2017年11月25日

「知らなかったはあらゆる愚行への言い訳となり、人から罪悪感を奪う。無知は人間悪の温存であり、凶暴性の隠れ家なのだ」、、、。かわぐちかんじのイーグル、よかった。

 先日、親戚の家に行った帰りにたまたま
漫画喫茶に寄った。

特に読みたい漫画もなく、雑誌でも読もうと思っていたが、
席に座って、頭上にある棚を見ると、なんと私が
探し求めていたかわぐちかいじ「イーグル」があるではないか。

いくつかのマンガ喫茶を探したが、見つからない。

ブックオフに行っても、置いていない。

近くのマンガ喫茶で見たマンガだったが、その店もつぶれてしまい、
それ以来、十数年見てなかった。

それが、私の目の前の棚に並んでいた。

ちょっとした感動であり、これも何かの縁なのかもしれない。

そんなことで、今日は、そのイーグルに書いてあった
ある部分を紹介したい。

「知らなかったはあらゆる愚行への言い訳となり、人から
罪悪感を奪う。無知は人間悪の温存であり、凶暴性の
隠れ家なのだ」

と、、、。

なんとなく、多くのひとの心に引っかかるような言葉でないだろうか。

特に、我々は今、日本の歴史上、また世界的に見ても、
大変豊かな時代に生きている。

その豊かな生活を支えるうえで、非常に多くの犠牲が
存在するということ。

そして、原発の問題など、次の世代にその豊かさの
ツケを残すことになる。

「だって、私、しらなかったもん」
と、言いながら、豊かな生活を満喫し、刹那的に生きる。

しかし、その裏に何があるのか、関心もなく、
大きなツケを次の世代に残していく。

また、ポーズだけ、カッコだけで本当にいいのかな〜。

多くの先人たちの血のにじむような積み上げられてきた
労力により、今の豊かな生活がある。

知覧の特攻会館なんかに行くと、ふとそんなことを
思ったりする。

まあ〜、焦らず、自分のやれることをやっていこうと思う。


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2017年11月21日

今をどう生きるのか、、、。意志伝達体としての人間の価値、、、。

 私のこのブログを振り返ると、「死」について
よく書いている。

決して自殺をほのめかしているわけでもない。

ただ、 「自分もやがて死ぬ」ということをよく
認識すれば、 「生きている」ということが、
くっきりと浮かび上がってくる。

自分の命にも、限りがある、、、。

自分の残された時間にも限りがある、、、。

限らてた時間であることを認識できれば、
今、この瞬間を大事に思えるのではなかろうか。

この一瞬が、次の一瞬につながる。

その一瞬の連続こと人生である。

限られた時間を、有意義に使う、それには、
自分もいずれ死ぬんだということを自覚することが
重要になってくるのではなかろうか。

日ごろの煩わしい煩悩にも、いずれすべてを置いて
あの世へ旅立つ身であることを自覚すれば、
執着が弱まるように思う。

今月で、うちのオヤジが80才、オフクロが75才になった。

愛犬パンチは、12才と4カ月、、、、。

果たして、10年後、彼らはこの世に存在するのだろうか、、、。

そう思うと、両親や家族と過ごせる今が、とても大事な時間に思える。

うちの会社の94才になられる会長さんが、先週、風呂場で倒れられた。

私がたまたま、すぐ近くの会社の事務所にいたので、
様子を見に行くと、下着一枚で、うずくまっている会長がいた。

あれほど、気丈に見える会長も、服の中をのぞけば、
これほどやせ細っていたんだと、少し寂しい気分になった。

私の人生の中で、何人か影響を受けた人がいるが、
この会長さんも大きな影響を受けた一人だと思う。

それは、生き方において、腹のくくり方が違う。

覚悟が違うというのか、そこから生まれる勇気、忍耐力、
すべて常人とは思えない。

それも、かなり高齢でありながら、頭はしっかりしているし、
会長にうかがったら、
 「それは、緊張感だよ」
というようなことを話していた。

経営者として、毎日、毎日、会社では、いろんなことが起きる。

その大半は、いいニュースではない。

もし、私ならとうに投げ出しているだろうが、
高齢の会長は、立ち向かい続けている。

話は、変わるが私の愛読漫画「サラリーマン金太郎」で、
このようなことを語っていた。

 「人という存在は、犬や猫と同じ生命体ではない。得た知識を
次の世代に送りさらに掘り進める意識を持った意志伝達体と
言える」

と、、、。

確かにそうだと思う。

わたしは、自他ともに認めるおじいさん、おばあさん子だ。

お恥ずかしい話、20ぐらいまで、祖父母と寝起きを共にしていた。

 「最近、あんた言うことがおじいさんに似てきたね〜」
と、言われることがある。

祖父母と過ごす時間が長かったのか、祖父母の考えが
自分の心ベースになっているのであろう。

祖父母は、すでに他界した。

しかし、祖父母の人格は、私の中で生きている。

日本人に生まれれば、周りの空気を意識するような
日本人らしくなる。

中国人に生まれれば、中国人らしくなる。

オオカミに育てられた少年は、オオカミのような習性を身に着けてしまう。

馬や鹿が生まれて、すぐに立ち上がり、歩き出そうとし、
そうこうしているうちに餌を得るトレーニングを始める。

人間が、生まれて歩くまでに、どれだけ時間がかかることか、、。
さらに、いろいろと知識を身に着け、社会人として一人前に
なるまでに、20年ほどかかる。

それだけ、どれだけ、周りに助けられ、周りの影響を受けていることになる。

ある精神科医が
 「人間は著しく、周りから影響を受けている」
と、、、。

先ほど、人間の命には限りがあり、やがてすべてを捨てて、
あの世に旅立たねばならないといったが、現におじいさんおばあさんの
人格が私の中で生きている。

そして、会長的な考え方も、私の中に深く刻まれている。

家族、恩師、上司、先輩、友人、兄弟姉妹、後輩、甥っ子姪っ子などなど、
周りのいろんな人から、影響を受け、今私という人格が形成されている。

今、生きている人だけではない。

遠く、親鸞さん、道元さんのような何百年前に生きていた人の
影響も受けていることになる。

まさに、意志伝達体であり、有史以来、長い年月をかけて継続してきた
大きな大きな人間社会の集団的意識の中で、私たちの「人格」というのは、
再生産され続けてきた。

さあ〜、今をどう生きるのか、、、。

私たち一人一人の生き様が、大きな人間社会の集団意識の中に、
刻まれていくことになるのでは、、、。




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2017年11月04日

Before I die I want〜(死ぬ前にやりたいこと)キャンディー・チャン NHKスーパープレゼンテーションを見て。

こないだのNHKのEテレ、スーパープレゼンテーションが
とてもよかった。

ある人が言っていたが、「日本人って死者の国」と、、、

つまり、西洋とは違い、その思想・宗教観に、人生の無常観、
そして死を認識するようなモノがかなり内在されていると思う。

今回のスーパープレゼンテーションは、ニューオリンズに住む
アメリカ人女性で、親代わりのような身近な人の死により、
死について考えるようになったいう。

その女性は、30代か、40代ほどに見えるので、
まだ死が差し迫っているようには見えない。

しかし、ある法事でお坊さんが言っていたが、
「身近な人の死というのは、自分もやがて死ぬんだよ〜
ということを教えるためにおこること」

と、、、。

確かに、自分の死について考えるには、いい機会だと思う。

養老孟司が
「現代人は、死も、老も、病も、身近な生活空間から
排除している」

と、言うようなことを語っていた。

老後、介護施設で過ごすことが一般化しつつある。

今では、なかなか家で死ぬ人というのは、少なく
逆に家で誰かが死ぬと、何か事件性があるのではないかと、
警察に疑われるケースがあるぐらいだ。

うちのおばあさんは、おじいさんがなくなった後、
病気になって歩けなくなり、その後家で寝たきりの状態で
七年間過ごした後、家で亡くなった。

宗教心が厚く、優しかった祖母が、鬼のような顔をして
家族に怒鳴る、、、。

働き者の祖母にとって、寝たきりの状態で、
おむつを穿いたまま、ウンコ、おシッコと
共存して、何年も過ごすというのは、精神的にも
かなりつらかったのであろう。

逆に言えば、死んでいく哀れな姿を、身をもって
我々に教えてくれたような気がする。

話を戻すが、スーパープレゼンテーション講演したキャンディー・チャンは、
身近な人の死で、ある事に気が付いたとのこと。

人の死というモノは、言葉にするのは、タブー視されて入らうが、
死と向き合うこと、死を意識することにより、
人生がくっきりと見えてくる。


時間に限りがある。

その限りある時間を生きていると感じれば、
今の時間がとても大切に思えるのではなかろうか。

その限ら時間の中で、家族や友人たちと過ごす、、、。

その家族や友人たちも、死があり、いつまでも永遠に
私の身の周りに存在するわけではない。

諸行無常、、、。

これも、仏教用語であり、アメリカ人女性の言葉の数々から、
言葉を思い浮かべた。

自分がいずれ死ぬと認識すれば、心の皮下脂肪がかなりそぎ落とせるのでは、、、。

事業を成功させなくてはならない、、、。

みんなからうらやましがれる人生を送らなくてはならない、、、。

どこか、他人の目を気にし、自分を追いやっている人って
多いように思う。

天下人豊臣秀吉の辞世の句

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

と、詠ってたった一人で、旅立っていかれた。

巨大な大阪城、金銀財宝に、たくさんの家臣、
栄華を極めた秀吉でも、晩年はボケて病気になり、
やせ細る体で死んでいく。

さすがの天下人でも、死は免れない。

残された時間を、この身体を、どう使い切るのか、、、。

その残された時間の中で、本当に素になってみて、やりたいこととは、
一体何なのか、、、。

よくよく考えてみる必要があるのでは、、、。

キャンディーが言うように、自分がいずれすべてを残して死ぬんだと認識すれば、
かなり自分の人生が見えてくるのではなかろうか、、、。

人生は有限であり、命には限りがある、、、。

自分が見え、周りが見えてくることにより、
新しい何かが生まれてくるのではなかろうか、、、。





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2017年10月22日

よっしゃ〜!!長野一区、しのはら孝氏当選!!

 最近の政治家にしては、めずらしく気骨のある政治家、
長野一区から無所属で立候補し、見事、当選!!

希望の党からも、公認要請があったが、
それを蹴ってまで、無所属で立候補。

多くの政治家が、なんのために政治家をやっているのか
分からない常態のような気がする。

今、テレビで流れている選挙結果を見ていても、
もし共産党が降りて、希望の党と立憲民主党が一緒になっていたら、
どれだけの候補者が当選したことか、、、。

ただ、アメリカに従属しているだけでは、
けっして日本の未来はない。

日本の政治家も、我々日本人も、
覚悟が問われていると思う。

しのはらさん、おめでとうございます!!


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北海道11区の奇跡!!石川香織さん当選!!

やった、やった!!

北海道11区、なんと陸山会事件の石川知裕氏の妻である
石川香織氏(立民、33)当選!!

よかったね〜!!

とてもうれしい!!

石川さんの陸山会事件をつぶさに見ていて、
実際、こんなこともあるんだと、愕然とした、、、。

これが法治国家日本の実態なのか、、、。

でも、あれだけ叩かれて、周囲から自殺するのではないかとも
言われて、ほんとによく頑張ってこられた。

そんなどん底の石川知裕さんのところに、
お嫁に行かれる女性がいるとは、、、。

ほんと、拝みたくなるような心境であったことを
よく覚えている。

そして、今回の奥様の当選、、、。

人生、悪いときばかりではない。

必ず、石川夫婦に幸せが訪れること間違いない。




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TPPは、決して消えていない、、、。巨大資本家たちは、けっして諦めることはない、、、。そんな中で朗報あり!!

 今は、総選挙真っ盛り、、、。

ふと、昨年秋のアメリカの大統領選挙のことを思い出した。

トランプ、ヒラリーと両候補TPPには、反対と言っていたが
はっきり言って、選挙資金をだれが出しているかを見れば、
その後どうなるか分かる。

ヒラリーがもし大統領になっていれば、
明らかにTPPを推進する方向に変わったであろう。

今さらTPPかよ〜と、思う人もいるだろうが、TPPは決して死んでいない。

また、TPPのルールをベースに、いろいろな外国との条約が
結ばれる可能性がまだまだ十分ある。

TPPって、多くの日本人が、「農業の問題だ」と思っている。

しかし、まったく違う。

農業など、TPP全体から見れば、ほんの一部だ。

それより、医療、保険、金融、特許、法律、行政などなど、
ありとあらゆることにかかわってくる。

はっきり言えば、究極の格差社会の固定であり、
国境を越えた巨大グローバル資本家たちの強烈な
搾取が始まる。

強烈な格差社会であり、我々の主権がなくなるに
等しい。

そして、いまだに、TPPは消えていないということ。

TPPが無くなってもTPPのルールをベースに、各国との条約が
結ばれようとしていること。

それを日本政府が率先してやっているということ。

保守とは、国を守り、伝統文化を守るということだと思ったが、
明らかに、日本を二束三文で、積極的に叩き売ろうとしている。

まったく理解に苦しむ、、、。

そんな中で、先日の中日新聞朝刊に、朗報があったので紹介したい。

NZ,9年ぶり政権交代

連立発表 TPP交渉に影響

【シドニー=共同】
ニュー地ランド議会の総選挙で第三党となり、連立政権成立の
カギを握るポピュリスト政党ニュージーランド・ファースト党の
ピーターズ党首(72)は19日、第二党の野党で中道左派の
労働党と連立を組むと発表した。
 これにより九年ぶりの政権交代が決まり、首相には労働党の
女性党首ジャシンダ・アーダン氏(37)が就任する。同党で
三人目の女性首相となる。
 労働党は環太平洋連携協定(TPP)見直しを主張し、ニュージーランド・
ファースト党もTPPに反対の立場。政権交代で、日本などが
早期発効を目指す交渉に影響する可能性がある。
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2017年10月21日

自分の「死」について、考えてみると、、、。

 先日のブログで、私の終活と余生について書いた。

まだ、50になったばかりの私が、終活なんて、
アホちゃうかと、思うかもしれない。

しかし、人生80年とするならば、すでに三分の二は終わっているのだし、
例えば小学校の一ヵ月と今の一ヵ月では、明らかに
体感時間が違う。

そのように思えば、50代などあっという間、、、。

60代などそれより、加速度がついて過ぎていく。

人生50年と言われた時代が続いたが、そう思えば
今後の30年間など、余生であり、その残された時間を
大事にしながら、目的をもって生きていきたい。

その目的について、誰であろうと死に向かって生きていくことになる。

死への恐怖だけでも大変なのに、老いて体が動かなくなり、
病気になって、多くの親しい人たちと別れ、
一人で死んでいかなくてはならない。

「死」、「老」、「病」、「別れ」、、、。

これら一つだけでも大変なのに、人生の最終盤に、それらが
一気に津波のように自分の身に襲い掛かる。

働き者であったうちの祖母、、、。

最後は、七年間寝たきりとなり、亡くなった。

歩けない現実、、、。

体が動かない、、、、。

そして、おむつをはかされ、ウンコ、おシッコと
共存する生活が続く。

あれだけ、温厚だった祖母が、鬼のような顔をして、
怒鳴り狂う。

それでも、うちの母は、そんな姑を
しっかりと看護した。

よくやったと、私も誇りに思う。

うちの伯父が、80代で梯子から落ち、足の骨を折った。

そして、入院中、ベットのサイドについている枠を
不意に落としてしまった。

その様子を見て、看護婦さんの態度が明らかに変わったという。

しばらく、この人は、ぼけたと思ったのか、
接し方が無表情になったという。

私も、むかしホテルの宴会部で働いていたが、
いくつもの結婚式に立ち会い、最初は感動し、できる限りの
ことをしてあげようと思った。

しかし、それが100回、200回と経験してくると、
日常化し、とにかく早く終わらせたいというような
我々スタッフの都合を優先するように、心が移っていく。

職業病なのかもしれないが、現実そうしないとやっていけない。

何年か前、うちのオヤジが腸の手術で入院した。

その手術がなんと失敗、、、。

切った腸がしっかりとつないでなくて、再手術、、、。

しばらく絶対安静の日々が続いた。

「完全看護なので、家族の方はお帰りになって
けっこうですよ」


と、病院側は言うが、それでも一人の看護婦さんが
何室もの病室を受け持つ。

そしてオヤジかなり認知症もすすんでいるし、絶対安静なので、
看護婦さんが言う完全看護というのは、手足をベットに縛りつけ、
身動きが取れない状態だ。

手術後二日ぐらいはよく寝れたが、その後、どうにも寝れないようだった。

オフクロが介護しようとしたが、オヤジはおふくろには
とても強く当たるので、やらせれない。

そこで、私が四日ほど徹夜して、介護した。

手足を縛られ、夜眠れないオヤジ、、、。

風呂も入っておらず、背中がかゆいらしく、
何度も何度も、大きな声で、縛ってある手足をほどけと
大きな声で怒鳴ってくる。

「真面目にコツコツやってきたのに、何でわしが
こんな目に合わなならんのじゃ〜」

というようなことを、大きな声で夜中叫ぶ。

「オヤジ、もう少しだ。絶対安静だもんで
しょうがない、もう少し我慢してくれ」

というようなことを繰り返すしかない。

実際、四日ほどで、その状態から解放された。

しかし、もしかしたら、認知症で、動き回ってしまったりする
患者さんもいるだろうし、このように手足を何日も
縛るケースがあるのではなかろうか、、、。

病院にしろ、介護施設にしろ、責任問題という現実がある。

あまりにも苦しむオヤジを見て、夜中看護婦さんに
「私が責任を持ちますので、どうか手だけでもほどいてやってください」
と、頼んだ。

私も徹夜四日目である。

こんなことが続けれるわけではない。

死に際して、おいて病気になるというのは、
何らかのこのような辛い現実が待っているということ。

我々の時代は、かなり老人の方が増えるし、
その扱いはどう考えても、雑になるのは、目に見えている。

話は、長くなってしまったが、人生の最終盤に
「老」、「病」、「死」、「別れ」というとても困難なことが、
一気に襲ってくるということ。

その時のための心構えというモノをしっかりと持たなくては
ならないし、それらをどのように自分が受け入れるのか、
よくよく考えなくてはならない。

死について、いろんなイメージがあると思う。

ある人が言っていたが
「死んだら、なんだか軽くなり、上空にある
大きな大きな光の中に溶け込んでいく」

と、、、。

これは、もちろん夢物語だろうが、しかし、
どんなイメージをもつか、そしてそれがもし
それで心が軽くなるのであれば、宗教的な
考えもありがたいように思える。

もし、死んだ後も、強い悲しみや、怒りをいだいていたら、
果たして体は軽くなるのだろうか、、、。

その念に縛られ、昇華することができず、
この世をさまようことになる。

これも夢物語であるが、そのようなイメージをいだくのは、
自由である。

つまり何が言いたいのかというと、死ぬまでに
心を軽くしとけということ。

それは煩悩をなるべく薄めること。

煩悩を薄めるといっても、そう簡単にできることではないので、
日々の日常生活の中で、訓練しておくこと。

そのことが、老後の老いて、病気になって、死んでいく身の上に
老いて、必ず大きな支えになるということ。

自分は、子供もいないし、誰も面倒を見てくれる人がいない。

希望としては、しっかりと両親を見送った後、妻も見送ってから
逝きたい。

特に孤独死でもいいと思う。

どこかで野垂れ死ぬというようなことでもいいと思う。

果たして、家族に囲まれて死んでいくというのは、
けっこういろんなしがらみの中で、亡くなるケースが多い。

病院や介護施設の都合もあるし、どのような死に方にしろ、
やはりかなり不自由で、不安や恐怖が伴うであろう。

それでは、今から、「終活」として、どのようなことをしておいた方が
よいのだろうか?

一言で言うなら、心を軽くする訓練を積むこと。

どのようなことが襲い掛かろうとも、その苦しみの
七割、八割が精神的な苦しみだと、誰かが言っていた。

心を軽くするというのは、自我を薄めること。

自分を忘れること。

その自我について、書くと長くなるので省略させていただくが、
自分という意識が強すぎれば、不安や恐怖で心が占領される。

それよりも、少しでも周りに意識を移すこと。

むしろ、自分のことより、家族のこと、周りのこと、社会のこと
など、そのようなことに意識を移す。

鈴木正三さんが、このようなことを言っていた。

「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」


私も働き盛りの50才なので、いろんなものを抱えながらしばらく生きなくては
ならない。

そんな中で、自我を薄める訓練を積んでおくと、
今後の人生において、必ず大きな財産になるし、
それが最大の終活になることは、間違いないように思う。


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2017年10月19日

私の「終活」、、、。

こないだテレビを見ていたら、タレントの長嶋一茂さんが
こんなことを言っていた

「私はもう残りの人生『余生』だと思ってますよ。
だって、むかしは人生50年だったでしょう。私も
もうすでに50を過ぎているので、後の残りの人生は
余生のようなもんですよ〜」

と、、。

最近のテレビ番組で、一茂さんは、数十億と言われる
父親の財産を放棄しているといっている。

「そういうので、もめたくないので。兄弟姉妹4人いるのですが、
すでに3等分だと言っています」

とのこと。

たしかに、残りの人生を余生と考えるのなら、
そのような遺産で自分自身が縛られることを放棄するというのは、
かなり心のぜい肉を落としているのではなかろうか。

私も一茂さんと同世代の50才だ。

人生の三分の二が終わってしまった。

しかし、本当に「三分の二」なのだろうか??

小学生の時に一ヵ月と、50代での一ヵ月を比べてみれば、
はるかに50代の方が短く感じる。

50代になったばかりとは言え、60になるまでの後10年なんて
あっという間だということは、目に見えている。

そうおもえば、体感時間で言えば、私の人生など
もう80%ぐらい過ぎていることになる。

あまり周りには、言えないが、私はすでに「終活」に入っている。

「終活」といっても、自分の葬式をどうのとか、
財産をどうのとか、そんな話ではなく、
一言で言うなら「死」に対しる心構えの問題だ。

お釈迦様でも、キリスト様でも、誰でも「死」というモノは、
訪れる。

「死」だけでなく、老いが伴い、病気になって、多くの親しい人と別れ、
一人で旅立たなくてはならない。

「死」だけでも、大変なのに、「老」、「病」、「別れ」と、
人生最大の困難が、一度に襲ってくる。

死んだら、どうなるのか?

それだけでも、恐怖であり、不安である。

病気になり、七年間の寝たきりの状態後、旅立ったうちの祖母、、、。

働き者であった祖母が、ある日突然、寝たきりとなり、
おむつの中で、ウンコ、おシッコと共存する生活が、
とても耐えられない様子だった。

あれだけ、穏健であった祖母が、鬼のような顔で、
怒鳴る姿を見て、やはり相当な心構えが必要だと
つくづく思った。

死の恐怖とどう向き合うか?

老いという情けなさをどう受け入れるか?

病気への不安?

親しかった家族や友人と別れなければならない悲しさ、、、。

こういうモノが、人生の最終盤で一気に襲ってくる。

それこそ、その人が人生をどのように過ごしてきたのか、
試されるようなことだと思う。

肉体的な辛さと、精神的な辛さとあるが、
どんなことでも、そのつらさの大半が精神的な辛さだと
誰かが言っていた。

例えば、明日嫌なお客さんに会わなければならないとする。

もう一週間も前から、そのことが頭から離れない。

そのお客さんと会うのは、ほんの1時間ほどだとすれば、
心の負担を抱え込んでいるのは、はるかにそのことに対する不安である。

恐怖、不安、寂しさ、悲しさ、そのような煩悩とどのように向き合うか?

どのように向き合う訓練を積んできたか?

それが、人生の最終盤に試されることになる。

そして、あまりにも強い例えば悲しみだとか、怒りだとかの
煩悩をもって亡くなったとするならば、魂が昇華できずに
その念がこの世をさまようことになるのでは、、、。

そのような「念」がこの世をさまよっているような気がする。

自分をどう忘れるか?

自我をどう薄めるか?

これには日ごろの訓練が必要であり、
日々の生活の中で、いろんなことを経験しながら、
積み上げていくしかない。

いつまでも、つまらない維持やプライドで、
自分を縛りつけるのか?

いつまで、世間の噂話の中だけで、生きようとするのか?

自分の人生の主人公は、自分自身であり、
心のぜい肉を落とせば、かなり視野が広がるような気がする。

人生の最終目標が「死への備え」というとかなり後ろ向きに
思われがちだが、しかし心のぜい肉が落ちてくると、
だんだんと自分を解放することになる。

そうなれば、かなり軽くなり、愉快な人生になるのでは、、、。

ラベル:終活
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2017年10月18日

「ダメな人は、すぐにすごい人と自分を比較したがある」と、、、。この言葉って、的を射ているのでは、、、。

 最近、仕事から家に帰ると、必ず愛犬パンチが
玄関で出迎えてくれる。

玄関から家に入り、所定の場所に、バック、メガネ、
財布、弁当箱など置くため、
家の中をまわるが、その時もパンチがついてくる。

そして、その日常の行事が終わり、振り返るとパンチがいるので
「コラ〜待てぇ〜パンチ」というとパンチが逃げていく.

そこから追っかけっこが始まる。
そして最終的にソファーの上で、パンチがつかまり、
体中をなぜくりまわして、遊んでやる。

そして、食事をした後、パンチとソファーの上で、
横になってテレビを見ている。

本来の犬というモノは、危険と隣り合わせなので、
すぐに行動できるように、うつぶせになって寝るものだが、
うちのパンチは、よくあお向けになって寝ている。

その姿を見ると、なんだかとても幸せな気分になる。

なんか、こんな日常のことであるが、
パンチといるととても幸せだな〜と感じる。

ふと思うが、以前は、私にはこのような幸せを
感じる「力」があっただろうか、とふと思う。

常に何らかの不安をかかえ、それがまた原動力となり、
人一倍、がんばってきたように思う。

しかし、最近、強く思うが幸せを感じれるのも「能力」だと思うし、
多くの人がたとえ恵まれている環境でも、幸福感を味わえていない
ような気がする。

確かに、若いころは不安などを原動力にして、
がむしゃらに頑張り続けることも必要だ。

しかし、いつまでもそのようにしているのもうまく言えないが、
逆にその人の人生をいろいろと阻害する場合があるように思う。

幸せを感じるということは、心にゆとりが持てる。

心にゆとりが持てれば、客観的に自分自身を見つめることができ、
周りがしっかりと見えてくる。

「『ゆとり』なんて、生活にいっぱいいっぱいで、
そんなんもてるのは、セレブぐらいじゃないの〜」
というような声が返ってきそうだが、モノの見方、考え方で
かなり変わってくるのではなかろうか。

「私は、みんなに尊敬されなければいけないんだ」
とか、

「こんな弱くてどうするんだ」
とか、

そのように強く思いすぎれば、自分を責め続けることになり、
恵まれているにも関わらず、狭い檻の中に閉じ込められている
状態になってしまう。

しかし、等身大の自分と向き合うって大事なことだ。

例えば、いつも切羽詰まっているような人に
人は集まるだろうか、、、。

それより、どこか心に余裕があり、人を和ます人にこそ
みんなが集まってくるように思う。

運も違ってくる。

切羽詰まっている人に、その目の前のチャンスが見えやしない。

切羽詰まっている人に、自分というモノが見えていない。

心にどこか余裕がなければ、見栄を張りたがる。

その張り子の虎の自分を自分だと思い込んでいる人って
けっこういるように思うが、そんなんで何かやろうとしても
なかなかうまくいくことは少ないように思う。

本当に強い人というのは、目の前のことを一生懸命やれる人。

小さな努力を積み上げれる人、、、。

そのようなことをある有名な登山家が言っていたが
その通りだと思う。

常に心がてんぱっている人には、自分自身のことなど
分からない。

どこか、心にゆとりがなくてはならないような気がする。

そうすれば客観的に自分が見え、今この一瞬が何をするべきか、
より正確に理解できるのではなかろうか、、、。

斎藤一人さんが
「ダメな人は、すごい人と比べようとする」
と、、、。

今日、このように手が動く、足が動く、息ができ、
食事も喉に通り、トイレで踏ん張ればしっかりと大きな
一本が出る。

多くの人が自身の健康に苦しんでいるし、
いずれはこの身体も病気になって老いていく。

そう思えば、ありがたいよな〜。

うちの両親、義理の両親、確かに体に悪いところはあるが
まだ健在である。

盆正月には、みんな集まり、ワイワイやれる。

これってありがたいことだよな〜。

オヤジの昔の話を聞けば、そのほとんどが
食べものの話、、、。

スーパーに行けば、溢れかえる食糧、、、。

外食ができ、少しお金を払えば、食べ放題も可能だ。

果たして、これって多くの人が飢餓に苦しんでいる中で、
本当に当たり前なのか、、、。

また、時代的に言ってもこれほど飽食の時代はないし、
今目の前に、何か食べものがあるというのは、
ありがたいことではないのだろうか、、、。

不安探しに明け暮れているよりも、
自分の幸せ探しに一生懸命になっている方が、
明らかに見えるものが違ってくる。

安全で、電気、ガス、水道が完備され、電車に高速道路もあり、
これだけ社会インフラが整備された国って、そうそうないように思う。

女性が一人で夜歩ける、自動販売機が壊されずに設置できる。
これも幸せなことだ。

そう思えば、この日本に生まれたことだけで
かなり幸運なような気がする。

常に、幸福探しをした方のが、必ず運も開けてくるような気がしてならない。

上を見ればきりがないし、着実に言えることは、
上へ行けば行くほど、競争が激しくなり、修羅の心を待たなくては
生きていけなくなる。

それでも、そのような世界で生きていかなくてはならない人も
いるだろうが、生存競争に明け暮れ、なぜここにいるのかという
目的意識をしっかりと持っていないと、自分を見失ってしまう。

常に、自分を点検しなおす、それぐらいの余裕を持てるように
なると、さらに人生がより良いモノになるのでは、、、。







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2017年10月14日

「思考力」を鍛えるには、、、。好奇心と自主性について。

先日、うちの会社である試作で、セラミックスのボールを
手作りで作ることになった。

こういうの一番得意なのが、94歳になるうちの会社の会長さん。

会長が言うには、
「わしはそうだな〜、10代のころが一番器用だったかな〜」
と、、、。

会長は、もう少し年の若い小学校の頃か、1メートルもの蒸気船をつくり、
蒸気機関は、どこかから手に入れて乗せ、石炭の変わりに
アルコールで走らせたという。

とにかく、昔は飛行機の設計をしていたらしく、
やたら機械類には詳しい。

そんな会長がポツンと言ったことは、
「やっぱり小さいときに、思考力を鍛えることだな〜」
と、、、。

思考力を鍛えるには、やはりいろんなことをやってみるということだ。

いろんな事と言っても、ただ与えられることだけをこなしていてはだめだ。

一番大事なのは、自主的にやってみること。

小学校の六年生のときに、
理科の授業を、当時教頭のI先生が受け持った。

今では、とても信じられないのだが、
I先生が一番最初の授業のときに、
「それでは教科書を閉じてください。
私の授業では一切教科書を使いません」
と、言われた。

何のことかさっぱり分からなかったが、I先生は
「身の回りのことで、何か疑問に思っていることは
ありませんか??それを一つ一つ解決していきましょう〜」

というようなことをおっしゃった。

いろんな意見が生徒側から出され、それを一つ一つ解決することを
一年間の授業でやることになった。

私もよくつりに行く近所の池のことについて、話した。

「近所の池に、フナぐらいの魚の集団が、いくつもかあり、
その集団の中に必ず一匹だけ、赤い魚がいる。なぜでしょうか?」
と、、、。

そのことも授業でやり、それを見にみんなで調査しに行くことになった。

「それまで、あなたはその池の魚を観察し続けてください」
と言われ、よく見に行った。

その後、I先生に合うたびに
「魚の様子は、どうだ」と、聞かれる。

それも、なんだか励みになり、熱心に魚の観察を続けた。

しかし、観察を続けるにしたがって、
赤い魚がけっして、集団の中に一匹だけではないことが分かった。

あるときは、ひとつの集団に三匹かたまっていたり、
まったくない集団もいる。

つまり、だいたい集団の数ぐらい、赤い魚がいて
それが全体として一匹だけ集団にいるように見えたようだ。

結局、みんなでその池を見に行く前に、問題が解決してしまい、
その行事は中止になった。

I先生は、「よく観察を続けてくれたね〜」とほめてくれた。

教科書を使わない授業と言っても、結局、あとで教科書を除いてみると、
その七割ほどは、魚の解剖など、教科書でやる内容であった。

つまり、上手く先生に乗せられたのかもしれないし、
それでも、なるべく子どもの好奇心を大事に自主性を
引き出すことが、やはり思考力を鍛えることにつながる
ような気がする。

また、小学校の低学年のときの音楽会で、こんなことがあった。

その音楽会は、全校の生徒、先生、そして父兄の前で、
各クラス単位で、発表する。

そして、小学校の低学年なので、どうしてもハーモニカが
上手くふけない子が二、三人いた。

そのふけない子のハーモニカの音が出るところに、
当時の担任の先生がセロハンテープを張り、その子たちの
ハーモニカの音が出ないようにしてしまった。

未だに、なぜ先生があのようなことをしたのだろうか?

みんなでいい成績をとって、達成感を味あわせたかたのか?
それとも、父兄のまで、上手く出来ないことに対して
体裁が悪かったのか、、、。

わたしなら、小学校の低学年であり、下手で当たり前。

そのような子にも思いっきりふかせる。

達成感と言っても、果たして、その子たちの気持ちは、、、。

周りにその様子を見ていた子どもたちは、どのように思うのか、、、。

そのことを考えると、あまりいい感じはしない。

それに、果たして、成功した経験と、悔しかった経験、
もしくは失敗した経験とどちらが後々考えれば、
人生にとっていいのか、、、。

もし、あの時、あの悔しい思いがなければ、、、。

そんなことって、いくらでもある。

大人の体裁のために、子ども型にはめ込むというのは、
思考力を鍛えるという意味で、どうなのかとも思う。

それに、仕事上のことで、会社が潰れるか、どうかのことではない。

たかだかって言ったら失礼かもしれないが、
小学校の音楽会の話しだ。

成功して、みんなで達成感を味わうのもいい経験かもしれないし、
あまり上手くいかなくて、悔しい思いをするのも、
それ以上にいい経験になるのでは、、、。

成功の経験も、失敗の経験も、神様がその人にベストのときに、
必要なモノを与えてくださる。

そんなことをある人が言っていた、、、。

子どもって、私ら大人よりも、はるかに感受性が強いと思う。

小学校のときの関西出身の少年野球の監督さんに、
監督さんの実家に泊めさせてもらい甲子園の高校野球を
身につれてってもらったことがある。

私は小学校六年生で、同級生三人と行ったのだが、
とにかく新幹線に乗るのも初めて、大阪、神戸の都会に
いくのも初めて、農村以外のところで泊まるも初めて、
何から何まで、初めて尽くしで、小学生にとっては
とてもいい刺激になった。

例えば、今の齢になって、初めて大阪に行ったとする。

果たして、感動はあるだろうかといえば、いろんな街を
見た経験があるので、それほど驚かないのでは、、、。

小学生のときに経験したこと、そしてその後、今の自分まで
40年という時間があること、これらをことから
やはり感受性の強いその時期に、そのことを経験したことは、
よいことだったと思う。

私も自分の身の回りの子供たちに、なるべくそのような
ガツーンとくるような経験をさせたいと、機会をうかがっているが、
そのことで何らかの変化を起こすとは限らない。

むしろ、何かいい刺激になることの方がはるかに少ないのかもしれない。

しかし、だめでもともと。

できる限りのチャンスをものにできるようにすればいいような気がする。

私も、いろんな大人にお世話になって今がある。

それに、具体的に言えば、年金制度を通じて
われわれは若い世代にお世話にならなくてはならない。

エネルギーもない、食糧自給率も乏しい日本が、
ある意味マンパワーだけで、ここまでこれた。

周りを見ていると、与えられることに慣れすぎて
しまった人が多いように思う。

もう少し、こんなこんな考えができるのでは、、、。
もう少し、思考力が働ければ、、、。

それには、やはり訓練が必要であろうし、
やはり会長が言うように、なるべく若い頃に
思考力を鍛える必要があるように思う。

posted by hide at 16:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする