2016年09月08日

信繁殿、本当の「正義」とは何なのか?

 大河ドラマ「真田丸」、今、ちょうどこれから関ケ原というところで、
一番見どころがあるところではなかろうか。

そんな中で、兄、信幸とのやり取りで、
信幸が信繁に
「もし、豊臣が勝ったら、どんな世の中になるんだ?」
ということを迫る。

信繁が
「石田様が、秀頼様を中心に、安定した社会を築いてくれます」
と、ちょっと、言葉は違うかもしれないが、こんなような
表現であった。

豊臣につくのか、徳川につくのか、もし「正義」を語るのなら、
どちらが勝った方が、世の為になるのか?

豊臣家を中心に見た場合では、もちろん「豊臣の世」を
継続したいと思うから、断然西軍だ。

しかし、よくよく考えてもらいたい。

もし、西軍が勝っていたらどうなっていたのだろうか?

まず、総大将毛利氏は、120万石から、200万石くらいに加増。
上杉氏も、それぐらいになるだろう。
宇喜多、島津、小早川は、100万石を超えるであろう。

三成でも、豊臣政権で発言力を拡大するには、
100万石ぐらいの大名でなくてはならないであろう。

これほど、大大名が多数できれば、また戦国の世に戻るのは、
誰が見てもわかる。

なぜ戦国時代が起こったのか。

それは、大大名が各自勝手なことをやり、統制がつかなくなってきた。

戦国の世を勝ち抜いてきた毛利や上杉など、
もし200万石もの大大名になれば、それこそ、
ほぼ独立国のようにふるまうであろう。

それに、秀頼は幼子、淀の方はどう考えても、分別が足りないと
言わざるおうえない。

こんな状態で、戦国大名たちを束ねることなど、できやしない。

豊臣集団の大きな特徴というのは、著しい上昇志向集団だ。

日本には、今後奪えるパイはない。

海外遠征も失敗した。

今からは、戦いで生きてきた人のリストラの時代が始まる。

そのことこそ、戦国の世から、安定した時代の一番の
重要課題となるであろう。

そんな時に、安定した政権がなくては、どうにも収まらない。

それに、今、江戸時代の価値というモノが、大きく見直されている。

たとえば、戦国時代、戦いに駆り出された百姓や下人に、
どのように恩給を与えたかというと、征服した地域の
奪略、乱取りだ。

せっかく、それに老若男女問わずに、生け捕りにして、
奴隷として海外に売り渡された人数が、数十万ににも及ぶという。

海外でもそれは当たり前であり、今でも、そのような
感覚が抜け切れない。

そのような雰囲気を大きく変えたのが、成熟した徳川260年だ。

思想、宗教、哲学、日本独特の文化が発展し、
モノも徹底して使いこなす高度なリサイクル・リユース国家となった
日本人。

そのルーツは、やはり江戸期に成熟したといえる。

急成長した豊臣財閥では、その根本的な性質から、
戦争が辞められるのだろうか?

石田三成でさえ、4万石だった時に、島左近に
2万石与えて家臣に迎えている。

つまり、秀吉が必ず加増してくれると、
信じているからだ。

しかし、もう日本には、パイがない。

パイを作るには、国内の戦争を継続するしかない。

そんなことでは、いつまでたっても世が収まらない。

江戸時代の価値、それを考えたうえで、我々日本人は、
そこから、どれほどいろんなことを享受していることか。

そう思うと、関ヶ原とは、ただその時の支配体制が変わるだけでなく、
大きな大きな影響を我々日本人に与えたといえる。

posted by hide at 07:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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