自分を見ることができるのでは、、、。

つまり、客観的に自分を見続けることができやすくなる。

どの世界でも、有史以来、人間の歴史の中で、何らかの神は
存在してきた。

それが、過激派につながり、オウムのような集団も発生させた
ということは、否定できない。

しかしすべてを否定し、捨て去るのも、もったいない。

心に何らかの神を住まわせる、住まわせるというよりも
自分でイメージし、造り上げる、それが宗教教育であったのだろう。

そうなれば、客観的に自分を見つけるようにもなり、
孤独感がやわらぎ、勇気も与えてくれる。

また、神でなくてもいいが、「公「」という心が
宿れば、意識が外に向き、煩悩がやわらぐような気がする。

まあ〜、あんまりまとまらない話だったが、
今日は、この辺りにしておきます。


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2018年02月09日

「最後は自分との戦いですから、、、」と語る貴乃花親方の信念。

一昨日、テレビを付けたら、なんと
あの貴乃花親方が、語っているではないか!!

それも、驚くようなことばかり、、、。

まったくテレビ報道とは、違っている内容だ。

なぜ、貴乃花が相撲協会の理事を解任になったのか?

それは、協会に対する報告の義務を行ったということ。

しかし、何度も、何度も、文章で報告しているというし、
その文章も実際に存在している。

貴ノ岩のケガがたいしたことがないという報道だったはずだが、
真相はしっかりと診断書があり、そのCT画像も今回の
番組で公開されていた。

いったい、今までの一連のテレビ、新聞報道ってなんだったの?

池坊さんら、日本相撲協会評議員会のメンバーはいったいなんだったのか???

しっかりとした証拠があるのと、それから私が
貴乃花は本物だと思えるのは、次の一言だった。

「最後は自分との戦いですから、、、」

と、、、、。

彼は、ものすごくストイックな人間なのであろう。

これがどういう意味なのか?

私なりに解釈させていただくと、
貴乃花は、一貫して相撲協会にも礼を尽くしてきているという。

今回の一連の騒動に対して、勝手に貴乃花側から発言すれば、
それこそ泥仕合だ。

マスコミは放っておかず、盛りまくって、両者の対立をあおるであろう。

それよりも、相撲協会を通じて、その中で議論をして
いくのが筋だ。

何度も、意見書や報告書を提出し、あれだけたたかれながら、
沈黙を守ってこられた。

そして、テレビ新聞など、まったく事実と違う報道を
垂れ流される。

相撲協会でも、ドンドン孤立していき、こないだの選挙でも
二票で落選、、、。

相撲部屋を抱え、多くのファンを持つ貴乃花にとって、
そんな状況というのは、かなりの不安や恐怖がつきまとうモノ。

相撲協会からも、警察に対して被害届を引き下げろというような
打診があった。

そんな状況の中で、あなたなら妥協せずに、
沈黙を守り続けることができますか?

普通なら、弱い立場の貴ノ岩に
「今回は、我慢しとけ」
ぐらいで妥協するであろう。

しかし、それをしてしまえば、今まで自分が弟子たちに
指導してきたことが、まったく無になってしまう。

あれだけ、八百長疑惑でたたかれた相撲協会だ。

対戦する力士同士が、常日頃から食事に行ったりしては、
一体どうなるのか、、、。

自然に、情のようなモノがわくこともあるだろう。

プロレスならまだしも、国からお金をもらい、
神事として、相撲という相撲道がある。

その道を選んだ若い者たちを
どのように育てるのか、、、。

そこまで、真剣に取り組んでいなければ、
妥協の道を選ぶであろう。

貴ノ岩は、はるばる海を渡って、日本で
相撲をやりに来ている。

そんな人生をかけてきた青年に対して、
どう接するのか、、、。

また、両親がいない貴ノ岩、、、。

どこまで、親身になれるのか、、、。

このままいけば、貴ノ岩も世間から抹殺されるだろうし、
モンゴルでも日馬富士引退に追い込んだ、悪者の
ように扱われるだろう。

その貴ノ岩を救うためにも、今回のインタビューに
応じたのではなかろうか、、、。

そうであるのならば、極めて弟子たちにも、
相撲協会にも誠意を尽くしていると言えるのでは、、、。

世間にどう映るのか分からないが、このような妥協しない人って、
けっこう自分自身と闘っている人だと思う。

協調性と信念を貫くというのは、相反するときがあるが、
その信念に公共心を持つこと、そこが一番大事だ。

自我による主張であれば、そのまま孤立して、葬り去られる。

また、自分の考えを持たず、ただ流されるだけの人生でも
心の成長は、あまりないと思う。

人生、孤立しても前へ出るときって、何度もあると思う。

そういう時というのは、一番いい経験にもなるし、
そういうことから、逃げ続けた人というのは、どうなっていくのか、、、。

歳をとればとるほど、その差というモノが顕著に現れて
くるような気がしてならない、、、。

そういう場面で、勇気を振り絞れるか、、、。

それとも、いつまでも、いつまでも周りの空気ばかり
神経をとがらせながら生きるのか、、、。

人生の主役とは、自分自身、、、。

その主役になるにも、いろんなことを体験しながら、
学び続け、自分らしい生き方をする方のが、
深い人生になるのでは、、、。

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2018年02月02日

ある高校生の夢!!再生可能エネルギーで福島を復活させる!!

ふと、通勤時にラジオを聴いていると、
福島のある高校生が話している。

彼の夢というのは、原発事故の福島から、
再生可能エネルギーの福島というイメージに変える
こと。

震災、原発事故以降、人口がかなり減少した地元を
再生可能エネルギー先端地にして、世界中から
人を呼び込み、福島を再生させること。

そのために、大学では、エネルギー分野を学ぶとのこと。

素晴らしい!!

とても、素直でまっすぐな高校生の考えを聞いて、
とても心が洗われるようだ。

大人になっていけば、心のどこかに垢がたまっていく。

生きていくためには、しょうがない。

確かにその通りだ。

しかし、ただ生きるためだけの人生ってのも
どうなんだろうか?

昨年、会社からあの「永遠のゼロ」や「海賊と呼ばれた男」の著者、
百田尚樹氏の講演会に参加する機会があった。

この世代というのは、非常に苦労した人たちであり、
また、今の豊かなこの日本を造り上げた人々だ。

日中戦争、第二次世界大戦と、大正生まれの人々の青春時代というのは、
まさに戦争そのものだ。

大正時代に生まれた男性というのは、約1300万人いるとのこと。

そのうち、200万人を超える人が戦死されたという。

だいたい、6人に一人の割合だ。

さらに、それが大正時代後期に生まれた人で計算してみると、
もっと比率が高くなる。

例うちの会社の会長は、大正12年生まれ。

終戦を22歳で迎えた。

会長の同級生の半分が戦争で亡くなられた。

この戦争で生き残られた人たちが、
死に物狂いで働いて、今の日本の豊かさがある。

公演の中で百田氏が語っていたが、例えば今の若い人が
こんなことを言うという。

「我々は、就職してから、高度経済成長もなく、
バブルも味わっていない。まさに不幸の世代だ」
と、、、。

しかし、どうだろうか?

バルブをひねれば、きれいな水道の水が飲める。

ガソリンスタンドが各地にあり、たいていの人が車に乗れる。

農地も整備され、高速道路、ダム、発電所などなど、
世界を見渡しても、これほどきめ細かに社会インフラが整備された
このような豊かで、安全な国はない。

これって決して当たり前のことでない。

戦争で生き残り、必死に日本を再生させた
大正時代の人たちの造り上げた基盤の上で私たちはこのような豊かな
生活を送っている。

例えば、うちの会社でも、韓国で終戦を迎え、帰国した
うちの会社の会長が立ち上げた。

ロボットやいろんな機械等、確かに古くなってきているが、
どれもこれも、もしこれらの設備がなければ、今の会社は成り立たない。

会長が死に物狂いでやってきた土台の上で、
今、我々が飯が食えている。

会長の世代の人に、
「同級生の多くの人が戦死し、戦争から帰ってきて、
どのような思いが強かったのですか?」

と聞いても、なかなか照れてなのか、答えてくれない。

もし、会長のように、自分が運よく生き残り、多くの同級生たちが
戦地で亡くなられたとしたら、どのように生きようとするのだろうか?

「彼らは、洗脳されていたんだ」という言葉で片付けるには、
あまりにも思慮が狭すぎる。

そして、戦争から帰ってこれば、価値観も大きく変わってしまい、
戦争に行った人は、軍国主義者のように非難される時代となった。

そんな中で、必死に日本再建に取り組んだ大正時代の人々、、、。

本当に、頭が下がる。

そんな人たちの血のにじむような土台の上で、
我々は豊かな生活をしている。

そして、我々は、次の世代に何を残すのか、、、。

よくよく考える必要があるのでは、、、。






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2018年01月11日

目の前の大きな壁に立ち向かうには、、、。

先日、さんまさんのテレビを見ていたら、
女優の中谷美紀さんが出ていた。

中谷さんが、悩みを打ち明け、いろんな専門家が回答を
するという番組だ。

中谷さんは、
「テレビの収録ですと、もし失敗してもカットすることが
できるけど、舞台などはそれができないので、ものすごく
緊張する。もう、前日から、震えが止まらないくらいです」

と、言うようなことを話していた。

そして、各専門家が相談にのっていたが、
なんていうのか、専門知識でその悩みをこねくりまわし、
なんとなくしっくりこない。

もちろん、テレビ番組なので、視聴率を上げるためなので、
仕方ないのかもしれないが、一番大事なのは、
中谷さん本人の身になって考えること。

果たして、全国に有名女優になりたい人が、どれだけいるのだろうか?

その中で、トップのグループに居続けるということが
どれだけ大変なのか。

また、舞台では、目の前に、自分の演技を見るために
安くないお金を支払われたお客さんがたくさんいる。

そして、自分がトチれば、いっしょにやっている先輩、後輩、
スタッフの方にも多大な迷惑をかけることになる。

そんな中で、緊張しない人っているのだろうか、、、。

むしろ、緊張するのは、当たり前、、、。

そんな環境から、逃げ出せれれば、いいのだが、
そんな簡単に逃げられないのが現実であろう。

そんな逃げ出したくなるような環境に、どのように対処するべきか、、、。

そうなれば、「なるようにしかならない」と、
もう開き直るしかない。

もし、失敗しても、命まで取られるわけでもない。

また、女優として、あまり売れなくなったとしても、
また生き方、考え方を変えていけばいい。

しかし、よくよく考えてみれば、失敗と成功って
どっちが長い目で見て、自身のためになるのであろうか。

たしか、神田うのさんだと思うが、若いころは
とても環境に恵まれ、何でも自分の思い通りになってきた。

そのことにより、できない人の心が分からず、
その後とても苦労したと聞く。

成功ばかり味わって、逆に身を滅ぼした人って、
どれほどいることか、、、。

むかしから「勝って兜の緒を締めろ」という言葉があるが、
人間、どうしても成功体験を続けていれば、必ず傲慢になって
高転びするのは、目に見えている。

むしろ、失敗ほど、いろんなことを学び、それが肉となり
骨となり、あなた自身の人間性としての骨格を形成していくのでは
なかろうか。

目の前に直面した壁から逃げ続け、ただ上っ面だけの
人生を送ってきた人と、チャレンジし続けた人と、
果たして10年後、20年後、どのように違ってくるのであろうか。

「以前のあの失敗がなければ、今の自分はない」とかいう場面って、
いくらでもあるのではなかろうか。

有名女優にしても、著名な実業家なんかの話を聞いても、
成功した人というのは、
「わたしなんか、ほんとうに失敗の連続、、、」
というようなことをよく聞く。

それだけ、チャレンジしてきたということ。

それだけ、目の前にある壁から、逃げずに立ち向かったということ。

エジソンの名言集から、次のような言葉を紹介したい。

わたしは決して、
失望などしない。
どんな失敗も、
新たな一歩となるからだ。

できる限り考えて、
努力して仕事にかかれば、
失敗からでも
多くのことを学ぶことが
できるのである。

失敗すればするほど、
我々は成功に近づいている。



もし、たくさんのお客さんの前で、立ち続ける以上、
もう、それに慣れるしかない。

それには、経験を積んでいくしかない。

失敗や苦悩の中から、真理を見つけていくしかない。

今、震えているのは、逆言えば、いい経験を積んでいる
ことになる。

大女優になってくうえで、どんな場面でも平常心がなければ、
勤まらないと思う。

今、その経験を積んでいるのであり、
それには苦悩、失敗は必要不可欠なモノ。

そんな考えで、取り組んだ方のが、腹がくくれるのではなかろうか。



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2018年01月06日

「門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」、、。諸行無常の人生をどう生きるのか、、、。

この正月も、毎年恒例の義両親が住む山口県まで、
向かった。

正月料理を食べたり、近くの温泉に行ったり、
ゲームをしたり、今年もとても楽しい正月の日々を過ごした。

しかし、ふとこんな歌が頭の中をよぎる。

門松は 冥土の旅の 一里塚
めでたくもあり めでたくもなし


これは、一休さんの歌だ。

めでたい正月も、ふと思えば、自分も一つ歳を
重ねたということ。

人生が死へと向かう旅なら、また一年近づいたことになる。

私も50を超えた。

平均年齢でいけば、後30年の人生だ。

周りを見れば、家族と共に、今、楽しい正月を過ごして
いるが、果たして10年後は、どうなのか?

うちのオヤジは、すでに80だ。
オフクロも70代中盤、、、。

義両親も同じぐらいの年齢だ。

愛犬パンチは、12才だ。

あと10年後、このように一緒に楽しい正月を
過ごせるだろうか、、、。

そんなことを言うと暗くなるが、
私が言いたいのは、今、当たり前のことが、
10年後は、当たり前ではなくなる。

諸行無常であり、誰でも限りある命であるし、
限りがあるこの一時の連続を、我々は生きている。

限りがあると思えば、今がとても大事に思うのでは
なかろうか。

98才になる義理の祖母の施設に、今年も訪れた。

その介護施設の食堂に、この施設で暮らすお年寄りの方々の
「今年の目標」が、書いてあった。

ある92才になるおばあさんが、こんなことを書いていた。

「今年こそは、畑で百姓をやりたい」
と、、、。

ふと、思ったのは、うちの母のことだ。

昨年のある夏の夜中、私の携帯が鳴った。

取ってみると、母屋に住む母からだ。

「今、トイレに行こうと思って、ベットから降りたが、
歩けんくなっちゃった。すぐ来てくれ」

と、、、。

私は、布団から飛び降り、母のもとへ、、、。

床に情けなそうに、うずくまっている母、、、。

「ほんと、この足、どうなっちゃっただや〜」
というようなことを繰り返す。

実は、それから、四カ月ほど前の昨年の四月にも
同じようなことがあった。

さらに、4年前も、シルバーの仕事をしているときに、
私のもとに電話があり、
「いきなり、歩けんくなっちゃった」
と、電話もとでつぶやく。

母の一生を振り返れば、まさに働き詰め。

そのおかげで、膝の軟骨がすり減り、
神経に触れるのか、痛くて歩けない。

四年前になったときは、リハビリとプールに通いながら、
何とか、回復したが、それでも完全に治ったわけではない。

今年になってぶり返し、杖を突く生活、、、。

それでも、畑に行こうとする母に、私はよく怒って
「いい加減にしとけ〜。畑なんて行くな(怒)」
といっても、私にかくれて行っているようだった。

それを見つけた私が、
「寝たきりになったらどうすんだ、アホ」
と、怒ると
母が逆切れして
「そんなもん、生き甲斐だでしょうがないやろが〜(怒)」
と、、、。

その『生き甲斐』という言葉が、どこか心に
深く刺さった。

たしかに、ただ生きているだけで、本当に人生なのか。

私も、常日頃から、自分の命を使い切りたい、と思っている。

もし、母が最期の最後まで、畑にいたいのであれば、
それをなるべく助けてやった方のが、いいのではなかろうか
と、思い始めた。

生き甲斐を無くし、ぼけられても困る。

父もすでに認知症、、、、。

そして、母までもがそうなってしまっては、
我が家は崩壊だ。

畑に行けば、すぐ隣が、母の昔からの友人が
柿を作っているので、よく二人で座って話している。

草刈りや畑を耕したりの力仕事は、私がやればいいし、
作った野菜をみんなにあげたり、
売ったりするのが、一番の生きがいになるのであろう。

「人に役に立っている」と思えるのが、
母にとって生きがいなのかもしれない。

それに、母とそのように過ごすのも今しかない。

いずれは、私より先に旅立たれる。

母の「「生きがい」という言葉に、ハッと気づいたことは、
多少無理をしても、母の生きがいに協力するべき
なのかもしれない。

あるコメンテイターが、自分の母の人生の最終版、
母に会うたびに、母に対して怒っていたことを
深く後悔していると語っていた。

その人も、とても忙しい人で、それでも年老いた母とくらして
いたという。

そして、母が亡くなってから、気が付くことがたくさんあり、
また、歳を重ねるたびに、母の気持ちが理解できると語っていた。

この一瞬は、今しかない。

また、一期一会であり、父母も、決して永遠のものではない。

ただ、あれもダメ、これもダメというようなことを言っているだけでは、
いけないのかもしれない。

老、病という今の父母の姿とは、いずれ私の行く道であり、
死、そして別れというのも避けられない。

何人たりとも、これは避けられない。

あるお坊さんが言っていたが、
「身近な人の死とは、いずれあなたもこうなるのですよと、
知らしめるために起こるんです」

と、、、。

確かにその通りだと思う。

生きていれば、いろんな執着まみれになる。

しかし、どんな偉人でも、英雄でも、このように
やせ細って死んでいく。

そう思えば、いろんな執着が薄まるのでは、、、。

そのことを、人生の最終版をむかえているうちの
父母は、そのことを私の目に焼き付けようとしている
のかもしれない。

年老いた両親になるべく付き添うのも、
いい経験のような気がする。

死んでからでは、もう遅い。

遠くに住んでいれば、電話を入れてみるとか、
里帰りの頻度を増やしてみるとか、もしかしたら
何か気が付くことがあるようにも思う。


ラベル:一休
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2017年12月27日

小野田寛郎の名言

たまたま、あの小野田寛郎さんの名言集というモノを
見る機会があったので、読ませてもらった。

終戦後、29年間もフィリピンのジャングルの中で、
たった一人で戦い続けた小野田さん。

戦争がいいか、悪いかは別にして、もし自分が同じような
境遇だったら、果たしてそこまでやれたのであろうか、、、。

私は、人それぞれいろんな宿命を持って生まれてくると
思っている。

各々が与えられた宿命の中で、どこまで学べるのか、
それが人生のような気がしてならない、、、。

深いジャングルの中でたった一人、、、。

生きるか死ぬか、死と隣り合わせの世界が、
29年間も続いたという。

生きるとは何なのか、死とは何なのか
トコトン自分と向き合いながら、突き詰められたのでは
なかろうか、、、。

そうでないと、このような境遇を耐えれるだけの精神力は、
なかなか心に宿らないと思う。

そんな小野田さんの名言集を読んでみた。

まさに、実体験から来る実学であるように思えた。

その中でいくつか紹介したい。


http://www.earth-words.net/human/onoda-hiroo.html

「小野田寛郎の名言」


生まれた時は自我ばかり、
生きるためには自制と自律がなければ。


自制や自律は筋肉と同じ。
鍛練すれば強くなり放っておくと、
生まれた時の自我に戻ってしまう。


やってしまったことは「しかたがない」。
これからどうするかだ。
くよくよ負け犬になってしまう。
負け犬は遠くから吠えるだけで向かってこない。



計画どおりにいかないことは沢山あるが、
思い通りにはいくものだ。
不満などどうってことはない。
自分の満足度を少し変えればよいのだから。



過去は捨てることはできない。
現在は止めることができない。
しかし、未来は決めることができる。

・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・


などなど、いろいろ参考になるモノがたくさんある。

一度、読んでみられることをお勧めしたい。


ラベル:小野田寛郎
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2017年12月01日

真の教育とは、、、。 新渡戸稲造の教育者としての在り方。

先日のNHK「知恵泉」は、よかった。

「不寛容社会を生きる道しるべ 新渡戸稲造 真の武士道」
だったが、こんなシーンがあった。

新渡戸稲造が当時、旧制第一高等学校(現在の東大教養学部)の校長を
していた頃の話だ。

新渡戸は、教養とは、決して一部の人だけのものではない。

世間に広めて、なおかつ生かしてなんぼのモノであるという考えだ。

しかし、当時の一高の生徒というのは、全国から選りすぐりの
エリート集団。

東大の籠城主義と当時言われていたが、やたら敷居が高く、
一般の人とのまじわりが少ない。

いろいろ外国を見てきた新渡戸にとって、彼らに重要なことは
社交性を身に着けることだという考えを持っていた。

そこで、その一高に転校生を受け入れたり、女性を体育祭に
参加させたり、いわば一高の敷居を低くするようなことをした。

それに反発した生徒たち、、、。

新渡戸はつるし上げられる。

そして、生徒たちの意見をじっくりと聞いた後、
辞表を机の上に置き、自分の持論を展開する。

「新渡戸は自分も武士の子として生まれた以上、
腹を切れと言われれば、腹も切る」

と、語り自分の覚悟を示す。

そして私が一番ジーンときた言葉が、
三十年後、この中の誰か一人でも、この新渡戸という人間を
思い出してくれればいい。

つまり、新渡戸が言ったことを、今ではなく、
生徒たちが社会に出てから、誰か一人でも、
思い出してくれて、役立てててくれればいい、
そのようなことを新渡戸は言いたかったと思う。

実際に、例えば、教師が生徒に何か教えようとしても、
その当時まったく気が付かなくて、後々になって
「あの先生の教え、今ほんとありがたく生きている」
とか、そういうのって、ほんと教える立場にとって、
醍醐味というのか、一番やりがいがあるのではなかろうか。

今、気付かない以上、そのようなことを伝えようとしても、
反発されるのは、当たり前、、、。

だれだって、いい顔したい、、、。

だれだって、摩擦はいやだ、、、。

しかし、もし何十年後、その人のことを思って、
何か心に刻み込むというのはとても大事なことであり、
それこそ、教育そのものだと思う。

私も恥ずかしい話、こんな例がある。

高校を卒業し、すぐ近くの会社に就職した。

そこの実質的に取り仕切っていたのがM常務であった。

とにかく、M常務は「少数精鋭」「を掲げ、
社員教育に熱心であった。

社員全員に通信教育をさせ、資格、免許を多くとらせ、
会社に図書室を置くなど、会社の成長と個人の成長を
リンクさせるような会社経営であった。

特に若者には、なおさらであった。

例えば、高校三年の10月ごろ、その会社にに就職が内定すると、
卒業までの半年間、毎月、会社に行って、本を渡される。

一ヵ月以内にその本の感想文を書いて来いという。

私は、本を読むことも嫌いだし、感想文など
最も苦手であった。

そして、会社にも、図書室を作り、
M常務は、社員に本を読む習慣を身につけさせたかったようだ。

また、会社に入社し、三年間、毎日、毎日
日報を書かされる。

今日の仕事内容、また仕事上で疑問、私生活での疑問、
私が書いたモノを常務から、工場長、課長、係長、班長と
多くの上司が、一人一人閲覧し、その感想を書いてくれた。

当時は、それが嫌で嫌で、常務の家まで行って、
私は、こんなことを怒鳴りつけた

「わしは、勉強が嫌で就職したんだ。
何で働いてまで、勉強しなけりゃーいかんのだ」

と、、、。

ほんと、今思えば、馬鹿も馬鹿、大馬鹿野郎である。

そんなとても子供の私に常務は、コンコンとその必要性を
語ってくれた。

しかし、当時、そのことがあまり理解できないし、
いやいやながら、通信教育をやり、免許にも挑戦し、
日報も書き続けた。

それから、何年か過ぎて、当時のその会社も辞めてしまい、
ホテルに勤めることになった。

会社が変われば、まったくその社風も変わる。

それも、人の出入りの少ない、田舎の40人程度の中小企業と、何百人働き、
人の出入りが激しいホテルという職場では、まったく
人を教育するということに関して、違ってくる。

田舎の中小企業でじっくりと、一人の若者の将来を
考え、多くの大人たちが大事に育ててくれた。

ほんと、そんな大人たちに反発ばかりして、情けない限りだ。

その後、私は勉強の大切さを知り、三十代で働きながら、
放送大学に入学し、けっこう大変だったが、5年間で卒業するほど、
勉強好きとなった。

もし、あの時、社会に出てからの勉強の大切さ、
また一生勉強し続けるということを教わらなかったら、
その後、いろんな知識を身に着けるという発想に
なれたかどうか、、、。

また、日記も二十代後半から、もう二十数年つけている。

その日記の中で、毎日毎日、自分自身を振り返る。

これも、日報ということを教えてくれた大人たちの
おかげだと思う。

本に関しても、あれほど読書が嫌いだったのに、
今では年間数十冊ほど読むような読書家だ。

これらも高校を卒業後、最初に入った会社での出会いが、
とても貴重であったように思う。

話は、自分というモノが体と人格だとすると、
人格とはどのように形成されるのだろうか?

例えば、日本人に生まれらば、日本人らしく常に周りの
空気を気にしるようになる。

中国人に生まれれば、中国人らしく、自己主張が強くなる。

オオカミに育てらえた少年は、オオカミのような習性を身に着けて
しまう。

人間とは、圧倒的にその社会から影響を受けて、その人の人格が
形成されていく。

馬や鹿が、生まれてすぐ起き上がろうとする。

そして、そうこうしている間に、餌を得る方法を身に着け、
自立していく。

人間が立てるまでに、二年ほど、歩けるまでまた時間を有し、
一人前の社会人として自立するまで、20年ほどかかる。

それまで、いろんな知識や社会性を身に着けさせるために、
周りの大人たちの援助を必要とする。

何か、誰かからいい影響を受けたとする。

それを実行し続けるということは、その恩になった人と
共に生きているということになるのでは、、、。

そして、それがまた誰かに影響を与えることになれば、
まさに永遠の命ではないが、ある人としての人格が、
引き継がれて、お世話になった人と、その後も
生き続けることになる。

死んだらどうなる??これは、太古の昔からの大きな人間の
テーマである。

体は、水と二酸化炭素になったまたどこかで再生されるであろう。

人格も、一生懸命生きれば、誰かに影響を与え、
生き続けることになるのでは、、、。

極楽浄土があるのかないのか?

それは、見たことがないから分からない。

しかし、私という人格、また私という人格を作ってくれた
多くの人たちと共に、生き続けることになる。

影響を与える人というのは、どういう人か?

それは、自分の考えで生きる人。
勇気のある人。
辛抱強い人。

不老長寿の薬なんかに頼るよりも、限られた人生を
思いっきり生きることこそ、永遠の命になるのでは、、、。


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2017年11月25日

「知らなかったはあらゆる愚行への言い訳となり、人から罪悪感を奪う。無知は人間悪の温存であり、凶暴性の隠れ家なのだ」、、、。かわぐちかいじのイーグル、よかった。

 先日、親戚の家に行った帰りにたまたま
漫画喫茶に寄った。

特に読みたい漫画もなく、雑誌でも読もうと思っていたが、
席に座って、頭上にある棚を見ると、なんと私が
探し求めていたかわぐちかいじ「イーグル」があるではないか。

いくつかのマンガ喫茶を探したが、見つからない。

ブックオフに行っても、置いていない。

近くのマンガ喫茶で見たマンガだったが、その店もつぶれてしまい、
それ以来、十数年見てなかった。

それが、私の目の前の棚に並んでいた。

ちょっとした感動であり、これも何かの縁なのかもしれない。

そんなことで、今日は、そのイーグルに書いてあった
ある部分を紹介したい。

「知らなかったはあらゆる愚行への言い訳となり、人から
罪悪感を奪う。無知は人間悪の温存であり、凶暴性の
隠れ家なのだ」

と、、、。

なんとなく、多くのひとの心に引っかかるような言葉でないだろうか。

特に、我々は今、日本の歴史上、また世界的に見ても、
大変豊かな時代に生きている。

その豊かな生活を支えるうえで、非常に多くの犠牲が
存在するということ。

そして、原発の問題など、次の世代にその豊かさの
ツケを残すことになる。

「だって、私、しらなかったもん」
と、言いながら、豊かな生活を満喫し、刹那的に生きる。

しかし、その裏に何があるのか、関心もなく、
大きなツケを次の世代に残していく。

また、ポーズだけ、カッコだけで本当にいいのかな〜。

多くの先人たちの血のにじむような積み上げられてきた
労力により、今の豊かな生活がある。

知覧の特攻平和会館なんかに行くと、ふとそんなことを
思ったりする。

まあ〜、焦らず、自分のやれることをやっていこうと思う。


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2017年11月21日

今をどう生きるのか、、、。意志伝達体としての人間の価値、、、。

 私のこのブログを振り返ると、「死」について
よく書いている。

決して自殺をほのめかしているわけでもない。

ただ、 「自分もやがて死ぬ」ということをよく
認識すれば、 「生きている」ということが、
くっきりと浮かび上がってくる。

自分の命にも、限りがある、、、。

自分の残された時間にも限りがある、、、。

限らてた時間であることを認識できれば、
今、この瞬間を大事に思えるのではなかろうか。

この一瞬が、次の一瞬につながる。

その一瞬の連続こと人生である。

限られた時間を、有意義に使う、それには、
自分もいずれ死ぬんだということを自覚することが
重要になってくるのではなかろうか。

日ごろの煩わしい煩悩にも、いずれすべてを置いて
あの世へ旅立つ身であることを自覚すれば、
執着が弱まるように思う。

今月で、うちのオヤジが80才、オフクロが75才になった。

愛犬パンチは、12才と4カ月、、、、。

果たして、10年後、彼らはこの世に存在するのだろうか、、、。

そう思うと、両親や家族と過ごせる今が、とても大事な時間に思える。

うちの会社の94才になられる会長さんが、先週、風呂場で倒れられた。

私がたまたま、すぐ近くの会社の事務所にいたので、
様子を見に行くと、下着一枚で、うずくまっている会長がいた。

あれほど、気丈に見える会長も、服の中をのぞけば、
これほどやせ細っていたんだと、少し寂しい気分になった。

私の人生の中で、何人か影響を受けた人がいるが、
この会長さんも大きな影響を受けた一人だと思う。

それは、生き方において、腹のくくり方が違う。

覚悟が違うというのか、そこから生まれる勇気、忍耐力、
すべて常人とは思えない。

それも、かなり高齢でありながら、頭はしっかりしているし、
会長にうかがったら、
 「それは、緊張感だよ」
というようなことを話していた。

経営者として、毎日、毎日、会社では、いろんなことが起きる。

その大半は、いいニュースではない。

もし、私ならとうに投げ出しているだろうが、
高齢の会長は、立ち向かい続けている。

話は、変わるが私の愛読漫画「サラリーマン金太郎」で、
このようなことを語っていた。

 「人という存在は、犬や猫と同じ生命体ではない。得た知識を
次の世代に送りさらに掘り進める意識を持った意志伝達体と
言える」

と、、、。

確かにそうだと思う。

わたしは、自他ともに認めるおじいさん、おばあさん子だ。

お恥ずかしい話、20ぐらいまで、祖父母と寝起きを共にしていた。

 「最近、あんた言うことがおじいさんに似てきたね〜」
と、言われることがある。

祖父母と過ごす時間が長かったのか、祖父母の考えが
自分の心ベースになっているのであろう。

祖父母は、すでに他界した。

しかし、祖父母の人格は、私の中で生きている。

日本人に生まれれば、周りの空気を意識するような
日本人らしくなる。

中国人に生まれれば、中国人らしくなる。

オオカミに育てられた少年は、オオカミのような習性を身に着けてしまう。

馬や鹿が生まれて、すぐに立ち上がり、歩き出そうとし、
そうこうしているうちに餌を得るトレーニングを始める。

人間が、生まれて歩くまでに、どれだけ時間がかかることか、、。
さらに、いろいろと知識を身に着け、社会人として一人前に
なるまでに、20年ほどかかる。

それだけ、どれだけ、周りに助けられ、周りの影響を受けていることになる。

ある精神科医が
 「人間は著しく、周りから影響を受けている」
と、、、。

先ほど、人間の命には限りがあり、やがてすべてを捨てて、
あの世に旅立たねばならないといったが、現におじいさんおばあさんの
人格が私の中で生きている。

そして、会長的な考え方も、私の中に深く刻まれている。

家族、恩師、上司、先輩、友人、兄弟姉妹、後輩、甥っ子姪っ子などなど、
周りのいろんな人から、影響を受け、今私という人格が形成されている。

今、生きている人だけではない。

遠く、親鸞さん、道元さんのような何百年前に生きていた人の
影響も受けていることになる。

まさに、意志伝達体であり、有史以来、長い年月をかけて継続してきた
大きな大きな人間社会の集団的意識の中で、私たちの「人格」というのは、
再生産され続けてきた。

さあ〜、今をどう生きるのか、、、。

私たち一人一人の生き様が、大きな人間社会の集団意識の中に、
刻まれていくことになるのでは、、、。




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