2016年12月21日

自尊心の在り方、、、。

 先日、テレビで煩悩についてやっていた。

間もなく、大晦日、今年も義両親の住む山口で
除夜の鐘を突くことになるが、その除夜の鐘とは、
人間の持つ108の煩悩をあらわすという。

そのテレビの内容は、その煩悩の中の「嫉妬心」について
やっていた。

江戸時代初期のある旗本の話。

その旗本は、大砲の技術にたけていて、大阪城攻撃の時も
その大砲で活躍したという。

その大砲の技術を買われ、1000石の旗本になれたらしい。

しかし、その後、若い技術者が現れる。

その技術者に対する嫉妬心が抑えきれず、ある日、
その人と刺し殺してしまうという話だった。

「嫉妬心」とは、誰でも持つもの、、、。

その嫉妬心とどう付き合うのか、というよりも自尊心というモノを
どのように持つのかが、とても重要になってくるような気がする。

すごい技術、すごい知識を持ち、みんなにちやほやされる。

しかし、ちやほやされることだけで、自分の評価をしていたのでは、
いずれ崩壊することになると思う。

私が一番評価するのは、すごい技術よりも、すごい知識よりも
「常に学ぶ」という姿勢の人。

私は、戦国の三英傑の中で、信長も秀吉も好きだが、
紙一重で家康を評価している。

私なりに家康のことを表現するならば、
「内省の鉄人」とでも、言っておこう。

家康という人は、武田からも、北条からも、信長、秀吉、
天皇家からも、いろんなことを学んで取り入れている。

それには、常に自分を鑑みる、冷静さが必要。

こんな例がある。

小牧・長久手の戦いで秀吉軍に打ち勝ち、その後、
秀吉の傘下に入ることになる。

その直後の小田原攻めの時に、秀吉は小田原城をしっかりと囲み、
小田原城が見える高台に、自分の城を建てた。

そこに、全国から集まった大名たちが登城してくる。

その城の手前に急な川が流れ、そこを渡ってくる様子を
城から丸見えであった。

戦国の荒々しい時代を生き抜いてきた多くの戦国武将たちは、
その川を馬に乗り、勇敢に渡り切ろうとする。

ある意味、自分の武勇を見せつける見せ場であった。

そんな中で、家康がとった行動は、馬を降り、
数人の若い家臣に抱えられながら、石橋を渡るように
その川を渡った。

城から見ていた多くの大名たちは、そんな家康の臆病さを
あざけ笑った。

その中でも、数人の武将は「家康恐るべし」と
感じたという。

さあ〜、家康の立場になってみれば、
ほんの少し前まで、敵であった秀吉や秀吉配下の武将たちに
普通なら、自分を大きく見せようとするのでは
なかろうか。

こないだまで敵だった人たちに囲まれ、その中には家族や仲間を
家康に打ち取られた人もいるであろう。

そういう環境なら、通常、心を支配するのは、「恐怖」では
なかろうか。

恐怖心が心を支配すれば、自分を大きく見せようとするであろう。

しかし、家康は違った。

むしろ、自分の小さく見せようとし、その後の豊臣政権下では
徹底的に「律儀な内府」を演じきった。

「恐怖心」や「劣等感」のようなものが、心を支配していれば、
そのような行動はできないと思う。

それを抑える冷静さ、そして忍耐力、豊臣政権下の家康には、
そのことが一番重要だったと思う。

噂話の世界ではなく、自分の自尊心をどのように保つのか、
それは「常に学ぶ」という姿勢をやり続けること。

もし、常に学ぶという姿勢で、10年、20年やり続ければ、
相当な知識や知恵がつく。

目先の周りの評価よりも、本当の実力の方が、
結局は土台がしっかりした自分の自尊心につながるであろう。

それには、忍耐力、勇気、見識が必要なのかもしれないが、
同時に、心のあり方も、しっかりと研究していかないと、
身に付かないのかもしれない。

斎藤一人さんが、こんなようなことを言っていた。

「ダメな人は、すぐ、すごい人と自分を比べようとする、
有能な人は、昨日の自分、過去の自分と今の自分を比べることができる人」

もし、ライバルがいるなら、しっかりとその人から学ぶべし。

敵愾心を持っている暇などないし、それにとらわれていては、
周りが見えなくなる。

例えば、同窓会や昔の同僚になったりすると、
以前はもっと仲が悪かった相手でも、その憎しみのようなものが消え、
なつかしさが増してくることってないだろうか。

敵愾心や嫉妬心など、時間には勝てないということ。

環境が変わり、他のことで忙殺されるようになれば、
すっかり忘れてしまう。

人生の中で、その一瞬、一瞬を活かしきるには、
学ぶということに重点を置くべきではなかろうか。


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2016年12月16日

「未来の人類社会への日本人の役割は、日本人自身が思っている以上に大きい。」武村公太郎氏の著書「日本史の謎は地形で解ける(環境・民族篇)」を読んで!

最近、武村公太郎氏の著書「日本史の謎は地形で解ける(環境・民族篇)」
を読んでいるが、今後、大転換が起こるであろう新しい文明について、
そしてその時の日本人の役割について、非常に的を得たことが書いてあるので、
是非とも紹介したい。

 文明を変換する「新しい物語」を


20世紀の日本が歩んできたのは「大量生産、大量消費」の拡大解放系の
文明であった。
 21世紀の人類には、資源の枯渇と、地球環境の激変が待ち受けている。
そのため、人類は拡大解放系の文明から脱却せざるをえない。
 この拡大解放系の文明からの脱却とは、その反語の縮小循環系への変換である。
 この縮小循環系の文明は、日本人が得意な分野なのだ。
 日本は、循環文明を鎖国下の江戸時代で体験済みである。モノを循環させる
社会システムのDNAは、すでに持っている。
 未来の人類社会への日本人の役割は、日本人自身が思っている以上に大きい。
 日本人は拡大解放系の文明を享受しつくして、世界トップクラスの豊かな
国になった。この日本人が、実は「縮小と循環」の性向をも持っている。
この日本人が未来文明の先頭に立たなければ、いったい誰に立ってくれと言うのか。
 ただし、日本が世界全体を新しい文明へ導くなどとは考えない方がよい。
日本人ほど世界のリーダーに不向きな民族もいない。
 ただただ心行くまでモノを見つめ、モノを縮小する性向を発揮していけばよい。
日本が「「縮小と循環文明」のモデルを創り、それを世界に見せることができれば、
それで十分責任を果たす。
 とはいっても、「縮小」とか「循環」という言葉は、人々の心を奮い立たせない。
 特に、荒々しい欲望を抱いて生きていく若者にとって、これらの言葉には魅力がない。
文明の変換という難関を乗り越え、新しい文明を築いていくのは若者である。
若者にとって魅力がなければ、文明の変換など絵に描いた餅で、単に年寄りの
つぶやきで終わってしまう。
「縮小と循環」という文明の変換には、何か強い熱情のようなものが必要である。
欲望あふれる若者の心をつかみ、若者の気概を引き出し、若者を文明の変換へと
奮い立たせる「新しい物語」が必要となる。
 その新しい言葉と新しい物語を考え続けいるが、まだ見出せない。
目の前に薄い霧がかかっているように、ぼんやりと見えるが、はっきりとは
見えない。  (P328〜330)


なるほど、なるほど。

私もまったく同意見だ。

私は、若いころ、一年間ニュージーランドに住んでいた経験があるが
その時知り合ったある女性の話。

その人はニュージーランド人で、日本にも2年ほど住んだことが
かなりの日本通、、、。

「日本人って、不思議なことにかなり優れた民族なのに、
なぜか自分たちのことを、悪く思っているところがある。
我々西洋人の方がはるかに残忍なことをしてきているのに、
もっと日本人は、自信を持つべきでは、、、」
と、、、。

愛知万博で知り合ったトルコ人の女性は、
「何でそこまで、卑屈になるの?経済だって一流、
民族性だって素晴らしいのに、たかだか一回くらい
戦争に負けたくらいで、そこまで自信を無くすこともない」
というようなことを言っていた。

せかいのひとって、日本人について、我々が思っている以上に
好印象を持っている人が多いように思う。

世界から見て、我々日本人っていうのは、かなり特異的、、、。

それに、私自身、なぜわざわあざ「日本人の研究!」などという
ブログを始めたのかというと、日本人にほんとの日本の姿を知ってもらいたい。

そして、その日本人が、これからの大きな文明の大転換の時代に、
非常に大きな役割を果たす可能性があるということ、、、。

これらのことを強く主張したい。

昨年だったと思うが、NHKで日本の三の丸遺跡のことをやっていた。

転々と住む場所を変え、とても貧しい生活をしていたと思われていた
狩猟採集民が、日本では定住し、大きな集落を形成し、かなり高度な文明を
発展させていたという。

一万年ほど前、他の国々では、農耕に変わる中、日本の縄文人たちは、
森と共に生きることを選んだらしい。

森に栗を植え、山の幸、海の幸を取り入れながら、自然と共に
生きていくことを選んだ我々の祖先、、、。

それに、日本の天災についてよくよく考えてもらいたい。

科学的な知識のない古代の人が、もし、海から大きな壁のごとき
津波が押し寄せたら、古代人たちは、
「海が怒った」と、感じるのではなかろうか?

いきなり真っ黒い煙を吐いて、山が噴火したら
日本の古代人たちは「山が怒った」と感じるのでは、、、。

稲妻が走り、激しく揺れる日本大地
「地が怒った」と感じるのではなかろうか?

川も氾濫し、毎年のように何度も、台風が押し寄せる。

こんな土地柄で住み続けてきた我々日本人は、
自然のことを無視することができず、恐ろしいモノであり、
そして豊かな幸を与えてくれるような大自然に対して
畏敬の念を持ち続けていたように思う。

何もない砂漠の宗教であり、絶対的な神が我々のために
すべてのモノを作り上げてくれた一神教的な世界観では、
どこか人間中心のモノになってしまう。

石油という莫大なエネルギーを手にし、自然やありとあらゆる
資源を喰いつくし時代ならその世界観が適していたのかも
しれない。

しかし、これからはどう考えても広げすぎた人間の活動を
どうにか縮小循環型社会に戻さなくてはならない。

日本の江戸時代を考えれば、そのような時代であったように思う。

その前の戦国時代とは、拡大型上昇志向社会ともいえる。

しかし、江戸時代はそれを大きく転換し、限られた国土、
限られた資源の中で、多くの人が生きていけるような社会であった。

リサイクル、リユースの江戸時代のテクノロジーというのは、
すごいものがある。

さらにと時から、限れた国土の中に、とても人口密度が高かった。

今、世界も益々人口が増え、人間の活動が活発になり、
狭い空間の中で、多くの人が住んでいることになる。

その中で、どのように殺戮し合うことなく、協力し合って生きていくのか、
その一番重要なのは「社会に信用を作ること」だ。

かなり高低差のある日本の地形、、、、。

その大地に梅雨の時期に雨が集中し、平野では水があふれかえる。

その水を上手く利用して、多くの収穫を得るには、一番稲作が
適していたのかもしれない。

梅雨の時期に、田んぼでは一番水を必要とする。

また、しっかりと川上の森林を維持しないと、
たちまちに水害の被害が拡大してしまう。

みんなで協力して、森林を維持し、川の堤防を築き、そこから水路を引っ張って
水があふれかえっていた平野の湿地帯を田んぼに変えてきた我々の祖先、、、。

その日本の田んぼというのは、牧畜や畑作に比べて、単位面積当たりの収穫量が多い。

つまり、村を密集して住めるということ。

また、稲作の北限である日本では、例えば田植えの時期に、しっかりと
労働力を集中し、田植えを終えないと、えらいことになってしまう。

常に暖かい、フィリピンなどの稲作では、いつ田植えをしても、
それほど影響がないが、日本では時期が増えれば、冬になり、
大きく収穫が減ることになる。

つまり、協力し、うまく労働力を田んぼに集中して、行わないと
たちまちに飢えが待っている。

だから、村社会といわれ、人目を気にし、協調的で自我を主張しない
思想が発展してきた。

その村では、納税から、冠婚葬祭、教育、介護、下の世話まで、
すべてのことをこなすほど、強い共同体を形成してきたといえる。

自己主張を優先する西洋的な思想とは、真逆であるが、
これからの時代、自分を捨てる思想でないと、共生社会は築けないように思う。

共生の時代に象徴的なある仏教の教え、、、。

地獄でも極楽でも、大きな釜でうどんをゆでている。

そのうどんを1メートルほどの箸を使って、食べなくてはならない。

地獄では、誰もが競ってうどんを食べようとするので、
誰も食べることができず、みんな飢え死にしてしまった。

極楽では、各々の口にうどんを運び、助け合いながら
みんなが食べることができ、みんな満腹になった。

各々との信頼関係がいかに築けるのか?

欲と恐怖に各々の心が占領されていたのでは、
結局はみんな倒れてしまう。

どこか今の世界に似ていないだろうか。

では、新し文明に大きく変換させる原動力となる
特に若い人たちへの強い情熱を引き立てる
「新しい物語」とは、何があるのか?

例えば、高度経済成長の時に、バリバリ働いて、
洗濯機を買った、車を買った、冷蔵庫、テレビなどなど、
ドンドン豊かになる実感があり、それが情熱へと
つながっていった。

しかし、今の若者たちは、車離れが進んでいるという。

果たして、そのような「豊かさ」だけで、強い情熱が
湧くとも思わない。

それよりも、いったい自分は何になるのか、何を目標に
生きていくのか、そのような漠然と大きな心の空洞が
存在するのでは、、、、。

それは、特に社会を引っ張っていく感受性の強い人ほど
そのように思うモノ。

世の中とは、一割ほどの人の意識が変われば、大きく変わる。

特に、空気に敏感な日本人は、大きな流れができば、
多くの人がそれに乗ってくるであろう。

その感受性の強い、若者たちの心に何が響くのか?

近畿大学の井田教授が、植物系廃棄物から、石炭に近い燃料
「バイオコークス」を開発した。

井田教授は、
「これで、世界の戦争を無くす」
と、語っておられた。

なぜ、中東であのように戦争が止まらないのか?

なぜ、日本があのような無謀な戦争に突っ込まなければならなかったのか?

世界の戦争を100年ほど振り返れば、そのほとんどが
エネルギー利権の奪い合い。

限りがある石油などのエネルギー資源が、限られた場所に
存在するから、その利権を争って、いつまでも戦争が続く。

それよりも、限られた場所に、限られたエネルギー資源ではなく、
誰でもどこでもとれるエネルギー資源に変わったらどうなるのだろうか?

太陽光、風力、水力、バイオマスなどなどの自然エネルギーは、
どこでも誰でも行える。

それも、すぐ近くのあの丘の上の風力発電とか、
うちの屋根の上とか、農業用水、ゴミ焼却場の排熱とか、
身近なエネルギー資源で、我々が生活できれば、明らかに
社会が変わる。

さらに、自然エネルギー資源の開発だけでなく、省エネ、エネルギー利用の効率化
蓄電システムなどなど、いろんな人が、角度から参加できる。

人間に莫大なエネルギーをもたらした石油、、、。

その石油により、資本主義が発展したといっても過言ではない。

しかし、資本主義が行き過ぎてしまった。

これだけ格差が世界中で広がり、このままでは世界が成り立たない。

自然エネルギーの普及、スローライフ、自前のエネルギーが
もしかしてマネーが暴走し、荒れ狂う成果経済の中で、
一番、身を守り、故郷を守ることになるのでは、、、、。

自然エネルギーで戦争を無くす、社会を大きく変換する。

そして、我々日本人という民族は、どのようなものかと考えれば、
これほど、そのことに適した人々もそうはいないと思う。

私がなぜ、「日本人の研究!」などというブログをやり続けているのか、
それはこれから新しい時代に向けて、日本人の役割というのは、
非常に大きいということ、そのことをよくよく訴えたい。


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2016年12月09日

自意識と煩悩、「自分など何もない」というような世界観、、、。

先日、あるテレビ番組の中で、あるお坊さんが
「自分という意識が煩悩につながっていく」
というようなことを言っていた。

よく、不安で不安で落ち込んでいる人や、
何かに怒り狂っている人、その人たちの大きな
特徴というのは、周りが見えない。

自意識過剰なくらい、自分という大きな殻の中で
もがき苦しんでいる。

なぜ、不安を感じるのか、なぜ恐怖で怒り狂うのか、
ある意味それは、生きている以上、自己防衛本能が
働くからだ。

自分が馬鹿にされた、裏切られた、だまされた
それらにより自分が傷つく。

その傷つけられることを恐れ不安になり、 
馬鹿にした相手に対して、怒り狂う。

また誰でも、多かれ少なかれ、コンプレックスというモノはもっている。

たとえば、頭が薄くなった人。

みんなが自分の頭を見ているのではないかと、常に神経を
とがらせている。

「ハゲ」という言葉に、内心、敏感に反応してしまい、
常に頭が気になっている。

しかし、果たして、その自分のハゲのことで、誰がそれほど、
関心を持っているのだろうか?

各々、自分の問題を抱え、自分のコンプレックスに思い悩んでいる。

そんな中で、世界中で一番、その自分のハゲに関心があり、
そのハゲのことで思い悩んでいるのは、自分自身ではなかろうか、、、。

コンプレックスで不安に取りつかれた人というのは、
自意識過剰に陥り、周りが見えない。

それに、最近つくづく思うのであるが
自分って、本当に存在するのだろうか?

体は、やがて燃やされて二酸化炭素と水になっていく。

また、二年ほどで、人間の体内にある60兆ほどの細胞は、すべて
入れ替わるという。

その二酸化炭素と水が、もしかしたら、そこの植物のモノであったのかも
しれないし、他の動物の中にあったのかもしれない。

つまり、大きなそれらの循環の中に、ある一定の時期に私の中で、
構成されているにすぎないし、いずれは、私の体から離れ、
大きな循環の中に戻っていく。

体とは別に、人間の「心」に関しても同じことが言える。

オオカミに育てられた子が、四つ足で歩き、
オオカミのような習性を身に着けて生活するという。

中国人に生まれた人は、その環境の中で育てば、
中国人らしく生き行く。

日本人は、日本人らしい思想を身に着けていく。

私は、自他共に認めるおじいさん、おばあさん子であるが、
最近、「あんた言うことが、おじいさんに似てきたね〜」
と、親戚のおばさんに言われることがある。

いつの間にか、おじいさんの影響を受けているようで、
歳を重ねれば重ねるほど、その傾向が出てくるようだ。

毎日寝起きを共にし、夜になるといろんな話をしてくれた
おじいさん、おばあさん、、、。

そのおじいさんが、亡くなって三十年にもなるのに、
私の中で、生き続けていることになる。

そのおじいさん、おばあさんにしろ、親があり、
周りの人から、いろんな影響を受けている。

ということは、おじいさん、おばあさんに影響を与えた人たちも
私の中で生きていることになる。

おじいさん、おばあさんだけではない。

父も母も、恩師も、先輩、友人、いろんな人の影響を何層も何層も受けて、
今の自分の人格がある。

また、人間社会には文字があり、言葉がある以上、
遠い昔の親鸞さんや道元さんのことばも、生きていて、
多くの人がその影響を受けている。

こんなことが、言えるのではなかろうか?

我々というものは、自分であって自分でない
むしろ、自分など何もない
そこには長い、長い歴史の中で作られた、大きな人間の集団意識が存在し、
それにより、私たちの人格というモノが作り出されていく。

オオカミの社会に育てば、オオカミのような習性になってしまう。

その大きな集団意識というのは、自分そのもの。

とくに社会性の非常に強い動物である人間というのは、
その集団意識により、大きく左右されてしまう。

我々は、一人一人が明らかにつながっている。

そして、未来と過去とつながっている。

先ほどの話であるが、不安や恐怖に取りつかれた人というのは、
自意識過剰になり、周りが見えなくなってしまう。

では、逆説的に言えば、そうなりやすい人は、日ごろからの訓練として、
周りに意識をなるべく持っていくようにしたらどうだろうか。

例えば、常に周りの人を活かそう、活かそうと努力しること。

いつも、すれちがう体の弱そうなおじいさんに、
「おはようございます」
と、声をかけてみる。

いつも、周りの人の良いところを探すようにして、
そのことを指摘し、ほめてみる。

誰かが言っていたが、一年間に10万回、「ありがとう」
いうと、幸せになれるという。

そのように意識すると、常に「ありがとう」というタイミングを
探すようになる。

それと同じで、周りを活かす言葉、行動、このようなことを
日々実行する。

自分など何もない、、、。

何かとてつもない大きなモノの、ほんの一部分である。

個を強調する西洋的な思想とは、真逆なのかもしれない。

しかし、これからはどう考えても共生の時代になっていく。

そうなると、昔から狭い土地で、みんなで協力して稲作をしてきた
我々に日本人が培った思想というのは、とても必要になってくる
のではなかろうか、、、。

労働、冠婚葬祭、教育、納税、介護、下の世話まで、
村の中でこなしてきた日本人、、、。

自分の存在を薄め、全体に貢献するという思想が
長い年月の中で培われてきた。

もしかしたら、そのような生き方の方が、運がついてくる
ような気がしてならない。

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2016年12月07日

「海賊と呼ばれた男」間もなく上映!!これは、見る価値が十分ある!!

間もなく、あの「海賊と呼ばれた男」とうとう上映される!

本の方は、義理のオヤジが持っていたので借りて読んだが、
結局、三回も読んでしまった。

幼馴染が出光のスタンドに働いていたので、
昔から燃料は出光に入れていた。

よかった、ほんと、このように体を張ってくれた
会社にお金を使うことができて、うれしい限りだ。

人間の歴史を振り返れば、今は石油文明といえる。

石油により、どれだけ私たちの生活が一変したか。

我々の生活だけではない。

社会も、そして思想も、宗教も、大きな影響を与えている。

百数十年前、アメリカで「燃える水」が発見された。

それよりも100年ほど前に、イギリスとの独立戦争に勝利したアメリカは、
「人間は幸福を追求する権利を神から与えられている」
という建国の理念をもとに、生まれたての国であった。

当時、宗教的束縛、階級的束縛から、自由を求めて、アメリカ大陸に渡った
移民たち、、、。

そこには、人間は自由だ、やりたいことをやっていいんだ、というような
思想があったと思う。

そして、それを大幅に前進させる原動力となったのが、
たまたまアメリカで発見された石油である。

石油により、いろんな産業を生み出し、より人間が活発に活動できるようになった。

これも、そして第一次、第二次世界大戦、さらに冷戦にも勝利した
アメリカは世界唯一の超大国にのし上がった。

たまたま、自由を主体とする思想で出来上がったばかりの国に、
幸運にも、それを可能にする石油というエネルギーが発見され、
その国が世界に莫大な影響力を与えることになる。

私の言いたいことは、時代時代に、いろんな思想、宗教がある中で、
その時代にあったモノが選択され、生き残っていく。

その時代にあったモノというのは、社会に莫大な影響を与える
エネルギーであるといっても過言ではない。

しかし、その石油文明もどう考えても、続くことは不可能だ。

石油にしろ、地球が何億年と地下に貯め込んだ。

それは、今、地球の歴史からすれば、一瞬で使い切ろうとしている。

石油が現れて、我々人間が莫大なエネルギーを手にしたことになる。

我々は、そのエネルギーを使い、これも地球がとてつもなく長い時間かけて、
貯め込んだありとあらゆる資源を掘り起こし、そのほとんどの原料が
後数十年で、枯渇という現実に直面するであろう。

地下水にしろそうだ。

今の近代農業や、工業を支えているのは、これも地球が長い、長い時間
地下に貯め込んだ水を一瞬にして、使い切ろうとしている。

やがて、深刻な水不足、それに伴う、食糧不足、工業にも大きな
影響を与えることになる。

石油により、人間の活動が飛躍的に拡大した。

また、その強力なエネルギーにより、爆発的に人口も増えたことになる。

このままでは、地球がいくつあっても足りやしない。

我々は、真剣に自分らが使うエネルギーに関して向き合う必要が
あうのでは、、、。




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2016年10月27日

自分の弱さ、情けなさを知る、そこから見えてくるものがたくさんある、、、。

数年ほど前、変な夢を見た。

なぜかその夢が脳裏に焼き付ている。

それは、会社でみんなが定時帰り、私一人
取り残され、山のような仕事をこなさなくてはならない。

そして、なぜか場面が変わり、自分の家にいる。

それも、その家の中が、戦争か、天災の直後なのか、
廃墟のように荒れ放題で、誰もいない。

そんな中で、何もできずに、ただ茫然と立ちすくんでいる。

そして、震えが起こり、猛烈なさみしさが湧いてきた。

そんな時、カタカタというような誰かが入ってくる音がした。

男の人のようで、背後に回り、柱の陰から、
羽交い絞めでその人を捕まえた。

歯が抜け、頭が剥げた弱々しい、年配の男の人。

申し訳なさそうに、何か、金目のものがないかと探しに来たという。

なんとなく、自分と境遇が似ているようで、
放してあげた。

この夢、全体としては、とても寂しい思いをした夢であった。

家族もいなく、自分の家が荒れ放題、、、。

そして、自分が人にポツンと取り残されている。

そんな時に、自分と同じ境遇のような人が、
何かを盗みに入って来る。

人間って、一人になってみるとわかることってあると思う。

また、すべてを失うと見えてくるものがある。

その時こそ、本当の自分と向き合う最大のチャンスだ。

自分の弱さを知る、自分の情けなさを知る、
これって、とても重要なこと、、、。

自分の弱さを知って、初めて相手のことが受け入れられるように
なるのでは、、、。

また、相手の嫌なところを許せるようになるのでは、、、。

相手を受け入れられるということは、それだけ相手の気持ちが
理解できるということ。

それだけ、視野が広がったということ。

心にゆとりができたということ。

もう、見栄を張る必要もない。
虚勢を張る必要もない。

素の自分を取り戻せるのでは、、、。

それほど、みんなに認められなくても、
ありのままの自分のいい、、、。

それほど、地位やお金を求めなくても、
ほどほどでも幸せに暮らせる、、、。

分厚く、重い、心をヨロイを脱ぎ捨てるには、
自分の中に存在する「不安」とは、「恐怖」とは何なのか、
しっかりと自分と向き合うこと。

自分自身には、嘘はつけない、、、。
相手は自分の鏡であり、自分の主観次第で、
世の中などいかようにも違って見えてくる。

自身の評価を、世間の噂話の中で見出すことなど、
それほど意味があるようには思えない。

それよりも、自分の人生、その主人公は、
自分自身、、、。

自分の価値観で生きる人、また、その価値観が
つまらん煩悩から離れ、我欲が薄れている人、こういう人って
真に強い人のような気がする。

相手を受け入れる、相手を理解できる、これって
共生の時代にとても重要なことだと思う。

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2016年10月01日

「守られている」、「導かれている」という感覚、これって大事なように思う。

朝の連続ドラマ、「とと姉ちゃん」、今日が最終回だった。

とても、面白かった。

昨日の放送で、名物編集長の花山さんが亡くなり、
その後、「あなたの暮らし」が戦後の人々の生活を
向上させるのに貢献したということで、賞をいただくことになった。

そのいただいたときに、とと姉チャンであり、
あなたの暮らし出版の社長である常子が
テレビに出演し、インタービューを受けるシーンがあった。

出演前、緊張する常子、、、。

自身の右肩をなぜながら、
「花山さん、どうしたもんじゃろの〜」
と、語りかける。

その一日前の放送のときに、花山さんの体が
悪化したときに、常子が病院に見舞いに行った。

その時、常子が
「花山さん、もし、花山さんがいなくなったら、
私達はどうなるんでしょう?」
と、不安そうに花山に語りかける。

花山が
「大丈夫、僕がいつもついているから。
私が常子さんの右肩について、君が、『どうしたもんじぇろの〜』
語りかけたときに、必ず支えるから、、、」
こんな内容のことを、語っていた。

誰かが、自分を守ってくれている、導いてくれている、
そんな感覚って、私は大事だと思う。

人間って、その人生において、何度も何度も
このような場面ってあると思う。

緊張し、不安になり、それでも、一人で向かっていかなくては
ならない。

そんな時に、常子のように
すでに亡くなった常子の恩人である花山が
「私が亡くなった後も、君を守り続ける」
というようなことを語ってくれたもしかしたら、
大きな心の支えになるのでは、、、。

これは、ある意味宗教教育のようなものであるが、
宗教でも、もし現代社会において、使えるのであれば、
それを利用する価値は十分にあると思う。

私も有名なおじいさんおばあさん子であった。

おじいさんが、病気になる、私が20歳ぐらいまで、
おじいさん、おばあさんと一緒に寝起きを共にしていた。

そんな祖父母が毎晩、私に対して言うことは
「ご先祖さんが守っとってくれる、氏神さんが守っとってくれる」
というような宗教チックなことを語っていた。

そんな祖父母が、今では亡くなって、私の「ご先祖さん」に
なられた。

そして、そのおじいさん、おばあさんと寝起きを共にした
我が家の離れで、今、私が暮らしている。

ここは、おじいさん、おばあさんがとても苦労して建てた
離れだ。

「牛坊かってね〜、それを毎日、豊田の街まで運んで、
それでこの座敷が建ったんだよ〜」
というようなことを何度も、何度も語っていた。

そんなこの離れで住んでいると、どこかに祖父母と共に
生きているような気持ちなる。

おじいさん、おばあさんが自分にいつもついていてくれる、
そんな気がしてならないが、しかし、そのような感覚が
幾度も私を助けてくれたような気がする。

あるラジオで語っていた話、、、。

二人のおばあさんが、一緒に働いているようであるが、
働き者のHおばあさん、要領がよく、上の人がいるときしか
働かないKおばあさん、、、。

働き者のHおばあさんが
「あんた、神さんが見てるよ〜」
と、いってもそんなことは、おかまいなし、、、。

しかし、お金にはエネルギーがあると思う。

しっかり働いて、稼いだお金というのは、
それなりにパワーがあり、その価値が分かり、
大事に使うであろう。

要領よく手にしたお金というのは、そのお金に対して
そのような意識しかなく、それなりの使い方になってしまう。

また、そのような生き方というのは、
周りの人にも影響を与える。

そのKさんのお子さん達が、いい年なのに、働こうとしないらしい。
そのお孫さんもそのような感じとのこと。

そして、そのおばあさんであるKさんの稼いだお金に
依存して生活しているとのこと。

ある精神科医が言っていたが
「人間とは、著しく、周りの人から影響を受けるもの」
とのこと。

それが、とくに影響を受けるのは、親であり、上司であり、
先生であり、先輩であり、自分よりも強い立場に
ある人の影響を受けるように思う。

親の生き方というのは、その人にとって、
それが標準的な生き方になり、知らず知らずに、
その影響は大きいと思う。

その時に、「神様が、見ている、ご先祖さんが見ている」
という感覚があると、自分を律する気持ちが生まれる
のではなかろうか。

科学が発展すると同時に、宗教というモノが
どうしても胡散臭いような感覚を持つようになった。

確かに、いろんな事件があったし、宗教的な対立が
大きな戦争を引き起こしてきた。

しかし、個人として、誰かに守られている、
誰かに導かれているという感覚、これって十分使えるのでは、、、。

また、亡くなった人は、大抵の場合が、
みんないい人として扱われやすい。

自分の大事なお子さんやお孫さんに
「私が死んでも、あんたを守っているからね」
なんて、語っておくと、その人たちの
窮地を救うことになる可能性が生まれるのでは、、、。

新興宗教などの月謝が馬鹿高い神様に頼らずとも、
身近な亡くなった祖父母、父母などの身近なご先祖さんでいい、
また近くの氏神さん、いつも見かけるお地蔵さん、
そんな身近な存在の方が、自分を守ってくれている
というように感じることができるのでは、、、。

困難をどのように乗り越えていくのか?

それが、何度も何度も訪れるのが人生であり、
そこで知恵と忍耐を学ぶのが人生であると
斉藤一人さんがいっていた。

そんな時に、自分に優しかった人たちが、自分を
守ってくれていると思えるようになれたら、
勇気が沸いてくるのでは、、、。

とと姉ちゃんの最終回、亡くなったとと(父)が
常子の前に現れた。

そして、常子に対して
「ここまでくるのに、よく頑張ったね〜」
と、ほめてくれた。

イメージとして、もし亡くなったときに
多くのお世話になった人たちが、自分を出迎えてくれて、
「よく頑張った、よく頑張った」
と、言ってくれるような人生にしたいとふと思う。

とと姉ちゃんもいい、作品であったように思う。



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2016年09月20日

幸せを感じれる力、「幸福力」とは、、、。

こないだの土曜日早朝のラジオ放送、
「なぜ生きる2」が、とてもよかった。

「死」、「病」、「老」、「別れ」と、
誰もが訪れることになる人間の4大苦について、
語られていた。

その中で、
「病気になれば、誰もが煩悩が減る」
というようなことを言っていた。

確かにそうなのかもしれない。

もし、いっぱいお金を持っていても、
誰もがうらやむ地位にあっても、病気であれば、
なかなか幸福を感じることはできない。

歩くこと、食べること、手、足を動かすこと、
呼吸すること、会話することなどなど、
呼吸困難で、食べることが出来ず、そんな状態で
高級ホテルに泊まり、最高のフレンチを出されて、
美女と食事しても、果たして楽しいと思えるだろうか。

6年前に亡くなったうちの伯母。

すい臓がんと肝臓がんを併発し、そのことを申告されてから
ちょうど一年後に亡くなった。

伯母が闘病しているときに、ある日、私のところに電話があった。
「便が出た、便が出た、黄色いウンチが出た」
と、大喜びで電話があった。

傍から見れば、おかしな話である。

毎日、当たり前のようにするものであるが、
一般的には「汚いモノ」。

誰もが嫌がるモノであるし、便が出たからといって
大喜びするようなものではない。

しかし、その当たり前の行為でも、もし体を壊し、
でなくなれば、どうだろうか。

伯母はまったく便が出なかったが、その時、
薬の投与で出るようになった。

周りをよく見れば、脳こうそくになり、片方の足、手が
動かない人もいる。

うちのオヤジなどは、長年、喘息に苦しみ、
ある日、夜中、息が出来なくなり、仏壇の前で
死を覚悟したという。

そういう人たちにとって、我々があたり前に思っている
「健康」って、どれほど幸福なことか。

あたり前の幸せって、本当に「あたり前」なのか?

水道をひねれば、飲めるほどのきれいな水が溢れ出る。

スパーへ行けば、食糧があふれかえっている。

世界的に見れば、どれほどの人が水不足で苦しんでいるのか。
どれほどの人が、飢えで苦しんでいるのか。

時代軸で見ても、これほど飽食の時代があっただろうか。

うちのオヤジの昔の思い出話は、そのほとんどが
「あれ食べた、これ食べた」というような話、、、。

それだけ、食べるということに執着が強かった。
逆に言えば、ハンバーガーもない、レストランもない、
兄弟姉妹も多かったうちのオヤジは、なかなか思う存分、
食べられなかったのだろう。

ある人が言っていたが、しあわせを感じる力、「幸福力」って、
人それぞれ違うと思う。

劣等感やコンプレックスというのは、確かに自身を動かす
原動力になると思う。

しかし、それだけではいずれ息詰まる。

周りに感謝できる、
何もかもつながっていると感じることができる,
何かに守られていると感じれることができるなど、
本当の自由とは、自身の幸福力が、自分を解放する
ことになるのでは、、、。

どんなにお金持ちでも、どんなに偉い人でも、
逆にそのことが、その人を苦しめることにもなりかねない。

やがては、すべてを置いて、魂一つで旅立つこの身の上。

本当に、それがいるのか?
本当に、そうあるべきなのか?
本当に、認めてもらう必要があるのか?

何のために生きるのか、もっとシンプルによくよく考えれば、
かなりすっきりし、本当の幸福感が味わえるような気がして
ならない。

より客観的に自分を見つめることができるのであれば、
まったく、世の中を見るモノサシが変わってくるような気がする。

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2016年09月12日

背中で教える生き方とは、、、。

 瀬戸で働き始めて、すでに20年がが経つ。

最近、ある地元のお客さんに、自分が瀬戸出身ではなく、
「母国語は三河弁です」と言ったら、驚かれた。

「あんた、瀬戸の人かと思った。瀬戸弁丸出しだし、
なんか昔から、この辺におる人のようだ」
と、言われた。

私にとっては、とてもうれしいほめ言葉だ。

たしかに、意識して瀬戸弁を話すようにしてきたが、
今ではこちらの言葉のが普通に出てくる。

やはり、地元の人たちとよりよいコミニケーションをとろうと
思うと、地元の方言ってとても大事なような気がする。

何か話をするにしても、全く対応がスムーズにいく。

「地元に入れば、地元に染まれ」
これは、私も元上司に体で教わったこと。

私が高校を卒業して最初に入った会社に、東京近郊出身の常務さんがいた。

その人は、実質、その会社のトップ。

その常務さんは、自分は中日ファンだという。

しかし、どう考えても、典型的な巨人ファンタイプだ。

バリバリの中日ファンの私に合うと、
多分、その日の中日新聞のドラゴンズの記事を読んだことを
話してくる。

中日ファンなのだか、実際は「中日ドラゴンズファンの勉強中」
というような感じだった。

その常務さんは、いろいろ物知りで、本来ならもっと
気難しいタイプ。

常務さんと私とでは、歳も違うし、育った環境もまったく違う。

どうにか、若いモンとコミニケーションを取ろうと、
努力されているようだ。

トップである以上、大変厳しいことも、私らに言わなくてはならない。

しかし、それも日ごろ、本来なら気難しいタイプなのに、
毎日、毎日、私のことを探してまで、ドラゴンズの話をしに来てくれる。

その常務さんには、よく逆らった。

私の同期が常務さんに怒られたことで、頭にきて、その常務さんが住んでいる
社宅にまで押しかけて、文句を言いに行ったこともある。

そんなごたごたもありながら、当時、まったく甘ちゃんだった若造に
一生懸命、コミニケーションを図ろうとする常務さん。

今思えば、本当に頭が下がる。

その姿勢って、私の人生の中で、幾度も生かされてきた。

常務さんが、もし巨人ファンだとして、
「わしは巨人ファンだ。わしの前で中日の話などするな」
というような態度では、みんなの心をつかむこともできないし、
せっかく違う土地にきているのだから、地元のことを
学ぶこともあまりできないのではなかろうか。

常務さんにとって、当時、最優先することとは何だったのか?

自身の巨人ファンというアイデンティティーを主張することなのか?

それより、任された会社を上手く運営し、多くの社員を取り込みながら、
共に成長していく、そんな姿勢だったような気がする。

その常務さんは、「少数精鋭」を掲げ、全社員に、通信教育をやらせ、
いろんな免許を取るようにさせていた。

私などは、当時そのような勉強が嫌いで
「何で、高校出てまで勉強しなくてはならないんだ。
勉強が嫌で、就職したんだぞ〜」
というようなことを言って、反抗したものだ。

まったく、廻りが見えない甘ちゃんであった。

今では、その頃仕込まれた勉強癖のおかげで、どれほど
助かったいることか。

その常務さんは、数年ほど前亡くなられた。

その前に、手紙を書いた。

その当時、常務さんは、かなりの重病で、
それでも、返事が返ってきた。

ありがたいことだ。

常務さんは亡くなられたが、私の中で、常務さんの教え、
生きる姿勢というモノが、生きている。

そのように、常務さんから、私に、私も同じような気持ちで
生きていれば、誰かに影響を与えるのかもしれない。

さらにさかのぼれば、その常務さんにも、親がおり、
お世話になった上司、先輩の方々がいる。

それに、読書好きの常務さんなら、本からいろんなことを学んで
いるはずだ。

人間社会にとって、文字というのは、時代を超えて、
大きな影響を与えることになる。

何百年も前に生きていた親鸞さんや道元さんから、
多くの人が現代も影響を受けている。

そんな中に、常務さんも、私も、生きている。

そして、その人間社会の大きな大きな集団意識に強い影響を
受けながら、私という人格が形成されている。

つながっている、明らかに大きなモノにすべての人が
つながっている。

そういう認識って、今後、とても大事になってくるように思う。
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2016年09月08日

信繁殿、本当の「正義」とは何なのか?

 大河ドラマ「真田丸」、今、ちょうどこれから関ケ原というところで、
一番見どころがあるところではなかろうか。

そんな中で、兄、信幸とのやり取りで、
信幸が信繁に
「もし、豊臣が勝ったら、どんな世の中になるんだ?」
ということを迫る。

信繁が
「石田様が、秀頼様を中心に、安定した社会を築いてくれます」
と、ちょっと、言葉は違うかもしれないが、こんなような
表現であった。

豊臣につくのか、徳川につくのか、もし「正義」を語るのなら、
どちらが勝った方が、世の為になるのか?

豊臣家を中心に見た場合では、もちろん「豊臣の世」を
継続したいと思うから、断然西軍だ。

しかし、よくよく考えてもらいたい。

もし、西軍が勝っていたらどうなっていたのだろうか?

まず、総大将毛利氏は、120万石から、200万石くらいに加増。
上杉氏も、それぐらいになるだろう。
宇喜多、島津、小早川は、100万石を超えるであろう。

三成でも、豊臣政権で発言力を拡大するには、
100万石ぐらいの大名でなくてはならないであろう。

これほど、大大名が多数できれば、また戦国の世に戻るのは、
誰が見てもわかる。

なぜ戦国時代が起こったのか。

それは、大大名が各自勝手なことをやり、統制がつかなくなってきた。

戦国の世を勝ち抜いてきた毛利や上杉など、
もし200万石もの大大名になれば、それこそ、
ほぼ独立国のようにふるまうであろう。

それに、秀頼は幼子、淀の方はどう考えても、分別が足りないと
言わざるおうえない。

こんな状態で、戦国大名たちを束ねることなど、できやしない。

豊臣集団の大きな特徴というのは、著しい上昇志向集団だ。

日本には、今後奪えるパイはない。

海外遠征も失敗した。

今からは、戦いで生きてきた人のリストラの時代が始まる。

そのことこそ、戦国の世から、安定した時代の一番の
重要課題となるであろう。

そんな時に、安定した政権がなくては、どうにも収まらない。

それに、今、江戸時代の価値というモノが、大きく見直されている。

たとえば、戦国時代、戦いに駆り出された百姓や下人に、
どのように恩給を与えたかというと、征服した地域の
奪略、乱取りだ。

せっかく、それに老若男女問わずに、生け捕りにして、
奴隷として海外に売り渡された人数が、数十万ににも及ぶという。

海外でもそれは当たり前であり、今でも、そのような
感覚が抜け切れない。

そのような雰囲気を大きく変えたのが、成熟した徳川260年だ。

思想、宗教、哲学、日本独特の文化が発展し、
モノも徹底して使いこなす高度なリサイクル・リユース国家となった
日本人。

そのルーツは、やはり江戸期に成熟したといえる。

急成長した豊臣財閥では、その根本的な性質から、
戦争が辞められるのだろうか?

石田三成でさえ、4万石だった時に、島左近に
2万石与えて家臣に迎えている。

つまり、秀吉が必ず加増してくれると、
信じているからだ。

しかし、もう日本には、パイがない。

パイを作るには、国内の戦争を継続するしかない。

そんなことでは、いつまでたっても世が収まらない。

江戸時代の価値、それを考えたうえで、我々日本人は、
そこから、どれほどいろんなことを享受していることか。

そう思うと、関ヶ原とは、ただその時の支配体制が変わるだけでなく、
大きな大きな影響を我々日本人に与えたといえる。

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2016年08月28日

死後、「やがて地球の一部になる!?」、、、。週刊ポストの記事、おもしろかった!!

今回も「死」とか「あの世」とかの考え方についての
記事を紹介しようともうが、なんとなくこんなことを
書くと「こいつ宗教くさいな〜」とか、思われるかもしれない。

しかし、私もあなたもいずれ死ぬ。

父や母、かわいがっている我が家の犬もいづれ死が訪れる。

諸行無常であり、今、当たり前のことも、いずれは当たり前で
なくなる。

我々は限られた命、限られた時間の中で、過ごしている。

そう思うと、今、この時が大事に思うのではなかろうか。

あの栄華を極めた豊臣秀吉も辞世として、
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな
浪速のことは 夢のまた夢」
と、詠んでいる。

あの巨大な大阪城も、金銀財宝も、多くの家臣団も、
すべてこの世に置いて、たった一人であの世に旅立っていった。

あれがほしい、これがほしい、こうなりたい、ああなりたい
人間いろんな願望があると思う。

しかし、どうあがいても、いずれはあの世に行く身の上、、、。

そう思えば、世の中の見方がまた違ってくるのではなかろうか。

求めるものが、変わってくるのではなかろうか。

少しでも、心の贅肉を落とし、限られた時間、
限られた命をめいいっぱい使い切りたい。

自分の死を認識するということは、
その「死」と真逆の「生きている」ということが
浮き彫りにされる。

ちょっと、前置きが長くなってしまったが、週刊ポストで
とてもいい記事が載っていたので、是非とも紹介したい。


死後の世界がわかれば生きるのも辛くなくなる
本気で考えてみた
「あの世」の大研究

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 臨済宗の僧侶で作家の玄侑宗久氏によれば、日本人が
「死」の概念を持つようになったのは、仏教伝来以降のことだという。
 「『万葉集』や『古事記』などには『死ぬ』という言葉はなく
『避(さ)る』という言葉を使っています。”どこかに行く”という
イメージで、『死』とはちょっと違うでしょう。6世紀半ばに
仏教が火葬の風習とともに入ってきて初めて、”体が灰になる=死”と
いう概念に触れたように思います。ポイントは、当初日本に伝来した
仏教は、中国の『輪廻』の概念を外されたものだったことです」
「輪廻」は、死んでもこの世のどこかで次の生が始まるという概念だ。
だから体を取っておく必要がなく、火葬しても構わないことになる。
後に輪廻の考え方も日本に伝わることになるが、当初は伝来の過程で
輪廻という概念が外され、火葬という形だけが残っていたという。
つまり「次の生に対する保証が何もないのに、体は燃やされてしまう」
(玄侑氏)ことになったのだ。
「このため、平安初期の説話集『日本霊異記』などを読むと、
『頼むから9日間は燃やさないでくれ』とか『腐敗が進んで諦めが
つくまでそのまま置いておいてくれ』という貴族がいっぱいいたんです。
そういう状況下に、救世主のように現れたのが浄土教でした」(玄侑氏)
 浄土教では死ぬことは「往生」、すなわち「浄土に往って生きる」
ことを意味する。
 この考えは『万葉集』や『古事記』の『逝る』という表現にピッタリと
合う。『ああ、死んでも大丈夫なんだ』と人々が思ったことで、浄土教は
燎原(りょうげん)の火の勢いで広がっていったんです」(同前)
 死後どうなるかという”ビジョン”が人々を救ったという解説だ。
 さらに玄侑氏は「あの世」という表現が定着していることにも
注目する。
「『あの世』という言葉は仏教ようごではなりません。日本人にとって
の死後の世界は、どうも”昔いた懐かしい場所”という感覚のようなんです。
『あの世』といった時に、誰も『どの世?』とは聞かないでしょう?
『あ〜、あれね』という暗黙の了解が前提にある気がします。浄土教に
置ける浄土は、”十万億土の彼方”といわれますが、日本人にとっては、
”身近な自然の奥のほう”というようなイメージが形づくられてきたの
ではないでしょうか」

「やがて地球の一部になる」!?

だが、こうした日本人の「あの世観」は、他の国とは違っているようだ。
中央大学大学院教授で宗教学者の保坂俊司氏がいう。
「日本人は古くから、奇岩に神が宿ると考えたり、コブだらけの樹に
霊的なモノを感じたりしてきましたが、そこに宿る神は世界を創造した
神ではなく、死者の霊などです。しかし、樹木に神が宿るといわれても、
砂漠地帯の人にはわからない。このように、ある地域に住む人なら理解し
共感できるものを民族宗教、世界中のどこにいていも受けれれられる
ものを普遍宗教です」
 その普遍宗教では「あの世」をどうとらえているのだろうか。
「2つの普遍宗教(キリスト教、イスラム教)のもととなった
ユダヤ教では、人間には神を裏切った”原罪”があり、この世は罪滅ぼし
の世界だと捉えています。ここで神の教え通りの良いことをすれば
許してもらえて、天国に行ける。この考えは、派生したキリスト教にも
イスラム教にも継承されています。ただ、この世の位置づけは
少しずつ違っていて、キリスト教では『悔い改めよ』というストイックな
面が強調され、イスラム教では礼拝やランダンなど罪の償い方が全部
決められている。しかしいずれも『一回起生』といって、生きるチャンスは
一回しか与えられていません。だから厳しいのです」(保坂氏)
 これに対して仏教では、人間は「輪廻転生」し、生前の行いで次に
生まれる世界が(来世)が決まると考える。しかし、転生はあくまでも
極楽浄土などの理想の世界に行くための通過点だ。ここが
ユダヤ教系の宗教と大きく異なる。ただし、そうした普遍宗教の底流には
共通するものがあるという。
「天国とは来世がないと、この世での倫理が成り立たないという考えです。
簡単に言えば悪いことをしても、死んでしまえばそれまでということに
なってしまう。生きている世界は不安定さを乗り越えたい。その意味で、
人類にとって宗教は不可欠なモノです」(保坂氏)
 "死後どうなるか”が示されることで、”どう生きるか”が見えてくるわけだ。
 キリスト教やイスラム教の「天国」のあり方は少しずつ違っている。
「キリスト教の場合、『光の世界』といった抽象的な表現しかありません。
一方、イスラム教では、いくら飲んでも酔わない酒だとか、縁があふれて
川が流れているなど、砂漠の中のオアシスに住む貴族の世界のイメージが
『コーラン』に書かれています。中には、”いくら抱いても処女の女がいる”
といった記述もありますよ」(保坂氏)
 宗教と切り離せたところでも、「あの世」に関しては様々な考察がある。
元京都大学帷幕部付属病院救急部・集中治療部部長で東大名誉教授の
矢作直樹氏は、「死とは何か」について次のように語る。
「我々の目に見える肉体はあくまでも三次元の存在で、人間の意識は
目に見えるものとは別の高い振動数の粒子の集まりと考えられます。
ただし、生きている間は意識は肉体とつながっている。人が死ぬことは、
肉体と意識のつながりが切れ、意識が肉体を出ていくことを意味します。
意識は肉体を離れれば自由になる。痛みも苦しみも感じることは
なくなります。ですから、死ぬことは決して怖いことではありません」
 他にも多様ない見方がある。(あの世ではまず、自らの人生を
振り返る映像を見る)(あの世はすべて自己管理の世界。タラタラ
過ごしても起こられない) そんな広告宣伝文が全国紙に掲載されて
話題の『聞いてビックリ「あの世」の仕組み』(東宝出版)の著者で
ライフアドバイザーの松原照子氏は、「不思議な世界から来た方々」に、
「死後の世界」のことを教えてもらっていたという。
 「人は死を迎えてもすべてが消滅してしまうわけではありません。
意識が体とお別れするということだそうです。体とお別れする
ときには痛みを伴いますが、天寿を全うして老衰で亡くなる場合は
『十分生きました』ということで心地よい痛みを覚えるそうです。
自己の場合は痛みは感じますが、体と別れたことを理解すると
痛みは治まるそうです。
 意識が肉体から離れると光の衣が現れ、それを纏うと次の場所に
導かれます。それが『あの世』です。あの世ではまず、自分の生前の
道のりを繰り返し映像で見せられるので、過ちを反省し、後悔する
そうです。そうして様々な欲から開放され、やがて自分は地球の
一部なのだというこに気づかされるそうです」
松原氏の"独自の説”をまとめた本に注目が集まるのは、人々が
それだけ「あの世」に興味があるということの証左だろう。

魂の重さは[21グラム」なのか

一方、化学の視点で言えば、そもそも「生」と「死」の境目は、
はっきり断定できないところもある。前出・大津医師がいう。
「便宜的に心停止、呼吸停止、瞳孔散大を一つの区切りとしていますが、
生物が心停止した後でも脳波の変化はありますし、すべての細胞が
死んでいるわけではなく、生きている部分もある。どう捉えるかは
実は非常に難しいところなんです」
 その上で大津氏は臨死体験者が見た「あの世」についてこう考える。
「最近ではラットの実験で、亡くなった後の数十秒間は脳波の活動が
活発になるといわれていて、臨死体験に関係している可能性があると
話題になっています。最後にぬくもりを見せてくれる脳の働きが
観測されているのかもしれません」
『霊はあるか』(講談社)の筆者で、自らも臨死体験がある立命館大学
橋上の安斎育郎しは「科学者の立場」という前提でこう話す。
「死んでだら無に帰す。例えば体重の18%を占める炭素原子は、
死んで焼き場で焼かれれば二酸化炭素となって飛び散っていく。
科学的にはそれだけです。残念ながら、死後の世界はない。でも、
それを思い描くのは人間の自由です」
 100年以上も前に遡るが、アメリカ・マサチューセッツ州の医師・
ダンカン・マクドゥーガル博士は人が死ぬ瞬間の体重を計測し
続け、死ぬと体重を測定し続け、死ぬと体重が21グラム減ることを
発見した。そしてそれが「魂の重さ」だと結論づけたのだ。この説は
現代科学では否定されているが、『21グラム』は03年公開の
心臓移植をめぐる映画のタイトルにもなった。
 それはつまり人間の魂や「あの世」への関心は科学的な知見の
発展とは別のところで存在し続けていることを意味する。
「あの世」がどんなものかを考えることが一人ひとりの「この世」
に与える影響は決して小さくないのだ。

非常に面白い記事だ。

「我々の目に見える肉体はあくまでも三次元の存在で、人間の意識は
目に見えるものとは別の高い振動数の粒子の集まりと考えられます。
ただし、生きている間は意識は肉体とつながっている。人が死ぬことは、
肉体と意識のつながりが切れ、意識が肉体を出ていくことを意味します。
意識は肉体を離れれば自由になる。痛みも苦しみも感じることは
なくなります。ですから、死ぬことは決して怖いことではありません」
と、、、。

この考えって、いいと思う。

そして、その肉体から離れた「意識」が大きな地球と合体していく。

体は、おもに二酸化炭素と水でできている以上、
その炭素はそこにある雑草だったのかもしれない。

私の中にある水は、もしかしたら、あなたの体の中に
あったのかもしれない。

人間の体内には、60兆もの細胞があるという。

その細胞は、崩壊と再生産を繰り返し、二年ほどで、
総入れ替えされるという。

生きているうちも、私たちの体は、
水と二酸化炭素の地球規模の循環の中にある。


では、「意識」はどうなのか?

オオカミに育てられた子供は、オオカミの習性を身に着けてしまう。

中国人なら中国人らしくなる。

日本人なら日本人らしく、周りの目を気にする性質になる。

我々の人格とは、実はそこに住む大きな社会の文化、風習により
作られていく。

最近ある法事に行ったら、親戚のおばさんが、
「あんた、死んだおじいさんと言うことが似てきたね〜」
と、言われた。

おじいさん、おばあさん、父、母、兄弟姉妹、叔父や伯母、
先生、上司、友人などなど、多くの人から影響を受け、
何層にも重なって、今、私という人格が形成されている。

また、人間社会には「文字」がある以上、
何百年前に生きていた道元さんや親鸞など、そういう人たちの
影響を受けていることになる。


人間とは、非常に社会性のある動物で、
ある精神科医は
「人間は、著しく周りから影響を受けている」
と語っておられた。

馬や鹿は、産み落とされてすぐに立ち上がり、歩き始める。

人間が歩き始めるまでには、それよりかなり時間がかかるのであり、
一人前になるまでには、20年もかかる。

その期間、多くの人から教育を受けることになり、
社会に出てからも、社会人として、いろんなことを周りから
学ぶことになる。

狼に育てられれば、狼のような習性を見につけてしまう人間の人格とは、
結局は、長いこと築き上げられた人間社会の集団意識により、
作られることになる。

この肉体も、細かく見れば、地球規模も規模の大きな二酸化炭素と水の
循環の中になる。

意識(人格)も、長い間築きあがられた人間社会の集団意識により、
作られる。

自分って、いったい何なのか?

もしかしたら、「自分など何も無い」のではなかろうか?

又吉さんがある番組の中で
「みんなが自分、自分がみんな」
と言っていた。

自分自身も、人間社会の中で、生きていく以上、
多くの人と摩擦を起こしながら、周りの人に影響を
与えることになる。

そうなると、わずかではあるだろうが、
人間社会の集団意識に影響を与えていくことになる。

「個」を強調する西洋的な思想と、「個を薄める」
日本的な思想と、今後どちらが主流になっていくのか?

共生の社会に移っていく以上、思想というのも、
大変重要になってくる。

むしろ「個を薄める」思想でないと、共生社会は
成り立たない。

今だけ、自分だけ、お金だけの考えから、
社会に「信用」を再構築し、共に生きる社会・思想を
築きあげなければならない。

そうなるためにも、自分はやがて死ぬということ、
死んだ後、どうなるのか、
また、我々は、体も心も、大きな循環・再生産の中にあるということを
よくよく認識する必要があるのでは、、、。


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2016年08月23日

自分の人生の主人公というのは、自分自身である、、、。

リオデジャネイロ五輪がおわり、振り返ってみると
一番印象的だったのが、レスリング女子53キロ級で銀メダルだった
吉田沙保里(フリー)のコメントだった。

「(涙を流し、声を詰まらせながら)たくさんの方に応援していただいたのに
銀メダルに終わってしまって申し訳ないです。日本選手(団)の主将として、
金メダルを取らないといけないところだったのに、ごめんなさい。
自分の気持ちが、最後は勝てるだろうって思っていたが、取り返しの
つかないことになってしまって。・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

号泣の中でもコメントだった。

やはり、ものすごいプレッシャーだったのであろう。

そんな吉田選手を見て、ふと思い浮かべたのが、
ボクシング世界王者だった鬼塚選手の言葉だった。

少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)

もしかしたら、達成感というモノは、一瞬のモノ。

そのあと、新たな苦悩が待ち受けているのが人生なのかもしれない。

自分は、チャンピオンなんだ、だから無様な試合はできないし、
敗けられない、そんなプレッシャーで自分が押しつぶされそうに
なっているのかもしれない。

同じような悩みで悩んでいたと思われるオリンピックで
三大会連続金メダルを取った柔道の野村選手が、何か月か前、
アナザースカイ出ていた。

彼は、アトランタ、シドニーと二大会連続で金メダルを取った後、
逃げるようにサンフランシスコに語学留学に向かった。

日本にいると、「引退」か、「継続」かを迫られる。

しかし、なかなかそんな重大なこと、そうは簡単に決められない。

シドニー大会の時,野村さんにしてみれば、一番のピークの時。

私も見ていただが、得意技の背負いだけでなく、
いろんな投げ技で一本勝ちを収めていた。

それだけ、体に切れ味があったのであろう。

彼が言うには、
「いつまでも、ダラダラと現役にしがみついているのは、
カッコ悪い。惜しまれるぐらいでやめていた方のがいい」
という思いもあったようだ。

しかし、小さいときからやっていた柔道を本当に捨てられるのか?

それも、体力的にも、身体能力的にも、全盛期で
最高の状態でオリンピックの金メダルを勝ち取った
シドニーの後にだ。

また、金メダリストとしてのプレッシャーも
相当なモノだろう。

勝って当たり前、無様な負け方でもしたら、取り返しのつかない
ことになる。

そんな恐怖と、その当時、戦っていたのかもしれない。

番組の中で、野村さんがサンフランシスコ時代にお世話になった
地元の柔道道場の館長が、14年ぶりにあった吉田さんを見て
「あの頃は、ずいぶんととんがっていたようだった。
今回、とても表情が穏やかで、なんだか安心した」
と、、、。

日本から離れている身であったのだが、気持ちはかなり
悩み続けていたのだと思う。

そして、彼は、三回目の金メダルに挑戦することを決断する。

長いブランクは、彼に屈辱を与えたらしい。

いきなり、日本に帰り試合をした結果、まさかの敗戦。

「野村は終わった」と、ささやかれたらしい。

そして、何とか日本代表選手に選ばれ、そして再び
金メダルを取る。

その後が、実に素晴らしい。

なんと、彼は40歳まで現役を続けたらしい。

それも、若い選手に負け続ける。

体が明らかに衰えてきている。
さらにけがで苦しむ。

三度も金メダルを取った男が、いつまでも現役にこだわり
無様に負け続ける姿、、、。

あなたなら、耐えられるだろうか。

彼は、彼がサンフランシスコ時代に、柔道から離れ、
一人になって、心底「柔道」のこと、自分自身のこと
見つめ直したのではなかろうか。

絶対負けられない、無様な姿は見せたくない、
そんなプレッシャーに押しつぶされそうな柔道というのが、
本当に自分の柔道だったのか?

それより、少しでも強くなるために、技を研究し、
練習し、一つ一つ身に着けていった時代の方が、
自分の真の柔道であり、柔道を好気になっていたのでは
なかろうか。

30代には、30代なりの柔道、
40代なら40代なりの柔道を極めようとする野村選手。

彼が言うには、若い人たちに負けるのは分かっている。

しかし、その体力的に落ちた状態でも、自分なりに
より強くなれるように、努力していきたい。

というようなことを語っていた。

世界チャンピオンという大きな重圧。

しかし、その本質を見れば、もしかしたら、
自分が作り上げた虚像では、、、。

みんなが見てるから負けられない。

世界チャンピオンだから、ブザマな姿は見せられない。

ブザマでもいいんじゃない、負けてもいいんじゃない、

それでも、技を磨き、自分が少しでも強くなる努力をし続けることこそ、
それこそ、本当の彼の柔道だったのではなかろうか。

プレッシャー、またはパワハラやいじめなどなど、
人間生きていれば、必ずいろんな摩擦を受けることになる。

しかし、しっかりと足元を見つめながら、自分が今できることを
やり続ける、これってとても大事なことではなかろうか。

自分の人生の主人公というのは、自分自身である。

いつまでも、他人の噂話の世界で生き続けていれば、
がんじがらめに縛られ、本当の自由というのは、
手に入れることはできやしない。

自分を見つめよう、見つめ続けよう、
他人の評価に頼りすぎれば、自分が見えなくなってしまう。

吉田選手も、すごい経験をいっぱい持っている。

それを、世間のため、周りの人の為に、おおいに活かしたら、
きっと素晴らしい人生になるような気がしてならない。


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2016年08月19日

日本とは、、、。

お盆休み、楽しかった。


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なんと言っても、この萩の海!


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山口県に住むうちの義両親の家から、車で約70分。

毎年、お盆と正月に帰省しているが、今年は
お盆期間中に、萩まで海水浴を楽しみに行った。

そして、水中メガに、息をブクブクやるスノーケル、
足には、足ひれをつけ、泳ぎまくった。

おるわ、おるわ、いろんな種類の魚が、、、!

刺身にしたらおいしそうな鯛、黒いたぶんクロダイなのか何なのかわからないが、
だいたい50p程の魚が、優雅に泳いでいる。

だいたい4時間ほど海の中に浮かびながら、それらの魚の写真を
撮りまくって、楽しんだ。

インスタントカメラだったので、その写真をこのブログで
紹介することは、できないが来年ことは、防水用のデジカメを
買って再度チャレンジしようと思う。


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萩の海は、本当に美しい。

それも、すぐ陸側を見れば、萩の街だ。


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ここには、山もあり、海もあり、川もあり、沖を見れば、
島もあり、そして歴史もある。


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暖流の支流がこの日本海側を流れ、比較的温暖で、
海産物も豊富だと聞く。

こんな素晴らしい日本の田舎を見ると、あるニュージーランド人の
言葉を思い出す。

彼の名前は、マーク。

歳も私と同じ年ぐらいで、日本にも二年間滞在経験がある。

自然が大好きで、その日本にいる間に、いろんなところをまわったらしい。

私もニュージーランドに一年間滞在したことがある。

その時、ニュージーランドを100ccのバイクで、ファームステイを
しながら、旅をした。

そして、マークが住むクライストチャーチに返ってきたときに、
久しぶりに会ったマイクに
「いや〜、ニュージーランドって、ほんときれいだよな〜」
と、話した。

そしたら、マイクがこんなことを言っていた。
「hide、日本の方がきれいなところいっぱいあるよ。
ほとんどの日本人が、そのことを分かっていない。
もったいないと思うよ」
と、、、、。

私もその頃は、都会で働き、工業地帯で住んでいた。

確かに自然は好きで、よくキャンプにも行っていたが、
おもな生活の基盤は、車がブンブン行きかうところなので、
たまに行く自然豊かな場所とは、特定の場所で、
日本のほんの一部のような気がしていた。

しかし、その後、日本中のいろんなところを旅をした。

萩のような文化と自然が上手く調和し、さらに温泉もある
素晴らしい場所は、日本にはいくつでもある。


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これは、島根県の松枝市だ。

街に、宍道湖が溶け込み、素晴らしい夕日を見ることができる。

私が行った時も、100人ほどの人が、ここで夕日を眺めていた。


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お城もあり、そのお堀に船で回れるようになっている。


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また、こんな大きなビルの前で、シジミが取れる。

松山もよかったし、鹿児島なんかも最高だった。


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これは、鹿児島の開聞岳。

薩摩半島のほぼ先端に、そびえたつ独立峰だ。


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頂上へ上ったが、西側が枕崎までの海岸線。


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北側がイッシーという恐竜がいるとされる池田湖。


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東側が海に付きだ出した長崎鼻と呼ばれる岬。


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そして、南側には東シナ海があり、その先に屋久島がうっすら見える。


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山口の青海島。


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これは、きれいな川の横にある岐阜の飛騨、無人の新穂高温泉だ。

和歌山、尾道からのしまなみ海道、能登半島、越前海岸、上高地
などなど、紹介したいところは、いっぱいあるが、これをもし多くの日本人が、
あまり知らないのであれば、マイクが言うようにもったいない限りだ。

それにね〜、もう一つ紹介したいことがある。


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これは、日本のある高速道路のトイレだ。


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ドアが自動で開き、便座に座れば音が流れ、使用後は、
温水シャワー。


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手を洗おうとすれば、ただ手をかざすだけで水が出る。

もし、外国人から見ればどう思うだろうか?

日本は、まさにハイテクの国。

そして、サービスエリアの人たちも、とても親切で、清潔に保たれている。

こういうところも、日本って素晴らしい国だとつくづく思う。

もう一つ言いたいことがある。

日本を旅していると、どこまで行っても、森林と田んぼが続く。

これって当たり前のことなのか?

どこまで行っても、田んぼと森林が続く。

あの美しい国、ニュージーランドでも、大半の森林というのは、
伐採されている。そして、山々はあるがそのほとんどが、
草原のような感じだ。

ニュージーランドのの森林とは、国土の20%ほどしかなく、
国定公園に指定され、保護されている。

なぜ、森林が切り倒されたのか?諸説あるが、今の現実を見ると、
国土のほとんどで、人口の10倍ほどいる羊などを飼っている。

このあたりが、イギリスの植民地であり、その文化を
しっかりと引き継いでいる。

日本は、どうかというと、我らの祖先は、森林を残し、
その自然と共生しながら、稲作の道を選んだ。

最近、日本の田んぼも非常に見直されている。

今、世界では、干ばつ、水不足、化学肥料・農薬による土壌の劣化、
異常気象、さらに中国の爆食、バイオエタノールの普及などなど、
今後、食糧がどのようになるのか、非常に危ぶまれている。

しかし、日本の田んぼとは、その歴史は2000年以上であり、
何年も何年も連作可能である。

それに、田んぼというのは、単位面積当たりの収穫量が多い、
非常に優れた農地と言える。

我々の先祖は、約2000年かけて、平野の湿地帯を切り開き、
田んぼを広げてきた。

この田んぼを支えてきたのが、森林である。

よく山の方に行くと、いたるところに湧き水がある。

その湧き水や、山に降り積もった雪解け水が集まって、
川を形成し、そして田んぼの水源となる。

もし、森林がなければ、どうなるか?

山々に保水性がなくなり、梅雨の時期に雨が集中するこの日本において、
河川は荒れ狂い、田畑や住居を飲み込むであろう。

森林はある意味ダムであり、、水を保持し、そして緩やかに湧き水が
流出させてくれる。

また、森林を大事にすれば、海の幸も豊かになるという。

平野(田んぼ)の民、山の民、海の民、川の民、
それぞれに自然に合わせて、自然から豊かな幸をいただき、
また地震、津波、洪水、噴火、台風などある時は、
恐ろしい自然と長いこと共存してきた我々日本人、、、。

もう一つ言うならば、田んぼは、単位面積当たりの収穫量が多い。

ということは、牧畜などに比べ、人が密集して住めるということ。

そして、多大な労力が必要とする稲作に、協力しながら
田んぼに労働力を集中し生きてきた。

逆に言うならば、狭い限られた平野で、ひしめき合って
生きてきた。

だから、協調性があり、空気に依存する繊細な我々日本人、、、。

日本の宗教や哲学は、西洋の「個人」を強調する思想とは違い、
集団で生きていくうえで、必要な「我」を無くし、
協調性を重視する考え方が発展してきたように思う。

また、頻繁に天災を引き起こす自然とは、恐ろしいものでもあり、
豊かな幸を与えてくれる荒れ難い存在、、、。

山も海も川も大地も動物も、そして人間でさえ神として祀る
我々日本人、、、。

自然に対して、どこか畏敬の念を持ちながら、
長いこと自然と共生してきたと言える。

そんな我々日本人って、そんな捨てたもんではないように思う。

日本を旅するとつくづく、そのようなことを感じる。

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2016年08月09日

時代の大転換!あなたにもできること!!

 朝の連続ドラマ、「とと姉ちゃん」いいね〜。

とてもはまっている。

毎日、録画してまで見ている。

終戦直後、非常にモノが不足している時代に、
ほとんどの人が困り果てている。

そんな中で、今あるものを最大限有効に使って、
少しでも豊かさを感じてもらう、
そんな目的で生活総合雑誌「あなたの暮し」を立ち上げた。

あの直線縫いの服、とてもいいアイデアだったと思う。

生地を無駄なく使い、しかもおしゃれに着こなす、
そういえば、うちの亡くなったおばあさんも、
あのようなスタイルの服を着ていたような気がする。

そのように、時代に合ったこと、つまり、モノがない時代に
いかに工夫して、心の豊かさを味わうか、
その方法を自身で見つけ出して、雑誌を発行して、
世間に広める。

そんなこと、この時代の人なら、大変やりがいを感じたのではなかろうか。

その当時の社会的なニーズとは、「豊かさ」であった。

では、今はどうなのか?

今は、時代の大きな転換期、、、。

資本主義が行き過ぎてしまった。

今では、多くの人がお金を稼ぐことでヘトヘトで、
「お金に対して、奴隷化」が進んでいる。

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これは、著名な経済学者、ピケティーがの法則であるが、
ここ300年のデーターから分析して、
金持ちはその資本力により生み出したお金により、
さらなる富が蓄積されていく。

つまり、庶民があくせく働いて得たお金よりも、
株式や利子など、お金がお金を生んで得た所得の方が
多いということ。

放っておけば、お金持ちはどんどんお金があつまり、
そしてそれとは逆に、その他のほとんどの人が
ドンドンと貧困になっていく。

特に、ソ連が崩壊し、アメリカが世界唯一の超大国に上り詰めた。

そうなれば、その傾向は、一気に進む。

大多数の人が今、望んでいることは、
安心、安全、安定した暮らしではなかろうか。

弱肉強食の尖鋭化した資本主義から、共生の時代への大転換期の
真っ只中。

常に時代を動かすのは、我々全体の集団意識、、、。

また、いくら技術が変わり、社会システムが変わっても、
人々の心が変わらなければ、必ず失敗する。

そのためにも、できる限り共生の思想を広めるべきではなかろうか。

それが、私が感じる時代のニーズのような気がする。

その共生の思想を広めるために、とと姉ちゃんの時代のように、
雑誌を出すために、大金が必要なわけでもない。

また、スポーンサーも必要ないし、各々個人で行えば、
誰にも遠慮することなどない。

インターネット上で、自分の意見を述べ、それが多くの人に
受け入れられれば、広まっていく。

例えば、こんな思想をひろめたい。

ある仏教の教えに、こんなものがある。

地獄でも、極楽でも、大きな釜でうどんをゆでている。

そのうどんを1メートルほどの長い箸で食べなくてはならない。

地獄では、我先にと競い合って食べようとするので、
結局誰も食べることができず、みんな餓死してしまう。

極楽では、その1メートルの箸をを使って、
互いの口にうどんを運び、助け合いながら
うどんを食べて、みんなが満腹になれる。

共生の時代に一番必要なのは、信用の構築である。

それを上手く表現しているこの仏教の教え。

このような昔の思想を掘り起こし、ブログで紹介し続けるのも、
共生の思想を広めることにつながるのでは、、、。

私個人など微々たるものであるが、
しかし、ノミとトンカチで、毎日毎日、大きな岩盤に穴を開け続ければ、
もしかした30年後、私が死ぬ時ぐらいには、
何らかの変化が起こっているのかもしれない。

コツコツ、コツコツ、それが私一人ではなく、
一人でも多くの人が行ってくれれば、その力は二倍になり、三倍にもなる。

私が思うには、もう潜在意識化では、多くの人がこのままでは、
成り立たないということを気がついていると思う。
 それをしっかりと言葉にして発信し続ければ、
必ず大転換は起こるのではなかろうか。

コツコツ、コツコツ、これは私の得意分野である。

あと人生三十年、私のような庶民でも、十分やれることがあると思う!!



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2016年08月02日

身近な人の死とは、、、。

一昨日の日曜日、母のすぐ上の姉の法事に、母と行ってきた。

母は4人姉妹の末っ子。

その亡くなった母と四つ違いの姉が、家を継ぎ、
実家を切り盛りしていた。

母が小さいときに、すでに母の父は他界。

母の母、私の祖母も、早い時期から寝たきりになり、
その伯母が母の親代わりのようなもんであった。

母だけでなく、母の子供である私たちも
大変お世話になった思い出深い伯母である。

その伯母が亡くなったときのことは、よく覚えている。

ちょうど六年前の夏、あるとても暑い日の早朝、
家に電話があった。

そんな早い時間に電話があるときは、たいてい悪し知らせ。

私より、先に電話を取った母が、伯母の死を聞いて、
泣き崩れている。

私も、涙が止まらなかった。

昨日の法事でもお坊さんが、言っていたが、
「親しい人の死というのは、自分のいづれ死ぬということを
よくよく認識させるために、その親しい人が身をもって、
教えてくれる。よくよく、その現実を受け止めるべきである」
というようなことを言っていた。

確かにその通りだ。

母にとって、親代わりの伯母の死というのは、
一番そのことを母に示すことができる人の死であったように思う。

母が、自分の死をどのように思っているのか、分からない。

毎日、毎日、父と漫才のようなケンカをし、暇さえあれば、
友人や親せき、娘たちと携帯で、電話しまくっている。

いずれは、病気になり、老いて死んでいく。

そして、親しい人たちとの別れが待っている。

限りある命という認識が持てるようになれば
今生きている一日一日が大事に思えてくる。

今日、ご飯が喉を通る、べんが出る、歩ける、
手が動く、息ができる、友人や家族らと話ができる、
これって、できなくなった人から見れば
とても幸せなこと。

ある人は、「自分は不幸だ、不幸だ」と、
いつもつぶやいている。

果たして本当なのだろうか?

心のあり方ひとつで、周りを見るモノサシが変わる、

自分のモノサシが変われば、幸福感も変わってくる。

人間って、逃げ切ることができない宿命のようなものが、
いくつもある。

限らられた命、限られた時間、その限られた人生をどのように
使い切るのか?

自分もやがて死ぬということを認識できれば、
生きる目的も変わってくるような気がする。

自分という意識が薄らいでくるような気がする。

伯母の法事に参列し、お経を読みながら、ふとそんなことを
思った。

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2016年08月01日

「出会い」、「別れ」の繰り返し、、、。ご縁で定められた人の人生、、、。

 最近、夕方になると、うちの近所の田んぼ道を
白い犬を引っ張って、トボトボ散歩している老人を見かける。

ドラゴンズの青い帽子をかぶり、ニコニコしながら、
犬に話しかけかけながら、散歩しているその老人。

その老人とは、間もなく80歳になるうちのオヤジだ。

そして、その白い犬とは、うちの愛犬パンチだ。

オヤジは、ぜんそく、皮膚病、高血圧、慢性的に腰が痛むなど、
複数の病気を抱えている。

さらに、認知症もかなり進行し、おまけに耳もかなり聞こえが悪い。

数年前より、ほとんど田畑にもいかず、家でゴロゴロしているだけ。

おまけに耳も遠いので、なかなか人と会話がスムーズにいかない。

数年前、ある親戚の法事にオヤジといった。

法事の法要も終わり、お茶を飲みながら、みんなで雑談していると、
私のいとこが、私を呼ぶので、オヤジを残して、席を外した。

三十分ほどして戻ってくると、オヤジが近くのおじさんに
話しかけられているようで、ニコニコしながら、相づちを打っているが、
何しろ、耳が悪いので、ほとんど聞き取れていないはずだ。

そのおじさんも、オヤジが耳が悪いことを知らない。

オヤジは、ただでさえ、人に気を使うタイプなので、
自分が聞こえていないと言えないようだ。

そして、私が帰ってきて、おやじは、あ〜助かった、というような
顔して、その場を去った。

法事の帰りの車の中でも、
「わしも、もう耳が聞こえんようになったので、おまん法事とか、
行ってくりょ」
というようなことを言う。

数年前より、田畑にも出ないし、冠婚葬祭もあまり行かない。

ほとんど、家で寝ていることが多い。

そして、そうなるとだんだんと認知症が進んでいくようだ。

ボケてもらっては、困るということで、いろいろやったが、
なかなか本人にやる気がない。

そして、母が「犬」がいいらしいということで、
姉の家に飼っている犬を毎週、毎週借りてきていた。

そんなこんなで一年過ぎたところで、義兄が
「もう、おまんところでかや〜」と、
言ってくれたので、愛犬パンチがうちに来ることになったのが
今年の正月、、、。

オヤジは、今でさえ、パンチの姿が見えないと
「あれ〜、犬返しちゃったかや〜」
と、がっかりそうに言う。

何度、「犬は、もううちがもらったんだよ。
うちの犬なんだよ」
って言っても、毎週、日曜日の夜になると、
犬があっちの家に行ってしまうことが、かなり寂しかったのかも
しれない。

今では、あの出不精だったオヤジが、毎日のように犬の散歩に
行っている。

毎週、デイサービスがある。

オヤジの担当の介護士さんが、オヤジが犬の話をよくするのか
「ワンちゃんにだいぶ癒されているみたいですね〜」
と、言っていた。

さらに、そのデイサービスのお迎えが来ると、支度の遅い
オヤジは、いつも介護士さんたちを待たしている。

さらに、「犬にあいさつしてくるから、ちょっと待っていて」
とかなんとかいっちぇって、さらにもたもたしている。

夜中も、トイレに行くたびに犬の様子をうかがいに来る。

こないだも、ニコニコしながら、犬とたわむれていた。

パンチが来てくれて、本当によかった。

認知症であり、耳が遠いオヤジも、家族でさえ
なかなか意思疎通が難しい。

パンチが上手く、オヤジの相手をしてくれている。

それに、寝てばっかりであれば、筋肉も落ちてくるだろうし、
散歩程度なら、ちょうどいい運動にもなる。

ほんと、我が家にとって、パンチとの出会いは、
ありがたかった。

我が家流に言えば、これもご先祖さんのお導き、
ありがたい、ありがたいということになるのだが、
ほんと、神様からの贈り物のように感じることもある。

しかし、よくよく考えると、この二人というか、
一人と一匹、互いに人生の晩年と言える。

オヤジは、間もなく80歳。

平均年齢で行けば、あの世へ旅立つのも、そう遠くない。

パンチも11歳なので、あと数年っていうところだろう。

この二人(一人と一匹)が、いなくなると、
私ら家族にとっても、かなり寂しくなる。

今のうちから、そのことをしっかりと覚悟していなくてはならない。

うちの嫁など、
「パンチがいなくなったら、私ボケるかもしれんで頼むね〜」
とか何とか言っている。

人生って、「出会い」と、「別れ」の連続、、、。

まさに、旅をしているようなものなのかもしれない。

そこで、いろんなことを学び、いろんな影響を与え合って、
生きている。

思えば、私の人生の中で、いろんな影響を与えてくれた人って、
多くいる。

仕事なり、友人なり、今、共にいる仲間、家族というのは、
互いに影響を与え合っている以上、ソール・メイトなのかもしれない。

時には、対立し合うこともある、時には助け合うこともある。

その中で、知恵をつけ、忍耐力を学んでいく。

パンチに関しては、我々家族にとっては、本当にありがたい存在だ。

時には、そのようなご褒美のような出会いもあるのかもしれない。

昨日、親戚の法事に行ったが、その時のお坊さんのお話の中で、
人生とは見えない「縁」によって結ばれている。

「御縁」といって、その縁はすべて阿弥陀様が定めらえた縁なのである
と、、、。

オヤジにパンチ、あと数年で旅立つことになるであろう。

諸行無常であり、今、この時間を共に過ごせることということは、
後々考えれば、大切な時間なのかもしれない。

そう思えば、「今」という瞬間を大事の思え、思いっきり生きようと
思えるのではなかろうか、、、。


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2016年07月23日

「生きる」、「生きる」、「生きる」、生きる目的とは何ぞや!?

毎週土曜日早朝にラジオ放送される「なぜ生きる2」、
いいね〜。

今日はこんなことを言っていた。

親や子を生きがいにする人は、彼らがなくなったときに、
自身も崩壊する。

地位やお金を生きがいにする人は、それらがなくなった
時に、自身も崩壊する。

信念を生きがいにする人は、それがなくなったときに、
自身も崩壊する。

仕事を生きがいにする人は、その仕事がなくなったときに、
自身も崩壊しる。

仕事を生きがいにして、今まで生きてきた人が、
定年退職を迎えた。

毎日、何をしていいのか分からない。

どう生きようか迷ってしまう。

終戦の日を境に、大きく価値観が変わってしまった。
多くの人が、今まで正しいとされてきたことが、
徹底的に排除される世の中になってしまった。

そう思うと、信念ですら永遠のものではない。

時が変わり、時代が変われば、正しいとされていたことでも、
ゴミ箱に捨てられる。

諸行無常、、、。

地位、お金、家族、仕事、信念など、世の中すべてのモノが
決して永遠のモノではなく、それに大きく依存しているということは、
薄氷の上を歩いているようなもの。

さらに、よくよく考えれば、いづれ来る「死」というモノは、
それらの生きがいと必ず決別しなくてはならない。

浪速のことは夢のまた夢、、、

と、あれだけ栄華を極めた天下人、太閤豊臣秀吉でさえ、
地位も名誉も、家族も家臣も、莫大な資産も、
すべて置いて、一人であの世に旅立たなくてはならない。

なんで、火災保険だの、老後保険だの、まだ起こるかどうかも
分からないことには、しっかり準備しているのに、
確実に決定された未来である「死」に対しては、
ほとんどの人が準備をしないのか。

なぜ生きるのか、どのような目的で生きるのか、

このようなことを「なぜ生きる2」では、
毎回、問いかけている。

それと想像してもらいたい。

老いて、ほぞ細とした体で、おむつを着せられて、
病気に苦しみながら、病院のベットで、寝ている自分、、、。

そのような姿を想像できるだろうか?

今の現代人の現実な死に際とは、そのようなモノ。

いったい自分は、これからどのようになってしまうのであろう。

かわいい孫や、そして子供たちは果たして今後大丈夫なのか。

親しい家族と別れ、苦しみながら孤独な旅立ちを迎えようとしている。


「死」とは、「老」、「病」、「死」、そして「別れ」と、
それぞれ一つでも大変な困難なのに、そのようなことが
4つも同時に起きる。

その人生最大の困難を、あなたは耐えることができますか?

人生の目的とは、「魂の研磨である」であると
誰かが言っていたが、そのようなことにもなんとか
乗り越えられるようにして準備しておく必要があるのでは、、。

自分の死を客観的に見つめれるようにすること、
悔いのない人生を過ごしておくこと、
死の瞬間を耐えられるだけの何か宗教的な
世界観をみにつけておくこと、

などなど、どんなことでも、最大の困難というのは、
自分の心の中に渦巻く煩悩が作り出す。

死、老、病、別れを通じて、怒りや悲しみ、不安に
心が占領され、もがき苦しむことが、体にも
心にも大きな負担となるであろう。

また、もし、「あいつだけは絶対に許せない」とか、
そのような煩悩にがんじがらめにされて
いたのでは、決して魂を昇華させることはできないず、
魂がこの世をさまようことになるのかもしれない。

仕事がけっして本当の目的ではない。

仕事を通じて、魂の研磨こそ、本当の人生の目的なのでは、、、。

信念が本当の生きる目的ではない。

その信念が本当に正しいことなのか、
常に自分に問いかけ悩み苦しみながら、
真理を追究し続けることが、
本当の人生の目的なのでは、、、、。

親や子供、親しい友人など、神様が与えてくれた
いわば、ソウル・メイトである。

周りの人々とまじわり合い、影響を与え合いながら、
自身がが成長していく。

別れも、また一つの課題でもある。

知り合い、そして別れる、そんなことで
何かを学んでいく。
「学び」こそ、人生の最大の課題であるのでは、、、、。

世の中、何一つ無駄なことなどない。

すべてのことが、魂を研磨させるために用意されている。

そして、その魂を向上させることこそ、
人生の目的でもあり、「死」という人生最大の困難に
立ち向かう準備にもつながる。

それには、「自分など何もない」という
自我を薄めることが重要ではなかろうか、、、。


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2016年07月09日

開聞岳の頂上から、2016年参議院選挙を考える、、、。

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これは、九州の最南端、薩摩半島のほぼ先端にある独立峰であり、
標高924メートル「開聞岳」だ。

十数年前、その開聞岳に登ったが、そこから見る景色というのは、
まさに絶景!!信じられないほどの美しい!


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開聞岳の西側は、枕崎までも海岸線、、、。


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北側は、イッシーという恐竜がいるとされる池田湖、、、。


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東側が、「長崎鼻」と呼ばれる岬、、、。



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そして、これが南側、屋久島がぽつんと見える、
沖縄方面につながる海の景色だ。

こんな美しい景色でも、見る人に取っては、全く違って見えるのであろう。

この開聞岳のふもとの知覧町に、第二次世界大戦中に、
陸軍の飛行場があった。

おもに、沖縄に侵攻する米軍に対して、特攻攻撃をする基地と
して有名な知覧の飛行場だ。

ここから、沖縄の海に向かって多くの特攻隊隊員が飛び立ち、
沖縄の海に散っていった。

そして、知覧より飛び立った多くの特攻隊員が、
この富士山にとてもよく似たこの開聞岳に向かって
最後の母国日本に対しての挨拶として、翼を揺らしながら、
沖縄の海に向かったとされる。


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彼らは、この景色を見ていたはずだ。

その特攻隊員と同世代、終戦当時22歳、
朝鮮半島で迎えられ、今現在93歳のうちの会社の会長さんが
「日本人なら、一度は知覧へ行くべきだ」
と、言っていた。

うちの会長さんにとっては、彼らと全く同世代であり、
会長の同級生の半分が、戦争で亡くなられている。

会長は、けっして戦争を賛美する人ではない。

むしろ、徹底した戦争反対派だ。

ほんの数ヶ月前、国会で安保法案が通ったとき、
会長は「おれは、もう、自民党をやめる」
と、怒りまくっていた。

会長は、地元では、「超」の字がつくほど、
自民と支持者の大物。

毎回、選挙の時は、率先して自民党を応援し、
我々社員にまで、頭を下げていた。

そんな会長が「自民党を止める!!」
と、言ったときは、周りのみんなが驚いた。

会長にしてみれば、多くの戦友の方々を亡くし、
兵隊になった時点で、もう自分の命はないものと
思っていた。

もちろん、会長は戦争自体にも反対のようだが、
それよりも、アメリカと一緒になって、世界中で悪さ
しくさるのか(怒)という思いがあるようだ。

戦争って、本当になくなるのだろうか?

有史以来、人類は戦争をやり続けてきた。

アメリカなどは、建国して二百数十年になるが、
戦争をしていない年というのは、たったの十数年に過ぎないという。

今回も、どう考えても、イラクでも、アフガンでも勝てない、
ほころびアメリカの世界戦略の下請けにさせられる
可能性が高いように思う。

「イラクに大義があったのか?」
大量破壊兵器があったとされ、そのための戦争であったはずなのに、
結局、その大量破壊兵器がなかった。

英国のイラク戦争を検証する独立調査委員会の報告書は、
アメリカと一緒になって、はっきりした証拠もなく、
「この戦争は俺達の戦いだ」とイラク戦争に突入した
ブレア元首相の決断を強く非難している。

これだけ、インターネットで情報が出回ると、
どれだけ米英のやり口というモノが、ひどいモノであるか、
あぶりだされている。

そんな大義のないような戦争に、日本の若者を
むかわせるのか?

そして、歴史を見れば、多くの日本人が、
自分の身をなげうってまで、世界中いろんなところで貢献してきている。

その先人たちが培ってきた信用というモノを、
我々の世代で失うというのか?

確かに有史以来、戦争がなくなったことはない。

しかし、多くの人が有史以来一貫した願いは
「戦争反対」だ。

今は、格段に兵器の性能も上がっている。

多くの国が核を持ち、世界大戦にもなれば、
まさに人類の滅亡だ。

すでに人類がそのような域に到達している以上、
新しい世界秩序の構築こそ急務である。

そこに必要なのは、「信用」構築である。

その信用の構築に、日本が全力で貢献することこそ、
本当の日本の姿なのではなかろうか、、、。

兵器を持って、いきり立っても、けっして他国に
勝てるものでもない。

日本人美点を活かした我々の生きる道というモノが、
必ずあるはずだ。

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2016年07月07日

小沢一郎氏の主張!!「市場万能主義」から、「国民の生活が第一」へ。日本人は勇気を持て!

 ラジオをつけると、なぜか、タイミングよく、
小沢一郎さんが出ている。

「市場万能主義から、国民の生活が第一」へ。

何年も徹底した主張である。

けっして、「ハゲタカさんの生活が第一」ではない。
「シロアリさんの生活が第一」ではない。

「国民の生活が第一」という主張は、どんなに相手が巨大でも、
主権を国民に取り戻すという、これはもう革命的な主張が含まれている。

規制改革、規制改革といっても、単純に規制を撤廃してしまえば、
たちまちにハゲタカさんたちが、喰いつくす。

我々の生命線である年金の積立基金でも、昨年と今年に入って、
すでに10兆円も大損している。

これだけ、各国がお金を刷りまくり、お金がダブついている中で、
株式投資か何かで、お金を稼ごうと思っても、大損するだけ。

莫大なお金を持っているハゲタカさんたちに、実質、
株式投資を通じて、貢いでるようなもの。

われわれは、どこまで搾取され続けれなければならないのか。

TPPなど、国境な巨大な資本家たちに、日本の法律を
超える大権を与えるようなもの。

本来、我々を守るべき、法律や条例が、ハゲタカさんたちの
商売の邪魔をするのであれば、訴えらえてしまう。

国も地方行政も、そうなれば、巨大資本家たちの顔色を
常にうかがいながら、ますます政治をしているフリをしているだけになる。

広がる格差社会、、、。

老後は、、、。
子育ては、、、。
雇用は、、、。

そして、主権者はだれなんか?

「金持ちをいくら豊かにしても、景気など決して良くはならない」

と、強く訴える、今、佐賀で参院選候補として奮闘している
若干44歳の中村てつじ氏の主張、、、。

その通りである。

だいたい、金持ちとは、本来お金を使わないもんだ。

それより、その他大勢の、本当にお金が必要な99%の人たちに、
少しでもお金が回るようにした方のが、はるかに効果がある。

日本は、GDPの6割以上が、内需である。

日本国民の消費活動によって、経済が回っている。

では、景気をよくするには、単純な話、庶民にお金が回るようにするのみ。

子育て支援、農業支援、中小企業支援、派遣労働者が4割もいて、
本当に多くの若者が、結婚しようと思うのか?

今こそ、「国民の生活が第一」!

これは、「我々が主権者だ」と主張していることに等しい!!



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2016年07月04日

世界に広がる1%と99%の闘争!!TPPをめぐる熱き戦い、参院選に注目!

参議院選挙、真っ只中、、、。

是非とも、忘れてはならないのが「TPP」のことだ。

東北地方の選挙区で、野党共闘で、反TPP派の候補を立てて、
自民党と真っ向勝負を挑もうとしている。

自民党候補が、かなり苦戦していると聞く。

そして、その自民党候補は、
「もう決まってしまったのだから、仕方がないではないか」
ぐらいなことを言っている。

しかし、本当に決まったのだろうか?

TPPとは我々の生活に非常に深刻な影響を与え続け、
それが確実に次の世代まで引き継がれてしまう。
、そんなに簡単に諦めるような事柄ではない。

TPPなど、決して農業だけの問題ではない。

医療、保険、金融、特許、法律、行政などなど、
ありとあらゆることにかかわってくる。

我々の生活は、一変し、待ち受けているものは、
間違いなく強烈な格差社会だ。

国境なき資本家に国を超える大きな大権を与え、
我々の主権がなくなるに等しい。

仕方がないってさ〜、その重大性を考えれば、
あまりにも情けないぐらいに、腰が引けているのでは、、、。

米国共和党の大統領候補は、TPPからの離脱を明言した。

クリントン氏の方は、かなり怪しいが、TPPに対して、
TPP批判を繰り返す。同21日のオハイオ州での集会で
「水準を満たさないTPPは拒否すべきだ」と訴え、
さらに米国民主党内で、大統領候補指名を争った
バーニーサンダース氏は、クリントン氏との政策協定の中で、
党政策綱領に「TPP承認採決阻止」を明記するよう要求し、
クリントン陣営に「踏み絵」を突き付けた。

TPPだけでなく、米国とEUが結ぼうとしている
TTIPもそうであるが、今、世界中で、1%と99%の
戦いが繰り広げられている。

TPP加盟国も、すんなりとTPP関連法案が通るとは、
どうしても思わない。

さらに中国、ロシアなどが中心にAIIBなども立ち上がり、
アメリカ中心としない勢力も、大きく成長している。

もうすでに、先進七か国の経済よりも、中国、ロシアなどを中心とした
新興国の経済の方が、上回っていると聞く。

そんな中で、自民党政権は、さっさとその法案を通そうとしている。

ほんと情けない。

後世の人が、歴史を検証した場合、
まさに国民を欺いて、国をあっさり売ってしまった
現政権に対して、子や孫の世代の人は、
一体どのように思うだろうか。

どれだけ多くの人の心血した努力のおかげで、
今、この国が存在し、我々の社会がある。

それを、世界をまたぐ資本家たちに、
荒らされつくされて本当にいいのだろうか。

次の世代に、どのような社会を残すのか。

本当に、今が正念場真っ只中!

多くの人にそのことをよくよく理解してもらいたい。
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2016年07月03日

苦悩の根源とは、無明の闇、、、。

土曜の早朝のラジオ放送、
「なぜ生きる2」、毎週楽しみにしている。

昨日の放送もよかった。

煩悩の根源とは、「無明の闇」、、、

と説く。

無明の闇とは、人間誰でも死ぬということ。

これはどんな人でも、決定された未来である。

昨日たまたま、幼馴染ら中華料理屋で飲んでいた。

ある友人が、今、50歳も間近になってきて、自分の人生にも
限りが見えてきたことを感じてきているようだ。

50になれば、60などすぐそこ、、、。

そして、自分の死をよく想像するとのこと。

その自分の死に対して、とてつもなくさびしさを感じているという。

その時、その友人が
「俺、最近、同じ夢を見る。それは、なんか同窓会があって、
みんな楽しそうにしているのに、俺がいないんだ」
と、、、。

確かに、この年齢を重ねれば重ねるほど、身近な人の死に直面する
ことがよくある。

もう何度も葬儀に参加したことがあるが、
花で飾られた棺おけの中で、白い顔をして、
眠っている身近な人の死体。

果たして、その人の死にいたるまでの苦しみ、
悲しさ、むなしさ、そして孤独感、、、。

たとえ身内であっても、それは共に味わうわけには
行かない。

みんなたった一人で旅立っていく。

「門松(かどまつ)は冥土(めいど)の旅(たび)の一里塚(いちりづか)」

と、一休さんの狂歌であるが、誰もが死に向かって、
一直線に突き進んでいるということになる。

死後、自分はどうなるのか?

その無明の闇に対して、人間はとてつもなく恐怖を
感じるのではなかろうか?

はたして、死後の世界はあるのだろうか?

また、家族と一緒になれるのだろうか?

そんな真っ暗闇に向かって突き進んでいく、
人生の目的とは、なんなのか?

「なぜ生きるのか」、、、。

自分がいずれ死ぬということを
自覚しないと、その人生の本当の目的というものが、
見えてこない。

ここからは、私の意見であるが、
死の間際というのは、人生最大の苦難が待ち受けている。

老いていく惨めな自分、病気の苦しみ、親しい人たちとの別れ、
そして死への恐怖、、、。

これらの困難が、一気に自分に襲い掛かってくるのが、
死である。

たとえ家族がいようと、一人で旅立たなければ行けない以上、
その孤独感というのは、相当なものだ。

ある人が言っていたが、病院で苦しんでいる自分に、見舞いに来た客は
「頑張れ、頑張れ」と、ある猛烈会社の社員のように、
そのように同じことをつぶやいていく。

でも、死に対しての病気というのは、
もうどうしようもないものがほとんどだ。

そんな体に対して、「頑張れ、頑張れ」を
聞くたびに、孤独感が増すという。

もし、そんな時に、精神的な苦しみだけでも、
取り除けれたら、、、。

また、死を目の前にした人の例として、
A級戦犯として、処刑されていく東条英機さん。

本当にあの戦争が、日本だけが悪かったのか?

歴史とは、勝者のものである。

そんな中で、負けた方の総大将として、
世界の極悪人として、東京裁判でさらされながら、
刑死される。

一人の人間として、これほど過酷な人生も、
そうはないのでは、、、。

開戦当時は、東條さん、東條さんとして英雄視していた国民が、
戦争敗れれば、極悪人として蔑む。

そして、未来永劫、極悪人として世界にその名が引き継がれていく。

残された家族はどうなのか、、、。

天皇、国民、そして共に戦った部下達、、、。

そして日本の未来は、、、
と思うと、生き続けるということは、東條さんにとって
耐え切れない思いではなかろうか。

処刑される前にこんなことを語っていたらしい
「死ぬにはいい時期です。終身刑にでもなったら
永遠に煩悩に付きまとわれ、たまったものではない」

と、、、。

またこんなことも
「昨日宣告のとき、心が朗らかになりました。
『大無量寿経』の中の、法蔵菩薩が決定して無上正覚をいるといわれる、
あのような気持ちになりました。
日本の土地に同化して行けることは、非常にありがたいことです」

と、、、、。

そして、東條さんの奥さんへの歌
「明日よりは誰にはばかるところなく
    阿弥陀のみもとでのびのびと寝む」

と、、、、。

そしてA級戦犯として判決を待つ元側近に対して
こうも語ったとされる
「戦争の責任は僕一人で背負いたかったが、多くの人々に
迷惑をかけて相済まぬ。君もどんな判決を受けるか知らないけれども、
敵に罰せられると思えば腹もたつだろが、陛下や国民から罰をいただく
と思って、甘んじてもらいたい。敗戦により、国家と国民とが蒙った打撃と
犠牲を思えば、僕が絞首台に上がるごときは、むしろもったいない。
 僕はただ絞首の辱めを受けるだけでなく、永遠に歴史の上に罵りの
鞭を受けなればならないからです」

と、、、。

そして
「トウジョウ・。ヒデキ、デス・バイ・ハンギング(絞首刑)」
を、言い渡されたときに
東條さんは「そうか、よしよし」とでも言いたげに軽くうなずいた。

東條さんは
「自殺でもしたら意味がない。絞首刑で死ぬことこそ意味がある。
それが日本の再建の礎石隣、平和の捨石となりえる」

考えていたようだ。

私は、東條さんは東京裁判では立派に戦った唯一の日本人だと思う。

ご立派だったと感じる。

そんな過酷な死への旅立ちの中で、東條さんの心を支えたものの一つは、
宗教の世界観であったと思う。

阿弥陀様が本当にいるのか?
ときかれると、科学をさんざん学んだ私にとっては、
まずいないであろうと思う。

しかし、もし、そのような世界観をイメージし、
非常に苦しい場面を乗り越えることができるのであれば、
ある程度、楽になると思う。

死んだら、阿弥陀様のもとに行き、
伸び伸びと昼寝をする、そんなイメージを
過酷な場面で、妄想でもいいから出来たのであれば、
かなり心の負担が軽減されるのでは、、、。

老、病、死、別れ、人間の「死」というモノは、
人生最大の大惨事が幾度も津波が押し寄せるように、
自分を襲い掛かる。

例えば病院のベットの上で、
何を思い何を想像しながら、苦痛と恐怖、孤独感に耐えるのか。

宗教が言う「阿弥陀様の世界観」、そんなモノが、
その苦しい身の上に少しでも安らぎを与えるのでは、、、。

それから、もう一つ、、、。

東條さんの言う
「自殺でもしたら意味がない。絞首刑で死ぬことこそ意味がある。
それが日本の再建の礎石隣、平和の捨石となりえる」

と、、、。

戦争である以上、勝った側は、誰かを見せしめとして、
極刑にかけなくてはならない。

敗れた以上、日本国民も、その状況を甘んじて受ければ
再建の道は開けない。

では、日本再建の礎石になろう、平和の捨石になろう、
そんな覚悟が、自分に覆いかぶさる運命を
受け入れられる大きな動機になるのでは、、、。

自分を捨てて、自分以外のことを優先する、
これが悩み、苦しみ、孤独感などの煩悩から、
開放する道であると思う。

例えば、何か悩み苦しんでいる人の大きな特徴というのは、
周りが見えていない。

自意識過剰なくらい、自分しか見えていない。

もし、もう少し客観的に自身のことを見ることができるのであれば、
その悩みもかなり軽減されるはずだ。

自分、自分という自我から自分を解放する、
自分のことを忘れることが実は、精神的な苦しみから
開放する方法なのではなかろうか、、、。

自分を忘れる、それは他者のことを優先する。

そんなことは、簡単にできるものではない。

人生かけて、訓練しなくては、なかなかできるものではない。

人生最大の困難が、その最終版にあなたを待ち構えている以上、
しっかりと煩悩から離れる、もしくは煩悩を和らげる
訓練しておかないと、強烈な孤独感と死への恐怖、
病気の苦しみの中で、死んでいかなくてはならない。

それに耐えられるタフさに必要なことは、自分を忘れ、
そして客観的に自分を見つめれるぐらいことが備わっていないと
乗り越えられるものでもない。

自分、自分、自分、そんなに自分に意識が集中していれば、
周りなど見えやしないし、自分を忘れることなど出来ない。

それよりも、周りの人をどのように活かすか、
そんなことを常に考える癖をつけていれば、
自分を忘れることができるのでは、、、。

死んだときに自我がなくなるという話を聞いたことがある。

もし、何かな強い執着で、自分を縛りつけながら、
死んでいったのなら、もしかしたら、昇華できずに
その魂は、この世をさまようのでは、、、。


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