2016年02月26日

「ひとりになれない人間は比較地獄に陥る」、、、。深い言葉だね〜。

 宗教学者の山折哲雄氏の著書
「ひとりの達人のススメ
ひとりには、覚悟から生まれる強さがある」


の中にこんなことが書いてあった。

ひとりになれない人間は比較地獄に陥る
          (P.156〜157)


戦後の変化といえば、テレビ文化の波及もそのひとつ。
家庭の娯楽の主役はラジオからテレビへと移り変わり、
映像が巨大な影響力を持つようになりました。
テレビという視覚を重視したメディアです。そして、
現代人は視覚を過剰に重要視し、視覚にふりまわさる
ようになった。
 もちろん、人は基本的に、朝起きてから夜寝るまで、
目を開けています。たえず視覚を使って眼前にある
何ものかを見て、さまざまな判断をしている。
もし、一人が嫌いで、常に誰かと一緒にいるとすると、
どういうことが起きるのか。
 視覚は人間を比較に誘います。この人は(自分よりも)
いい服を着ている、あの人は(自分よりも)容姿が
整っている、、、、。視覚で判断すると、容貌や才能、
環境などの違いが歴然とします。そのことに耐えられない
人が多いはず。人間は平等だ、平等だと教えられてきたにも
かかわらず、現実を見ると、何から何まで違う。だから、
ひとりになれない人間は、結局は「比較地獄」に陥ることになる。
たえず他人と自分を比較せずにはいられない。比較して、
自分が劣っていても、現実はどうすることもできません。
すると、恨みつらみがつのって、「嫉妬地獄」に移行して
きます。さらには、誹謗や中傷、陰口などの井戸端会議で、
自分より優れていると判断した人を引きずり下ろそうとする。
 このような、群れの関係がしばしば陥りがちな「嫉妬地獄」
から身を話すためにも、ひとりの時間は大切だと思うのです。

なるほど、なるほど、、、。

斎藤ひとりさんが、こんなことを言っていた。

「ダメな人は、すごい人と比較して、自分がだめだだめだと思ってしまう。
しかし、例えば私はインターネットができないが、もし自分が
今日、パソコンのスイッチの入れ方を覚えたとすれば、
昨日よりも素敵な自分になったと言える。そのように、自分を
ほめることができれば、素敵な人生になるのでは、、、。」
と、、、。

今の現実に満足している人って、どれほどいるのだろうか。

人間って、もっともっとの動物である。

何かを手に入れても、いずれはそれに満足できず、
さらなるものを求める。

それには、切がない。

それよりも、冷静に自分を見つめること。

たまには、ひとりになって、しっかりと自分と向き合うこと。

逆に言えば、ひとりになれる人間は、そのことが
強みなのかもしれない。

例えば、強制圧力ってどこの集団でもあると思う。

例えば、みんなで寄ってたかって、ある人を
村八分にしようとする。

そんな時に、やはり集団側についていないと、
いずれは自分がやられることになる。

さあ〜、どうするか?

一緒になって、一人の人の陰口をみんなと一緒に、
たたきながら、嫌がらせをし続けるのか?

そのような噂話の世界観の中で、どっぷりつかっていて、
自身の成長はあるのか。

仲間外れにされるのは、誰でも怖い。

しかし、勇気をもって自分の考えで行動すれば、
もしかしたら逆に自由になれるのでは、、、。

もし、その集団に嫌われても、それは世間話、噂話の世界からの
脱却できるのでは、、、。

嫌われるって、逆に言えば、自分を自由にすることでもある。
誰かからの束縛から、勇気をもって離れる、もしくは
そのことに左右されない、いわば自身の自立だ。

みんなと一緒でないと、怖い、と思う人が多いと思う。

しかし、将来的に、自身の考える力をつけることがどれほど
大事なことか、、、。

また、集団に依存し続けること、ただ常に強いものに
はびこるだけでは、はたして未来があるのかどうか、、、。

必ず、立ち行かなくなってくる。

ありのままの自分を受け入れ、自身の価値観で生きた方のが、
より心が軽くなるのでは、、、。
ただ、噂話の世界だけで生きているだけでは、
自身の成長などありえない。

自分が成長すれば、周りが変わる。

周りが変われば、また自分にも何らかの影響を与える。

「比較」って、ただ劣等感の塊になるだけの比較であるならば、
心が貧しくなるばかり、、、。

確かに劣等感というのは、原動力にもなる。

しかし、その原動力をいつまでも、劣等感に頼っていたのでは、
喰っても喰っても喰いらないような感覚になるのではなかろうか。

一人になって、考える力をつける、これって大事なことだと思う。

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2016年02月21日

高浜原発の再稼動、、、。われわれは命をかけてまで、原発に依存しなくてはならないのだろうか、、、。

2016年2月20日、東京新聞の記事によると

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016022001001291.html

世界の風力発電、原発抜く 15年、新設過去最大

世界の風力発電の発電能力が2015年末に14年末比17%増の
4億3242万キロワットに達し、初めて原子力の発電能力を
上回ったことが、業界団体の「世界風力エネルギー会議」
(GWEC、本部ベルギー)などの統計データで20日、
明らかになった。

 15年に新設された風力発電は6301万キロワットと過去最大で、
原発約60基分に相当する。技術革新による発電コストの低下や
信頼性向上を実現し、東京電力福島第1原発事故などで停滞する
原発を一気に追い抜いた形だ。日本は発電能力、新設ともに
20位前後にとどまり、出遅れが鮮明になった。


福島原発の事故以来、いろんなところで、脱原発の議論が
展開されてきた。

当初は、、「技術的に無理」、「コスト的に無理」
という指摘がほとんどであったが、例えば、今から50年前の
ことを思えばどうだろうか。

当時、インターネットってあった?

携帯やスマホがこれほど普及していると思った?

車が道路に氾濫し、家庭には、テレビ、洗濯機、冷蔵庫は
もちろんのこと、あらゆる電化製品で埋め尽くされている。


現在、技術は著しく進歩している。

それに、そのスピードというモノは、人類史上、
かつてないほどだろうし、益々、加速されるであろう。

「電気は溜められない」とは言うが、今後、五年、十年で
劇的に電気を溜められる電池が開発されたとしても、
それほど不思議には思わない。

率直に言えば、「想像力」というモノが欠乏しているのでは、、、。

それに、人類史を振り返れば、エネルギーが変われば、
社会に大変換がもたらされることも想像ができる。

経済だって、今は、もうすでに飽和状態、、、。

省エネカー、省エネ、電化製品、蓄電池、自然エネルギーの発電所
などなど、全く化石燃料に頼って作られた社会が、変わるのとにより、
大きな需要が生まれる。

その自然エネルギーを地産池消でもしれば、
今よりはるかに健全な社会になるであろう。

社会が大きく変われば、思想だって、哲学だって、
教育だって大きな影響を与える可能性がある。

それだけ、脱原発、それに続く脱化石燃料というのは、
我々を社会を大きく変える可能性がある。


CIMG6618.JPG

これは、琵琶湖とその周辺の写真である。

このように、琵琶湖の辺りは、いわば盆地のような地形であり、
取り囲まれている山々がその水源である。

そして、その琵琶湖の唯一の水の出口というのは、最南端の瀬田川を得て、
淀川水系の水源となり、京阪神1450万人の大事な水瓶となる。

琵琶湖の水が水道水として普及する様子を、年代を追ってみてみると↙

まずは明治28年


CIMG6606.JPG



上が琵琶湖、そして下に大阪湾。
水色に光っているの部分が、琵琶湖の水を利用した水道の普及箇所。

明治28年段階では、大阪の中心部の一部だった。

そして昭和10年の段階では↙


CIMG6607.JPG


大阪市内でさらに広がり、京都市街でも琵琶湖の水を水道水として、
利用し始めている。


昭和30年になると↙


CIMG6608.JPG


大阪市内ほぼ全域、京都市内でもさらに拡がり、兵庫県東部にも及んび、
琵琶湖最南部の大津でも、使用し始めている。


そして、昭和50年


CIMG6609.JPG


さらに、現在


CIMG6610.JPG


琵琶湖周辺を含めたほぼ京阪神全域に及び、
1450万人もの人が、琵琶湖の水に依存して生活している。

水道の普及と共に、これだけ多くの人が、琵琶湖の水に依存する
生活となってしまった。

そして、琵琶湖の北側、西側、ほんの数十キロの距離にの若狭、敦賀湾には、
日本一原発が密集する「原発銀座」が存在する。

若狭湾・敦賀湾と琵琶湖の間には、それほど高い山々もない。

そして、若狭湾・敦賀湾というのは、大陸から琵琶湖方面に
吹き付ける強風の入り口である。

間もなく、高浜原発が再稼動されることになる。

もし、この原発銀座で事故が起きれば、間違いなく、
琵琶湖及び、琵琶湖周辺の山々に放射性物質が降り注ぐことになる。

福島に降り注いだ放射性物質というのは、
いずれ海に洗い流される。

若狭で原発事故がおき、大量の放射物質の行き先というのは、
琵琶湖ということになる。

それも、周辺の山々に降り注いだ放射性物質が、
すべて琵琶湖に集められる地形となっている。

その琵琶湖に水源を依存している京阪神1450万にの人々、、、。

水道水が、汚染されれば、健康に害があるのかないのか、、、。

京阪神地区の大事な水源が、死の海になれば、
京阪神地区の経済は、どうなるのか、、、。
社会はどうなるのか、、、、。

それほどのリスクを背負ってまで、あの場所で
原発を動かさなくてはならないのか、、、。

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2016年02月17日

「アドラーの心理学」、面白いね〜!!

私は、特に「学びたい」という気持ちが強い方である。

歴史、科学、宗教、自然、生態などなど興味があることは、
多い方だが、その中でもその最上位にあるのが、「心のあり方」だ。

「心のあり方」一つで、「学ぶ」という意味での吸収力というものが、
かなり変わってくると思う。

例えば、誰であれ、自分を大きく見せたい。

しかし、その大きく見せることで、もしかしたら、
自分をがんじがらめに縛ることになるのでは、、、。

たとえば、自分の知らないことがあるとする。

日ごろから、自分は何でも知っているりのような顔をしていれば
いざという時に「それって、どういうこと。教えて」と、
素直に言いづらくなる。

必要以上に、背伸びしない。私が特に気を付けていること。

そのように、感情をコントロールするのも、
常日頃から、心をしっかりと整える癖を
つけた方が大事。

私は、もう20数年、毎日日記をつけている。

日記というのは、自分との対話だと思う。

自分の感情、心のあり方など、よくよく整理する。

なんで、そんなに悩むのか?
何で、そんなに怒るのか?
その感情の根源は、何なのか?

自分自身の心の動向をしっかりと観察することによって、
人としての心をあり方をある意味学んでいるのかもしれない。

「日記を25年もつけている」なんて、自分で言うのも何だが、
なかなかやれることではない。

では、なぜ続けられたのかというと、やはり自分自身にある
「劣等感」だ。

私は、若いころ、けっこうな問題児だった。

自分の感情を上手く抑えることができる、いろんな問題を引き起こしてきた。

特に、怒りだ。

そんな中で、「何でみんなそんなに平然といられるんだ」
「なんで、みんなそんなに怒らないんだ」、
なんだか、自分がみんなと違う、自分だけ異常なのではないのか、
そんなような劣等感が強かった。

さらにこのまま、社会で自分が生きていけるのか、
また何らかの問題を起こしてしまうのではなかろうか、
そんな不安を強く抱いた20代前半の頃だった。

そこから、「変わろう」と決意した。

そして、この20数年、一番の相棒が日記だったのかもしれない。

今日は、アドラーの心理学のことを書こうと思う。

アドラーって聞いても、ほとんどの人が分からないのでは
なかろうか。

日本では、フロイトなどが、とても有名だが、
最近とても注目を集めているという。

現在、NHKのEテレで、100分で名著という番組で
アドラーの心理学をやっている。

「心理学の自家中毒」という言葉を聞いたことはないだろうか。

心理学って、結構人気があり、多くの人が興味を持ち、
中にはカウンセラーを目指す人も、けっこういる。

しかし、正直なところ、知識に振り回されている人も
多いように思う。

私も、むかし、心理学を学んでいる人の会合に何度か出たことがある。


その会合には、会社での人間関係でトラブり、
数年間、心理学を学び続けている人、、、。

子供とうまくコミニケーションが取れず、不登校の子供を抱えている
40代のお母さん、、、。

彼らは、確かに知識は豊富であった。

しかし、勇気が足りないのではなかろうか。

現場に出る勇気、そして人との軋轢を恐れず、
立ち向かう勇気、、、。

そこからしか、本当の人に役立つような心理学というのは、
なかなか身についていかない。

例えば、心理学を長年学んだ人と、まったく無学であるが、
経験豊富なじ〜さん、ば〜さんと、もし自身の悩みを相談したとき、
もしかしたら、じじ、ばばの方が、よいアドバイスが
できるのではなかろうか。

毎日、思いっきり生きることで、いろんな壁にぶち当たる。

壁にぶつかれば、苦悩するであろう。

その苦悩を乗り越えるていく。
人生って、何度も何度も、その繰り返し。

悩み苦しんだ経験が多いほど、喉から手が出るほど、
何らかの真理を求めるようになる。

「必要は習得の母である」と誰かが言っていたが、
必要な時に、その必要なモノが一番吸収されやすい。

そのような体験で、身につけたモノというのは、
心の中で、結晶化し、いつまでも覚えているもの。

よく、テレビやラジオで心理学者がいろんなアドバイスを
しているが、もっとシンプルな表現でいいのではないか、
もっと、本人に飲み込みやすく、するべきではなかろうか、
というような感情を捨てきれない。

私も、心理学に関しては、読み漁ったことはあるが、
実際、ここ数年、遠ざかっていたところがある。

話を、アドラーの心理学に戻すが、
最近、NHKのEテレでアドラーの心理学をやっている。

しかし、このアドラーの心理学というのは、
とても実践的だ。

とても大事なのは「勇気」だ。

心を動かすのは、「劣等感」だ。

人間として生きる以上、「その劣等感」は
常に持ち続けるもの。

劣等感って、誰でも持っている。

アドラーが身体能力が非常に要求されるサーカスの人々の
調査をやったとき、そのほとんどの人が、小さいときに
「身体的劣等感」を持っていたという。

それを何とか、感服するために、体を鍛えて、
サーカスができるようになったらしい。

「劣等感」というのは、心に大きか負荷を与える。

その反面、このままではいけない、というような危機感から、
何かを始める原動力にもなりえる。

「劣等感」とうまく付き合うこと、
そのようなことを番組の中で語っていた。

そのアドラー心理学の100分で名著も、4回の構成で、
まだ、一回目と二回目しか見ていないので、
全体のことは分からないが、見る価値があるような気がする。

今日、三回目がやるのではないかな〜。
夜遅いので、多分、寝ているだろうが、
しっかり録画しておこうと思う。

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2016年02月11日

「上手な死に方」について、、、。

「上手な死に方」なんていう題で、ブログを書いたりすれば、
「こいつ死ぬつもりなのか」と、思われるかもしれないが、
全く逆である。

まだまだ、やりたいことも学びたいこともいくらでもある。

「生者必滅」と言われるように、生きている者は、
死なないものはいない。

むしろ、必ず自分が死ぬということをしっかりと認識していれば、
残された時間、残された人生をより大事にするようになると思う。

生死についてなら、宗教学者の山折哲雄さんか、
あの「バカの壁」の解剖学者、養老孟司さんの本なんかが、
参考になる。

「山折哲雄」さんの本を、図書館で検索していたら、
「いのちの対話 死に方上手」という本があったので
借りてきた。

複数の人の対話を載せている本であるが、なかなか
参考になることもあったので、紹介しようと思う。

上智大学名誉教授、アフファンス・デーケンさんが、
ユーモア精神たっぷりに次のようなことをおっしゃるという

「ミナサーン、イイデスカ。キョウハ厚生労働省で調べテキタ、
大変貴重ナデータガアリマス。ミナサン、メモノ用意ハ
イイデスカ?大権貴重ナデータデス。人間ノ死亡率ハ
100%デス」(笑)

と、、、。

ケガレの思想がある日本人にとって、
「死」というモノは、縁起でもないことと、
潜在的に思う人がほとんどではなかろうか。

「死」をタブー視しすぎると、やがて死んでいく身のうえである
以上、残してきた者たちにいろんなことを語り残すことが
出来ないのかもしれない。

また家族が「死」を迎えようとしているときに、
ただやみくもに猛烈会社のように「がんばれ、がんばれ」
を繰り返すだけでは、ますますその本人に対して、
「孤独感」を感じさせるのではなかろうか。

自分の身内にも、もし元気なうちに
「どのように死にたいか」ということを、
語り合えていたら、死に対する苦痛というモノが、
かなり軽減されるのではなかろうか。

「死」とは、年老いて、病気になり、多くの親しかった
人たちとの別れがともなう。

「死」、「老」、「病」、「死」どれをとっても、
現在家族に囲まれ、健康で体が動く、私達にとって
大変なことが一機にその時期に、自分の身に
のしかかることになる。

多くの人を患者さんを看取った諏訪中央病院名誉院長の
鎌田寛さんは、こんなことをおっしゃっている。

「もちろん今でも患者さんを助けることが
僕ら医師の最大の仕事です。でも、結局人間は歳をとるし、
150年も200年も生きられません。だとすれば、
最後の時は自分はこういうふうにしてほしいなとか、
あるいは自分のたいせつな父や母にはこうしてあげたいな
とかということを、ご飯を食べながらでも語り合えると
いいですね・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おれは徹底的に病気と闘いたいからね」と家族に
言っておけば、最新設備を使ってがんばる最高の
医療を受ければいいのではないか。でも
「あんまり闘いたくないな」という考えを持った
年老いたお父さんやお母さんは、家族が守って
あげてもいいんじゃないかなという気がします。」
と、、、。

そして、鎌田さんの義父の死に方について
紹介されていた

「僕の女房の父親が肝臓ガンになったときに、
「おれは歳だから病気が見つかっても手術は
もういいよ。でも生きたいから」と、手術せずに、
肝動脈の人工的塞栓術(肝動脈の一部を塞ぎ、
がん細胞に栄養が行かないようにする治療法)を
しながら3年半過ごしました。そして最後に
「もういいよ」と言って、その処置を止め、亡くなり
ました。新しく建てたアパートを長男に譲るのに
税金がかからなくなる時期まで頑張ってくてた
ということが、あとでわかりました。父の、
子への優しさでした。その時間が過ぎてから、
「もうあんまり無理な治療はしなくていいよ」と、
父はぼくに言いました。病気が重くても、ゴルフが
好きでゴルフをやったり、娘を連れて温泉に行ったり、
絵が好きだったから美術館を歩いたりして、最後は
家族みんなを集めて歌を歌いたいといって、
病院の一室でみんなで歌を歌い、お風呂に入れて
と言って、僕の女房が背中を流してあげて、
そして昏睡状態に入ってなくなった。すごい
「死に方上手」だなと思います。全部自分で
選んでいるんですよね。」

と、、、。

なぜ、そのように上手に死ねるのか、

私もいづれ死んでいく身、死についてしっかりと
した知識、認識、死生観などが必要ではなかろうか。

嵐山光三郎氏が「死ぬための教養」という本を
出しているとのこと。

図書館で調べてみようと思う。
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2016年02月10日

「TPP」は、行き過ぎた資本主義と共に必ず消滅する!!

今は、文明の大転換期、、、。

大まかに言えば、狩猟採集から農耕へ、
農耕から産業革命へと、大きく文明が変わることにより、
社会も大きな変化をもたらした。

そして、その産業革命からの流れも、今終わろうとしている。

今は、大きな大きな地球規模で時代が変わろうとしている。

そのように、大きく文明が変わるときというのは、
一度、古い方の勢力に、大きく振れ、その反動で
新しい時代へと流れが変わる。

安政の大獄後の明治維新というのも、そのようなモノなのかもしれない。

2016年2月4日、ニュージーランドで、TPP参加12か国が
署名式を執り行われたと聞く。

しかし、忘れてならないのは、あと時間が2年残されているということ。

これだけ、世界がものすごいスピードで動く中、
「これから2年後のアメリカとは、、、」
とはと想像すると、決して輝かしい栄光を勝ち取った過去のモノとは、
かなりかけ離れているであろう。

あれほど、格差が広がれば、見せかけの経済というものが、
どれほどもろいものか、、、。

戦争にも勝てない、、、。

謀略でも失敗続き、、、。

その自己中心的な行動に、世界の多くの人が、
アメリカから心が離れてしまった。

アメリカといえば、資本主義の代名詞、、、。

果たして、資本主義、そこからさらに尖鋭化した市場原理主義、
マネー資本主義、これらが果たして今後繁栄できるのか?

話は変わるが、二カ月ほど前に、
「NHKスペシャル新・映像の世紀
第2集 グレートファミリー 新たな支配者 」
が、これがとても面白かった。

アメリカが、なぜ急成長できたのか?

その一つの大きな要因は、石油である。

アメリカを作った男といわれるジョン・ロック・フェラー。

19世紀の半ばに、アメリカで大量の石油が見つかり、
時代は、石炭から石油に大きく転換するときであった。

ロック・フェラーは、その採掘された石油を、科学者を使って、
精製する技術を確立し、自らの会社をスタンダード石油と
名乗った。

アメリカの石油を90%を独占し、世界はロックフェラーの石油なしでは、
動くことができなかったほどだ。

そんなロック・フェラーを、自社の労働運動に対する対応に憤りを感じた
ヘレン・ケラーは
[ミスターロック・フェラーは、資本主義の化け物」
と、批判した。

また、ロック・フェラーが臨終を迎えるときに、
フォードに対して、
「さらば、友よ。天国で会おう」
と、語りかけたら、
フォードが
「あなたが、天国に行けたらね〜」
と、返答したらしい。

確かに、競争相手を徹底的に叩き潰す、その手法に対し、
冷酷さを感じられたようだ。

そして、批判にさらされる彼は、次のようなことを語ったとさ入れる

「非難がどれほど激しかろうと、我々が全世界に伝道を行ったのだ。
これは間違いない事実だ。富を築く才能は、神からの贈り物だと思う。
こうした能力を最大限に伸ばし、人類の幸福の為に役立てようと
神が与えてくださったのだ」

と、、、。

「World peace through trade」

これがロック・フェラー家に伝わる信念のようだ。

人を豊かにすることで、平和をもたらす。

その跡を継ぐロック・フェラー・ジュニアは、
莫大な富を利用してロックフェラー財団の活動に全力を尽くした。

それが資本主義伝道の手段にも、なっていた。

労働環境を整え、生産性を上げる、現地を所得を向上させ、
市場を広げる。世界に資本主義を浸透させる、遠大な計画であった。

大規模な慈善活動を行って、自社のイメージアップをはかる、
ロックフェラーは世界で一番金を使うのが上手い、と言われた。

確かに、市場が拡大すれば、そこまで、多くのモノを運ばなくては
ならないし、大地を切り開くためにも、莫大な石油という燃料がいる。

資本主義の発展と、石油の需要というのは、
密接な関係がある。

資本主義の浸透というのは、自社の発展であり、
さらにそれが世界に平和をもたらすと、信じていたのかもしれない。

そこには、彼らの心の中に、神がいたと思う。

二百数十年前のアメリカの建国の理念とは
「人間には、幸福を追求する権利が、神から与えられている」
というモノであった。

当時、宗教的な束縛、階級的な束縛から離れ、
多くの人がアメリカ大陸に渡った。

その理念とは、宗教的に制限されていた経済活動を
より自由に、そしてより豊かに人間は暮らしていいんだと
神が保証していると、解釈された。

アメリカとは、科学の最先端を走ってきたが、
同時に巨大な宗教国でもある。

石油により、アメリカを作った男とされる
ロック・フェラーも、新しい宗教的解釈をパックボーンに
した厳格なクリスチャンだったと、想像できる。

しかし、今のアメリカを牛耳っているほんの1%にも、満たない人というのは、
心の中に神があるのだろうか?
何か見えないものに対して、畏敬の念というモノが、存在するのだろか?

大成功をおさめ、ナチスやソ連にも打ち勝ち、どこか傲慢に
なっていったのではなかろうか。

ただ、お金の操作だけでの経済など、
そんなもん、持つはずがない。

昔の成功例にとらわれ、謀略・戦争を繰り返せば、
行き詰るばかりだ。

傲慢になればなるほど、周りが見えない。

どの時代の政権でも、結局はその崩壊の原因とは、
その内部にある要因の方が大きいように思う。

イギリスの産業革命とは、「自然との決別だった」
と、ある人が語っていた。

馬や尽力など、現在存在するエネルギーから、
はるか昔に、数億年単位で地下に貯め込まれた、
化石燃料を人類のエネルギーとしたところから、
だんだんと自然に対する畏敬の念というモノがなくなってきた。

ただでさえ、一神教の世界観というのは、
何もない砂漠の宗教言われ、人間中心の考え方である。

そして、イギリスの産業革命、その後のアメリカの大成功、
人間は何でもできる、何でもしていいんだ、というような考えに
変わってきたように思う。

しかし、これだけ多くの人口を抱える人類が、何でもしていいんだ、
なんていつまでもやっていては、地球などいくつあっても足りやしない。

「宗教無き科学は欠陥であり、科学無き宗教は盲目である」
アインシュタインの言葉であるが、

何か見えないものに対する畏敬の念を失ったモノが、
行き着く先というのは、おのずと見えてくるモノ。

傲慢こそ、自身の最大の敵であるのに、
そのことに気づこうとしない。

尖鋭化した資本主義は、必ず終わる。

この二年で、TPPもTPIPも必ず、ひっくり返る。

運にも、神にもみはなされたアメリカを牛耳っている
ほんのわずかな1%の人々、、、。

そして、多くの人の潜在意識が変わったときに、
世界は大きく動く、、、。

それが歴史の法則というものでは、、、。

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2016年02月04日

納棺夫日記の中で見つけた正岡子規の言葉!「悟るとは、平気で生きること」、、、。

 映画「おくりびと」の原作本とされる
納棺夫日記の中で出てくる、正岡子規の言葉を紹介したい。

その言葉は、子規が亡くなる二日前、
病魔にもがき苦しむ中でのモノらしい。

「悟りというのは、いかなる場合にも平気で死ぬることかと
思っていたのは間違いで、悟りということは
いかなる場合にも平気で生きていることであった」
と、、、。

深い、言葉だね〜。

たしか、禅宗の偉いお坊さんが、死ぬ間際、
お弟子さんが、今の心境を尋ねたところ
「死にたくない、死にたいくい」
と、なげかれたとのこと。

お弟子さんは、素晴らしい悟りの境地について、
聞けるのだと思ったが、なんだか拍子抜けしたという。

まあ〜、それが禅宗なりの禅問答だったのかもしれない。

死に対して、恐怖というモノは、どんな修行を積もうとも、
つきまとうモノ。

それよりも、今を平気で生きなさい、

その延長上に、死があるようなというようなメッセージの
ような気がする。

周りを見ていると、いつまでたっても、過去にあった出来事で
悩み続けている人がいる、
怒り続けている人がいる、
悲しみ続けている人がいる。

今、その悩み、あなたに必要?
今、その怒り、あなたに必要?
今、その悲しみが、あなたに何をもたらすの?

それらのことにこだわり続けると、
損をするのはあなた自身ですよ。

そんなこと、無理やりでも放り投げてちゃいな〜、
そして目の前のことに全力で取り組んでみたら。

悩みは、あなたの体をしばりつける。
怒りやは、あなたの視界を極端に狭める。
悲しみ、見栄やチンケなプライドなど、あなたの成長を止めてしまう。

世の中の見方、人の見方など、自分のモノサシ一つで
どれほど変わることか。

深い悩み、怒り、悲しみを抱えて、あなたが死を迎えるとする。

そのまま死ねば、確実にこの世での執着にがんじがらめに縛られ、
昇華できず、その執着を引きづりながら、あなたの魂は、
この世をさまようことになる。

まあ、それが本当か嘘かわからないが、
通常、死というのは、老、病、別れも伴い
自身の人生において、津波や台風、大地震が一気に
来るようなもの。

体がまったく動かず、いくつもの管を体につけられ、
何日も何日も、病院のベットの上で、あなたは耐えられますか?

そして、家族や友人との別れ、
何で私だけ、みんなを残して、お別れしなくてはならないのか、
その無情さにあなたは耐えられますか?

思いっきり生きて、しっかりと心を整える習慣をつけておかないと、
その人生最大の難局に耐えれることはできやしない。

そういう意味でも、正岡子規がいう「悟るとは平気で生きること」
理にかなっているのではなかろうか。


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2016年02月03日

霊峰富士の魅力!「草木国土悉皆成仏」、、、。

先日、静岡県に行ってきた。


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これが、美保の松原から見た富士、、、。


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静岡市内からも、街のバックに、これほど大きく、
美しく見える。


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そして、これが日本平から見た富士だ。

富士をバックに、このように石に
「草木国土悉皆成仏」と書かれている。

いいね〜。

このような美しい山を見ていると、
その山の頂上に、「極楽浄土があるのでは、、、」
昔の人は、あこがれたのではなかろうか。

それが、山岳信仰が生まれた一つの要因なのかも
しれない。

しかし、この美しい富士山も穏やかな表情ばかりではない。

数百年に一度は、真っ黒い煙を吐いて、噴火する。

周り一面を暗闇の中に引きずり込み、それが長く続けば
農作物にも被害を与える。

科学的な知識もない昔の人は、富士山が「怒った」と
感じるのではなかろうか。

なぜ、富士山が怒ったのか、もしかしたら、あの木を勝手に切り倒したから、、、。
あの動物をいじめたから、、、。
あの恨みを持って死んでいった人の祟りでは、、、。

いろんなことを考えたのであろう。

では、その恨みや怒りを鎮めるために昔の人々は、
山、川、海、動物、また人間まで神として祀る。


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このような穏やかな海から、突然大きな壁のような津波が
押し寄せてくる。

昔の人は、「海が怒った」、と感じるのでは、、、。


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このような川も、日本ではいたるところで氾濫する。

昔の人は、「川が怒った」と感じるのでは、、、。


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突然、大地が揺れ、多くの家屋が崩壊し、いたるところで火の海、、、。

昔の人は、「大地が怒った」と、感じるのでは、、、。

我々日本人は、そんな環境で、自然と共に暮らしてきた。

その自然が恐怖だけではない。

昨年のNHKスペシャルで、縄文時代の三内丸山遺跡についてやっていた。

「自然を破壊することなく、これだけ長く文明を維持した例は、
奇跡である」
と、専門家が言っていた。

世界では、栄えては衰退した文明などいくらでもある。

その中で、三内丸山遺跡というのは、異例ともいえるそうだ。

それを、可能にしたのが、日本の豊かな自然である。

住居の周りに、栗を植え、海の幸、山の幸、その季節により、
バラエティーに富んだ豊富な食糧が存在した日本の豊かな自然、、、。

他の文明は、大地を切り開いて、農耕を進め、燃料として
森林を伐採しつくす。

それにより、土が荒れ、森林がなくなり、消滅してしまう。

農耕にしろ、日本は稲作だ。

日本の国土の七割が森林。
そして、残りの平野に、梅雨の時期などには、水が
溢れかえる。

その平野を水田に造りかえて、集団で協力しながら、
大地にしがみつくように生きてきた。
村を形成して生きてきた。

溢れかえる水を治め、その水で水田をして
生きてきた。

そして、何年も連作できる稲作。

日本にとって、稲作は、日本に適した農業であり、
持続可能なモノであった。

天災がしょっちゅう起きるおっかない自然環境であるが、
それと同時に多くの幸をもたらしてくれた。

そんな自然に対して、愛着と畏敬の念をもち、
草にも、木にも、大地にも、動物にも、
仏性があり、仏になれるというのが、日本の思想だ。

そして、ミラクルピースと呼ばれた徳川三百年に、
内向きではあるが、平和の思想を確立された。

豊かな自然が縄文文明、稲作、
そして300年というミラクルピース、このあたりが
日本人の思想に大きな影響を与えた。

今、その日本人的な思想がとても、
世界に必要とされているように
強く感じる。

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2016年02月02日

「死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で一人ぼっちで死と対峙するようにセットされている」、納棺夫日記を読んで、、、。

年末の大掃除のご褒美として、何年か前に読んだ
「納棺夫日記」という本を見つけた。

これは、映画「おくりびと」の原作本で、
その主演の本木雅弘さんがこの本を読んで、深く感銘を
受けて、映画化になったと聞く。

それだけ、非常に深い本だ。

その中のある部分を紹介したい。

最近とみに、ぶよぶよとした死体が多くなってきた。
ナイロンの袋に水を入れたような、青白いぶよぶよ死体である。
 私が初めて湯灌・納棺の仕事を始めた昭和40年の初期には、
まだ自宅死亡が5割以上もあって、山麓の農家などへ行くと、
枯れ枝のような死体によく出会った。肌色も柿の木の枯れ枝の
ように黒ずんでいた。
 そんな遺骸が、暗い奥の仏壇の間に、くの字となって
横たわっていた。
 寝棺に納めるのが大変であった。腰が海老のように曲がった
ままのため、棺窓から顔が見えるように納めるには、腰を
伸ばさないと上向きに寝かせられないのである。膝が出っ張るか
頭が出っ張るかで蓋が閉まらない。
 子供の頃から何十年も、田畑にへばりつくように生きてきた
証である。農村の老人のほとんどが腰を曲げて歩いていた時代、
やはり座棺の方が適していたように思われる。特に丸いお風呂桶型の
棺などは最適であったはずだ。
 そんな農村での老人の死体は、遺骸という言葉がぴったりで、
なんとなく蝉の抜け殻のような乾いたイメージがあった。
 しかし、わが国経済の高度成長とともに、枯れ枝のような死体は
見られなくなっていった。
 今日、事故死や自殺以外は、ほとんど病院死亡である。昔は
口から食べ物が取れない状態になったら、枯れ枝のようにやせ細って
ゆくしかなかったが、今では点滴で栄養が補給されるため、以前の
ように極端にやせ細った状態にならない。
 どう見ても、生木を裂いたような不自然なイメージがつきまとう。
晩秋に枯れ葉が散るような、そんな自然な感じを与えないのである。
 それどころか今日の医療機関は、死について考えさえ与えない。
 周りを取り巻いているのは、生命維持装置であり、延命思想の
医師団であり、生に執着する親族たちである。
 死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で一人ぼっちで
死と対峙するようにセットされる。しかし、結局は死について
思うことも、誰かにアドバイスを受けることもなく、死を
迎えることとなる。
 誰かに相談しよと思っても、返ってくる言葉は
「がんぱって」の繰り返しである。親族が来て「がんぱって」と言い、
その間に看護婦が時々覗いては「がんぱって」となる。
 癌の末期患者に関するシンポジウムかなにかだったと思うが、
国立がんせんたーのH教授が発言した言葉だけを覚えている。
 ある末期患者が「がんぱって」といわれる度に苦痛の表情を
しているのに気づき、傷み止めの注射をした後、
「私も後から旅立ちますから」と言ったら、その患者は
初めてにっこり笑って、その後顔相まで変わったという話であった。
 こんな先生は減多にいないわけで、集中治療室などへ入れられれば、
面会も許されないから「がんばって」もないが、無数のゴム管や
コードで機器や計器につながれ、死を受け入れて光の世界に彷徨しようと
すると、ナースセンターの監視計器にすぐに感知され、バタバタと走って
きた看護婦や医師によって注射をうたれたり、頬をぱたぱた叩かれたり
するのである。
 折角楽しく見ていたテレビの画面をチャンネルを無断で変えられるような
ものである。<生命を救う>という絶対的な大義名分に支えられた<生>の
思想が、現代医学を我がもの顔ではびこらせ、過去に人間が最も大切に
していたものを、その死の瞬間においてさえ奪い去ってゆこうとする。
 美しい死に方どころでないのである。
     (納棺夫日記 P62〜65)


「死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で
一人ぼっちで死と対峙するようにセットされる」


「誰かにアドバイスを受けることもなく、死を
迎えることとなる」


「朝から晩まで、猛烈会社の営業部のように
「がんばって」と繰り返される」


なかなか、考えさせられる文章である。

解剖学者の養老孟司がこんなことを言っていた
「現代生活の中で、『死』を生活空間から排除している」
というようなことを言っていた。

たしかに、家で死ぬ人はいなくなった。

人はみんな老いて、病気になり、死んでいく。

それが、なんだか身近でなくなってしまった。

だから、多くの人が「死」ぬということ、老いるということの
イメージが湧きづらくなってきているのでは、、、。

十数年前、うちのおばあさんもそうだが、
家で七年間寝たい切り状態の後、
家でなくなっていった。

それを見ていて、やはり何か私の中で、影響を受けている。

うちのおふくろの兄弟姉妹も、8人中、4人が子供の頃
亡くなった。

うちのおじいさんの兄弟もそうだ。

昔は、死というモノがもっと身近にあったように思う。
それが家の中にあった。

そんな環境の中で、育てば、やはり「死」というモノに
向き合いやすくなる。

うちのおじいさんもおばあさんも、死ぬ前からい
黒縁の額に入った葬式用の写真を自分で用意していた。

写真だけではなく、白装束もだ。

「いずれ自分が死んでいく」ということをしっかりと自覚して
いたと思う。

病院で死ぬということ、はたして本当に幸せなのだろうか。

おじいさんも亡くなる週間ほど前、入院し、その後病院で
亡くなっていった。

亡くなる数時間前、意識がなく、亡くなろうとすると、
心臓マッサージのようなものをかけて、生き返らせる。

そして、おじいさんも意識がないのにわずかな声であるが
「痛い、痛い」と、言っていた。

もっとひっそりと死にたい、
もっと自由に死にたい、

もしかしたら、多くの末期患者の人などは、そう思っているのでは
なかろうか。

もしかしたら、孤独死の方がいいのでは、、、
と思う時もある。

死ぬ直前になって、みんなに「がんばって、がんばって」
と、大合唱され、苦しい中、これでやっと死ねる、と思っても、ブザーが鳴って、
看護婦さんやお医者さんがかつけて、延命のための処理をされる。

そうなれば、苦しい中、やっと死ねる、と思っても、
生きながらえなくてはならない。

人の「死」というモノは、いろんなしがらみがあると思う。

看護婦さんやお医者さんも、そりゃ〜大変な職業だ。

夜中でも、懐中電灯一つ持って、各病室をまわる看護婦さん。
手術にしても、診察にしても、一つ間違えれば、
大変なことになってしまうお医者さん。

しかし、死を直面した人が、本当に望むことというのは、
いささか違うのかもしれない。

病院側にも、立場がある。

親族、家族にもそれぞれ立場がある。

そのそれぞれのしがらみの中でしばられながら、
一人の人が死んでいく。

もっと静かに死にたい、もっと自由に死にたい、
もっと、心豊かに死にたい、
もしかしたら、そんな風に思っている人が
多いのではなかろうか。

それと、死、老、病、別れ、これらのことが、
人生の最終盤でいっぺんに来ることになる。

その不安というのは、計り知れない。

そんな中で、孤独に死んでいくことになる。

「がんばって、がんばって」といわれても、
誰もこの不安と苦しみを分かってくれていない、
と感じるのでは、、、。

死に直面して、表面的なことなど、どうでもよい、
当たり障りのない励ましの言葉など、どうでもよい、
それよりも、私の現実を分かってもらい、
その上で、残り少ない時間の中で、
何かを伝えたい、と思うのではなかろうか。

あるお坊さんが、
「身内の人が死んでいくというのは、いずれあなたにも
死が訪れるんだよ、ということを、分からせるために、
身をもっておしえているんです」
というようなことを言っていた。

生きるとは、死ぬとは、どういうことなのか。

「やがて死ぬ」ということも、しっかりと理解しないと、
そのようなことは、語れない。

タイの小乗仏教では、お坊さんの修行の過程で、
水死や餓死など、いろんな死にざまを写真で、
見せるという。

「生きる」ということの対極にある「死」を
しっかりと認識してこそ、限られた命、
限られた時間ということが理解でいる。

私も「死」まで、あと30年、思いっきり人生を
使い切ろうと思う。

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