2011年04月04日

義捐金は新党日本田中康夫へ!(2)

 新党日本田中康夫さんの
ブログの記事をいくつか紹介します。

http://www.nippon-dream.com/?p=2896
http://www.nippon-dream.com/?page_id=3133
http://www.nippon-dream.com/?page_id=3151
http://www.nippon-dream.com/?page_id=3168

「東日本大震災」に対する新党日本の認識と行動に関して
りそな銀行
衆議院支店 普通 0037676
シントウニッポン シンサイフッコウシエンキンコウザ ダイヒョウ タナカヤスオ
ゆうちょ銀行
支店番号 019 当座 0623453
シントウニッポン シンサイフッコウシエンキンコウザ
(↑他行からの振込の場合)
00130-2-623453
シントウニッポン シンサイフッコウシエンキンコウザ
(↑ゆうちょ銀行からの振込の場合)
(新党日本 震災復興支援金口座)
※これまでご案内しておりました口座番号につきまして、
ゆうちょ銀行以外の金融機関からゆうちょ銀行の当口座へ
お振込みをなさる場合のご案内に不備がありました
。他行からゆうちょ銀行へお振込みいただく場合は、
上記の「(↑他行からの振込の場合)」にございます番号宛に
お振込みいただきますようお願いいたします。
ご迷惑をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。
新党日本では、皆様からの震災復興支援金を受け付けております。
阪神・淡路大震災、中越地震での行動と経験を踏まえて、
被災者に対する支援活動に活用させて頂きます
。震災復興支援金の使途等の詳細は後刻、HP上で報告致します。
皆様からの御提言も受け付けています。

メール tanaka@nippon-dream.com
ツイッター @loveyassy http://twitter.com/loveyassy
<新党日本と田中康夫からのお知らせ> ENGLISH>>>

「東日本大震災」に対する新党日本の認識と行動に関して             
 
      田中康夫

人工股関節全置換術の手術を3月2日(水)に
受けた私 田中康夫は、当初の予定を早めて昨日17日(木)、
県立尼崎病院を退院しました。
「東北地方太平洋沖地震」発生直後から、
新党日本代表の私は、国民新党の下地幹郎幹事長と
緊密な連携を取り、様々な具体的内容を、
政府・民主党に対し、提言してきました。
震災発生から1週間が経過し、
19日(土)〜21日(月)に掛けて、
我々自身も具体的な行動を起こします
。大型トラックをチャーターし、飲食料、防寒具、
医薬品を始めとする物資を、
仙台へと先ずは運搬します。

地域=コモンズに根差した支援活動を宮城、
岩手両県下で行う、郵政関係者に物資を託した後、
残りの物資を新党日本ヘッドオフィス、
下地幹郎事務所のスタッフと共に搬送し、
福島県南相馬市、及び相馬市へと入ります。

取り分け、福島第1原子力発電所から30km圏内の
南相馬市は、この1週間、「汚染地域」扱いされ、
国や県からの物資搬入も行われず、孤立無援の

”棄民”状態に留め置かれています。

TVに電話出演して窮状を訴える
(即ち、マスメディアも二次災害を恐れて立ち入らない)
、桜井勝延市長は、知事時代からの畏友です。

往時、市会議員だった桜井氏は、白物家電からパソコン
、電気機械に至る大手総合電機メーカーが、
広域暴力団と繋がる企業を暗躍させ、
画策していた巨大産業廃棄物処理場の建設に、
文字通り体を張って抵抗した気骨の持ち主です。
その彼の哲学と覚悟に共鳴し、
今回、水没した仙台空港から列車を乗り継いで、
知事時代に私も、1人で講演に出掛けた間柄です。

都内のオフィス街で昼休みにキッチンカーで、
エスニック風味の温かい手作り弁当を
販売しているアジアンランチの山口健司氏も、以前から私が愛食し、
「東京ペログリ日記」でも度々、言及していた縁で、
スタッフと共に一緒に出掛け、
南相馬市で4000食、提供して下さる予定です。

http://www.asianlunch.co.jp

写真と共にHP上で、又、随時、
ツイッターで現地からも報告をお送りします。
引き続き、皆様からの御提言も受け付けています。
メール若しくはツイッターでお寄せ下さい。
3月18日(金)19時  田中康夫
田中康夫メール
tanaka@nippon-dream.com
田中康夫ツイッター
@loveyassy
http://twitter.com/loveyassy

屋内退避を命じられたまま物資が入らず、
“棄民”状態の福島県南相馬市で炊き出し

                 田中康夫

「東北関東大震災」の瞬間、
僕は人工股関節全置換術で県立尼崎病院に入院中。
病室のTVを点けると程なく、津波が名取川を“逆流”し、
田畑や家屋、車両を呑み込む、
ヘリコプターからの映像が映し出されました。

「阪神・淡路大震災」発生4日後に大阪で
買い求めた50ccバイクに跨り、
後部座席に括り付けたプラスティック箱と
リュックサックに物資を詰め込み、避難所やテント村を
巡回した16年前の“御用聞き”が走馬灯の如く蘇ります。
即座に退院が叶わぬ自分の体調を恨みました。

災害対策基本法に基づき、指定公共機関の
NHKラジオ第2を県域別のライフライン放送に特化せよ。
低空飛行の自衛隊ヘリコプターから、
被災地の集落毎に飲料、食料、毛布、簡易ラジオ、
充電済み携帯電話等を梱包した物資袋を投下せよ。
万が一、その地点に生存者が居なくとも無駄遣いに非ず。
等々、官邸へ具体的提言を行うも実行されません。

退院を早めた僕は19日深夜、24頁の特集でも記述の如く、
与党統一会派を組む国民新党の下地幹郎幹事長と共に、
“棄民”状態に留め置かれた南相馬市へ仙台経由で入ります。
1歳年下の桜井勝延市長は、違法な産業廃棄物最終処分場計画に、
一市民として敢然と闘った往時からの知己です。
市の一部が30km圏内の南相馬市に対し、
枝野幸男官房長官は屋内退避を命ずる一方、
物資食糧は自己調達せよ、
と矛盾に充ちた宣告を行います。
而して、東京電力関連の原発交付金を今まで1円も
貰っていない南相馬市には、東電から誰も訪れず、
電話1本掛かってこないのです。

謂わば戦時中の“硫黄島”状態。
アジアンランチの畏友・山口健司氏と連携し、
21日午後、炊き出し2000食を敢行しました。
大手町や表参道でお馴染みの赤いランチカーを
旧相馬女子高等学校に設営された避難所の昇降口に横付け。
都合6種類の料理から2品を選択頂き、
ヴェトナムの米麺フォーが入った丼に盛り付けます。
長蛇の行列にも拘らず、愚痴も零さず待って下さり、
10日振りに温かい食事を摂ったのです。
甘味ダレ味付け豚肉香煮台湾風ルーローファン。
ヒヨコ豆と野菜のチリオイル炒めインド風チャナチリ。
野菜の辛味チキン炒めタイ風パットキーマオ。
カリフラワーと牛筋煮込みトルコ風カルヌバハルムサッカ。
ホーリーバジル鶏挽き肉と揚げウズラ玉子のインド風カレー。
シナモンとクローブが効いた豚肉炒め。
杖を突いて、メニュー説明係を務めながら、
品書きを数回に分けて携帯電話からツイートすると、
延々と料理を記すなんて失望した、
と首都圏在住者と思しき人物が書き込みました。
う〜む。人間は被災地に於いても、お仕着せの支援ではなく、
自分で料理を選び、味わい、喜びを分かち合う
瞬間が必要なのだ。と僕は考えるのです。


★ヴェトナム米麺フォーと、ホーリーバジル鶏挽き肉と揚げウズラ玉子のインド風カレー、カリフラワーと牛筋煮込みトルコ風カルヌバハルムサッカ。アジアンランチ被災地炊き出特製丼 0円
★共に畏友の桜井勝延市長、山口健司代表と。エスニックな料理を提供するアジアンランチは、山口健司・由香夫妻が運営。都内各地の駐車場や空き地でランチカーが、惣菜6種から3品選んで御飯が盛られたランチボックス(650円)、アジア式に3品のぶっかけごはん(600円)を供する。トムヤムスープもセットで100円。保存料を一切用いず、川崎の厨房から直送。登録すると毎日11時にメニューが携帯メールに。先ずはHPを。
★アジアンランチ
ホームページ http://www.asianlunch.co.jp/
Twitter http://twitter.com/asianlunch/


大震災の克服を目指して
新党日本代表 田中康夫が被曝被災地に突入

                  田中康夫

阪神・淡路大震災ではボランティアとして活動、
長野県知事時代は中越地震で新潟県と連携して支援を行った
田中康夫・新党日本代表が、仙台を経由して
福島第一原発30キロ圏内の南相馬市に入った。

放射能を恐れ、物流もマスコミも入らない・・・・・・。
南相馬市の支援活動を緊急ルポ!

東北地方太平洋沖地震の発生から一週間後の
3月20日、津波被害もあった福島県南相馬市に
行ってきました。

10tトラック3台に食糧と防寒着、ドライシャンプーなどを積み、
東京でエスニックテイストの弁当販売を行っている人と
5種類のカレーを2000食分持って行って炊き出しをしました。

南相馬市は、福島第一原発から30キロ圏内に
市の一部分が入っています。国は屋内退避を指示しながら
食べ物や医薬品など何も届けていない。
被曝を恐れて、物資輸送のトラックも入ってこない。
国が「屋内にいろ」と言っておきながら
「自分で調達しろ」という硫黄島状態。無理な話です。

<マスコミも物流も入らない“棄民”状態>
知人である櫻井勝延市長に再会すると、
東北電力管内で電気は通じるのでテレビは見られる。
そこで「屋内退避」と言われているのを知ったそうです。
県からも国からも1週間連絡なし。
今の政府には指揮系統すらない。
南相馬市は東電関連の原発交付金を1円も受けていません。
が、東電はこの状況でも一本の電話すらしてこない上から目線です。
マスメディアは地元の『福島民報』の記者だけで、
NHKは真っ先に駐在記者の退避命令を出しました。
まさに“棄民”状態です。

会派を組む国民新党の亀井静香代表と共に、
既に地震直後に菅直人首相に4つの提案をしました。
まず、災害対策本部に日本共産党を含む全党から参画させること。

次に、自衛隊の陸海空の三隊を機動的に動かすために
統合幕僚長を現地に常駐させること。

大規模仮設住宅を造るための手配を進めること。
阪神・淡路大震災と異なり、被災者の大半が職場を失っているので、
国、自治体や経団連傘下の企業や連合などに
各10人の緊急雇用を求めること。

さらに、被災地域のNHKラジオ第2は、
ライフラインや避難所、医療機関等の情報提供に24時間徹するべしと提言。
しかし、どれも官邸は実行していません。

こうしたマクロな部分のロジスティクスは国がやるべき。
その上でそれぞれの避難所で必要な対応は何か、
という話になるのです。

必要な巨額予算は、利子も国庫納付金となる
震災復興国債を日銀直接引受で100兆円発行すると共に、
遺産相続時に非課税となる代わりに利子が
つかない無利子非課税国債も発行すべき。なのに増税を言い出す始末。

負のスパイラルで更に国難に陥りますよ。
東電は南相馬市への謝罪も説明も行わず、
「原発がなければ電気は足りなくなりますよ」と
“説教強盗”のような「無」計画停電を首都圏で続けてますが、
複数の巨大原発を一ヶ所に並列して、
一基が事故になれば横にも危機が及ぶのは当然。
今回の事故で、効率的と思われていた原発が、
事故のリスクとコストを考えれば最も効率が悪いと判明した。
エネルギーは地域分散型であるべき。
リスク対策として当然のことです。

日本の太陽光技術は世界屈指だったのに国策として支援せず、
諸外国に追い抜かれてしまった。この震災を教訓として、
太陽光や地熱発電に力を入れていくべき。
そこに雇用も生まれます。地域が活性化すれば農業や漁業も再興する
。だが、高さ20mの巨大堤防を造るのは意味がない。
新しい街を阿武隈高原や那須高原に造る、
新しい発想でのまちづくりが必要です。

<ボランティアは恋愛と一緒。喜ばれてナンボ>
エスニック味の炊き出しの話をツイッターしたら
「贅沢だ」と批判する人がいました。
でも、化粧をしたり歯磨きをしたり、風呂がなければ
ドライシャンプーをしたり、それは贅沢ではなく、
普段の暮らしを取り戻すことで、
前を向けるようになってくるのです。
ストレス解消のために避難所で適度に
酒を飲むのだって許されるべきと思いますよ。

ボランティアとは、再び相手が一緒に立ち上がって
いけるように行うもの。
誰でも、出来ることを出来る場所でやればいい。
お金を出すことも知恵を出すことも、
体を動かすことも、そこに優劣の差などない。
避難所に泊まると邪魔なら、
お金を払って旅館に泊まるのだって悪くない。
支援の人の運転手をすることや、寝たきりのお年寄りを
数日あずかるのだっていいんですよ。もう一つ、
「別け隔てなく」完璧な支援をしようなんて考えちゃいけない。
今、目の前にいる人の手助けをする。
で、次に何をすべきか分かってくる。

自分は何もしないのに、「売名だ」「偽善だ」と
批判する人が出てきます。
でも、ボランティアする人は心の何処かで、
褒められたくて、喜ばれたくてやるんだ。
100%の純粋性なんてない。恋愛と同じで、
相手に喜ばれてナンボです。

お金を出すのもいいと思います。誰かにお金を託すことで、
自分がやるよりも何倍もの効果を発揮することもある。
寄付をするとき、赤十字やメディアなどに募金する人が
多いけど、それらは共同募金の分配委員会に入って、
具体的な配分が決まるのは半年近くもかかる。
で、確か中越地震でも最後に10億円近く残った。
それで箱モノを造るわけにもいかず、議論になった。
だったら、具体的活動をしている、自分が信頼できる集団に
託したほうが確実に活きる。
自分の渡したお金や物がどう使われている
かが分かる方が、支援のしがいもあるでしょ。
時として怪しいNPOの義捐金詐欺に騙されるかも知れない。
少し突き放すようだけど、それも自己責任。
物を買うのと同じで、自分に目利きの力があるかどうかです。
そうしたことも含めて前向きに考えないと。
自信がない人は新聞社や赤十字などに募金をすればいい。
でも「何かをしたい」という気持ちが少しでもある人は、
もう一歩踏み出す勇気を持てると嬉しいですね。(談)

〜田中康夫〜
たなか・やすお‘56年生まれ。衆議院議員、新党日本代表、作家。
’00年より長野県知事を2期務める。
’09年8月の衆議院選挙で兵庫8区から立候補し当選

写真キャプション
●下地議員、南相馬市長との3ショット
先ずは現地に入り、手助けし、話を聞く。
すると、次に行うべき支援も見えてくる。
下地幹郎代議士と桜井勝延南相馬市長と。
●ドライシャンプーを配る
1週間も風呂に入れぬ避難所で資生堂のドライシャンプ
ーを手渡す。こうした潤いこそ、被災者への思いやり。
●支援物資
水、防寒着、下着、漫画本と時々刻々、支援物資は変化。
●アジアンランチ
山口健司氏率いるアジアンランチとのコラボでフォーに
カレー味料理2品の炊き出し。10日振りに温かい食事!
●水没した被災地
家族と住居、職場すら失った今回は阪神・淡路大震災と異なる。
大胆な復興計画が不可避。
●郵便局の看板
津波に呑み込まれた仙台市若林区の荒浜郵便局跡地。
●相馬市環境放射能測定地
饒舌なれど官僚言葉に終始し、原発の実態を語
らぬ枝野幸男官房長官。被災者は疑心暗鬼だ。


「国民生活第一」が聞いてあきれる“平成の棄民”               
     田中康夫衆院議員寄稿 「東日本大震災記」

3月20日、南相馬市役所で再会した桜井勝延市長は語りました。
「東京電力から、誰も訪れて来ません。
電話一本、有りません」と。

南相馬市は、東京電力福島第1原子力発電所が
位置する大熊町や双葉町と異なり、
東電関係の原発交付金=原子力発電施設等立地地域特別交付金を
1円も受け取っていません。“飴”とは無縁の自治体なのです。

が、市内の一部が30km圏内に掛かり、
市全域の住民は「屋内退避」を政府から求められます。
実測値の放射線量は、原子力安全・保安院や東京電力スタッフが
「避難」した福島市の約3分の1にも拘らず。

「屋内退避を続けよ。但し、食料・物資は自己調達せよ」
と矛盾に充ちた“鞭”を打たれ、運送会社も“被爆”を怖れ、
何も届かぬ“平成の棄民”状態に留め置かれたのです。
地震発生2週間後の25日に至って、枝野幸男官房長官は「命令」
「勧告」ならぬ自主避難「要請」会見を行います。

「国民の生活が第一。」とは対極な、
「避難指示を出せば住民の移動に多額の費用が掛かる。
自主避難なら少しでもコストダウン出来る」
発言を政府関係者から引き出した「共同通信」は、
「首相も官房長官も安全な場所で学芸会の様に騒いでいるだけ」と
被災者の慨嘆を同日付で配信しました。

直感力・洞察力、決断力・行動力を兼ね備え、
潔き出処進退の覚悟も有する指導者の下、
手続に拘泥する民主主義でなく、成果を編み出す民主主義を、
我らが日本に根付かせねば!

東北地方太平洋沖地震発生の3月11日に時計の針を戻します。
骨盤と脚骨の間の軟骨が摩耗し、
左足を引き摺っていた僕は次年度当初予算が
衆議院通過後の2日、金属製人工股関節を填め込む手術を受け、
選挙区の尼崎市で入院中でした。

兵庫県立尼崎病院の建物も長時間揺れ続けます。
病室で点けたTVには程なく、津波が名取川を
“逆流”し、田畑や家屋、車両を呑み込む
ヘリコプターからの映像が映し出されます。
若しや、阪神・淡路大震災を遙かに上回る大災害ではないか。
胸騒ぎを覚え、即座に退院が叶わぬ自分の体調を恨みました。

新党日本が与党統一会派を組む国民新党の下地幹郎幹事長と連絡を取り、
2点を官邸に提言しました。
災害対策基本法に基づき、
NHKラジオ第2は福島・宮城・岩手・青森の県域毎に
ライフラインの情報に徹せよ。NHKが関東広域放送の茨城では、
ラジオ単営の茨城放送に人員・経費を投入すべきと。 

TVは被災地以外の視聴者向けに情緒的「報道」を繰り広げ勝ち。
他方、神戸が本社のラジオ関西は地域密着型情報提供を続け、
信頼を得ました。地震発生4日後に大阪で50ccバイクを買い求め、
後部座席のプラスチック箱とリュックサックに物資を詰め込み、
半年余り、避難所やテント村、仮設住宅を“御用聞き”
として回った16年前、38歳の記憶が蘇ります。

併せて、飲料・食料、毛布、防寒着、手動式充電ラジオ、
充電済み携帯電話等を梱包した物資袋を、
低空飛行の自衛隊ヘリコプターから集落毎に投下を。
有効な初動対応の筈です。

が、実行されませんでした。法律で禁止されている、
義務付けられている、と平時には国民に強いる行政機関は、
一旦緩急の際には、前例がない、と躊躇するのです。
前例がない事態たればこそ、民主主義を護る為に踏み出す
消防隊や自衛隊の気概とは対極です。

2日後の13日、亀井静香代表が菅直人首相に4項目を提言しました。
日本共産党も含めた全党3役クラスが震災対策本部に
参画し、機動的決断を。救援に当たる陸海空自衛隊3隊の
陣頭指揮を統合幕僚長が現地で。

仮設住宅と用地を10万戸単位で確保せよ。
国、自治体に加えて経団連傘下企業も1社10名の緊急雇用を。

家族も住居も職場も喪失した今回、最後の提言こそ肝要です。
経済同友会や連合も各社、単組で応じ、首相と財界、
労組の指導者が合同会見に臨み、嘗ては世界屈指だった
太陽光関連の事業所を被災地で展開すると発表したなら、
国民に勇気と希望を与えます。

なのに、1つとして実行されず。切歯扼腕し、
医師の許可を得て退院を早め、杖を片手に19日深夜、
トレーラーとワゴン車にスタッフと分乗。東京から先ずは
仙台へと向かいます。沖縄1区選出の下地氏の下へ、
ミネラルウォーターや黒糖飴を満載のコンテナが、
災害に毎年直面する沖縄の方々からフェリーで到着します。
僕も資生堂の池田守男相談役に頼み、
1週間以上も風呂に入れぬ被災者の為にドライシャンプーを調達。

営業所2ヶ所が水没し、トラック70台が流された
仙台市若林区の大衡運送で、複数の2トン車に積み替えます。
足立盛二郎副社長の陣頭指揮下、被災地の
日本郵政グループ事業所が地域集落で
展開する被災者支援の物資を補給すべく。

津波で壊滅状態の同区荒浜地区を通過し、
民間金融機関はATMも含めて全てシャッターを降ろす中、
窓口業務を唯一続ける相馬郵便局に到着したのは
20日14時過ぎ。自ら志願下さった大衡運送の青年が
運転するトラックは、津波の痕跡も生々しい
国道6号線を更に南下します。

冒頭の述懐を桜井市長から聞いたのは夕刻でした。
翌21日昼、普段は大手町や表参道の街角で
エスニック味の無添加弁当を販売するアジアンランチと連携し、
炊き出し2000食を旧相馬女子高の避難所で敢行。
都合6種類の料理から2品を選択頂き、
ヴェトナムの米麺フォーが入った丼に盛り付けます。
10日振りの温かい食事。被災地に於いても、
お仕着せの支援でなく、自分で料理を選び、
味わい、喜びを分かち合ってこそ、活力を得るのです。

巨大電機メーカーが暴力団系組織を暗躍させ、
建設を企てた産業廃棄物最終処分場計画に一市民として敢然と闘い、
昨年1月、市長に就任の桜井氏とは10年来の知己。
その彼が「屋内退避」指示を知ったのは東京発のTVを通じてでした。
政府と県から「連絡」が有ったのは地震発生6日後。
僕がメールで伝えた官邸直通電話に“直訴”し、
松本龍防災担当大臣が19日に短時間訪れます。

が、同行のマスメディアは皆無。公共放送のNHKも
逸早く南相馬駐在記者を「避難」させ、取材は地元紙の記者のみでした。
全国紙が現地入りして報ずるのは24日付紙面からです。

その24日に「各党・政府震災対策合同会議」で質しました。
福島第1原発の内部を日本政府の要請を受けて
24時間態勢で米空軍の無人偵察機「グローバルホーク」が
上空から撮影した、「車のナンバーが読み取れる程に鮮明」な映像を、
米軍は公開も認めた上で日本側に提供と19日付「毎日新聞」
が報じたにも拘らず、分析結果すら国民に報告しないのは何故、と。

翌日の回答は、
「機密保持の観点から解像度を下げて公開する事も検討」でした。
「情報公開」を掲げて実現した政権交代が泣きます。

東京電力の「説明責任」も、“木で鼻を括る”醜状です。2
002年、炉心部ひび割れを隠蔽した歴代トップ4名が総退陣後、
東電社長に就任し、経団連副会長をも務めた
勝俣恒久氏は電力事業連合会会長だった
06、07両年、柏崎刈羽、福島第二で連続発生の
重大事故を公表せず、データ改竄をも黙認しました。

今回の炉心溶融、無計画停電の遠因を生み出した人物です。
なのに、取締役会長に留まる彼は黙して語らず。
直撃取材のマスメディアも寡聞にして知りません。
地震発生時、“側近”が毎年企画する中国「視察」旅行に
複数のマスメディアの編集幹部が勝俣氏と参加していた
“負い目”でしょうか? 或いは、取材現場さえも東電の
「接待」攻勢に“感電”したのでしょうか?

原発群に隣接の福島3区選出の玄葉光一郎国家戦略担当大臣は25日、
「今、大切なのは東京電力への批判でなく、決死の作業員を
日本国民全員で激励し後押しする事だ」
と奇妙な“一億総懺悔”論を会見で展開しました。

太平洋戦争時も今回も、最前線の人々は純粋で一生懸命。
が、その真心と責任とは別物。
“ノーブレス・オブリージュ”の欠片すらない政官業の
指導者では、日本再興は夢物語です。  

とまれ、出来る事を出来る人が出来る場で出来る限り。
その哲学を抱き、行動し、発言し、行動する。微力ながら、
今週末も被災地に入る僕の覚悟です。
posted by hide at 22:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 「国難」東日本大地震 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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「竹原信一救国内閣 即日組閣法」

菅総理いよいよ蜘蛛の糸に縋るしかない。

国会を開き冒頭地位協定破棄動議を首相自ら行い可決を見届けて内閣総辞職および自らの議員辞職を宣言する。

国会前に自分の代わりに首相をなる者を選んでおく。まず自分の選挙区の比例代表候補と議席の交換を行い自分が比例候補となる。つぎに竹原信一氏に民主党入党を頼み比例候補第一位に据えておく。内閣総辞職と同時に菅首相自ら議員辞職を表明し国会傍聴席に呼んでおいた竹原信一氏をその場で自分の代わりの比例代表衆議院議員に指名し議員バッジを手渡し議席を譲ったのち粛々として国会を退場する。初登壇した竹原信一新衆院議員は引き続き行われる首相指名選挙でただちに衆議院議員資格で首相に立候補する。
他の国会議員はひとりも立候補できないであろうから、無投票で竹原信一新首相が誕生する。

実に劇的な菅総理君子豹変電撃禅譲である。

「どん底を知る者と知らぬ者」

孫正義氏も竹原信一氏もどん底を知る人たちだと思う。
明治以来最高の国民首相田中角栄氏もどん底を知る人であった。

「竹原救国内閣に孫正義氏の入閣を。」

この原発カタストロフィーを乗り越えるために必要な人材として孫正義氏は首相候補ですらある。二人とも救国内閣に必要不可欠な閣僚だと思う。竹原氏の政治手法と孫正義氏の財政センスにはともにそれぞれの経験から学び身に着けた信念の志操堅固さが感じられる。同じ内閣で力を合わせてほしい。

いまは戦後米軍の手先となった官僚組織霞ヶ関の一挙解体も必要な政治経済一体となった最大の国難であるから、竹原信一氏の総理大臣就任こそが原発カタストロフィーからの救国には最良の処方箋となる。

菅首相にとっては、君子豹変する最後の唯一のチャンスがこの蜘蛛の糸である。ただちに比例転出して竹原氏を比例名簿第一位に登録し、竹原氏を招いて国会を開き冒頭で地位協定破棄決議を可決し、即座に内閣総辞職と自らの議員辞職を表明して竹原氏へ議員バッジを手渡して霞ヶ関解体を託し、自らは国政から永久引退せよ。

さすれば菅首相も失政の責任を償って余りある、国家最大の危機管理リーダーシップを発揮したことになるであろう。
Posted by 通りがけ at 2011年04月06日 07:31
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