2017年01月20日

吉宗か?、宗春か?森林消滅の危機という面から見れば、その評価はさらに反転するのかも、、、。

多分多くの人に、このような質問をするとする
 
「現在と江戸時代の日本の森林は、どちらが豊かだっただろうか?」

と、、、。

多くの人は、「そりゃ〜、江戸時代に決まってるじゃん」
というと思う。

しかし、驚きの事実が発覚した。


IMG_2181.JPG


この「水力発電が日本を救う 今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせる 
   元クコ度交通省河川局長 竹村公太郎」
の中に、歌川広重の「東海道五十三次」の日坂宿(現在の静岡県掛川市)と
二川宿(現在の愛知県豊川市)の絵である。(P.109)

背後の背景に、木がポツンポツンとしか描かれていない。

さらに、江戸時代の当時天領であった天竜川流域の木材伐採量の表があった。

広重ほどの絵描きが、あからさまに手抜きをしたとも思えないし、
しっかりと管理された天領である天竜川流域でも、木を伐採しつくし、
江戸時代後期からは、著しくその伐採量が減少している。


IMG_2184.JPG


この養老孟司氏と竹村公太郎氏の
「本質を見抜く力 環境・食糧・エネルギー」の写真の数々を
紹介されている。

江戸のすぐ後の明治の写真であるが、その当時も森林が回復して
おらず、急な斜面で、涙ぐましい砂防と植林事業を行ってる様子が
うかがえる。

森林(薪)から石炭、石油へと日本のエネルギーが変わってきた。

今の日本の森林は、外からエネルギーがあるからたもたれていると
いえるのかもしれない。

現在でも日本の森林の約4割ほどが、スギなどの人工林である。

そう思うと、エネルギー源が薪の時代に、ドンドン使い切ってしまい、
その対策として、生長の速いスギなどを植えたのであろうと推測できる。

むしろ、山奥の取り出しが困難なところは別にして
川などが存在し、運び出せるところの樹木は、ほとんど伐採されて
しまったと考えるのが、妥当なのかもしれない。

幕末に日本に訪れた外国人が、森林が消滅仕掛けているのには、
驚いたと語っていたとのこと。

森林の消滅の問題は、もっともっと古い時代からあったらしい。

古代近畿地方で、建設ラッシュが起こったときに、木を切り倒したら
必ず植えるという世界初の環境保護法ができたとのこと。

飛鳥京、藤原京、平城京など遷都が続いた奈良盆地では、
やはり森林が枯渇し、遠く紀州の先から、琵琶湖の奥まで、樹木を
求めたとのこと。

戦国期にも、西日本ではすでに森林が枯渇し、関ヶ原で勝利し、天下を取った
家康がなぜ便利で、豊臣、島津、毛利などのライバルたちに目が行き届く、
京都・大坂あたりを立ち去り、江戸に移っていったのか?

開発途中の関東平野には、当時莫大な森林が残されていたらしい。

エネルギーの限界が成長の限界である。

さらに、エネルギー源の量により、人口も決まる。

奈良の時代で、一人当たり10本、江戸時代には20本、
人間一人当たり、一年間にそれほど樹木を消費していたとのこと。

そう考えると、江戸時代の前半に、日本の人口も1200万人から
3000万人に増えたとのこと。その後、頭打ち、、、。

幕末の頃には、エネルギー資源である森林が枯渇していたという説が
正しいのかもしれない。

その後、エネルギーが森林から、石炭に変わる。

北海道、九州地方など、日本の地下には、石炭が埋まっていた。

それに、急速な工業化と人口増加が可能になったのかもしれない。

エネルギー面からしても、明治維新というのは、必要だったのかもしれない。

歴史を見るうえで、エネルギーなどのインフラ枠組みから
どうしても抜け出ることはできない。

限られた資源であるならば、社会全体から、思想・宗教なども変わらざるおうえない。

むしろ、ざっくり言えば、エネルギーが何なのか、量はいかほどなのかで、
その地域の思想、宗教というモノが決まっていくといえる。

今は、世界のほとんどの国でアメリカの自由主義というのか、
石油文明というモノがいきわたっている。

二百数十年前、ヨーロッパ大陸から、宗教的束縛、階級的束縛から
逃れ、新天地アメリカに理想をもって、移り住んだ人々。

アメリカの建国の理念とは、
「人間は、神から幸福を追求する権利を与えられている」
とされた。

それを可能にしたのが、石油である。

石油がまさに人間に大きな力を与え、彼らが追求する
豊かさ(幸福)というモノが、手に入ったかに見える。

もし、石油がアメリカで見つからなけれれば、もう少し
細々とした国家であっただろうし
それほど自由主義というモノが、絶賛されなかったように思う。

これも、莫大なエネルギーのより、膨張する人類に適した
思想・宗教が人類に反映したといえる。

しかし、世界はもうそれほど、成長・膨張できない。

莫大なエネルギーのおかげで、ありとあらゆる資源が枯渇に近づいている。

顕著なモノで、地下水、、、。

現代農業を支えるリン鉱石、、、。

石油も石炭も天然ガスも、あと百年存在すると思えないし、
温暖化やあらゆる環境問題が顕著にあらわれてきた。

そんな中で、どうしても新たな価値観というモノが、必要になってくる。

では、エネルギーが減少する環境の中で、育んできた
思想とは、、、。


「足るを知る」って、禅宗の言葉だよね〜。

「あるがままを受け入れる」、「各々の道を極める」
これも禅宗の思想であるが、アメリカ主義の幸福を追求する思想よりも、
かなりもっと自我から離れ、心の内側を開発する思想体系等いうのだろうか、
とても、次の時代に適しているような気がする。

日本人の思想というのは、禅宗にしても、浄土でも浄土真宗でも、
自分を忘れ、全体に溶け込むような思想体系だ。

その中で培われた強い共同体意識、その共同体にどうしても必要なのが、
社会、もしくは共同体に対する「信用」である。

エネルギーの限界がある以上、個人を主張し、我の幸福とばかりに、
豊かさ、華やかさ、便利さを求める
ことは、全体として、江戸後期には、もうできなかった。

質実剛健の八代将軍、徳川吉宗の政策に反対し、領内では
規制緩和により、経済が活発になったと評価される
尾張藩主徳川宗春、、、。

吉宗がむしろ、経済音痴とされ、宗春が賛美されるようになってきた。

愛知県民である私も、地元の殿様が褒められるのは、
大変うれしいことであるが、もし、歴史をエネルギーという視点から
見ると、果たしてそれが正しかったのかどうか、、、。

私もつい最近まで、徳川幕府の官僚たちは、朱子学におかされ、
経済音痴で技術の進歩というモノに鈍感だったように思っていたが、
もしかしたら、減りつつある森林対策のために、制御していたのでは
なかろうか、、、。

経済がよくなればよくなるほど、エネルギーを消費する。

当時のエネルギーとは、森林であり、高低差のある大地で、
大量の雨が降るこの日本においては、森林の消滅とは、
著しく水害の被害にも、見舞われることになる。

真相がどうなのかわからないが、エネルギーなどの環境、その土地の気候、地形など
それらを無視して、歴史を見ることはできないであろう。



posted by hide at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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