2017年03月02日

入社20周年に思うこと。

昨日で、今の会社に勤めて勤続20年となる。

会社の入り口に、いつものように足を踏み入れる瞬間、
20年前はどんな気分だったのだろうか、とふと思った。

不安もあったが、それ以上に、かなり気負っていたような気がする。

振り返れば、人一倍、いろんな体験をさせてもらい、
自分で言うのも何だが、人一倍よく学んできたと思う。

それまでは、ホテルマンから、まったく畑違いのセラミックスの会社への入社。

それも、うちの社長の講演を聞いて、押しかけてきた
薄紫色のスーツを着た元ホテルマンの青年、、、。

会社もよく私のようなどこの馬の骨かわからないような男を、
いれてくれたものだと、大変ありがたく思う。

私にとっては人生の大転換であり、飛び込み入社、そして一年後に結婚と
それらの理由から、かなり私を気負わせた。

とにかく、いろんなことを体験しよう、いろんなことを学ぼうという
気持ちが強かった。

入社以来、ひたすら突っ走ってきたが、まったく畑違いの仕事なので、
自分の知識不足を痛感する。

仕事にのめり込めばのめり込むほど、科学的な知識が
喉から手が出るようにほしくなる。

そして、入社三年目から、放送大学に入り、そこで科学を徹底的に
学ぶことにした。

もちろん、仕事をしながらなので、かなりハードであったが、
何とか5年で卒業することができた。

会社としても、突然、飛び込んで入ってきたと思ったら、
大学にも行き始め、かなり生意気なこといい、協調性のない若者に、
かなり手を焼いていただろうと思う。

また、いろんな体験から、周りの人から、とても多くのことを学んだ。

特に、今93歳になられるうちの会長さん、、、。

かなり個性的な人であるが、その生きざまというモノも、
すごい味を感じる。

いろんなことを学び、いろんなことを体験し、20年がたった。

あと数カ月で50歳になるが、いい感じで50を迎えれるのではないかと思う。

まだまだ気力もあり、体力もあり、それなりの知識、知恵も身についてきた。

ある人が言っていたが、
「よく学び、よく体験すること、それらが自身の血となり骨となる」
と、、、。」

日々、その場その場で逃げるのか、立ち向かうのか、
その積み重ねで、大きく人生変わってくると思う。

立ち向かうということは、自身を追い込むことであり、
それだけ身につくことも多いように思う。

その自身で身につけたモノをどう使うか、

それは世間様に還元すること。

私がここまでこれたのも、いろんな人からいろんなことを教わってきたからだ。

だから、次の世代になるべく伝えるていきたい。

知識なんて、一人で抱えていては腐ってしまう。

それより、いいと思ったことは、周りに惜しみなく伝える、
それは知識でも知恵でもそうだ。

知識や知恵なんて、一人だけのものではない。

例えば、目の前に納豆があるとする。

この納豆を最初に食べた人は、ものすごい勇気だと思う。

多分、ありとやらゆる、このような見た目に、腐っているようなものに
いろんな人が食べれるかどうかと、トライしてきたのであろう。

そんな人類の歴史の中で、それを食べて亡くなった人もたくさんいるはずだ。

そんな中で、「納豆が食べれる」ということが、
人類の共通する知識の中で、固定されていく。

つまり、それは我々人類のの財産である。

そんな多くの犠牲や、多くの血のにじむような努力によって、
培われた知識や知恵を土台にして、今の私は生きている。

そう思えば、今自分が、習ったこと、次の時代に伝えていかなくては
いけない。

一番、働き盛りの50代に間もなく突入する。

どのように生きるのか?

どのように、より自由に幸せに生きれるのだろうか?

それよりも、自我を溶かし、自分を溶かす、
そんな生き方の方が、しあわせになれるのではなかろうか。

自分の身を溶かし、一歩踏み込んで、周りに尽くす。

それには、かなりの忍耐が必要であり、
自身の煩悩との戦いになる。

簡単なことではない。

しかし、それを積み重ねることにより、
より強い信頼関係ができるのではなかろうか。

これからは、明らかに共生の時代となる。

今までの価値観では、何もかもが上手くいかなくなってくるであろう。

地縁、血縁、社縁が崩壊し、無縁社会に突き進む中、
時代とは逆行するであろうが、周りに尽くし、
周りとの信頼関係を築くことがどれほど大事なことか。

欲望と恐怖は紙一重、、、。

本当の自身を縛るものとは、何んなのか?

すべてがつながっている。


posted by hide at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする