不思議なものである
多くの場合、心の大きな負荷を
与えるが、逆に言えば、
「生きる活力」となる場合もある。
もし、人生、生きていく中で、
「くやしい〜
とか、思わなかったとする。
たぶん、自分がふやけてしまうか、
もし年配であるならば、
すぐにボケてしまうのかもしれない。
しかし、心の中で、
大きな負荷になるのも、
事実である。
もし、もっと若い頃なら、
まったく、周りが見えず、
暴走してしまう危険もある
要するに、どのように自分自身、
その「コンプレックスと向き合うか
ということでは、ないだろうか
「人間とは、more and moreの動物である
と、誰かが言っていた。
何かに満たされれば、
必ず、次のモノがほしくなる。
だから、常に自分自身に
「何かが足らない
と思ってしまう。
私の場合なら、「学歴歴が足らない
と、強く思ってしまった。
今なら、私ら夫婦には、
子どもがいないので、
「子どもが足らない
と、つい思ってしまう。
しかし、よく考えてみれば、
私自身、健康である
また、私の両親、ワイフの両親、
健在である
友人、知人にも恵まれ、
日本という豊かな国に生まれて
これただけでも、
十分過ぎるほど、幸せなのかもしれない。
禅宗の言葉であるが、
「足を知る
ということを、強く認識するべきである。
人間とは、愚かなもので、
つい、自分が幸せなんだというとを、
忘れてしまい、
あれが足らない、これが足らない
と思いがちである。
その足らないというのが、
コンプレックスである。
そのコンプレックスは、
無くても困るし、
あっても、心の負荷になる。
また、「もっともっと」という
欲求は、一生つきまとうモノである。
そうならば、それとうまく
つき合うしかない。
ある時は、「くやしーい
という気持ちに、身をまかせ、
何かに全力でぶつかる。
また、ある時は、
「足を知る」という言葉の
通り、自らを押さえる。
要するに、もう一人の冷静な
自分が、うまく自分自身を
コントロールできるように、
なれば、人生の達人になれるであろう。
ある人が、うまい表現をしていた
「煩悩を飼い慣らす
深い言葉だね〜
もちろん、なかなか難しい事であるが、、、。
私も、死ぬまでには、
自分自身の「手綱さばき」が
うまくなりたいモノである。

