2017年08月27日

信長が「天下不武」とは、室町幕府を立て直すスローガンって???ホンマでっか???

信長について、NHKのある歴史番組で、
次のようなことが語られていた。

「信長自身、戦後にもてはやされるんですよね〜。
戦後のイケイケドンドンの時代に、地方の小大名から
天下人に上りつめる。その過程で、規制の体制を打ち破って、
新しい時代を作っていく。そうして時代背景が、
信長のイメージを押し上げたんだ」

と、、、。

では、どのような方向で見直されつつあるのかというと、
次のようなことが語られていた。

「当時、室町幕府が動揺しているので、信長としては
幕府を立て直すという発想があって、『天下不武』とは
そのスローガンであった」
と、、、。

「上杉、武田などの大大名との外交関係の中で、
信長は当時の社会秩序の中に身を置いていた。
大名としては、セオリー通りの行動」
と、、、。

う〜ん、う〜ん、正直なところ、
いったいどう見れば、このような発想になるのだろうか?

この番組で語っていたように、確かに私も戦後生まれであり、
イケイケドンドンの信長像に染まりきっているのか???

それとも、『信長公記』などを超える一級資料が見つかったのか?

もし、見つかっていないのなら、今まである既存の資料の中で、
どのように解釈するか、解釈変更ということになる。

「天下不武というのが、信長が室町幕府を
て立て直すためのスローガン、、、」
となるのなら、その室町幕府を最終的に葬り去ったのは、
いったい誰なのか、、、。

足利義昭を奉じて、上洛後、副将軍という義昭の要請を
断ったのはいったい誰なのか、、、。

さらにその時期に、義昭の行動を規制するための
「殿中御掟」九か条と「追加」突きつけた信長、、、。

こうなれば、明らかに将軍義昭のロボット化である。

謙信や信玄に贈り物をし、こまめに気を使いながら、
ご機嫌うかがいをしていたから、当時の社会秩序の
中に身を置いたセオリー通りの行動だというような
ことを言っていた。

しかしそれが、果たしてそれがその社会秩序を
大事に思っての行動だったのかどうか、、、。

大改革であればあるほど、多くの敵を作ることになる。

組織として、急成長すれば、これまた多くの摩擦が起こる。

身近な敵と戦いながら、遠くの信玄や謙信となるべく
良好な関係を築く。

これって当たり前のことにように思えるのだが、、、。

ではその後、信長が武田氏や上杉氏をどうしたか?

信長は、最大の敵である石山本願寺を下した後、武田氏を滅ぼしている。

その後、上杉も信長に攻められ、風前の灯、、、。

もし本能寺の変がなければ、確実に滅ぼされていた。

私も歴史が好きであるが、歴史を見る上で、一番大事なことは、
当時のその人の立場にたって、歴史を見ることだと思う。

周りを敵に囲まれているときに、遠くの上杉や武田を敵として、
対立したいのか?

尾張の小大名が、なんの権威もないのに、いきなり京へ出て
「俺に従え」といっても、誰も従うはずがない。

例えば、サラリーマンでも、生きていくためには、
嫌いな上司にも、おべっかを使う場面もあるだろうし、
派閥もあれば、時としては大嫌いな相手に
頭を下げなくてはならない。

むしろ、そういうことに、どれだけ耐えれるか、
忍耐力の強さというものが、信念の強さ、
もしくはその人の器の大きさを感じる。

信長のように、強い自己主張を持てば持つほど、
周りに多くの敵を作ることになる。

例えば、本願寺と妥協すれば、どれだけ楽なことか?

領土を持っても、本願寺などが存在すれば、
虫食い状態、、、。

室町幕府がどうして、あのように乱れていたのか?

守護大名などが巨大化しすぎ、宗教勢力に対する
制御が利かなかったからでは、、、。。

逆に言えば、強力な統治体制が存在せず、
各々が自らの利益に走った結果、あの混乱が続いたのでは、、、。

中国などでは、その混乱の時代がどれほど続いたことか、、、。

そこから、強力な統治体制をつくることが
どれほど大変か、、、。

私には、「天下不武」というスローガンは、
そのような巨大化した戦国大名、宗教勢力を
武力を持って押さえ、統一国家を造るという
大きな目標を明確に示したもののように
感じる。

信玄や謙信のように、豊かな金山を持つわけでもなく、
信長の資金源とは、流通を活発にすること、貿易により利益、
工業製品など、どれもこれも、既得権益を持つ勢力が
邪魔をすれば、成り立たない。

あっちにいけば、信長と対立関係にある
浅井・朝倉がいる、こっちには本願寺がいる、
そんな中で、作ったものを流通させることは、
無理であるし、領土内でそのような活動を保障する
強力な政権が必要となる。

そのためにも、常に戦える軍隊が必要であり、
今まで守り中心の城も、便利な商業地に
立てる必要が出てきた。

一つ一つ検証すれば、明らかに信玄や謙信とは、
違う組織体制であり、その向かう方向もまったく
違って見える。

そうなれば、室町幕府という古い体制の中で、
信長という新しい勢力が生きていけるのだろうか、、、。

その性質というモノが、根本から違う。

今、私が述べてきたことも、戦後の信長イケイケドンドン史観と
言われれば、それまでであるが、今回、番組で戦国史の
専門家として登場された駿河台大学の黒田基樹教授の本を
じっくり読んでみようと思う。


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2017年08月20日

信長による日本の大変革、、、。その城造りから見た斬新さが大きく時代を変えた!!

「信長は意外と新しくない」として、
信長を見直す動きがあるという。

NHKのテレビ番組を見て、

信長の城造りに対して、
天守閣を造るのは、信長が初めてではなく、
コーディネートしただけ。
多聞山四階ヤグラ、安土城より15年前に、
松永久秀の城に存在したとのこと。

天守の前例があり、信長が最初ではない。

しかし、
「その後、秀吉なり、家康など信長の関係者が
天守閣のある城を造っていくので、信長の安土城が
最初のように思われがちだが、それは違う」
というようなことを語っておられた。

う〜ん、どうもしっくりこない。

というのも、信長の城政策をみて、何が斬新であったかを
見た場合、天守閣というのは、それほど重要性がないように思う。

その後、例えば江戸時代、江戸が大火に襲われ、
城下の復旧を優先され、江戸城の天守閣が再現されなかった。

つまり、お城としての天守閣というのは、それほど重要ではなく、
物置のように使われていた大名もいたとのこと。

それよりも、当時戦国時代の城というのは、「守り重視」であった。

山の上であったり、川に囲まれた場所であったり、
便利ではあるが、それだけ攻められやすい平野に作ることは、
まずなかった。

なぜそのようなことが出来たのか?

その一つの理由は、「鉄砲」である。

堀をほり、城壁を造って、攻めてきた敵を
鉄砲で狙い撃ちする。

日本一便利のいい大阪に存在した大坂城、、、。

家康による大阪冬の陣で、20万もの大軍で大坂城を攻めたが、
攻めあぐんだ。

巨大な城壁、深い堀、そして鉄砲が守りにを鉄壁にした。

鉄砲の出現ともう一つは、
それは信長の兵農分離政策である。

つまり、家臣団を城下に住まわせたことである。

当時の大名の家臣団とは、各々の領地と密接につながっており、
常にその領地に住んで、領地内を治めていた。

むしろ、各々が独立経営者のような存在で、その組合長のような
地位に戦国大名であった。

それが、家臣の家を焼いてまで、信長は強引にも、家臣も、その家族も城下に住まわせ、
いわば武士のサラリーマン化と言うのか、自身の領地との関係性を
薄めた。

当時の豪族とは、密接なその土地との関係が強く、
農業生産を基盤に、その組織が成り立っていた。

そうなれば、その領地の都合により、時には離反することもよくあること。

例えば今の大河ドラマでやっている
井伊直虎だが、今川に服従していたが、井伊谷という領地全体が、
むしろ運命共同体のような存在であり、その共同体に不都合なら
今川から徳川に寝返ろうとしている。

今川ファーストではなく、徳川ファーストでもなく、その共同体ある
「井伊谷ファースト」である。

そうなれば、状況次第では、家臣の反乱も絶えない。

それでは、その家臣と領地を離してしまおう、
もしくは関係性を薄めてしまおう、
つまり、武士のサラリーマン化である。

信長以降、お城にばかりいて、代官をおいて
ほとんど顔を見せないという領主が多く出現する。

また、命令一つで、領地替えも頻繁に行われる。

まさに、信長による家臣団の兵農分離であり、
それにより、家臣の反乱が少なくなり、命令一つで領地替え
可能となり、戦争にも敏速に行きやすくなる。

信長軍団の性質上、それは仕方がないことだ。

ドンドンと急成長していく。

「今度、越前を手に入れたので、
今、おまんの領地がある中村から、もっと領地を
たんとやるで越前へ移ってくれ」

なんていう命令は、しょっちゅうあるであろう。

そんな中で、俺は先祖代々、この土地にすんでいたんだ。

この土地から離れるのは、いやだ、
というような武士が信長についていくことは
不可能だ。
(たしか、前田利家の兄さんがそういう人だったんじゃ
なかったかな〜)

城下に家臣団を住まわせるということは、守りに対しても
効果があるということだ。

さらに、内乱を防ぐ為に、家臣を管理しやすい。

そして、出陣にも、それほど手間がかからない。

これらの兵農分離、武士のサラリーマン化というのが、
まったく斬新なことで、農業を基盤とする他の戦国大名とは、
大きく違うこと。

信長の強みというのは、いつまでも戦えるということ。

つまり、戦争の長期化が可能だということ。

農業中心の集団なら、
田植えのときに帰らなくてはならない。
稲刈りのときに帰らなくてはならない。

信長は、信玄や謙信より、戦闘では弱かったのかもかもしれない。

しかし、軍団の傭兵化、家臣団の兵農分離、サラリーマン化、
商業、工業重視などなど、トータルで見れば、その信長の
城のあり方が浮き彫りになってくる。

ヤグラの城が、安土城より、15年前にあったとというより藻、
信長の城の本質とは、当時の常識の根底から覆されるような組織の
性質から見たみれば、まったく斬新なものであったと思うが
いかがだろうか〜。

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「信長」、、、。長篠の戦の真相に迫る、、、。

信長について、どう思うか?

最近、「不器用な信長」というような本が出たとのこと。

私にとって、信長とは、そういう人だと思う。

あまりにも、感性がするどく、そして行動力もある。

そんな人が、まともに型にはまって、組織の中で
生きていけなかったのではなかろうか、、、。

例えば、10倍もの軍勢を率いて、今川義元が攻めてきた。

果たして、信長が今川の家臣として、
今川の一つの駒となることが出来ただろうか?

どう考えても、無理である。

するどすぎる感性、、、。

あまりにも率直で、あまりにも合理的で、
あまりにも本質が見抜けてしまう。

矛盾だらけの中で生きていくには、
自身の「我」というモノが許さない。

そのような観点から見れば、信長はただ
愚直に自分の道を突き進むしかない。

その生き方が、多くの敵をつくり、
大変な苦難の道を行かなくてはならない。

まさに「不器用」な人である。

しかし、その信長が日本に与えた影響というのは、
計り知れないと思う。

信長以前と以後ではどれほど違うか?

よくよく検証してみる必要がある。

本題に入るが、先日、NHKの歴史番組を見ていて驚いた。

信長のことが取り上げられていてのだが、
あの有名な鉄砲を大量に使って、武田氏に大勝利した
長篠の戦について、語られていた。

歴史の専門家の人が出ていて、
信長は、本当は同盟者の家康の要請で、
「信長は決戦する気はなかった。しぶしぶ出て行った」
と、、、。

「信長にとって、大坂の本願寺との戦いの方が、はるかに
優先度が高かったので、鉄砲と柵を用意して対陣し、
武田軍に引いてもらう作戦だった」

と、、、。

「ところが、武田勝頼何を勘違いしたのか、『攻めよう』と
いうことになっちゃたんですね〜」
と、、、。

「決戦するつもりがなかったのに、向うが
勝手に突っ込んできて、バババ−ンと打ったら、
勝っちゃって、大勝利を収めた。
だから、非常にラッキー、運のいい男、それが
現在の研究状況です」
と、、、。

「戦後70年の信長に対するイケイケドンドン史観を見直して、
地に足がついた視線で、戦国時代を見直そうという動きが
出てきている」
と、、、。

う〜ん、とうなりたくなる。

まずは、長篠の戦から、改めて検証してみようと思う。

戦いって、とても重要なのは、まずは
「何処」でやるのか?、「いつ」やるのか?
ということが非常に重要になってくる。

まずは、「いつ」という視点で見れば、武田氏に攻められた
家康からの信長に対する要請は、大きく分けて四回あった。

一つ目は、1573年の信玄自身が家康を攻め、さらに信長の領地をも
うかがおうとした三方が原の戦いのときだ。

その時は、信長は大軍を率いて、決戦に挑んだのか?

お涙ほどの家臣を派遣した程度に終わり、ご存知のように、
家康は大敗、、、。

その時の状況を考えてみれば、まさに信玄を盟主に、本願寺、浅井、朝倉、
足利義満などなど、まさに信長大包囲網が形成された。

近畿を離れ、遠州まで、家康を助けに行けるのかと言えば、
はっきりいって「NO」である。

それこそ、信玄の西上に対して、勢いづく、近畿内の
反信長勢力が大暴れするであろう。

この時、三方が原後、信玄がモタモタしている時間を利用して、
近畿内の敵である浅井、朝倉攻めをかなり強行して、滅ぼしている。

兵をあげてから、数日程度で、打ち滅亡に追い込んだそのスピードは、
まさに神速である。

信長というのは、時間という感覚をとても大事にしていた。

信玄が西上してきたのとしても、農民兵主体の武田軍は、
田植えの時期には帰らなくてはならない。

では、その期間だけ何とか、持ちこたえれば、しのげる。

では、しのぐ為に、少しでも近畿内の敵である浅井、朝倉を
信玄西上前に、打ち滅ぼしておく。

結果から言えば、家康の要請にこたえることなく、
全体から見て、自分のやるべきことを全力でやっていた。

同盟者の家康には、申し訳ないが、全体から見れば、
信長の勢力圏から見れば、優先順位からすれば、落ちてしまう。

まだ、この時は、武田氏との決戦には、機が熟していない。

そして、信玄が亡くなる。

信玄の後を継いだ勝頼は、血気盛んに家康に侵食する。

そして、遠州の高天神の戦いだ。

家康は、三方が原の戦いでも大敗もあり、
どう考えても単独では戦えない。

信長に援軍を要請する。

しかし、信長には、自分の領内、それも尾張と目と鼻の先の
長島で一向宗にかなりてこずっていた。

自分の弟や家臣を数名戦死させ、長島の一向宗に背後を突かれれば、
どの戦場でも、すぐに引き返してこなくてはならない。

このときも、家康の要請にこたえるフリをして、出陣はするが、
その速度はノラリクラリ、、、。

そして、高天神城が落城したと聞くと、神速とも思えるスピードで、
長島を徹底的に叩き潰した。

信長の最大の敵である本願寺は、大阪、越前、この長島と
大きく分けて三大拠点を有していた。

その長島が、完膚なきまで叩かれ、2万人もの
宗徒が焼き殺された。

これが長篠の戦の一年前の1574年の話しであり、
それにより、近年のピンチ続きの信長にとって、
比較的余裕が出来た時期というのが、長篠の戦が
行われた1575年である。

もう一つ、家康からの要請で言えば、1580年、
武田氏滅亡のときであり、このときは完膚なきまでに
武田氏を滅ぼした。

こう見れば、信長が「時」を自ら選んび、
たとえ日本最強の武田軍団と言っても、
決戦するときは、徹底的にやったことがうかがえる。

戦国大名にとって、負け戦というのは、すなわち滅亡に
つながる。

負けるけんかは、けっしてしてはならない。

そうなるためにも、時と場所を選ぶということは、
非常に重要なこと。

では、なぜ、武田の騎馬隊にとって、とても不利と思われる
長篠、もしくは設楽が原で戦で決戦をすることになったのか。

番組みでの歴史の専門家が、
「何を勘違いしたのか、勝頼が突っ込んできたから、
勝っちゃった」
と、、、。

突っ込むには、突っ込むだけの理由があるのではなかろうか?

前日の軍議のときに、酒井忠次が別働隊による
鳶ヶ巣山砦での夜襲を提案したが、信長によって
けんもほろほろ退けられたとのこと。

まるで、毛利元就ばりの長篠へ武田軍を引きずりだすための
内通に対する策略であり、その後しっかりと酒井忠次は、
夜襲を行っている。

結果、この砦が落ち、武田軍は背路をたたれる結果となった。

武田軍にとっては、もう突っ込むしかない。

もしくは、正面軍にある程度打撃を与え、引く。

これは、まさに武田軍と戦った川中島の戦いでの
上杉軍である。

この時、武田軍に退路をたたれ、正面の信玄に対して、
猛攻を繰り広げた上杉謙信、、、。

確かに、川中島という占領地を武田側の支配下であり続けた
以上、武田の勝利といえるが、多くの重臣を亡くした。

引き分けとの見方もあるし、その戦いの後、上杉の名声が落ち、
勢力が衰退したということもない。

むしろ、鳶ヶ巣山砦を落とされ、背後を断たれた勝頼は、
この引き分けを目指したのではなかろうか、、、。

しかし、突っ込んでいった信長・家康連合軍の本隊には、
大量の鉄砲と柵がまっていた。

そして、番組の中で地元の人が
「この辺りは、下田の田といわれるほど、田んぼが深かった。
腰まで浸かるほどだった。そのため、武田軍は、細いあぜ道を
突き進むしかない。そのあぜ道の先に、大量の信長軍の鉄砲部隊が
待ち構えていた」
と、、、。

武田軍にとっては、これがとても不利な場所であり、
不利な戦の展開だ。

これが果たして運なのか?

私は、運というのは、けっして否定しない。

どんなことでも、運というモノが、
勝敗に大きく関わってくる。

でも、運をつかめる人とつかめない人って
いるのでは、、、。

どんなに恵まれていても、そのチャンスをつかめる人、
そうでない人って大きく分かれると思う。

なぜ、武田の騎馬隊を大量虐殺できたのか?

鉄砲があったからではなかろうか、、、?

柵があったからではなかろうか、、、?

大変な沼地である長篠・設楽が原という「場所」を選んだからでは
なかろうか、、、?

大量の兵力を動員できる「時」を選んだからではなかろうか、、、?

確かに、信長が出陣したとき、この戦がどうなるのかということを
想像した場合、いろんなパターンがあると思う。

どんなパターンになろうとも、大軍であり、大量の鉄砲、大量の柵、できる限りの
準備をしていったということは事実だ。

さらに、武田軍の性質、自軍の長所、短所を考えた場合、
運がよければ、大勝利ということも、けっして不可能では
なかったように思う。

それだけ、今回は時を選び、場所を選び、最高の準備をしていった。

爆音に慣れていない日本馬は、鉄砲の音に立ちつくんでしまい、
そうなれば、鉄砲の餌食だ。

鉄砲を知り尽くしている信長なら、そのことも深く理解していただろう。

それらのことをすべて考えれば、状況(運)次第だが、
けっして大勝利の可能性もあり、歴史専門家の言うように、
対陣して武田軍に引いてもらうということも、状況によっては、
起こりうる。

しかし、信長は自分ができるだけの準備をしていたということ。

我慢に我慢を重ね、時を選び、さらに、三方が原ではく、高天神城ではなく、
長篠という場所を選んだ。

これが、ただ「しぶしぶ出て行った、、、。」とか、
ただ「運がよかった」だけという見方では、
どうもしっくりこない。

幾度の経験のもと、運の流れさえ、
ある程度読めるようになるのでは、、、。

ある人が言っていたが、プロになるというのは、
「ある程度、第六感が働くようになり、先が読めること」
と言っていた。

本能寺のときのように、傲慢になっていなければ、
自分の状況、相手の状況、そのことを考慮して、
この戦いが何処までいけるのか、いやというほど
戦をしてきた信長にとっては、直感的に
ある程度見抜けたのではなかろうか。

信玄を盟主とする信長包囲網は、その二年ほど前のことである。

信長にとって、武田氏というのは、いずれは、決戦をしてまで
戦わなければならない相手であり、その武田氏の勢いにより、
近畿の反信長勢力が勢いづくのも、2年ほど前に見ている。

しぶしぶ放置するほど、武田氏を避けては通れないし、
ある程度余力のあった1575年という時期に、決戦を
挑んだという見方ができるのではなかろうか。

番組の歴史家がおっしゃられるように、
私の信長の最大の敵は、大阪の石山本願寺だと思う。

では、その難攻不落の石山に立てこもる一向宗を孤立化させるには、
武田氏をたたくこと、越前の一向宗をたたくこと、そして
どちらを優先するかというと、動きの活発な武田氏であったと思う。

武田氏をたたかなければ、石山の本願寺の降伏には、たどり着けない。

武田氏を長篠で破った後、次にやったことは、越前の一向宗との
戦いであった。

石山本願寺を本気で降伏させるには、どうしても武田氏と
戦わなければならなかったのが、現実ではなかろうか。

「信長自身、戦後にもてはやされるんですよね〜。
戦後のイケイケドンドンの時代に、地方の小大名から
天下人に上りつめる。その過程で、規制の体制を打ち破って、
新しい時代を作っていく。そうして時代背景が、
信長のイメージを押し上げたんだ」

と、、、。

そんな中でも信長像が、突き進んできたので、
今、歴史学会で、信長を見直そうという動きが
出てきているとのこと。

私も、戦後生まれの戦後育ちであり、その環境の中で、
信長を学んできたので、その影響下にあると言える。

しかし、どうもこの歴史の専門家の言うことが、
間違いだらけのような気がしてならない。

そう思うから、このようにブログを書いているのだが、
もし、新しい新事実が出てきたのなら、
必ず今まで言ってきたことに対して、間違いを認め、
従ってみせる覚悟はある。


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2017年08月19日

信長の「天下布武」とは、、、。その「天下」というのは「近畿一円」という話を聞いたのだが、、、。

 先日、NHKの歴史番組で、織田信長のことがやっていた。

大学教授のような歴史の専門家がおみえになられて、、

「信長の「天下布武」について、それは全国を指していることではなく、
近畿一円のこと」

だといっていた。

う〜ん、、、?????

つまり、信長が目指していたのは、全国的な統一ではなく、
古い体制を打破し、武力により近畿一円を治めるということだ
と、、、。

「近畿」、、、「全国」って、当時にとっては、
ほぼ同義語じゃ〜ないのかな〜。

例えば、家康がなぜ、関ヶ原の時、対峙していた東北の上杉の戦いをさけ、
関ヶ原まで戻ってまで、中央にいる石田三成らを優先的に
たたいたのか、、、。

その後を見れば、分かるのでは、、、。

関ヶ原で勝ち、大阪、京都を支配下に治めた家康に対して、
上杉は、大阪まで来て、降伏した。

豊かで発展していて、さらに地形を見ればわかるが、
水運が発達している近畿をとることが、すなわち全国支配につながる
ということ。

信長のその後を見ればわかるのではないか、、、。

中央の大勢力である本願寺を降伏させ、近畿を抑えた信長が次にやったことは、
上杉攻めであり、毛利攻めだ。

その後、本能寺があり、毛利攻めをしていた秀吉が
まず行ったことは、中国大返しであり、近畿を抑えに行った。

そして、明智光秀、柴田勝家に打ち勝ち、近畿を手中に収めた秀吉が、
その後、九州攻め、小田原攻め、四国攻めなどの地方への軍事行動であり、
最後には、まだ攻められてもおらずに、恭順を渋っていた、
東北の伊達政宗も、小田原攻めの最中に秀吉の軍門に下った。

代々の政権がなぜ、近畿地方にあったのか?

確かに鎌倉幕府は、地方であるが、しかし、その中央の勢力であった
平氏を倒し、さらに承久の乱では、朝廷側と闘い、
その後六波羅探題を置いて、中央をしっかりと管理しながら、
鎌倉政権を維持してきた。

このように見ると、「近畿」と「全国」というのは、
ほぼ同義語であり、信長の「天下布武」が、よりこじんまりした
近畿地方の制圧であり、より規模の大きな全国では
なかったというのは、いささかまと外れではなかろうか、、、。




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2017年08月17日

「健康」か?「生き甲斐」か?人生の最終盤、何を思うべきか?

お盆前のある夜中、四時ごろ、
突然携帯が鳴った。

何かと思い電話に出ると母である。

「トイレに行こうと思って、立ち上がったら
あるけんくなったで、すぐに来てくれ」


ということであった。

私の住む離れから、母屋におとずれると
うずくまっている母を見つけた。

「三時ごろに、トイレに行こうと思ったけど、
あるけんくなっちゃった。這っていこうおもったけど、
うまくいかんわ」
と、、、。

今年75才になるうちの母は、むかしからよく働いてきたせいか、
膝の軟骨がすり減り、膝に激痛が走る。

膝だけでなく、腰も、肩も傷む。

五月にも、同じように歩けなくなった。

その三年ほど前も、同じようなことがあった。

しかし、少し良くなると、すぐに畑に行こうとする。

「そんな足で、何では畑なんか行くんだ!!
え〜かげんにしとけ💢」

と、私が怒ると、逆切れして

「ほんなもん、生き甲斐かだもんでしょうがないだろうが💢」
と、、、。

「健康」か?「生き甲斐」か?

むつかしいね〜。

母にとっては、畑は楽しみ。

しかし、畑の農作物とは、生き物であり、
必要な時に、必要な世話をやらなくてはならないので、
母の体のことなど、お構いなしにその時期が来る。

たとえ、歩けんほど膝が痛くても、トマトを
今、収穫しないと、すべてダメになってしまう。

私もなるべく手伝うようにしているのだが、
私も仕事に田んぼにと、飛び回っているので、
なかなかその時期に体があかない。

そうなると、私が会社に行っている間、
こそっと畑に行っているようだ。

ほとんど、お金になるわけでもないし、
そこまでして、畑に行きたいのか?

ある意味、母が言う「生き甲斐」のすごさを感じる。

確かに、もし私が母の立場だったらどうだろうか?

もしかしたら、この老いた体をトコトン使い切りたい
と思うのかもしれない。

さらに、あれやってはいかん、これやってはいかんと
言われるのもなにか不自由を感じるのかもしれない。

しかし、私は母に、いずれ体が老いて、病気になり、
死んでいくということをよくよく認識してもらいたい。

あるお坊さんが
「身近な人の死というのは、いずれ自分も死んでいくということを
分からせるためにあるんだ」
と、、、。

畑も何もかも、老いて一人きりで旅立たなければ
ならない日がそう遠くない時期に来る。

いずれ死ぬわが身ということを、母にも認識してもらいたい。

そうなれば、いろんな執着が薄まる。

また、充実した余生が送れるような気がする。

母には四つ上の姉がいた。

その姉は、いわば母の母代わりのような存在であったが、
七年前なくなった。

その時は、母も大泣きであった。

その姉、私から言えば伯母だが、
伯母の四十九日に、毎週母と二人で、お参りに行った。

その後、毎回、二人で喫茶店によって帰った。

その時、
「おばさんが、おまんもいずれ死ぬということを
悟らせるために、先に行ったんだぞ」
というようなことを母に言ったが、
そん時は、
「そうだな〜、そうだな〜」
と、言っていたが、その後あまり効果がないようだ。

自分がいずれ死ぬということを認識知れば、
周りが客観的に見れる。

あらゆる煩悩が、だんだんと薄まってくる。

ただ、カラオケだ、体操だ、旅行だ、畑だと飛び回っているだけでは、
一時的な解放感を得るだけで、果たして本当の満足感が
得られるのだろうか、、、。

それらも、いずれ飽きてくるし、仲間もだんだんと
出られなくなるであろう。

誰でもそうであるが、人生の最終盤で、大変なことが待っている。

得体のしれない「死」だけでも恐怖なのに、年老いていく悲しさ、
病気になる苦しみ、そして身近な人との「別れ」、、、。

それら一つだけでも、大変なことなのに、四つも
津波のように襲ってくることになる。

そんな中で、いかに冷静でいることができるか、
それによってその苦しみを緩和できると思う。

人生の最終版、どのように過ごすか、よくよく考える必要があるの
ではなかろうか。


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2017年08月16日

あらゆる枠組みを超えよ!仏教の教えは、深いね〜。

世の中生きていくうえで、どうしても
いろんな摩擦に出くわす。

とても傲慢な人、、、。

自慢話ばかりする人、、、。

悲劇の主人公から抜け出すことができない人、、。

いろいろだ。

はっきり言ってそんな人たちは、なるべく避けたい。

しかし、どこかの無人島でも行くのか、、、。
それとも、世間と壁を作って、生き続けるのか、、、。

金子みすゞは

「泥があるからこそ、蓮が咲く」

と、唱えていた。

 NHKのEテレで、先日、放送された100分で名著の「維摩経」が
とてもよかった。

その放送の中で、

「何処にも逃げ道などない。苦難の今を引き受け、
苦難の世俗を生き抜く覚悟がいる」

というようなことを言っていた。

その通りだと思う。

では、どうするか?

相手など、なかなか変えれるものではない。

むしろ、受ける側の自分のとらえ方を変えること。

また、自分の態度次第で、相手の悪いところを
引き出してしまうことってよくあると思う。

維摩経の放送の中で、こんなことが紹介されていた。

愛する人が髪をとかしている姿を見ると「なんて美しい
髪なんだろう」と思うのに、その人の髪の毛が抜け落ちて
お風呂の排水溝にたまっているのを見ると「汚いな」と感じる。
髪の毛事態の物質性はまったく同じなのですが、意味づけが
大きく異なる。同じものを見ても、自分のとらえ方次第で
まったく別のモノに見えてくるのです。
 私たちは普段の生活の中で「きれい」「汚い」を当たり前の
ように対立的にとらえていますが、よくよく考えると、それは
自分の都合が作り出したものに過ぎないのではないでしょうか。
自分というフィルターを通してものごとを見ているからこそ、
そこに差異が生まれるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

「自分というフィルター」、、、。

これにより、大きく世の中が違って見えてくる。

特に、怒りや不安など、煩悩に心が占領されてしまえば、
その「自分というフィルター」も、かなり偏ったモノになってしまう。

いかに、冷静に、心を落ち着かせて、周りを見るか、
そのことによって、世の中など、まったく違って見えてくる。

あっちを向いてガオー、こっちを向いてガオーと、
心が戦国時代の人ってどこにでもいる。

その人なりのこだわりを主張して、
攻撃してくるが、その主張にもかなり矛盾が多い。

できる限り、そういう人からは避けたい。

しかし、どうしても避けれないことなど、
ちょくちょくある。

そんなとき、どうするか?

どのように、自分を変化させるか?


「正しい道と間違った道があると人は考えがちですが、
間違った道に足を踏み込んだことのない者は、何が正道で
何が邪道なのかはわかりません。正道と邪道を分けて
考えることをやめれば、その先には不二の法門が待っているのです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、、、。

ほかにも、「対象と主観」「善と不善」「徳と悪」
「聖と世俗」「悟りの世界と迷いの世界」「智慧と愚痴」
「色と空」「刺激と感覚器官」「身体と精神」「自分と他者」
「光と闇」「真実と虚像」などなど、人間ってすべて自分という
フィルターを通じて、区別する。

しかし、煩悩が無くして、悟りがあるのだろうか?

先ほどの心が戦国時代の人も、心の中では、
何かにおびえているということ。

だから、自分を大きく見せようとする。

だから、強面でい続けようとする。

しかし、もう少し、肩の力を抜けば、
まったく違った世界が見えてくるように思うのだが、、、。

でも、このような心の恐怖を持ち続けるからこそ、
何かのきっかけで悟りが開けるようにも思う。

ということは、その人の心が戦国期の時期というのは、
必要なのかもしれない。

もしかすると、自分は人間のいいところだけと
付き合っていこうという気持ちがあるのかもしれない。

例えば、心のあり方を学ぶ上で、
そのような人からも、いろいろ学ぶことができる。

きれいなモノだけに接していて、本当に心の学びがあるんだろうか。

むしろ、泥の中にこそ、本当の真理があるのでは、、、。

煩悩と悟りとは、一心同体。

心が穏やかな人も、そうでない人も、すべてつながっており、
すべてが必要だから、私の前に現れる。

というよりも、自分が引き寄せている。

ストレスを感じる人がいるとする。

そのストレスを、10人いれば、10人とも
感じるのかというとそうではない。

何年か前、こんなテレビ番組をやっていた。

20代の少しぽっちゃり気味の大学生女子が、
自分のぽっちゃり体形で、いかに人生苦しんできたかを
泣きながら語り、整形の必要性を訴えている。

しかし、けっこう見た目もかわいいし、
大学生という一番、自由にやれる時期を
そのようなことで、悩み苦しんでいるのは、
非常にもったいない。

もう一人の出演者がいて、その人は、その大学生よりも
はるかに太っていて、三十代。

まるで太っていることを気にしていなく、彼氏もいるという。

この違いは、いったい何なのか?

例えば、何気なく友人が言った「デブ」という言葉に
敏感に反応してしまう。

そうなれば、その友人も、面白がって、
「デブ」を連発する。

そういう人って、10人いれば、何人かは
いると思う。

そのような人を避けて生きていれば、
自分がより狭い世界で生きていかなくてはならない。

むしろ、動じない自分、、、。

そういう自分が、意地悪な相手の部分を引き出させないのでは
なかろうか、、、。

そのようなより成長した心を作るのも、
決して清らかな心の人ばかりの世界では、
できるものではない。

いろんな人がおり、いろんな人を受け入れてこそ、
心の成長があるのではなかろうか。

とらえ方を変える、心のフィルターを変える、
自分が作り上げたすべての枠組みを変える、
世の中諸行無常であり、常に集合と、離散を繰り返している。

柔軟な心を持つにも、いろんな体験をし、
いろんな人と接してこそ、はじめてえられるもの。

自分を解放するにも、あらゆる枠組みを超えて、
ものごとを見る訓練ができているか、いないかで
えらい違ってくるような気がする。



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2017年07月10日

過去も未来もない、ただ存在するのは、この瞬間だけ、、、。この瞬間が「因」となり、次の瞬間の「果」となる。その連続が人生そのもの、、、。

CIMG8060.JPG

うちの愛犬パンチくん。

我が家では、大活躍だ。

認知症がかなり進んでいるオヤジが話すことというと、
まず、このパンチのこと。

また、犬嫌いのうちの母が、
「パンチが死んだら、私も死ぬ」
というぐらい、犬が好きになってしまった。

このパンチの魅力とは、いったい何なんだろうか。

とにかく、人懐っこい。

誰でもじゃなくて、特に家族にものすごく甘えてて来る。

誰もいなくて一人で留守番しているときなんか、
私が帰ってくると、体中でその喜びを表し、すり寄ってくる。

そうかと思えば、うちの嫁が帰ってくれば、
もう嫁にべったり。

トイレに行こうが、今に居間に行こうがべったりとくっつき、
まるで家庭内ストーカーのようだ。

さっきまで、私にべったりだったのに、
もうそのことも忘れて、嫁にすり寄るパンチ。

また、その何にも考えずに、気の向くまま、本能で
生きている愛犬パンチくん。

散歩に連れてってほしいときは、私の目の前に現れ、
玄関に連れて行こうとする。

腹が減れば、わんわん吠えるし、眠くなれば、眠たそうな顔をして
いびきをかきながら寝ている。

そんなパンチを見ていると、ふと思ったことがある。

それは、パンチは、今を生きているということ。

例えば、明日病院で注射を打たなければならなくても、
本人は分からない。

過去のことをくよくよ悩むわけでもない。

今、あるこの瞬間が、パンチにとってすべてなんだ。

その瞬間を受け入れ、全力で生きている。

さみしいから、一人にしないでと思えば、
懸命に吠える。

散歩に連れていけば、思いっきり遊ぶ。

過去も未来もない、ただこの瞬間、それがパンチのすべてだ。

人間だってそうだ。

過去のことって、もうすでに終わってしまったこと。

未来のことって、
あれこれ考えてもしょうがない。

例えば、明日、お客さん所に謝り行かなくてはならないとしても、
それは明日のことであって、今日のことでもなく、
そのことで「いやだ、いやだ」と思っていても、
心に負担をかけるだけ。

それより、パンチのように、例えば謝る時も、
その場で全力で謝ればいいし、やれることを
めいいっぱいやるだけのこと。

シンプルるに、今日、この習慣をベストを尽くすのみ。

そして、この瞬間が、「因」となり、次の瞬間の「果」となる
ということを仏教で言っていた。

確かにその通りだと思う。

人生とは、その「因」と「果」の連続。

すべてつながっている。

例えば、今日、車の中が汚い。

毎日、車に乗るとき、あ〜、汚いな〜と
少し不快感を感じる。

では、それに気が付いたときやっていれば、
その後の不快感は、存在しない。

今日も、見過ごしてしまった自分が「因」となり、
その後の不快感が「果」となる。

例えば、うちの会社のM君を見ていると、
とにかく不器用で、呑み込みが悪く、世渡り下手だ。

しかし、いいところもある。

それは、素直であり、愚直であること。

分からないことを、しっかりと飲み込めないと、
動けない。

そして、分からないと素直に聞いてくし、
常に学ぼうという姿勢が、体からあふれている。

もし、どちらかというと、見栄っ張りな人がいるとする。

そういう人って、十年経ってみると、かなり損をしている。

「時は金なり」というように、
ただ頭がいいキャラで、そのキャラに縛られてしまえば、
素直に聞くことなどできやしない。
また、周りの目が気になって、チャレンジすることなど
出来なくなってしまう。

分からないことを素直に聞くということはできないし、
そのことから逃げようとするであろう。

毎日がチャンスである。

そのチャンスに、素直に向き合ってきた人と、
そうでない人の十年とかなり違ってきてしまう。

最近、仏教の維摩経にはまっているが
維摩がある人に、
「維摩さんは、今日はどこに行かれていたのですか?」

「道場に行っていて、道場に帰ります」
と、、、。

維摩の道場とは、出家ではなく、日常の生活の中に、
いろんな悟りがあるという立場だ。

泥の中でしか、蓮が咲かないように、いろんな人間の醜い部分を
見ながらでないと、けっして悟りなど得られなりという立場だ。

文殊菩薩は、

「煩悩も、仏教以外の教えも、仏陀となる素質です。すでに悟りを
得た人は、それ以上悟りを求めることはしません。その人は、煩悩の
泥の中へとまみれることが仏道の実践になるのです。空中に種があっても
芽は出ませんが、泥土の中にあれば芽をふくのと同じです。大海の底に
潜らなければ海の底の宝が手に入らないように、煩悩の中を生きぬかなければ
智慧を獲得して実践することはできません」

と、、、。

その世俗の中で、瞬間、瞬間を大事に生きていく。

過去のことを悔いても、その過去は、すでに存在しない。
あなたの心にあるだけ、、、。

未来のことを不安に思っても、それは今ではない。

すべて、自分の心が作り出すモノ、、、。

あるのは、今、この瞬間のみ、、、。

その瞬間、瞬間をべストを尽くしている、
そうすることにより、未来が開けていくのではなかろうか。

どんな未来になるかわからないが、自分のやれることというのは、
ただその瞬間、瞬間、ベストを尽くすだけしかやれない。

後は、もうお天道さんでも、仏さんでも、ご先祖さんにでも
任せておけばいい。

維摩経というのは、どちらかというと禅宗的。

そして、念仏系の
「阿弥陀様は、すべてを私に任せろ」
と言っているというスタイルを取り入れる。

維摩経であろうと、禅宗だろうが、真宗だろうが、
キリスト教だろうが、イスラム教だろうが、
自分にしっくりくるものは、どんどん取り入れていけばいい。

「仏教とは、科学だ」と言っていた人がいるが、
生きていくためのいろんな智慧が内在されている。



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2017年07月08日

日欧EPA大枠合意の裏にある、ISDS条項は、協議継続とのこと。

 昨日の中日新聞一面、
「日欧EPA大枠合意」というような見出しが、
飾られていた。

そして、だんだんとページを進めて読んでいくと、
小さくこんな記事があった。

「日欧EPA大枠合意の要旨」
と書いてあるところの、一番下に小さく
【ルール分野】
<投資>
企業や投資家が進出石の現地政府を訴えることができる
紛争解決手続き(ISDS)は、協議を継続。


書いてある。

気になって、
このようなTPPなEPAなどのスペシャリストの
アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長、
内田聖子さんのついったをのぞいてみると、
こんなことが書いてあった。

7月6日  

なぜ日本政府は、TPP型(EU側の言葉を借りれば「旧式」)のISDSに
固執するのだろうか。ISDSを「改良」したEUの投資裁判制度(ICS)は
決して欧州市民から評価されていない。まだまだ投資家にとって有利な
メカニズムだ。変な話、これを受け容れたところで大勢に影響はないだろうに。

7月6日 

「EUは日本との交渉で、改革された投資裁判制度(ICS)を提案してきた。
EUは旧式のISDSに戻ることはできないことを主張し続けている。いかなる
条件の下でも、合意の中に旧式のISDSを含めることはできない。この点に
ついての結論に達するためには、今後数か月間でさらなる議論が必要だ」


なぜ、あの悪名高きISDSに、日本政府がこだわるのか?

まったく、わけが分からない。

引き続き、しっかりと監視が必要!!







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2017年07月05日

「手放す」勇気、、、。

江戸時代の禅僧、鈴木正三さんがこんなことを言っていた。

「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」

と、、、。

我が身を思う念(自己保身)である以上、
自分というモノに意識が集中する。

周りをよく見てください。

何かに悩み苦しんでいる人の大きな特徴は、
周りがまったく見えてみない。

怒り狂っている人の大きな特徴は、
その怒りで周りがまったく見えていない。

自分のことを大きく見せよう、大きく見せようとする人の
大きな特徴は、人の話を聞かない。

つまり、人にあまり関心がないということ。

煩悩に取りつかれれば、自分という意識(自我)が強くなる。

でも、逆から言えば、人間というのは、もしかしたら、煩悩を手放すことができない。

煩悩にしがみついて生きているのでは、、、。

たとえば、以前の上司であるが、
あっち向いてガオ〜、こっちむいてガオ〜というような
パワハラ上司、、、。

内面は、震えてにもかかわらず、強く見せよう、
大きく見せようと、いきり立っているようだ。

見方によっては、かなり無駄なエネルギーを使っているようにも見える。

そうしていると、心がさびてくるというのか、
もう少し、肩の力を落とせば、等身大で生きれば、
もっと幸せになれるし、周りにもいい影響を与えられる。

勇気をもって、自身を手放す、、、。

そんなにヨロイで身を固めすぎていれば、動きが鈍くなる。
視野が狭くなる。

自分というモノに意識が集中している以上、
周りなど見えやしない。

そのプライド、本当に必要なのか。

ただ、その強面の表情、心の中では、
いったい何があるのか、、。

そんなの思い切って、捨てちまえば、、、。

それには、トレーニングも必要であろうし、
生きる智慧も必要なのかもしれない。

仏教では、煩悩とは心の「過剰さ」とも説く。

その「過剰さ」とは、自分を守ろうとする意識が
強くなりすぎている。

でも、自分の実態とは、何もない。

ただの水と二酸化炭素の集まりであり、
それも常に出たり入ったりしている。

それに、60兆の細胞というのは、常に新陳代謝を繰り返し、
二年で総入れ替えされるという。

二年後には、実は全く別人ということになる。

さらに、60兆の細胞に対して、影響し合ったいるが
自立した生命体である100兆もの微生物が人間の体には
住みつき、その微生物がいないと、生きていけない。

それらのモノをたまたま、何かの縁で、かき集められ、
私というモノが、今、存在する。

そう思うと、自分なんてなんもない、まさに空っぽでは、、、。

私は、20数年、日記を書いているが、むかしの日記を読み返して
見ると、まあ〜、なんと小さなことで悩んでいことか、、、

と、思うようなモノだらけだ。

その悩んでいたことさえ、今ではすっかり忘れている。

そう、悩みというモノのほとんどは、時が経てば解決して
くれる。

その悩みに、冷静に向き合ってみれば、もしかしたら、
かなり楽になるのでは、、、、。

現実にあるのは、「今」しかない。

過去のことを悔やんでいてもしょうがない。

未来のことで、恐れおののいていても、心に負担になるため。

その瞬間を全力で生きる。

その瞬間が「因」となり、次の瞬間の「果」となる。

そのように、因と果の連続が、人生であり、すべて
つながっているということ。

なるべく良い「因」を作るために、自分がどのようなことを
心がけて生きるかで、10年も経てば、大きく変わってくる。

トレーニングとして、自身を守ろうとする過剰さが、煩悩であり、
その過剰する自分に対する意識を外に、外に、持っていくようにする。

家族のために、社会のために、次の世代のためにと、
煩悩まみれの中でも、なるべくそのようなことを口にし、
行動すれば、だんだんと意識が、外に向いてくるのは、、、。

自分という意識から離れ、他社に奉仕するということを
それが仏教でいう「慈悲」ということになり、
生きる智慧と共に、この二つが仏教では、
「This is the 仏教」とのこと。

生きていくうえでの「智慧」。

煩悩を薄める「慈悲」、

これらをなるべく身に着ければ、かなり自分の主観が
変わってくるのでは、、、。

宿命というモノがあるのら、その宿命をどうとらえ、
どのように付き合っていくかで、自分の主観次第で、
人生大きく違ってくるような気がする。





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2017年07月04日

「煩悩なくして悟りもない」、Eテレ100分で名著「維摩経」の中で。

NHKのEテレ100分で名著「維摩経」のテキストブックの
中で、金子みすゞの「蓮と鶏」という詩が載ってたので、
紹介したい。

泥の中から 蓮が咲く。

それをするのは蓮じゃない。

卵の中から鶏がでる。

それをするのは鶏じゃない。

それに私は気がついた。

それも私のせいじゃない。


熱心な仏教徒の家に生まれた金子みすゞは、仏教的な
感性溢れる詩をたくさん残しているとのこと。

続いて文殊菩薩の言葉

「すでに悟りを得た人は、それ以上悟りを求めることはしません。
その人は、煩悩の泥の中へとまみれることが仏道の実践になるのです。
空中に種があっても芽は出ませんが、泥土の中にあれば芽をふくのと
同じです。大海の底に潜らなければ海の底の宝が手に入らないように、
煩悩の中を生き抜かなければ知恵を確保して実践することはできません」

「煩悩即菩提」
(煩悩と悟りは別々のものではない)


二項対立を解体していくと、いわば煩悩こそが悟りの
だと説くとのこと。

維摩は、
「仏道を本気で求める者は、何があっても、どんな環境におかれても、
心身は常に清浄で穏やかなはずだから、世俗の中で生きても煩悩に
支配されることはない」

と語る。

常日頃生活していると、毎日毎日、いろんなことが起こる。

そんな中で、怒り、悩み苦しみ、心が奪われがちである。

しかし、それがあるから、悟りが得られるのではなかろうか、、、。

私は、二十数年、日記を書き続けているが、むかしの日記を
読み返してみると、こんな小さなことで悩んでいたのか!?と
あらためて、自分の未熟さを痛感する。

それって、自分が成長しているということ。

そう思えば、悩み苦しむことも大事、、、。

泥まみれの世俗の中で生きていれば、
周りからいろんなストレスを受けることも
しょっちゅうある。

怒りに取りつかれている人、
見栄やハッタリの世界観で生きている人、
勇気が持てず、常にぐるぐると同じところをまわっている人、
すべて、その人なりの修行をしているのかもしれない。

いつ気付くのか、と、こちらから焦ってもしょうがない。

ただ、じっくり待つことも大事、、、。

それに自分にも、そういうところがあるということ。

だからそれがストレスに感じる。

瞬間、瞬間を大事に生きていれば、その延長線上に、
心の成長があるように思う。

どこにも逃げ道などない。世俗の世を生き抜いく覚悟こそ、
新しい道を開くのかもしれない。


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2017年07月03日

Eテレ100分で名著「維摩経」の最終版!!お世話され上手の正体とは、、、。

 NHKのEテレ「100分de名著」で
やっていた「維摩経」、ゲストのあるお坊さんが
こんなことを言っていた。

「高齢者の介護にかかわっていると、ある世代から
急速にお世話されるのが苦手な世代があることに気が付いた。
だんだんと都市化するにつれて、人に迷惑をかけなければ、
「自由」である、という考え方が美徳とされるが、
ある意味、傲慢でもある」

なるほど、なるほど。

私が住む辺り、周りはかなり住宅地に
なっているが、その流れに取り残されたような集落だ。

昔ながらの風習がまだ残っているような場所だが、
たとえば、うちのオヤジが年老いて、認知症になったとき、
近所の60代のおばさんが
「順番だでね〜。しょうがないわ」
と、、、。

うちの70代半ばになる母も、そのようなことを言っていた。

この「順番」という感覚、、、。

解剖学者の養老孟司がこんなことを言っていた。

「日本全国、都市化が進むにつれて、死とか、
老いというモノを、家庭から排除するようになった」
と、、、。

確かに、そうだと思う。

ほとんどの人が、病院で死に、老後は施設で過ごすのが
あたり前になった。

18年ほど前に亡くなったうちのおばあさん、、、。

働き者であったが、寝たきりの状態が7年間も続いた後、
家で老衰で亡くなった。

そのことって、今思えば、我々家族にとって、
いい体験になったのではなかろうか。

あるお坊さんが
「身近な人の死というのは、いずれ自分も亡くなるというということを
教えるためにある」

というようなことを言っていた。

人間だれでも、「老いる」ということ、「死ぬ」ということ。

あの信仰深くて優しかったおばあさんが、鬼のような顔をして、
とてもきついことを何度も言っていた。

特に排便に関して、おむつの中でするのが、とてもいやみたいで、
はいつくばってでも、トイレに行こうとしていた。

そんなおばあさんを、うちの母は、ほんとよく介護してくれた。

我が母ながら、とても感心する。

今ではすっかりアウトソーイングになってしまったが、
むかしの人は、人が順番に老いて、病気になり、亡くなっていく姿を
他人任せでなく、すぐ近くで、寄り添いながら見ている。

そうなれば、永遠の命など存在しない、
自分もいずれ亡くなるということを、しっかりと認識できるような
気がする。

「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

これは、秀吉の辞世の句であるが、あれだけ栄華を極めた秀吉も、
最後はすべてを残しで、死んでいく。

誰でも、老いて病気になり、そして一人で死んでいく。

「順番」という感覚も、身近な人のそのような場面になるべく、
接することで、身についていくのではなかろうか、、、。

話は変わるが、私はけっこう好奇心が強く、
博物館などによく行く。

そこで、学芸員の人やボランティアの人に、良く質問をする。

そんな時、うちの嫁は、決まって
「恥ずかしいからやめなさい」とか、
「迷惑になるでしょ〜」とか、

そんなことを言って、私が質問しているのを遮る。

いつも、いいところなのに、不完全燃焼のような状態で、
引きずられるようにその場を立ち去らないけない時も、
何度もあった。

しかし、「迷惑って」ほんとなのだろうか?

仕事でもそうだが、自分が知らないのに、質問もせずにそのまま過ごして、
知らないままで本当にいいのだろうか?
と思ってしまう。

それに、質問された方にしても、その質問をされることによって、
いろんなことを学ぶことができるのでは、、、。

私は、若いころ、ホテルマンであったが、お客さんに
いろんなことを尋ねられた。

このワインは、どんな味とか?
この料理は、どんな味付け?

とか、おいしい居酒屋はどこにある?
から、どこかで、チケットてにはいらないかな?
とか、その都度、調べていたら、ゆくゆくは
かなり知識が付くことになる。

「必要は習得の母である」

質問する方だけでなく、質問される方も、確実に
成長するように思う。

ある人が言っていたが
「知識・知恵などというのは、人類共通の財産だ。
だから溜め込んじゃ〜いけないんだよ。教わったことは
ドンドンといろんな人に伝えることが自分の為にもなる」

と、、、。

大変深い言葉である。

例えば、エジソンがもし原始時代に生まれていたら、
あのような数々の発明は出来ただろうか。

鉛筆も、紙も、工具も服もおぼつかない、
そんな環境では発明など出来るわけがなく、
むしろ食うものを必死に探す
毎日ではないだろうか。

人生の中で得た知恵や知識、
そんなモン自分固有のモノでない以上、
いいことはドンドンと周りに伝える。

私は、おせっかいなくらい、いいと思ったことは、
ドンドンと人に薦めたり、教えたりする。

他人は自分の鏡である。

自分がいつもそのような姿勢であれば、
「周りの人もにいつも自分に何か教えたがっている」
と、思えるようになってくる。

もちろんそういう人もいれば、そうでない人もいるであろう。

例えば、どこかの工場に見学に行ったとする。

そこに自分の好奇心を刺激するような、
変わった形のした面白そうな機械があった。

しかし、その機械の前にしかめっ面した気むずかしそうな
年配のおじさんが、説明係としてたっている。

果たして、あなたなら興味を持ったその機械について
その不機嫌そうなおじさんに質問するであろうか?

うちの嫁なら、「迷惑だから質問するのはやめなさい」
というであろう。
ここが私たち夫婦の大きな見識の違いである。

私ならその気むずかしいそうなおじさんが、
質問したとたんに表情が変わり、ニコニコしながら
教えてくれるような気がしてならない。

人間というのは、所詮は自分が持つ主観で動くモノ。

自分が迷惑だと思えば、相手に対しても迷惑に思えるモノだ。

逆に言えば、「同じように思う人を捜している」とも言える。

私のように人に「教えたい、教えたい」と思うような人なら、
相手もそのように見えてくるし、そういう人と波長が合い、
会話を楽しむことができる。

逆に、迷惑と思う人とは、会話してても、それほど面白くなく、
自然とその場を立ち去るであろう。

どちらのモノの見方がいいのか分からないが、
どちらの方が自分にとってプラスになるのだろうか。

自然と自分と同じなモノの見方を捜している以上、
「迷惑」と思っている人は、そういう人を引きつけてしまう。

また、人の心というのは千差万別。
自分が、過剰に迷惑と思ってそのようなチャンネルを持っていれば、
相手からもそのような感情を引き寄せてしまう。

「人の役に立つ」ということに対して、
喜びを感じる人って、けっこういると思う。

そういう感覚で、瞬間、瞬間を生き続ければ、
人生どのように変わってくるだろうか。

今、この瞬間が、「因」となり、次の瞬間の「果」となる。

人生とは、その「因」と「果」のつながりの連続である。

自分がどのようなことを心がけて生きるかで、
10年経てば、大きく変わってくる。

鈴木正三さんが
「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」
と語っておられたとか、、、。

では、我が身への意識を外に外にもっていけば、
煩悩も薄まるはずだ。

それには、家族に、社会に、そして次の世代へと
自分自身を奉仕するような感覚で生きるということは、
もしかしたら、自身の意識を外へ持っていくことになるのでは、、、。

仏教でいう「慈悲」というモノだと思う。

人生を乗り切る智慧、そして煩悩を薄める慈悲

この智慧と慈悲こそが、「This is the 仏教」
と言われるほど、仏教の根本原理とのこと。

それを見につけるのも、ただ出家して現場を離れるより、
世俗の中で、苦悩にまみれながらの方が、真の悟りを得ることが
できるような気がする。

今回のEテレ、100分で名著の「維摩経」、とてもよかった。

「維摩経」に、こだわる必要もないが、
とにかく、学ぶという気持ちがあれば、どのような教えから、
どのような場面でも、学べると思う。


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2017年07月02日

「維摩経」から見た日本思想、、、。

今週まで、NHKのEテレ「100分de名著」で
やっていた「維摩経」、これが非常によかった。

通常、仏教のお経の多くは
「あるとき私は、こんなふうにお釈迦様から聞きました、、」
と、言ったスタイルで仏教の教えを語るのが定番だ。

しかし、維摩経では、維摩自身が、仏教徒ではあるが、
出家者ではなく、在家者であり、その教えをお釈迦様の高弟との
やり取りの中で、伝えら得ているようだ。

それは、かなり相手をやり込めたやり方であるが、
とくに在家者の立場として、この世俗の世で、仏の教えを活かして生きる
ことこそ、真の道であるという立場だ。

その高弟とのやり取りをいくつか紹介したい。

釈迦の高弟ナンバーワンといわれる舎利弗が
林の中で静かに瞑想していると維摩が現れ、

「舎利弗さま。必ずしも坐ることだけが座禅ではありません。
座禅というものは俗世間の中にあって、身と意(こころ)を
現さないことなのです。何もせず、心の動きを止め、しかも
諸々の俗世間の行いをするのです。修行を捨てず、俗事を
する。これが座禅です。心は自らに向くものでも、外に
向くものでもありません。これが座禅です。世間の種々の
見方、考え方を知りながら仏道を修行する。これが座禅です。
煩悩は起こるにまかせ、しかも心が平静である。これが座禅です。
もしこのような座禅ができたならば、仏も喜びになるはずです」
と、、、。

例えば、英語を勉強するのであれば、
やはり実際に英語圏で生活するのが一番いい。

もちろん、英語を勉強するの大事だが、いくら英単語や
文法を覚えても、実際に使えなくては何にもならない。

英語圏の生活の中で、一人っきりになり、
例えば自身のバイクが壊れたとしたら
「このバイクの部品を交換できないだろうか、
出来れば、どこか中古のバイクがあれば、それを
取り外して使えないだろうか?」
とか、そのような生きた生活の中で、得た英語の
フレーズというのは、いつまでも心の中で
結晶化して、忘れないものだ。

日本人にとって、それはかなりのストレスを伴うことだ。

しかし、「必要は習得の母である」と、、、。

生きるための智慧にしろ、現場で実体験の中で、
それも苦悩の中で思いついた小さな悟りの積み重ねにより、
その人を大きくしていくような気がする。

放送の中で

「何処にも逃げ道などない。苦難の今を引き受け、
苦難の世俗を生き抜く覚悟がいる」

とも語られていた。

次に行きたいと思う。

清貧生活にトコトンこだわる大迦葉(だいかしょう)が
すべての執着を捨て去るために行うの乞食行だと説いている。
その大迦葉に対して維摩は、

「あなたはもしかしてら自分が立派な聖者になるために
乞食行を行っているのではないでしょうか。それは本当の
乞食行ではありません。すべては関係性の中で成立している
のだから、乞食行というのは施す側のものでもあるのです。
そのことに気づかなければ、すべては無駄になってしまいます」
と、、、。

「これは自分のものだ」という思いが強くなれば強いほど、
人の苦悩は大きくなる。
しかし、「施す」という行為を通じて
「握った手を離すトレーニング」を積んでいけば、執着が低減したり
調えたりできるという。
なるほどね〜。

さらに、人は専門分野などを学んで、専門家になったときに
見えなくなるものがあるという。

自分が秀でていると感じている領域にこそ落とし穴があり、
それを高く評価されると、人はどうしても
「自分の考え方、やり方こそ正しいのだ」と思い込み、
自分の作った枠組みを堅固にしてしまう。
維摩は、釈迦の高弟達を揺さぶり、自らの仏道を
再構築するように導いていると、、、。

なるほどね〜。

これって、あると思う。

例えば、どこかの大学教授や、何かの地位についてしまうと、
そのイメージにはまってしまうことってよくあると思う。

先生、先生と持ち上げれば、分からないことを
分からないといえなくなり、
物知りを装ってしまう。

たとえ専門分野でも、もし学ぶということを忘れてしまい、
自ら作り上げた虚像に自分の心が占領されてしまったら、
その後5年、10年でどうなるか。

いつしか、その人にもかげりが見えてくる。

かげりが見えてくれば、本人も焦りが出てきて、
その自ら作り上げた虚像に執着し、心の葛藤がうまれるであろう。

そうなれば、本来の自分を失ってしまうことに
つながり、身を滅ぼす源となる。

例えば、頭いいキャラに縛られて、学ぶ力を失ってしまった人。

学歴や地位に縛られ、チャレンジ精神を忘れてしまった人と
常にこの世を修行の場ととらえ、学ぶことを中心に
コツコツ生き抜いてきた人と、10年でかなり差がついてしまう。

常に自分を見つめ直し、他者を観察し続ける、
そして世間の噂話の世界だけで生きていくことの
もどかしさをしっかりと認識する。

次に戒律を守ることの大切さを説いている優波離に対して維摩は、

「優波離さま。ただ戒律を守れと人に説くだけでは意味がありません。
”自分というもの”を必死に守ろうとするから、人は誤った
考えや行動に走ってしまうのです。もともと守るべき
"自分というもの”など存在しないということがわかれば、
それほど必死にならなくてすむはずなのです。水面や鏡に
月が写っているのを見ると、あたかも水や鏡の中に
月が存在しているかのように感じるでしょう。しかし、実際には
水の中に月があるわけではなく、鏡の中に何かがあるわけでも
ないのです。この理を知る人こそ、仏法を会通した人なのです」
と、、、。

悩みの原因は、心の中の「過剰さ(煩悩)」という。

そして、過剰になればなるほど、自分という意識が強くなる。

それより、自分の存在というモノをトコトン突き詰めれば、
なんもない、空っぽだということを自覚すれば、
その過剰さというものが、和らぐのでは、、、。

釈迦が亡くなって56億7千万年後、
次のブッタとしてこの世に現れることを約束されている
弥勒菩薩に対して
「弥勒さま。あなたはお釈迦さまから、完全なる悟りを
開いてやがては仏になると約束されているそうですが、
それはおかしくありませんか。なぜなら、仏教では、
すべてのものはこの瞬間にしか実存しないと説いて
いるからです。すべてのモノが瞬間、瞬間で消え去って
いくとすれば、過去は何処にも存在しないことに
なるし、未来はいつまでも未来であって、現在には
ならないことになります。すべては瞬間、瞬間、
変化し続けていて、この一瞬の連鎖によって次の
一瞬が成立します。だから仏教では有(存在)と
時(時間)は不離であって、別々に成立することは
成り立たないのです。それを考えると、あなたが
お釈迦様と交わした約束は成り立たないということ
になってしまいますよね」

と、、、。

過去のことを悔やんでも、それはもう過去のことであり、
この世に存在しない。

未来のことに対して不安になっていても、それは
瞬間という「今」しかない現実において、
何の意味もない。

その瞬間をどう生きるか、それにより次の瞬間が決まる。

その連続が人生そのモノだ。

そしてその連続には、「因」があり、「果」がある。

すべてが、この瞬間をどう生きるかにかかっており、
その瞬間が次の瞬間に大きく関わってくる。

例えば、私の会社の入社5年目になるM君など、
入社当時、例えば「Aという原料を30%入れて、
Bを70%入れる。計算してみろ」と言っても、
なかなか出来なかった。

そして、私も仕事のあとに、彼と居残り、
何度も何度も説明したが、なかなか出来なかった。

頭から煙が出るほど、考え抜いた答えを見せられたが、
明らかに理解できていない。

しかし、幸い、彼には、「素直さ」と「愚直さ」を持ちあわしている。

まじめにコツコツ取り組み、今ではすっかりできるようになった。

もし彼があの時、逃げていたら、一生、簡単な計算も出来ない。

そうなれば、仕事にもかなり制限されることになる。

計算が出来ないということを素直にさらけ出し、
一生懸命取り組もうとするM君、そしてみんなに馬鹿にされ
責められても愚直に取り組もうとする姿には、
なかなか感動するところがある。

見た目のすごさというよりも、私は人間のすごさというのは、
学ぶ力のある人、、、。

それには、素直さがいるし、勇気と忍耐力がいる。

そして、その瞬間、瞬間を大事にし、コツコツやれる人。

そういう人というのは、「化ける」と思う。

毎日、毎日、なるべく前向きな言葉を発し、
それに沿って行動する。

その瞬間の積み重ねにより、どれほど自身が変われることか。

次に、心の共振現象についてだ。

例えば、あの本を読んで感動したとか、
あの演説には、心を打たれたとか、
何か感動ができるというものやはり人間力では
なかろうか。

何をいっても、上っ面だけで、心に響かない人っていると思う。

そういう人ってどういう人かというと、
維摩経のテキストブックにこんなことが、
書いてあった。

「このような共振現象は、心に「自分の都合」という
バリアを張っていると起こりません。もちろん、私たちは
普段「自分というモノ」を守るため、バリアを張って
暮らしています。でも、ずっとバリアを貼りっぱなしに
していると、次第に心身は錆びついてしまい、なかなか
共振現象が起こりにくくなるのではないでしょうか。
このバリアを解除する次空間こそが道場なんですね。
 維摩は慈悲とは言わずに、ここでは大悲という言葉を
使っています。慈悲も、身近な人々や関係者に向けて
起こす小慈悲や中慈悲もあれば、すべての衆生に向けて
起こす大慈悲があります。維摩が感じた痛みは。まことに
大きな慈悲に基いたものですね」
と、、、。

こういうことがいえると思う。

バリアばかり張っていれば、視野が狭まるし、自分という意識が
強くなりすぎる。勇気がもてずに守ってばかりでは、
狭い視野でただ同じところをグルグルまわっているだけ。

それより、勇気を持って、バリアを外してみたら、、、。

それはとてつもなく、その人にとっては勇気がいることである。

しかし、自ら自分をぐるぐる巻きにしていた何かを
解きほぐせば、案外、すがすがしい気持ちになり、周りに視界が
拡がる。

それには、怖れながらも、なるべく自分より、相手を、
周りを、共同体を、そして次の世代をとか、自分よりも
なるべく周りを優先して考えるように訓練する。

慈悲の心とは、実は自意識過剰な意識を他者に移す、
訓練でもあるのでは、なかろうか、、、。

私は、日本の思想体系とは、まさにそのことが
中心あると思う。

いろんな歴史を調べれば、この日本という国の
先人たちは、どれだけ身をささげて、社会に
貢献してきたことか。

その辺りを色々調べていると、自分の心のなかに、
とても共振現象が起こるというか、熱いものを感じる。

今年94歳になるうちの会社の会長さん。

終戦を22歳で迎え、会長の同級生の半分が、戦死した世代だ。

会長は、あくまでも、どんなことがあっても戦争反対の立場だが、
その会長が「日本人なら、一度、知覧に行って来い」
と言っていた。

特攻隊をどう見るか、人それぞれだが、その遺書、手紙を見ると、
胸が熱くなる。

あいつらは、洗脳されたとか、犬死だったという人もいるが、
そのようなとらえ方というのは、あまりにも熟慮にかける。

日本の歴史、民族性、社会のあり方、気候、風土、地理的条件などなど、
あらゆる角度から見て、自分より大事なモノがあるというの考えは、
自然にわいてくるだろうし、その先輩達もそうしてきた。

次の世代に何を残すか、この思想的なことも
非常に大事なように思う。

さらに維摩経について、もう少し続く、、、。



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「維摩経」は、面白い!!NHK Eテレを見て。先人の教えを現代の社会で活かそう〜!!

先週終わってしまったが、NHKのEテレ「100分de名著」で放映中の
「維摩経」、これが素晴らしくいい。

4回放映のシリーズだが、思わず、本屋へ行って、
そのテキストブックを買ってしまった。

「維摩経」の説明については、詳しいことは、ネットで調べて
いただくとして、簡単に言えば、仏教において、出家者ではなく、
在家者としての道を選んだ人物らしい。この人の教えが、
日本の仏教界に大きな影響を与えた。

ではテキストブックの中から、いくつかの
教えを書き起こしたい。

「ここに一つの食器があったとしましょう。有名なブランドの
高価な食器だと聞けば、なんとなくそれを美しいモノのように
感じる人は多いでしょう。しかし、もしそれが大嫌いな人が
使った食器だとわかると、触れるのさえ疎ましい不浄なモノに
思えてきます。同じ食器でありながらもそんなふうに状況に
よって感じ方が変わるのは、浄・不浄という感覚が、自分という
フィルターによって生じたものだからです。
 自分というフィルターをものごとを見ていては、本質は
見えてきません。自分というフィルターを外すこと、つまり
「とらわれを捨てる」ことが、まずは大切なのです。このように、
何事にもとらわれずにものごとを見ることが、仏教でいう
「智慧」です。


これって、日常的にあることだと思う。

まったく、同じことを体験しても、同じことを見ても
その捉え方が人によって全く違う。

各々自身のフィルターがあり、その主観により、
いくら同じ環境に生きていても、まったくその世界観というのか、
なんというのか、違ってきてしまう。

他人からの善意を上手く受け取れる人というのは、
自身も善意をもって、人に接している人なのかもしれない。

いつも他人の噂話ばかり気にしている人は、
その世界観から離れられない。

つまり、幸福も不幸も、自分が作り出しているようなもの。

何かあるたびに、自分は不幸だ、不幸だと呟く人、、、。

同じことが起こっても、自分は運がついている、誰かが導いてくれている
と思う人と、その幸福感が違うし、周りの人はどちらの人に
寄っていくだろうか。

体全体から不幸なオーラを出している人に、
近寄りたいだろうか。

それに、まったく視野も違ってくる。

何か自分に降りかかってくることが、宿命だとすると、
その捉え方によって、まったくその後の人生が変わってくると思う。

さらに、先に進みたい。

智慧と慈悲の実践

文殊菩薩
「菩薩はどのようにして仏陀の悟りへと到達するのですか?」

維摩居士
「もし菩薩が自ら苦悩と罪に満ちた迷いの世界(非道)へと行き、
そこを生き抜くならば、これこそ悟りへの到達です」

維摩居士
「仏陀となる素質は何だとおみますか?」

文殊菩薩
「煩悩も、仏教以外の教えも、仏陀となる素質です。すでに悟りを
得た人は、それ以上悟りを求めることはしません。その人は、煩悩の
泥の中へとまみれることが仏道の実践になるのです。空中に種があっても
芽は出ませんが、泥土の中にあれば芽をふくのと同じです。大会の底に
潜らなければ海の底の宝が手に入らないように、煩悩の中を生きぬかなければ
智慧を獲得して実践することはできません」


毎日、毎日いろんなことが起こる。

さらに、何かを得ても、それでは満足できずに
次のモノを求めたがるのが人間の性、、、。

生きていくうえで、どうしても、悩み不安はなかなか解消されない。
それが人生であり、その中で、毎日、毎日、積み上げるように
学んでいくことこそ、人生そのものだと思う。

その学ぶというのも、自分がどのようなフィルターを持つかによって、
かなり変わってくし、素直さと勇気、そして忍耐力が必要になってくるであろう。

逆に智慧がだんだんとついてくれば、忍耐に対するその対象が変わってくるで
あろうし、智慧と忍耐というのは、常に相関関係にある。

「現場100回」、ある人のことばであるが、
何度も現場に足を運んで、よく観察して、実践しないと
その本質など、見えやしない。

それと同じ、、。
智慧だって活かしてなんぼである。

次に行きたい。

病気になった維摩は、見舞いに訪れた人に向かって
こう語ったという。

「みなさん、この私を見てどう感じますか。この身体は無常で、
無力で、確かなものではありません。刻々と衰えていき、頼りに
なりません。しかし、仏教の教えによって智慧を得た者は、
このような身体を頼りにすることはありません。
 私は、”自分というもの”を頼りにしてしまうと、貪りの心や
迷いを生み出してしまいます。そもそも私たちの体は四つの元素
(地・水・火・風)の集合体として成り立っていて、さまざまな
因縁によって、たまたま成立しているだけなのです。やがては
構成要素は朽ちていき、バラバラに分離してしまいます。
”単独で成立し、決して変化せず、何者にも関係しない存在”など、
この世にはないのです。っそいて、この集合したものの本質を
『空』と表現します。しかし仏となれば、もはや永遠の存在となるの
ですから、私たちはそれを願い求めなければなりません」
と、、、。

「仏教が説くように、自分という枠組みが強ければ強いほど、
我々の苦悩の強度は増すことになります。自分というものの濃度が
濃ければ濃いほど、苦悩の溝は深くなるのです」
と、、、。

よくよく周りを見てみると、例えば人間関係に苦悩している人、、、。

いくらアドバイスをしても、まったく受け付けない。

心が苦悩に占領されて、周りが見えない。

自意識過剰なくらい、自分というモノに意識が集中している。

江戸時代の鈴木正三は、
「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」
と言ったとか、、、。

では、その自分という実態があるのだろうか?

「そもそも私たちの体は四つの元素
(地・水・火・風)の集合体として成り立っていて、さまざまな
因縁によって、たまたま成立しているだけなのです。」
維摩経もしくは、仏教ではこのように説明している。

もう少し現在風に説明するならば、
大部分の人間の体というのは、そのほとんどは、
水であり空気中の二酸化炭素であり、
焼かれればその水と二酸化炭素に戻っていく。

生きているうちも、人間を構成している70%が水であり、その水が
汗や尿として、絶えず出たり、入ったりを繰り返す。

そして、人間の細胞とは、絶えず新陳代謝を繰り返し、
2年もすれば、すべての細胞が入れ替わっているという。

私の今、体の中にある水のほとんどが、もとは海の水であり、
絶えず、海と私の体を行ったり来たりしていることになる。

私の体の細胞を構成する炭素も、絶えず死んだり再生したりしているので、
空気中と私の体を行ったり来たりしている。

さらに、体の中にある60兆モノ細胞に対し、影響し合っているが
自立した生命体である100兆ほどの微生物が住み着いているという。

これらが、たまたま何かの縁で集まって、私の体というモノを
今、現在構成している。

体ではなく、その個人の人格にしてもそうだ。

ある精神科医が言っていたが
「人間とは、とても社会性がある動物で
著しく周りから影響を受けている」
と、、、。

確かに、オオカミに育てられた少年が、オオカミのような
習性を身に着けてしまう。

中国人は、中国人らしく、日本人は日本人らしく
育っていく。

私は、二十歳ぐらいまで、祖父母と寝起きを共にしていた
おじいさんおばあさん子だ。

歳を重ねるにつれ、その祖父母の影響を受けているような
気がする。

祖父母だけではない、父母、上司、恩師、友人、
さらにすでに亡くなっている文字を通じて、道元さん、親鸞さんなどの
影響も受けている。

もし、それらの人らに巡り合わせずにオオカミに育てられれば、
オオカミのようになっていたのであろう。

また、私に影響を受けた人も、そのまた両親がおられるし、
その人たちにも、両親がおられる。

つまり、長年続いてきた人間の意識の集合体により、
私という人格が作られていることになる。

これって、本当に「私」、、、?

ただ、有史以来、存続する人間の意識の集合体のほんの
一現象に過ぎない。

体も、本当に「私」なの、、、?

ただ、大きな水と二酸化炭素の循環の中に、体が存在するだけ
なのでは、、、。

そう思えば、「私」なんて何もないのでは、、、。

逆に言えば、海も、空気も私自身、、、。

つまり、自分というモノがあってないようなものだ。

自分なんて、すべて空っぽ、、、。

自分という意識(自我)を薄めれば、もしかすると煩悩も
薄まるのではなかろうか、、、。

放送の中で
「智慧と慈悲、これこそが『This is the 仏教』である」
というようなことを語っていた。

その智慧をつけるにも、ただ出家して、
世俗の世界を離れて追究するよりも、泥の中でしか
ハスの花は咲かない、つまり世俗の世界を生き抜くことこそ、
仏の教えを追及する真の道であると、維摩経は説いている。

放送の中で
「何処にも逃げ道などない。苦難の今を引き受け、
苦難の世俗を生き抜く覚悟がいる」

というようなことを言っていた。

そして、自分を忘れる為に、自分よりも大事なモノって
ないのだろうか。

それは、周りに尽くすこと。

家族であり、仲間であり、例えば次の世代であり、
公共心と社会性についても、維摩経が主張する大事なことである。

それが「慈悲」につながっているように思う。

自分を忘れる為に、周りに目を向ける。

そのために、周りに尽くすこと。

周りに意識を移すことが自我を忘れることであり、
煩悩を薄めることにつながる。

すべてがつながっているのであり、
ある人が言っていたが
「みんなは自分、自分はみんな」
ということ。

せっせと家族に奉仕する、社会に奉仕する、次の世代に奉仕する、
それが自分を忘れる一番の近道、「慈悲」の心であるのだろう。

放送の中でも、ある菩薩が、世の中汚いものだらけ、、、。

そんな中で、どのように仏の教えを実践するのか、、、。

というようなことを語られていたが、その世俗の中で、
生きてこそ真理が追究できるということ。

そのことを維摩経では強く主張している。

おもしろいね〜。

まだまだ、次に続く、、、。



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2017年06月09日

「空」の思想とは、、、。よくよく考えれば、何もない空っぽの自分の本質、、、。

先月は、自分の誕生月。

私も、とうとう50代。

実感があるのか、ないのかと言われれば、
あるような、ないような、、、。

一つ言えることは、残りの人生、あと30年ほど、、、。

これがどれほど短く感じることか、、、。

ある人が言っていたが、
「30代より、40代、
40代より、50代、時間というモノが
ものすごいスピードで過ぎ去っていく」
と、、、。

確かにその通りだと思う。

自分の40代を振り返ると、あっという間であった。

たとえば、小学校の時の一ヵ月と、50代の一ヵ月というのは、
その体感時間というモノが、明らかに違う。

人生80年として、今50なら6割の人生が終わったということになるが、
実際、体感時間で言えば、どう考えてもそれ以上であろう。

ついこないだ、一ヵ月程度前ぐらいの感覚の正月から、
もう半年以上過ぎているという。

2017年というのが、もう半分終わったということ。

明らかに歳を重ねれば、重ねるほど、時間が過ぎる速度というモノが、
加速度がついて速くなる。

これが現実である。

そう思うと、今のところ時間からして、約6割の人生が終わったことになるが、
すでに8割以上終わったことになるのでは、、、。

そして、待ち受けているのは、「死」である。

これは何人たりとも避けることはできない。

では、現在50才ではあるが、残り少ない人生、
「終活」に入ってもいいんじゃないかな〜、とすら思う。

終活といっても、葬儀や墓のことを決めておくとか、
そういうのではなくて、人生の総仕上げだ。

ある人が言っていたが、
「人生って知恵と忍耐力をつけるためにある」
と、、、。

私は、人一倍いろんな体験もしたし、苦悩もした。

その中で、いろんな知恵もついてきたし、
昔にくらべれば、はるかに忍耐力もついてきた。

別に、特別地位やお金があるわけでもないが、
自分で言うのも何だが、なかなかいい感じに、
50代を迎えることができた。

その培った知恵や忍耐力をどのように使うのか?

あの栄華を極めた太閤殿下豊臣秀吉のの辞世
 
「「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

と、、、。

どんなに勲章をつけても、どんなに金銀財宝を貯め込んでも、
どんなに幸せな家族でも、最後には自分一人で死んでいかなくては
ならない。

50にもなると、いろんな人の葬儀に立ち会うことになる。

そして、最後に火葬場で焼かれ、骨だけの姿になってしまう。

大部分の人間の体というのは、そのほとんどは、
水であり空気中の二酸化炭素であり、
焼かれればその水と二酸化炭素に戻っていく。

生きているうちも、人間を構成している70%が水であり、その水が
汗や尿として、絶えず出たり、入ったりを繰り返す。

そして、人間の細胞とは、絶えず新陳代謝を繰り返し、
2年もすれば、すべての細胞が入れ替わっているという。

私の今、体の中にある水のほとんどが、もとは海の水であり、
絶えず、海と私の体を行ったり来たりしていることになる。

私の体の細胞を構成する炭素も、絶えず死んだり再生したりしているので、
空気中と私の体を行ったり来たりしている。

体ではなく、その個人の人格にしてもそうだ。

ある精神科医が言っていたが
「人間とは、とても社会性がある動物で
著しく周りから影響を受けている」
と、、、。

確かに、オオカミに育てられた少年が、オオカミのような
習性を身に着けてしまう。

中国人は、中国人らしく、日本人は日本人らしく
育っていく。

私は、二十歳ぐらいまで、祖父母と寝起きを共にしていた
おじいさんおばあさん子だ。

歳を重ねるにつれ、その祖父母の影響を受けているような
気がする。

祖父母だけではない、父母、上司、恩師、友人、
さらにすでに亡くなっている道元さん、親鸞さんなどの
影響も受けている。

もし、それらの人らに巡り合わせずにオオカミに育てられれば、
オオカミのようになっていたのであろう。

また、私に影響を受けた人も、そのまた両親がおられるし、
その人たちにも、両親がおられる。

つまり、長年続いてきた人間の意識の集合体により、
私という人格が作られていることになる。

これって、本当に「私」、、、?

ただ、有史以来、存続する人間の意識の集合体のほんの
一現象に過ぎない。

体も、本当に「私」なの、、、?

ただ、大きな水と二酸化炭素の循環の中に、体が存在するだけ
なのでは、、、。

そう思えば、「私」なんて何もないのでは、、、。

逆に言えば、海も、空気も私自身、、、。

つまり、自分というモノがあってないようなものだ。

自分なんて、すべて空っぽ、、、。

江戸時代の鈴木正三は、
「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」
と言ったとか、、、。

残りの人生、自身にこだわり続けるのか、
そうすればそうするほど、煩悩に縛られることになる。

あやふやな自身の評価を、他人の噂話にゆだねていては、
いつまでたっても、本当の幸福感というモノを得ることは
できやしない。

自分など何もない、空っぽ、そして世の中すべてが
つながっているということ、、、。

上手く言えないが、そのように思えた方のが、
幸せに生きれるような気がする。


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2017年05月29日

「足るを知る」、「諸行無常」、自分を見つめ直すことって、持続可能な幸福感の始まりでは、、、。

 昨日、たまたま車の中で、ラジオを聞いていたら
登山家の野口健さんが面白いことを話していた。

野口さんに
「なぜ、山を登ろうとするんですか?」
という質問にたいして、

「山から帰ってきて、いつも思うことは、
あの風呂の感動。二カ月ほど、風呂には入れず、
じっくり使って楽しむ。それが一ヵ月ほど続くが、
それ以降は、その感動がなくなってしまう。
例えば、電気のありがたさ、シーツの上で寝るということの
あの柔らかさ、日本という国のありがたさ、その感動が
冷めたころ、また山に行きたくなる」
と、、、。

少し言葉は違うが、こんな内容のことを話されていた。

私も、野口さんほどではないが、同じような
経験がある。

ニュージーランドで四日間、山小屋を転々と泊まり歩きながら、
トレッキングをやったことがある。

もちろん、風呂にも入れないし、四日間分の水から、食糧から、
ガスとか、鍋とか、すべてのモノを背中に背負って、
山の中を歩き回った。

そこから、返ってきたときのあのシャワーの感動、、、、。

今でも忘れない。

そして、その山歩きの中で、あるアメリカ人が、
インスタントのコーヒーをくれた。

私は、毎日のようにコーヒーを飲むコーヒー党、、、。

しかし、なるべく荷物を軽くしなくてはならないので、
コーヒーはもっていかなかった。

私が飲んだコーヒーの中で、間違いなく、あの時の
インスタントコーヒーが最高のモノであった。

ある人の言葉であるが
「人間の快楽とは、落差である」
ということ。

毎日、毎日、まるで水を飲むかのように、
ビールを飲む人と、週に一回なり、
しっかりと汗をかいて仕事をした人が自分への
ご褒美として、飲むビールと、まったく価値が違ってくる。

以前は、たかだか一杯のビールを飲むために、
自転車で16kmほどの距離の温泉に行き、
その後プールで泳いで、温泉に入った後の
グラス一杯のビールを飲む。

なんか一気に飲むのがもったいなくて、チビチビ飲むのだが、
そのビールが体の中にしみ込んでいくようだった。

もしかしたら、ただ「もっと、もっと」でなく、
自制心があった方のが、快楽を上手く味わえるのでは
なかろうか、、、。

もし、あなたが船で遭難して、一ヵ月ほど無人島のようなところで
生活した後、帰還して、今、目の前にあるコーヒーって、とても
感動するのではなかろうか、、、。

そんな状況に遭遇したときに、いつもいがみ合っている人が
目の前に現れたときに、なんだかとても懐かしく、
いとおしくなるのでは、、、。

状況が変われば、自身の主観というモノも変わる、、、。

また、今、当たり前のことって、本当にあたりまえなのか、、、。

不平、不満で頭をパンパンにしているのでは、
もしかしたら、自分がいかに恵まれているかが
分からないのではなかろうか、、、。

いま日本では、ギャル曽根のようなタレントがもてはやされて
いるように、明らかに食べ物に満ち溢れた飽食の時代だ。

しかし、世界的に見て、飢餓で苦しんでる人が、どれだけいることか、、、。

時代的に見て、これほど豊かな時代が過去あっただろうか、、、、。

この時代、そしてこの日本に生まれたことが
とてつもなくラッキーであったことか、、、。

もっと、もっとでは、本当の幸せは手に入らないのでは、、、。

持続可能な幸福感っていうのは、味わえないのでは、、、、。

足るを知る心、当たり前など何一つない、諸行無常であること、
そのようなどこか冷静な心って大事なような気がする。

世の中、もっと豊かに、もっと便利にとはいうモノのの、
本当に幸せを味わっている人がどれほどいるのか、、、。

例えば、六本木ヒルズに住んで、一見豪華な生活をしているような人でも、
もしかしたら、不安や恐怖と隣合せなのでは、、、、。

ボクシング世界王者だった鬼塚選手の言葉だった。

少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)


上へ行けば行くほど、競争が激しくなってくる。

やらなければ、やられてしまう。

そうなれば、常に不安や恐怖が心の中を占領してしまう。

これは、今では、上だけの話ではない。

ある長老の言葉であるが
「今では、競争、競争といって、人をだまくらかしたり、
利用したりが当たり前の時代になってしまった。
昔は、もっと信頼関係があり、助け合ったもんじゃよ〜」
と、、、。

激しすぎる競争というモノが、もしかしたら、
逆に社会を混乱させるのでは、、、。

今では、それが日本の企業だけではなく、中国や
東南アジアなどなど、世界的な競争社会に
なってしまった。

自由貿易、グローバル化、行き過ぎれば、
ほんの一握りの資本家以外、みんな疲れ切ってしまう。

その巨大な資本家たちも、果たして安住な暮らしを
楽しんでいるのだろうか、、、、。

上へ行けば上へ行くほど、競争が激しくなる。

いつ裏切られるか、いつ寝首をかかれるか、
不安や恐怖に飲み込まれる日々なのでは、、、。

江戸時代の鈴木正三は、「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」
と言ったとか、、、。

もし、自分が、六本木ヒルズの住人で、そこから破産し、
ホームレスにでもなったら、、、。

しかし、よくよく考えたら、自分もあと30年ほどで、
全てを捨てて、身一つであの世に旅立たねばならない。

やがて死んでいく我が身、、、。

これは決定的なことであり、誰もが避けて通れない。

そう思うなら、執着が薄まるのではなかろうか、、、

先ほどの「足るを知る」ということも
世の中「諸行無常」ということも、冷静にならなければ、
感じることができやしない。

執着が強ければ、冷静になれないし、本質が
見えやしない。

自分を見つめ直すことって、人生を楽しむ
唯一の方法のような気がする、、、。



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2017年05月06日

「己」を溶かす勇気、これって大事なのかもしれない、、、。

 なぜ、怒るのか、、、?

なぜ、悩むのか、、、?

なぜ、自分を大きく見せたがるのか、、、?

なぜ、妬むのか、、、、?

その根本を突き詰めれば、誰でも傷つきたくないと思う
我が身を思う念(自己保身)である。

では、その自己を忘れることは出来ないだろうか、、、。

人間社会の中で、自他を分別し、所有物をはっきりさせなくては
生きていけない。

しかし、その所有物って、本当にあなただけのものなのか、、、。

そして、その根本を問えば、あなたとは本当にあなたなのか、、、?

狼に生まれた人間の子どもが、狼のような風習を身に付けてしまうという。

中国人は、中国人らしく、、、。

日本人は、日本人らしく、周りに常に気を使おうとする。

最近ふと思う。

自分は無くなった祖父母の影響を受けているようだ、、、。

祖父母だけでなく、恩師、上司、先輩、友人などなど、
今まで人生の中で出会った人々の影響を何層にも何層にもうけて、
今自分という人格が形成されている。

今の時代の人だけではない。

その人たちも、親があり、先祖があり、周りの人々から、
いろんな影響を何層にも何層にも受けている。

人間には、文字と言葉が存在する。

何百年前に生きた道元さんや親鸞さんの影響を多くの人が受けて
いることになる。

「人間は著しく周りから影響を受けている」
と、ある精神科医が言っていたが、それだけ社会性のある動物であり、
けっして一人では生きて行けれない。

むしろ、「自分」というのは、昔から続く大きな大きな人間の集団意識により
作り出せれるものであり、そしてそれが次の世代にも引き継がれていく。

つまり、次の世代にも、私が生き続けることになるのでは、、、。

自分って自分であって自分でないのでは、、、。

そんなややこしいことを言っても誰も相手にされやしない。

しかし、もし日常生活の中で、少しでも自我を離れ、
煩悩が薄まれば、それはそれで人生が楽しくなる。

西洋的な「個」主張する文化では、自分は自分、他人は他人というような
心理学になってしまう。

しかし、「自分もみんな、みんなも自分」というような
村社会の中で生きてきた日本人的な考えの方が、もしかしたら
煩悩が薄まるような気がする。

朝の連ドラの「ひよっこ」、とても面白いと思うのだが、
どうだろうか?

主人公であるみね子が、蒸発してしまった父親の代わりに
高校を卒業して集団就職として、東京で働くことを決めた。

そんなみね子に、みねこの叔父が
「みね子、もっと自由に生きていいんだよ〜」
と、、、。

みね子が
「自由って、学校でも言うけど、いったい何?
私は目の前のことを精一杯やることが好きだし、
それを不自由とは思わない。自由ってよくわかんね〜」
と、、、。

私自身の経験であるが、もっと若い独身の頃、
お金も時間も今とは比べモノにならないくらい自由があった。

今では、結婚し、兼業農家である私は、
土日はほとんど野良仕事、、、。

タバコもやらない、競馬もしない、ゴルフも行かない、
飲みにもあまり行かない、しかし不自由かといわれれば、
むしろ昔より自由を感じる。

若いときは、もっと、いろんなことにとらわれていたような気がする。

つまり、自由とは心の開放ではなかろうか、、、。

その心を解放すのは、自分という意識を薄めること、、、。

人生生きていくうえで、いろんなことに遭遇する。

子どもを育てていく上で、お金の問題、人間関係などなど
いろんな試練が起こる。

しかし、それらは本当の自由を手にするためのプログラムなのかも
しれない。

だれもが、いづれあの世に旅立たなくてはならない。

その時に、怨みつらみ、悲しみ、心が占領されていれば、
本当に天国へ昇華していけるのだろうか、、、。

浮遊霊として、深い煩悩を抱えながら、永遠にこの世をさまようことに
なるのではなかろうか、、、。

江戸時代の鈴木正三は、「我が身を思う念(自己保身)」が分別の本質であると言った。

世の中は、すべてのモノがつながっている。

そして、本当の自分など何もない。

大きな大きな集団意識の中のほんの一部分であり、
そのような意識の芽生えこそ、煩悩が薄まるのでは
なかろうか、、、。

それには「己を溶かす勇気」が大事なのかもしれない。


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2017年04月22日

「楽しみとは、苦しみと苦しみの間にあるもの。苦しみとは、楽しみが古くなったもの」、、、。今日のなぜ生きる2よかった!

欲望って、どういうモノなのか?

例えば、喉がカラカラに乾いたときに飲むビールというモノは、
格別だ。

しかし、朝から飲む人もいる。

その人にとってのコップ一杯のビールというのは、
まるで水のようなもの。

同じものを飲んでも、まったくその状況によって、
そこから得られる快感というモノが違ってくる。

始めて、自転車に乗れた時の感動を覚えていますか?

始めて、バイクの免許を取って、ツーリングに行った時の感動を覚えていますか?

始めて、車の免許を取って、ドライブに行った時の感動を覚えていますか?

感動とは、一瞬である。

時が経てば、それが当たり前となり、感動などどこかへ消えてなくなり、
何かに対する不満、不安が心の中に渦巻く。

感動、楽しさ、快楽とは、苦しみと苦しみの谷間にあるもの。

欲には、切がなく、当たり前となった現実だけでは、
満足できなくなる。

「もっと上へ、もっと上へ」と、、、。

しかし、上へ行けば行くほど、競争が激しくなる。

やらなければやられてしまう。

多分、上を上り詰めたいという欲望よりも、
恐怖との戦いとなる。

ジュニアバンタム級世界チャンピオンになったボクシングの鬼塚勝也選手が
こんなことを語っていた。

 少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)


世界の頂点を極めても「充足感」がない。

人間とは、いつになったら「満たされる」というような
感覚になるのであろうか。

到達した時点で一時の達成感、、、。
そして、そのあとの猛烈な恐怖と不安、、、。

「世界チャンピオンは、スーパーマン」、、、、。
「世界チャンピオンは、神さまに近い状態」、、、、。

そのような自分が抱いてたイメージとはかけはなれ、
充実感などなく、次なる恐怖と不安を抱えなくてはならい。

上へ上がって何をするのか?

ただ噂話の中の価値観だけでは、どう考えても、
苦しくなる。

それよりも持続可能な幸福感とは、何なのか?

どんな場面でも、どんな状況でも楽しめる自分を作るには、、、。




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2017年04月17日

サダム・フセインの「大量破壊兵器」、、、。そしてアサドの「化学兵器」、、、。

アメリカの戦争とは、、、。

アメリカの正義とは、、、。

https://www.youtube.com/watch?v=Zub_W25PCS8


どうか、一度この動画をご覧下さい。
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2017年04月08日

幸せのパターン、、、。

 先日、家族で焼肉を食べに行った。

相変わらず、オヤジはそのほとんどが、
愛犬パンチの話、、、。

だいぶ認知症が進んでいるが、食事をしていても、
10分に一度ぐらい
「パンチに餌はやったか?」
と、聞いてくる。

これも、毎日、毎日のこと。

母は母で、日常のことを面白可笑しく話す、、、。

何度も聞いた話もあるが、大体落ちは見えているのであるが、
本人が気持ちよくはなしているので、ただ聞いている。

特にありふれた日常のことであるが、ふと考えてみれば、
10年後、このように家族で、食事に出かけることができるのだろうか?

オヤジは、その頃90歳になる。

オフクロにしても、その頃は80代中盤だ。

愛犬パンチも、今12才なので、10年後は、
この世にいないであろう。

今、このような日常のたわいもない話を家族とできる。

もしかしたら、とても幸せなことなのかもしれない。

家族がいる、健康な体、、、。

それだけで、十分おつりがくるぐらい幸せなのかもしれない。

実は、あるデーターによると、「ありがとう」という言葉をいう人ほど、
「幸福感」を感じているとのこと。

逆に、あれが足らないこれが足らない、不幸だ、不幸だと
常に言っている人というのは、幸福感というのは味わえないのかもしれない。

成功していないと幸せにはなれないのだろうか?

もしかしたら、世の中を見る、あなたのメガネのレンズを変えてみると、
まったく違って見えるのではなかろうか、、。

毎日、毎日自分を責め続ける人、、、。

他人との背競べのみに、執着する人、、、。

見栄、張ったり、、、その虚像って、けっこう家賃が高くない、、、?

「頭がいい」キャラでい続けるよりも、自分のことを馬鹿だと
思い込めば、行動範囲が広がるのでは、、、。

他人の噂話の中で生きていれば、どうしても虚像を作らなくてはならなくなる。

斎藤一人さんがこんなことを言っていた
「すごいやつは、昨日の自分と比較できる人。
ダメなやつは、すごい人と自分を比較する」
と、、、。

例えば、ライバルがいるとする。

そのライバルとの、競争心むき出しにしているよりも、
相手のすごいところを素直に認める。

そして、そこを自分に取り入れる。

その方のが、自分にとっては、メリットが高いのでは、、、。

ありのままの自分を受け入れる、、、。

他人の噂話に、自分を身を置いて、良いだの悪いだの言っていれば、
いつまでたっても、そこから抜け出せなくなる。

たとえば、散らかっていた自分の机の上の整理した、、、。

今日は、本をここまで読んだ、、、。

いつも挨拶する人に、今日はより明るく大きな声で言えることができた。

そんな、日常の小さなこと、自分の意識を集中する、昨日の自分と比較して、
少しだが成長したのではなかろうか。

そのようなことを10年、20年とやり続ければ、
まったく人生変わってくる。

誰が認めてくれるわけでもない。

しかし、あなた自身が認めて認めてやればいい。

等身大の自分でいれば、視界が広がる、感謝ができる。

ありのままの自分でいれば、他人と本音で話すことができる。

そうなれば、必ず「運」もついてくる。

今までの思考パターンを変えるということは、不安なことあり、
時には恐怖を感じる。

そんな時、役立つのが昔からの思考パターンである
心に神を持つこと。

つまり、信仰だ。

宗教なんて言うと引く人がいることは十分承知の上で語る。

有史以来、人間は何らかの神を持ってきた。

確かに、戦争の道具にされたり、金儲けの道具にされたことも多い。

しかし、全部を否定することももったいない。

不安に思ったとき、氏神さんがついている、
近くのお地蔵さんが守っていてくれている。

誰もわかってくれなくても、あなたをいつもかわいがってくれた
亡くなったおじいさん、おばあさんがあなたをいつも見ていてくれる。

高い月謝を払って、新興宗教に染まることもない。

身近な氏神さん、通勤途中にいつもこちらを見守っていてくれるお地蔵さん、
そして身近な親族、そんな方々の方が、より親近感がわき、
自分を守っていてくれると、感じるのではなかろうか。

常に不足しているモノに、意識を集中するのか、
それとも今あるモノに、ありがたみを感じるのか、

それによって、まったく違った見方ができる。

禅的な思想であるが、足るを知ることこそ、しあわせへの道、、、。

また、常に何かに、不安を抱いているよりも、浄土系の思想である、
「何かがあなたを守ってくれている、もうすべて任せてしまいなよ〜」
と、このような思想も幸せをもたらすのかもしれない。

否定され続けた宗教ではなるが、十分役に立てることもできる。

それらも含めて、あなた次第だ。


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2017年04月03日

エジソンの名言「失敗ではない。うまくいかない方法を一万通り発見しただけだ」、、、。

エジソンの名言に、こんなモノがあるという

「失敗ではない。うまくいかない方法を一万通り発見しただけだ」
と、、、。

うちの94歳になる会長さん。

かなりの高齢であるが、今、一緒に実験の仕事をしている。

つい最近、あることにチャレンジして失敗してしまった。

その時の会長の一言
「失敗も非常い大事なんじゃよ。それでやれないということが分かるんだから」
と、同じようなことをいう。

このように実験に携わった人でなくても、けっこう成功者って
同じようなことをいう。

失敗って、ショックだよね〜。

また、みんなの批判を浴び、冷や汗モンだよね。

しかし、もし、それをやらなかった自分と、やった自分では
その後、どうなっていくのだろうか。

成功という果実ばかり味わっている人の将来とは、、、。

恥をかくことを恐れ、教科書通りのことしかできない人というのは、、、。

その時、その時というのは、人生において小さなことなのかもしれない。

しかし、それが10年、20年とたってしまったら、どうなるだろうか。

「やれないということが分かる」ということは、モノの分別がつくということ。

つまり、何かを判断するうえで、貴重な体験になるということ。

人間って、朝起きてから夜寝るまで1億回以上の判断をするという。

また人生において、大事なことを決断しなくてはならない時がある。

そんな時、周りの人は相談には乗ってくれるだろうが、
最終的には自分の決断しなくてはならない。

失敗から学ぶことって、とても多い。

本質を見極める力というのは、失敗から学ぶことの方が多い。

さあ〜、また、目の前の試練から逃げるのか。

決断を他人任せにするのか。

ある人が言っていたが、
「人生とは知恵と忍耐を学ぶためにある」
と、、、。

そのように、学ぶために神様が用意していくれた
プログラムがそれぞれに組んであるとのこと。

深い言葉だね〜。


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