2008年09月19日

学歴コンプレックス(3)

 コンプレックスとは、
不思議なものであるexclamation
多くの場合、心の大きな負荷を
与えるが、逆に言えば、
生きる活力」となる場合もある。

もし、人生、生きていく中で、
「くやしい〜ふらふら」とか、「コンチクショーふらふら
とか、思わなかったとする。

たぶん、自分がふやけてしまうか、
もし年配であるならば、
すぐにボケてしまうのかもしれない。

しかし、心の中で、
大きな負荷になるのも、
事実である。

もし、もっと若い頃なら、
まったく、周りが見えず、
暴走してしまう危険もあるexclamation

要するに、どのように自分自身、
その「コンプレックスと向き合うかexclamation
ということでは、ないだろうかexclamation&question

人間とは、more and moreの動物であるexclamation
と、誰かが言っていた。

何かに満たされれば、
必ず、次のモノがほしくなる。

だから、常に自分自身に
何かが足らないexclamation
と思ってしまう。

私の場合なら、「学歴歴が足らないexclamation
と、強く思ってしまった。

今なら、私ら夫婦には、
子どもがいないので、
「子どもが足らないexclamation
と、つい思ってしまう。

しかし、よく考えてみれば、
私自身、健康であるexclamation
また、私の両親、ワイフの両親、
健在であるexclamation
友人、知人にも恵まれ、
日本という豊かな国に生まれて
これただけでも、
十分過ぎるほど、幸せなのかもしれない。

禅宗の言葉であるが、
足を知るexclamation
ということを、強く認識するべきである。

人間とは、愚かなもので、
つい、自分が幸せなんだというとを、
忘れてしまい、
あれが足らない、これが足らないexclamation
と思いがちである。

その足らないというのが、
コンプレックスである。

そのコンプレックスは、
無くても困るし、
あっても、心の負荷になる。

また、「もっともっと」という
欲求は、一生つきまとうモノである。

そうならば、それとうまく
つき合うしかない。

ある時は、「くやしーいexclamation
という気持ちに、身をまかせ、
何かに全力でぶつかる。

また、ある時は、
「足を知る」という言葉の
通り、自らを押さえる。

要するに、もう一人の冷静な
自分が、うまく自分自身を
コントロールできるように、
なれば、人生の達人になれるであろう。

ある人が、うまい表現をしていた左斜め下
煩悩を飼い慣らすexclamationexclamation
深い言葉だね〜exclamation

もちろん、なかなか難しい事であるが、、、。

私も、死ぬまでには、
自分自身の「手綱さばき」が
うまくなりたいモノである。









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2008年09月18日

学歴コンプレックス(2)

 放送大学のある面接授業に
行ったときに、とてもユニークで、
魅力的な人に、出会った。

その人は、その面接授業の講師であった。
放送大学の卒業生で、
卒業後、自ら書いた論文にて、
博士号を取得している
つ・わ・も・の」である。

面接授業の最初に、
自らの自己紹介を行った左斜め下

私は、皆さんの先輩であり、
放送大学の卒業生です。
私は、当時、学歴コンプレックスの
固まりでしたexclamation


と、いきなり、自分の
コンプレックスについて、
披露なされた。

その方は、大学病院にお勤めであった。

たしか、博士号取得のため、
どうしても、学士の資格が
いるとのこと。その為、
放送大学で、最速記録で、
卒業なされたと、
言っていたと思います。

このように、けっこう
放送大学には、多かれ少なかれ、
学歴コンプレックスを持っている方、
が多いようでした。

ある定年退職者の人も、
こんな事を言っていました左斜め下

働いているときは、
長年、学歴コンプレックスを
もっていた。
定年後、どうしても大学で
学びたくて、今、卒業めざして
がんばっているexclamation


コンプレックスというのは、
不思議なもので、
それが強いほど、まったく
周りが見えなくなる。

冷静になって、考えれば、
そのことを、世界で一番意識している
のは、自分自身であり、
自分で自分を苦しめて、
いる面が多い。


しかし、逆に言えば、
周りが見えない分だけ、
一心不乱に、そのコンプレックスを
解消するよう努力できるのかも
しれない。活力となり、
モチベーションともなり、
あれこれ迷わず、
突っ走れる時もある。

周りを見ずに
突っ走るというのは、
非常に危険な面もある。

なので、いつも冷静に
自分自身を観察できるように、
できるのが一番いい。

もちろん、それは、
非常にむつかしいことである。

ある人が言っていた左斜め下
煩悩を、うまく飼い慣らす
と。深いね〜exclamation

いつも、まとわりつく煩悩exclamation
これとうまく、付き合えるように
なれば、もう「人生の達人
なのかもしれない。












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2008年09月17日

学歴コンプレックス

 「なぜ、放送大学を、
続けることができたのか?」

そのモチベーションを、
自分なりに分析すると、
学歴コンプレックス」も、
一つの大きな要因であった
と思う。

もちろん、他にも
いくつか、その要因は、
あったが、決して
見逃すことのできないのが、
この「学歴コンプレックス
である。

よく会社から、研究会や、
講演会などに出席する機会があった。
それらの集まりは、
理科系の会なので、
その懇親会などで、
お会いする方々の名刺を見ると、
「○○博士」など、
高学歴の方々が多い。

こっちは、高卒exclamation
それも三流高校で、無期停学3回の、
首の皮一枚で、何とか卒業出来た身exclamation×2
どうしても、気負い負けしてしまうもうやだ〜(悲しい顔)

また私自身、好奇心が
人一倍強い方である。

20代から色々な本を
読むようになった。
読めば読むほど、
自分の世界が広がり、
いろんな「知識を得たい」という、
欲求が強くなった。

そして、知識が集約されている
大学への憧れ」のようなもの
もあった。

よく、社会に出てから、
知り合った友人知人らと
話していると、
大学時代にさ〜
というようなフレーズを
良く耳にした。

もちろん、自分には、
その「大学時代」という
時代がないふらふら

なんとなく劣等感と、
憧れのようなものが、
込み上げてくる。

20代後半ぐらいから、
勉強したいexclamation勉強したいexclamation
と、いう気持ちが、強くなってきた。

しかし、自分には無理だろうと
思いこんでいた。

その一つに要因は、
入試」である。

私の性格からいって、
暗記」というのは、
非常に苦手ふらふら

どちらかというと、
頭が硬い方なので、
「何でこうなるのかexclamation
という、根本原理から、
理解できないと、
まったく、覚えられない。もうやだ〜(悲しい顔)

今さら、大学なんてexclamation
自分自身を、ごまかして
いたのかもしれない。

そうこうしているうちに、
30歳を超え、結婚もしていた。

そんなある日に、放送大学の
存在をしった。

何々、入試がない、
しかも、普通の大学に比べ
学費が格段に安いexclamation×2


これなら「行けるexclamation
と思って、飛び込んだexclamation×2

入試の代わりに、書類一枚書くだけexclamation

学費の方も、卒業までの5年間で
70万円そこそこexclamation
単位を30ぐらい落としているので、
もしストレートなら、
60万円をきっていたであろうexclamation
通常の国公立大学の、4分の1である。

話をもとに戻すが、
勉強の大切さや、
学歴コンプレックスを感じる
ようになったのも、
社会に出てからである。

それらの事が、
強いモチベーションとなり、
生きた知識を得ることに
なると思う。

そのような知識は、
いつまでも強く残るし、
社会のいたるところで、
還元されていくだろうと、
強く思うexclamation












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