私なりに、まとめてみようと思う。
「和の原理」の始まりは、
日本に古代からある「怨霊信仰」で
あると思う。
地震、台風、洪水、噴火など、
日本は「天災のデパート」である。
科学もない古代の人々が、
この現象をどのようにとらえたかと
いうと、
「不幸にして亡くなった人の怨霊の仕業
もしくは、
「何か恨みなどから発生する怨念の仕業
と考えた。
これらが怨霊信仰である。
では、どのようにしたら、
「怨霊、怨念が発生しないのか
それは、みんな「仲良く睦ましく」、
暮らせば、何ごとも起こらない
また、みんなが常に一致団結していれば、
逆によいエネルギーが発生し、
何ごとも、達成できると思っていた
ふしがある。
聖徳太子の十七条憲法の
最初の第一条に、
このように書いてある
「人々が、睦ましく話し合いができれば、
道理がかない、何も事も成し遂げられる
みんなが一致団結して、
事に当たれば、良いエネルギーが
発生し、何ごとも成し遂げられるが、
反対者がでれば、
それが怨念となり、
何か不幸な事が起こる。
このような「和の原理」が、
仏教にも儒教にもない。
日本古来からあるモノだ。
そのことが、一番大事な第一条に、
書いてあるのだから、
日本人にとって、「和」が
何より大事であるということだ
また、日本は天災は非常に多いが、
自然が豊で、自然からの幸多き国である。
なので、みんなが仲良くし、
分配がうまくいっていれば、
そこそこ食べていける。
その辺りが、「和の原理」が
発達したバックグランドでは
ないだろうか
そして、その後稲作が発展していく。
それと同時に、村社会が形成されていく。
稲作というのは、田植えや稲刈りなど
限られた一定の期間に、労力を集中して、
行わなければならない。
なので「和」保ち、一致団結してなければ、
出来るモノでもない
稲作とは、本来はもっと
温かい地域のモノであり
日本は、稲作の北限である。
フィリピンなどのように、
4毛作ではなく、
田植え、稲刈りなど、
やらなければならないときに、
やることやらないと、
収穫に大打撃をくらってしまう。
その為には、みんなが一致団結して
労力を効率よく集中して、
行わなければ、みんな餓死してしまう。
また、村というのは、教育、福祉、納税など、
すべてのことを、協同で行ってきた。
それも先祖代々、何百年と
同じメンバーである。
こうなると村社会にとって、
「和」というモノが、非常に大事になる。
そして、怨霊信仰からはじまった
「和の原理」が、このような
村社会の中で、発展してきた。
とにかく、村の運営、維持が第一で、
それを乱すモノは、
徹底的に排除される。
「和」を保ちながら、一致団結して
協同で村を維持していけば、
なんとか食べていけた。
しかし、協力しない輩が続出すれば、
たちまちのうちに、村は崩壊
したであろう。
このような形で、「和の原理」が
より発展し、継続されてきた。
そして、我々日本人の中に
現在でも、しっかりと生き続けている。
いくら、文明社会が発達しても、
思想パターンというのは、
なかなか変わるモノではない。
日本人は、「和」を保つことが
非常に大事と感じ、その「和」を
保つために、「場の空気」というものに、
非常に敏感な民族である。
次回からは、その「空気」について
書いていきたい。
また、見てちょーす

