2016年08月28日

死後、「やがて地球の一部になる!?」、、、。週刊ポストの記事、おもしろかった!!

今回も「死」とか「あの世」とかの考え方についての
記事を紹介しようともうが、なんとなくこんなことを
書くと「こいつ宗教くさいな〜」とか、思われるかもしれない。

しかし、私もあなたもいずれ死ぬ。

父や母、かわいがっている我が家の犬もいづれ死が訪れる。

諸行無常であり、今、当たり前のことも、いずれは当たり前で
なくなる。

我々は限られた命、限られた時間の中で、過ごしている。

そう思うと、今、この時が大事に思うのではなかろうか。

あの栄華を極めた豊臣秀吉も辞世として、
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな
浪速のことは 夢のまた夢」
と、詠んでいる。

あの巨大な大阪城も、金銀財宝も、多くの家臣団も、
すべてこの世に置いて、たった一人であの世に旅立っていった。

あれがほしい、これがほしい、こうなりたい、ああなりたい
人間いろんな願望があると思う。

しかし、どうあがいても、いずれはあの世に行く身の上、、、。

そう思えば、世の中の見方がまた違ってくるのではなかろうか。

求めるものが、変わってくるのではなかろうか。

少しでも、心の贅肉を落とし、限られた時間、
限られた命をめいいっぱい使い切りたい。

自分の死を認識するということは、
その「死」と真逆の「生きている」ということが
浮き彫りにされる。

ちょっと、前置きが長くなってしまったが、週刊ポストで
とてもいい記事が載っていたので、是非とも紹介したい。


死後の世界がわかれば生きるのも辛くなくなる
本気で考えてみた
「あの世」の大研究

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 臨済宗の僧侶で作家の玄侑宗久氏によれば、日本人が
「死」の概念を持つようになったのは、仏教伝来以降のことだという。
 「『万葉集』や『古事記』などには『死ぬ』という言葉はなく
『避(さ)る』という言葉を使っています。”どこかに行く”という
イメージで、『死』とはちょっと違うでしょう。6世紀半ばに
仏教が火葬の風習とともに入ってきて初めて、”体が灰になる=死”と
いう概念に触れたように思います。ポイントは、当初日本に伝来した
仏教は、中国の『輪廻』の概念を外されたものだったことです」
「輪廻」は、死んでもこの世のどこかで次の生が始まるという概念だ。
だから体を取っておく必要がなく、火葬しても構わないことになる。
後に輪廻の考え方も日本に伝わることになるが、当初は伝来の過程で
輪廻という概念が外され、火葬という形だけが残っていたという。
つまり「次の生に対する保証が何もないのに、体は燃やされてしまう」
(玄侑氏)ことになったのだ。
「このため、平安初期の説話集『日本霊異記』などを読むと、
『頼むから9日間は燃やさないでくれ』とか『腐敗が進んで諦めが
つくまでそのまま置いておいてくれ』という貴族がいっぱいいたんです。
そういう状況下に、救世主のように現れたのが浄土教でした」(玄侑氏)
 浄土教では死ぬことは「往生」、すなわち「浄土に往って生きる」
ことを意味する。
 この考えは『万葉集』や『古事記』の『逝る』という表現にピッタリと
合う。『ああ、死んでも大丈夫なんだ』と人々が思ったことで、浄土教は
燎原(りょうげん)の火の勢いで広がっていったんです」(同前)
 死後どうなるかという”ビジョン”が人々を救ったという解説だ。
 さらに玄侑氏は「あの世」という表現が定着していることにも
注目する。
「『あの世』という言葉は仏教ようごではなりません。日本人にとって
の死後の世界は、どうも”昔いた懐かしい場所”という感覚のようなんです。
『あの世』といった時に、誰も『どの世?』とは聞かないでしょう?
『あ〜、あれね』という暗黙の了解が前提にある気がします。浄土教に
置ける浄土は、”十万億土の彼方”といわれますが、日本人にとっては、
”身近な自然の奥のほう”というようなイメージが形づくられてきたの
ではないでしょうか」

「やがて地球の一部になる」!?

だが、こうした日本人の「あの世観」は、他の国とは違っているようだ。
中央大学大学院教授で宗教学者の保坂俊司氏がいう。
「日本人は古くから、奇岩に神が宿ると考えたり、コブだらけの樹に
霊的なモノを感じたりしてきましたが、そこに宿る神は世界を創造した
神ではなく、死者の霊などです。しかし、樹木に神が宿るといわれても、
砂漠地帯の人にはわからない。このように、ある地域に住む人なら理解し
共感できるものを民族宗教、世界中のどこにいていも受けれれられる
ものを普遍宗教です」
 その普遍宗教では「あの世」をどうとらえているのだろうか。
「2つの普遍宗教(キリスト教、イスラム教)のもととなった
ユダヤ教では、人間には神を裏切った”原罪”があり、この世は罪滅ぼし
の世界だと捉えています。ここで神の教え通りの良いことをすれば
許してもらえて、天国に行ける。この考えは、派生したキリスト教にも
イスラム教にも継承されています。ただ、この世の位置づけは
少しずつ違っていて、キリスト教では『悔い改めよ』というストイックな
面が強調され、イスラム教では礼拝やランダンなど罪の償い方が全部
決められている。しかしいずれも『一回起生』といって、生きるチャンスは
一回しか与えられていません。だから厳しいのです」(保坂氏)
 これに対して仏教では、人間は「輪廻転生」し、生前の行いで次に
生まれる世界が(来世)が決まると考える。しかし、転生はあくまでも
極楽浄土などの理想の世界に行くための通過点だ。ここが
ユダヤ教系の宗教と大きく異なる。ただし、そうした普遍宗教の底流には
共通するものがあるという。
「天国とは来世がないと、この世での倫理が成り立たないという考えです。
簡単に言えば悪いことをしても、死んでしまえばそれまでということに
なってしまう。生きている世界は不安定さを乗り越えたい。その意味で、
人類にとって宗教は不可欠なモノです」(保坂氏)
 "死後どうなるか”が示されることで、”どう生きるか”が見えてくるわけだ。
 キリスト教やイスラム教の「天国」のあり方は少しずつ違っている。
「キリスト教の場合、『光の世界』といった抽象的な表現しかありません。
一方、イスラム教では、いくら飲んでも酔わない酒だとか、縁があふれて
川が流れているなど、砂漠の中のオアシスに住む貴族の世界のイメージが
『コーラン』に書かれています。中には、”いくら抱いても処女の女がいる”
といった記述もありますよ」(保坂氏)
 宗教と切り離せたところでも、「あの世」に関しては様々な考察がある。
元京都大学帷幕部付属病院救急部・集中治療部部長で東大名誉教授の
矢作直樹氏は、「死とは何か」について次のように語る。
「我々の目に見える肉体はあくまでも三次元の存在で、人間の意識は
目に見えるものとは別の高い振動数の粒子の集まりと考えられます。
ただし、生きている間は意識は肉体とつながっている。人が死ぬことは、
肉体と意識のつながりが切れ、意識が肉体を出ていくことを意味します。
意識は肉体を離れれば自由になる。痛みも苦しみも感じることは
なくなります。ですから、死ぬことは決して怖いことではありません」
 他にも多様ない見方がある。(あの世ではまず、自らの人生を
振り返る映像を見る)(あの世はすべて自己管理の世界。タラタラ
過ごしても起こられない) そんな広告宣伝文が全国紙に掲載されて
話題の『聞いてビックリ「あの世」の仕組み』(東宝出版)の著者で
ライフアドバイザーの松原照子氏は、「不思議な世界から来た方々」に、
「死後の世界」のことを教えてもらっていたという。
 「人は死を迎えてもすべてが消滅してしまうわけではありません。
意識が体とお別れするということだそうです。体とお別れする
ときには痛みを伴いますが、天寿を全うして老衰で亡くなる場合は
『十分生きました』ということで心地よい痛みを覚えるそうです。
自己の場合は痛みは感じますが、体と別れたことを理解すると
痛みは治まるそうです。
 意識が肉体から離れると光の衣が現れ、それを纏うと次の場所に
導かれます。それが『あの世』です。あの世ではまず、自分の生前の
道のりを繰り返し映像で見せられるので、過ちを反省し、後悔する
そうです。そうして様々な欲から開放され、やがて自分は地球の
一部なのだというこに気づかされるそうです」
松原氏の"独自の説”をまとめた本に注目が集まるのは、人々が
それだけ「あの世」に興味があるということの証左だろう。

魂の重さは[21グラム」なのか

一方、化学の視点で言えば、そもそも「生」と「死」の境目は、
はっきり断定できないところもある。前出・大津医師がいう。
「便宜的に心停止、呼吸停止、瞳孔散大を一つの区切りとしていますが、
生物が心停止した後でも脳波の変化はありますし、すべての細胞が
死んでいるわけではなく、生きている部分もある。どう捉えるかは
実は非常に難しいところなんです」
 その上で大津氏は臨死体験者が見た「あの世」についてこう考える。
「最近ではラットの実験で、亡くなった後の数十秒間は脳波の活動が
活発になるといわれていて、臨死体験に関係している可能性があると
話題になっています。最後にぬくもりを見せてくれる脳の働きが
観測されているのかもしれません」
『霊はあるか』(講談社)の筆者で、自らも臨死体験がある立命館大学
橋上の安斎育郎しは「科学者の立場」という前提でこう話す。
「死んでだら無に帰す。例えば体重の18%を占める炭素原子は、
死んで焼き場で焼かれれば二酸化炭素となって飛び散っていく。
科学的にはそれだけです。残念ながら、死後の世界はない。でも、
それを思い描くのは人間の自由です」
 100年以上も前に遡るが、アメリカ・マサチューセッツ州の医師・
ダンカン・マクドゥーガル博士は人が死ぬ瞬間の体重を計測し
続け、死ぬと体重を測定し続け、死ぬと体重が21グラム減ることを
発見した。そしてそれが「魂の重さ」だと結論づけたのだ。この説は
現代科学では否定されているが、『21グラム』は03年公開の
心臓移植をめぐる映画のタイトルにもなった。
 それはつまり人間の魂や「あの世」への関心は科学的な知見の
発展とは別のところで存在し続けていることを意味する。
「あの世」がどんなものかを考えることが一人ひとりの「この世」
に与える影響は決して小さくないのだ。

非常に面白い記事だ。

「我々の目に見える肉体はあくまでも三次元の存在で、人間の意識は
目に見えるものとは別の高い振動数の粒子の集まりと考えられます。
ただし、生きている間は意識は肉体とつながっている。人が死ぬことは、
肉体と意識のつながりが切れ、意識が肉体を出ていくことを意味します。
意識は肉体を離れれば自由になる。痛みも苦しみも感じることは
なくなります。ですから、死ぬことは決して怖いことではありません」
と、、、。

この考えって、いいと思う。

そして、その肉体から離れた「意識」が大きな地球と合体していく。

体は、おもに二酸化炭素と水でできている以上、
その炭素はそこにある雑草だったのかもしれない。

私の中にある水は、もしかしたら、あなたの体の中に
あったのかもしれない。

人間の体内には、60兆もの細胞があるという。

その細胞は、崩壊と再生産を繰り返し、二年ほどで、
総入れ替えされるという。

生きているうちも、私たちの体は、
水と二酸化炭素の地球規模の循環の中にある。


では、「意識」はどうなのか?

オオカミに育てられた子供は、オオカミの習性を身に着けてしまう。

中国人なら中国人らしくなる。

日本人なら日本人らしく、周りの目を気にする性質になる。

我々の人格とは、実はそこに住む大きな社会の文化、風習により
作られていく。

最近ある法事に行ったら、親戚のおばさんが、
「あんた、死んだおじいさんと言うことが似てきたね〜」
と、言われた。

おじいさん、おばあさん、父、母、兄弟姉妹、叔父や伯母、
先生、上司、友人などなど、多くの人から影響を受け、
何層にも重なって、今、私という人格が形成されている。

また、人間社会には「文字」がある以上、
何百年前に生きていた道元さんや親鸞など、そういう人たちの
影響を受けていることになる。


人間とは、非常に社会性のある動物で、
ある精神科医は
「人間は、著しく周りから影響を受けている」
と語っておられた。

馬や鹿は、産み落とされてすぐに立ち上がり、歩き始める。

人間が歩き始めるまでには、それよりかなり時間がかかるのであり、
一人前になるまでには、20年もかかる。

その期間、多くの人から教育を受けることになり、
社会に出てからも、社会人として、いろんなことを周りから
学ぶことになる。

狼に育てられれば、狼のような習性を見につけてしまう人間の人格とは、
結局は、長いこと築き上げられた人間社会の集団意識により、
作られることになる。

この肉体も、細かく見れば、地球規模も規模の大きな二酸化炭素と水の
循環の中になる。

意識(人格)も、長い間築きあがられた人間社会の集団意識により、
作られる。

自分って、いったい何なのか?

もしかしたら、「自分など何も無い」のではなかろうか?

又吉さんがある番組の中で
「みんなが自分、自分がみんな」
と言っていた。

自分自身も、人間社会の中で、生きていく以上、
多くの人と摩擦を起こしながら、周りの人に影響を
与えることになる。

そうなると、わずかではあるだろうが、
人間社会の集団意識に影響を与えていくことになる。

「個」を強調する西洋的な思想と、「個を薄める」
日本的な思想と、今後どちらが主流になっていくのか?

共生の社会に移っていく以上、思想というのも、
大変重要になってくる。

むしろ「個を薄める」思想でないと、共生社会は
成り立たない。

今だけ、自分だけ、お金だけの考えから、
社会に「信用」を再構築し、共に生きる社会・思想を
築きあげなければならない。

そうなるためにも、自分はやがて死ぬということ、
死んだ後、どうなるのか、
また、我々は、体も心も、大きな循環・再生産の中にあるということを
よくよく認識する必要があるのでは、、、。


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2016年08月23日

自分の人生の主人公というのは、自分自身である、、、。

リオデジャネイロ五輪がおわり、振り返ってみると
一番印象的だったのが、レスリング女子53キロ級で銀メダルだった
吉田沙保里(フリー)のコメントだった。

「(涙を流し、声を詰まらせながら)たくさんの方に応援していただいたのに
銀メダルに終わってしまって申し訳ないです。日本選手(団)の主将として、
金メダルを取らないといけないところだったのに、ごめんなさい。
自分の気持ちが、最後は勝てるだろうって思っていたが、取り返しの
つかないことになってしまって。・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

号泣の中でもコメントだった。

やはり、ものすごいプレッシャーだったのであろう。

そんな吉田選手を見て、ふと思い浮かべたのが、
ボクシング世界王者だった鬼塚選手の言葉だった。

少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)

もしかしたら、達成感というモノは、一瞬のモノ。

そのあと、新たな苦悩が待ち受けているのが人生なのかもしれない。

自分は、チャンピオンなんだ、だから無様な試合はできないし、
敗けられない、そんなプレッシャーで自分が押しつぶされそうに
なっているのかもしれない。

同じような悩みで悩んでいたと思われるオリンピックで
三大会連続金メダルを取った柔道の野村選手が、何か月か前、
アナザースカイ出ていた。

彼は、アトランタ、シドニーと二大会連続で金メダルを取った後、
逃げるようにサンフランシスコに語学留学に向かった。

日本にいると、「引退」か、「継続」かを迫られる。

しかし、なかなかそんな重大なこと、そうは簡単に決められない。

シドニー大会の時,野村さんにしてみれば、一番のピークの時。

私も見ていただが、得意技の背負いだけでなく、
いろんな投げ技で一本勝ちを収めていた。

それだけ、体に切れ味があったのであろう。

彼が言うには、
「いつまでも、ダラダラと現役にしがみついているのは、
カッコ悪い。惜しまれるぐらいでやめていた方のがいい」
という思いもあったようだ。

しかし、小さいときからやっていた柔道を本当に捨てられるのか?

それも、体力的にも、身体能力的にも、全盛期で
最高の状態でオリンピックの金メダルを勝ち取った
シドニーの後にだ。

また、金メダリストとしてのプレッシャーも
相当なモノだろう。

勝って当たり前、無様な負け方でもしたら、取り返しのつかない
ことになる。

そんな恐怖と、その当時、戦っていたのかもしれない。

番組の中で、野村さんがサンフランシスコ時代にお世話になった
地元の柔道道場の館長が、14年ぶりにあった吉田さんを見て
「あの頃は、ずいぶんととんがっていたようだった。
今回、とても表情が穏やかで、なんだか安心した」
と、、、。

日本から離れている身であったのだが、気持ちはかなり
悩み続けていたのだと思う。

そして、彼は、三回目の金メダルに挑戦することを決断する。

長いブランクは、彼に屈辱を与えたらしい。

いきなり、日本に帰り試合をした結果、まさかの敗戦。

「野村は終わった」と、ささやかれたらしい。

そして、何とか日本代表選手に選ばれ、そして再び
金メダルを取る。

その後が、実に素晴らしい。

なんと、彼は40歳まで現役を続けたらしい。

それも、若い選手に負け続ける。

体が明らかに衰えてきている。
さらにけがで苦しむ。

三度も金メダルを取った男が、いつまでも現役にこだわり
無様に負け続ける姿、、、。

あなたなら、耐えられるだろうか。

彼は、彼がサンフランシスコ時代に、柔道から離れ、
一人になって、心底「柔道」のこと、自分自身のこと
見つめ直したのではなかろうか。

絶対負けられない、無様な姿は見せたくない、
そんなプレッシャーに押しつぶされそうな柔道というのが、
本当に自分の柔道だったのか?

それより、少しでも強くなるために、技を研究し、
練習し、一つ一つ身に着けていった時代の方が、
自分の真の柔道であり、柔道を好気になっていたのでは
なかろうか。

30代には、30代なりの柔道、
40代なら40代なりの柔道を極めようとする野村選手。

彼が言うには、若い人たちに負けるのは分かっている。

しかし、その体力的に落ちた状態でも、自分なりに
より強くなれるように、努力していきたい。

というようなことを語っていた。

世界チャンピオンという大きな重圧。

しかし、その本質を見れば、もしかしたら、
自分が作り上げた虚像では、、、。

みんなが見てるから負けられない。

世界チャンピオンだから、ブザマな姿は見せられない。

ブザマでもいいんじゃない、負けてもいいんじゃない、

それでも、技を磨き、自分が少しでも強くなる努力をし続けることこそ、
それこそ、本当の彼の柔道だったのではなかろうか。

プレッシャー、またはパワハラやいじめなどなど、
人間生きていれば、必ずいろんな摩擦を受けることになる。

しかし、しっかりと足元を見つめながら、自分が今できることを
やり続ける、これってとても大事なことではなかろうか。

自分の人生の主人公というのは、自分自身である。

いつまでも、他人の噂話の世界で生き続けていれば、
がんじがらめに縛られ、本当の自由というのは、
手に入れることはできやしない。

自分を見つめよう、見つめ続けよう、
他人の評価に頼りすぎれば、自分が見えなくなってしまう。

吉田選手も、すごい経験をいっぱい持っている。

それを、世間のため、周りの人の為に、おおいに活かしたら、
きっと素晴らしい人生になるような気がしてならない。


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2016年08月19日

日本とは、、、。

お盆休み、楽しかった。


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なんと言っても、この萩の海!


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山口県に住むうちの義両親の家から、車で約70分。

毎年、お盆と正月に帰省しているが、今年は
お盆期間中に、萩まで海水浴を楽しみに行った。

そして、水中メガに、息をブクブクやるスノーケル、
足には、足ひれをつけ、泳ぎまくった。

おるわ、おるわ、いろんな種類の魚が、、、!

刺身にしたらおいしそうな鯛、黒いたぶんクロダイなのか何なのかわからないが、
だいたい50p程の魚が、優雅に泳いでいる。

だいたい4時間ほど海の中に浮かびながら、それらの魚の写真を
撮りまくって、楽しんだ。

インスタントカメラだったので、その写真をこのブログで
紹介することは、できないが来年ことは、防水用のデジカメを
買って再度チャレンジしようと思う。


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萩の海は、本当に美しい。

それも、すぐ陸側を見れば、萩の街だ。


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ここには、山もあり、海もあり、川もあり、沖を見れば、
島もあり、そして歴史もある。


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暖流の支流がこの日本海側を流れ、比較的温暖で、
海産物も豊富だと聞く。

こんな素晴らしい日本の田舎を見ると、あるニュージーランド人の
言葉を思い出す。

彼の名前は、マーク。

歳も私と同じ年ぐらいで、日本にも二年間滞在経験がある。

自然が大好きで、その日本にいる間に、いろんなところをまわったらしい。

私もニュージーランドに一年間滞在したことがある。

その時、ニュージーランドを100ccのバイクで、ファームステイを
しながら、旅をした。

そして、マークが住むクライストチャーチに返ってきたときに、
久しぶりに会ったマイクに
「いや〜、ニュージーランドって、ほんときれいだよな〜」
と、話した。

そしたら、マイクがこんなことを言っていた。
「hide、日本の方がきれいなところいっぱいあるよ。
ほとんどの日本人が、そのことを分かっていない。
もったいないと思うよ」
と、、、、。

私もその頃は、都会で働き、工業地帯で住んでいた。

確かに自然は好きで、よくキャンプにも行っていたが、
おもな生活の基盤は、車がブンブン行きかうところなので、
たまに行く自然豊かな場所とは、特定の場所で、
日本のほんの一部のような気がしていた。

しかし、その後、日本中のいろんなところを旅をした。

萩のような文化と自然が上手く調和し、さらに温泉もある
素晴らしい場所は、日本にはいくつでもある。


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これは、島根県の松枝市だ。

街に、宍道湖が溶け込み、素晴らしい夕日を見ることができる。

私が行った時も、100人ほどの人が、ここで夕日を眺めていた。


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お城もあり、そのお堀に船で回れるようになっている。


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また、こんな大きなビルの前で、シジミが取れる。

松山もよかったし、鹿児島なんかも最高だった。


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これは、鹿児島の開聞岳。

薩摩半島のほぼ先端に、そびえたつ独立峰だ。


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頂上へ上ったが、西側が枕崎までの海岸線。


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北側がイッシーという恐竜がいるとされる池田湖。


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東側が海に付きだ出した長崎鼻と呼ばれる岬。


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そして、南側には東シナ海があり、その先に屋久島がうっすら見える。


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山口の青海島。


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これは、きれいな川の横にある岐阜の飛騨、無人の新穂高温泉だ。

和歌山、尾道からのしまなみ海道、能登半島、越前海岸、上高地
などなど、紹介したいところは、いっぱいあるが、これをもし多くの日本人が、
あまり知らないのであれば、マイクが言うようにもったいない限りだ。

それにね〜、もう一つ紹介したいことがある。


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これは、日本のある高速道路のトイレだ。


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ドアが自動で開き、便座に座れば音が流れ、使用後は、
温水シャワー。


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手を洗おうとすれば、ただ手をかざすだけで水が出る。

もし、外国人から見ればどう思うだろうか?

日本は、まさにハイテクの国。

そして、サービスエリアの人たちも、とても親切で、清潔に保たれている。

こういうところも、日本って素晴らしい国だとつくづく思う。

もう一つ言いたいことがある。

日本を旅していると、どこまで行っても、森林と田んぼが続く。

これって当たり前のことなのか?

どこまで行っても、田んぼと森林が続く。

あの美しい国、ニュージーランドでも、大半の森林というのは、
伐採されている。そして、山々はあるがそのほとんどが、
草原のような感じだ。

ニュージーランドのの森林とは、国土の20%ほどしかなく、
国定公園に指定され、保護されている。

なぜ、森林が切り倒されたのか?諸説あるが、今の現実を見ると、
国土のほとんどで、人口の10倍ほどいる羊などを飼っている。

このあたりが、イギリスの植民地であり、その文化を
しっかりと引き継いでいる。

日本は、どうかというと、我らの祖先は、森林を残し、
その自然と共生しながら、稲作の道を選んだ。

最近、日本の田んぼも非常に見直されている。

今、世界では、干ばつ、水不足、化学肥料・農薬による土壌の劣化、
異常気象、さらに中国の爆食、バイオエタノールの普及などなど、
今後、食糧がどのようになるのか、非常に危ぶまれている。

しかし、日本の田んぼとは、その歴史は2000年以上であり、
何年も何年も連作可能である。

それに、田んぼというのは、単位面積当たりの収穫量が多い、
非常に優れた農地と言える。

我々の先祖は、約2000年かけて、平野の湿地帯を切り開き、
田んぼを広げてきた。

この田んぼを支えてきたのが、森林である。

よく山の方に行くと、いたるところに湧き水がある。

その湧き水や、山に降り積もった雪解け水が集まって、
川を形成し、そして田んぼの水源となる。

もし、森林がなければ、どうなるか?

山々に保水性がなくなり、梅雨の時期に雨が集中するこの日本において、
河川は荒れ狂い、田畑や住居を飲み込むであろう。

森林はある意味ダムであり、、水を保持し、そして緩やかに湧き水が
流出させてくれる。

また、森林を大事にすれば、海の幸も豊かになるという。

平野(田んぼ)の民、山の民、海の民、川の民、
それぞれに自然に合わせて、自然から豊かな幸をいただき、
また地震、津波、洪水、噴火、台風などある時は、
恐ろしい自然と長いこと共存してきた我々日本人、、、。

もう一つ言うならば、田んぼは、単位面積当たりの収穫量が多い。

ということは、牧畜などに比べ、人が密集して住めるということ。

そして、多大な労力が必要とする稲作に、協力しながら
田んぼに労働力を集中し生きてきた。

逆に言うならば、狭い限られた平野で、ひしめき合って
生きてきた。

だから、協調性があり、空気に依存する繊細な我々日本人、、、。

日本の宗教や哲学は、西洋の「個人」を強調する思想とは違い、
集団で生きていくうえで、必要な「我」を無くし、
協調性を重視する考え方が発展してきたように思う。

また、頻繁に天災を引き起こす自然とは、恐ろしいものでもあり、
豊かな幸を与えてくれる荒れ難い存在、、、。

山も海も川も大地も動物も、そして人間でさえ神として祀る
我々日本人、、、。

自然に対して、どこか畏敬の念を持ちながら、
長いこと自然と共生してきたと言える。

そんな我々日本人って、そんな捨てたもんではないように思う。

日本を旅するとつくづく、そのようなことを感じる。

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2016年08月09日

時代の大転換!あなたにもできること!!

 朝の連続ドラマ、「とと姉ちゃん」いいね〜。

とてもはまっている。

毎日、録画してまで見ている。

終戦直後、非常にモノが不足している時代に、
ほとんどの人が困り果てている。

そんな中で、今あるものを最大限有効に使って、
少しでも豊かさを感じてもらう、
そんな目的で生活総合雑誌「あなたの暮し」を立ち上げた。

あの直線縫いの服、とてもいいアイデアだったと思う。

生地を無駄なく使い、しかもおしゃれに着こなす、
そういえば、うちの亡くなったおばあさんも、
あのようなスタイルの服を着ていたような気がする。

そのように、時代に合ったこと、つまり、モノがない時代に
いかに工夫して、心の豊かさを味わうか、
その方法を自身で見つけ出して、雑誌を発行して、
世間に広める。

そんなこと、この時代の人なら、大変やりがいを感じたのではなかろうか。

その当時の社会的なニーズとは、「豊かさ」であった。

では、今はどうなのか?

今は、時代の大きな転換期、、、。

資本主義が行き過ぎてしまった。

今では、多くの人がお金を稼ぐことでヘトヘトで、
「お金に対して、奴隷化」が進んでいる。

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これは、著名な経済学者、ピケティーがの法則であるが、
ここ300年のデーターから分析して、
金持ちはその資本力により生み出したお金により、
さらなる富が蓄積されていく。

つまり、庶民があくせく働いて得たお金よりも、
株式や利子など、お金がお金を生んで得た所得の方が
多いということ。

放っておけば、お金持ちはどんどんお金があつまり、
そしてそれとは逆に、その他のほとんどの人が
ドンドンと貧困になっていく。

特に、ソ連が崩壊し、アメリカが世界唯一の超大国に上り詰めた。

そうなれば、その傾向は、一気に進む。

大多数の人が今、望んでいることは、
安心、安全、安定した暮らしではなかろうか。

弱肉強食の尖鋭化した資本主義から、共生の時代への大転換期の
真っ只中。

常に時代を動かすのは、我々全体の集団意識、、、。

また、いくら技術が変わり、社会システムが変わっても、
人々の心が変わらなければ、必ず失敗する。

そのためにも、できる限り共生の思想を広めるべきではなかろうか。

それが、私が感じる時代のニーズのような気がする。

その共生の思想を広めるために、とと姉ちゃんの時代のように、
雑誌を出すために、大金が必要なわけでもない。

また、スポーンサーも必要ないし、各々個人で行えば、
誰にも遠慮することなどない。

インターネット上で、自分の意見を述べ、それが多くの人に
受け入れられれば、広まっていく。

例えば、こんな思想をひろめたい。

ある仏教の教えに、こんなものがある。

地獄でも、極楽でも、大きな釜でうどんをゆでている。

そのうどんを1メートルほどの長い箸で食べなくてはならない。

地獄では、我先にと競い合って食べようとするので、
結局誰も食べることができず、みんな餓死してしまう。

極楽では、その1メートルの箸をを使って、
互いの口にうどんを運び、助け合いながら
うどんを食べて、みんなが満腹になれる。

共生の時代に一番必要なのは、信用の構築である。

それを上手く表現しているこの仏教の教え。

このような昔の思想を掘り起こし、ブログで紹介し続けるのも、
共生の思想を広めることにつながるのでは、、、。

私個人など微々たるものであるが、
しかし、ノミとトンカチで、毎日毎日、大きな岩盤に穴を開け続ければ、
もしかした30年後、私が死ぬ時ぐらいには、
何らかの変化が起こっているのかもしれない。

コツコツ、コツコツ、それが私一人ではなく、
一人でも多くの人が行ってくれれば、その力は二倍になり、三倍にもなる。

私が思うには、もう潜在意識化では、多くの人がこのままでは、
成り立たないということを気がついていると思う。
 それをしっかりと言葉にして発信し続ければ、
必ず大転換は起こるのではなかろうか。

コツコツ、コツコツ、これは私の得意分野である。

あと人生三十年、私のような庶民でも、十分やれることがあると思う!!



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2016年08月02日

身近な人の死とは、、、。

一昨日の日曜日、母のすぐ上の姉の法事に、母と行ってきた。

母は4人姉妹の末っ子。

その亡くなった母と四つ違いの姉が、家を継ぎ、
実家を切り盛りしていた。

母が小さいときに、すでに母の父は他界。

母の母、私の祖母も、早い時期から寝たきりになり、
その伯母が母の親代わりのようなもんであった。

母だけでなく、母の子供である私たちも
大変お世話になった思い出深い伯母である。

その伯母が亡くなったときのことは、よく覚えている。

ちょうど六年前の夏、あるとても暑い日の早朝、
家に電話があった。

そんな早い時間に電話があるときは、たいてい悪し知らせ。

私より、先に電話を取った母が、伯母の死を聞いて、
泣き崩れている。

私も、涙が止まらなかった。

昨日の法事でもお坊さんが、言っていたが、
「親しい人の死というのは、自分のいづれ死ぬということを
よくよく認識させるために、その親しい人が身をもって、
教えてくれる。よくよく、その現実を受け止めるべきである」
というようなことを言っていた。

確かにその通りだ。

母にとって、親代わりの伯母の死というのは、
一番そのことを母に示すことができる人の死であったように思う。

母が、自分の死をどのように思っているのか、分からない。

毎日、毎日、父と漫才のようなケンカをし、暇さえあれば、
友人や親せき、娘たちと携帯で、電話しまくっている。

いずれは、病気になり、老いて死んでいく。

そして、親しい人たちとの別れが待っている。

限りある命という認識が持てるようになれば
今生きている一日一日が大事に思えてくる。

今日、ご飯が喉を通る、べんが出る、歩ける、
手が動く、息ができる、友人や家族らと話ができる、
これって、できなくなった人から見れば
とても幸せなこと。

ある人は、「自分は不幸だ、不幸だ」と、
いつもつぶやいている。

果たして本当なのだろうか?

心のあり方ひとつで、周りを見るモノサシが変わる、

自分のモノサシが変われば、幸福感も変わってくる。

人間って、逃げ切ることができない宿命のようなものが、
いくつもある。

限らられた命、限られた時間、その限られた人生をどのように
使い切るのか?

自分もやがて死ぬということを認識できれば、
生きる目的も変わってくるような気がする。

自分という意識が薄らいでくるような気がする。

伯母の法事に参列し、お経を読みながら、ふとそんなことを
思った。

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2016年08月01日

「出会い」、「別れ」の繰り返し、、、。ご縁で定められた人の人生、、、。

 最近、夕方になると、うちの近所の田んぼ道を
白い犬を引っ張って、トボトボ散歩している老人を見かける。

ドラゴンズの青い帽子をかぶり、ニコニコしながら、
犬に話しかけかけながら、散歩しているその老人。

その老人とは、間もなく80歳になるうちのオヤジだ。

そして、その白い犬とは、うちの愛犬パンチだ。

オヤジは、ぜんそく、皮膚病、高血圧、慢性的に腰が痛むなど、
複数の病気を抱えている。

さらに、認知症もかなり進行し、おまけに耳もかなり聞こえが悪い。

数年前より、ほとんど田畑にもいかず、家でゴロゴロしているだけ。

おまけに耳も遠いので、なかなか人と会話がスムーズにいかない。

数年前、ある親戚の法事にオヤジといった。

法事の法要も終わり、お茶を飲みながら、みんなで雑談していると、
私のいとこが、私を呼ぶので、オヤジを残して、席を外した。

三十分ほどして戻ってくると、オヤジが近くのおじさんに
話しかけられているようで、ニコニコしながら、相づちを打っているが、
何しろ、耳が悪いので、ほとんど聞き取れていないはずだ。

そのおじさんも、オヤジが耳が悪いことを知らない。

オヤジは、ただでさえ、人に気を使うタイプなので、
自分が聞こえていないと言えないようだ。

そして、私が帰ってきて、おやじは、あ〜助かった、というような
顔して、その場を去った。

法事の帰りの車の中でも、
「わしも、もう耳が聞こえんようになったので、おまん法事とか、
行ってくりょ」
というようなことを言う。

数年前より、田畑にも出ないし、冠婚葬祭もあまり行かない。

ほとんど、家で寝ていることが多い。

そして、そうなるとだんだんと認知症が進んでいくようだ。

ボケてもらっては、困るということで、いろいろやったが、
なかなか本人にやる気がない。

そして、母が「犬」がいいらしいということで、
姉の家に飼っている犬を毎週、毎週借りてきていた。

そんなこんなで一年過ぎたところで、義兄が
「もう、おまんところでかや〜」と、
言ってくれたので、愛犬パンチがうちに来ることになったのが
今年の正月、、、。

オヤジは、今でさえ、パンチの姿が見えないと
「あれ〜、犬返しちゃったかや〜」
と、がっかりそうに言う。

何度、「犬は、もううちがもらったんだよ。
うちの犬なんだよ」
って言っても、毎週、日曜日の夜になると、
犬があっちの家に行ってしまうことが、かなり寂しかったのかも
しれない。

今では、あの出不精だったオヤジが、毎日のように犬の散歩に
行っている。

毎週、デイサービスがある。

オヤジの担当の介護士さんが、オヤジが犬の話をよくするのか
「ワンちゃんにだいぶ癒されているみたいですね〜」
と、言っていた。

さらに、そのデイサービスのお迎えが来ると、支度の遅い
オヤジは、いつも介護士さんたちを待たしている。

さらに、「犬にあいさつしてくるから、ちょっと待っていて」
とかなんとかいっちぇって、さらにもたもたしている。

夜中も、トイレに行くたびに犬の様子をうかがいに来る。

こないだも、ニコニコしながら、犬とたわむれていた。

パンチが来てくれて、本当によかった。

認知症であり、耳が遠いオヤジも、家族でさえ
なかなか意思疎通が難しい。

パンチが上手く、オヤジの相手をしてくれている。

それに、寝てばっかりであれば、筋肉も落ちてくるだろうし、
散歩程度なら、ちょうどいい運動にもなる。

ほんと、我が家にとって、パンチとの出会いは、
ありがたかった。

我が家流に言えば、これもご先祖さんのお導き、
ありがたい、ありがたいということになるのだが、
ほんと、神様からの贈り物のように感じることもある。

しかし、よくよく考えると、この二人というか、
一人と一匹、互いに人生の晩年と言える。

オヤジは、間もなく80歳。

平均年齢で行けば、あの世へ旅立つのも、そう遠くない。

パンチも11歳なので、あと数年っていうところだろう。

この二人(一人と一匹)が、いなくなると、
私ら家族にとっても、かなり寂しくなる。

今のうちから、そのことをしっかりと覚悟していなくてはならない。

うちの嫁など、
「パンチがいなくなったら、私ボケるかもしれんで頼むね〜」
とか何とか言っている。

人生って、「出会い」と、「別れ」の連続、、、。

まさに、旅をしているようなものなのかもしれない。

そこで、いろんなことを学び、いろんな影響を与え合って、
生きている。

思えば、私の人生の中で、いろんな影響を与えてくれた人って、
多くいる。

仕事なり、友人なり、今、共にいる仲間、家族というのは、
互いに影響を与え合っている以上、ソール・メイトなのかもしれない。

時には、対立し合うこともある、時には助け合うこともある。

その中で、知恵をつけ、忍耐力を学んでいく。

パンチに関しては、我々家族にとっては、本当にありがたい存在だ。

時には、そのようなご褒美のような出会いもあるのかもしれない。

昨日、親戚の法事に行ったが、その時のお坊さんのお話の中で、
人生とは見えない「縁」によって結ばれている。

「御縁」といって、その縁はすべて阿弥陀様が定めらえた縁なのである
と、、、。

オヤジにパンチ、あと数年で旅立つことになるであろう。

諸行無常であり、今、この時間を共に過ごせることということは、
後々考えれば、大切な時間なのかもしれない。

そう思えば、「今」という瞬間を大事の思え、思いっきり生きようと
思えるのではなかろうか、、、。


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2016年07月23日

「生きる」、「生きる」、「生きる」、生きる目的とは何ぞや!?

毎週土曜日早朝にラジオ放送される「なぜ生きる2」、
いいね〜。

今日はこんなことを言っていた。

親や子を生きがいにする人は、彼らがなくなったときに、
自身も崩壊する。

地位やお金を生きがいにする人は、それらがなくなった
時に、自身も崩壊する。

信念を生きがいにする人は、それがなくなったときに、
自身も崩壊する。

仕事を生きがいにする人は、その仕事がなくなったときに、
自身も崩壊しる。

仕事を生きがいにして、今まで生きてきた人が、
定年退職を迎えた。

毎日、何をしていいのか分からない。

どう生きようか迷ってしまう。

終戦の日を境に、大きく価値観が変わってしまった。
多くの人が、今まで正しいとされてきたことが、
徹底的に排除される世の中になってしまった。

そう思うと、信念ですら永遠のものではない。

時が変わり、時代が変われば、正しいとされていたことでも、
ゴミ箱に捨てられる。

諸行無常、、、。

地位、お金、家族、仕事、信念など、世の中すべてのモノが
決して永遠のモノではなく、それに大きく依存しているということは、
薄氷の上を歩いているようなもの。

さらに、よくよく考えれば、いづれ来る「死」というモノは、
それらの生きがいと必ず決別しなくてはならない。

浪速のことは夢のまた夢、、、

と、あれだけ栄華を極めた天下人、太閤豊臣秀吉でさえ、
地位も名誉も、家族も家臣も、莫大な資産も、
すべて置いて、一人であの世に旅立たなくてはならない。

なんで、火災保険だの、老後保険だの、まだ起こるかどうかも
分からないことには、しっかり準備しているのに、
確実に決定された未来である「死」に対しては、
ほとんどの人が準備をしないのか。

なぜ生きるのか、どのような目的で生きるのか、

このようなことを「なぜ生きる2」では、
毎回、問いかけている。

それと想像してもらいたい。

老いて、ほぞ細とした体で、おむつを着せられて、
病気に苦しみながら、病院のベットで、寝ている自分、、、。

そのような姿を想像できるだろうか?

今の現代人の現実な死に際とは、そのようなモノ。

いったい自分は、これからどのようになってしまうのであろう。

かわいい孫や、そして子供たちは果たして今後大丈夫なのか。

親しい家族と別れ、苦しみながら孤独な旅立ちを迎えようとしている。


「死」とは、「老」、「病」、「死」、そして「別れ」と、
それぞれ一つでも大変な困難なのに、そのようなことが
4つも同時に起きる。

その人生最大の困難を、あなたは耐えることができますか?

人生の目的とは、「魂の研磨である」であると
誰かが言っていたが、そのようなことにもなんとか
乗り越えられるようにして準備しておく必要があるのでは、、。

自分の死を客観的に見つめれるようにすること、
悔いのない人生を過ごしておくこと、
死の瞬間を耐えられるだけの何か宗教的な
世界観をみにつけておくこと、

などなど、どんなことでも、最大の困難というのは、
自分の心の中に渦巻く煩悩が作り出す。

死、老、病、別れを通じて、怒りや悲しみ、不安に
心が占領され、もがき苦しむことが、体にも
心にも大きな負担となるであろう。

また、もし、「あいつだけは絶対に許せない」とか、
そのような煩悩にがんじがらめにされて
いたのでは、決して魂を昇華させることはできないず、
魂がこの世をさまようことになるのかもしれない。

仕事がけっして本当の目的ではない。

仕事を通じて、魂の研磨こそ、本当の人生の目的なのでは、、、。

信念が本当の生きる目的ではない。

その信念が本当に正しいことなのか、
常に自分に問いかけ悩み苦しみながら、
真理を追究し続けることが、
本当の人生の目的なのでは、、、、。

親や子供、親しい友人など、神様が与えてくれた
いわば、ソウル・メイトである。

周りの人々とまじわり合い、影響を与え合いながら、
自身がが成長していく。

別れも、また一つの課題でもある。

知り合い、そして別れる、そんなことで
何かを学んでいく。
「学び」こそ、人生の最大の課題であるのでは、、、、。

世の中、何一つ無駄なことなどない。

すべてのことが、魂を研磨させるために用意されている。

そして、その魂を向上させることこそ、
人生の目的でもあり、「死」という人生最大の困難に
立ち向かう準備にもつながる。

それには、「自分など何もない」という
自我を薄めることが重要ではなかろうか、、、。


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2016年07月09日

開聞岳の頂上から、2016年参議院選挙を考える、、、。

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これは、九州の最南端、薩摩半島のほぼ先端にある独立峰であり、
標高924メートル「開聞岳」だ。

十数年前、その開聞岳に登ったが、そこから見る景色というのは、
まさに絶景!!信じられないほどの美しい!


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開聞岳の西側は、枕崎までも海岸線、、、。


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北側は、イッシーという恐竜がいるとされる池田湖、、、。


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東側が、「長崎鼻」と呼ばれる岬、、、。



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そして、これが南側、屋久島がぽつんと見える、
沖縄方面につながる海の景色だ。

こんな美しい景色でも、見る人に取っては、全く違って見えるのであろう。

この開聞岳のふもとの知覧町に、第二次世界大戦中に、
陸軍の飛行場があった。

おもに、沖縄に侵攻する米軍に対して、特攻攻撃をする基地と
して有名な知覧の飛行場だ。

ここから、沖縄の海に向かって多くの特攻隊隊員が飛び立ち、
沖縄の海に散っていった。

そして、知覧より飛び立った多くの特攻隊員が、
この富士山にとてもよく似たこの開聞岳に向かって
最後の母国日本に対しての挨拶として、翼を揺らしながら、
沖縄の海に向かったとされる。


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彼らは、この景色を見ていたはずだ。

その特攻隊員と同世代、終戦当時22歳、
朝鮮半島で迎えられ、今現在93歳のうちの会社の会長さんが
「日本人なら、一度は知覧へ行くべきだ」
と、言っていた。

うちの会長さんにとっては、彼らと全く同世代であり、
会長の同級生の半分が、戦争で亡くなられている。

会長は、けっして戦争を賛美する人ではない。

むしろ、徹底した戦争反対派だ。

ほんの数ヶ月前、国会で安保法案が通ったとき、
会長は「おれは、もう、自民党をやめる」
と、怒りまくっていた。

会長は、地元では、「超」の字がつくほど、
自民と支持者の大物。

毎回、選挙の時は、率先して自民党を応援し、
我々社員にまで、頭を下げていた。

そんな会長が「自民党を止める!!」
と、言ったときは、周りのみんなが驚いた。

会長にしてみれば、多くの戦友の方々を亡くし、
兵隊になった時点で、もう自分の命はないものと
思っていた。

もちろん、会長は戦争自体にも反対のようだが、
それよりも、アメリカと一緒になって、世界中で悪さ
しくさるのか(怒)という思いがあるようだ。

戦争って、本当になくなるのだろうか?

有史以来、人類は戦争をやり続けてきた。

アメリカなどは、建国して二百数十年になるが、
戦争をしていない年というのは、たったの十数年に過ぎないという。

今回も、どう考えても、イラクでも、アフガンでも勝てない、
ほころびアメリカの世界戦略の下請けにさせられる
可能性が高いように思う。

「イラクに大義があったのか?」
大量破壊兵器があったとされ、そのための戦争であったはずなのに、
結局、その大量破壊兵器がなかった。

英国のイラク戦争を検証する独立調査委員会の報告書は、
アメリカと一緒になって、はっきりした証拠もなく、
「この戦争は俺達の戦いだ」とイラク戦争に突入した
ブレア元首相の決断を強く非難している。

これだけ、インターネットで情報が出回ると、
どれだけ米英のやり口というモノが、ひどいモノであるか、
あぶりだされている。

そんな大義のないような戦争に、日本の若者を
むかわせるのか?

そして、歴史を見れば、多くの日本人が、
自分の身をなげうってまで、世界中いろんなところで貢献してきている。

その先人たちが培ってきた信用というモノを、
我々の世代で失うというのか?

確かに有史以来、戦争がなくなったことはない。

しかし、多くの人が有史以来一貫した願いは
「戦争反対」だ。

今は、格段に兵器の性能も上がっている。

多くの国が核を持ち、世界大戦にもなれば、
まさに人類の滅亡だ。

すでに人類がそのような域に到達している以上、
新しい世界秩序の構築こそ急務である。

そこに必要なのは、「信用」構築である。

その信用の構築に、日本が全力で貢献することこそ、
本当の日本の姿なのではなかろうか、、、。

兵器を持って、いきり立っても、けっして他国に
勝てるものでもない。

日本人美点を活かした我々の生きる道というモノが、
必ずあるはずだ。

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2016年07月07日

小沢一郎氏の主張!!「市場万能主義」から、「国民の生活が第一」へ。日本人は勇気を持て!

 ラジオをつけると、なぜか、タイミングよく、
小沢一郎さんが出ている。

「市場万能主義から、国民の生活が第一」へ。

何年も徹底した主張である。

けっして、「ハゲタカさんの生活が第一」ではない。
「シロアリさんの生活が第一」ではない。

「国民の生活が第一」という主張は、どんなに相手が巨大でも、
主権を国民に取り戻すという、これはもう革命的な主張が含まれている。

規制改革、規制改革といっても、単純に規制を撤廃してしまえば、
たちまちにハゲタカさんたちが、喰いつくす。

我々の生命線である年金の積立基金でも、昨年と今年に入って、
すでに10兆円も大損している。

これだけ、各国がお金を刷りまくり、お金がダブついている中で、
株式投資か何かで、お金を稼ごうと思っても、大損するだけ。

莫大なお金を持っているハゲタカさんたちに、実質、
株式投資を通じて、貢いでるようなもの。

われわれは、どこまで搾取され続けれなければならないのか。

TPPなど、国境な巨大な資本家たちに、日本の法律を
超える大権を与えるようなもの。

本来、我々を守るべき、法律や条例が、ハゲタカさんたちの
商売の邪魔をするのであれば、訴えらえてしまう。

国も地方行政も、そうなれば、巨大資本家たちの顔色を
常にうかがいながら、ますます政治をしているフリをしているだけになる。

広がる格差社会、、、。

老後は、、、。
子育ては、、、。
雇用は、、、。

そして、主権者はだれなんか?

「金持ちをいくら豊かにしても、景気など決して良くはならない」

と、強く訴える、今、佐賀で参院選候補として奮闘している
若干44歳の中村てつじ氏の主張、、、。

その通りである。

だいたい、金持ちとは、本来お金を使わないもんだ。

それより、その他大勢の、本当にお金が必要な99%の人たちに、
少しでもお金が回るようにした方のが、はるかに効果がある。

日本は、GDPの6割以上が、内需である。

日本国民の消費活動によって、経済が回っている。

では、景気をよくするには、単純な話、庶民にお金が回るようにするのみ。

子育て支援、農業支援、中小企業支援、派遣労働者が4割もいて、
本当に多くの若者が、結婚しようと思うのか?

今こそ、「国民の生活が第一」!

これは、「我々が主権者だ」と主張していることに等しい!!



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2016年07月04日

世界に広がる1%と99%の闘争!!TPPをめぐる熱き戦い、参院選に注目!

参議院選挙、真っ只中、、、。

是非とも、忘れてはならないのが「TPP」のことだ。

東北地方の選挙区で、野党共闘で、反TPP派の候補を立てて、
自民党と真っ向勝負を挑もうとしている。

自民党候補が、かなり苦戦していると聞く。

そして、その自民党候補は、
「もう決まってしまったのだから、仕方がないではないか」
ぐらいなことを言っている。

しかし、本当に決まったのだろうか?

TPPとは我々の生活に非常に深刻な影響を与え続け、
それが確実に次の世代まで引き継がれてしまう。
、そんなに簡単に諦めるような事柄ではない。

TPPなど、決して農業だけの問題ではない。

医療、保険、金融、特許、法律、行政などなど、
ありとあらゆることにかかわってくる。

我々の生活は、一変し、待ち受けているものは、
間違いなく強烈な格差社会だ。

国境なき資本家に国を超える大きな大権を与え、
我々の主権がなくなるに等しい。

仕方がないってさ〜、その重大性を考えれば、
あまりにも情けないぐらいに、腰が引けているのでは、、、。

米国共和党の大統領候補は、TPPからの離脱を明言した。

クリントン氏の方は、かなり怪しいが、TPPに対して、
TPP批判を繰り返す。同21日のオハイオ州での集会で
「水準を満たさないTPPは拒否すべきだ」と訴え、
さらに米国民主党内で、大統領候補指名を争った
バーニーサンダース氏は、クリントン氏との政策協定の中で、
党政策綱領に「TPP承認採決阻止」を明記するよう要求し、
クリントン陣営に「踏み絵」を突き付けた。

TPPだけでなく、米国とEUが結ぼうとしている
TTIPもそうであるが、今、世界中で、1%と99%の
戦いが繰り広げられている。

TPP加盟国も、すんなりとTPP関連法案が通るとは、
どうしても思わない。

さらに中国、ロシアなどが中心にAIIBなども立ち上がり、
アメリカ中心としない勢力も、大きく成長している。

もうすでに、先進七か国の経済よりも、中国、ロシアなどを中心とした
新興国の経済の方が、上回っていると聞く。

そんな中で、自民党政権は、さっさとその法案を通そうとしている。

ほんと情けない。

後世の人が、歴史を検証した場合、
まさに国民を欺いて、国をあっさり売ってしまった
現政権に対して、子や孫の世代の人は、
一体どのように思うだろうか。

どれだけ多くの人の心血した努力のおかげで、
今、この国が存在し、我々の社会がある。

それを、世界をまたぐ資本家たちに、
荒らされつくされて本当にいいのだろうか。

次の世代に、どのような社会を残すのか。

本当に、今が正念場真っ只中!

多くの人にそのことをよくよく理解してもらいたい。
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2016年07月03日

苦悩の根源とは、無明の闇、、、。

土曜の早朝のラジオ放送、
「なぜ生きる2」、毎週楽しみにしている。

昨日の放送もよかった。

煩悩の根源とは、「無明の闇」、、、

と説く。

無明の闇とは、人間誰でも死ぬということ。

これはどんな人でも、決定された未来である。

昨日たまたま、幼馴染ら中華料理屋で飲んでいた。

ある友人が、今、50歳も間近になってきて、自分の人生にも
限りが見えてきたことを感じてきているようだ。

50になれば、60などすぐそこ、、、。

そして、自分の死をよく想像するとのこと。

その自分の死に対して、とてつもなくさびしさを感じているという。

その時、その友人が
「俺、最近、同じ夢を見る。それは、なんか同窓会があって、
みんな楽しそうにしているのに、俺がいないんだ」
と、、、。

確かに、この年齢を重ねれば重ねるほど、身近な人の死に直面する
ことがよくある。

もう何度も葬儀に参加したことがあるが、
花で飾られた棺おけの中で、白い顔をして、
眠っている身近な人の死体。

果たして、その人の死にいたるまでの苦しみ、
悲しさ、むなしさ、そして孤独感、、、。

たとえ身内であっても、それは共に味わうわけには
行かない。

みんなたった一人で旅立っていく。

「門松(かどまつ)は冥土(めいど)の旅(たび)の一里塚(いちりづか)」

と、一休さんの狂歌であるが、誰もが死に向かって、
一直線に突き進んでいるということになる。

死後、自分はどうなるのか?

その無明の闇に対して、人間はとてつもなく恐怖を
感じるのではなかろうか?

はたして、死後の世界はあるのだろうか?

また、家族と一緒になれるのだろうか?

そんな真っ暗闇に向かって突き進んでいく、
人生の目的とは、なんなのか?

「なぜ生きるのか」、、、。

自分がいずれ死ぬということを
自覚しないと、その人生の本当の目的というものが、
見えてこない。

ここからは、私の意見であるが、
死の間際というのは、人生最大の苦難が待ち受けている。

老いていく惨めな自分、病気の苦しみ、親しい人たちとの別れ、
そして死への恐怖、、、。

これらの困難が、一気に自分に襲い掛かってくるのが、
死である。

たとえ家族がいようと、一人で旅立たなければ行けない以上、
その孤独感というのは、相当なものだ。

ある人が言っていたが、病院で苦しんでいる自分に、見舞いに来た客は
「頑張れ、頑張れ」と、ある猛烈会社の社員のように、
そのように同じことをつぶやいていく。

でも、死に対しての病気というのは、
もうどうしようもないものがほとんどだ。

そんな体に対して、「頑張れ、頑張れ」を
聞くたびに、孤独感が増すという。

もし、そんな時に、精神的な苦しみだけでも、
取り除けれたら、、、。

また、死を目の前にした人の例として、
A級戦犯として、処刑されていく東条英機さん。

本当にあの戦争が、日本だけが悪かったのか?

歴史とは、勝者のものである。

そんな中で、負けた方の総大将として、
世界の極悪人として、東京裁判でさらされながら、
刑死される。

一人の人間として、これほど過酷な人生も、
そうはないのでは、、、。

開戦当時は、東條さん、東條さんとして英雄視していた国民が、
戦争敗れれば、極悪人として蔑む。

そして、未来永劫、極悪人として世界にその名が引き継がれていく。

残された家族はどうなのか、、、。

天皇、国民、そして共に戦った部下達、、、。

そして日本の未来は、、、
と思うと、生き続けるということは、東條さんにとって
耐え切れない思いではなかろうか。

処刑される前にこんなことを語っていたらしい
「死ぬにはいい時期です。終身刑にでもなったら
永遠に煩悩に付きまとわれ、たまったものではない」

と、、、。

またこんなことも
「昨日宣告のとき、心が朗らかになりました。
『大無量寿経』の中の、法蔵菩薩が決定して無上正覚をいるといわれる、
あのような気持ちになりました。
日本の土地に同化して行けることは、非常にありがたいことです」

と、、、、。

そして、東條さんの奥さんへの歌
「明日よりは誰にはばかるところなく
    阿弥陀のみもとでのびのびと寝む」

と、、、、。

そしてA級戦犯として判決を待つ元側近に対して
こうも語ったとされる
「戦争の責任は僕一人で背負いたかったが、多くの人々に
迷惑をかけて相済まぬ。君もどんな判決を受けるか知らないけれども、
敵に罰せられると思えば腹もたつだろが、陛下や国民から罰をいただく
と思って、甘んじてもらいたい。敗戦により、国家と国民とが蒙った打撃と
犠牲を思えば、僕が絞首台に上がるごときは、むしろもったいない。
 僕はただ絞首の辱めを受けるだけでなく、永遠に歴史の上に罵りの
鞭を受けなればならないからです」

と、、、。

そして
「トウジョウ・。ヒデキ、デス・バイ・ハンギング(絞首刑)」
を、言い渡されたときに
東條さんは「そうか、よしよし」とでも言いたげに軽くうなずいた。

東條さんは
「自殺でもしたら意味がない。絞首刑で死ぬことこそ意味がある。
それが日本の再建の礎石隣、平和の捨石となりえる」

考えていたようだ。

私は、東條さんは東京裁判では立派に戦った唯一の日本人だと思う。

ご立派だったと感じる。

そんな過酷な死への旅立ちの中で、東條さんの心を支えたものの一つは、
宗教の世界観であったと思う。

阿弥陀様が本当にいるのか?
ときかれると、科学をさんざん学んだ私にとっては、
まずいないであろうと思う。

しかし、もし、そのような世界観をイメージし、
非常に苦しい場面を乗り越えることができるのであれば、
ある程度、楽になると思う。

死んだら、阿弥陀様のもとに行き、
伸び伸びと昼寝をする、そんなイメージを
過酷な場面で、妄想でもいいから出来たのであれば、
かなり心の負担が軽減されるのでは、、、。

老、病、死、別れ、人間の「死」というモノは、
人生最大の大惨事が幾度も津波が押し寄せるように、
自分を襲い掛かる。

例えば病院のベットの上で、
何を思い何を想像しながら、苦痛と恐怖、孤独感に耐えるのか。

宗教が言う「阿弥陀様の世界観」、そんなモノが、
その苦しい身の上に少しでも安らぎを与えるのでは、、、。

それから、もう一つ、、、。

東條さんの言う
「自殺でもしたら意味がない。絞首刑で死ぬことこそ意味がある。
それが日本の再建の礎石隣、平和の捨石となりえる」

と、、、。

戦争である以上、勝った側は、誰かを見せしめとして、
極刑にかけなくてはならない。

敗れた以上、日本国民も、その状況を甘んじて受ければ
再建の道は開けない。

では、日本再建の礎石になろう、平和の捨石になろう、
そんな覚悟が、自分に覆いかぶさる運命を
受け入れられる大きな動機になるのでは、、、。

自分を捨てて、自分以外のことを優先する、
これが悩み、苦しみ、孤独感などの煩悩から、
開放する道であると思う。

例えば、何か悩み苦しんでいる人の大きな特徴というのは、
周りが見えていない。

自意識過剰なくらい、自分しか見えていない。

もし、もう少し客観的に自身のことを見ることができるのであれば、
その悩みもかなり軽減されるはずだ。

自分、自分という自我から自分を解放する、
自分のことを忘れることが実は、精神的な苦しみから
開放する方法なのではなかろうか、、、。

自分を忘れる、それは他者のことを優先する。

そんなことは、簡単にできるものではない。

人生かけて、訓練しなくては、なかなかできるものではない。

人生最大の困難が、その最終版にあなたを待ち構えている以上、
しっかりと煩悩から離れる、もしくは煩悩を和らげる
訓練しておかないと、強烈な孤独感と死への恐怖、
病気の苦しみの中で、死んでいかなくてはならない。

それに耐えられるタフさに必要なことは、自分を忘れ、
そして客観的に自分を見つめれるぐらいことが備わっていないと
乗り越えられるものでもない。

自分、自分、自分、そんなに自分に意識が集中していれば、
周りなど見えやしないし、自分を忘れることなど出来ない。

それよりも、周りの人をどのように活かすか、
そんなことを常に考える癖をつけていれば、
自分を忘れることができるのでは、、、。

死んだときに自我がなくなるという話を聞いたことがある。

もし、何かな強い執着で、自分を縛りつけながら、
死んでいったのなら、もしかしたら、昇華できずに
その魂は、この世をさまようのでは、、、。


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2016年06月30日

高まるプーチンの重み!トルコ大統領、トルコ軍機によるロシア機撃墜に対して謝罪を表明。

 先日の中日新聞の記事には、驚いた。

「ロ機撃墜 トルコ大統領謝罪」
会計改善に意欲 プーチン氏に書簡


このような記事が載っていた。

この事件に関して、多くの方が忘れられていると思うので、
もう一度おさらいしてみようと思う。

次の記事をお読みください。

http://jp.sputniknews.com/trend/turkey_military_aircraft_crash/

トルコ国境付近でロシアのSu24が墜落


2015年11月24日、ロシア機スホイ24が、シリアで墜落した。
ロシアのプーチン大統領は、ロシア機について、シリア上空でトルコの
F−16戦闘機の「空対空」型ミサイルによって撃墜され、トルコとの
国境から4キロのシリアで墜落したと発表した。プーチン大統領は、
テロリストの共犯者たちによる「裏切り行為だ」と指摘した。

ロシア国防省の声明によると、パイロット1人は脱出して降りる最中に
地上から攻撃されて死亡、またパイロットの救助作業を行っていた
ヘリコプター「ミル8」も攻撃され、作業に参加してした海兵隊員
1人が死亡した。


ロシアがシリアでイスラム国と戦っている真っ只中、
トルコがその最前線で戦っているロシアの空軍機を
打ち落とした。

次の記事によると

http://www.afpbb.com/articles/-/3068915

【12月3日 AFP】ロシア国防省は2日、トルコのレジェプ・タイップ・
エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領とその家族が、
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」との違法な石油取引に
関与していると非難した。トルコによる露軍機撃墜をめぐる両国間
の対立は、激化の一途をたどっている。

 ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は
これまでにも、トルコが露軍機を撃墜したのは、トルコ領内への石油供給
ルートを守るためだったと非難していたが、エルドアン大統領の直接の
関与を指摘したのは、今回の国防省の発表が初めて。

 アナトリー・アントノフ(Anatoly Antonov)露国防次官は記者会見で
「正当な所有者であるシリアとイラクから盗まれた石油の主要消費国は
トルコだ」「入手した情報によると、エルドアン大統領とその家族が
この犯罪的事業に関与している」と発表。石油輸送車を捉えた衛星画像を
巨大なスクリーンに映し出したが、エルドアン大統領がこうした活動に
どのように関与しているかを示す具体的なデータは公表しなかった。

 エルドアン大統領は、トルコ政府がイスラム過激派と石油取引を
しているとするロシアの主張を真っ向から否定し、真実と証明
されれば辞任すると述べている。
(c)AFP/Maria PANINA with Colin BERTIER in Nicosia




トルコの隣国であり、トルコよりもはるかに力のある国である
ロシアの空軍機を打ち落とすなど、そうやすやすとできるはずではない。

やはり、バックにはアメリカの存在を意識した行為なのであろう。

このトルコ、ロシアの問題からしても、
明らかにアメリカの力は落ちてきている。

ソ連が崩壊し、世界唯一の超大国となった米国、、、。

「祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ」

平家物語の冒頭の文であるが、
「永久不変なものはない」、
「栄華はつづかない。栄えていてもお落ちてゆく。」

という意味を描いているようだが、
日本の歴史、世界の歴史を振り返れば、
栄華を極めた人々が、永遠に栄え続けた例などない。

その最大の原因は、「慢心」だと思う。

傲慢になれば、周りの人の気持ちが分からない、
環境が変わったことに気が付かない、
いつまでも、以前の成功例にしがみつこうとする。

そして、もがけばもがくほど、地に落ちていく。

それに引き換え、ロシアのプーチンさんは、非常に辛抱強く、
周りを見ている。

今、自分が何をするべきか、冷静に判断し、着実に実行している。

そうなれば、時間が経てば経つほど周りから信用を
得ることができる。

世界は、確実に変化しているように思う。
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2016年06月24日

震源地は英国、世界に拡がる反グローバリズム!!

 なんだか、すごいことが起こった。

何だかんだいって、英国はEUに残留するのであろうと、
ばかり思っていたが、蓋を開けてみると、
なんと、「離脱」だという。

やるね〜!

中国が主催するAIIBにも、イギリスの参加で、
一気に流れが変わった。

イギリスでは、いったい何が起こっているのだろうか?

ヨーロッパで、一番、米国にベッタリというイメージだっ
たのだが、もしかして、功利主義的なイギリス人の
感覚からすると、すでにアメリカを見限ったのだろうか?

生き馬の目を抜くほど、目ざといイギリスなら、
時の流れを見る感覚というのに、長けているように思う。

グローバリズムとは、市場原理主義と密接な関係がある。

各国の政府の規制をトコトン撤廃し、国境なき資本家たちが
やりたい放題やれる環境こそ、大多数の人を貧困に貶め、
マネーが暴走し、長いことかけて勝ち取った人権、
国民主権というモノが、ドンドンと後退していってしまう。

「離脱」すれば、イギリス経済が崩壊するというが、
今は、逆に「規制」の方が、経済が向上するように思う。

たとえば、ロシアにより、経済制裁により、
ロシアの国内企業や農業が、成長しているとのこと。

国境を越えて、ドンドンと資本やモノが押し寄せてこれば、
結局、莫大なマネーを持っているモノが、有利になり、
結果として、グローバル企業が牛耳ることになる。

それで、本当に経済がよくなるのだろうか。

人が幸せに暮らせるのだろうか。

イギリスも、EUから離脱し、国や国民を守る「規制」を
持つことにより、確実に国内産業が向上するはずだ。

グローバリズムにより、ここ20年ほど、何が起こってきたか。

例えば、メキシコでは、畑が伝統農法から、外貨を
稼ぐため、コーヒー畑に変わってしまった。

そして、その畑では農薬や化学肥料を大量に投入するため
畑がだめになってしまい、農民が農地を離れ、
大都市近郊のスラム街で暮らすようになってしまった。

このような現象を世界のいたるところで、見かけるのでは、、、。

日本でも同じこと。

規制緩和することにより、商店街は消え、中小企業、個人経営、
農業、林業、漁業は衰退し、田舎は過疎化、抱えきれないほどの
一極集中、そして格差社会が益々拡がる。

今、守らなければならないのは、国の主権と人権である。

EUに残留すれば、イギリス自身の主権は薄まる。

さらに、EUとアメリカとの間で、秘密裏に進められている
TTIPのようなモノが、結ばれれば、99%の人にとっては、
人権など踏みにじられ、お金の奴隷のように暮らさなくては
ならなくなる。

もう世界は、アメリカだけではない。

アメリカの世界観では、もう人類の未来はない。

このイギリス決断は、歴史的に大きなモノに
なるような気がしてならない。

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2016年06月20日

まだまだ、踏ん張れ、バーニー・サンダースおじさん!99%の革命の火をつけまくれ!

 米国、民主党のバーニーのおじさんが、まだまだ大統領選から、
撤退しないとのこと。

やるね〜。アンクル・バニーに、真の目的は、
あまりにも不公平な格差社会の改善だ。

これは、もうアメリカ社会だけの問題ではない。

世界各国、そのような問題に直面し、このままいけば、
人類の未来はないように思う。

そんな中に、もう時代の要請のごとく、
サンダース氏が出現した。

それも、民主党大会ではなく、本選では
ヒラリーより強いんじゃないかとも、思える。

それに、ヒラリーには、決定的な問題が発覚した。

それは、サウジアラビアから、選挙資金の20%を
提供されているとのこと。

そんな、ヒラリーが大統領にでもなれば、たちまちに
中東は火の海、、、。

サウジアラビアと激しく対立するイラン、、、。

シリアの問題はどうなるのだろうか?

ISとの戦いについても、アメリカ政府というのは、
微妙な立場にあると思う。

こないだ、アメリカ政府内から、シリア政府を攻撃するべき、
というようなレポートが出るところだったという。

狂気の沙汰だ。

ISと今、一番戦っていて、戦い続けているのは、
アサド大統領率いるシリア政府軍だ。

シリアにアメリカの言う「穏健な反政府勢力」など、
存在しないと思う。

だって、自分がもし、シリア国民だったら、今現実に
戦っているISとシリア政府軍とどちらに、シリア国民として
味方するかということだ。

ISとは、そのほとんどが、外国から来ている戦闘員だ。

その彼らが、シリア国内で、奪略をし、殺しまくり、強姦しまくる、
そして石油を盗み、自らの強烈な思想を植え付けようとする。

そんな輩に、自分の地元を牛耳られて、多くの人は、
黙って入れるのだろうか。

もし、穏健派の反政府勢力がいるのなら、
ISと協力して、シリア政府と戦うのか?
ということ。

ISに関しては、どう考えてもアメリカが深くかかわっているように
思う。

もちろん、アメリカにもいろんな勢力がいるだろうが、
もしサウジアラビアから、大量の選挙資金を提供されている
大統領候補が、当選すれば、今後の中東は
どうなるのか、火を見るより明らかだ。

多くのアメリカの若者を、大量にまた兵隊として
中東に送り込むのか?

アフガン・イラク戦争で従軍した多くの帰還兵が
「テロリストとは、我々の方だ」
と、語っている。

バーニーさん、多くのアメリカの若者を戦争に行かせないためにも
もうひと踏ん張り、がんばってもらいたい。

今、大きく、アメリカの方向性を変えないと、
アメリカ自体も崩壊しかねない。

それに、理不尽なアメリカの行いにより、どれだけ
多くの人が苦しんでいるのか、より多くの人に
理解してもらいたい。

バーニーさん、まだまだ分かりませんよ〜。



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2016年06月16日

ヒラリー氏で大丈夫なのか?ウィキリークスによると「サウジの王家、ヒラリークリントンの選挙資金の20%を負担していた」とのこと。

https://mobile.twitter.com/naoyafujiwara/status/742528910827524097

「サウジの王家、ヒラリークリントンの
選挙資金の20%を負担していた」



https://mobile.twitter.com/naoyafujiwara/status/742530381870571520

「ウィキリークスのジュリアン・アサンジ氏、
ヒラリークリントンを訴追するに十分な証拠を出す。」



なんか、アメリカの大統領選もすごいことになってきたな〜。

今、サウジアラビアって、アメリカとは、微妙な関係のはずだ。


http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/08e26a2d92af3da8bcf50c3ba80e1450

「オバマ大統領9.11のサウジアラビア関与「28ページ文書」公表を検討」



http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/51962-%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%8C%E3%80%81%EF%BC%99%EF%BC%8E%EF%BC%91%EF%BC%91%E3%83%86%E3%83%AD%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%82%92%E5%85%AC%E8%A1%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E6%84%8F%E5%90%91

「アメリカが、9.11テロへのサウジの関与を公表する意向」



これらの記事によると、あの9.11の事件に関しても、
サウジアラビアが関与の疑いがあり、アメリカ政府がその情報を
公開するとのこと。

そのサウジアラビアから、選挙資金を20%も、もらっているなんて
大統領選を前に、ヒラリーもかなり雲行きが怪しくなってきた。

その真相は、まだ公開されて見なければ、
分からないが、このような外国からの献金というのが、
アメリカでは法律上許されているのだろうか。

日本では、禁止されているはずだ。

考えてみれば、例えば日本の政治家が、中国から献金を受けていて、
中国に有利な政策を実行するようになったら、大変なことになる.

さらに、サウジアラビアから20%と政治献金をもらっている
ヒラリーが大統領になれば、やっと、少しはましになった
中東はどうなるのだろうか?

サウジアラビアと深刻な対立関係になる
イランにシリア、、、。

中東は、火の海になることは間違いない。

そして、ただでさえEUに、何百万人もの難民が
押し寄せているというのに、、、。

イランとシリアが再び、アメリカの強引な手法で
窮地に陥れば、ロシアも黙っているわけには
いかなくなる。

まったく周りが見えていない、アメリカの好戦派の
人々が、核のボタンを握るということになるのでは、、、。

バーニーサンダースのおじさん、まだ、降りるべきではない。

戦地に送られるアメリカの若い兵隊さんのためにも、
どうか、もうひと踏ん張りしてもらいたい。

アメリカの「政治と金」の問題について、
 3年ほど前、Eテレのスーパープレゼンテーションで
ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授が、
非常に興味深い話をしていた。

「我ら人民は共和国を取りもどさなければならない」
という題で話された。

アメリカ版、「政治と金」の問題についてだが
アメリカはすでに、ほんの一握りの富裕層に乗っ取られている、
というような話であった。

その教授がおっしゃるには、
アメリカには「二つの選挙がある」と、、、。

一つは、人民が投票する一般の選挙。

もう一つは、資金集めによる富裕層による選挙だ。

アメリカの人口は3億1100万人。

その中の0.05%の人が、大半の選挙資金を出しているのが
現実らしい。

選挙では、莫大な金がかかる。

そのお金を集められなくては、選挙には出られない現実。

さらに、政治家は自由な時間の30〜70%を政治資金集めに
費やしている。

多くの政治家が、「フリをするのが上手い」、という。

一般国民に気付かれないように、
うま〜く、うま〜く、富裕層の意にそうような政策を決定していく。

また、アメリカ議会とは、「ロビイストの二軍」とも語っていた。

1998〜2004年、上院の50%、下院の42%が
政治家が引退後、年収が1452%増加したという。

ロビイスト街に身を投じ、富裕層や企業の「御用聞き」
に、なっていくとのこと。

その乗っ取られた選挙の対抗策として、
庶民が少しづつお金を出し合った、ある候補者を
団結して応援していくしかない、とその教授は
語っておられた。

今回の大統領選挙の民主党のバーニーサンダース氏が
言うには、今では、アメリカの選挙に関する寄付金は、
上限の制限が取り除かれてしまっているという。

これでは、大富豪達のやりたい放題になってしまう。


バーニーの叔父さんは、その選挙資金は、そのような大富豪たちには、
頼らず庶民の手によって支えられているとのこと。

どこかの候補のように、外国から20%の選挙資金など
受けていない。

そのサンダース氏がアイオワで語った演説の中で、

「全国各地の人々が、350万人もの人々が、我々の選挙活動を
支えてくれたという事実に、私は、圧倒され感動しています。
BernieSanders.comを訪れたそうした人々による献金額の平均を
ご存知でしょうか? なんと、平均27ドルなんです! 我々は、
富裕層やウォールストリートや「アメリカ株式会社」の利益を
代表しません。彼らのお金なんていらないんです。」

と、、、。

まだまだ、アメリカの大統領選は、目を離せない。

そして、バーニーさん、あなたの本当の敵は、
トランプさんじゃなくて、どこかの血なまぐさいおばさんかもね。

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2016年06月15日

心を揺さぶるバーニー・サンダース氏の「変革の火」!強烈な「格差社会」を経験した人間社会は、どう変化するのか?

私の愛読マンガ「沈黙の艦隊」のなかで、一番好きなシーン。

それは、主人公である海江田艦長が国連総会で
このようなスピーチをする場面だ。

「人類は時代が行き詰まり、変化しようとするとき、
その都度、普遍的な記憶を呼び覚ますのです。
かつて地球上に、王権による支配が、、、
また、列挙の植民地がはびこっていたとき、
次の時代にむかってコモンセンスというべき
考え方が生まれてきました」
と、、、。

つまり、人類が大きく変化するとき、
その人類全体のきざまれた記憶により、
次の時代をどのようにするかという
人類全体の集団意識が生まれる
ということのようだ。

王権がこの地球上を支配していたとき、
庶民が立ち上がり、民主主義が生まれた。

人類が、列強による強烈な植民地支配を経験後、
各国が独立を果たした。

多くの人の意識が変われば、世の中が大きく動く。

その多くの人の意識を動かすのも、一割、二割の人の力が大きい。

活発で感じる力がある人たちの意識が変わることにより、
多数の人に影響を与えて時代が動く。

どの時代も、そのように動いてきた。

社会主義が崩壊し、資本主義の一人勝ちのような時代になってしまった。

金の扱いに慣れきった、ほんの一握りの人たちが、
世界を猛烈に牛耳ろうとしている。

マネーの暴走を引き起こし、果てしない謀略、戦争の数々。

今、多くの人が、そんな行き過ぎた資本主義、
グローバル主義にヘトヘト、、、。

強烈な格差社会にヘトヘトとなっているように見える。

大きな視点から見れば、今、資本主義は
終わろうとしているのかもしれない。

そんな時に、アメリカの大統領選でバーニー・サンダースが
現れた。

彼はこんなことを主張している。

この国の本当の「変化」は頂点からではなく、
いつも底辺から起こり上がって行きました。
それが米国の歴史です。
100年以上前、国中の労働者は一日14時間、
週7日の過酷な労働を強いられました。
子供たちは、工場や畑に出て働きました。労働者は
立ち上がりこう言ったのです。
「我々は馬車馬じゃない。人間だ。尊厳を守る為に
我々は労働組合を組織する」と、、、。
労働組合がこの国の中間層を作りに貢献しました。
誰からも与えられませんでした。彼らは立ち上がり
勝ち取ったのです。
 200年前、忌まわしい奴隷制度の真っ只中で、
アフリカ系アメリカ人とその支援者は、こう言ったのです。
「奴隷制度だけでなく、人種による分離、差別、偏見が
なくなる日は必ずくる。いつかそれを果たして見せる」
と、、、。
何百万もの人が立ち上がり、何十年に渡って投獄され、
殺され暴行を受け、拷問にかけられながら、抵抗して
こう言いました。
「私達は人種差別のない社会を作る」
と、、、。
 忘れがちですが、アメリカでは100年ほど前、女性に
投票権や教育を受ける権利、仕事を選ぶ権利は、ありま
せんでした。それから、まだ100年もたっていません。
「家庭にいて、出産するのが、女性の務めだ」と、
社会やエスタブリッシュメントが決めていました。
 しかし、女性は「No」と言ったのです。
女性は勇気を出してハンガーストライキをし、投獄され、
苦闘の末に亡くなった者もいました。
女性とそれを支援する男性は、こう言って
声をあげました。
「アメリカでは女性はセカンドクラスの市民ではなくなる」
と、、、。
「変化」とはこうして起こるものです。10年前に、、
ついこの間です。もし誰かがここで、この美しい公園で立ち上がって
「バーニーさん、私は2015年にはゲイ同士の結婚は米国の
50州で合法になると思う」と言ったとしたら、
「正気か?何のドラックやってんだよ」と隣にたってる人に
言われたでしょう。
しかし、ゲイとゲイでない支援者らが立ち上がり、抵抗し
彼らに向けられていた激しい憎悪の中、
今日でもノース・キャロライナやミシシッピーで
見られるような激しい憎悪の中で抵抗し、言いました。
「アメリカでは性別に関係なく、人はどんな人でも
愛する権利を得るだろう」と、、、。
 こうして「変化」は起こるものです。もっと最近の例を
上げましょう。もし5年前にこの場所で誰かが立ち上がり
「バーニーさん、国の最低賃金の7.25ドルでは、食べていけない。
15ドルに引き上げるべきだと思う」
と、言ったら
「自給15ドル!?最低賃金の2倍以上だ。正気の沙汰じゃない。
発想が大きすぎる。過激すぎる!」
「9ドルか、せいぜい10ドル、11ドル、、15ドルは高すぎる!」
と、言われたでしょう。
 ところが、どうでしょう。2年前にシアトルで自給15ドル、
サンフランシスコ、ロサンジェルスで時給15ドル。
カリフォルニア、ニューヨーク州、皆さんの州では
時給15ドル目指して正しい方向に進んでいます。
この歴史のミニ・レッスンのポイントは何でしょう?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


バーニーさんがいう「ミニ・レッスン」とはなんなのか?

我々の社会が大きな問題に直面し、体験して、
多くの人の意識が変わることによって、
大きな社会変化が起こってきた。

最初に始めた人というのは、多くの人に
そんなこと不可能だとののしられた。

しかし、歴史を振り返ってみれば、分かるように、
不可能なことではない。

むしろ、時代の流れを読み取れる、感性の豊かな人が、
先駆けとなって、行動することによって、大きな
社会変化が起こる。

社会変化とは、バーニーおじさんが言うように、
「ミニ・レッスン」、沈黙の艦隊の海江田艦長がいう
「人類の記憶」というのは、どこか似ているような気がする。

そして今、社会主義が崩壊し、資本主義の一人勝ち状態から、
より尖鋭化した資本主義による格差社会に、多くの人が苦しめられている。

では、そろそろ大きく社会が変わるのでは、ないですか?
というような時代に突入したのでは、なかろうか?

そして、バーニーおじさんが、多くの人の魂を揺さぶるような
大統領選挙を通じて、変革のキャンペーンをなされた。

さあ〜、世界はどうなるのか?

そのようなことに、期待したい。

また、希望を持ち続けたい。
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2016年06月14日

ある有名弁護士さんの娘さんの一言、「私には根拠のない自信がある」って??

先日、テレビを見ていたら、ある有名弁護士の
大学卒業したばかりの娘さんの一言

「私、根拠のない自信のようなものがる」
と、、、。

卒業祝いにと、そのお父さんが何十万の買い物に付き合わされ、
豪華な食事を食べさせている。

その娘さんの一言
「ざ〜す」
と、、、。

大学卒業後、その娘さんは女優を目指すとのこと。

「根拠のない自信」ね、、、。

まったく同世代のうちの会社の入社4年目になるM君。

彼は、焼き物が好きということで、千葉から愛知県に
やってきた。

毎日、先輩たちに怒られながら、がんばっている。

けっして、器用というタイプではなく、不器用でどんくさく、
典型的ないじめられっ子タイプだ。

しかし、愚直に頑張っている。

自身の不安や恐怖と戦いながら、懸命に流されないように、
踏ん張っているように見える。

その不安や恐怖というのは、決して悪いものではない。

心がそれらに振り回され、もがき続ければ
どこか小さな「気付き」、もしくは小さな「悟り」というモノが
心の中に湧き上がってくると思う。

それに、不安や恐怖というのは、原動力にもなる。

若いうちから「根拠のない自信」など、
かえってその人の成長を妨げるのではなかろうか。

たしかに、今まで、そのような「自信??」が持てる環境だった
のかもしれない。

しかし、それが今後どうなのか?

むしろ、若いうちにそれなりのことをやっておかないと、
後が生きていくのが苦しくなる。

それは、日常、もがき苦しみながらでも、
小さな悟りを心の中に積み上げていくこと。

誰でも、あの先輩の一言、あの上司の一言、
それがどこか教訓として、心に残っているモノ。

しかし、まったく同じ言葉を何人かの人に、
話してもそれが活かされる人とそうでない人がいると思う。

それには、受ける側の状態によると思う。

毎日、必死になって自分の課題に取り組んでいれば、
どうしても、喉から手が出るほど、教訓のようなものが
欲しくなるのではなかろうか。

他方、裕福な甘い保護者の下で育った人には、
その教訓というモノが心に残らない。

もがき苦しめば苦しむほど、教訓、小さな悟りというモノが、
心の中で結晶化し、それがいつまでも生き続けるような気がする。

もし、生まれながらして、例えば歌が上手い、とか
野球が上手いとか、そのような飛び抜けた才能があったとする。

しかし、そのような才能のおかげで、身を崩してしまった
人も、星の数ほどいる。

例えば、私と同世代の清原さん。

もったいない、本当にもったいない。

自身の不安や恐怖となぜ、もっと辛抱強く、向き合おうとしないのか。

残念でしかたがない。

自身の不安や恐怖を、入れ墨を入れて、強く見せることで
本当に解決するのか?

自分を大きく見せることで、本当に解決できるのか?

不安や恐怖の大きな特徴として、

自分 、自分、自分、、、という
意識が強くり、自分も周りも全く見えなくなってしまう。

みんなが自分のことを見ている、
みんなが自分のことをさげすんでいる、
だから、強く見せなくては、、、、。
だから、威勢を張らなくては、、、、。

それよりも、もし自分という意識を外に、周りに向けることが
出来たのなら、、、。

対照的なのは、桑田さんだ。

私の幼馴染の息子さんが、桑田さんの野球教室でお世話になっているという。

桑田さんは、非常に親身になってくれるという。

彼は、「自分を育ててくれた野球に恩返しをしたい」と
語っておられた。

そう、たとえ野球が上手くて、有名になり、ガンガンお金を稼げたとする。

しかし、そうなれたのも、本当に自分だけの力なのか?

親や先生、先輩多くの人が、支えてくれているはずだ。

さらに、ボールにバット、グローブ、野球界を発展しさせてきた人々。

もしそれらがなければ、清原さんは果たして、有名になれたのだろうか。

煩悩の大本となる過剰な自分という意識を外に向けるには、
やはり「感謝」という気持ちが大事なのではなかろうか。

そして、もし周りに対して「感謝」という気持ちが持てたのななら、
愚直に周りを活かす行いをする。

そうすることによって、周りに意識が向くようになるのでは、、、。

根本を突き詰めれば、自分など何もない。

大きな大きな人類の意識の集合体の中で、一部分で現れた
現象に過ぎない。

話が、ややこしくなるのでこの辺にしときます。

とにかくその有名弁護士の娘さん、早く気づき、
若いうちにやるべきことをやってもらいたいと思う。

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2016年06月13日

TPPによる究極の格差社会の実態、、、。大金持ちしか生きる権利がないのか?内田聖子氏、ISDS条項の実態を暴く!!

こないだ、地元の農業の会合に行っても、
「これからはTPPの時代です。どうか、皆さん、輸出品を
少しでも伸ばすよう、努力してください」
と、、、。

なんだか、悲しくなる。

TPPというのは、農業の問題だけではない。

それがどれほど、我々の生活の根底に深く関わってくるのか、、、。

多くの人が、関心を示そうとはしない。

それほど、マスコミの影響とは、強いのかもしれない。

一番、大きなことは、我々の主権がなくなるということ。

その根本のTPPの原理が、悪名高きISDS条項だ。

EUでは、そのことがかなり議論になっているようだ。

そのISDS条項について、連続的に アジア太平洋資料センター
(PARC)事務局長の内田聖子氏が自身のツイッターで、
書き続けているので、紹介したい。

https://twitter.com/uchidashoko


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話@
TPPやTTIP、TiSAなど貿易協定には
「投資家対国家紛争解決メカニズム」(ISDS)が含まれているが
その実態はすさまじい。国際弁護士や法律会社が
「いかにISDSで儲けているか」を克明に調査したEUのレポート。
完全にビジネス化し「ISDSムラ」となっている。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話A
1996年には38件だった世界のISDS訴訟ケースは、
その後20年で急増し、2011年には450件。企業が国に求める賠償金額も
上昇傾向にある。2009-2010年の2年で、企業が相手国政府に求める
賠償金が1億ドル以上のケースは151件もあった。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話B
このようなISDS提訴の急増は、国際弁護士や法律会社に
「空前の好景気」をもたらしてきた(その多くは訴えられた国の人々の
税金から生み出される)。ISDS提訴1件につき、平均して800万ドル、
場合によっては3000万ドルもの弁護士費用などの訴訟費用がかる。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話C
訴える側の企業も、訴えられる側の政府側も「ISDS訴訟のケースの
処理に長けた」国際弁護士を必要とする。ISDSに関わるエリート
弁護士たちの報酬は巨額で、中には「弁護士1人につき時給1000ドル」
という金額も(大抵はチームで対応するので人数×時給1000ドル)


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話D
例えばフィリピン政府はドイツの空港サービス運営会社から2度も
提訴され、訴訟費用に5800万ドルもかけることになった。国民の
税金から支出されたこの費用があれば、1万2500人の教師の
給与1年分あるいは380万人の子どもたちへのジフテリア等の
予防接種が賄える。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話E
ISDSビジネスは先進国の法律事務所やエリート弁護士が形成する、
小規模で団結したコミュニティによって支配されている。
そのトップ3の法律会社:Freshfields (UK), White & Case
(US) ,King & Spalding (US)


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話Fそして仲裁人として選ばれる専門家(多くは国際弁護士)も
多額の利益を得る。これまでたった15人の仲裁人(ほとんどEU、米国、カナダ)
がすべてのISDS案件の約55%の決定を下している。この仲裁人は
「内部のマフィア」とも称され、互いに連絡を密にとりあい裁定を下す。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話G
仲裁人は公共の利益より投資家の利益を守る傾向がある。実際、
数人の著名な仲裁人は、多国籍企業の元取締役だったというケースもある。
国際司法裁判所の裁判官Bruno Simmaは「投資仲裁は環境や人権に
もっと考慮すべき」と提言したが多くの仲裁人はそれを拒絶した。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 22時間前

ISDSムラのお話H
ISDS訴訟専門部署を持つ法律会社は、いつでも「政府を訴える」機会を
探している。ある政府が危機状況に陥ったり政策変更をしようとすると、
公衆衛生や環境保護よりも企業の利益を最大限にするための
「政治的武器=ISDS」を用いて提訴しようと企業や投資家に持ちかける


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 22時間前

ISDSムラのお話I
これら国際弁護士の中には、かつて米国やEU各国の
政府交渉官として貿易協定の投資章を交渉していたような人物もいる。
あるいは政府のアドバイザーや立法に影響力を持っているような者もいる。
つまりはISDSムラと先進国政府の間には「回転ドア」人事があるのだ。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 22時間前

ISDSムラのお話J
これら弁護士や法律会社は、ISDSやそれを含む貿易協定に肯定的な
論考を発表するよう研究者にも圧力をかける。投資法に関する主要な
論文雑誌の大半にその影響は及んでいる。これは研究者の独立性と
バランスを著しく侵害するとして、市民社会からも批判が
高まっている。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 21時間前

以上、ISDSを使って得をするのは大企業や投資家だけでなく、
国際弁護士や法律会社であるという実態。むしろこれら法律関係者
が国際的に暗躍し政府や企業、投資家を思うがままに動かしている
というべきか。EU市民社会ではISDSに関し激しい論争も起きている。
日本も決して対岸の火事ではない。


これがTPPの実態である。

なぜ、秘密裏に交渉がすすめられているのか、
このような実態を公にすれば、誰もが黙っていないだろう。

我々の主権が奪われようとしている。

そして、それは我々の世代だけではない。

一度結ばれれば、どんなことがあろうとも、彼らは
それを手放そうとは、しないであろう。

つまり、我々の子や孫、そして未来永劫、
欲にかられた彼らの世界観に、人類全体が縛られてしまう
ことになる。

どうか、皆さん、もう一度よくよくお考え下さい。




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2016年06月12日

米国大統領選、バーニー・サンダース氏、まだまだ面白い!本気の99%革命がアメリカ国民の魂を揺さぶる!!

 今さらながらと思われるが、民主党大統領候補の
バーニー・サンダース氏はすごい!

真正面から、アメリカを牛耳る超富裕層に挑もうとしている。

彼は、これをただの大統領選じゃないんだ、

『政治革命』なんだ、

その『政治革命』のためのキャンペーンなんだと、
強く人々に語り掛けている。

何処までやれるのか、分からない。

ただ、クリントンに取り込まれるだけなのか?

それとも、何か策があり、最後まで、自らの主張を
少しでも取り入れさせようとしているのか?

三橋貴明氏が言うが、実はヒラリーの主張よりも、
バーニー・サンダースの主張は、むしろトランプ氏に
非常に近いという。

サンダース氏とトランプ氏は95%まで、ほとんど同じで
違うのは移民政策のみとのこと。

そして、彼らの躍進は、やはり国民の怒りだ。

その怒りとは、「戦争」と「究極の格差社会」だ。

ここで大きく転換できれば、まだまだ可能性があるのに、
明らかに間違った方向に向かっている。

日本も、根底から奥の深いところで、アメリカにしっかりと
支配されている。

アメリカの大統領が変わったくらいで、どうなるか分からないが、
けっして諦めてはならない。

というよりも、今まで、ここまで来るのに、どれだけ多くの人の
犠牲があったことか。

そう思うと、簡単に放り投げることなどできないし、
引き継がれるこの社会をどのように次の世代に渡すのか、
よくよく考える必要がある。

注目する価値は十分あるし、アメリカでも
多くの人に「変革の火」をサンダース氏はつけまくったのではなかろうか、、、。

人類社会とは、大きな意識の集合体だ。

その意識が大きく変われば、世の中が動く。

それを信じ、諦めず、明日に希望を持とう。

それでは、サンダース氏の演説を書き起こしたので
どうかお読み下さい。

 ここにいる皆さんは、ご存知です。
この国の本当の「変化」は頂点からではなく、
いつも底辺から起こり上がって行きました。
それが米国の歴史です。
 100年以上前、国中の労働者は一日14時間、
週7日の過酷な労働を強いられました。
子供たちは、工場や畑に出て働きました。労働者は
立ち上がりこう言ったのです。
「我々は馬車馬じゃない。人間だ。尊厳を守る為に
我々は労働組合を組織する」と、、、。
労働組合がこの国の中間層を作りに貢献しました。
誰からも与えられませんでした。彼らは立ち上がり
勝ち取ったのです。
 200年前、忌まわしい奴隷制度の真っ只中で、
アフリカ系アメリカ人とその支援者は、こう言ったのです。
「奴隷制度だけでなく、人種による分離、差別、偏見が
なくなる日は必ずくる。いつかそれを果たして見せる」
と、、、。
何百万もの人が立ち上がり、何十年に渡って投獄され、
殺され暴行を受け、拷問にかけられながら、抵抗して
こう言いました。
「私達は人種差別のない社会を作る」
と、、、。
 忘れがちですが、アメリカでは100年ほど前、女性に
投票権や教育を受ける権利、仕事を選ぶ権利は、ありま
せんでした。それから、まだ100年もたっていません。
「家庭にいて、出産するのが、女性の務めだ」と、
社会やエスタブリッシュメントが決めていました。
 しかし、女性は「No」と言ったのです。
女性は勇気を出してハンガーストライキをし、投獄され、
苦闘の末に亡くなった者もいました。
女性とそれを支援する男性は、こう言って
声をあげました。
「アメリカでは女性はセカンドクラスの市民ではなくなる」
と、、、。
「変化」とはこうして起こるものです。10年前に、、
ついこの間です。もし誰かがここで、この美しい公園で立ち上がって
「バーニーさん、私は2015年にはゲイ同士の結婚は米国の
50州で合法になると思う」と言ったとしたら、
「正気か?何のドラックやってんだよ」と隣にたってる人に
言われたでしょう。
しかし、ゲイとゲイでない支援者らが立ち上がり、抵抗し
彼らに向けられていた激しい憎悪の中、
今日でもノース・キャロライナやミシシッピーで
見られるような激しい憎悪の中で抵抗し、言いました。
「アメリカでは性別に関係なく、人はどんな人でも
愛する権利を得るだろう」と、、、。
 こうして「変化」は起こるものです。もっと最近の例を
上げましょう。もし5年前にこの場所で誰かが立ち上がり
「バーニーさん、国の最低賃金の7.25ドルでは、食べていけない。
15ドルに引き上げるべきだと思う」
と、言ったら
「自給15ドル!?最低賃金の2倍以上だ。正気の沙汰じゃない。
発想が大きすぎる。過激すぎる!」
「9ドルか、せいぜい10ドル、11ドル、、15ドルは高すぎる!」
と、言われたでしょう。
 ところが、どうでしょう。2年前にシアトルで自給15ドル、
サンフランシスコ、ロサンジェルスで時給15ドル。
カリフォルニア、ニューヨーク州、皆さんの州では
時給15ドル目指して正しい方向に進んでいます。
この歴史のミニ・レッスンのポイントは何でしょう?
それはとても単純なことです。エスタブリッシュメントは
常にこう言います。
「本当の変化を起こすのは不可能だ。大きな発想を持つな。
小さくて地道なアイデアを出せ。あなたには力はない。
それはどうしようもないことだ」と、、、。
 ああ〜、それは良いですね。私は、そのよう言い回しを
使うわけには行かないけど、、、悪くないね。
でも、これが今この国で起きていることなのです。至る所で
このように何千もの人が集まっています。人々は気付き
始めているのです。
 アメリカ人の選択脈はヘルスケアを削るのか、それとも
フードスタンプか、教育を削るかではありません。そうではなくて
私たちの選択脈は、超富裕層に
「いい加減公平な税負担をしろ!」と言うのか、言わないのか、
ということなんです。
国中のアメリカ人が気付き始めています。私達は異様なレベルの
賃金や富の格差の現状を容認する必要はないのだと。
新たな収入のほとんどが上位1%に流れ、中間層が縮小され
続けるのを受け入れる必要はないのです。男性の1ドルに対して
女性の79セントという賃金格差を受け入れる必要はないのです。
制度上の人種差別や、世界のどの国よりも多くの人を
留置場に送ることを受け入れる必要はありません。
世界の主要国の中で唯一、家族・医療有給休暇がない国で
あることを受け入れる必要はありません。
世界主要国の中で唯一、国民皆保険を保証しない国で
あることを受け入れる必要はありません。
 この国のエネルギー・システムを変換し、地球を守り、
世界をリードしていくことが出来ます。
これはまったく過激なアイデアではありません。アメリカ人の
大部分に支持されないアイデアではありません。
このキャンペーンの目的は、今こそ大きな発想を抱くときだと
声を上げることです。今こそ大きな発想を抱く時だと
声を上げることです。小さな発想を抱くのではなく、今こそ、
単に大統領を選ぶだけでなく、アメリカを「変革」する
時です。今こそ、1%のためだけではなく、全くの人々の
ために機能する政府を作るときです。5月17日には、
ここオレゴン州で、とても重要な予備選挙があります。
もちろん、皆さんは期日前投票を済ませ、即座に票に
なるでしょう。
このキャンペーン中に学んだことは、投票率が高いと
私達は勝つということです。
投票率が低いと負けます。私達はすでに、国中の
17の予選と党員集会で勝ちました。この国の至る所で
人々はいってます。
「エスタブリッシュメントの政治と経済は、もううんざりだ」
「私達は『政治革命』の準備が出来ている」
5月17日、投票率を大いに上げ、この偉大なオレゴン州を
『政治革命』に向かわせましょう。皆さん、どうもありがとう
ございました。
posted by hide at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

中村てつじ氏、佐賀より参議院選に出馬!!!

 あの熱い男、中村哲治が、長年の地盤である
奈良から、今度の参議院選、佐賀県より出馬することが
決まったらしい。

本人にとっては、大変な決断だ。

あの消費税増税の時に、真っ向から
立ちふさがった中村哲治。

まだまだ、粗削りなところもあるが、
まっすぐな熱い男だ。

どうか皆さん、彼を応援してやってください。

日本の将来のことを思えば、どうしても彼のような
実際に行動できる人、大局で物事を見れる政治家が
必要だ。

まだ、40代で若いが、多くの政治家がカッコだけ、
ポーズだけの中、彼は真剣に行動しようとしている。

http://tezj.jp/

こちらは、中村てつじのホームぺージであるが、
どうか一度覗いてやってください。

さあ〜、てっちゃん、いくぜよ〜!!!

posted by hide at 07:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする