2016年06月30日

高まるプーチンの重み!トルコ大統領、トルコ軍機によるロシア機撃墜に対して謝罪を表明。

 先日の中日新聞の記事には、驚いた。

「ロ機撃墜 トルコ大統領謝罪」
会計改善に意欲 プーチン氏に書簡


このような記事が載っていた。

この事件に関して、多くの方が忘れられていると思うので、
もう一度おさらいしてみようと思う。

次の記事をお読みください。

http://jp.sputniknews.com/trend/turkey_military_aircraft_crash/

トルコ国境付近でロシアのSu24が墜落


2015年11月24日、ロシア機スホイ24が、シリアで墜落した。
ロシアのプーチン大統領は、ロシア機について、シリア上空でトルコの
F−16戦闘機の「空対空」型ミサイルによって撃墜され、トルコとの
国境から4キロのシリアで墜落したと発表した。プーチン大統領は、
テロリストの共犯者たちによる「裏切り行為だ」と指摘した。

ロシア国防省の声明によると、パイロット1人は脱出して降りる最中に
地上から攻撃されて死亡、またパイロットの救助作業を行っていた
ヘリコプター「ミル8」も攻撃され、作業に参加してした海兵隊員
1人が死亡した。


ロシアがシリアでイスラム国と戦っている真っ只中、
トルコがその最前線で戦っているロシアの空軍機を
打ち落とした。

次の記事によると

http://www.afpbb.com/articles/-/3068915

【12月3日 AFP】ロシア国防省は2日、トルコのレジェプ・タイップ・
エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領とその家族が、
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」との違法な石油取引に
関与していると非難した。トルコによる露軍機撃墜をめぐる両国間
の対立は、激化の一途をたどっている。

 ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は
これまでにも、トルコが露軍機を撃墜したのは、トルコ領内への石油供給
ルートを守るためだったと非難していたが、エルドアン大統領の直接の
関与を指摘したのは、今回の国防省の発表が初めて。

 アナトリー・アントノフ(Anatoly Antonov)露国防次官は記者会見で
「正当な所有者であるシリアとイラクから盗まれた石油の主要消費国は
トルコだ」「入手した情報によると、エルドアン大統領とその家族が
この犯罪的事業に関与している」と発表。石油輸送車を捉えた衛星画像を
巨大なスクリーンに映し出したが、エルドアン大統領がこうした活動に
どのように関与しているかを示す具体的なデータは公表しなかった。

 エルドアン大統領は、トルコ政府がイスラム過激派と石油取引を
しているとするロシアの主張を真っ向から否定し、真実と証明
されれば辞任すると述べている。
(c)AFP/Maria PANINA with Colin BERTIER in Nicosia




トルコの隣国であり、トルコよりもはるかに力のある国である
ロシアの空軍機を打ち落とすなど、そうやすやすとできるはずではない。

やはり、バックにはアメリカの存在を意識した行為なのであろう。

このトルコ、ロシアの問題からしても、
明らかにアメリカの力は落ちてきている。

ソ連が崩壊し、世界唯一の超大国となった米国、、、。

「祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ」

平家物語の冒頭の文であるが、
「永久不変なものはない」、
「栄華はつづかない。栄えていてもお落ちてゆく。」

という意味を描いているようだが、
日本の歴史、世界の歴史を振り返れば、
栄華を極めた人々が、永遠に栄え続けた例などない。

その最大の原因は、「慢心」だと思う。

傲慢になれば、周りの人の気持ちが分からない、
環境が変わったことに気が付かない、
いつまでも、以前の成功例にしがみつこうとする。

そして、もがけばもがくほど、地に落ちていく。

それに引き換え、ロシアのプーチンさんは、非常に辛抱強く、
周りを見ている。

今、自分が何をするべきか、冷静に判断し、着実に実行している。

そうなれば、時間が経てば経つほど周りから信用を
得ることができる。

世界は、確実に変化しているように思う。
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2016年06月24日

震源地は英国、世界に拡がる反グローバリズム!!

 なんだか、すごいことが起こった。

何だかんだいって、英国はEUに残留するのであろうと、
ばかり思っていたが、蓋を開けてみると、
なんと、「離脱」だという。

やるね〜!

中国が主催するAIIBにも、イギリスの参加で、
一気に流れが変わった。

イギリスでは、いったい何が起こっているのだろうか?

ヨーロッパで、一番、米国にベッタリというイメージだっ
たのだが、もしかして、功利主義的なイギリス人の
感覚からすると、すでにアメリカを見限ったのだろうか?

生き馬の目を抜くほど、目ざといイギリスなら、
時の流れを見る感覚というのに、長けているように思う。

グローバリズムとは、市場原理主義と密接な関係がある。

各国の政府の規制をトコトン撤廃し、国境なき資本家たちが
やりたい放題やれる環境こそ、大多数の人を貧困に貶め、
マネーが暴走し、長いことかけて勝ち取った人権、
国民主権というモノが、ドンドンと後退していってしまう。

「離脱」すれば、イギリス経済が崩壊するというが、
今は、逆に「規制」の方が、経済が向上するように思う。

たとえば、ロシアにより、経済制裁により、
ロシアの国内企業や農業が、成長しているとのこと。

国境を越えて、ドンドンと資本やモノが押し寄せてこれば、
結局、莫大なマネーを持っているモノが、有利になり、
結果として、グローバル企業が牛耳ることになる。

それで、本当に経済がよくなるのだろうか。

人が幸せに暮らせるのだろうか。

イギリスも、EUから離脱し、国や国民を守る「規制」を
持つことにより、確実に国内産業が向上するはずだ。

グローバリズムにより、ここ20年ほど、何が起こってきたか。

例えば、メキシコでは、畑が伝統農法から、外貨を
稼ぐため、コーヒー畑に変わってしまった。

そして、その畑では農薬や化学肥料を大量に投入するため
畑がだめになってしまい、農民が農地を離れ、
大都市近郊のスラム街で暮らすようになってしまった。

このような現象を世界のいたるところで、見かけるのでは、、、。

日本でも同じこと。

規制緩和することにより、商店街は消え、中小企業、個人経営、
農業、林業、漁業は衰退し、田舎は過疎化、抱えきれないほどの
一極集中、そして格差社会が益々拡がる。

今、守らなければならないのは、国の主権と人権である。

EUに残留すれば、イギリス自身の主権は薄まる。

さらに、EUとアメリカとの間で、秘密裏に進められている
TTIPのようなモノが、結ばれれば、99%の人にとっては、
人権など踏みにじられ、お金の奴隷のように暮らさなくては
ならなくなる。

もう世界は、アメリカだけではない。

アメリカの世界観では、もう人類の未来はない。

このイギリス決断は、歴史的に大きなモノに
なるような気がしてならない。

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2016年06月20日

まだまだ、踏ん張れ、バーニー・サンダースおじさん!99%の革命の火をつけまくれ!

 米国、民主党のバーニーのおじさんが、まだまだ大統領選から、
撤退しないとのこと。

やるね〜。アンクル・バニーに、真の目的は、
あまりにも不公平な格差社会の改善だ。

これは、もうアメリカ社会だけの問題ではない。

世界各国、そのような問題に直面し、このままいけば、
人類の未来はないように思う。

そんな中に、もう時代の要請のごとく、
サンダース氏が出現した。

それも、民主党大会ではなく、本選では
ヒラリーより強いんじゃないかとも、思える。

それに、ヒラリーには、決定的な問題が発覚した。

それは、サウジアラビアから、選挙資金の20%を
提供されているとのこと。

そんな、ヒラリーが大統領にでもなれば、たちまちに
中東は火の海、、、。

サウジアラビアと激しく対立するイラン、、、。

シリアの問題はどうなるのだろうか?

ISとの戦いについても、アメリカ政府というのは、
微妙な立場にあると思う。

こないだ、アメリカ政府内から、シリア政府を攻撃するべき、
というようなレポートが出るところだったという。

狂気の沙汰だ。

ISと今、一番戦っていて、戦い続けているのは、
アサド大統領率いるシリア政府軍だ。

シリアにアメリカの言う「穏健な反政府勢力」など、
存在しないと思う。

だって、自分がもし、シリア国民だったら、今現実に
戦っているISとシリア政府軍とどちらに、シリア国民として
味方するかということだ。

ISとは、そのほとんどが、外国から来ている戦闘員だ。

その彼らが、シリア国内で、奪略をし、殺しまくり、強姦しまくる、
そして石油を盗み、自らの強烈な思想を植え付けようとする。

そんな輩に、自分の地元を牛耳られて、多くの人は、
黙って入れるのだろうか。

もし、穏健派の反政府勢力がいるのなら、
ISと協力して、シリア政府と戦うのか?
ということ。

ISに関しては、どう考えてもアメリカが深くかかわっているように
思う。

もちろん、アメリカにもいろんな勢力がいるだろうが、
もしサウジアラビアから、大量の選挙資金を提供されている
大統領候補が、当選すれば、今後の中東は
どうなるのか、火を見るより明らかだ。

多くのアメリカの若者を、大量にまた兵隊として
中東に送り込むのか?

アフガン・イラク戦争で従軍した多くの帰還兵が
「テロリストとは、我々の方だ」
と、語っている。

バーニーさん、多くのアメリカの若者を戦争に行かせないためにも
もうひと踏ん張り、がんばってもらいたい。

今、大きく、アメリカの方向性を変えないと、
アメリカ自体も崩壊しかねない。

それに、理不尽なアメリカの行いにより、どれだけ
多くの人が苦しんでいるのか、より多くの人に
理解してもらいたい。

バーニーさん、まだまだ分かりませんよ〜。



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2016年06月16日

ヒラリー氏で大丈夫なのか?ウィキリークスによると「サウジの王家、ヒラリークリントンの選挙資金の20%を負担していた」とのこと。

https://mobile.twitter.com/naoyafujiwara/status/742528910827524097

「サウジの王家、ヒラリークリントンの
選挙資金の20%を負担していた」



https://mobile.twitter.com/naoyafujiwara/status/742530381870571520

「ウィキリークスのジュリアン・アサンジ氏、
ヒラリークリントンを訴追するに十分な証拠を出す。」



なんか、アメリカの大統領選もすごいことになってきたな〜。

今、サウジアラビアって、アメリカとは、微妙な関係のはずだ。


http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/08e26a2d92af3da8bcf50c3ba80e1450

「オバマ大統領9.11のサウジアラビア関与「28ページ文書」公表を検討」



http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/51962-%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%8C%E3%80%81%EF%BC%99%EF%BC%8E%EF%BC%91%EF%BC%91%E3%83%86%E3%83%AD%E3%81%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%82%92%E5%85%AC%E8%A1%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E6%84%8F%E5%90%91

「アメリカが、9.11テロへのサウジの関与を公表する意向」



これらの記事によると、あの9.11の事件に関しても、
サウジアラビアが関与の疑いがあり、アメリカ政府がその情報を
公開するとのこと。

そのサウジアラビアから、選挙資金を20%も、もらっているなんて
大統領選を前に、ヒラリーもかなり雲行きが怪しくなってきた。

その真相は、まだ公開されて見なければ、
分からないが、このような外国からの献金というのが、
アメリカでは法律上許されているのだろうか。

日本では、禁止されているはずだ。

考えてみれば、例えば日本の政治家が、中国から献金を受けていて、
中国に有利な政策を実行するようになったら、大変なことになる.

さらに、サウジアラビアから20%と政治献金をもらっている
ヒラリーが大統領になれば、やっと、少しはましになった
中東はどうなるのだろうか?

サウジアラビアと深刻な対立関係になる
イランにシリア、、、。

中東は、火の海になることは間違いない。

そして、ただでさえEUに、何百万人もの難民が
押し寄せているというのに、、、。

イランとシリアが再び、アメリカの強引な手法で
窮地に陥れば、ロシアも黙っているわけには
いかなくなる。

まったく周りが見えていない、アメリカの好戦派の
人々が、核のボタンを握るということになるのでは、、、。

バーニーサンダースのおじさん、まだ、降りるべきではない。

戦地に送られるアメリカの若い兵隊さんのためにも、
どうか、もうひと踏ん張りしてもらいたい。

アメリカの「政治と金」の問題について、
 3年ほど前、Eテレのスーパープレゼンテーションで
ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授が、
非常に興味深い話をしていた。

「我ら人民は共和国を取りもどさなければならない」
という題で話された。

アメリカ版、「政治と金」の問題についてだが
アメリカはすでに、ほんの一握りの富裕層に乗っ取られている、
というような話であった。

その教授がおっしゃるには、
アメリカには「二つの選挙がある」と、、、。

一つは、人民が投票する一般の選挙。

もう一つは、資金集めによる富裕層による選挙だ。

アメリカの人口は3億1100万人。

その中の0.05%の人が、大半の選挙資金を出しているのが
現実らしい。

選挙では、莫大な金がかかる。

そのお金を集められなくては、選挙には出られない現実。

さらに、政治家は自由な時間の30〜70%を政治資金集めに
費やしている。

多くの政治家が、「フリをするのが上手い」、という。

一般国民に気付かれないように、
うま〜く、うま〜く、富裕層の意にそうような政策を決定していく。

また、アメリカ議会とは、「ロビイストの二軍」とも語っていた。

1998〜2004年、上院の50%、下院の42%が
政治家が引退後、年収が1452%増加したという。

ロビイスト街に身を投じ、富裕層や企業の「御用聞き」
に、なっていくとのこと。

その乗っ取られた選挙の対抗策として、
庶民が少しづつお金を出し合った、ある候補者を
団結して応援していくしかない、とその教授は
語っておられた。

今回の大統領選挙の民主党のバーニーサンダース氏が
言うには、今では、アメリカの選挙に関する寄付金は、
上限の制限が取り除かれてしまっているという。

これでは、大富豪達のやりたい放題になってしまう。


バーニーの叔父さんは、その選挙資金は、そのような大富豪たちには、
頼らず庶民の手によって支えられているとのこと。

どこかの候補のように、外国から20%の選挙資金など
受けていない。

そのサンダース氏がアイオワで語った演説の中で、

「全国各地の人々が、350万人もの人々が、我々の選挙活動を
支えてくれたという事実に、私は、圧倒され感動しています。
BernieSanders.comを訪れたそうした人々による献金額の平均を
ご存知でしょうか? なんと、平均27ドルなんです! 我々は、
富裕層やウォールストリートや「アメリカ株式会社」の利益を
代表しません。彼らのお金なんていらないんです。」

と、、、。

まだまだ、アメリカの大統領選は、目を離せない。

そして、バーニーさん、あなたの本当の敵は、
トランプさんじゃなくて、どこかの血なまぐさいおばさんかもね。

posted by hide at 22:19| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

心を揺さぶるバーニー・サンダース氏の「変革の火」!強烈な「格差社会」を経験した人間社会は、どう変化するのか?

私の愛読マンガ「沈黙の艦隊」のなかで、一番好きなシーン。

それは、主人公である海江田艦長が国連総会で
このようなスピーチをする場面だ。

「人類は時代が行き詰まり、変化しようとするとき、
その都度、普遍的な記憶を呼び覚ますのです。
かつて地球上に、王権による支配が、、、
また、列挙の植民地がはびこっていたとき、
次の時代にむかってコモンセンスというべき
考え方が生まれてきました」
と、、、。

つまり、人類が大きく変化するとき、
その人類全体のきざまれた記憶により、
次の時代をどのようにするかという
人類全体の集団意識が生まれる
ということのようだ。

王権がこの地球上を支配していたとき、
庶民が立ち上がり、民主主義が生まれた。

人類が、列強による強烈な植民地支配を経験後、
各国が独立を果たした。

多くの人の意識が変われば、世の中が大きく動く。

その多くの人の意識を動かすのも、一割、二割の人の力が大きい。

活発で感じる力がある人たちの意識が変わることにより、
多数の人に影響を与えて時代が動く。

どの時代も、そのように動いてきた。

社会主義が崩壊し、資本主義の一人勝ちのような時代になってしまった。

金の扱いに慣れきった、ほんの一握りの人たちが、
世界を猛烈に牛耳ろうとしている。

マネーの暴走を引き起こし、果てしない謀略、戦争の数々。

今、多くの人が、そんな行き過ぎた資本主義、
グローバル主義にヘトヘト、、、。

強烈な格差社会にヘトヘトとなっているように見える。

大きな視点から見れば、今、資本主義は
終わろうとしているのかもしれない。

そんな時に、アメリカの大統領選でバーニー・サンダースが
現れた。

彼はこんなことを主張している。

この国の本当の「変化」は頂点からではなく、
いつも底辺から起こり上がって行きました。
それが米国の歴史です。
100年以上前、国中の労働者は一日14時間、
週7日の過酷な労働を強いられました。
子供たちは、工場や畑に出て働きました。労働者は
立ち上がりこう言ったのです。
「我々は馬車馬じゃない。人間だ。尊厳を守る為に
我々は労働組合を組織する」と、、、。
労働組合がこの国の中間層を作りに貢献しました。
誰からも与えられませんでした。彼らは立ち上がり
勝ち取ったのです。
 200年前、忌まわしい奴隷制度の真っ只中で、
アフリカ系アメリカ人とその支援者は、こう言ったのです。
「奴隷制度だけでなく、人種による分離、差別、偏見が
なくなる日は必ずくる。いつかそれを果たして見せる」
と、、、。
何百万もの人が立ち上がり、何十年に渡って投獄され、
殺され暴行を受け、拷問にかけられながら、抵抗して
こう言いました。
「私達は人種差別のない社会を作る」
と、、、。
 忘れがちですが、アメリカでは100年ほど前、女性に
投票権や教育を受ける権利、仕事を選ぶ権利は、ありま
せんでした。それから、まだ100年もたっていません。
「家庭にいて、出産するのが、女性の務めだ」と、
社会やエスタブリッシュメントが決めていました。
 しかし、女性は「No」と言ったのです。
女性は勇気を出してハンガーストライキをし、投獄され、
苦闘の末に亡くなった者もいました。
女性とそれを支援する男性は、こう言って
声をあげました。
「アメリカでは女性はセカンドクラスの市民ではなくなる」
と、、、。
「変化」とはこうして起こるものです。10年前に、、
ついこの間です。もし誰かがここで、この美しい公園で立ち上がって
「バーニーさん、私は2015年にはゲイ同士の結婚は米国の
50州で合法になると思う」と言ったとしたら、
「正気か?何のドラックやってんだよ」と隣にたってる人に
言われたでしょう。
しかし、ゲイとゲイでない支援者らが立ち上がり、抵抗し
彼らに向けられていた激しい憎悪の中、
今日でもノース・キャロライナやミシシッピーで
見られるような激しい憎悪の中で抵抗し、言いました。
「アメリカでは性別に関係なく、人はどんな人でも
愛する権利を得るだろう」と、、、。
 こうして「変化」は起こるものです。もっと最近の例を
上げましょう。もし5年前にこの場所で誰かが立ち上がり
「バーニーさん、国の最低賃金の7.25ドルでは、食べていけない。
15ドルに引き上げるべきだと思う」
と、言ったら
「自給15ドル!?最低賃金の2倍以上だ。正気の沙汰じゃない。
発想が大きすぎる。過激すぎる!」
「9ドルか、せいぜい10ドル、11ドル、、15ドルは高すぎる!」
と、言われたでしょう。
 ところが、どうでしょう。2年前にシアトルで自給15ドル、
サンフランシスコ、ロサンジェルスで時給15ドル。
カリフォルニア、ニューヨーク州、皆さんの州では
時給15ドル目指して正しい方向に進んでいます。
この歴史のミニ・レッスンのポイントは何でしょう?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


バーニーさんがいう「ミニ・レッスン」とはなんなのか?

我々の社会が大きな問題に直面し、体験して、
多くの人の意識が変わることによって、
大きな社会変化が起こってきた。

最初に始めた人というのは、多くの人に
そんなこと不可能だとののしられた。

しかし、歴史を振り返ってみれば、分かるように、
不可能なことではない。

むしろ、時代の流れを読み取れる、感性の豊かな人が、
先駆けとなって、行動することによって、大きな
社会変化が起こる。

社会変化とは、バーニーおじさんが言うように、
「ミニ・レッスン」、沈黙の艦隊の海江田艦長がいう
「人類の記憶」というのは、どこか似ているような気がする。

そして今、社会主義が崩壊し、資本主義の一人勝ち状態から、
より尖鋭化した資本主義による格差社会に、多くの人が苦しめられている。

では、そろそろ大きく社会が変わるのでは、ないですか?
というような時代に突入したのでは、なかろうか?

そして、バーニーおじさんが、多くの人の魂を揺さぶるような
大統領選挙を通じて、変革のキャンペーンをなされた。

さあ〜、世界はどうなるのか?

そのようなことに、期待したい。

また、希望を持ち続けたい。
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2016年06月14日

ある有名弁護士さんの娘さんの一言、「私には根拠のない自信がある」って??

先日、テレビを見ていたら、ある有名弁護士の
大学卒業したばかりの娘さんの一言

「私、根拠のない自信のようなものがる」
と、、、。

卒業祝いにと、そのお父さんが何十万の買い物に付き合わされ、
豪華な食事を食べさせている。

その娘さんの一言
「ざ〜す」
と、、、。

大学卒業後、その娘さんは女優を目指すとのこと。

「根拠のない自信」ね、、、。

まったく同世代のうちの会社の入社4年目になるM君。

彼は、焼き物が好きということで、千葉から愛知県に
やってきた。

毎日、先輩たちに怒られながら、がんばっている。

けっして、器用というタイプではなく、不器用でどんくさく、
典型的ないじめられっ子タイプだ。

しかし、愚直に頑張っている。

自身の不安や恐怖と戦いながら、懸命に流されないように、
踏ん張っているように見える。

その不安や恐怖というのは、決して悪いものではない。

心がそれらに振り回され、もがき続ければ
どこか小さな「気付き」、もしくは小さな「悟り」というモノが
心の中に湧き上がってくると思う。

それに、不安や恐怖というのは、原動力にもなる。

若いうちから「根拠のない自信」など、
かえってその人の成長を妨げるのではなかろうか。

たしかに、今まで、そのような「自信??」が持てる環境だった
のかもしれない。

しかし、それが今後どうなのか?

むしろ、若いうちにそれなりのことをやっておかないと、
後が生きていくのが苦しくなる。

それは、日常、もがき苦しみながらでも、
小さな悟りを心の中に積み上げていくこと。

誰でも、あの先輩の一言、あの上司の一言、
それがどこか教訓として、心に残っているモノ。

しかし、まったく同じ言葉を何人かの人に、
話してもそれが活かされる人とそうでない人がいると思う。

それには、受ける側の状態によると思う。

毎日、必死になって自分の課題に取り組んでいれば、
どうしても、喉から手が出るほど、教訓のようなものが
欲しくなるのではなかろうか。

他方、裕福な甘い保護者の下で育った人には、
その教訓というモノが心に残らない。

もがき苦しめば苦しむほど、教訓、小さな悟りというモノが、
心の中で結晶化し、それがいつまでも生き続けるような気がする。

もし、生まれながらして、例えば歌が上手い、とか
野球が上手いとか、そのような飛び抜けた才能があったとする。

しかし、そのような才能のおかげで、身を崩してしまった
人も、星の数ほどいる。

例えば、私と同世代の清原さん。

もったいない、本当にもったいない。

自身の不安や恐怖となぜ、もっと辛抱強く、向き合おうとしないのか。

残念でしかたがない。

自身の不安や恐怖を、入れ墨を入れて、強く見せることで
本当に解決するのか?

自分を大きく見せることで、本当に解決できるのか?

不安や恐怖の大きな特徴として、

自分 、自分、自分、、、という
意識が強くり、自分も周りも全く見えなくなってしまう。

みんなが自分のことを見ている、
みんなが自分のことをさげすんでいる、
だから、強く見せなくては、、、、。
だから、威勢を張らなくては、、、、。

それよりも、もし自分という意識を外に、周りに向けることが
出来たのなら、、、。

対照的なのは、桑田さんだ。

私の幼馴染の息子さんが、桑田さんの野球教室でお世話になっているという。

桑田さんは、非常に親身になってくれるという。

彼は、「自分を育ててくれた野球に恩返しをしたい」と
語っておられた。

そう、たとえ野球が上手くて、有名になり、ガンガンお金を稼げたとする。

しかし、そうなれたのも、本当に自分だけの力なのか?

親や先生、先輩多くの人が、支えてくれているはずだ。

さらに、ボールにバット、グローブ、野球界を発展しさせてきた人々。

もしそれらがなければ、清原さんは果たして、有名になれたのだろうか。

煩悩の大本となる過剰な自分という意識を外に向けるには、
やはり「感謝」という気持ちが大事なのではなかろうか。

そして、もし周りに対して「感謝」という気持ちが持てたのななら、
愚直に周りを活かす行いをする。

そうすることによって、周りに意識が向くようになるのでは、、、。

根本を突き詰めれば、自分など何もない。

大きな大きな人類の意識の集合体の中で、一部分で現れた
現象に過ぎない。

話が、ややこしくなるのでこの辺にしときます。

とにかくその有名弁護士の娘さん、早く気づき、
若いうちにやるべきことをやってもらいたいと思う。

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2016年06月13日

TPPによる究極の格差社会の実態、、、。大金持ちしか生きる権利がないのか?内田聖子氏、ISDS条項の実態を暴く!!

こないだ、地元の農業の会合に行っても、
「これからはTPPの時代です。どうか、皆さん、輸出品を
少しでも伸ばすよう、努力してください」
と、、、。

なんだか、悲しくなる。

TPPというのは、農業の問題だけではない。

それがどれほど、我々の生活の根底に深く関わってくるのか、、、。

多くの人が、関心を示そうとはしない。

それほど、マスコミの影響とは、強いのかもしれない。

一番、大きなことは、我々の主権がなくなるということ。

その根本のTPPの原理が、悪名高きISDS条項だ。

EUでは、そのことがかなり議論になっているようだ。

そのISDS条項について、連続的に アジア太平洋資料センター
(PARC)事務局長の内田聖子氏が自身のツイッターで、
書き続けているので、紹介したい。

https://twitter.com/uchidashoko


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話@
TPPやTTIP、TiSAなど貿易協定には
「投資家対国家紛争解決メカニズム」(ISDS)が含まれているが
その実態はすさまじい。国際弁護士や法律会社が
「いかにISDSで儲けているか」を克明に調査したEUのレポート。
完全にビジネス化し「ISDSムラ」となっている。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話A
1996年には38件だった世界のISDS訴訟ケースは、
その後20年で急増し、2011年には450件。企業が国に求める賠償金額も
上昇傾向にある。2009-2010年の2年で、企業が相手国政府に求める
賠償金が1億ドル以上のケースは151件もあった。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話B
このようなISDS提訴の急増は、国際弁護士や法律会社に
「空前の好景気」をもたらしてきた(その多くは訴えられた国の人々の
税金から生み出される)。ISDS提訴1件につき、平均して800万ドル、
場合によっては3000万ドルもの弁護士費用などの訴訟費用がかる。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話C
訴える側の企業も、訴えられる側の政府側も「ISDS訴訟のケースの
処理に長けた」国際弁護士を必要とする。ISDSに関わるエリート
弁護士たちの報酬は巨額で、中には「弁護士1人につき時給1000ドル」
という金額も(大抵はチームで対応するので人数×時給1000ドル)


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話D
例えばフィリピン政府はドイツの空港サービス運営会社から2度も
提訴され、訴訟費用に5800万ドルもかけることになった。国民の
税金から支出されたこの費用があれば、1万2500人の教師の
給与1年分あるいは380万人の子どもたちへのジフテリア等の
予防接種が賄える。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話E
ISDSビジネスは先進国の法律事務所やエリート弁護士が形成する、
小規模で団結したコミュニティによって支配されている。
そのトップ3の法律会社:Freshfields (UK), White & Case
(US) ,King & Spalding (US)


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話Fそして仲裁人として選ばれる専門家(多くは国際弁護士)も
多額の利益を得る。これまでたった15人の仲裁人(ほとんどEU、米国、カナダ)
がすべてのISDS案件の約55%の決定を下している。この仲裁人は
「内部のマフィア」とも称され、互いに連絡を密にとりあい裁定を下す。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 6月11日

ISDSムラのお話G
仲裁人は公共の利益より投資家の利益を守る傾向がある。実際、
数人の著名な仲裁人は、多国籍企業の元取締役だったというケースもある。
国際司法裁判所の裁判官Bruno Simmaは「投資仲裁は環境や人権に
もっと考慮すべき」と提言したが多くの仲裁人はそれを拒絶した。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 22時間前

ISDSムラのお話H
ISDS訴訟専門部署を持つ法律会社は、いつでも「政府を訴える」機会を
探している。ある政府が危機状況に陥ったり政策変更をしようとすると、
公衆衛生や環境保護よりも企業の利益を最大限にするための
「政治的武器=ISDS」を用いて提訴しようと企業や投資家に持ちかける


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 22時間前

ISDSムラのお話I
これら国際弁護士の中には、かつて米国やEU各国の
政府交渉官として貿易協定の投資章を交渉していたような人物もいる。
あるいは政府のアドバイザーや立法に影響力を持っているような者もいる。
つまりはISDSムラと先進国政府の間には「回転ドア」人事があるのだ。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 22時間前

ISDSムラのお話J
これら弁護士や法律会社は、ISDSやそれを含む貿易協定に肯定的な
論考を発表するよう研究者にも圧力をかける。投資法に関する主要な
論文雑誌の大半にその影響は及んでいる。これは研究者の独立性と
バランスを著しく侵害するとして、市民社会からも批判が
高まっている。


内田聖子/Shoko Uchida ‏@uchidashoko ・ 21時間前

以上、ISDSを使って得をするのは大企業や投資家だけでなく、
国際弁護士や法律会社であるという実態。むしろこれら法律関係者
が国際的に暗躍し政府や企業、投資家を思うがままに動かしている
というべきか。EU市民社会ではISDSに関し激しい論争も起きている。
日本も決して対岸の火事ではない。


これがTPPの実態である。

なぜ、秘密裏に交渉がすすめられているのか、
このような実態を公にすれば、誰もが黙っていないだろう。

我々の主権が奪われようとしている。

そして、それは我々の世代だけではない。

一度結ばれれば、どんなことがあろうとも、彼らは
それを手放そうとは、しないであろう。

つまり、我々の子や孫、そして未来永劫、
欲にかられた彼らの世界観に、人類全体が縛られてしまう
ことになる。

どうか、皆さん、もう一度よくよくお考え下さい。




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2016年06月12日

米国大統領選、バーニー・サンダース氏、まだまだ面白い!本気の99%革命がアメリカ国民の魂を揺さぶる!!

 今さらながらと思われるが、民主党大統領候補の
バーニー・サンダース氏はすごい!

真正面から、アメリカを牛耳る超富裕層に挑もうとしている。

彼は、これをただの大統領選じゃないんだ、

『政治革命』なんだ、

その『政治革命』のためのキャンペーンなんだと、
強く人々に語り掛けている。

何処までやれるのか、分からない。

ただ、クリントンに取り込まれるだけなのか?

それとも、何か策があり、最後まで、自らの主張を
少しでも取り入れさせようとしているのか?

三橋貴明氏が言うが、実はヒラリーの主張よりも、
バーニー・サンダースの主張は、むしろトランプ氏に
非常に近いという。

サンダース氏とトランプ氏は95%まで、ほとんど同じで
違うのは移民政策のみとのこと。

そして、彼らの躍進は、やはり国民の怒りだ。

その怒りとは、「戦争」と「究極の格差社会」だ。

ここで大きく転換できれば、まだまだ可能性があるのに、
明らかに間違った方向に向かっている。

日本も、根底から奥の深いところで、アメリカにしっかりと
支配されている。

アメリカの大統領が変わったくらいで、どうなるか分からないが、
けっして諦めてはならない。

というよりも、今まで、ここまで来るのに、どれだけ多くの人の
犠牲があったことか。

そう思うと、簡単に放り投げることなどできないし、
引き継がれるこの社会をどのように次の世代に渡すのか、
よくよく考える必要がある。

注目する価値は十分あるし、アメリカでも
多くの人に「変革の火」をサンダース氏はつけまくったのではなかろうか、、、。

人類社会とは、大きな意識の集合体だ。

その意識が大きく変われば、世の中が動く。

それを信じ、諦めず、明日に希望を持とう。

それでは、サンダース氏の演説を書き起こしたので
どうかお読み下さい。

 ここにいる皆さんは、ご存知です。
この国の本当の「変化」は頂点からではなく、
いつも底辺から起こり上がって行きました。
それが米国の歴史です。
 100年以上前、国中の労働者は一日14時間、
週7日の過酷な労働を強いられました。
子供たちは、工場や畑に出て働きました。労働者は
立ち上がりこう言ったのです。
「我々は馬車馬じゃない。人間だ。尊厳を守る為に
我々は労働組合を組織する」と、、、。
労働組合がこの国の中間層を作りに貢献しました。
誰からも与えられませんでした。彼らは立ち上がり
勝ち取ったのです。
 200年前、忌まわしい奴隷制度の真っ只中で、
アフリカ系アメリカ人とその支援者は、こう言ったのです。
「奴隷制度だけでなく、人種による分離、差別、偏見が
なくなる日は必ずくる。いつかそれを果たして見せる」
と、、、。
何百万もの人が立ち上がり、何十年に渡って投獄され、
殺され暴行を受け、拷問にかけられながら、抵抗して
こう言いました。
「私達は人種差別のない社会を作る」
と、、、。
 忘れがちですが、アメリカでは100年ほど前、女性に
投票権や教育を受ける権利、仕事を選ぶ権利は、ありま
せんでした。それから、まだ100年もたっていません。
「家庭にいて、出産するのが、女性の務めだ」と、
社会やエスタブリッシュメントが決めていました。
 しかし、女性は「No」と言ったのです。
女性は勇気を出してハンガーストライキをし、投獄され、
苦闘の末に亡くなった者もいました。
女性とそれを支援する男性は、こう言って
声をあげました。
「アメリカでは女性はセカンドクラスの市民ではなくなる」
と、、、。
「変化」とはこうして起こるものです。10年前に、、
ついこの間です。もし誰かがここで、この美しい公園で立ち上がって
「バーニーさん、私は2015年にはゲイ同士の結婚は米国の
50州で合法になると思う」と言ったとしたら、
「正気か?何のドラックやってんだよ」と隣にたってる人に
言われたでしょう。
しかし、ゲイとゲイでない支援者らが立ち上がり、抵抗し
彼らに向けられていた激しい憎悪の中、
今日でもノース・キャロライナやミシシッピーで
見られるような激しい憎悪の中で抵抗し、言いました。
「アメリカでは性別に関係なく、人はどんな人でも
愛する権利を得るだろう」と、、、。
 こうして「変化」は起こるものです。もっと最近の例を
上げましょう。もし5年前にこの場所で誰かが立ち上がり
「バーニーさん、国の最低賃金の7.25ドルでは、食べていけない。
15ドルに引き上げるべきだと思う」
と、言ったら
「自給15ドル!?最低賃金の2倍以上だ。正気の沙汰じゃない。
発想が大きすぎる。過激すぎる!」
「9ドルか、せいぜい10ドル、11ドル、、15ドルは高すぎる!」
と、言われたでしょう。
 ところが、どうでしょう。2年前にシアトルで自給15ドル、
サンフランシスコ、ロサンジェルスで時給15ドル。
カリフォルニア、ニューヨーク州、皆さんの州では
時給15ドル目指して正しい方向に進んでいます。
この歴史のミニ・レッスンのポイントは何でしょう?
それはとても単純なことです。エスタブリッシュメントは
常にこう言います。
「本当の変化を起こすのは不可能だ。大きな発想を持つな。
小さくて地道なアイデアを出せ。あなたには力はない。
それはどうしようもないことだ」と、、、。
 ああ〜、それは良いですね。私は、そのよう言い回しを
使うわけには行かないけど、、、悪くないね。
でも、これが今この国で起きていることなのです。至る所で
このように何千もの人が集まっています。人々は気付き
始めているのです。
 アメリカ人の選択脈はヘルスケアを削るのか、それとも
フードスタンプか、教育を削るかではありません。そうではなくて
私たちの選択脈は、超富裕層に
「いい加減公平な税負担をしろ!」と言うのか、言わないのか、
ということなんです。
国中のアメリカ人が気付き始めています。私達は異様なレベルの
賃金や富の格差の現状を容認する必要はないのだと。
新たな収入のほとんどが上位1%に流れ、中間層が縮小され
続けるのを受け入れる必要はないのです。男性の1ドルに対して
女性の79セントという賃金格差を受け入れる必要はないのです。
制度上の人種差別や、世界のどの国よりも多くの人を
留置場に送ることを受け入れる必要はありません。
世界の主要国の中で唯一、家族・医療有給休暇がない国で
あることを受け入れる必要はありません。
世界主要国の中で唯一、国民皆保険を保証しない国で
あることを受け入れる必要はありません。
 この国のエネルギー・システムを変換し、地球を守り、
世界をリードしていくことが出来ます。
これはまったく過激なアイデアではありません。アメリカ人の
大部分に支持されないアイデアではありません。
このキャンペーンの目的は、今こそ大きな発想を抱くときだと
声を上げることです。今こそ大きな発想を抱く時だと
声を上げることです。小さな発想を抱くのではなく、今こそ、
単に大統領を選ぶだけでなく、アメリカを「変革」する
時です。今こそ、1%のためだけではなく、全くの人々の
ために機能する政府を作るときです。5月17日には、
ここオレゴン州で、とても重要な予備選挙があります。
もちろん、皆さんは期日前投票を済ませ、即座に票に
なるでしょう。
このキャンペーン中に学んだことは、投票率が高いと
私達は勝つということです。
投票率が低いと負けます。私達はすでに、国中の
17の予選と党員集会で勝ちました。この国の至る所で
人々はいってます。
「エスタブリッシュメントの政治と経済は、もううんざりだ」
「私達は『政治革命』の準備が出来ている」
5月17日、投票率を大いに上げ、この偉大なオレゴン州を
『政治革命』に向かわせましょう。皆さん、どうもありがとう
ございました。
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2016年06月08日

中村てつじ氏、佐賀より参議院選に出馬!!!

 あの熱い男、中村哲治が、長年の地盤である
奈良から、今度の参議院選、佐賀県より出馬することが
決まったらしい。

本人にとっては、大変な決断だ。

あの消費税増税の時に、真っ向から
立ちふさがった中村哲治。

まだまだ、粗削りなところもあるが、
まっすぐな熱い男だ。

どうか皆さん、彼を応援してやってください。

日本の将来のことを思えば、どうしても彼のような
実際に行動できる人、大局で物事を見れる政治家が
必要だ。

まだ、40代で若いが、多くの政治家がカッコだけ、
ポーズだけの中、彼は真剣に行動しようとしている。

http://tezj.jp/

こちらは、中村てつじのホームぺージであるが、
どうか一度覗いてやってください。

さあ〜、てっちゃん、いくぜよ〜!!!

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2016年06月07日

どうしても総理にしたい女傑、森ゆう子、参院選新潟選挙区より出馬!!!

はたして「戦後」という時代をどのように、
とらえるか?

これだけ、世界各国で格差社会が広がり、
お金万能主義の中で、益々お金の奴隷化が進む。

世界で唯一、実質的な社会主義が成功した国といわれる
日本ですら、その傾向は、顕著に出ている。

冷戦により、ソ連が敗けた。

そうすれば、勝った資本主義というモノが、正しかったということになり、
さらにその主義主張というモノが研ぎ澄まされていく。

むしろ、原始的な資本主義に戻っているという人もいる。

それは、莫大な富を持った資本家が、雀の涙ほどの賃金で、
多くの庶民を従える。

本来の資本主義というのは、こういう構造であった。

それが、「戦後」という時代になって、大きく人権という
要素が入ってきたと思う。

それは、やはり二度の世界大戦により、莫大な死傷者がでたこと。

さらに、無類の経済発展により、多くの労働者が必要になったこと。

もう一つ、資本主義のライバルである共産主義、社会主義が
存在したこと。

このようなことから、本来資本主義の資本家と労働者との関係から、
「福祉」とか、「人権」というような考え方が取り入れられた。

しかし、今はどのように変化していったかというと、
すでに市場は、飽和状態。

もしくは、発展途上国による大量の労働者が、
参入することになり、モノづくりに関して、
競争が激化、、、。

モノを大量に作らなけらばならないから、人が必要という時代が
かなり薄れてきた。

さらに、機械化、ロボット化、コンピューター化により、
全体的に労働者の価値が、下がったといえる。

また、ソ連が崩壊し、労働者のための社会を目指したとされる
社会主義、共産主義が崩壊してしまった。

世界を牛耳る大金持ちたちは、益々自分らの有利な
社会に改変しようとしている。

ほんの一握りの資本家、その他大勢の貧乏人、
本来の資本主義の在り方に、戻りつつある。

というよりも、それが資本主義の本来の姿なのかもしれない。

TPP,TTIP,TiSAなど、日本などのアジア圏だけでなく、
ヨーロッパなど、世界を取り巻くような他国間協定が
着々と突き進もうとしている。

TPPなど、決して農業の問題ではない。

端的に言えば、莫大な富を持つ資本家たちが一番邪魔に思うのは、
「国家」である。

国により、法律に縛られ、環境問題、人権問題などにより、
自分たちの商売が邪魔されることがしばしばある。

それなら、それを超えるような協定を結びましょう、
つまり、各国の自国の国民を保護するような法律を超える
大権を資本家たちに与えてしまうということ。

もし、彼らの商売の邪魔をするようなことを国家がしたら、
訴えますよ〜、賠償してもらいますよ〜、というような
巨大な資本家たちに国家を超える大権を与えるような
世界的な協定というのが、TPP,TTIP,TiSAである。

各国の政治家たちの多くは、すでに買収されているに等しい。

3年ほど前、Eテレのスーパープレゼンテーションで
ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授が、
分かりやすく語っていた。

「我ら人民は共和国を取りもどさなければならない」
という題で話された。

アメリカ版、「政治と金」の問題についてだが
アメリカはすでに、ほんの一握りの富裕層に乗っ取られている、
というような話であった。

その教授がおっしゃるには、
アメリカには「二つの選挙がある」と、、、。

一つは、人民が投票する一般の選挙。

もう一つは、資金集めによる富裕層による選挙だ。

アメリカの人口は3億1100万人。

その中の0.05%の人が、大半の選挙資金を出しているのが
現実らしい。

選挙では、莫大な金がかかる。

そのお金を集められなくては、選挙には出られない現実。

さらに、政治家は自由な時間の30〜70%を政治資金集めに
費やしている。

多くの政治が「フリをするのが上手い」という。

一般国民に気付かれないように、
うま〜く、うま〜く、富裕層の意にそうような政策を決定していく。

また、アメリカ議会とは、「ロビイストの二軍」とも語っていた。

1998〜2004年、上院の50%、下院の42%が
政治家が引退後、年収が1452%増加したという。

ロビイスト街に身を投じ、富裕層や企業の「御用聞き」
に、なっていくらしい。

こうなれば、世界行われるアメリカの戦争というのは、
どういうモノなのか、誰でもわかるのでは、、、。

占領した地域に、巨大なグローバル企業が押し寄せてくる。

石油の利権、天然ガスの利権、ありとあらゆるものを搾取していく。

日本でも同じようなこと。

数々の規制緩和、そしてTPPなどの協定。

益々、アメリカの巨大資本家たちに、お金による支配が進んでいく。

では、我々庶民はどうしたらいいのか?

ただ、指をくわえてみているだけでいいのか?

いつものように、見ざる、聞かざる、言わざるを
決め込んでいるだけでいいのだろうか?

「本来の民主主義とは、
常に闘っていなくては、資本主義は保てない」
と、誰かが言っていた。

戦後のように、人権を大事にするという風潮は、
もう世界的に終わってしまった。

原始的な資本主義に戻ろうとしている中で、
みんなが団結して、闘っていかなくては、
今までの生活が保てなくなる。

そう思うと、以前民主党が掲げた
「国民の生活が第一」というスローガン、
どれほど、その大きな時代の流れを危惧した
ものであったことか。

マスコミにも、検察にも、ありとあらゆる勢力によって、
つぶされてしまったが、本来、我々庶民が
今の生活を守るには、そのような政治勢力を
どうしても育てなければならない。

確かに日本というのは、アメリカのある勢力に
深く、それも幅広く根底のところで、支配されている。

しかし、それでもただ順応に、ただ黙っているだけでは、
心底から彼らに操られることになる。

しっかりとした、我々の意志をしめさないと、
たとえ今の支配勢力が衰退しても、支配者が変わるだけで
おなじことである。

また、それ以上に従属を強いられる可能性がある。

また、本当に国民側に立って闘ってくれる
本物の政治家を強烈にバックアップしなくては
ならない。

さあ〜、そうなると、誰の顔が思い浮かぶだろうか。

はっきり言って、今回の参院選で新潟選挙区から
出馬する森ゆう子氏しかいない。

いや、まだ何人か存在するか、強烈に時代を引っ張るというのか、
凄まじい行動力を持った人というのは、そうはいない。

わたしは、森ゆう子さんをどうしても総理にしたい。

彼女は、ただ行動力だけではない。

とても、頭が切れる。

強い信念を感じる。

どうか、みなさん、森ゆう子さんを支援していただけないでしょうか?

森ゆう子さんは、野党の代表として、
今回新潟選挙区から出馬されます。

http://my-dream.air-nifty.com/moriyuuko/

こちらは、森ゆう子さんのブログです。

日本の未来を大きく切り開く可能性のある政治家を
どうかみんなで育てませんか?

次の世代のためにも、そういう種まきをしてみませんか?

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2016年06月01日

共生の時代への意識の大変化、、、。一割の人の意識変化により、大きく時代は動く。

今日は、代休。

最高の開放感だ。

そして、朝一番から、温泉に行き、
昼は近くの喫茶店でランチ。

そこには、私の愛読マンガ「沈黙の艦隊」が
置いてある。

もう、何度も、何度も読んだ。

一番感動的なシーンは、国連総会で主人公である
海江田艦長がこのようなスピーチをする場面だ。

「人類は時代が行き詰まり、変化しようとするとき、
その都度、普遍的な記憶を呼び覚ますのです。
かつて地球上に、王権による支配が、、、
また、列挙の植民地がはびこっていたとき、
次の時代にむかってコモンセンスというべき
考え方が生まれてきました」
と、、、。

つまり、人類が大きく変化するとき、
その人類全体のきざまれた記憶により、
次の時代をどのようにするかという
人類全体の集団意識が生まれる
ということのようだ。

王権がこの地球上を支配していたとき、
庶民が立ち上がり、民主主義が生まれた。

人類が、列強による強烈な植民地支配を経験後、
各国が独立を果たした。

多くの人の意識が変われば、世の中が大きく動く。

その多くの人の意識を動かすのも、一割、二割の人の力が大きい。

活発で感じる力がある人たちの意識が変わることにより、
多数の人に影響を与えて時代が動く。

どの時代も、そのように動いてきた。

社会主義が崩壊し、資本主義の一人勝ちのような時代になってしまった。

金の扱いに慣れきった、ほんの一握りの人たちが、
世界を猛烈に牛耳ろうとしている。

マネーの暴走を引き起こし、果てしない謀略、戦争の数々。

今、多くの人が、そんな行き過ぎた資本主義、
グローバル主義にヘトヘトになっている。

竹中平蔵氏が
「成功しようとする人の足を引っ張るな」
というようなことを言っていた。

しかし、すでに、もう成功する人いうのは、
生まれながらの環境が決定付けられるような時代になってきている。

自然と共に、他民族と共に、生きていかないと
もう地球はもたない。

今は、時代の大きな転換期、、、。

そのことを、より多くのセンシティブな人たちに訴えかけたい。

そして、ドンドンと発進してもらいたい。

みんなで大きな人類の意識変化に挑戦しませんか?

そして、次の時代のコモンセンスを築き上げましょう!!


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快楽とは、落差である!!

今日は、急遽、代休で会社を休めることになった。

昨日の夜から、何をしようか、いろいろと
胸が膨らむ。

そして、朝6時に家を出た。

うちの嫁に「朝風呂に行ってくる」
と、書置きをして、家出のように出ようとしたら、
嫁がつかさず起きてきた。

そして、うちの犬に向かって、
「パンチ、お父さんに散歩連れてってもらいない」
と、しきりに言っている。

とにかく、聞こえないフリをして、
車に飛び乗る。

こんな代休の日でも、家にいれば、うちの女たちが
あれやれこれやれとうるさいので、早朝から逃げるにかぎる。

そして、近くの温泉に着き、さっそく露天風呂に入る。

なんという、開放感、とても気持ちいい。

いつもは、混んでいるが、平日、さらに早朝であれば、
10人ほどしかいない。

そして、深さが10cm程度の寝そべれる湯船で、
約一時間浸かり、ほとんど熟睡状態、、、。

約二時間ほど、温泉に入って、温泉のレストランで
朝食を食べながら、朝ドラ「ととねえ」を見る。

その後、200円のマッサージの「無重力コース」。

これがまた、たまらなく気持ちいい。

ほんと、平日の休みというのは、開放感に浸かれる。

というよりも、今はやっと田植えが終わり、
その開放感もある。

思えば、この4月、5月と、ほとんど休みの日は、
農作業におわれていた。

そして、秋までは、草刈の日々が続く。

私にとっては、今日が久しぶりの休日。

しかし、もし、いつも時間がたっぷりあり、
毎日のようにこの温泉に来ていたら、果たして
今日のような開放感は味わえただろうか。

ある人が言っていたが、
「快楽とは、落差である」
と、、、。

その通りだと思う。

私は、ビールが大好きだ。

しかし、週一しか飲まない。

もし、毎日浴びるように飲んでいたら、
あの黄金の液体様の価値が、かなり落ちてしまう。

このような初夏の暑い日に、丸一日田んぼ仕事を
終えた後などは、最高においしい。

また、昔よくやっていたが、一杯のビールを飲む為に、
自転車で16kmはなれたプールつきの温泉施設に行き、
そこで1kmとる泳いで、風呂にはいって、ビールを飲む。

これなんか最高だ。

それが、毎日、毎日、浴びるように飲んでいたのでは、
ほとんど水と同じだ。

それから、もう一つ。

普通に考えて、
インスタントコーヒーと、例えば高級ホタルの
ロビーで飲むコーヒーとどちらがおいしいか?

ほとんどの人が、後者だというであろう。

しかし、私は大のコーヒー党であるが、
私が今まで一番おいしいと感じたコーヒーは、
インスタントコーヒーである。

それも、さんざん歩き回った山の中で、
思いがけなく、インスタントコーヒーを
もらったときのことだ。

ニュージーランドで、4日間、山の中を歩き回る
トレッキングに行ったことがある。

宿泊は、山小屋で、水、食糧、寝袋などなど、
4日間、必要なモノは、すべてリュックに納め
込んで、持って行かなくてはならない。

もし、水がなくなれば、そこの山の水は飲めないという。

それなら、必要最低限のモノしかもっていかれない。

コーヒーも残念ながら、置いていくことにした。

3日目だったかな〜、一緒に山小屋に泊まっていた
あるアメリカ人の女性が、インスタントコーヒーを入れてくれた。

もう、その時、おいしかった。

三日間ほど、コーヒーが飲めなかったことと、
その時に飲めるとは到底思ってなく、サプライズも
その嬉しさを増幅した。


そのことを分からないと、快楽を求め、もっと激しい刺激を
求め続けることになる。

まさに、快楽とは落差だ。

いつも休みなしに働いているから、
たまに行く温泉が、極楽に感じる。

ストイックにビールを一週間我慢しているから、
350ccの缶ビールをチビチビ飲むだけで、
最高の気分に慣れる。

何もない山の中では、味わえない、突然のコーヒーサービスに
感動する。

これが、日頃から、当たり前のようにありふれていたのでは、
そのありがたさや、感謝など感じることはできない。

今、本当に、食べ物に満ち溢れていること、
水がほとんどただ同然で、毎日飲めること、
便利なモノに囲まれ、快適に過ごせること、
これって本当にいつまでも続くのだろうか。

そろそろ、「快楽とは落差である」ということを
多くの人に知ってもらいたい。

自己のコントロールにより、いくらでもおいしいビールが
味わえるし、健康にもいいはずだ。

と、開放感に浸る温泉の中で、
つくづく思った。

感謝、感謝、、、。
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がんばれ、スズキ!応援しとるよ〜!

 私の家では、三台ともスズキの車である。

私なんかは、アルトのミッション車。

燃費はうたい文句で24km/Lだが、
そのアルトを買って以来、車に電卓を持ち込んで、
毎回燃費をはかっている。

今は、約12万km乗っているが、その燃費の測定の結果、
だいたい20〜22.5km/Lだ。

もちろん、私が燃費運転に気を配っているせいもあるが、
極めていい車だと思う。

それに安い。

諸経費込みで80万円ほど買えた。

以前の車は、リッターで8km程度であったが、
毎日会社の通勤に往復で40kmほど走行するので、
購買したときの値段、日常のガソリン代、
税金、保険等を考えれば、非常にありがたい車である。

私を家から、会社まで運ぶという費用対効果を
考えれば、3分の1ほどになったのでは、、、。

それに、通勤中、反対車線をみると、大きな車に一人で乗っている。

この時間は、ほとんどが通勤車だ。

大人一人70kgとして、その70kgを運ぶのに、1トンを超えるような
車で運ぶというのも、エネルギー資源の事を考えても、
少しもったいないのでは、、、。

車をもっと小さくしてもいいと思う。

さらに、ただ通勤用のために200ccクラスの車が登場しても
いいと思う。

スズキは小さな車が得意なので、この分野で是非、
社会貢献してもらいたい。

現在、アルとに12万kmのっているが、なかなか壊れない。

スズキの営業の人も、とても親切だ。

軽トラも調子いいよ!

そんなことで、頑張れスズキ!応援してます。
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2016年05月31日

「知恵と忍耐」を学ぶことこそ、人生の目的!斉藤一人さんの言葉、いいね〜。

 斎藤一人さんの著書の中にこんなことが書いてあったので、
是非とも、紹介したい。

人間は何度も生まれ変わります。
何のために何度も生まれ変わるのか、わかりますか?
それは『魂を向上させるため』です。
 
では、どうすれば魂を向上させることができると
思いますか?
それは「知恵と忍耐」を学ぶことです。

 人が生まれると、そこには誰でも「試練と困難」が
用意されています。そして、その人の人生にとって、
ちょうどいい時期に「試練と困難」が現れるような
仕組みになっているのです。

「試練と困難」がでてくると、それを解決するために、
人間は「知恵と忍耐」が必要になります。つまり、
そこでどうやって解決すればいいのかという「知恵と忍耐」
を学びながら、魂を向上させるわけです。
だから、どんな人にも「試練と困難」は現れます。
これは決まりなんですね。

私も、まったく同感だ。

この試練と困難と聞くと、私は真っ先にある先輩のことを
思い出す。

その先輩から教わった尊い教え
「人間、土壇場でにげちゃ〜だめ」
という言葉、今でも、私の中で生き続けている。

その先輩は、Nさんといい、Nさんと私は、
当時、大きなホテルの宴会部で働いていた。

ホテルの宴会部となると、いろんな部署と関係し、
多くの派遣の人やアルバイトを使いながら、
大きな宴会を切り盛りしなければならない。

例えば、ある会社のセミナーがあり、その後立食パーティーなど
よくある。

その時は、数百人いるお客さんを一度、ロビーに出てもらい、
たったの10分ほどで、宴会場を作り変えなくてはならない。

その時など、まるで戦争のようだ。

その時は、みんな怒鳴り合い。

いろんな部署の協力を得ながらやらなくてはならないので、
他の部署の人にへそを曲げられたら、大変なことになってしまう。

そんな時、Nさんは、いつもいない。

Nさんは、どちらかというと気弱な人で、
若いときから、そのようなこんなことには逃げて
来られたようだ。

そのため、Nさんは当時40歳ほどであったが、
一人ではなかなか仕事がこなせないし、
気弱なせいもあって、みんなのストレス解消の
はけ口のようになっていた。

よく支配人なんか、Nさんを仕事中に呼びつけ、
みんなの前で、延々、一時間ほど怒鳴り散らしている。

他の同僚もなにかあると、
それは「Nさんがやった」と、何でもNさんのせいにする
傾向がある。

そんなNさんと、私はちょくちょく飲みに行っていた。

Nさんは、酒が回ってくるといつも
「Hideちゃん、土壇場で逃げちゃダメ。
逃げ続けると、俺みたいになる」
と、よく語っていた。


三年ほど前、今の会社に入社したMくん。

彼は、非常にどんくさく、すぐにおどおどしてしまう、
典型的ないじめられっ子体質だ。

しかし、彼のすごいところは、逃げない、
全力で仕事に取り組もうとする。
毎日、毎日、怒鳴られまくり、落ち込むことを
しょっちゅうあるあが、やり続けようとする。

それにとても素直だ。

まだまだ、空回りしているところが多々あるが、
愚直に何事も取り組もうつする。

もし、彼がこの20代を肝心なところから、逃げてばかり
いたらどうなるのだろうか?

うちの会社は、セラミック関係の会社だが、
セラミックスの知識にしろ、今なら聞けることって
いっぱいある。

しかし、その後彼が10年、20年とうちの会社で勤め続け、
その時にすでに彼は、30代か、40代。

もうすでに中堅で、逆に若い人に教えなくてはならない立場であるだろうが、
その彼がそうなったときに、何も知らないでは済まされない。

また、彼は計算が苦手だ。

「3sの調合で、Aという原料を30%仕込む。
何キロになる」
といっても、なかなか答えが出てこない。

はっきり言って、中学生か、小学生レベルの計算だ。

それが苦手だ。

でも、このまま放っておいてよいのだろうか。

やるな今しかない。

今たとえ大恥かいてでも、今やるしかない。

今、遅れを取り戻しておかなくては、
一生、やれないままだ。

30代、40代になって、そんなことができないようでは
すまされないし、Nさんのように、苦手なことから、逃げ続けな
ければならない。

幸運なことに、彼は「素直」さをもっている。

素直に、分からないことは、「教えて下さい」
と、言ってくる。

けっこう、知ったかぶりや、自分を大きく見せようと
する人が多い中、とても素直といえる。

たしかに、たかだか算数も出来ない人なんでしょ〜
と思うかもしれないが、いざというときに、自分を
さらけ出せる人間とそうでない人間違いって、
大きいような気がする。

自分の欠点に素直に向き合える愚直さ。

それも、まだまだ若い20代前半である。

まだまだ若い彼が、苦しくとも20代のうちに
そのような習慣を見につけたら、今後
どれほど成長するか、楽しみなような気がする。

時間という大きな財産があり、それを有意義に使えるだけの
素直さと忍耐力がある。

そのように、若いころから自分自身と向き合ってきた人と、
ただ見栄と張ったりだけで生きてきた人間とでは、
あとあと大きな差が出ることは明らかだ。

彼は今、明らかに「試練と困難」に直面している。

多くの人が、社会人になるときというのは、そんなもんであるし、
その時期に覚えたことというのは、あとあと自身の
肉となり骨となり、大変貴重なことである。

人間というのは、完全ではない。

誰でも必ず欠点がある。

欠点があるゆえ、つまずき、困難と試練に遭遇する。

その自身の欠点を乗り越えないと、もしくは知り尽くさないと、
その欠点による試練が形を変えて、目の前に何度も
現れることになる。

解決できないまでも、しっかりとその自身の欠点を
知ること。

それだけでもだいぶ変わってくる。

自身の評価をただ噂話の中だけで、映し出そうとすれば、
必ず大きな「ツケ」を払うことになり、
ただ世渡りが上手なだけでも、自身の成長というモノは、
かなり鈍くなる。

恥をかく、傷つき、怒りがこみあげ、不安に心が占領される。

誰でも与えられる「試練と困難」には、必ず
そのような強い感情が自分自身を支配する。

それに耐える、そしてそれを乗り越えていく知恵をが生み出されてくる。
耐えて耐えて、考えて考えて、そこから生まれだされる
小さな悟りというモノが、あなたの心の中で結晶化されていく。

そのようなモノというのは、決して忘れることはない。
また、そのようなモノの積みかねこそ、あなたの本当に
財産になりうる。

忍耐力とは、「小さな悟り(知恵)」母である。

勇気というモノは、「小さな悟り(知恵)」の父である。

そして、うまく説明できないが、「神」という概念が、
勇気と忍耐を支えることになる。

「神」といっても、月謝の高い新興宗教でなくてもいい。

亡くなられた、あなたをかわいがってくれたおじいさん、おばあさん、
近くの氏神さん、その道端にあるお地蔵さん、
そんな身近な方々にあなたの「神」になっていただいたら、
いつまでもあなたの行動を根底から支える一部になるはずだ。
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2016年05月23日

「幸福は、不幸の始まり」、、、。何かが足らないのが常、、、。それを自覚してこそ、真の幸せが味わえるのでは、、、。

「幸福とは、不幸の始まり」、、、。

毎週、聴いていいる土曜日早朝のラジオ番組、
「なぜ生きる2」で、こんなことを言っていた。

確かにそうだと思う。

例えば、ボクシングで世界チャンピオンになった鬼塚選手、、、。


 少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)



世界の頂点を極めても「充足感」がない。

人間とは、いつになったら「満たされる」というような
感覚になるのであろうか。

到達した時点で一時の達成感、、、。
そして、そのあとの猛烈な恐怖と不安、、、。

「世界チャンピオンは、スーパーマン」、、、、。
「世界チャンピオンは、神さまに近い状態」、、、、。

そのような自分が抱いてたイメージとはかけはなれ、
充実感などなく、次なる恐怖と不安を抱えなくてはならい。

むしろ、世界チャンピオンになるまでの過程が、
一番充実感に満ちていたのかもしれない。

何かに、がむしゃらに打ち込める。

そのことって、もしかしたら、煩悩から少し離れることが
できるのかもしれない。

むしろ、「少し足らない状態、、、」そのあたりが、
一番いいのかもしれない。

「腹八分」、、。

出来すぎるのも、返って、新たな不安を抱え、
時には、傲慢になってしまう。

人間とは、もっと、もっとの動物、、、。

その「もっと」には、限りがない。

むしろ、足らないというのが、常であるということを
しっかりと自覚するべきなのかもしれない。

来てみれば さほどでもない 富士の山、、、。

遠くから眺めていると、壮大で美しい富士山、、、。

しかし、山頂に登ってみると、岩だらけで、
そこら中にゴミが落ちている、、、。

あそこに行けば、あの地位につけば、あの人と結婚すれば、
全てがかなえられ幸せになれる、、、。

そんな錯覚に陥っている人って、けっこういるように思う。

ただ、何かを得ても、また何かを求める。

それが人間の宿命、、、。

それなら、常に何かが足らないということを
よくよく認識しよう。

そうなれば、もしかしたら、もっと周りが見え、
今が、一番幸せ出ることを実感できるのでは、、、。




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2016年05月20日

亀井静香氏「謝罪なしで広島来ないで」、、、。

 本日の中日新聞に、亀井静香元金融担当大臣が
このような発言をしているという。

「反省も謝罪もないのであれば、おいでいただかない
でほしい」
と述べた。

亀井氏は広島県出身。
「私の姉が原爆で殺されたということだけで
いっているわけではない。凶悪で残虐な行為を
した国の現在の代表だ」
などと語った。

私は、ニュージーランドに一年間いた経験がある。

その時に、ある英会話スクールでの話、、、。

ニュージーランド人の先生が三人ほどいて、
私はその一人にニュージーランドの100ドル札を見せて、
「この人は何をした人なんですか?」
と、質問した。

そしたら、先生の一人が
「原爆を造った人だ」
と、答えた。

多くの日本人なら、
「原爆を造った人が一番高い紙幣である100ドル札の
図柄に、、、」
と、胸ぐらをつかみたく思いになるのでは、、、。

私もその時、少し顔色が変わったようで、
先生たちが
「hide、違うんだ、違うんだ、多くの日本人が
誤解しているんだ。原爆のおかげで、戦争を終わらせ、
多くの将兵が助かったのであり、日本がやっと軍国主義から
開放されたんだ」
と、熱心に説き伏せられた。

多くの相手側の一般人は、このような認識であるり、
一般のアメリカやニュージーランドの教育とは、そのようなモノだ。

そのあたりを我々日本人は、しっかりと認識するべきでなかろうか。

また、アメリカとは、建国以来、その二百数十年の歴史の中で、
戦争をしなかった年というのが、ほんの十数年に過ぎない。

世界の各国に基地を置き、毎年莫大な軍事予算を使い、
経済の中心には、軍事産業がはびこっている。

そろそろ、アメリカの「正義」について、真剣に考え直す時期では、、、。

ある人が
「米兵のいるところ、秩序が崩壊し、カオスと化す」
と、、、。
 
アフガン・イラク戦争に参加した多くの米兵が
「我々こそ、真のテロリストだ」
と、語る、、、。

そして、今、多くのアメリカの帰還兵が精神的に病んでいるという。

果たして、日本の行く末は、、、。

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2016年05月09日

「命とは、時間である。与えられた80年という時間をどのように使い切るのか」なぜ生きる2を聞いて、、、。

毎週土曜日の早朝、ラジオで放送されている
「なぜ、生きる2」。

今回もなかなかよかった。

「命とは、時間である。80年という時間を生まれたときに
与えられるのである。」
と、、、。

では、その与えれらた命をどのように使うのか?

生きる目的とは、何ぞや〜?

いつものごとく、そのような内容であった。

誰しも認める宇多田ヒカルも村上春樹も
あれだけ名声を得ても、「満足感はない」という。

どれだけ、成功しても、新たなる煩悩に苦しめられることになる。

むしろ、左の肩に背負っていた荷物を、
右の肩で背負うだけのこと。

地位、名声、お金、学歴などなど、たくさんの勲章で自分を
着飾っても、果たして本当の満足感は訪れるのだろうか。

上手くは、言えないが、いつまでも他人のうわさ話の中で、
生きていたのでは、本当の幸せなど訪れないのでは、、、。

「露とおち 露と消えにし わが身かな 
難波のことも 夢のまた夢」

これは、日本で最大の成功者、たくさんの家臣に囲まれ、
多くの財を一代で築いた、天下人、豊臣秀吉の辞世である。

あれだけ名声を得ても、死ぬときは、何もかも残し、
身一つであの世に旅立たなくてはならない。

そして、秀吉にも「時間」という命、最大の財産がつきてしまう。

いつまでも、「今」が続くわけではない。

その限られた時間に何をするのか?、どのように使うのか?

とくに、たいしたことができるわけでもないが、
もしかしたら、自分の世の中を見るモノサシを変えれば、
まったく違った人生になるような気がする。

どんなに地位や名声を得ても、煩悩とは消えないもの。

次なる欲望、次なる恐怖に、次なる不安に悩まされることになる。

人間は、一生、煩悩に付きまとわれる。

あの親鸞さんでも、人間の光と闇の中で、
悩み続けてきた。

では、その煩悩を薄めることはできないのか。
上手く付き合っていくことはできないのか。

それは、自分を忘れること、、、。自我を薄めること、、、。

自分という意識が強ければ強いほど、煩悩に振り回されることになる。

それならば、相手を活かせ、周りを活かせ、社会を活かせ、
「自分」という意識を外に移す努力をし続ける。

誰かが言っていたが、「自分」なんて何もない。

体は、いずれ水と二酸化炭素に戻るだけ。

心だって、何層にも、何層に、周りの人から、
影響を受けて、自分という人格が成り立っている。

そう思えば、自分なんてものは、
何か大きな大きなモノのほんの一部なんだ。

それよりも、何かその大きなモノに身を熔かすこと、
そうすることにより、煩悩が薄らぐ。

次の時代の共生社会のキーワードは、自我を薄めること、
周りに尽くすこと、そういうことがとても重要になってくる。

そのような時代に向けて、思想も宗教も収斂されて
行くのではなかろうか、、、。


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2016年05月06日

歎異抄は、面白い!!「阿弥陀仏は、なぜ存在するのか、それは、この俺を救うためなんだ。どうしても、煩悩を捨てることができない、この 俺を救うために、阿弥陀仏はいるんだ」

NHK Eテレ100分de名著 「歎異抄」 
第4回 「人間にとって宗教とは何か」
なかなか、非常に強烈な一言があった。

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとへに、親鸞一人がためなり」
との確信だった。
あまりにも有名な親鸞の言葉だが、常識的に考えれば、
傲慢ともとれる言葉だが、もう少し分かりやすく言えば

「『弥陀の五劫思惟の願』とは、すべての人を救いたいという
阿弥陀仏の願いなのだが、よくよく考えれば、
この親鸞一人を救う為の願いなんだ。阿弥陀仏は、なぜ存在するのか、
それは、この俺を救うためなんだ。どうしても、煩悩を捨てることが
できない、この俺を救うために、阿弥陀仏はいるんだ」
と、、、。

聞き方によっては、あまりにも傲慢極まりないようにも
聞こえる。

しかし、ある意味、それほど、そのような生き方、そのような
信仰というモノを我が身一身で引き受け、その切実さを生き
切ろうという親鸞の実存的な決断でもあるという。

生きている限り、煩悩は捨てきれない。

親鸞ですら、人間の「光り」と「影」の部分をさまよい、
苦悩し続けた。

よくよく考えれば、つまらないことで腹を立てる。
つまらないことに意地になる。
なるようにしかならないのに、不安で心を占領される。

そうなれば、不安や怒りで心が占領され、
身動きが取れなくなる。

その煩悩をよくよく観察すると、例えば「不安」に陥っている人の
大きな特徴は、まったく周りが見えていない。

逆に言えば、自意識過剰なくらい、自分というものに対して、
意識が集中し、被害妄想になりがちになるか、
自分を責めまくる。

そして、暗い壁に囲まれた狭い部屋で、震えながら
強い孤独感を感じている。

煩悩から少しでも、離れるというのは、
自分という意識から離れること、自分を忘れること、
そのようなことのような気がする。

そのために、
「もう、悩みも不安も、阿弥陀様にませてしまいなよ〜」

「阿弥陀仏も、俺に任せろ!」
て、言ってるじゃないか。

小さなことに怒る自分、
些細なことにこだわりを捨てきれない自分、
不安なんて、ある意味、次から次へと自分自身が作り出している
ようなもの。

さあ〜、もう悩むのは疲れたんじゃない。

もうそろそろ、自分を解放しちゃいなよ〜。

それには、心の中に、自分を圧倒的に救ってくれる
何かの存在が必要なのではないか、、、。

ホイットニー・フューストンの歌に
「イエース ジーザス ラブ ミ〜
オ〜オ〜 イエース ジーザス ラブ ミ〜」
というような歌のフレーズがある。

キリストがさ〜、私のこと好きで好きで、
たまらないみたなんだ。いつも、守ってくれているよ〜。
っていうようなのが、一神教のキリスト教などの
根本的な考え方。

もし、そのように思えば、安心を得ることができるのでは、、、。

不安だから、心の中に大きな壁を作り、
自分を閉じ込めてしまう。

でも、心の中に、あんたのことをいつも見守って、
救おう、救おうとしている人がいるよ〜。

安心しなさい、不安から解放しなさい、
自分という意識、自我から自分を解放しなさい。

そうすれば、周りがよりよく見えるようになる。

そうすれば、人の心が見えるようになる。

あなたを苦しめているのは、あなた自身、、、。

もう、それ以上、あなた自身を傷つけるのはやめたら、、、。
それ以上、自分のことを責め続けるのをやめにしたら、、、。

情けない自分、みじめな自分、そのような弱い自分を受け入れる
のって、もしかしたら大事なことなのかもしれない。

さみしさを身に染みたような経験をした方のが、
人間として強いといえるのではないだろうか。

自身の限界を知るというのも、とても大事なこと。

「回心(えしん)」と「自然(じねん)」
という言葉が、仏教用語であるが、自分の限界を知ったところに、
「回心(えしん)」があるのではなかろうか、、、。

そうなれば、ありのままの自分、自然の状態を受け入れる
ことができる、自分を許せることができる。

自分自身が作り出す「劣等感」により、
猛烈に頑張るのも必要なこと、、、。

しかし、その向こうには、それに疲れ切って
「回心(えしん)」というモノが、現れるのでは、、、。

世の中、思い通りにならないことだらけ、、、。

そして、この体さえ、目が見えなくなり、
足腰が悪くなり、衰え、病になって死んでいく。

そんな中で、残るものというのは、心のあり方ではなかろうか。

世の中など、自分のモノサシ一つで、大きく見方が変わるもの。

本当の自由とは、心の解放のようだ。

疲れ切りなさい、そして、疲れてよれよれになった
弱々しい、あなた自身を受け入れなさい。
そこから、初めて自分が解放される。

親鸞の悟りとは、そんな感じなのかな、なんて未熟な私が、
親鸞さんの悟りについて語るなど、お叱りを受けそうだが、、、。

真宗は「他力」、禅宗は「自力」というが、
その根本は、ほとんど違いはないと私は思う。

禅宗の教えの中にも、
「あるがままを受け入れろ」
というモノがあり、
それは阿弥陀様に言わせれば、
「私にすべてを任せんかい」
という表現になる。

自我から離れ、ありのままを自分を許し、受け入れる。

これが本当の幸せにつながり、周りを幸福にするような
気がしてならない。
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2016年04月23日

5/15「IWJ代表 岩上安身 講演会」奈良に!!中村てつじを囲む会にて!

 さあ〜、奈良で必死に日本再生のために頑張っている男がいる。

何度も落選しながら、まだ踏ん張っている男がいる。

元参議員議員 中村てつじ氏、、、。

この男は、熱いでっせ〜!!

そんなてっチャンを囲む会で、あのIWJの岩上さんが
講演会をやるとのこと。

行きたい〜、是非とも行きたい〜。

是非とも、岩上さんに直接会ってみたい〜!

しかし、我が家では田植えシーズン真っ只中〜。

近畿方面の方々、どうかフルってご参加下さい!!



5月15日(日)岩上安身講演会

【第141回話す会】

日時:2016年5月15日(日) 15時~17時
岩上安身講演会

場所:生駒市コミュニティセンター(セイセイビル)1階ホール
(生駒市元町1丁目6-12(近鉄生駒駅から南へ徒歩3分))

http://www.city.ikoma.lg.jp/map/map1/map19.html?target=0-0&cacd=20&mapno=94




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2016年04月22日

「神」も「仏」も、、、。その曖昧さこそ、共に生きる道なのかも、、、。

 上田正昭氏の著書、
「歴史の中の人権 アジアの世紀をめざして」
の中で、本来の我々日本人は、どのように生きてきたのかが、
書いてあったので、是非とも紹介したい。

鎮守の森の再発見

 21世紀をむかえて早くも2年と5カ月ばかりの歳月が過ぎ去った。
20世紀は、第一次・第二次世界大戦が象徴するように、世界全体が
2度にわたって戦争の渦をまき起こされた戦争の世紀であった。
その反省にもとづいて、新世紀は平和の世紀として始まるのでは
ないかと、多くの人々が期待していた。しかし、現実はその願いに
逆行し、アフガン・イラク戦争が21世紀の初頭をいろどった。
 そればかりではない。20世紀には自然の破壊・地球の汚染が
いちじるしく進行して、自然と人間のあるべき姿が、21世紀の
大きな課題としてあらためて問われている。1935(昭和10年)
の暮れにこの世を去った、優れた物理学者・寺田寅彦の遺言とも
いうべき論文「日本人の自然観」はいう。
西洋の科学は自然を克服しようとする努力のなかで発達したが、
日本の科学は事前に順応するための経験的な知恵を蓄積する
ことで形成されたと。

その指摘は見事である。
 自然との対決するのではない。自然と調和して暮らしを営む知恵が、
縄文時代の昔から今に至るまでの日本文化の前提を形づくってきた
といっても過言ではない。
 周りを海で囲まれている文字通りの島国日本は、島国だからこそ
古くから海上の道を媒体として、アジアに連動してきた。そして、
海外から数多くの文物や人間集団が渡来した。島国であったから
閉鎖的であったと思うのは錯覚に過ぎない。
 その島国日本列島の国土の約4分の3は山地であり、その3分の2を
森林が占める。わが日本列島の人々の多くは、昔から森林との
共生の中で、歴史と文化をおりなしてきた。しばしば、日本の文明は
「森の文明」であったといわれるが、森そのものが文明なのではなく、
森に生きる文明であり、森を生かしてきた文明であった。
 それを代表するのが、森の中に神を見いだし、森の中に社を
造営して、カミとヒトとがまじわる接点として森を活かしてきた
鎮守の森である。したがって、鎮守の森は神の水を共に味わって
盟約する「一味神水」「一味同心」の寄り合いの場となり、自治や
芸能の場ともなった。(P.157〜158)・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



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09.9立山竹藪 008.jpg


この写真は、うちの近所のある竹が侵食してしまった林である。

この中をよく見ると、「社」が祀られているが、
見るも悲惨な状態になっている。

今は、誰も管理されてなく、竹が侵食し、このような
状態になってしまった。


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このように、日本全国の竹林は、荒れ放題、、、。

なぜこのようになったのかというと、竹の需要がなくなって
しまったからだ。


変換 〜 09.9水野家竹製品 005.jpg


変換 〜 09.9水野家竹製品 008.jpg


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あれだけ重宝された竹かごやタケミも、プラスティック製品に
置き換わってしまった。

1960年代より、中東より安価な石油が入るようになり、
それにより我々の生活を一変した。

この荒れ狂う竹藪が象徴的であるが、竹も、里山の薪も、
落ち葉も必要なくなり、このような竹藪、里山も
今では誰も見向きもしなくなってしまった。

今は、何でもスイッチ一つで動いてくれる
便利な世の中になってしまったが、それと同時に、
このように身近な自然から、どこか遠ざかった暮らしに
なったと言わざるをえない。

この豊かな生活を支えているのは、石油などの化石燃料であり、
石油文明といえる。

しかし、それがいつまで続くのか、自然環境破壊は
著しいし、気温もどんどんと上がっているようだ。
また、いつまでたってもエネルギー資源の奪い合いに
よる戦争・謀略は止まらない。

自然の中に「神」を見いだして生きてきた我々日本人は、
大きくその本来の特性から逸脱してしまいつつあるのでは、、、。

それから、上田氏の著書から、もう一つ紹介したい。

「日本人らしさ」とは何か

・・・・・「日本人らしさ」を掘り下げてみると、次のような
史実がうかぶ。日本列島の歴史と文化は、内なる人々のみによって
形づくられてきたのではなく、縄文時代・弥生時代のむかしから、
海外とのつながりやかかわりのなか、あまたの海外からの
渡来した人々とのまじわりによって展開したことがわかる。
 たとえば日本はしばしば葦原の瑞穂の国と称されてきたが、
その稲作じたいが渡来の文化であり、青銅器や鉄もまた、
そのはじめは中国大陸や朝鮮半島から日本列島へと伝播した
金属器であった。
内なる文化に外なる渡来の文化をたくみに結合し、変容して、固有で
独自な文化を形成してきたのである。われらの祖先がすぐれて
いるのは、外来のものをすべて受容したのではない。たとえば
儒教は積極的に受け入れたが、革命思想は排除した。都城制は
中国長安城や洛陽城に倣ったが、藤原京や平城京でも、長岡京や
平安京でも、ついに羅城は構築しなかった。したがって日本の都には、
宮都はあっても、都城はなかったといわなければならない。
菅吏登用の試験ともいうべき華僑や去勢された男子の小吏すなわち宦官
の制はついに受容しなかった。
日本の宗教史をひもとけば、神と仏は対抗するよりも習合の道を
たどって、神宮寺や社僧が誕生し、平然と神前読経が行われた。
 かつて長崎県五島列島の一つ福江島の「かくれ切支丹」の調査に
おもむいて感銘したことがある。聖母マリアの像が氏神である
神社の本殿の中にまつられ、17世紀の古文書に、オラショ(祈祷の言葉)
がかきとどめられていて、そこには「パライソ(天国)にまします
イカヅチノカミ」とかきとどめられていた。イカヅチノカミとは
神道のかみである。神仏習合ならぬ神基習合の歩みがあった。
(P.160〜162)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


何年か前、英会話の飲み会で、イギリス人の先生が
こんな質問をぶつけてきた。

「こないだ、高尾山に登ったのだが、そこには神社もあり、
お寺もある。なんでだ???」

と、、、。

お〜、いいね〜。

日本文化を知るいい機会だ。

しかし、どう「神仏習合」を、どう英語で説明するか?

彼は、20年日本に住んでいるし、奥さんも日本人だ。

とにかく、ありったけの英語を使って、説明してみた。

「習合」をミクシング、とかユナイテッドとか、行ってみたが、
伝わらなかったが、身振り手振りを使い、紙に書きながら、
理解させたが、どうも彼は受け付けられないみたいだ。

「You are completely wrong.
   (あなたは完全に間違っている)」


周りにいる日本人は、誰もその説明にトライしようとしないので、
もうひと踏ん張りして、「神仏習合」という字を紙に書いて、
「奥さんに聞いてみてくれ。これは、日本の文化を知る上で、
非常に大事なことだ」
と、伝えておいた。

とにかく、多くの外国人に日本のことをよく理解してもらいたい。

また、海外にでも行けば、一人一人が、日本代表、、、。

互いの文化、国の理解が深まり、
勘違いによる争いが起こりにくくなるはずだ。

一神教の世界観では、「神も仏も、、、」というような感覚など
あり得ないのかもしれない。

また、長いこと「我々の神こそが本物だ」という主張のもと、
何千年も戦い続けた彼らには、極めてあいまいに映るのでは、、、。

さらに上田氏の著書の中で、もう一つ紹介したい。

神も仏も

 外国の日本文化研究者が不思議そうな顔をして質問する。
毎年12月になるとクリスチャンでもないのに、クリスマスツリーを
飾ってお祝いする。そして年末には、お寺の除夜の鐘をきいて、
正月には神社へ初詣する。日本人の多くがどこかの神社の氏子であり、
どこかの寺院の檀家である。日本人の過程を訪問すると、神棚があり
仏壇をまつる家が多い。いったいこれはなぜなのかと。
 一人一宗の海外の人々にとっては、たいがいの日本の人生における
通過儀礼そのものも理解できないらしい。子供が生まれるとお宮参りをし、
七・五・三のおりには神社や寺院に参詣し、結婚式は神前・仏前ばかり
でなく、教会であげる人々が年々増加している。亡くなるとその多くが
仏式で葬儀をする。
 氏子であり檀家であって、さらにどこかの宗教の信者になっている人も
かなりある。日本人の信仰は神道なのか仏教なのか。神棚と仏壇の
平和的共存そのものが不可解らしい。日本人の宗教そのものが
一人一宗でなく、一人多宗であるといってよい。
 こうした現象は古くから存在した。六世紀のなかばの頃に、百済から
仏教が「公伝」するが、『日本書紀』はその仏を「蕃神」とか「仏神」とか
故と表現し、747(天平19)年にまとめられた『元興寺縁起』は、
仏を「他国神」、現代最古の仏教説話集である『日本霊異記』は
「隣国の来神」、平安時代末期の史書『扶桑略記』は「大唐の神」などと
記すが、神仏の習合は仏教伝来の初めのころからすでにはじまていた。
質を異にする二つ以上の宗教がふれあうことによって生じる
意識的・無意識的な融合現象をシンクレティズムとよぶ。この言葉は、
ギリシアのプルタルコスの造語というが、シンクレティズムは、
世界の各地にみいだされる。しかし日本の宗教史のように、その基本的な
流れが「神か仏か」ではなく、「神も仏も」の融合・重層・習合で
あったような例は極めてまれである。
 八世紀になると神宮寺が具体化し、平然と神前読経が行われる
ようになる。そして神社に得度層が常住した。山岳信仰と道教・密教が
融合した修験道、真言密教と神道が結びついた両部神道など、
新分厚習合の展開は日本宗教史のあちこちに見いだされる。
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世のさかしらびとは、こうした日本人の宗教感覚をあいまいであり、
自己矛盾であるという。だがはたしてそうなのだろうか。
そのあいまいさを自覚したとき、そのあいまいさは万物にカミをあおいだ
「万物生命信仰」としてよみがえり、自然と人間の「共生」の
思想・信仰として輝いてるのではなかろうか。
(P181〜183)・・・・・・・・・・・・・・・・


なるほど、なるほど、、、。

ある家のリフォームの時に行う地鎮祭に参加したとき、
明らかに神様系の人が、白いヒダヒダの紙が付いた棒を振りながら、
祝詞かと思ったら、明らかに仏教の「お経」であった。

「ね〜、今の人、神さんなのに、明らかにお経だったよね〜」
と、いろんな人に聞いてみても、その答えははっきりしなかった。

ある建築屋の大将に聞いたところ、
「わしも何度も、こんな地鎮祭に参加しているけど、
けっこうこういうの多いよ」
とのこと。

ここでも神仏習合の例が今でも生きている。

外国でも、二つ以上の宗教が意識的、もしくは無意識の
うちに融合しているというのはある。

例えば、南米・中南米なんかで、スペイン、ポルトガルの侵略により
ほとんどの人がキリスト教に改宗させられた。

しかし、隠れてというか、在来の宗教的なところを目立たないように
取り入れたりということがいくつもあるらしい。

しかし、日本のように、クリスマスはキリスト、
大晦日はお寺、新年明ければ神社、こんなあけっぴろげに
やるのって、外国人から見れば、おかしくてたまらないのでは、、、。

しかし、今後、自然との共生、他民族との共生を考えれば、
日本人的な「あいまいさ」って必要なのではなかろうか。
posted by hide at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする