瀬戸は、千年以上続いている焼き物産業の街
日本のほとんどが、農民であったのに対して、
瀬戸は長いこと「工業国」であった。
また、焼き物とは長い間、最先端テクノロジーであった。
なので、それぞれ個人の技術を磨き、それを競うところ
がある。そして多くの瀬戸焼き物産業に携わる人は、
「自分が知識も技術も一番だ
人が多いように思う。(瀬戸の皆さんごめんなさい
その辺が、個人主義につながるのではなかろうか
そして、働くところはいくらでもある。
働いてお金を得たら、使い切るまで使い
またお金がほしけてれば、働けばいい。
このような環境だったのではなかろうか
なので陽気で、開放的、そしてチャキチャキしている
では、私が住んでいる「農業国」三好はどうであったか?
昔の生活とは、水は井戸、風呂も炊飯も薪もしくはワラ
食べ物は、ほど100%自給自足。
むかし、うちのお袋が嫁にきたころ、その姑にあたるうちの
おばあさんに
「今日、何食べる」
と、聞くと
「なす、くっときゃええ〜」
次の日も、
「今日、何たべる」
そして、また
「なす、くっときゃええ〜」
次の日も、次の日も
「なす、くっときゃええ〜」
と答えられたそうな。
基本的にある食べ物を食えばいい、という考え方で
夏はナスとキュウリばっか、冬は大根と白菜ばっか
食べていたらしい。
自給自足に近い生活とは、ほぼ身の回りで
生活が完結してしまう
そういう生活の中で育てば、どうしても性格が
大人しく、我慢強くなると思う。
それから、うちのおじいさんがよく言っていたが
「名古屋(都会)には、恐ろしい人がいっぱいるから
気をつけろ
少し過剰なくらい、都会に対する恐れのようなものがあった。
反面、同じ集落の人々とはつながりが強く、
団結力があり、和気あいあいと生活してきた。
ほとんどの日本人は、こんな感じであったのでは
なかろうか
このような感じで瀬戸は、特徴のある街、人々であると思う。

