実家に帰っている。
そして今夜もフリーダム
さっそく、夕食を食べに
近所の喫茶店に行った。
なじみの喫茶店で、
飯を食べるだけで、
けっこう長いさせてくれる。
そして、私の大好きな漫画
「沈黙の艦隊」を読みふけった。
そして、最終章のあたり。
原子力潜水艦で、
ソ連やアメリカと戦って
勝ち続け、最後に国連で
海江田艦長が演説するシーンがあった。
その中で特に気に入った言葉は
「人類は時代が行き詰まり、
変化しようとするときに、
その都度、普遍的な記憶を
呼び覚ますのです。
かつて地球上は、
王権による支配が、、、。
また列強の植民地がは
びこっていたとき、
次の時代へ向けて
コモンセンスというべき
考え方が生まれました」
と、、、。
「人類共通の普遍的な記憶」。
「王権の支配」
「列強による植民地支配」などなど、
それから脱却するきっかけとなった
大きな出来事として、
例えば
「アメリカの独立戦争」
そして
「第一次、第二次世界大戦」。
これらから生まれた人類共通の普遍的価値観は、
我々の心の中に深くインプットされている。
戦争、天災、そして科学技術の革新等、
人類全体の行方を左右する
大きな出来事を我々人類は
経験してきた。
産業革命以降、
風頼りの航海術から、
蒸気の力で、どこへでも
いけるようになった。
つまり、今までの自然に逆らえない
生活から、人間の力で
やれることが増えたのである。
自然の力だけに支配された時代は、
「神様」の束縛を受けやすい。
「神様があ〜言っていたから、
これはやってはいけない」
「そんなことやったら
ばちがあたる」
とか、、、。
科学技術が発達して
いない時代というのは、
自然への畏敬の念や
神様などの崇拝が強く
生活を制御していた。
そして人類は
科学技術を手に入れた。
「神様なんてうそっぱちさ〜」とか、
「俺たちは人工的に何でもできる。
どんどん作ってどんどん消費しちゃおうぜ〜」
というような感覚に陥って
しまったような気がする。
人類はどこか「傲慢」になっていたのでは
なかろうか。
どこか、自分らの科学技術を
「過信」していたのではなかろうか。
今回の原発事故も、
地震津波など自然の力が
原因で引き起こされた。
それも危機管理のあまさが
もろに露出してしまった。
どこか自分たちの力を過信しすぎて、
傲慢になっていたのでは
なかろうか。
それをあざけり笑うかのように、
地震津波などの自然現象により、
最先端科学技術であるはずの原発が、
悲惨な状況になってしまった。
これを我々はどのように
受け止めるべきなのか。
また本当に人間は
大自然を制御できるのだろうか。
このまま「我欲」が中心の世界的な
競争社会が、おのおのの文化も
伝統もそして生活するスペース自体も
飲み込もうとしているのでは
ないだろうか。
今回の福島原発の事故が
人類のコモンセンスとして
どのように刻まれるのか。
人類全体が大きな転換期では
なかろうか。
また数十年前まで、
自然と長い間共存して暮らしてきた
我々日本人。
そして、技術立国でもあるはずの
日本が自然には太刀打ちできなかった。
「福島原発事故」という人類全体の
コモンセンスとして刻まれることになるうる。
そして、その当事国となる
我々日本人は、
新しい時代のコモンセンスに
従うべきなのか、
それとも古い時代のままの
コモンセンスに
固守し続けるのか。
おのおの深く考える
必要にせまられているのでは
なかろうか。


まだ内閣不信任案出さないのか。
あきれたバカ議員ぞろいだ。
政局ごっこは政治不在の証明だ。
こんな世界一恥さらしな三権+マスゴミ癒着談合嘘つき泥棒くそ政府なんぞ日本にいらん。
東北の復興に官の力は百害あって一利もない。
民の力だけで復興させる。官からはいままで談合や天下りで貯め込んで肥え太った私腹を霞ヶ関解体して全部吐き出させて莫大な賠償金を国民へ支払わせてやる。
地位協定もさっさと破棄しないと今度は日本が狂犬米軍が仕出かしたリビア攻撃やUBL暗殺等の悪事の仕返しテロ標的にされてしまうぜ。原発もいっぱいあるし、日本国民にとって危険極まりないバカ政府の火遊びオバマ隷従植民地外交だ。