科学技術と人間の暮らしというのは、非常に関係が強い。
むしろ、科学技術の変化にともない、「暮らし」も
「社会の形態」も、「宗教」までも変わっていく。
「農耕」、「蒸気機関」、「印刷技術」、近いところでインターネット
んどなど、我々の生活を大きく変えた技術の進化が歴史上存在する。
たとえば「農耕」。
日本で言えば「稲作」の普及。
これにより、今まで獲物を求めてさまよいながら生きていたのが、
定住が可能になった。そして、田畑に労力を集約しなくてはならないので、
「村」が形成されていく。その村を外敵から守るため、集団安全保障体制が
必要なので、「国」ができてくる。
国を維持するには、富の集約が必要である。
稲作が始まったことにより、「食料が貯められる」ようになった。
「食料」とは、すなわち「富」だ。
毎年、決まった食料が国に納付されることにより、富が集約され、
そのことにより信用が生まれる。
国として信用が産まれれば、通貨を発行でき、
橋を造ったり、戦争したり、その代価が支払われるようになり、
国として機能できるようになる。
現在において、その「富」とはなんなんだろうか?
ドルや円などは通貨にすぎない。
それは、ここ100年ぐらいの戦争を見れば分かる。
「何を奪い合うことにより、覇権を争って戦争してきたのか?」
と問えば、やはり石油などのエネルギー資源だ。
石油の利権を押さえたものが世界を制することになる。
車を動かすのも、工場を稼動するのも、我々のいたるところに
エネルギーが必要な社会だ。「今の人間の生活というのは、
一人に対して奴隷を60人ほど保有している」と言われている。
例えば、水道の蛇口から水が出るのだって、
いろいろなところでエネルギーが使われ、我々の家庭へと運ばれる。
昔は、井戸や河川からくみ上げるのも「人力」であった。
化石燃料のおかげで、大変楽になっている。
文明を支えるには、エネルギーが要る。
古代のエジブト文明だと思ったが、エネルギー源として
豊かな森林(薪)が無くなったことでその文明が
維持できなくなったとも聞く。
今は、森林(薪)ではなく、石油依存社会だ。
石油や天然ガスなどの化石燃料は、限られた資源であり、
限られた場所にしか存在しない。さらに膨大な設備を使って
採掘する。
そのため、資本を集中しなくてはならない。
だから石油依存社会には、資本主義が成り立ってきたのかも
しれない。
石油だけでなく、我々の豊かな生活を支えるにも、
多くの資源が必要である。
資本を集中し、石油を、資源を、そして
それらを使って、いかに安く人に受け入れられるモノをを作った者が勝つ社会。
その根本的なベースは、石油などの化石燃料である。
「市場には神の手が存在する」とされ、また宗教の束縛を離れ、
「人間には幸福を追求する権利を神から与えられている」
というアメリカ的なキリスト教をバックボーンに、
ドンドンと豊かさを追求する市場原理主義社会へと変わっていった。
そして今に至り、大きくその市場原理主義も陰りが見え始めた。
今では、明らかにモノが出来すぎてしまう。
供給が過剰すぎて、競争が激化しすぎてしまう。
その為、世界経済は常に不安定。
さらに、その不安定な経済状況を立て直すのに、
お金をジャブジャブと刷る。
その結果、お金がダブつき、そのダブついたお金が暴走してしまう。
ダブついたお金を保有するハゲタカさんたちは、
株価を操作し、国を転覆させ、更なる搾取を求め世界の隅々まで侵食し、
多くの人々を、貧困に陥れれていく。
ほんの一握りの富裕層、その他大勢の貧困層。
忘れてはならないのが、その貧困層というのが、
モノを買い、モノを消費する消費者だ。
その大多数の消費者に、お金が回らなくては
経済など成り立つはずがない。
モノが出来すぎてしまう。
経済圏が拡がり過ぎてしまったこと。
お金がダブつき、暴走しまうこと。
それにより、出来上がった超格差社会。
これは、資本主義、市場原理主義の行き詰まりをあらわす現象であり、
大きく舵を切るべき時が近づいている。
石油依存社会のもと、資本主義、市場原理主義がなりたってきた。
石油の利権を制したものが、圧倒的な力を持ち、
市場原理主義のもと、ドンドンと世界を侵食する。
では、その石油などに頼らず、誰でもどこでも取れる
エネルギー社会に変われば、どのようんなるだろうか?
自分の家の屋根で発電し、それで生活する。
近くの水車、風力、地熱、廃熱、空き地の太陽光などから
得たエネルギーで車が走る。
そんな社会を決定的に推し進めるのが
「蓄電池の進化」だ。
「エネルギーが貯めれる」。それも人々の身近で貯められ、消費することができる。
このことで、世界が飛躍的に変わるであろう。
風任せの自然エネルギーを貯蔵することによって、
エネルギー消費をコントロールできることになる。
個人で、地域で、身近な範囲でエネルギーのが融通しあうことができる
ようになる。
蓄電池の進化により、「エネルギーを貯めることができる」ようになる。
そして、その先には石油依存社会から脱却できるであろう。
個人で作り、個人で電気を消費する社会。
これって、一人一人の自立に大きな飛躍になりはしないだろうか。
また、そのような自立した一人一人の集まる社会というのは、
大きく世の中を変える可能性がある。
電力会社からの自立、大国からの自立、グローバリスト達からの自立。
蓄電池の躍進により、エネルギーが自立できれば、
大きく世の中が変わると私は思う。
2013年06月30日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

