2016年05月09日

「命とは、時間である。与えられた80年という時間をどのように使い切るのか」なぜ生きる2を聞いて、、、。

毎週土曜日の早朝、ラジオで放送されている
「なぜ、生きる2」。

今回もなかなかよかった。

「命とは、時間である。80年という時間を生まれたときに
与えられるのである。」
と、、、。

では、その与えれらた命をどのように使うのか?

生きる目的とは、何ぞや〜?

いつものごとく、そのような内容であった。

誰しも認める宇多田ヒカルも村上春樹も
あれだけ名声を得ても、「満足感はない」という。

どれだけ、成功しても、新たなる煩悩に苦しめられることになる。

むしろ、左の肩に背負っていた荷物を、
右の肩で背負うだけのこと。

地位、名声、お金、学歴などなど、たくさんの勲章で自分を
着飾っても、果たして本当の満足感は訪れるのだろうか。

上手くは、言えないが、いつまでも他人のうわさ話の中で、
生きていたのでは、本当の幸せなど訪れないのでは、、、。

「露とおち 露と消えにし わが身かな 
難波のことも 夢のまた夢」

これは、日本で最大の成功者、たくさんの家臣に囲まれ、
多くの財を一代で築いた、天下人、豊臣秀吉の辞世である。

あれだけ名声を得ても、死ぬときは、何もかも残し、
身一つであの世に旅立たなくてはならない。

そして、秀吉にも「時間」という命、最大の財産がつきてしまう。

いつまでも、「今」が続くわけではない。

その限られた時間に何をするのか?、どのように使うのか?

とくに、たいしたことができるわけでもないが、
もしかしたら、自分の世の中を見るモノサシを変えれば、
まったく違った人生になるような気がする。

どんなに地位や名声を得ても、煩悩とは消えないもの。

次なる欲望、次なる恐怖に、次なる不安に悩まされることになる。

人間は、一生、煩悩に付きまとわれる。

あの親鸞さんでも、人間の光と闇の中で、
悩み続けてきた。

では、その煩悩を薄めることはできないのか。
上手く付き合っていくことはできないのか。

それは、自分を忘れること、、、。自我を薄めること、、、。

自分という意識が強ければ強いほど、煩悩に振り回されることになる。

それならば、相手を活かせ、周りを活かせ、社会を活かせ、
「自分」という意識を外に移す努力をし続ける。

誰かが言っていたが、「自分」なんて何もない。

体は、いずれ水と二酸化炭素に戻るだけ。

心だって、何層にも、何層に、周りの人から、
影響を受けて、自分という人格が成り立っている。

そう思えば、自分なんてものは、
何か大きな大きなモノのほんの一部なんだ。

それよりも、何かその大きなモノに身を熔かすこと、
そうすることにより、煩悩が薄らぐ。

次の時代の共生社会のキーワードは、自我を薄めること、
周りに尽くすこと、そういうことがとても重要になってくる。

そのような時代に向けて、思想も宗教も収斂されて
行くのではなかろうか、、、。


posted by hide at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月06日

歎異抄は、面白い!!「阿弥陀仏は、なぜ存在するのか、それは、この俺を救うためなんだ。どうしても、煩悩を捨てることができない、この 俺を救うために、阿弥陀仏はいるんだ」

NHK Eテレ100分de名著 「歎異抄」 
第4回 「人間にとって宗教とは何か」
なかなか、非常に強烈な一言があった。

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとへに、親鸞一人がためなり」
との確信だった。
あまりにも有名な親鸞の言葉だが、常識的に考えれば、
傲慢ともとれる言葉だが、もう少し分かりやすく言えば

「『弥陀の五劫思惟の願』とは、すべての人を救いたいという
阿弥陀仏の願いなのだが、よくよく考えれば、
この親鸞一人を救う為の願いなんだ。阿弥陀仏は、なぜ存在するのか、
それは、この俺を救うためなんだ。どうしても、煩悩を捨てることが
できない、この俺を救うために、阿弥陀仏はいるんだ」
と、、、。

聞き方によっては、あまりにも傲慢極まりないようにも
聞こえる。

しかし、ある意味、それほど、そのような生き方、そのような
信仰というモノを我が身一身で引き受け、その切実さを生き
切ろうという親鸞の実存的な決断でもあるという。

生きている限り、煩悩は捨てきれない。

親鸞ですら、人間の「光り」と「影」の部分をさまよい、
苦悩し続けた。

よくよく考えれば、つまらないことで腹を立てる。
つまらないことに意地になる。
なるようにしかならないのに、不安で心を占領される。

そうなれば、不安や怒りで心が占領され、
身動きが取れなくなる。

その煩悩をよくよく観察すると、例えば「不安」に陥っている人の
大きな特徴は、まったく周りが見えていない。

逆に言えば、自意識過剰なくらい、自分というものに対して、
意識が集中し、被害妄想になりがちになるか、
自分を責めまくる。

そして、暗い壁に囲まれた狭い部屋で、震えながら
強い孤独感を感じている。

煩悩から少しでも、離れるというのは、
自分という意識から離れること、自分を忘れること、
そのようなことのような気がする。

そのために、
「もう、悩みも不安も、阿弥陀様にませてしまいなよ〜」

「阿弥陀仏も、俺に任せろ!」
て、言ってるじゃないか。

小さなことに怒る自分、
些細なことにこだわりを捨てきれない自分、
不安なんて、ある意味、次から次へと自分自身が作り出している
ようなもの。

さあ〜、もう悩むのは疲れたんじゃない。

もうそろそろ、自分を解放しちゃいなよ〜。

それには、心の中に、自分を圧倒的に救ってくれる
何かの存在が必要なのではないか、、、。

ホイットニー・フューストンの歌に
「イエース ジーザス ラブ ミ〜
オ〜オ〜 イエース ジーザス ラブ ミ〜」
というような歌のフレーズがある。

キリストがさ〜、私のこと好きで好きで、
たまらないみたなんだ。いつも、守ってくれているよ〜。
っていうようなのが、一神教のキリスト教などの
根本的な考え方。

もし、そのように思えば、安心を得ることができるのでは、、、。

不安だから、心の中に大きな壁を作り、
自分を閉じ込めてしまう。

でも、心の中に、あんたのことをいつも見守って、
救おう、救おうとしている人がいるよ〜。

安心しなさい、不安から解放しなさい、
自分という意識、自我から自分を解放しなさい。

そうすれば、周りがよりよく見えるようになる。

そうすれば、人の心が見えるようになる。

あなたを苦しめているのは、あなた自身、、、。

もう、それ以上、あなた自身を傷つけるのはやめたら、、、。
それ以上、自分のことを責め続けるのをやめにしたら、、、。

情けない自分、みじめな自分、そのような弱い自分を受け入れる
のって、もしかしたら大事なことなのかもしれない。

さみしさを身に染みたような経験をした方のが、
人間として強いといえるのではないだろうか。

自身の限界を知るというのも、とても大事なこと。

「回心(えしん)」と「自然(じねん)」
という言葉が、仏教用語であるが、自分の限界を知ったところに、
「回心(えしん)」があるのではなかろうか、、、。

そうなれば、ありのままの自分、自然の状態を受け入れる
ことができる、自分を許せることができる。

自分自身が作り出す「劣等感」により、
猛烈に頑張るのも必要なこと、、、。

しかし、その向こうには、それに疲れ切って
「回心(えしん)」というモノが、現れるのでは、、、。

世の中、思い通りにならないことだらけ、、、。

そして、この体さえ、目が見えなくなり、
足腰が悪くなり、衰え、病になって死んでいく。

そんな中で、残るものというのは、心のあり方ではなかろうか。

世の中など、自分のモノサシ一つで、大きく見方が変わるもの。

本当の自由とは、心の解放のようだ。

疲れ切りなさい、そして、疲れてよれよれになった
弱々しい、あなた自身を受け入れなさい。
そこから、初めて自分が解放される。

親鸞の悟りとは、そんな感じなのかな、なんて未熟な私が、
親鸞さんの悟りについて語るなど、お叱りを受けそうだが、、、。

真宗は「他力」、禅宗は「自力」というが、
その根本は、ほとんど違いはないと私は思う。

禅宗の教えの中にも、
「あるがままを受け入れろ」
というモノがあり、
それは阿弥陀様に言わせれば、
「私にすべてを任せんかい」
という表現になる。

自我から離れ、ありのままを自分を許し、受け入れる。

これが本当の幸せにつながり、周りを幸福にするような
気がしてならない。
posted by hide at 07:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月23日

5/15「IWJ代表 岩上安身 講演会」奈良に!!中村てつじを囲む会にて!

 さあ〜、奈良で必死に日本再生のために頑張っている男がいる。

何度も落選しながら、まだ踏ん張っている男がいる。

元参議員議員 中村てつじ氏、、、。

この男は、熱いでっせ〜!!

そんなてっチャンを囲む会で、あのIWJの岩上さんが
講演会をやるとのこと。

行きたい〜、是非とも行きたい〜。

是非とも、岩上さんに直接会ってみたい〜!

しかし、我が家では田植えシーズン真っ只中〜。

近畿方面の方々、どうかフルってご参加下さい!!



5月15日(日)岩上安身講演会

【第141回話す会】

日時:2016年5月15日(日) 15時~17時
岩上安身講演会

場所:生駒市コミュニティセンター(セイセイビル)1階ホール
(生駒市元町1丁目6-12(近鉄生駒駅から南へ徒歩3分))

http://www.city.ikoma.lg.jp/map/map1/map19.html?target=0-0&cacd=20&mapno=94




posted by hide at 05:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

「神」も「仏」も、、、。その曖昧さこそ、共に生きる道なのかも、、、。

 上田正昭氏の著書、
「歴史の中の人権 アジアの世紀をめざして」
の中で、本来の我々日本人は、どのように生きてきたのかが、
書いてあったので、是非とも紹介したい。

鎮守の森の再発見

 21世紀をむかえて早くも2年と5カ月ばかりの歳月が過ぎ去った。
20世紀は、第一次・第二次世界大戦が象徴するように、世界全体が
2度にわたって戦争の渦をまき起こされた戦争の世紀であった。
その反省にもとづいて、新世紀は平和の世紀として始まるのでは
ないかと、多くの人々が期待していた。しかし、現実はその願いに
逆行し、アフガン・イラク戦争が21世紀の初頭をいろどった。
 そればかりではない。20世紀には自然の破壊・地球の汚染が
いちじるしく進行して、自然と人間のあるべき姿が、21世紀の
大きな課題としてあらためて問われている。1935(昭和10年)
の暮れにこの世を去った、優れた物理学者・寺田寅彦の遺言とも
いうべき論文「日本人の自然観」はいう。
西洋の科学は自然を克服しようとする努力のなかで発達したが、
日本の科学は事前に順応するための経験的な知恵を蓄積する
ことで形成されたと。

その指摘は見事である。
 自然との対決するのではない。自然と調和して暮らしを営む知恵が、
縄文時代の昔から今に至るまでの日本文化の前提を形づくってきた
といっても過言ではない。
 周りを海で囲まれている文字通りの島国日本は、島国だからこそ
古くから海上の道を媒体として、アジアに連動してきた。そして、
海外から数多くの文物や人間集団が渡来した。島国であったから
閉鎖的であったと思うのは錯覚に過ぎない。
 その島国日本列島の国土の約4分の3は山地であり、その3分の2を
森林が占める。わが日本列島の人々の多くは、昔から森林との
共生の中で、歴史と文化をおりなしてきた。しばしば、日本の文明は
「森の文明」であったといわれるが、森そのものが文明なのではなく、
森に生きる文明であり、森を生かしてきた文明であった。
 それを代表するのが、森の中に神を見いだし、森の中に社を
造営して、カミとヒトとがまじわる接点として森を活かしてきた
鎮守の森である。したがって、鎮守の森は神の水を共に味わって
盟約する「一味神水」「一味同心」の寄り合いの場となり、自治や
芸能の場ともなった。(P.157〜158)・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



09.9立山竹藪 006.jpg


09.9立山竹藪 008.jpg


この写真は、うちの近所のある竹が侵食してしまった林である。

この中をよく見ると、「社」が祀られているが、
見るも悲惨な状態になっている。

今は、誰も管理されてなく、竹が侵食し、このような
状態になってしまった。


09.9立山竹藪 002.jpg


CIMG6993.JPG


このように、日本全国の竹林は、荒れ放題、、、。

なぜこのようになったのかというと、竹の需要がなくなって
しまったからだ。


変換 〜 09.9水野家竹製品 005.jpg


変換 〜 09.9水野家竹製品 008.jpg


09.9水野家竹製品 003.jpg


09.9水野家竹製品 002.jpg


あれだけ重宝された竹かごやタケミも、プラスティック製品に
置き換わってしまった。

1960年代より、中東より安価な石油が入るようになり、
それにより我々の生活を一変した。

この荒れ狂う竹藪が象徴的であるが、竹も、里山の薪も、
落ち葉も必要なくなり、このような竹藪、里山も
今では誰も見向きもしなくなってしまった。

今は、何でもスイッチ一つで動いてくれる
便利な世の中になってしまったが、それと同時に、
このように身近な自然から、どこか遠ざかった暮らしに
なったと言わざるをえない。

この豊かな生活を支えているのは、石油などの化石燃料であり、
石油文明といえる。

しかし、それがいつまで続くのか、自然環境破壊は
著しいし、気温もどんどんと上がっているようだ。
また、いつまでたってもエネルギー資源の奪い合いに
よる戦争・謀略は止まらない。

自然の中に「神」を見いだして生きてきた我々日本人は、
大きくその本来の特性から逸脱してしまいつつあるのでは、、、。

それから、上田氏の著書から、もう一つ紹介したい。

「日本人らしさ」とは何か

・・・・・「日本人らしさ」を掘り下げてみると、次のような
史実がうかぶ。日本列島の歴史と文化は、内なる人々のみによって
形づくられてきたのではなく、縄文時代・弥生時代のむかしから、
海外とのつながりやかかわりのなか、あまたの海外からの
渡来した人々とのまじわりによって展開したことがわかる。
 たとえば日本はしばしば葦原の瑞穂の国と称されてきたが、
その稲作じたいが渡来の文化であり、青銅器や鉄もまた、
そのはじめは中国大陸や朝鮮半島から日本列島へと伝播した
金属器であった。
内なる文化に外なる渡来の文化をたくみに結合し、変容して、固有で
独自な文化を形成してきたのである。われらの祖先がすぐれて
いるのは、外来のものをすべて受容したのではない。たとえば
儒教は積極的に受け入れたが、革命思想は排除した。都城制は
中国長安城や洛陽城に倣ったが、藤原京や平城京でも、長岡京や
平安京でも、ついに羅城は構築しなかった。したがって日本の都には、
宮都はあっても、都城はなかったといわなければならない。
菅吏登用の試験ともいうべき華僑や去勢された男子の小吏すなわち宦官
の制はついに受容しなかった。
日本の宗教史をひもとけば、神と仏は対抗するよりも習合の道を
たどって、神宮寺や社僧が誕生し、平然と神前読経が行われた。
 かつて長崎県五島列島の一つ福江島の「かくれ切支丹」の調査に
おもむいて感銘したことがある。聖母マリアの像が氏神である
神社の本殿の中にまつられ、17世紀の古文書に、オラショ(祈祷の言葉)
がかきとどめられていて、そこには「パライソ(天国)にまします
イカヅチノカミ」とかきとどめられていた。イカヅチノカミとは
神道のかみである。神仏習合ならぬ神基習合の歩みがあった。
(P.160〜162)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


何年か前、英会話の飲み会で、イギリス人の先生が
こんな質問をぶつけてきた。

「こないだ、高尾山に登ったのだが、そこには神社もあり、
お寺もある。なんでだ???」

と、、、。

お〜、いいね〜。

日本文化を知るいい機会だ。

しかし、どう「神仏習合」を、どう英語で説明するか?

彼は、20年日本に住んでいるし、奥さんも日本人だ。

とにかく、ありったけの英語を使って、説明してみた。

「習合」をミクシング、とかユナイテッドとか、行ってみたが、
伝わらなかったが、身振り手振りを使い、紙に書きながら、
理解させたが、どうも彼は受け付けられないみたいだ。

「You are completely wrong.
   (あなたは完全に間違っている)」


周りにいる日本人は、誰もその説明にトライしようとしないので、
もうひと踏ん張りして、「神仏習合」という字を紙に書いて、
「奥さんに聞いてみてくれ。これは、日本の文化を知る上で、
非常に大事なことだ」
と、伝えておいた。

とにかく、多くの外国人に日本のことをよく理解してもらいたい。

また、海外にでも行けば、一人一人が、日本代表、、、。

互いの文化、国の理解が深まり、
勘違いによる争いが起こりにくくなるはずだ。

一神教の世界観では、「神も仏も、、、」というような感覚など
あり得ないのかもしれない。

また、長いこと「我々の神こそが本物だ」という主張のもと、
何千年も戦い続けた彼らには、極めてあいまいに映るのでは、、、。

さらに上田氏の著書の中で、もう一つ紹介したい。

神も仏も

 外国の日本文化研究者が不思議そうな顔をして質問する。
毎年12月になるとクリスチャンでもないのに、クリスマスツリーを
飾ってお祝いする。そして年末には、お寺の除夜の鐘をきいて、
正月には神社へ初詣する。日本人の多くがどこかの神社の氏子であり、
どこかの寺院の檀家である。日本人の過程を訪問すると、神棚があり
仏壇をまつる家が多い。いったいこれはなぜなのかと。
 一人一宗の海外の人々にとっては、たいがいの日本の人生における
通過儀礼そのものも理解できないらしい。子供が生まれるとお宮参りをし、
七・五・三のおりには神社や寺院に参詣し、結婚式は神前・仏前ばかり
でなく、教会であげる人々が年々増加している。亡くなるとその多くが
仏式で葬儀をする。
 氏子であり檀家であって、さらにどこかの宗教の信者になっている人も
かなりある。日本人の信仰は神道なのか仏教なのか。神棚と仏壇の
平和的共存そのものが不可解らしい。日本人の宗教そのものが
一人一宗でなく、一人多宗であるといってよい。
 こうした現象は古くから存在した。六世紀のなかばの頃に、百済から
仏教が「公伝」するが、『日本書紀』はその仏を「蕃神」とか「仏神」とか
故と表現し、747(天平19)年にまとめられた『元興寺縁起』は、
仏を「他国神」、現代最古の仏教説話集である『日本霊異記』は
「隣国の来神」、平安時代末期の史書『扶桑略記』は「大唐の神」などと
記すが、神仏の習合は仏教伝来の初めのころからすでにはじまていた。
質を異にする二つ以上の宗教がふれあうことによって生じる
意識的・無意識的な融合現象をシンクレティズムとよぶ。この言葉は、
ギリシアのプルタルコスの造語というが、シンクレティズムは、
世界の各地にみいだされる。しかし日本の宗教史のように、その基本的な
流れが「神か仏か」ではなく、「神も仏も」の融合・重層・習合で
あったような例は極めてまれである。
 八世紀になると神宮寺が具体化し、平然と神前読経が行われる
ようになる。そして神社に得度層が常住した。山岳信仰と道教・密教が
融合した修験道、真言密教と神道が結びついた両部神道など、
新分厚習合の展開は日本宗教史のあちこちに見いだされる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
世のさかしらびとは、こうした日本人の宗教感覚をあいまいであり、
自己矛盾であるという。だがはたしてそうなのだろうか。
そのあいまいさを自覚したとき、そのあいまいさは万物にカミをあおいだ
「万物生命信仰」としてよみがえり、自然と人間の「共生」の
思想・信仰として輝いてるのではなかろうか。
(P181〜183)・・・・・・・・・・・・・・・・


なるほど、なるほど、、、。

ある家のリフォームの時に行う地鎮祭に参加したとき、
明らかに神様系の人が、白いヒダヒダの紙が付いた棒を振りながら、
祝詞かと思ったら、明らかに仏教の「お経」であった。

「ね〜、今の人、神さんなのに、明らかにお経だったよね〜」
と、いろんな人に聞いてみても、その答えははっきりしなかった。

ある建築屋の大将に聞いたところ、
「わしも何度も、こんな地鎮祭に参加しているけど、
けっこうこういうの多いよ」
とのこと。

ここでも神仏習合の例が今でも生きている。

外国でも、二つ以上の宗教が意識的、もしくは無意識の
うちに融合しているというのはある。

例えば、南米・中南米なんかで、スペイン、ポルトガルの侵略により
ほとんどの人がキリスト教に改宗させられた。

しかし、隠れてというか、在来の宗教的なところを目立たないように
取り入れたりということがいくつもあるらしい。

しかし、日本のように、クリスマスはキリスト、
大晦日はお寺、新年明ければ神社、こんなあけっぴろげに
やるのって、外国人から見れば、おかしくてたまらないのでは、、、。

しかし、今後、自然との共生、他民族との共生を考えれば、
日本人的な「あいまいさ」って必要なのではなかろうか。
posted by hide at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月13日

人生の総仕上げ、「終活」について、、、。

先日、数人の近所の人と話していた。

80を超えるおじいさんが、
「柳田邦男の本を処分したい。図書館で引き取って
くれるだろうか。うちの娘が、そういうモノをしっかり
処分しといてね,と言われているんでね〜」

と、語った。

そして、ある人が
「終活だね〜」
と、、、。

「終活」か。

そこで、ふいに私も
「わしも、終活やっとるで〜」
と、言いそうになった。

その中では、私が一番若いので、その私が
「終活」などという言葉を口にすれば、
少し場がおかしくなるので、やめといた。

自分の身に置き換えれば、もう私もすぐに50歳。

人生80年とすれば、、もうすでに6割は過ぎている。

それにこれからの30年なんて、どう考えても
あっという間だ。健康年齢から考えれば、
あと20年だ。

40代のこの10年間というのも、瞬く間に過ぎてしまった。

さらに加速がついて、50代が過ぎていくのであろう。

小学校の時の一ヵ月と、今の一ヵ月では、明らかに
体感時間が違う。

死に向かって一直線の自分の人生。

これは、もちろん誰でも同じこと。

では、その残された時間をしっかりと使い切りたい。
有意義な人生にしたい。

どのように総仕上げをするのか。

もうこの歳から、しっかりと考え行動することって、
大事じゃないのかな〜。

話は、変わるがあるテレビ番組で、又吉さんが
「自分はみんな、みんなは自分」
というようなことを言っていた。

その続きを聞きたかったが、出演していた
ある心理学者がチャチャを入れたので聞けなかった。

あらゆる本を読んでいる又吉ならでは、人生観を
持っているような気がする。

それは、「自分というのが本当に存在するのだろうか?」
というような感覚ではなかろうか。

人間って、他の動物と比べて、非常に社会性のある動物。

互いに依存し合って生きている。

例えば、このようにパソコンをの前で、キーボードをたたいているが
このパソコンを自前で作れるのかと問えば、誰かに依存しなくてはならない。

パソコンもそう、鉛筆、シャーペンがあるが、どれもこれも
自分以外の人が作ってくれたものあり、多くのそれらのモノに囲まれて、
今、生きることができる。

鹿や馬が生まれるシーンを見たことがあるだろうか。

産み落とされるとすぐに、起き上がり、歩き始める。

では、人間はどうだろうか?

立ち上がれるまでに二年近くかかり、言葉を覚え、
字を覚え、いろんな知識を覚え、社会性を身に着けて、
成人になるまでに20年はかかる。

それらは、みんな周りの人たちから、学び吸収していく
ことになる。

オオカミに育てられた少年が、オオカミのような習性を
持つようになる。

中国で育てば、中国語を話し、中国人の習慣、価値観を
身に着けていく。

日本で生まれれば、日本人的な「空気」を重視する人間性に
育っていく。

あるニュージーランドに移住した家族の話。

1歳の女の子、5歳の男の子、9歳の男の子が
それぞれ、新しいニュージーランドの社会に入っていくことになった。

それぞれ大人になり、
9歳の子は、とても英語を覚えるのに苦労したという。

5歳だった子は、両方とも、話して聞き取れるが、
やはり英語のが得意だという。

1歳だった女の子は、日本語が何とか聞き取れることはできるが、
話せないとのこと。そして、英語を普通に話す。

そのため、その女の子は、一緒に住んでいる祖父母とうまく、
話ができない。

何が言いたいのかというと、言葉というのは、両親から覚えるのではない。
周りから教わるものなんだということ。

それだけ、家族だけでなく、社会から大きな影響を受けて、
人間は成長していく。

ある精神科医が言っていたが
「人間というのは、著しく周りから影響を受けている」
とのこと。

影響を受けた人というと、上司や先輩、友人、恩師、両親、祖父母と
いろいろと思い浮かぶが、それだけではない。

人間社会には、文字というモノがある。

つまり、何百年も前の昔の人の考えを、その文字を通して、学ぶことができる。

例えば、中国の孔子とか、ギリシャ時代のアリストテレスとか、プラトンとか、
哲学、宗教などなど、人間の在り方について、有史以来、研究されてきた。

その影響も多く受けている。

私は、おじいさん、おばあさん子であるが、20歳ぐらいまで、
祖父母と寝起きを共にしてきた。

毎日、毎日、祖父母の言うことは、同じようなことではあったが、
歳を重ねれば重ねるほど、祖父母の影響を強く受けていると感じるときがある。

その祖父母に教わったことが、私の中で生きているということは、
祖父母が私と共に、生き続けているということ。

その私の祖父母も親がおり、恩師がおり、
周りの人から多大な影響を受けていることになる。

その、その親だって、周りから影響を受けている。

人間とは、体なのか、人格なのか。

人格であるならば、何層にも何層にも、いろんな人の影響を
受けながら、今、自分というモノが存在する。

これだけ、周りから影響を受けて、人格が成り立っていく以上、
本当に自分のことを「自分」といえるのだろうか。

周りの人から、影響を受けずに、オオカミに育てれられれば、
オオカミのような習性を身に着けていただろうに、、、。

自分というのは、過去、現在と未来も含めた大きな大きな意識の集合体の
ほんの一部なのである。見えない、無数の糸でつながりあっている。

そして、自分も知らず知らずのうちに、誰かに影響を与えることになる。

我々一人一人が、未来の人の心の中で、自分の影響を受けてきた人たちと
共に、生き続けることになる。

例えば、うちの92歳になる会社の会長、、、。

強烈なまでに、自分の考えで生きる人。

そういう人の方が、周りに影響を与えやすい。

そんな会長から、教わったことはいくつがあるが、
やはりその生きざまだ。

あの腹のくくり方、そしてそこから来る決断力。

凄みさえ、感じる。

さらに、このブログでもそうだが、なるべく日常で体験したこと、
そこから学んだことなどを、このブログで書き続けている。

もしそれが、このブログを通じて、誰かに
影響を与えているのなら、それらの人の中で、
私は生き続けることになるのではないか。

毎週楽しみにしているラジオ放送の「なぜ生きる2」。

浄土真宗系のラジオ番組であるが、
その内容をこのブログでもよく紹介している。

そして、それらの教えが私の中で取り入れられ、
活かされれば、私は親鸞さんが私の中でいき続けることになる。

何百年も前の人である、親鸞さんと共に、生きているということだ。

そして、私はよいと思ったことは、ドンドンと周りに伝えたいという
性格なので、たとえばこのブログを通じて、もし誰かに
伝わるのであれば、そんな嬉しいことはない。

そうなれば、親鸞さん、私、そしてその方と共に、生きている
といえるのではなかろうか。

私にとって、このブログというのは、一つの「終活」とも言える。

何かを、次の世代に伝えていくということが、
「終活」そのモノである。

大きな大きな、そして過去・未来とつながる人間の意識の集合体。

それに自分の身を溶かす、それが私の終活である。

これはあくまでも私の妄想であるが、
もし、亡くなるときに、強い怒りや不安、憎しみなどに心を
占領されていたのでは、心を昇華させることが、できるのだろうか。

そのような煩悩にがんじがらめで縛られていれば、
昇華できずにこの世を永遠にさまよい続けることに
なるのでは、、、。

また、「死」というのは、人生最大の苦難である。

死への恐怖、病気の苦しみ、別れのつらさ、年老いていく惨めさ、
これらのことが、人生の最終盤に怒涛のごとく押し寄せてくる。

どんな状況で死ぬにせよ、それに耐えれるためにも、
精神的にも強くなくてはならない。

体の苦しみももちろんだが、それと同等以上に、
心の苦しみも伴う。

その心の苦しみだけでも、しっかりと耐えられるだけの
心構えが必要であり、怒りや恨みなど、しっかりと脱ぎ捨てて
あの世に旅立てるように、心構えが必要のような
気がする。

それには、上手くいえないが、何か大きなモノに
身を溶かすような感覚が必要なのではないか。

それから、どうしても次の世代には、すべてのことが
つながっているという感覚、そのような感覚こそ
共生の時代に必要のような気がしてならない。







posted by hide at 04:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

生きる目的にとは、、、。「なぜ生きる2」の中で、、、。

昨日も、毎週土曜日恒例の仕事で北陸へ向かう。

その中で、一つ楽しみがある。

それは、早朝、6時半よりラジオで放送される
「なぜ生きる2」を聞くこと。

6時にに、会社を出て、ちょうどそのころは、
高速道路に乗り始めるころ。

清々しい、朝焼けの中、車の中でその放送を聞くのも、
なかなかいいものである。

今日の内容は、だいたい次のようなモノであった。

買い物に行くにも、「目的」がある。

受験勉強をするにも、「目的」がある。

では、生きる「目的」とは、、、。

受験戦争をくぐり抜け、大学にいき、そして就職。
その後、30手前で結婚し、次の年には子どもができる。
60まで働いて、ソコソコ部長まで出世し、
その後はリタイヤという人生、、、。

何万枚とうれた「泳げたたい焼き君」のなかで、
「毎日、毎日、僕らは鉄板の、上で焼かれていやになっちゃうよ〜」
と、あるように、毎日毎日同じことの繰り返し。
そして、時間は駆け足のように過ぎていく。

地下鉄の「広尾(ひろお」駅というのがあるが、
電車の中で、「次は広尾(ひろ〜お)、広尾(ひろ〜お)」
と、聞くと自分のことのように思える。

しかし、そんなクタクタな人生が、今の世の中では、
一番安定である。

今日のテーマは、「何のために生きるのか」という
問いかけであった。

「生きる目的とは」、、。

例えば、ボクシングで世界チャンピオンになった鬼塚選手、、、。

 少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)


世界の頂点を極めても「充足感」がない。

人間とは、いつになったら「満たされる」というような
感覚になるのであろうか。

到達した時点で一時の達成感、、、。
そして、そのあとの猛烈な恐怖と不安、、、。

「世界チャンピオンは、スーパーマン」、、、、。
「世界チャンピオンは、神さまに近い状態」、、、、。

そのような自分が抱いてたイメージとはかけはなれ、
充実感などなく、次なる恐怖と不安を抱えなくてはならい。

あれだけ、名声を極めた清原選手も、
シャブに頼らなくては、自身の心を不安を抑えることが
出来なかったのだろうか。

たとえば、一億円得たとする。

しばらくすれば、その喜びも当たり前となり、
次は、その一億円が減っていく恐怖に、取り付かれることになる。

世界一貧乏な大統領と呼ばれる南米の小国ウルグアイのホセ・ムヒカ氏
の言葉、、、。

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、
無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」


一昨日、70歳を越えるある技術屋さんと話していたが
「昔の方が、みんな幸せだったようなきがする。
今では、隣に誰が住んでいるのか分からないし、
自由というものが、もしかしたら人と人との絆を
切り刻んでいるのではないのかな〜」

というようなことを語っておられた。

物質的な豊かさというのと、幸福感というのは
違うのかもしれない。

地位や名声があっても、無限の欲から開放されない限り、
本当の自由を得ることは出来ないのではないか。

それよりも、少しずつでも心の皮下脂肪を取り除いていけば、、、。

地位を得ても、お金を得ても、けっして煩悩から逃れられる
わけでもない。

さらなる恐怖と不安に心が占領される。

その不安と向き合うこと。

その恐怖と上手く付き合うこと。

どんな立場や、どんな環境によっても、いろんな体験から、
心の開放に取り組むことはできる。

毎日、毎日いろんなことが起きる。

津波のように、自分に襲い掛かってくる。

しかし、神様はいつも自分の味方。

必要なときに必要な出来事を与えてくれる。

では、今立ち止まっている目の前のことから、
自身は何を学ぶのか、、、。

ここを逃げれば、また同じようなことで、
悩み、苦しまなくてはならない。

自分には、そのことが欠けているから、
今、躓いているのでは、、、。

というようなことを誰かが言っていたが、
本当の幸せとは、心の開放なのではなかろうか。



posted by hide at 00:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

ロシアから見た世界状況!ソチでのプーチン演説!!

日本に住んでいると、まったく電波ジャックされたような
状態で、一方的な情報が垂れ流されている。

これは、日本だけではないようだ。

アメリカと関係の深い、西側諸国では、
いつの時代からか、気骨のある記者がいなくなり、
みんなヒツジのように順応になってしまった。

これはある意味当然のことである。

テレビにしろ新聞にしろ、オーナーが存在し、
スポンサーにより成り立っている。

そうならば、それならば、そのスポンサー、もしくは、
新聞、テレビなどの株主の言うことを聞かなくては
成り立たない。

それは誰なのか?

世界の富を牛耳っているほんの一握りの人々、、、。

規制が撤廃され、グローバル化が進めば進むほど、
彼らの力は強くなる。

そして、それらに辛うじて、抵抗できるのが、
ロシアであり中国だ。

では、そのロシアが、近年、さんざん米国などの
謀略に苦しめられ、それでも健全と国家を運営し、
世界に影響力を強めている。

そんなロシアから、今の世界をどう見ているか?

非常に興味深い演説を先日、ロシアのプーチンさんが
ソチで行ったようだ。

その内容が、下の記事に掲載されている。

一度じっくりと、お読み下さい。


http://ryuubufan-78.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=7040601

Dmitry Orlov
The, Mar 17, 2016
オリジナル記事:リンク(上)
オリジナルの長い記事はClubOrlov blogです。

英語圏に住む人のほとんどが、二、三日前にソチのValdai会議で
行われたプーチン大統領のスピーチを見逃したのではないでしょうか。
たとえ聞くことができたとしてもその内容を読むことまではできなかっ
たのではないでしょうか。そしてスピーチの重要性を見逃したのでは
ないでしょうか。

西側メディアは全力でそれを無視するか、意義を捻じ曲げました。
皆さんがプーチンについて思ったり思わなかったりすることのいかんに
かかわらず(ちょうど太陽と月のようなものです。彼はあなたが意見を
持つことができるようにするために存在しているのではないのです)
この演説はおそらく1946年3月5日のチャーチルの「鉄のカーテン」
演説以来の重要な政治的演説でしょうね。

演説でプーチンは突如、ゲームのルールを変えてしまいました。
かつては国際政治のゲームは以下のようにプレイされていました。
@政治家が国家主権という聞こえのいいフィクションを保つために
公の場で声明を出す。だがそれは徹底して見世物(ショー)のためで
あり国際政治の本質とは関係のないものであった。同時に彼らは控室で
の交渉に従事し、そこで実際的な取り決めが打ち出された。

かつて、プーチンはこのゲームを演じていました。ロシアが平等に
扱われるものとだけ期待して。だがこの希望は露と消え、今回の会議で
彼はゲームが終わったと宣言したのでした。それはエリート一族や
政治的リーダーたちの頭上を通り越えて人々に直接語りかけるという
手段で、あからさまに西側のタブーを冒すことだったのです。

1.ロシアは今後ゲームはしない。小競り合いについて控え室で交渉する
こともしない。ロシアはしかし真剣な会話と合意には準備ができている。
それらがもし集合的な安全保障に役立つのであれば、また公正に根ざして
いてお互いの立場の利害を考慮に入れているのであれば。

2.グローバルな集団的安全保障が今、瓦解しようとしている。もはや
国際的安全保障の保証はどこにもない。それを破壊した存在には名前が
ある。アメリカ合衆国である。

3.新世界秩序の建設者たちは失敗した。彼らが建設したのは砂上の楼閣である。
どのような形の新世界秩序が建設されるかいなかは単にロシアが決めること
ではない。だがそれはロシアなしでは作り得ないものとなるだろう。

4.社会秩序にイノベーションをもたらす建設的なアプローチをロシアは好む。
だがそうしたイノベーションを探求したり議論することに反対はしない。
そうしたもののどれでも、もし導入するなら正当化できるものかどうかを
検討する。

5.アメリカの止むことなく拡大する「カオスの帝国」によって作り出された
濁った水の中で釣りをするような意図はロシアには全くない。またロシア自身
の帝国を築く意図も全くない(これは不必要なのだから。自国の広大な領土の
発展にロシアが抱えるチャレンジがあるわけなので)。かつてそうだった
ような世界の救世主役をロシアはかって出る意思はない。

6.自分の姿に似せて世界を作り変えるという意図はロシアにはない。だが
ロシアを自身の姿に似せて作り変えようとする何者をもロシアは許さないだろ
うし、ロシアは自身を世界から遮断することもない。だがロシアを世界から
遮断しようとする何者も、結果何倍も酷い目に会うことになるだろう。

7.カオスが蔓延することをロシアは望まない。戦争も欲しいとも思わない。
戦争を始めようという意図もない。だが、今日、世界戦争の勃発がほぼ
不可避であるとロシアは見ている。そのための準備はできている。継続して
準備を万全にしている。ロシアは戦争を仕掛けないが同時に戦争を恐れ
てもいない。

8.未だに新世界秩序を建設しようとする人々を頓挫させるための積極的な
役割をロシアは採ろうとはしない。彼らの努力がロシアの鍵となる利害に
抵触するようになるまでは。ロシアは待機して彼らがその貧弱な頭で取れる
だけの一かたまりを取るのを観察するということを選好する。だがロシアを
このプロセスに引きずり込もうとする人々 - ロシアの利害を軽視するという
ことを通じて - は痛みの本当の意味を教えられることになるだろう。

9.外交政治や今ではそれに増して内政においてロシアの力はエリートや
控え室の取引には依らない。そうではなくて人民の意志に依るだろう。

これら9のポイントの他に10番目を付け加えたいです:

10. 世界戦争を回避するような新世界秩序を建設するチャンスはまだある。
この新しい世界秩序は、必要性からアメリカを含めることになる。だが皆と
同じ条件でのみそれはなし得る。つまり、国際法や国際協定に従い、単独行動
を控え、他国の主権に対する全面的な敬意を持つ、という条件だ。

以上を要約すると:お遊びの時間は終わった。子供らよ、おもちゃを片付け
なさい。大人が意思決定を下していく時間だ。ロシアはその準備ができている。
世界は?

posted by hide at 21:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月29日

民進党を思い切って、応援してみませんか!!「生活者、納税者、消費者、働く者の立場に立つ。国民と共に進む改革政党である」とのこと。

昨日の中日新聞朝刊に、
「民進党綱領の要旨」が載っていた。

民進党綱領の要旨


「自由、共生、未来への責任」を理念とする。

私たちの立場
「生活者」 「納税者」 「消費者」 「働く者」の
立場に立つ。国民と共に進む改革政党である。

目指すもの
1.立憲主義を守る。
  自由民主主義に立脚した立憲主義を守る。象徴天皇制の下、
 新しい人権、統治機構改革など時代の変改に対応した
 憲法を構想する。

2.共生社会を作る全ての人に居場所と出番がある社会を造る。

3.改革先送りしない行財政改革、政治家が身を切る政治改革、
 地域主権改革を断行する。原発に頼らない社会を目指し
 震災復興を実現する。

4.経済成長を実現  
  人への投資によって持続可能な成長と、能力発揮を阻む
 格差是正を実現する。

5.平和と繁栄に貢献
 専守防衛で外交安全保障の実現主義を貫く。日米同盟を進化させる。



このような内容であった。

本当にやれるのか?

と問われると、前の民主党のことがあるので、どこまでの議員が
腹をくくれるのか、半信半疑だ。

しかし、もうそんなことは言ってられない。

何とか、今の政権を止めなくてはならない。

それには、もう一つの政治勢力を造るしかない。

特にこの要旨の中で気に入ったことは、

「生活者」「納税者」「消費者」「働く者」の立場に立つ

とうたっていることだ。

これは、現政権と根本的に違うことだ。

本当に、お金の必要な人にこそ、お金が回らなければ、
経済などよくはならない。

子育て世代、中小企業などなど、喉から手が出るほど、
お金が欲しい人にいきわたってこそ、お金が循環するというモノ。

大企業、米国などにお金を吸い取られ続けていれば、
結局は、格差など広がる一方である。

米国でも、格差是正を訴えている大統領候補者が、
健闘している。

この流れを、どうにか日本でも起こしたい。

さらに、米国の要請により、若者を大義のない戦争に
送るわけには、どうしてもいかない。

さらなる野党の結集を期待しながら、
どうです、みなさん、清水の舞台から飛び降りたつもりで、
民進党を応援してみませんか?


posted by hide at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月20日

よっしゃ!!森ゆう子、新潟選挙区野党統一候補へ!!絶対に当選させる!!!!!

いや〜、いいニュースだね〜。

なんと、元参議院議員森ゆう子氏が、新潟選挙区において、
野党統一候補になったという。

少し前まで、民主党の現職衆議院議員が、辞職してまで、
今度の参議院議員選挙に出馬するとされていた。

それを聞いて、この国の闇の深さに、うんざりしていた。

しかし、ここに来て、本当に、いいニュースが聞けて、
希望がわいてきた。

まだまだ、諦めるわけにはいかない。

どんなことがあっても、諦めるわけにはいかない。

森ゆう子は、我々の希望。

あの度胸、行動力、何が一番の問題なのか、
多くの議員は、目を背けるが、どんなにその闇が深かろうが、
勇敢に突き進もうとする森ゆう子氏。

日本に今一番必要なのは、このように突破口を
開こうとする勇敢さだ。

日和見的な真実に目を向けようとしない人が、政治家になる時期ではない。

時代は、森ゆう子、山本太郎、中村てつじなど、命をかけれる人々こそ、
この国に今、一番必要なのである。

あの小沢事件での森ゆう子氏の検察との戦い、、、。

多くの仲間であるはずの政権与党の民主党議員が
しり込みする中、ゆう子さんは猛然と権力の闇に挑む。

彼女は、勇敢だけではない。

認識力、見識、さらに忍耐力も十分に備わっている。

みなさん、どうか日本に希望を、、、。

それには、突破口を開く人がどうしても必要。

森ゆう子しかいない。

どうか、彼女を支援してやってください。
posted by hide at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月15日

「幸せ」に耐え切れない人々、、、。

「幸せに耐え切れない人々」、、、。

先日、テレビを見ていたら、こんな言葉が
耳に入ってきた。

真っ先に目に浮かんだのは、清原さんだ。

もったいない、ほんと、もったいない。

あれだけ才能に恵まれ、家族もいて(離婚してしまったが)
お金にも、周りの人々にも恵まれていた人が、
何でシャブなんかに手を出すのか。

世の中見渡せば、このように手が動くだけで幸せではないだろうか。

息ができ、足が動き、水が飲め、食糧にありつける、
よくよく周りを見渡せば、しあわせなことっていっぱいあるのでは、、、。

何億という人々が、水不足に苦しんでいる。
何億という人が、飢餓に苦しんでいる。

今の生活、今の環境、世界的に見ても、はたまた過去と比較しても
これだけ恵まれた国、時代はないと思う。

清原さんを見ていると、逆に言えば「幸せ」が怖いのか、
そのようにすら思えてならない。

どんなに才能があっても、どんなに人間的に純粋でも、
「こんな自分は受け入れられない」というような
劣等感のようなものがあるのかもしれない。

自分は、愛されていると感じれる人、、、。

こんな自分では、周りから受け入れられないと、
思い続けてしまう人、、、。

どのように、自分の弱さを受け入れられるのか、、、。

自分の弱さを受け入れられれば、人のことが
受け入れられるようになるのでは、、、。

愛されてるって、別に今、生きている人でなくてもいい。

キリストでも、ブッタでもいいと思う。

たとえば、自分をかわいがってくれた、亡くなった
祖父とか、そんな亡くなった身近な人を有効活用すれば
いいのでは、、、。

私は、けっこうなヤンチャ坊で、昔からずいぶん危険な
目にもあってきている。

しかし、今、ここに生きている、何とか生活できている、
家族もいる、友人もいる。

誰かが、私を導いてくれているのでは、と、ふと思う時がある。

それが、亡くなった祖父母のような気がしてならない。

それも、たとえ思い過ごしでもいい。

大きな心の空白を埋めるのであれば、そのような宗教チックな
考えも有効に使えるのではなかろうか。

うちの92歳になる会社の会長さん
「信じられないくらい豊かになったが、人の心は
ずいぶんと貧しくなったもんだ」
と、よくつぶやいておられる。

もしかしたら、豊かさと心の空白というのは、
なんか関係があるのかもしれない。

そんな時に、その心の空白をどう埋めるのか、
人生の大きな課題である。
posted by hide at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

「有限」、、。エレン・マッカーサー!!!

先日、NHKのEテレのスーパープレゼンテーションで、
2005年、ヨットによる単独無寄港世界一周航海で
最短記録達成したイギリス人女性
エレン・マッカーサーのことをやっていた。

彼女は、意志の強い信念の人、とそのように感じた。

荒れる海、強風にさらされ、油断をすれば、転覆の危険性もある。

それが、極寒の南極の海などで起こったら、
ひとたまりもない。

単独によるヨットの航海なので、頼れる人はだれもいない。

そして、少しでも、油断したら、ヨットがどこへ行ってしまうのか、
もしくは転覆の危険性だってある。

71日と数時間で世界一周を成し遂げたそうだが、
果たしてその間、どのように寝ていたのか?

とても、過酷な航海である。

それと、その過酷な航海で彼女が一番感じたことは、
モノは「有限」であるということ。

無寄港による航海なので、約三カ月ほどの食糧、水など、
その間に過ごす荷物をすべて計算して積み込んだという。

私も、彼女ほどのレベルではまったくないが、
ニュージーランドの山の中を四日間ほど、歩き回ったことがある。
その時に、山小屋で寝れるのであるが、食糧、水、燃料、
衣服、寝袋など、すべての物資を背中に担いでいかなくては
ならない。

私は、コーヒーが大好きであるが、
持っていける荷物というのは、限りがある。

泣く泣く、コーヒーはもっていかなかった。

しかし、いつも当たり前のように飲んでいるコーヒーでも、
その四日間のトレッキングの中で、3日目の山小屋で、
あるアメリカ人女性が、インスタントのコーヒーをくれた。

なんとうまかったことか!!

たぶん、私の人生の中で、これが最高のコーヒーであったことは、
間違いない。

そのような制限のある空間の中で、インスタントコーヒーですら、
拝みたくなるようなありがたいモノに変わる。

また、シャワーもだ。

四日間、山を歩き回り、その後宿舎に帰って、
浴びたシャワーも最高であった。

ニュージーランドは、風呂でなく、ほとんどシャワーだ。

それも、お湯の制限があり、5分ほどで入り終わらなければ
ならない。

それでも、その時のシャワーが私の人生の中で、最高のものであった。

モノには限りがある。
むしろ、今の豊かさが異常なほどである。

ここらで、話をエレンに戻すが、
その世界最速記録を出した後、エレンはまったく違った
道を選ぶ。

そのあたりが非常に詳しく載っているのがこの記事


http://www.jf6yje.com/~salaku/weblog/index.php?itemid=3307&catid=1


その中で

「世界記録をつくったということで時の人となり、スポンサー企業など
からたくさんのお金が入ったのでしょう。普通なら、それを元手にまた
新たなヨットによるチャレンジを始めたりすることが多いけど、
エレンの場合はまったく違う方向へ進むことにした。
それが、循環型経済を世界に広めていこうという、遠大とも
思える目標だった。このままの形で全世界の経済が突き進めば、
いずれは資源が枯渇し温暖化で気候も乱れ、人類の未来がなく
なってしまう。ここでアタシがなんとかしなければ、ということを
航海中から考え始めたという。」
と、、、。

航海中に一番強く思ったこと、、、。

それはモノは「有限」ということ、、。

いろんな物資だけではないはずだ。

航海中、命の危険に何度もさらされたエレンは、
その命でさえ「有限」と感じたはずだ。

その限りある命、どのように使い切るのか?

死線を潜り抜けた人の共通する視点であろう。

この200年ほどで、人間はその活動範囲を
莫大に拡大した。

その原動力は、地球が何億年とかけて、貯め込んだ
石油などの化石燃料によって、賄われている。

その化石燃料も有限だ。

銀は、あと61年、
スズ、亜鉛は 40年、
銀は、29年、 

と、スーパープレゼンテーションの番組のなかで、
語られていた。

人口が増え、生活空間の中にモノが増え、
このまま経済活動を活発にすれば、
地球がいくつあっても足りやしない。。

ドンドン資源を採掘して、ドンドン造り、
そしてドンドン消費する。

これでないと、経済がまわらない。

なんでこんな世界になってしまったのだろうか?

これは、世界に大きな影響力を持つ、アメリカの歴史を振り返ると
よく分かる。

二百数十年前のアメリカの建国の理念とは
「人間には、幸福を追求する権利が、神から与えられている」
というモノであった。

当時、宗教的な束縛、階級的な束縛から離れ、
多くの人がアメリカ大陸に渡った。

その理念とは、宗教的に制限されていた経済活動を
より自由に、そしてより豊かに人間は暮らしていいんだと
神が保証していると、解釈された。

アメリカとは、科学の最先端を走ってきたが、
同時に巨大な宗教国でもある。
数ヶ月ほど前に、
「NHKスペシャル新・映像の世紀
第2集 グレートファミリー 新たな支配者 」
が、これがとても面白かった。

アメリカが、なぜ急成長できたのか?

その一つの大きな要因は、石油である。

アメリカを作った男といわれるジョン・ロック・フェラー。

19世紀の半ばに、アメリカで大量の石油が見つかり、
時代は、石炭から石油に大きく転換するときであった。

ロック・フェラーは、その採掘された石油を、科学者を使って、
精製する技術を確立し、自らの会社をスタンダード石油と
名乗った。

アメリカの石油を90%を独占し、世界はロックフェラーの石油なしでは、
動くことができなかったほどだ。

彼は、次のようなことを語ったとさ入れる

「非難がどれほど激しかろうと、我々が全世界に伝道を行ったのだ。
これは間違いない事実だ。富を築く才能は、神からの贈り物だと思う。
こうした能力を最大限に伸ばし、人類の幸福の為に役立てようと
神が与えてくださったのだ」

と、、、。

「World peace through trade」

これがロック・フェラー家に伝わる信念のようだ。

人を豊かにすることで、平和をもたらす。

その跡を継ぐロック・フェラー・ジュニアは、
莫大な富を利用してロックフェラー財団の活動に全力を尽くした。

それが資本主義伝道の手段にも、なっていた。

労働環境を整え、生産性を上げる、現地を所得を向上させ、
市場を広げる。世界に資本主義を浸透させる、遠大な計画であった。

大規模な慈善活動を行って、自社のイメージアップをはかる、
ロックフェラーは世界で一番金を使うのが上手い、と言われた。

確かに、市場が拡大すれば、そこまで、多くのモノを運ばなくては
ならないし、大地を切り開くためにも、莫大な石油という燃料がいる。

資本主義の発展と、石油の需要というのは、
密接な関係がある。

資本主義の浸透というのは、自社の発展であり、
さらにそれが世界に平和をもたらすと、信じていたのかもしれない。

しかし、それにもどうも限界が見えてきた。

今、大きく我々の生き方を転換するときだ。

そんな時代に、一昔前の日本的な感性、思想がとても重要になってくる。

足るを知る、もったいない、リサイクル、リユース、
限られた島国の中で、長いこと鎖国のような状態の中で
生きてきた日本人は、そのような感覚が染み付いている。

さらに、人間中心的な世界観を持つ西洋人とは違い、
長いこと豊かな自然と共生してきた我々日本人、、、。

本来の我々の生き方というのは、それほど捨てたものではない。

今日は、これぐらいで、、、。
posted by hide at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月10日

共生の思想!!「アドラーの共同体感覚」と我々日本人、、、。

こないだまで、シリーズでやっていた
NHKのEテレ「100分で名著」のアドラーの心理学を
すべて見終えて、正直驚いた。

アドラーという人は、とても日本人的な考え方のように思えた。

当初は、フロイトらのグループと、共同研究していたが、
袂を分かち、その後、軍医として招集され、第一次世界大戦に従軍した。
戦争と大勢の負傷者、とりわけその中でも神経症の患者を大勢観察する中で、
アドラーは共同体感覚こそが何にもまして重要であることを発見したらしい。

その「共同体感覚」とは、
人は全体の一部である、、、、。
全体と共に生きている、、、、。


もしくは
「自分自身の幸福と人類の幸福の為に、もっとも
貢献するのは共同体感覚である」
と、、、。

他者を仲間と思い、自分の居場所がある、共同体感覚。

生きる喜びや幸福は、他者との関係からしか、
得ることができない。
その為、自己の執着から離れ、他者への関心へ、、、。


また、共同体感覚に必要なこととして、
@ 自己受容
A他者への貢献
B他者への信頼

この三つが必要で、これはセットである。

これらのことを、番組を身ながら、走り書きながら、
書き留めた。

自己の執着から離れ、他者への関心へ、、、。

まるで、禅宗の言葉のようではなかろうか。

禅宗的にいうならば、「自分を忘れる」という
ことなのかもしれない。

禅宗などの日本の仏教では、煩悩というが、
それに近い言葉として、アドラーは「劣等感」という言葉を
使っているように思える。

生きている以上、不安、怒り、嫉妬、恨みなどの
煩悩に一生付きまとわれる。

その煩悩のほとんどは、他者との関係から起こる。

その煩悩をよくよく観察すると、例えば「不安」に陥っている人の
大きな特徴は、まったく周りが見えていない。

逆に言えば、自意識過剰なくらい、自分というものに対して、
意識が集中し、被害妄想になりがちになるか、
自分を責めまくる。

そして、暗い壁に囲まれた狭い部屋で、震えながら
強い孤独感を感じている。

恐怖を超える何か、
不安を超える何か、
嫉妬や悲しみ、恨みをも忘れる何かとは、
アドラーのいう「共同体感覚」では、なかろうか。

たぶん、ほぼ同義語で、日本的に言うならば
「公共心」というのが、とても近い言葉のように思う。

煩悩に心を奪われがちな自意識過剰な自分に突破口を開くのは、
やはり他に関心を移すこと。

つまり「共同体感覚」、公共心ではなかろうか。

私は、歴史マニアであり、民俗などもけっこう興味を持っている。

亡くなられた山本七平さんがよくおっしゃっていたが、
日本というのは、稲作文化の北限であり、
日本人の気質とは、とてもその影響を受けている。

常に暖かい東南アジアなどでは、田植えなどはいつ植えてもいいだろうが、
日本では、決まった時期に、決まった作業をこなしていかないと、
収穫にひびいてくる。

収穫に響くということは、つまり「飢え死」である。

例えば、田植えを真夏に行えば、収穫が冬になる。

冬に差し掛かれば、収穫量が激減するだろし、
梅雨の時期の雨を利用できない。

そのような環境から、みんなで協力して、
決められた時期に労力を集約しなくてはならない。

そう、みんなで協力しなければ、待っているのは
「餓え」である。

そのような環境から、どうしても共同体というのが、
非常に重要になってくる。

そうなれば、日本の思想も、宗教も、哲学も、
そのような感覚に合ったものに、収斂されていく。

日本人というのは、むかしから、共同体感覚(公共心)を
強く持った民族で、自分のことよりも集団のことを
優先する性質がある。

アドラーの言う「自分を忘れ、他者に意識を移す」というのが、
自然と成り立ちやすい社会であった。

例えば、うちの辺りの愛知用水の話であるが、
慢性的な水不足に悩む、知多半島、濃尾平野東部に
なんとか、水で潤したいという強い思いで、
立ち上がった二人の男がいる。

その一人が、農民の久野庄太郎であるが、
彼が立ち上がったいきさつがこのようなことらしい。
 
「知多郡は雨が少ないのみでなく、地下水も少ないし、川
もない。また水持ちが悪い。我々知多郡の農民の夏の労働の
半分は、水汲みの仕事でした。お皿のような浅いため池が何
千箇所もあるが、深さと言えば平均1メートル位で、1年中の
雨を大切に溜めようとするが、池が満水になるのは、3年に1
度。またそのため池を境として、池下が上田、池上が下田。上
田は10年中8、9年は反当り6俵位とれるが、池上の下田で
は、10年中満作は2年、5年は半作、あとの3年は収穫皆無
という哀れな作況です。水さえ汲めば5、6俵はとれます。だ
から貧農は命がけで池の水を汲みます。焼けつく様な土用の
陽を受けて、草いきれのするぼた(畦畔)に張り付いては水を
汲みあげます。襦袢も褌も搾るような汗です。足にヒルが吸い
付いて、トウガラシの様に赤く膨れてぶら下がっています。そ
んなことを気にしていては、能率が上がりません。片方の足で
こすり落とすくらいです。池に水のある間に汲まぬと、その年
はダメです。これが末期の水です。水の切れ目が命の切れ目
です」
 「命がけで汲んだ水は数日にして無くなり、10日過ぎると
稲の葉が黒くなってよれる。万策尽きて神頼み、笛や太鼓で
氏神様に雨乞いの祭り。馬鹿げたことだが、その頃は他に何
の仕事もない。それから10日も拝んでいると稲はすべて枯れ
てしまう。昭和19年、22年の干ばつ、敗戦、食糧不足で遂
に用水建設運動に踏み切った」(久野庄太郎『躬行者』)

そして、久野氏は心血注いで、まさに人生をかけて、
愛知用水建設運動を展開した。

挙句の果てには、全財産を使い果たし、
破産してしまった。

それでも、彼を動かすのは何だったのか。

それは、共同体感覚であり、公共心であると思う。

全財産を使い切りまでやったということは、
まさに自分を完全に忘れ、公の利益のために、
身をささげた。

アドラーのいう
「自分を忘れ、他者に関心を移す」
ということであり、

他者への貢献、それをやり続けることにより、
自分の価値を見出し、自分を受け入れることが
できるのではなかろうか。

自分もいくつかの共同体に属している。

家族、夫婦、会社、地域社会、国、人類、
それだけではなく過去の人々、未来の人々ともつながっている。

今、水道をひねれば、水が出る。
スイッチを入れれば、明かりがつく。

これらを成し遂げるまで、どれだけ多くの人の苦労が
存在したことか、、、、。

先人たちが心血注いでくれたおかげで、今の我々の生活がある。

そして、今我々が住んでいる社会を、未来の子供たちが
引き継いでいく。

鹿や馬が生まれるシーンを見たことがあるだろうか。

産み落とされた瞬間に立ち上がり、歩こうとする。

人間が、歩けるまでにどれだけかかるか。

それだけではない。社会で生きていくために
いろんな知識や経験を積んで一人前になるまで、
周りの多くの人のサポートがいる。

それだけ、自分というのは、社会からいろんなことを
授かっていることになる。

オオカミに育てられた少年は、オオカミのような習慣を身に着けてしまう。

中国人は、中国人らしく、日本人は日本人らしく、
何が言いたいのかというと、それだけ人間というのは、
その社会が育てるということになる。

自分というモノは、何層にも何層にも、
いろんなひとの影響を受けている。

これだけ影響を受けている以上、
自分というモノは、本当に自分といえるのか。

本や文字がある以上、現代生きている人だけでなく、
例えば法然さん、親鸞さんなどの影響も
私達は受けていることになる。

そのような社会というモノ、人間の意識の共同体というのか、
そういうものを少しでもよくすることに自分の持てる力を
使ってみたら、もしかしたら自分を忘れることができるのでは、、、。

共同体感覚、公共心というのは、日本人にとって、
自分を忘れ、煩悩から離れれる最たる方法だったのかもしれない。

それが、日本人のある意味、精神安定剤だったような気がする。

posted by hide at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月03日

「幸せになる勇気」、「嫌われる勇気」とは同じことらしい、、、。

「幸せになる勇気、嫌われる勇気とは、実は
おなじことなんだ。ダメなことばかり指摘する、
できないことばかり指摘する、理想の子供や
部下をイメージし、現実の相手から、
引き算でしか見ない」

・・・・・・・・。
また、
「自分を嫌う人がいるということは、
自由に生きている証し。
それぐらいの代償を払わなくてはならない。
それくらいの覚悟をもって生きなければならない
。」

・・・・・・・・。

これは、先週までシリーズでやっていた
NHKのEテレ「100分で名著」のアドラーの心理学で
言っていた言葉だ。

なんとなく、各々思い当たる節があるのでは、、、。

たとえば、人の陰口ばかりたたいて狭い世界でしか、
生きようとしない集団がいるとする。

そこから、離れれば、自分もたちまち陰口をたたかれ、
村八分にされるとする。

正直、それは怖い。

でも、いつまでも、そんな集団に依存していて、
いいのだろうか、、、。

その集団を変えるのもあなたの勇気では、、、。

飛び出してみないと、分からない世界がいっぱいある。

たとえ失敗しても、自分の考えで、自分の足で立つという
ことが、どれほど大事なことか。

いつまでも、噂話の世界だけで生きていては、
何も見えないし、何も感じない。

それに、「捨てる神ありゃ〜、拾う神〜」という
ことばもあるのでは、、、。


posted by hide at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月26日

「ひとりになれない人間は比較地獄に陥る」、、、。深い言葉だね〜。

 宗教学者の山折哲雄氏の著書
「ひとりの達人のススメ
ひとりには、覚悟から生まれる強さがある」


の中にこんなことが書いてあった。

ひとりになれない人間は比較地獄に陥る
          (P.156〜157)


戦後の変化といえば、テレビ文化の波及もそのひとつ。
家庭の娯楽の主役はラジオからテレビへと移り変わり、
映像が巨大な影響力を持つようになりました。
テレビという視覚を重視したメディアです。そして、
現代人は視覚を過剰に重要視し、視覚にふりまわさる
ようになった。
 もちろん、人は基本的に、朝起きてから夜寝るまで、
目を開けています。たえず視覚を使って眼前にある
何ものかを見て、さまざまな判断をしている。
もし、一人が嫌いで、常に誰かと一緒にいるとすると、
どういうことが起きるのか。
 視覚は人間を比較に誘います。この人は(自分よりも)
いい服を着ている、あの人は(自分よりも)容姿が
整っている、、、、。視覚で判断すると、容貌や才能、
環境などの違いが歴然とします。そのことに耐えられない
人が多いはず。人間は平等だ、平等だと教えられてきたにも
かかわらず、現実を見ると、何から何まで違う。だから、
ひとりになれない人間は、結局は「比較地獄」に陥ることになる。
たえず他人と自分を比較せずにはいられない。比較して、
自分が劣っていても、現実はどうすることもできません。
すると、恨みつらみがつのって、「嫉妬地獄」に移行して
きます。さらには、誹謗や中傷、陰口などの井戸端会議で、
自分より優れていると判断した人を引きずり下ろそうとする。
 このような、群れの関係がしばしば陥りがちな「嫉妬地獄」
から身を話すためにも、ひとりの時間は大切だと思うのです。

なるほど、なるほど、、、。

斎藤ひとりさんが、こんなことを言っていた。

「ダメな人は、すごい人と比較して、自分がだめだだめだと思ってしまう。
しかし、例えば私はインターネットができないが、もし自分が
今日、パソコンのスイッチの入れ方を覚えたとすれば、
昨日よりも素敵な自分になったと言える。そのように、自分を
ほめることができれば、素敵な人生になるのでは、、、。」
と、、、。

今の現実に満足している人って、どれほどいるのだろうか。

人間って、もっともっとの動物である。

何かを手に入れても、いずれはそれに満足できず、
さらなるものを求める。

それには、切がない。

それよりも、冷静に自分を見つめること。

たまには、ひとりになって、しっかりと自分と向き合うこと。

逆に言えば、ひとりになれる人間は、そのことが
強みなのかもしれない。

例えば、強制圧力ってどこの集団でもあると思う。

例えば、みんなで寄ってたかって、ある人を
村八分にしようとする。

そんな時に、やはり集団側についていないと、
いずれは自分がやられることになる。

さあ〜、どうするか?

一緒になって、一人の人の陰口をみんなと一緒に、
たたきながら、嫌がらせをし続けるのか?

そのような噂話の世界観の中で、どっぷりつかっていて、
自身の成長はあるのか。

仲間外れにされるのは、誰でも怖い。

しかし、勇気をもって自分の考えで行動すれば、
もしかしたら逆に自由になれるのでは、、、。

もし、その集団に嫌われても、それは世間話、噂話の世界からの
脱却できるのでは、、、。

嫌われるって、逆に言えば、自分を自由にすることでもある。
誰かからの束縛から、勇気をもって離れる、もしくは
そのことに左右されない、いわば自身の自立だ。

みんなと一緒でないと、怖い、と思う人が多いと思う。

しかし、将来的に、自身の考える力をつけることがどれほど
大事なことか、、、。

また、集団に依存し続けること、ただ常に強いものに
はびこるだけでは、はたして未来があるのかどうか、、、。

必ず、立ち行かなくなってくる。

ありのままの自分を受け入れ、自身の価値観で生きた方のが、
より心が軽くなるのでは、、、。
ただ、噂話の世界だけで生きているだけでは、
自身の成長などありえない。

自分が成長すれば、周りが変わる。

周りが変われば、また自分にも何らかの影響を与える。

「比較」って、ただ劣等感の塊になるだけの比較であるならば、
心が貧しくなるばかり、、、。

確かに劣等感というのは、原動力にもなる。

しかし、その原動力をいつまでも、劣等感に頼っていたのでは、
喰っても喰っても喰いらないような感覚になるのではなかろうか。

一人になって、考える力をつける、これって大事なことだと思う。

posted by hide at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

「アドラーの心理学」、面白いね〜!!

私は、特に「学びたい」という気持ちが強い方である。

歴史、科学、宗教、自然、生態などなど興味があることは、
多い方だが、その中でもその最上位にあるのが、「心のあり方」だ。

「心のあり方」一つで、「学ぶ」という意味での吸収力というものが、
かなり変わってくると思う。

例えば、誰であれ、自分を大きく見せたい。

しかし、その大きく見せることで、もしかしたら、
自分をがんじがらめに縛ることになるのでは、、、。

たとえば、自分の知らないことがあるとする。

日ごろから、自分は何でも知っているりのような顔をしていれば
いざという時に「それって、どういうこと。教えて」と、
素直に言いづらくなる。

必要以上に、背伸びしない。私が特に気を付けていること。

そのように、感情をコントロールするのも、
常日頃から、心をしっかりと整える癖を
つけた方が大事。

私は、もう20数年、毎日日記をつけている。

日記というのは、自分との対話だと思う。

自分の感情、心のあり方など、よくよく整理する。

なんで、そんなに悩むのか?
何で、そんなに怒るのか?
その感情の根源は、何なのか?

自分自身の心の動向をしっかりと観察することによって、
人としての心をあり方をある意味学んでいるのかもしれない。

「日記を25年もつけている」なんて、自分で言うのも何だが、
なかなかやれることではない。

では、なぜ続けられたのかというと、やはり自分自身にある
「劣等感」だ。

私は、若いころ、けっこうな問題児だった。

自分の感情を上手く抑えることができる、いろんな問題を引き起こしてきた。

特に、怒りだ。

そんな中で、「何でみんなそんなに平然といられるんだ」
「なんで、みんなそんなに怒らないんだ」、
なんだか、自分がみんなと違う、自分だけ異常なのではないのか、
そんなような劣等感が強かった。

さらにこのまま、社会で自分が生きていけるのか、
また何らかの問題を起こしてしまうのではなかろうか、
そんな不安を強く抱いた20代前半の頃だった。

そこから、「変わろう」と決意した。

そして、この20数年、一番の相棒が日記だったのかもしれない。

今日は、アドラーの心理学のことを書こうと思う。

アドラーって聞いても、ほとんどの人が分からないのでは
なかろうか。

日本では、フロイトなどが、とても有名だが、
最近とても注目を集めているという。

現在、NHKのEテレで、100分で名著という番組で
アドラーの心理学をやっている。

「心理学の自家中毒」という言葉を聞いたことはないだろうか。

心理学って、結構人気があり、多くの人が興味を持ち、
中にはカウンセラーを目指す人も、けっこういる。

しかし、正直なところ、知識に振り回されている人も
多いように思う。

私も、むかし、心理学を学んでいる人の会合に何度か出たことがある。


その会合には、会社での人間関係でトラブり、
数年間、心理学を学び続けている人、、、。

子供とうまくコミニケーションが取れず、不登校の子供を抱えている
40代のお母さん、、、。

彼らは、確かに知識は豊富であった。

しかし、勇気が足りないのではなかろうか。

現場に出る勇気、そして人との軋轢を恐れず、
立ち向かう勇気、、、。

そこからしか、本当の人に役立つような心理学というのは、
なかなか身についていかない。

例えば、心理学を長年学んだ人と、まったく無学であるが、
経験豊富なじ〜さん、ば〜さんと、もし自身の悩みを相談したとき、
もしかしたら、じじ、ばばの方が、よいアドバイスが
できるのではなかろうか。

毎日、思いっきり生きることで、いろんな壁にぶち当たる。

壁にぶつかれば、苦悩するであろう。

その苦悩を乗り越えるていく。
人生って、何度も何度も、その繰り返し。

悩み苦しんだ経験が多いほど、喉から手が出るほど、
何らかの真理を求めるようになる。

「必要は習得の母である」と誰かが言っていたが、
必要な時に、その必要なモノが一番吸収されやすい。

そのような体験で、身につけたモノというのは、
心の中で、結晶化し、いつまでも覚えているもの。

よく、テレビやラジオで心理学者がいろんなアドバイスを
しているが、もっとシンプルな表現でいいのではないか、
もっと、本人に飲み込みやすく、するべきではなかろうか、
というような感情を捨てきれない。

私も、心理学に関しては、読み漁ったことはあるが、
実際、ここ数年、遠ざかっていたところがある。

話を、アドラーの心理学に戻すが、
最近、NHKのEテレでアドラーの心理学をやっている。

しかし、このアドラーの心理学というのは、
とても実践的だ。

とても大事なのは「勇気」だ。

心を動かすのは、「劣等感」だ。

人間として生きる以上、「その劣等感」は
常に持ち続けるもの。

劣等感って、誰でも持っている。

アドラーが身体能力が非常に要求されるサーカスの人々の
調査をやったとき、そのほとんどの人が、小さいときに
「身体的劣等感」を持っていたという。

それを何とか、感服するために、体を鍛えて、
サーカスができるようになったらしい。

「劣等感」というのは、心に大きか負荷を与える。

その反面、このままではいけない、というような危機感から、
何かを始める原動力にもなりえる。

「劣等感」とうまく付き合うこと、
そのようなことを番組の中で語っていた。

そのアドラー心理学の100分で名著も、4回の構成で、
まだ、一回目と二回目しか見ていないので、
全体のことは分からないが、見る価値があるような気がする。

今日、三回目がやるのではないかな〜。
夜遅いので、多分、寝ているだろうが、
しっかり録画しておこうと思う。

posted by hide at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月11日

「上手な死に方」について、、、。

「上手な死に方」なんていう題で、ブログを書いたりすれば、
「こいつ死ぬつもりなのか」と、思われるかもしれないが、
全く逆である。

まだまだ、やりたいことも学びたいこともいくらでもある。

「生者必滅」と言われるように、生きている者は、
死なないものはいない。

むしろ、必ず自分が死ぬということをしっかりと認識していれば、
残された時間、残された人生をより大事にするようになると思う。

生死についてなら、宗教学者の山折哲雄さんか、
あの「バカの壁」の解剖学者、養老孟司さんの本なんかが、
参考になる。

「山折哲雄」さんの本を、図書館で検索していたら、
「いのちの対話 死に方上手」という本があったので
借りてきた。

複数の人の対話を載せている本であるが、なかなか
参考になることもあったので、紹介しようと思う。

上智大学名誉教授、アフファンス・デーケンさんが、
ユーモア精神たっぷりに次のようなことをおっしゃるという

「ミナサーン、イイデスカ。キョウハ厚生労働省で調べテキタ、
大変貴重ナデータガアリマス。ミナサン、メモノ用意ハ
イイデスカ?大権貴重ナデータデス。人間ノ死亡率ハ
100%デス」(笑)

と、、、。

ケガレの思想がある日本人にとって、
「死」というモノは、縁起でもないことと、
潜在的に思う人がほとんどではなかろうか。

「死」をタブー視しすぎると、やがて死んでいく身のうえである
以上、残してきた者たちにいろんなことを語り残すことが
出来ないのかもしれない。

また家族が「死」を迎えようとしているときに、
ただやみくもに猛烈会社のように「がんばれ、がんばれ」
を繰り返すだけでは、ますますその本人に対して、
「孤独感」を感じさせるのではなかろうか。

自分の身内にも、もし元気なうちに
「どのように死にたいか」ということを、
語り合えていたら、死に対する苦痛というモノが、
かなり軽減されるのではなかろうか。

「死」とは、年老いて、病気になり、多くの親しかった
人たちとの別れがともなう。

「死」、「老」、「病」、「死」どれをとっても、
現在家族に囲まれ、健康で体が動く、私達にとって
大変なことが一機にその時期に、自分の身に
のしかかることになる。

多くの人を患者さんを看取った諏訪中央病院名誉院長の
鎌田寛さんは、こんなことをおっしゃっている。

「もちろん今でも患者さんを助けることが
僕ら医師の最大の仕事です。でも、結局人間は歳をとるし、
150年も200年も生きられません。だとすれば、
最後の時は自分はこういうふうにしてほしいなとか、
あるいは自分のたいせつな父や母にはこうしてあげたいな
とかということを、ご飯を食べながらでも語り合えると
いいですね・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おれは徹底的に病気と闘いたいからね」と家族に
言っておけば、最新設備を使ってがんばる最高の
医療を受ければいいのではないか。でも
「あんまり闘いたくないな」という考えを持った
年老いたお父さんやお母さんは、家族が守って
あげてもいいんじゃないかなという気がします。」
と、、、。

そして、鎌田さんの義父の死に方について
紹介されていた

「僕の女房の父親が肝臓ガンになったときに、
「おれは歳だから病気が見つかっても手術は
もういいよ。でも生きたいから」と、手術せずに、
肝動脈の人工的塞栓術(肝動脈の一部を塞ぎ、
がん細胞に栄養が行かないようにする治療法)を
しながら3年半過ごしました。そして最後に
「もういいよ」と言って、その処置を止め、亡くなり
ました。新しく建てたアパートを長男に譲るのに
税金がかからなくなる時期まで頑張ってくてた
ということが、あとでわかりました。父の、
子への優しさでした。その時間が過ぎてから、
「もうあんまり無理な治療はしなくていいよ」と、
父はぼくに言いました。病気が重くても、ゴルフが
好きでゴルフをやったり、娘を連れて温泉に行ったり、
絵が好きだったから美術館を歩いたりして、最後は
家族みんなを集めて歌を歌いたいといって、
病院の一室でみんなで歌を歌い、お風呂に入れて
と言って、僕の女房が背中を流してあげて、
そして昏睡状態に入ってなくなった。すごい
「死に方上手」だなと思います。全部自分で
選んでいるんですよね。」

と、、、。

なぜ、そのように上手に死ねるのか、

私もいづれ死んでいく身、死についてしっかりと
した知識、認識、死生観などが必要ではなかろうか。

嵐山光三郎氏が「死ぬための教養」という本を
出しているとのこと。

図書館で調べてみようと思う。
posted by hide at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月04日

納棺夫日記の中で見つけた正岡子規の言葉!「悟るとは、平気で生きること」、、、。

 映画「おくりびと」の原作本とされる
納棺夫日記の中で出てくる、正岡子規の言葉を紹介したい。

その言葉は、子規が亡くなる二日前、
病魔にもがき苦しむ中でのモノらしい。

「悟りというのは、いかなる場合にも平気で死ぬることかと
思っていたのは間違いで、悟りということは
いかなる場合にも平気で生きていることであった」
と、、、。

深い、言葉だね〜。

たしか、禅宗の偉いお坊さんが、死ぬ間際、
お弟子さんが、今の心境を尋ねたところ
「死にたくない、死にたいくい」
と、なげかれたとのこと。

お弟子さんは、素晴らしい悟りの境地について、
聞けるのだと思ったが、なんだか拍子抜けしたという。

まあ〜、それが禅宗なりの禅問答だったのかもしれない。

死に対して、恐怖というモノは、どんな修行を積もうとも、
つきまとうモノ。

それよりも、今を平気で生きなさい、

その延長上に、死があるようなというようなメッセージの
ような気がする。

周りを見ていると、いつまでたっても、過去にあった出来事で
悩み続けている人がいる、
怒り続けている人がいる、
悲しみ続けている人がいる。

今、その悩み、あなたに必要?
今、その怒り、あなたに必要?
今、その悲しみが、あなたに何をもたらすの?

それらのことにこだわり続けると、
損をするのはあなた自身ですよ。

そんなこと、無理やりでも放り投げてちゃいな〜、
そして目の前のことに全力で取り組んでみたら。

悩みは、あなたの体をしばりつける。
怒りやは、あなたの視界を極端に狭める。
悲しみ、見栄やチンケなプライドなど、あなたの成長を止めてしまう。

世の中の見方、人の見方など、自分のモノサシ一つで
どれほど変わることか。

深い悩み、怒り、悲しみを抱えて、あなたが死を迎えるとする。

そのまま死ねば、確実にこの世での執着にがんじがらめに縛られ、
昇華できず、その執着を引きづりながら、あなたの魂は、
この世をさまようことになる。

まあ、それが本当か嘘かわからないが、
通常、死というのは、老、病、別れも伴い
自身の人生において、津波や台風、大地震が一気に
来るようなもの。

体がまったく動かず、いくつもの管を体につけられ、
何日も何日も、病院のベットの上で、あなたは耐えられますか?

そして、家族や友人との別れ、
何で私だけ、みんなを残して、お別れしなくてはならないのか、
その無情さにあなたは耐えられますか?

思いっきり生きて、しっかりと心を整える習慣をつけておかないと、
その人生最大の難局に耐えれることはできやしない。

そういう意味でも、正岡子規がいう「悟るとは平気で生きること」
理にかなっているのではなかろうか。


posted by hide at 18:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月03日

霊峰富士の魅力!「草木国土悉皆成仏」、、、。

先日、静岡県に行ってきた。


IMG_0471.JPG


これが、美保の松原から見た富士、、、。


IMG_0435.JPG


静岡市内からも、街のバックに、これほど大きく、
美しく見える。


IMG_0409.JPG


そして、これが日本平から見た富士だ。

富士をバックに、このように石に
「草木国土悉皆成仏」と書かれている。

いいね〜。

このような美しい山を見ていると、
その山の頂上に、「極楽浄土があるのでは、、、」
昔の人は、あこがれたのではなかろうか。

それが、山岳信仰が生まれた一つの要因なのかも
しれない。

しかし、この美しい富士山も穏やかな表情ばかりではない。

数百年に一度は、真っ黒い煙を吐いて、噴火する。

周り一面を暗闇の中に引きずり込み、それが長く続けば
農作物にも被害を与える。

科学的な知識もない昔の人は、富士山が「怒った」と
感じるのではなかろうか。

なぜ、富士山が怒ったのか、もしかしたら、あの木を勝手に切り倒したから、、、。
あの動物をいじめたから、、、。
あの恨みを持って死んでいった人の祟りでは、、、。

いろんなことを考えたのであろう。

では、その恨みや怒りを鎮めるために昔の人々は、
山、川、海、動物、また人間まで神として祀る。


105-0514_IMG.JPG


このような穏やかな海から、突然大きな壁のような津波が
押し寄せてくる。

昔の人は、「海が怒った」、と感じるのでは、、、。


101-0129_IMG.JPG


このような川も、日本ではいたるところで氾濫する。

昔の人は、「川が怒った」と感じるのでは、、、。


CIMG6969.JPG


突然、大地が揺れ、多くの家屋が崩壊し、いたるところで火の海、、、。

昔の人は、「大地が怒った」と、感じるのでは、、、。

我々日本人は、そんな環境で、自然と共に暮らしてきた。

その自然が恐怖だけではない。

昨年のNHKスペシャルで、縄文時代の三内丸山遺跡についてやっていた。

「自然を破壊することなく、これだけ長く文明を維持した例は、
奇跡である」
と、専門家が言っていた。

世界では、栄えては衰退した文明などいくらでもある。

その中で、三内丸山遺跡というのは、異例ともいえるそうだ。

それを、可能にしたのが、日本の豊かな自然である。

住居の周りに、栗を植え、海の幸、山の幸、その季節により、
バラエティーに富んだ豊富な食糧が存在した日本の豊かな自然、、、。

他の文明は、大地を切り開いて、農耕を進め、燃料として
森林を伐採しつくす。

それにより、土が荒れ、森林がなくなり、消滅してしまう。

農耕にしろ、日本は稲作だ。

日本の国土の七割が森林。
そして、残りの平野に、梅雨の時期などには、水が
溢れかえる。

その平野を水田に造りかえて、集団で協力しながら、
大地にしがみつくように生きてきた。
村を形成して生きてきた。

溢れかえる水を治め、その水で水田をして
生きてきた。

そして、何年も連作できる稲作。

日本にとって、稲作は、日本に適した農業であり、
持続可能なモノであった。

天災がしょっちゅう起きるおっかない自然環境であるが、
それと同時に多くの幸をもたらしてくれた。

そんな自然に対して、愛着と畏敬の念をもち、
草にも、木にも、大地にも、動物にも、
仏性があり、仏になれるというのが、日本の思想だ。

そして、ミラクルピースと呼ばれた徳川三百年に、
内向きではあるが、平和の思想を確立された。

豊かな自然が縄文文明、稲作、
そして300年というミラクルピース、このあたりが
日本人の思想に大きな影響を与えた。

今、その日本人的な思想がとても、
世界に必要とされているように
強く感じる。

posted by hide at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

「死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で一人ぼっちで死と対峙するようにセットされている」、納棺夫日記を読んで、、、。

年末の大掃除のご褒美として、何年か前に読んだ
「納棺夫日記」という本を見つけた。

これは、映画「おくりびと」の原作本で、
その主演の本木雅弘さんがこの本を読んで、深く感銘を
受けて、映画化になったと聞く。

それだけ、非常に深い本だ。

その中のある部分を紹介したい。

最近とみに、ぶよぶよとした死体が多くなってきた。
ナイロンの袋に水を入れたような、青白いぶよぶよ死体である。
 私が初めて湯灌・納棺の仕事を始めた昭和40年の初期には、
まだ自宅死亡が5割以上もあって、山麓の農家などへ行くと、
枯れ枝のような死体によく出会った。肌色も柿の木の枯れ枝の
ように黒ずんでいた。
 そんな遺骸が、暗い奥の仏壇の間に、くの字となって
横たわっていた。
 寝棺に納めるのが大変であった。腰が海老のように曲がった
ままのため、棺窓から顔が見えるように納めるには、腰を
伸ばさないと上向きに寝かせられないのである。膝が出っ張るか
頭が出っ張るかで蓋が閉まらない。
 子供の頃から何十年も、田畑にへばりつくように生きてきた
証である。農村の老人のほとんどが腰を曲げて歩いていた時代、
やはり座棺の方が適していたように思われる。特に丸いお風呂桶型の
棺などは最適であったはずだ。
 そんな農村での老人の死体は、遺骸という言葉がぴったりで、
なんとなく蝉の抜け殻のような乾いたイメージがあった。
 しかし、わが国経済の高度成長とともに、枯れ枝のような死体は
見られなくなっていった。
 今日、事故死や自殺以外は、ほとんど病院死亡である。昔は
口から食べ物が取れない状態になったら、枯れ枝のようにやせ細って
ゆくしかなかったが、今では点滴で栄養が補給されるため、以前の
ように極端にやせ細った状態にならない。
 どう見ても、生木を裂いたような不自然なイメージがつきまとう。
晩秋に枯れ葉が散るような、そんな自然な感じを与えないのである。
 それどころか今日の医療機関は、死について考えさえ与えない。
 周りを取り巻いているのは、生命維持装置であり、延命思想の
医師団であり、生に執着する親族たちである。
 死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で一人ぼっちで
死と対峙するようにセットされる。しかし、結局は死について
思うことも、誰かにアドバイスを受けることもなく、死を
迎えることとなる。
 誰かに相談しよと思っても、返ってくる言葉は
「がんぱって」の繰り返しである。親族が来て「がんぱって」と言い、
その間に看護婦が時々覗いては「がんぱって」となる。
 癌の末期患者に関するシンポジウムかなにかだったと思うが、
国立がんせんたーのH教授が発言した言葉だけを覚えている。
 ある末期患者が「がんぱって」といわれる度に苦痛の表情を
しているのに気づき、傷み止めの注射をした後、
「私も後から旅立ちますから」と言ったら、その患者は
初めてにっこり笑って、その後顔相まで変わったという話であった。
 こんな先生は減多にいないわけで、集中治療室などへ入れられれば、
面会も許されないから「がんばって」もないが、無数のゴム管や
コードで機器や計器につながれ、死を受け入れて光の世界に彷徨しようと
すると、ナースセンターの監視計器にすぐに感知され、バタバタと走って
きた看護婦や医師によって注射をうたれたり、頬をぱたぱた叩かれたり
するのである。
 折角楽しく見ていたテレビの画面をチャンネルを無断で変えられるような
ものである。<生命を救う>という絶対的な大義名分に支えられた<生>の
思想が、現代医学を我がもの顔ではびこらせ、過去に人間が最も大切に
していたものを、その死の瞬間においてさえ奪い去ってゆこうとする。
 美しい死に方どころでないのである。
     (納棺夫日記 P62〜65)


「死に直面した患者にとって、冷たい機器の中で
一人ぼっちで死と対峙するようにセットされる」


「誰かにアドバイスを受けることもなく、死を
迎えることとなる」


「朝から晩まで、猛烈会社の営業部のように
「がんばって」と繰り返される」


なかなか、考えさせられる文章である。

解剖学者の養老孟司がこんなことを言っていた
「現代生活の中で、『死』を生活空間から排除している」
というようなことを言っていた。

たしかに、家で死ぬ人はいなくなった。

人はみんな老いて、病気になり、死んでいく。

それが、なんだか身近でなくなってしまった。

だから、多くの人が「死」ぬということ、老いるということの
イメージが湧きづらくなってきているのでは、、、。

十数年前、うちのおばあさんもそうだが、
家で七年間寝たい切り状態の後、
家でなくなっていった。

それを見ていて、やはり何か私の中で、影響を受けている。

うちのおふくろの兄弟姉妹も、8人中、4人が子供の頃
亡くなった。

うちのおじいさんの兄弟もそうだ。

昔は、死というモノがもっと身近にあったように思う。
それが家の中にあった。

そんな環境の中で、育てば、やはり「死」というモノに
向き合いやすくなる。

うちのおじいさんもおばあさんも、死ぬ前からい
黒縁の額に入った葬式用の写真を自分で用意していた。

写真だけではなく、白装束もだ。

「いずれ自分が死んでいく」ということをしっかりと自覚して
いたと思う。

病院で死ぬということ、はたして本当に幸せなのだろうか。

おじいさんも亡くなる週間ほど前、入院し、その後病院で
亡くなっていった。

亡くなる数時間前、意識がなく、亡くなろうとすると、
心臓マッサージのようなものをかけて、生き返らせる。

そして、おじいさんも意識がないのにわずかな声であるが
「痛い、痛い」と、言っていた。

もっとひっそりと死にたい、
もっと自由に死にたい、

もしかしたら、多くの末期患者の人などは、そう思っているのでは
なかろうか。

もしかしたら、孤独死の方がいいのでは、、、
と思う時もある。

死ぬ直前になって、みんなに「がんばって、がんばって」
と、大合唱され、苦しい中、これでやっと死ねる、と思っても、ブザーが鳴って、
看護婦さんやお医者さんがかつけて、延命のための処理をされる。

そうなれば、苦しい中、やっと死ねる、と思っても、
生きながらえなくてはならない。

人の「死」というモノは、いろんなしがらみがあると思う。

看護婦さんやお医者さんも、そりゃ〜大変な職業だ。

夜中でも、懐中電灯一つ持って、各病室をまわる看護婦さん。
手術にしても、診察にしても、一つ間違えれば、
大変なことになってしまうお医者さん。

しかし、死を直面した人が、本当に望むことというのは、
いささか違うのかもしれない。

病院側にも、立場がある。

親族、家族にもそれぞれ立場がある。

そのそれぞれのしがらみの中でしばられながら、
一人の人が死んでいく。

もっと静かに死にたい、もっと自由に死にたい、
もっと、心豊かに死にたい、
もしかしたら、そんな風に思っている人が
多いのではなかろうか。

それと、死、老、病、別れ、これらのことが、
人生の最終盤でいっぺんに来ることになる。

その不安というのは、計り知れない。

そんな中で、孤独に死んでいくことになる。

「がんばって、がんばって」といわれても、
誰もこの不安と苦しみを分かってくれていない、
と感じるのでは、、、。

死に直面して、表面的なことなど、どうでもよい、
当たり障りのない励ましの言葉など、どうでもよい、
それよりも、私の現実を分かってもらい、
その上で、残り少ない時間の中で、
何かを伝えたい、と思うのではなかろうか。

あるお坊さんが、
「身内の人が死んでいくというのは、いずれあなたにも
死が訪れるんだよ、ということを、分からせるために、
身をもっておしえているんです」
というようなことを言っていた。

生きるとは、死ぬとは、どういうことなのか。

「やがて死ぬ」ということも、しっかりと理解しないと、
そのようなことは、語れない。

タイの小乗仏教では、お坊さんの修行の過程で、
水死や餓死など、いろんな死にざまを写真で、
見せるという。

「生きる」ということの対極にある「死」を
しっかりと認識してこそ、限られた命、
限られた時間ということが理解でいる。

私も「死」まで、あと30年、思いっきり人生を
使い切ろうと思う。

posted by hide at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月29日

ある末期癌患者の女性の詩、、、。青木新門氏の「納棺夫日記」の中で。

映画「おくりびと」の原作本といわれる
青木新門さんの著書「納棺夫日記」の中に、
ある末期がん患者の女性の詩が書いてあったので紹介したい。

<生死>

死というモノを自覚したら、生というモノが
より強く浮上してきた。
相反するものが融合して、安らげる不思議さ、、、。

<仲間>

死という絶対平等の身にたてば、誰でも
許せるような気がします。
いとおしくいきかう人もなにか温かい思いが
あふれ出ます。


何も思い残すことはない、
もう充分

啓介も、、、大介も、、、慎介も、、、
マミも、、、あなたも
みんな南無阿弥陀仏の諸仏になって
あなた方を育てましょう
 私は
私は真弥の南無阿弥陀仏になります
私は啓介の南無阿弥陀仏になります
私は大介の南無阿弥陀仏になります
私は慎介の南無阿弥陀仏になります
私は真吾さんの南無阿弥陀仏になります
・・・・・・・・・・・・・・・
門徒の方 有縁の方々の
南無阿弥陀仏になります
思い出したら、南無阿弥陀仏と呼んでください
私はいつもあなた方に南無しています

  鈴木章子著
『癌告知のあとで-私の如是我聞』
    探求社刊より

この詩は、鈴木章子さんとという真宗のお坊さんが
乳癌を告知されてから書かれた作品である。
四年間も死と戦い、死を受け入れようとした瞬間の
ものであるとのこと。

なんか深いね〜。
posted by hide at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする