わずか60数年前、
日本はアメリカと戦争して、徹底的に負けた
ある意味、見事な負けっぷりだった
地上で、竹槍の練習をしているのに、
はるか雲の上から、雨あられのように
爆弾が落ちてくる
そして、トドメは「ピカドン」こと原子爆弾
ピカッと光った思ったら、数十万の人々と共に、
街全体を灰にしてしまう。
日本人初の大負けであり、
完全に「精神力」が、圧倒的な「物量」に
負けた戦争であった。
そのショックは、相当なものであったろうと思う
はるかなる「物量」の差を、「精神力」で
乗り切ろうとした
しかし結果、完膚なきまでに、たたきのされた
その時、日本人は「物量」もしくは「物質」のすごさに
圧倒された。戦後は一貫して、モノが万能の
物質主義に傾向していていったと思う。
その象徴がアメリカ文化だと思う。
「ギブ・ミー・チョコレート」と言えば、
気前よく、チョコレートを配ってくれた
やさしいアメリカ兵
テレビや映画の中で、多くの便利なモノに
囲まれて、優雅に振る舞うアメリカ人
多くの日本人が、アメリカ文化や
アメリカ人に憧れたのは、明らかに事実であろう
その反面、精神的な「教え」「思考」を軽視されていった
伝統的な道徳や、宗教心というものを置き去りにしてきた
ような気がする。
最近の残忍な殺人事件等を見ていると、つくづくそう思う。
むかしは、もう少し見えないモノへの畏れ(おそれ)
というものがあったような気がする。
たとえば、
悪いことをすると「バチがあたる」
といったように、見えない「何か」に対して
畏れ(もしくは恐れ)があり、
それが自制心にも役立っていたと思う。
その「見えない「何か」の畏れ(恐れ)」とは
今、失われつつある宗教心であると思う。
むかしのおじいさん、おばあさんは
そのような宗教的な観点から、
道徳を教えていった
私は、むかしながらの日本の宗教には
いいところがいっぱいあったと思う
「足るを知る」や、「あるがままを受け入れる」
など、すばらしい言葉はいっぱいある。
また、話はずれてしまったが、
要するに、戦争に負けて物質主義になり、
「白人崇拝」の傾向に、日本人はあると
言いたかった。
しかし、「日本人が英会話を習うという時に、
外国人の先生がベストとは言い切れないよ」
というようなことに、つなげていきたいと
思い、長々と書いてしまった
あしたこそは、英会話について
書きたいと思います
また見てチョ〜ね

