2008年09月05日

日本の教育(5)

 今日は、恥を忍んで、
私自身の事を、語ろうと思う。

私の高校時代は、無期停学3回exclamationふらふら
三年生の時は、ただ遅刻しただけでも、
「即、退学」の身であった。

だから、首の皮一枚で、
何とか卒業出来たようなバカタレで、
卒業後、大学に行くなどということは、
まったく、考えられない
身の上だった。

社会に出て、好奇心に身をまかせ、
転職し、今の会社で3社目。

29歳から、今の仕事についた。
それも、以前のホテル業から、
まったく、畑違いの
セラミック業界にである。

 世間からみれば、
「頭おかしいんじゃないかexclamation&question
と、思うような転職であるが、
本人は、大真面目exclamation×2

そして、大真面目に、
仕事に取り組んでいった。

真面目にやればやるほど、
自分の基礎知識の無さを痛感する。
それと同時に、その基礎知識が
ノドから手が出るほど、
ほしくなる。

そして、働きながら、
放送大学で、化学、地学など
コツコツ基礎知識を勉強していった。
そして、5年間やり続け、
学位までとってしまった。

「必要は、習得の母であるexclamation」と、
言われるように、
必要な知識が、自分が一番必要と
している時に得ることが出来るのが、
一番である。


そう、「ノドが乾ききったときの
水のおいしさは、いつまでも忘れないexclamation
であろう。

それらの知識は、自分の心の中で、
結晶となって、いつまでも、
心に残る。

それが、一番の習得のコツであると、
私は、確信している。

また、何かを学びたい時は、
あえて、そのような環境に飛び込むのも、
一つの、習得方法なのかも知れない。

勉強の大切さにしろ、
それに対するモチベーションにしろ、
すべて、社会に出てから、
身に付いたモノである。

また、色々な知恵がついたのも、
社会に出てからである。

今振り返ると、高校の時の自分自身は、
お粗末なモノである。
その延長線上で、
もし大学に行けたとしても、
勉強する意味が、
見い出せなかった
かもしれない。、
 
一番、感受性の高い青春時代を、
のらりくらりと、
生きていたのかも知れない。

そう思うと、社会に出てから、
学問に目覚めたということは、
よかったのかもしれない。

今でも、何らかの勉強癖がついている。
読書も大好きである。

私にとって、「勉強」とは、
その目的意識が、優先でないと
決して、はかどるモノではない。




















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2008年09月04日

日本の教育(4)

 「勉強」というのは、
何も目的意識を持てなくて、
ただ、やらされていうだけなら、
苦痛以外、何モノでもない。

その目的意識が、
いい大学に入り、
いいところに就職する

ということだけなら、
その後の長い人生、
荒波を、上手く乗り切れるのか、
非常に厳しいモノがある。

社会にでれば、テストのように、
単純な答えなど、ありえない。
マニュアルなども、
用意されているはずもない。

これだけ複雑になる社会の中で、
自身の「人間力」だけが、
頼りとなる。
今後、ますます、
そのようになって行くであろう。

話は、元に戻るか、
キーワードは、どのように
「目的意識を身近にもてるか!」
ということでは、
ないだろうかexclamation&question

私は、ニュージーランドに一年間、
滞在した経験がある。
その時に、ある大学の
日本語学科の人々と、
接する機会がよくあった。

そこには、幅広い年齢層の
人々がいた。
50代の男性、40代の女性、
20代の男性、
そして、高校を卒業して、
一年間、日本に滞在し、
また、その大学の日本語学科に、
入った20歳の青年もいた。

それぞれの学生の
バックグランドは、
多種多様であり、これが上手く
かみ合っているようだ。

年代が違えば、
考え方も多様になる。
若い人は、年輩者から、
学ぶことができる。

年輩者は、若い人の考えに
接することが出来る。

けっこういいモノである。

また、私が知り合った
30代後半の女性、
「子育てが終わったら、大学に行く」
と言っていた。

このように、日本よりだいぶ
一般の人々に「開かれた大学」という
ようなイメージだった。

大学とは、本来そういう
モノでないだろうかexclamation&question
いろんな人々の学ぶ場であり、
それらの人々を通じて、
集められた知識を、
社会に還元するべきであると、
思う。

私は、思う。
一度、社会に出た人の方が、
勉強に対して、より身近に
目的意識を持てるはずである。

自分には、何が足らないのか、
また、一般社会では、
どのような、知識を必要と
しているのか、
明確に理解出来るであろう。

また、自分でお金を稼ぐようになれば、
学費として払われる、
お金の価値というのも、
分かって来るであろう。

これらの事から、
猛烈に勉強するようになるのでは、
ないだろうかexclamation&question

また、生徒の質が変われば、
大学の先生も変わらざるおうえない。
講義中もガンガン質問が来る。
大学側の行いで、おかしと思ったことは、
毅然と文句を行って来るであろう。

大学側も、背筋を伸ばすしかなくなるし、
反面、やりがいが出てくるのでは、
なかろうかexclamation&question

大学の方も、それらの人を、
受け入れる為に、
「入学するのを簡単に、
卒業するのを、より難しく」

必要があると思う。

社会に出てから、
また、受験勉強からやれというのは、
いささか大変であるし、
彼らは、本当に
生きた学問を必要とすると思う。

テストで、よい点を取る為の、
学問ではなく、その分野の本質を
極めるのに、ありったけの
時間と労力を、使い切りたいと
思うであろう。

実は、ニュージーランドでは、
そのように、
「入るのが簡単で、
卒業するのが難しい」
かった。
なので、以外に大学を
ドロップアウトした人々が多い。

学生の質が、変われば、
大学も自然と変わる。
そして、モチベーションの高く、
学んだ知識の生かし方も、
熟知している人々が、
社会に、知識を還元していくであろうexclamation













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2008年09月02日

日本の教育(3)

 ある中学で、次のような現象が、
起きていると聞く。

その中学の仮名を、
格差中学」として、
その中学の学区には、
大きく分けて2つあった。

その一つは、元から住んでいる
人々のご子息が多い、
ジモピー小学校」(仮名)と、左斜め下

もう一つは、
新興住宅地にある、
新興小学校」(仮名)の、
二つがあったそうな。

「格差中学」では、
この二つの小学校の卒業生が、
ほぼ100%いくことになる。

「ジモピー小学校」で、
成績優秀な生徒でも、
「格差中学」に上がれば、
成績が、だいたい
真ん中ぐらいらしい。

それほど、この二つの小学校では、
勉強に対する意欲が違うようだ。

厳密にいうと、小学校というよりも、
その親の勉強熱が違うみたいだ。

「新興小学校」の卒業生の方が、
明らかに、学習塾に行く生徒が
多いようであるし、テスト慣れ、
しているらしい。

もし、隣の子供が学習塾に、
行くようになりば、
「うちの子も」というように、
なるのかもしれない。

私は、「勉強がいけない」
と言いたいのではない。

むしろ、その逆で、
一生人間は、何らかの
勉強し続けるべきだ

と、思っている。

しかし、その目的意識を
どこに持ってくるかで、
どえらい違って来ると思う。

勉強の本来の姿は、
ただ、試験のためだけでない、
と思う。

いい大学に入って、
いい会社に就職できるだけで、
本当に、これからの人生、
おんびんに過ごせるのだろうか?

これだけ、多様化が進む中、
勉強が できるorできない」の、
単純な価値観だけでは、
本当に豊かな人生を過ごせるとは、
到底、思えない。

あの「秋葉原事件」の犯人が口にする
勝ち組」、「負け組」という言葉左斜め下

単純化しすぎた価値観に依存しすぎると、
転けた時、「非常にもろい」のではなかろうかexclamation&question

一世代前と、明らかに
違ってきているのでは、
なかろうかexclamation&question






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2008年09月01日

日本の教育(2)

 6年ほど前、当時私は、
35歳ぐらいだったかな〜。
ある日、名古屋の、
あるお好み焼き屋で、
一人で本を読みながら、
ランチをしていた。

そのお店は、けっこう手狭で、
隣のテーブルとの距離が、
ほとんどない。

私が、座っているテーブルの
すぐ隣で、ある家族が、
食事をしながら、
しゃべっていた。

余りにも近い距離なので、
モロ聞こえる。

三十代後半の両親、
小学校5年生ぐらいの女の子、
小学校3三年生ぐらいの男の子と、
以上4名の家族であった。

その男の子が、
「ぼく、お父さんを尊敬しているんだ。」

へ〜、なかなか感心やないの。

そして、その男の子がさらに続く左斜め下
「お父さん、中学の時、○×□のテストで、
すごく良い点とったんでしょうグッド(上向き矢印)
すごいなー」

なるほどな〜、自慢のお父さんなんだな〜。

さらに、その男の子は、左斜め下
「こないだ塾のテストで、隣のK君、
70点しかとれやしない、
バカじゃないの〜、
だから鈍くさいんだよー!」

そして、5年生ぐらいの女の子が、
弟のその男の子に左斜め下
「あんただって、90点程度でしょダッシュ(走り出すさま)
そんなんじゃ、いい大学には入れないわよ。
私なんか、その頃のテストで
100点とってるわよ」。

こんな話が、一時間ほど続く。
具体的に、小学生なのに、
東大だの、慶応大学だの、
具体的な有名大学の名前さえ、
出てくる。

お父さんもお母さんも、
そのような話が好きみたいだ。
そして、大学名を上げて、
その後の具体的な
就職先も、言葉として出てくる。
「あそこの大学で、
そこそこの成績でおれば、
一流企業にいけれる。」
とか。

また、各テストの攻略法など、
相当、熱を入れて語っていた。

どうも全ての価値観が、
「勉強できるorできないかexclamation
のようだ。

「へ〜、変わった家族もいるものだ」と
思った。

その日の昼から、
ある会合で、当時25歳ほどの
女性と話をする機会があった。
私より、10歳ほど年下だ。

そして、その日にお好み焼き屋で、
出会ったその「勉強家族」のことを話した。

そして、その女性が左斜め下
「実は、私の家族も同じようなものでした。
私の弟が、すごく良くできて、
よく比較され、いまでもそれが、
少しトラウマとして残っています。」

へ〜、けっこうそういう家族っているんだexclamation

それから数日後、私より、
10歳ぐらい年下の男性と、
話す機会があった。
そして、その「勉強家族」の
事を、話した。

そして、その男性も左斜め下
「私の家も、そのような家でしたよ。
いかに、テストで良い点をとるか、
いつも考えていました。
私にとって、受験なんてのは、
クイズみたいなモンでした。
出題されるパターンがあり、
時間配分なりの、コツっていうモノがある。
その訓練のようなモノでした」。

やっぱ、そういう家族って、
けっこういるんだ。

私の周りには、そのような家族って、
いなかったような気がする。

もしかして、私が知らないだけだったのかexclamation&question
それとも、年代的な違いななのかexclamation&question
家族構成や、住んでいる地域の違いなのかexclamation&question

いろいろ、私なりに調査した結果、
どうも、年代が若ければ若いほど、
また、新興住宅街ほど、
また、核家族に多いようだ。

ふ〜ん、なるほどな。
これは、大きく移り変わる、
時代背景と、関係深そうだ。

まだ、まだつづくexclamation

懲りずに、見てちょーねわーい(嬉しい顔)












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2008年08月31日

日本の教育

 つい2週間ほど前、
小学校高学年になる姪っ子と、
こんな会話をしていた左斜め下

「な〜、学校楽しいか?」

そして、姪っ子が左斜め下
「メチャメチャ楽しいexclamation
でも、勉強がね、、、。」

そして、さらに続く左斜め下
「ね〜ね〜おいちゃん、
なんで勉強しないけないの〜?」 

「ん〜、なんでexclamation&question
う〜ん、「なんで〜exclamation&question
「なんで〜exclamation&question」、「なんで〜exclamation&question
と、頭の中をかけめぐり、
答えに詰まってしまった。

実をいうと私は、
今の教育制度もしくは、
教育に対する社会的風潮に対して、
若干の違和感がある。

それは、別として、
姪っ子の前で、
そんなことを訴えてもしょうがないし、
一人の身内として、
姪っ子の勉強に対する意欲を
削ぐような事を言うのは、
けっして、
好ましいことではない。

家に帰って、
我がワイフに、
姪っ子の質問」のことを、
話してみた。

ワイフは左斜め下
子供の時に勉強すると言うことは、
一つの忍耐力をつけることじゃないのexclamation&question
また、学問という知識が、
積み上げられるのに、
ものスゴイ時間と労力がかかっている。
それを、放棄するのは、
賢くないと思うよexclamation


なるほど、さすがわがワイフexclamation
深いね〜exclamation

まさに、その通りだと思う。
私自身も実は、勉強はけっこう好きだ。
学生の頃は、姪っ子と同じで
大嫌いであった。

むしろ、社会に出てから、
好きになった。

今の人間が積み上げてきた
知識、知恵というのに、
大変興味を持っている。

しかし、今の日本の教育制度
もしくは、風潮に対して、
若干の違和感がある。

それについては、
次回書きます。

また来てちょーすわーい(嬉しい顔)








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