2008年09月25日

私の宗教観(2)

 歴史と宗教は、
非常に関係が深い。

それが、私が宗教好きな
もう一つの大きな理由である。

外国へ行けば、
宗教史イコール、
その国の歴史、
そのものである。

日本の場合は、
若干、いろんな宗教が
重なりあっているので、
分かりづらいが、
それでも、よくよく注意してみると、
よく分かる。

その辺りが、とても
分かりやすく書いてあるのが、
井沢元彦氏の著書である。

逆説の日本史シリーズ」は、
もちろんのこと、
宗教をテーマにした著書も
数多い。

最初に、「逆説の日本史を」読んだときは、
鳥肌がたった。

特に、
逆説の日本史10 戦国覇王編
これは、すごいexclamation×2

これを、読んで
滋賀県の安土にある、「信長の館
に、是非とも行ってもらいたいexclamation

信長の最大のライバル、
一向宗との戦いexclamation


比叡山焼き討ちに代表される
信長の政教分離政策exclamation



安土城の意味exclamation

などなど、信長の宗教との
向き合い方が、特に多く書いてある。

井沢さんが、よく言う
宗教を軽視すると歴史は見えないexclamation

その通りだと思う。

歴史とは、
人間の営みそのものであり、
その時代の人々が、
いろんな事に影響されて
いたと思う。

宗教は、もちろんのこと、
その国の風土、その時代の技術水準、
天災、外国との関係など、
色々な要素を結集したのが、
歴史そのモノである。

宗教学や民族学の観点から、
歴史をみれば、
まったく違った形に見えたりする。

歴史学の専門家であるほど、
視野が狭くなってしまい、
全体像が見えづらい可能性もある。

もちろん、井沢さんの説が
間違っているのかもしれないexclamation&question

それは、それでいいと思う。
歴史なんて、タイムマシーンがある
わけではないので、
だれの説が正しいとは、
言い切れない。

しかし、物事をいろんな角度から、
見てみるというのは、
非常に大事である。

また、日常の生活、仕事の中でも、
そのような習慣を身につけて
おけば、人間の幅が広がるの
かもしれなし、
幅広い歴史観により、
その人の人間としての
深みが出てくのかもしれない。

これだけ変化が激しく、
多様性の世の中になってきた以上、
専門家といわれる人の事を、
疑ってみるぐらいが、
丁度いいのかもしれない。








posted by hide at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 私の宗教観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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