2017年05月06日

「己」を溶かす勇気、これって大事なのかもしれない、、、。

 なぜ、怒るのか、、、?

なぜ、悩むのか、、、?

なぜ、自分を大きく見せたがるのか、、、?

なぜ、妬むのか、、、、?

その根本を突き詰めれば、誰でも傷つきたくないと思う
我が身を思う念(自己保身)である。

では、その自己を忘れることは出来ないだろうか、、、。

人間社会の中で、自他を分別し、所有物をはっきりさせなくては
生きていけない。

しかし、その所有物って、本当にあなただけのものなのか、、、。

そして、その根本を問えば、あなたとは本当にあなたなのか、、、?

狼に生まれた人間の子どもが、狼のような風習を身に付けてしまうという。

中国人は、中国人らしく、、、。

日本人は、日本人らしく、周りに常に気を使おうとする。

最近ふと思う。

自分は無くなった祖父母の影響を受けているようだ、、、。

祖父母だけでなく、恩師、上司、先輩、友人などなど、
今まで人生の中で出会った人々の影響を何層にも何層にもうけて、
今自分という人格が形成されている。

今の時代の人だけではない。

その人たちも、親があり、先祖があり、周りの人々から、
いろんな影響を何層にも何層にも受けている。

人間には、文字と言葉が存在する。

何百年前に生きた道元さんや親鸞さんの影響を多くの人が受けて
いることになる。

「人間は著しく周りから影響を受けている」
と、ある精神科医が言っていたが、それだけ社会性のある動物であり、
けっして一人では生きて行けれない。

むしろ、「自分」というのは、昔から続く大きな大きな人間の集団意識により
作り出せれるものであり、そしてそれが次の世代にも引き継がれていく。

つまり、次の世代にも、私が生き続けることになるのでは、、、。

自分って自分であって自分でないのでは、、、。

そんなややこしいことを言っても誰も相手にされやしない。

しかし、もし日常生活の中で、少しでも自我を離れ、
煩悩が薄まれば、それはそれで人生が楽しくなる。

西洋的な「個」主張する文化では、自分は自分、他人は他人というような
心理学になってしまう。

しかし、「自分もみんな、みんなも自分」というような
村社会の中で生きてきた日本人的な考えの方が、もしかしたら
煩悩が薄まるような気がする。

朝の連ドラの「ひよっこ」、とても面白いと思うのだが、
どうだろうか?

主人公であるみね子が、蒸発してしまった父親の代わりに
高校を卒業して集団就職として、東京で働くことを決めた。

そんなみね子に、みねこの叔父が
「みね子、もっと自由に生きていいんだよ〜」
と、、、。

みね子が
「自由って、学校でも言うけど、いったい何?
私は目の前のことを精一杯やることが好きだし、
それを不自由とは思わない。自由ってよくわかんね〜」
と、、、。

私自身の経験であるが、もっと若い独身の頃、
お金も時間も今とは比べモノにならないくらい自由があった。

今では、結婚し、兼業農家である私は、
土日はほとんど野良仕事、、、。

タバコもやらない、競馬もしない、ゴルフも行かない、
飲みにもあまり行かない、しかし不自由かといわれれば、
むしろ昔より自由を感じる。

若いときは、もっと、いろんなことにとらわれていたような気がする。

つまり、自由とは心の開放ではなかろうか、、、。

その心を解放すのは、自分という意識を薄めること、、、。

人生生きていくうえで、いろんなことに遭遇する。

子どもを育てていく上で、お金の問題、人間関係などなど
いろんな試練が起こる。

しかし、それらは本当の自由を手にするためのプログラムなのかも
しれない。

だれもが、いづれあの世に旅立たなくてはならない。

その時に、怨みつらみ、悲しみ、心が占領されていれば、
本当に天国へ昇華していけるのだろうか、、、。

浮遊霊として、深い煩悩を抱えながら、永遠にこの世をさまようことに
なるのではなかろうか、、、。

江戸時代の鈴木正三は、「我が身を思う念(自己保身)」が分別の本質であると言った。

世の中は、すべてのモノがつながっている。

そして、本当の自分など何もない。

大きな大きな集団意識の中のほんの一部分であり、
そのような意識の芽生えこそ、煩悩が薄まるのでは
なかろうか、、、。

それには「己を溶かす勇気」が大事なのかもしれない。


posted by hide at 07:48| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ムースクナビコナ菩薩国日本国憲法は宇宙の真理仏法なり


「日本人なら空気を読むな漢字を読め」
latache1992.blog56.fc2.com/blog-entry-769.html

空気は生きていくために呼吸するものであり読むものではない。
第一空気とか雰囲気とか親からもらった眼で生まれてから死ぬまで見えないものである。
生物たるもの目に見えないものを読めるわけがない。
これが宇宙の真理である。
空気を読めとか、生物失格の愚か者の妄想である。

霊長類として読まねばならぬものは文字である。
言葉を文字にして他人に伝える、これが人間である。
文字が読めない者は人間失格社会人失格である。
文字が読めてはじめて人間たり得社会人たり得るのである。
これは人間の真理である。

すべて生物の言葉は親の真似をして使い方を覚える。
親のことばを盗用して使うのである。
これが生物の真理である。
著作権や特許権や所有権など、人間以前にそもそも生物失格の愚か者の妄想に過ぎない。

人間だけが文字を使う。
人間社会には地域によって種々の文字言語が存在するが、特に日本語は地球でもっとも優れた言語であり、最も修得が難しい宇宙で唯一の融通無碍言語である。
日本人の親から生まれた日本人は皆親の真似をして三つ子(満1歳半)で全員が世界一難しく優れた日本語を使いこなすのである。
日本人なら両親と両親をこの世に生み育ててくれたご先祖様に感謝してご先祖様のご恩を死ぬまで忘れることがない。
これが「三つ子の魂百まで」の親孝行と他人に親切である。

漢字が読めない者は日本人失格である。

数え16歳満14歳で元服成人した人間という地球霊長類の中でも、日本人中学校卒業者は一人残らず日本語の漢字が読み書きできるのであり、満15歳以上でそれができない者はそもそも日本人の大人すなわち日本国憲法主権者国民失格である。

そして日本人のご先祖様おとなたちはみな文武両道の武士道と宇宙の真理仏法僧三宝に帰依したムースクナビコナ三宝帰依仏心武士道菩薩であるのだ。

南無父母無二仏 合掌 www.tamano.or.jp/usr/kyushoji/bbs.html

武士道即仏道父母恩重経、

日本国憲法は地球憲法、

これが宇宙の真理であるよ(笑)

地上げ屋サンが止めてくれないからなんぼでもコメ積んじゃった(笑)
Posted by 豊岳正彦 at 2017年05月17日 21:48
「太陽系地球印度の東方不動仏仏国土医王薬師如来蓮華国ムー大陸日本仏法父母恩重経」

スプートニクと
sptnkne.ws/ezY9
「神功皇后紀を読む会」通信(主宰・福永晋三)
「漏刻」へ投稿しました。
blogs.yahoo.co.jp/nqqyx393/35556844.html#35556844

私は聖徳太子が義疏した華厳経維摩経勝鬘経の三經の真髄である仏の教えに従って「仏教聖典」で読み解く地球の歴史を書き連ね始めました。

日本語は宇宙唯一の融通無碍言語であり、日本人先達が日本語で書いた仏教聖典がこの世で最も尊い真理を教えてくれる教科書であるからです。

しかしムー大陸宇宙人である日本人は常に進化して止まることがない。

ぶんのすけさんがさらに優れた宇宙一の翻訳を成し遂げてくれました。

hotel-bfu.com/bunnosuke/choyaku/setsuwa/2016/07/30/post-175/

拝火教徒とブッダ(出典:雑阿含経)

2016/7/30 2016/12/29 仏教説話

ある日のことです。

拝火教のバラモンが自宅で聖火をともして勤行に励んでいると、向こうの方から物乞いをしながらやってくるブッダが目に入りました。

バラモンは怒鳴りつけました。

「出たな、このスキンヘッドのインチキ野郎!
ここはオマエみたいな汚らしい乞食の来る場所ではないというのがわからんのか!?
あっちへ行け!シッシッ!!」

ブッダは構わずにづかづかとやってくると、バラモンにこう言いました。

「おやおや、こりゃまた、えらく嫌われたもんですなぁ。
あなたは今、「インチキ」とか「汚い」とかおっしゃったと思いますが、それではお尋ねしましょう。
あなたの「インチキで汚らしい」人の定義とはどんなものですか?
また、「インチキで汚らしい」人を「インチキで汚らし」くしているものは、いったい何だとお考えなのでしょう?」

バラモンは言いました。

「うーん・・・
そう言われてみると、うまく説明できないなぁ。
オマエさん、説明できるのかい?」

ブッダは言いました。

「うむ、それではご説明しましょう。
いいですか?
それはつまり、こういうことです。

気が短くて恨みがましく、ヒマさえあればわるだくみをしているような人、それが「インチキで汚らしい」人です。

生き物(人間、動物、昆虫など種別を問わず)を殺して、なんとも思わない人、それが「インチキで汚らしい」人です。

ほかの町や国を武力で制圧しようとする人、それが「インチキで汚らしい」人です。

自分のものではないモノを見ると、ムラムラとかっぱらいたくなって実行に移す人、それが「インチキで汚らしい」人です。

人からモノや金を借りておいて、「返せ」と言われると「いや、オレは借りていない」などと言い張る人、それが「インチキで汚らしい」人です。

わずかの金品目当てに通り魔強盗を働く人、それが「インチキで汚らしい」人です。

自分のため、他人のためのいずれかを問わず、法廷で偽証する人、それが「インチキで汚らしい」人です。

合意のあるなしを問わず、他人の奥さんを寝取る人、それが「インチキで汚らしい」人です。

生活に余裕があるのに、要介護状態の親の面倒をみない人、それが「インチキで汚らしい」人です。

家庭内暴力(肉体的か精神的かを問わず)をふるう人、それが「インチキで汚らしい」人です。

他人に有利なことは一切言わず、不利になることならあることないことしゃべる人、それが「インチキで汚らしい」人です。

悪いことをしておいて、「バレないように」と願う人、それが「インチキで汚らしい」人です。

ご馳走してもらっておきながら、決してお返ししようと思わない人、それが「インチキで汚らしい」人です。

バラモンや乞食をだます人、それが「インチキで汚らしい」人です。

食事時なのに、汚いことばで怒鳴りつけて食事を与えない人、それが「インチキで汚らしい」人です。

自分だけが偉くて、他人はみなアホだと思っている人、それが「インチキで汚らしい」人です。

他人に迷惑をかけ、欲張りで、ケチでウソツキなくせに、人から尊敬されたいと願い、自ら恥じるところのない人、それが「インチキで汚らしい」人です。

覚醒者(ブッダのこと)の悪口をいう人、それが「インチキで汚らしい」人です。

実にしょうもない野郎のくせに、自分は聖人だと言い張って他人からむしりとろうとする人、これはもう最低の「インチキで汚らしい」人です。「ドロボウ」と呼ぶべきです。

人はその生まれた家柄などによってさげすまれるのではありません。
人はその生まれた家柄などによって尊ばれるのでもありません。
人はその行為によって、さげすまれたり尊ばれたりするのです。

あなたはあのマータンガという人の話を聞いたことがないのですか?
マータンガは最下級のカースト出身で、犬を撲殺する仕事に従事していましたが、そのずば抜けた徳行によって、最上級のバラモンや王侯貴族の尊敬を一身に集めました。

逆に、立派なバラモンの家に生まれておきながら、実にくだらない素行が露見して皆にバカにされている人も、しばしばいるようですね。

もう一度言いましょう。

人はその生まれた家柄などによってさげすまれるのではありません。
人はその生まれた家柄などによって尊ばれるのでもありません。
人はその行為によって、さげすまれたり尊ばれたりするのです。」

拝火教徒のバラモンは、それを聞くと言いました。

「・・・いや、恐れ入りました。
よろしければ私を弟子にしてくださいませんか?」

<拝火教徒とブッダ 完>
_______________

「人の価値とは、生まれや身分によるものではなく、清らかな行いによって決まる」
www.asyura2.com/13/senkyo158/msg/472.html#c184
_______________

ぶんのすけさんのこの世でもっとも優れた仏教聖典日本語訳は以下の頁で読むことができます。

聖徳太子も義疏した維摩経のぶんのすけさん義疏を最初にご紹介しましょう。

bunchin.com/choyaku/yuima/


「超訳文庫bunchin.com/choyaku/index.html

東西の古典を、きわめて平易な現代語に訳出する試みです。
意によって大幅に構成を改編し、読みやすくするために潤色を施しています。」

ぶんのすけさんの「意」と福永先生の真実の仁徳天皇他にみられる「和歌の読み解き意訳」の「意」はおなじムースクナビコナ菩薩常民日本人の仏心仏智そのものです。

南無父母無二仏 合掌
Posted by 豊岳正彦 at 2017年05月24日 19:14
仏祖先祖の教え「三つ子の魂百まで」

https://sptnkne.ws/ev26
「米国はシリアで打ち損じた:ペンタゴンは悔やみ、ダーイシュ(IS)は侵攻する」
への豊岳正彦投稿を以下転記する。
豊岳正彦は昭和30年森永ヒ素ミルク乳児無差別大量殺傷「企業公害」事件を発見した岡山大小児科医豊岳正道の長男後継者医師である。

豊岳正彦
21:40 18.09.2016

自分と同じ父母の恩によって生まれた貴い無我の人身を以て互いに兵器で殺し合う悪因を積む者たちへ。

殺し合うことをやめて家に帰り、それぞれの父母に孝養を尽くし、すべてのこどもを慈愛を込めて優しい笑顔と眼差しでいつも見守りながら決して大声で叱らず決して打たずに夜よく眠らせて大切に育て上げ元服(満14歳)させるように。

豊岳正彦
21:47 18.09.2016

光陰箭の如し、再掲。

霊もスピリットもソマチッドも素粒子も量子もすべて同じことである。どこまで分解してもなぜそれが人間や動植物や虫魚や木石になるのか、太陽暦西洋一神教科学哲学では皆目わからない。

全ては太陰暦の光陰のもと生じるべき因縁に因ってのみ生じる。

しかも人間は必ず人間を生み、猿は猿を、牛馬畜類は同じ種を、虫魚植物に至るまで親は同じ種を生むのであって、ダーウィン進化論「種の起源」の如く魚が蛇を産んだり、猿が人間になったのでは無い。

それはこうである。

人間で話すと、縁あって男女が結ばれると、父から遺伝子の半分をもらい、母から残りの遺伝子半分と細胞をもらって、母の子宮内で合体し一つの受精細胞となる。

受精細胞が激しく休みなく分裂増殖して胎児の身体を作っていくが、分裂増殖するうちに一番最初に父からもらった遺伝子半分のほんのわずかのタンパク質は吸収分解されて消えて無くなる。

すなわち、受精細胞がさらに母胎内でいよいよ分裂増殖して胎児の血や肉や骨を作ってゆくが、その胎児の身体を作る材料養分は全て100%母から臍帯を通して与えられるのである。

これが「母子の縁」であり、臍の緒の絆である。日本では古来臍の緒を「霊魂(たま)の緒」と呼びならわす。

10ヶ月たって母が命懸けで育んだ胎児を命懸けで出産することでこの世に生まれ出てきた新生児は、この母子の縁ゆえに100%母体の分身である。

もちろん父と母が出会った夫婦の縁が無ければ受精という胎内の「因」もないので子はこの世のものになることが出来ないが、因縁によってこの世に生まれ出たすべての子どもは男女の性別を問わず母親の分身100%すなわち「母の遺体」なのである。

これは人間だけで無く全ての生命はみな同じで、子どもの身体の血肉はこどもの性別を問わず全員母体の100%遺体である「上杉鷹山参姫への手紙」。

全ての生物に母性本能・母性愛があるが、このことから母が自分の100%分身であるこどもをいとおしく思うのは、もとは自分自身を本能としていとおしく思うのと同じことであり、命懸けで子を産むことでさらに愛おしみが倍加されて、母というものは自分の身体生命より子の身体生命のほうが大切に思われるようになる。

これがなんの報謝も求めない「母のわが子に対する悲(あわれ)み」(父母恩重経)となって、子に惜しみなく注がれるのが「かわいいこどもは女の命(旅の夜風)」。

これは因縁の道理に従って無常に生起消滅するこの世の全ての生命すなわち衆生において同じである。

動物はもとより、虫魚草木植物藻菌類に至るまで、子の成長の過程においてわが身を分けた「母の悲み」が観られる。

すなわち生命全ての母体が「母なる大地」。

つまり猿の母親から人間の子は絶対に生まれ得ないのだ。ダーウイン進化論は大嘘であるね(笑)

(フリーメーソン一神教カルトが言う男アダムの肋骨から女イブができたとか神と子の男系万世一系の「血筋」論理は無知蒙昧な妄想である)


☆ではなぜ、世尊は「万劫にも受け難きは人身(宗門安心章)」とのたまわれたか。


ここで人類と畜生類との間での、出産と育児の違いを観よう。

特にほ乳類の人間や禽獣類では、受精後胎内で母体から養分全てをもらって細胞分裂し、その生体時計は太陰暦で一日も休みがない。

出生後も母親の母乳が細胞分裂の第一の養分で、幼若な身体は活動時では無く眠っている間に細胞分裂して成長し(寝る子は育つ)、身体が成熟して成体になるまでは成熟すなわち細胞分裂増殖の生体時計も太陰暦で一日の休みもないのである。

胎児が母体から出産して身二つ(畜類は身五六つ)となったとき、畜仔はすでに歯を持って外界のこの世に生まれ、出生後はすぐに鳴き声で親と会話し、四肢を使って自ら移動できる。

乳を飲むのも噛んで嚥下するのも排泄するのも、畜仔は自ら母のところへ移動して会話して最初から全て自力で出来る。


☆これに対して人間の赤ん坊だけが歯も無く会話できず自分で用が足せる四肢の力も持たずに無力無防備でこの世に生まれてくる。

人間の赤ん坊だけが他の動物と違って、生まれた後約16ヶ月即ち太陰暦数え三歳になるまで、「抱っこ」で外界の冷暖や物理的衝撃から保護されて、母から母乳を飲ませてもらい、おしめを替えてもらい、言葉を口真似で教えてもらい、生えてきた歯で噛んで食べるよう教えてもらい、手足の使い方を見様見真似で教えてもらわねば、畜類の児どもの出生時と同じ状態に達することが出来ないのである。

すなわち、人間の児だけが他の動物の児よりも16ヶ月早くこの世の外界に生まれてくる。

換言すれば、人間の赤ん坊だけが外界に生まれて16ヶ月のあいだは、さながら母の胎内の如く温かく太陰暦の母性本能で優しく保護された環境のもとで育てられる必要があるといえる。

人間の母は無償の母性愛でこれを、宇宙起源の太古人間がこの世に霊長類人間種として出現して以来の母体の100%分身として受け継いで、わが身の血肉を与えた100%分身である赤ん坊に「優しい抱っこ」で施してきた。

この16〜18ヶ月間でこどもが「人間」が外界でできることすべてを母に抱っこされて教えられることで魂と身体に具わらせて貰える・・・「三つ子の魂百まで」。

人間の新生児が、自分がこの世で何も出来ない期間に全てを優しく抱っこしてやってくれて生かし育ててくれる母の無償の高恩を、新生児の五官と魂の全身全霊で以心伝心受けとるからこそ、大人になったときに無償の報恩として自分の親に無限の孝養を尽くす「親孝行」をする人間が育つ。

この「親孝行」こそが、人間をこの世で最も尊い生命種としているのであり、無常の因縁の道理に従って生滅を繰り返す全ての生命種の中で特に「親孝行」の善因に拠って人間の身体で生まれてくることこそが最も貴い因縁である。

人間以外の動物ではこの親から抱っこされて無償の慈悲で育てられる生物種は存在しない。

生まれてからずっと母親の後を追って乳と餌をもらい、母は強しの母親に外敵から守ってもらいながら母親の姿を見様見真似で覚えて成長した動物のこどもでも、成長して成体になると母親を離れてどっか遠くへ行ってしまって二度と戻らず、決して人間のように母親の面倒を見てお世話をする「親孝行な」こどもはいないのである。親孝行を知らない魂、これが畜生道である。

人間だけが報恩の親孝行と報恩のご先祖供養を自分が死ぬまで続ける「人道」の動物であり、

従って人間だけが親孝行というこの世で最も尊い「報恩行」を行う善因を積んだ結果「万劫にも受け難き人身(父母恩重経)」を受ける、この世の全宇宙で最も尊貴な「衆生」なのである。

☆赤ん坊に自分の血肉を分け与えない父が、母性本能を持たないのも当然である。

自分と同じ万劫にも受け難き人身を受けて、十月の間妻である母がその身体を分けて子宮で育み命懸けで出産してこの世に現れた赤ん坊を母が三つ子まで抱っこして悲み育てた(悲母観音)その三つ子を、父は幼子が成長して自分と同じ大人の心身になる14歳まで、「一家団欒」して子を銀にも金にも宝石にもまさるかけがえのない宝として(万葉集)、この世の富貴財物の何物よりも大切に慈しみ育てるのである。

三つ子で言葉を解するようになったこどもに家で抱っこして天の道と人の道を教えるのが父であり、故に人間だけが「母なる大地」と「父なる天」が家の中で子どもを抱っこして慈しみ育てる。これによってムー大陸時代から常に同時代地球上最も尊い「親孝行で他人に親切」な仏国土を築いてきたのは日本人庶民だけであるね。

子がこの世のものとなる「因」を妻である母の肉身すなわち「母なる大地」に夫婦の縁によって与えた父は、母なる大地である妻が命懸けで生み18ヶ月間我が身を顧みず大切に育てた三つ子を、「父なる天」として一家団欒で成人元服数え15,6歳まで「慈しみ」をもって教え躾け育てるのである(・・・「こどもは国の宝」)。

父の教えと躾けは、日本人大和民族仏教徒であれば全員同じであり、第一に親に孝行他人に親切の大慈悲忘己利他菩薩行を子に教えるのである(親父の小ごと施主神田住)。

ムー大陸時代以来の仏教徒菩薩庶民日本人大和民族先祖伝来のこども天国社会は、「こども叱るな来た道じゃ年寄りわらうな往く道じゃ(七不衰法)」の諸行無常の無我利他菩薩行によって、幕末まで国が上下文武両道君民一体となって日本列島扶桑蓬莱の秋津島に常民菩薩君主大光王ご政道天下を伝えつづけて来たのである。


☆これが釈尊の教え「大慈悲」であり、全ての衆生をわが子として教え育てる仏の心は無限の「父の慈しみであり、母の悲(あわれ)みである」(仏教聖典)。


「父母恩重経」は仏教聖典にも世尊の説いた最も尊い教えとして遺されている。
www.asyura2.com/15/genpatu42/msg/369.html#c170
_____________________________

仏教聖典_なかま_第二章、生活の指針_第一節、家庭のしあわせ

三、パーリ、増支部二−四

 父母の大恩は、どのように努めても報いきれない。
例えば百年の間、右の肩に父をのせ、左の肩に母をのせて歩いても、報いることはできない。

 また、百年の間、日夜に香水で、父母の身体を洗いさすり、あらゆる孝養を尽くしても、
または、父母を王者の位に昇らせるほどに、努め励んで、父母をして栄華を得させても、
なおこの大恩に報いきることはできない。

 しかし、もし父母を導いて仏の教えを信じさせ、誤った道を捨てて正しい道にかえらせ、
貪りを捨てて施しを喜ぶようにすることができれば、はじめてその大恩に報いることができるのである。
あるいはむしろ、それ以上であるとさえいえよう。

 父母を喜び敬うものの家は、仏や神の宿る家である。
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Posted by 豊岳正彦 at 2017年05月24日 19:15
「メタボ健診は有害無益である。」

最も肥満で苦しむ人が多い国は? c Fotolia/ Sergey Tryapitsyn
スプートニク日本 テック&サイエンス
2017年05月23日 03:44  https://sptnkne.ws/e247

経済協力開発機構(OECD)によると、肥満と診断された人が最も多い国は米国。

15歳以上の米国人38.2%が肥満であり、2030年には45%に上がる可能性がある。

ワースト2位はメキシコで、肥満率は32.4%。2030年までに39%に到達する可能性がある。

3位はニュージーランドで30.7%。

肥満率が最も低いのは日本で、3.7%だった。・・・!☆☆☆
___________

OECDニュースに拠れば、われら日本人の国は世界で最低の肥満国である。

ということは世界で最もメタボ健診が不要な世界一の健康国と言うことだ。

厚労省はどういう理由で世界一健康な日本国民を病気持ちだらけにしたいのか。

くだらないメタボ病名で病院受診させて不要な有害無益薬物を飲ませて健常な主権者国民を病気に陥れ、
さらに医療保険金を無駄遣いさせて主権者国民家庭の台所を苦しめるためである。

厚労省やら公務員は全員憲法15条で日本国憲法国体君主主権者勤労納税子育て国民全体に奉仕する下僕なのに、
ご主人さまの大事な財布と国庫からちょろまかす泥棒と異なるところがない。

これは憲法最高法規99条違反そのものである。

日本政府は何か弁解があるのか?

総務省NHKを使って公に全国民と全世界に向けて弁解してみなさい。聞いてやるから。

その弁解に理がなければ即刻公務員懲戒解雇して憲法34条、37条、82条に従い公開刑事裁判にかけます。

罪を憎んで人を憎まずの仏法日本国憲法だから死刑判決はないけど無期懲役判決はある。

これが日本国憲法第15条公務員の神聖な責務ノブレスオブリージェである。


もちろん、日本国憲法最高法規第99条により、天皇を除く第15条公務員の主権者国民全員に奉仕する公僕責務を負う摂政総理大臣、
国務大臣、国会議員、裁判官も全員このノブレスオブリージェを果たさねばならないことはいうまでもない。
(天皇は日本国憲法において象徴であるから日本国憲法下位のいずれの法律においても退位後を除いて生涯免責である。)
Posted by 豊岳正彦 at 2017年05月24日 19:16
「公務員「忖度」は職権悪用公金詐欺窃盗重大刑事犯罪」

「日本国憲法15条公務員年齢制限厳格化改正」
https://sptnkne.ws/e4WA

日本国憲法下の選挙の正しい本質
https://latache1992.blog56.fc2.com/blog-entry-769.html#comment17986

日本国憲法前文に書かれている「正当な」正しい選挙とは、政党選挙ではない。

正しい選挙の決めごとを全部書くと長くなるのでひとつずつ小分けに書きましょう。


まず議員職に年齢制限をつけることが絶対の必要条件です。

市区町村議員は40歳で全員議員引退。35歳の方がいいかもね(笑)

都道府県会議員は50歳で全員引退。こっちも45歳のほうが良い。

国会議員は何歳でもオーケー。
ただし任期中の国会会期(定期臨時とも)のなかで1ヶ月の病気欠勤があればいったん職を解く。
当該議員と議員の椅子を争って敗れた同じ選挙区の次点候補が次の国会議員選挙まで代行すればよい。

当然政党選挙の比例代表制は廃止ね(笑)
政党助成金も全廃とする。

首長職については市区町村長・都道府県知事ともに国会議員と同じく年齢制限無しとする。

これが何を意味するかと言えば、国会議員選挙と首長選挙の立候補者は何歳でもよいが、地方議員選挙の立候補者には市区町村議員35歳未満都道府県議員45歳未満の厳格な立候補年齢上限を設けると言うこと。

当然議員年金支給も打ち切りです(笑)
公務員は全員国民年金一律支給だけだね(笑)。

勤労しないで税収から報酬をもらうだけの公僕職に賞与や年金優遇は不要であり、そう言う経済的余得を求めるのなら機会均等の実社会へ出て汗水垂らして真面目に勤労すれば自分の腕一本でいくらでもすきなだけ稼げるのだから、意気地のある者は河原乞食にも劣る無芸無為徒食の穀潰し公務員職などさっさとやめなさい。
公務員如きのかわりなら日本の賢い小6や中学生でもできるからなんぼでもおるよ(笑)

このように国会議員と首長の職以外すべての被選挙職についてすべて立候補年齢制限と議員職年齢制限を厳格に設定する。これが基本中の基本である。

これが第1弾(笑)



ヒロヒト発言記録(1946・4〜6)
     2013年 08月 20日
https://nueq.exblog.jp/20875307

政党助成金も全廃する。


第2弾「忖度は汚職という刑事犯罪である」

憲法15条公務員には一部ではなく全体に奉仕する「義務」がある。憲法では公務員に奉仕する相手を選ぶ「権利」は認めていない。

憲法は最高法規であるから、憲法で権利なき義務というのはすなわち「責務」であり、憲法責務というのはこれを果たさねば憲法によって刑法で処罰されると言うことだ。

公務員法には職務専念義務を定めてさらに公務の内容に立ちいたって憲法責務を果たすようすべての憲法15条公務員と、憲法99条総理大臣、国務大臣、国会議員、裁判官にも同じ「全体奉仕」職務専念「責務」を刑罰をもって科しているのである。
http://medg.jp/mt/?p=6810

日本国憲法に依って立法権のない公僕官僚が勝手に公僕行政府を「忖度」して、恣意的に行政法を作り国会予算執行をねじ曲げて、日本国君主「勤労納税主権者国民」が納税して形成した国庫へ一紙半銭でも損失を与え、憲法責務に反して全体でなく一部の利益に「奉仕」したなら、直ちに憲法99条違反内乱罪で逮捕起訴されねばならない。

このように「忖度」は紛れもなく汚職刑事犯罪であり、行政府公務員の忖度は憲法99条に違反して立法府国会を破壊するテロ行為の重大刑事犯罪そのものなのである。


Commented by 豊岳正彦 at 2017-05-28 05:47 x
https://www.asyura2.com/17/senkyo226/msg/371.html#c45

公務員の汚職は即国庫からの横領窃盗であり、公務員による刑事犯罪は即憲法99条違反内乱罪である。

また公務員が憲法の条文に違背する公務を行った場合、刑法213条により直ちに現行犯逮捕して送検し、刑法極刑の内乱罪容疑で起訴されねばならない。

憲法の規定に従い公開の刑事裁判で公務員不法行為の有無について公開審理を行う。

審理は大光王転輪王の五原則に則り慈悲仏法に従って正しく行われるのが世界に冠たる日本国憲法である。

裁判官もまた国民である以上憲法99条に違反すれば即内乱罪現行犯として逮捕起訴されるのである。


Commented by 豊岳正彦 at 2017-05-28 05:59 x

憲法99条違反についての公開の刑事裁判は、超急的にひらかれ即日即決迅速に結審しなければならない。
これは憲法32条、37条、83条による。

憲法違反の刑事判断においては一瞬一秒たりとも滞っては成らぬのである。

一瞬たりといえども滞れば日本の屋台骨が事故を起こして折れてしまうからである。

日本国憲法は仏法であるから、大光王転輪王統治にならわねばならず、決してそれを踏み外してはならない。
https://sptnkne.ws/dDF5
Posted by 豊岳正彦 at 2017年05月29日 05:13
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