2016年08月23日

自分の人生の主人公というのは、自分自身である、、、。

リオデジャネイロ五輪がおわり、振り返ってみると
一番印象的だったのが、レスリング女子53キロ級で銀メダルだった
吉田沙保里(フリー)のコメントだった。

「(涙を流し、声を詰まらせながら)たくさんの方に応援していただいたのに
銀メダルに終わってしまって申し訳ないです。日本選手(団)の主将として、
金メダルを取らないといけないところだったのに、ごめんなさい。
自分の気持ちが、最後は勝てるだろうって思っていたが、取り返しの
つかないことになってしまって。・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

号泣の中でもコメントだった。

やはり、ものすごいプレッシャーだったのであろう。

そんな吉田選手を見て、ふと思い浮かべたのが、
ボクシング世界王者だった鬼塚選手の言葉だった。

少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)

もしかしたら、達成感というモノは、一瞬のモノ。

そのあと、新たな苦悩が待ち受けているのが人生なのかもしれない。

自分は、チャンピオンなんだ、だから無様な試合はできないし、
敗けられない、そんなプレッシャーで自分が押しつぶされそうに
なっているのかもしれない。

同じような悩みで悩んでいたと思われるオリンピックで
三大会連続金メダルを取った柔道の野村選手が、何か月か前、
アナザースカイ出ていた。

彼は、アトランタ、シドニーと二大会連続で金メダルを取った後、
逃げるようにサンフランシスコに語学留学に向かった。

日本にいると、「引退」か、「継続」かを迫られる。

しかし、なかなかそんな重大なこと、そうは簡単に決められない。

シドニー大会の時,野村さんにしてみれば、一番のピークの時。

私も見ていただが、得意技の背負いだけでなく、
いろんな投げ技で一本勝ちを収めていた。

それだけ、体に切れ味があったのであろう。

彼が言うには、
「いつまでも、ダラダラと現役にしがみついているのは、
カッコ悪い。惜しまれるぐらいでやめていた方のがいい」
という思いもあったようだ。

しかし、小さいときからやっていた柔道を本当に捨てられるのか?

それも、体力的にも、身体能力的にも、全盛期で
最高の状態でオリンピックの金メダルを勝ち取った
シドニーの後にだ。

また、金メダリストとしてのプレッシャーも
相当なモノだろう。

勝って当たり前、無様な負け方でもしたら、取り返しのつかない
ことになる。

そんな恐怖と、その当時、戦っていたのかもしれない。

番組の中で、野村さんがサンフランシスコ時代にお世話になった
地元の柔道道場の館長が、14年ぶりにあった吉田さんを見て
「あの頃は、ずいぶんととんがっていたようだった。
今回、とても表情が穏やかで、なんだか安心した」
と、、、。

日本から離れている身であったのだが、気持ちはかなり
悩み続けていたのだと思う。

そして、彼は、三回目の金メダルに挑戦することを決断する。

長いブランクは、彼に屈辱を与えたらしい。

いきなり、日本に帰り試合をした結果、まさかの敗戦。

「野村は終わった」と、ささやかれたらしい。

そして、何とか日本代表選手に選ばれ、そして再び
金メダルを取る。

その後が、実に素晴らしい。

なんと、彼は40歳まで現役を続けたらしい。

それも、若い選手に負け続ける。

体が明らかに衰えてきている。
さらにけがで苦しむ。

三度も金メダルを取った男が、いつまでも現役にこだわり
無様に負け続ける姿、、、。

あなたなら、耐えられるだろうか。

彼は、彼がサンフランシスコ時代に、柔道から離れ、
一人になって、心底「柔道」のこと、自分自身のこと
見つめ直したのではなかろうか。

絶対負けられない、無様な姿は見せたくない、
そんなプレッシャーに押しつぶされそうな柔道というのが、
本当に自分の柔道だったのか?

それより、少しでも強くなるために、技を研究し、
練習し、一つ一つ身に着けていった時代の方が、
自分の真の柔道であり、柔道を好気になっていたのでは
なかろうか。

30代には、30代なりの柔道、
40代なら40代なりの柔道を極めようとする野村選手。

彼が言うには、若い人たちに負けるのは分かっている。

しかし、その体力的に落ちた状態でも、自分なりに
より強くなれるように、努力していきたい。

というようなことを語っていた。

世界チャンピオンという大きな重圧。

しかし、その本質を見れば、もしかしたら、
自分が作り上げた虚像では、、、。

みんなが見てるから負けられない。

世界チャンピオンだから、ブザマな姿は見せられない。

ブザマでもいいんじゃない、負けてもいいんじゃない、

それでも、技を磨き、自分が少しでも強くなる努力をし続けることこそ、
それこそ、本当の彼の柔道だったのではなかろうか。

プレッシャー、またはパワハラやいじめなどなど、
人間生きていれば、必ずいろんな摩擦を受けることになる。

しかし、しっかりと足元を見つめながら、自分が今できることを
やり続ける、これってとても大事なことではなかろうか。

自分の人生の主人公というのは、自分自身である。

いつまでも、他人の噂話の世界で生き続けていれば、
がんじがらめに縛られ、本当の自由というのは、
手に入れることはできやしない。

自分を見つめよう、見つめ続けよう、
他人の評価に頼りすぎれば、自分が見えなくなってしまう。

吉田選手も、すごい経験をいっぱい持っている。

それを、世間のため、周りの人の為に、おおいに活かしたら、
きっと素晴らしい人生になるような気がしてならない。


posted by hide at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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