2013年10月06日

1450万人の大切な水瓶「琵琶湖」の現実について、、、。

 昨日の琵琶湖に行った。

琵琶湖博物館、大津歴史博物館、に立ち寄りながら、
琵琶湖の西岸を北上し、ほぼ琵琶湖を一周した。

二つの博物館をじっくり観覧しながら、あらためて琵琶湖を眺める。

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長〜い、長〜い歴史の中で、多くの人が多様な営みの中で、
この琵琶湖に依存しながら、生きてきた事を痛感する。

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嘉田知事の「びわこ宣言」の中で
このような言葉があった。

「原発事故の潜在的リスクが最も高いのは
老朽化した多数の原発が集中立地する若狭湾に
近い滋賀県、琵琶湖である。琵琶湖は
近畿圏1,450万人の命の水源であり、
その琵琶湖をあずかる知事として、
このまま国政にメッセージを出さないことは、
これまで琵琶湖を守ってきた先人に対しても、
子や孫に対しても申し訳が立たない」


文化人類学者であり、琵琶湖博物館館長でもあった嘉田さん。
琵琶湖の環境、琵琶湖の人々の営みを研究し続け、
そして滋賀県を預かる政治家でもある。

その嘉田知事らしい宣言であった。

多くの人が、琵琶湖に依存しながら、生きてきた。
さらに明治以降、違う形でさらに多くの人が琵琶湖に頼って生きていくことになる。

それがこれ、琵琶湖博物館の展示の一部であるが、
琵琶湖の水に依存して水道を利用している地域の移り変わりをあらわしている。


まずは明治28年

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上が琵琶湖、そして下に大阪湾。
水色に光っているの部分が、琵琶湖の水を利用した水道の普及箇所。

明治28年段階では、大阪の中心部の一部だった。


そして昭和10年の段階では

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大阪市内でさらに広がり、京都市街でも琵琶湖の水を水道水として、
利用し始めている。


昭和30年になると

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大阪市内ほぼ全域、京都市内でもさらに拡がり、兵庫県東部にも及んび、
琵琶湖最南部の大津でも、使用し始めている。


そして、昭和50年

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さらに、現在

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琵琶湖周辺を含めたほぼ京阪神全域に及び、
1450万人もの人が、琵琶湖の水に依存して生活している。

時代の移り変わりと共に、違う形でこれだけ多くの人が、
琵琶湖に依存して生きていることになる。

それも、命を保つのに必要不可欠な「水道水」という形で、
琵琶湖の水に頼っている現実。

そして、その琵琶湖を取り巻く環境がどのようになっているのか?

これが琵琶湖であるが、琵琶湖は琵琶湖盆地とも呼ばれ、
山々に取り囲まれている。

琵琶湖の北側には、野坂山地、北東側には伊吹山地、
東南側には鈴鹿山脈、西側には比良山地と、
琵琶湖周辺を山々が取り囲み、これが琵琶湖の水源となり、
琵琶湖周辺で降った雨は、琵琶湖に集められる
地形となっている。

集めら得た水の唯一の出口とは、

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琵琶湖最南部の瀬田川のみ。
そして、この川下には、京阪神1450万にの大事な生活圏が存在する。

無数の川、水路から水が集められ、その出口は
最南部の瀬田川のみ。

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琵琶湖というのは、水の循環があまり起こらない、極めて閉鎖的な
水系といえる。

そして、その琵琶湖の風上である北西部には若狭湾、敦賀湾がある。

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この若狭湾には、高浜原発、大飯原発その琵琶湖の風上には、若狭湾があり、
そこには美浜発電所に3基、敦賀発電所に2基、
大飯発電所に4基、高浜発電所に4基、
そして高速増殖炉「もんじゅ」が存在する。

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この上の写真は、琵琶湖東岸、長浜辺りの冬の風景である。

大陸から吹き付けるマイナス40℃ほどの大変乾燥した寒気団が、
琵琶湖の入り口である若狭湾、敦賀湾より入り込み、
このように琵琶湖周辺に雪を降らす。

さらに、若狭、琵琶湖、関が原を通り抜け、日本最大の工業地帯
大名古屋の濃尾平野にも達する時もある。

日本列島というのは、その背骨となる山脈によって、雪を遮られ、
日本海側に大雪をもたらすが、
唯一、その山脈が比較的低いところが、このルートである。

このルートから来る寒気団は、大変な強風で、琵琶湖周辺を走る電車を
止めるほどに勢いもある。

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これは、琵琶湖の東側から、琵琶湖に流れいる「姉川」の写真。

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この上の写真は、雪が降り続いた後に雨が降ったときの写真であるが
雪が解けて、このような水路からも、琵琶湖に雪解け水が流れいる。

琵琶湖の風上、北西部には若狭湾・敦賀湾が存在する。

そして、そこには日本最大の原発銀座と呼ばれ、十数基の原発が存在し、
高速増殖炉「もんじゅ」までがある。

もし、事故が起きればその風下である琵琶湖周辺の山々に、高濃度な
放射性物質が降り注ぎ、そして琵琶湖に集められるてしまう。

福島原発事故の唯一、幸運だったことは、日本の原発の中で最東端であっとこと。

日本上空は、偏西風に支配されている。基本的に風が、西から東に吹く。
福島原発の東側というのは、太平洋だ。

しかし、若狭・敦賀の原発銀座の東側というのは、琵琶湖だ。
その琵琶湖というのは、京阪神1450万人の大事な水瓶である。
さらに地形上、琵琶湖周辺に降り注いだ放射性物質が、
琵琶湖に流れ入り、濃縮されてしまう構図のようだ。

琵琶湖と敦賀原発の距離は、30kmを切る。

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その琵琶湖と敦賀原発の間には、山があるが、山の琵琶湖川斜面に
降り注いだ放射性物質は、琵琶湖にたどり着くことになる。

そうなれば、かなり高濃度で大量の放射性物質が琵琶湖に集められることになる。

そして、もう一つ。

琵琶湖の湖底に沈むのは、どう考えても砂などでなく、
粒の細かい、粘土などの水和系鉱物である。

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大雨が降れば、琵琶湖周辺の山々から流れだされるのは、
水と親和性があり、粒子の細かい水和系鉱物だ。

もし、琵琶湖が川のように、ドンドンと水が流れるようであれば、
その水和系鉱物も流れ出される。

しかし、琵琶湖は水の流れが少ない、閉鎖系水系だ。

どう考えても、琵琶湖の湖底というのは、砂ではない。
粘土の水和系鉱物であろう。

福一周辺のホットスポットと呼ばれるところは、
砂地ではなく、そのような粘土などの水和系鉱物だ。

この水和系鉱物というのは、放射性物質を吸着する効果がある。

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一度、事故が起こり、琵琶湖に放射性物質が流れいれば、
湖底溜まる水和系鉱物により、固定され、かなり長い間保持されることになる。

それも流れが少ない琵琶湖。

たちまち、濃縮され「死の湖」となって、それが長期に及ぶことになるであろう。

この現実を今を生きる私達の世代は、どのように受け止めるべきなのか。

関西電力だけでは、決められないのかもしれない。
政治家、官僚、経済界などなど、原発とは多くの人が関わっている。
そして米国の影、、、。

この問題というのは、目先の利益だけでは、かなり次元の違う話だ。

今だけ、自分だけ、お金だけ」で突き進めば、
誰もが日本で生活できなくなり、世界にも大変な汚染を撒き散らすことになりかねない。

1000年に一度の大震災が、原発を始めて、たった40年で起こってしまった。

柏崎原発でも、間一髪の事故が起きている。

若狭湾の「もんじゅ」でも事故が起きている。
美浜原発でも、事故は起きている。

昨年の総選挙、そして今年の参議院選挙と、原発推進する自民党が
圧倒的多数を占めてしまった。

どう考えても、国民の多くは「脱原発」を望んでいるのに、、、。

我々は、我々の生活を守るためにやれることは無いのだろうか?
未来のこどもたちの為に、やれることは無いのだろうか?

選挙で大敗してしまったことになってしまったが、
身近でやれることは、十分ある。

それは更なる「節電」だ。省エネだ。
そして、各職場で、更なる省エネ商品の開発、
省エネ化に取り組んでもらいたい。

ドル箱である家庭用電気の使用量がドンドンと減っていく。

省エネ製品をドンドンと嗜好する。

実際には、原発がなくても電気が足りている現実。

日本人が団結して行動すれば、何とかなっていくはずだ。

意志をしっかり持つこと。

その方法が、節電であり、省エネである。

















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