2010年01月19日

マスコミの大本営発表!

 朝から晩まで、
マスコミの大本営発表には、
もう、うんざりexclamation×2

雑誌を読みに、
マンガ喫茶にいっても、
表紙に
「小沢、、、」と、
書いてない雑誌など
ないくらいだ。

これって、恐ろしいことだ。

事実とは関係なく、
一方的な情報が
垂れ流しexclamation×2

明らかに情報操作であり、
だれかが一定の世論を
作っている。

私は、こういうマスコミの
あり方に対して、
何年も疑念を抱いていた。

ウソもへったくれもない。

情報を流した者勝ちexclamation×2

検察とマスコミは、
明らかにグルになっている。

どうか鈴木宗男さんの
このユーチョーブの
映像を見て下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=0suKc0jRBzs&feature=player_embedded

小沢さんほど、
「政治とお金」の
問題に真っ正面から
取り組んできた
政治家はいないexclamation×2

こんなことで、
日本の政治がだめに
なってくなんて、
憤りを感じて
ならないちっ(怒った顔)

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2009年10月05日

犬山FM「まちの放送室」最高!

犬山FMラジオ「まちの放送室」
ROZAさん、昨日はありがとーわーい(嬉しい顔)

そして、さっそくコメントしてくれて
うれしい限りです。

また、いつか犬山行きたいと思います。

昨日、私ら夫婦と、
友人の夫婦と4人で
犬山の街にブラッと繰り出した。

犬山と言えば、「犬山城」。

変換 〜 09.10犬山 021.jpg

そして、その犬山城の周辺を
街興しが進められている。

古い街並みを利用して、
甲冑工房」や、「ろうそくによるアートの店」
名物の「味噌田楽の店」、雑貨屋などが
立ち並ぶ。

変換 〜 09.10犬山 088.jpg

その一角の古い建物を利用して、
FMラジオステェーションの
「まちの放送室(FMラジオ 84.2MHz)」
がある。

そのFMラジオは、
犬山の街にとけ込みながら、
元気良く活動している。

私も「何かな〜」と、
ブラッと立ち寄ったら、
パーソナリティのROZAさんが
話しかけてくれた。

そのROZAさんは、
とても元気な明るい方で、
どちらかというと、
日本人離れした顔立ちをしている。

最初、「日本人でないな〜」と、
という印象であったが、
どうも日本人のようだ。

私も同じような経験を持つ。

私は、ニュージーランドで
一年間滞在した経験がある。

ファームステイなどを
していたので、当時は
日焼けで顔が真っ黒であった。

また、顔の作りが、
どちらかというと、
東南アジア系、
いわゆる濃い顔。

当時、ニュージーランドにいるとき、
その真っ黒の顔で、ある日本人の
ホームパーティーのようなものに
出席した。

そこには、多くの日本人が
集まっていた。

しかし、ほとんどの日本人が
しゃべりかけてこない。

そして、私がある友人に
日本語で話しかけたのが
耳に入ったのか、近くいた男性がが、
あれ、日本語お上手ですね〜
と、話しかけてくれた。

いや〜おれ、日本人ですけど、、、。」
と、答えたら
うそだ〜、あ、わかった
沖縄の人だね〜

と、いうような感じで
その後、話が盛り上がった。

まあ、そんな自分の
体験談は軽くスルーしていただいて、

そう、ROZAさんも
最初ハーフかなと思って
そのことを素直にたずねた。

そうしたら
どこのハーフだと思う?」
というふうに、逆に問い
かけられたので、、

無難なところで
アメリカじゃないの〜
と、私が答えたら

ROZAさんが
ブラジルだよ〜
と、言った

なんかその「ブラジルだよ〜」
という言葉にまったく違和感がない
風貌であった。

そのハーフというのは、
冗談らしいが、そんな
ことで話が盛り上がって、
なんと、
ちょっと、13時50分から、
FMラジオに出てみない?」

という話になってしまった。

そのFMラジオは、
とても地域にとけ込んだ
活動をしている。

私の前に出演したのは、
地元のチアガールを
している子供達であった。

以前そのラジオに登場した
ことのあるそうだ。

そして、その日もブラっと
現れ、自分たちが
やっているチアガールの活動を
宣伝していかれた。

地域に根ざし、
地域とともにある
犬山のFM、「まちの放送室」。

とてもすばらしい活動だ。

このような地域の
ラジオ放送があると、
地域の活性化に、
つながっていくと思う。

たとえば、細々とした
地域のイベントの情報や、
安売り、そして地元の
出来事など、この辺りの
情報をどんどんと
流すことが出来る。

これからは
地方の時代なので、
こういう活動が非常に大事
だと思う。

また、地震や台風など
天災の時にも、地元のラジオ局
というのは、非常に
有効に活躍できるで
あろう。

ROZAさん、これからも
がんばってちょ〜よ。

応援してます〜。

それから、しばらく
このブログでも、
犬山の良さを紹介
したいと思います。

がんばってね〜わーい(嬉しい顔)















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2009年10月04日

日本の歴史??

 海に浮かぶたくさんの
漁船を見ていると、
ふと思うことがある。

変換 〜 09.9三河湾一周自転車旅行 141.jpg

この漁師さん達は、
いわば「海の民」。

風土的に、日本というのは、
本当にバラエティーに
富む国土である。

このように、海からの幸に
依存して生活を営む人々。

山菜、キノコ類、はた
また狩りなど、
山からの贈り物に依存して
生活している「山の民」。

はたまた、平野で田んぼに依存して
いる「稲作農民」。

日本というのは、海があり、
高い山々があり、
それに南北に長い島国である。

南と北では、かなり気温も
違い、それに伴い
自然環境もだいぶ
異なってくる。

その中で、いろいろな
生活スタイルがあった。

そのスタイルによって、
文化も宗教も価値観も
とても多くのバラエティーを
持っていたのかもしれない。

私は、最近ふと思うことがある。

それは、我々が学校等で
習ってきた歴史や、
多くの文献に書かれてある
日本の歴史とは、
平野の民(稲作農民)中心の
歴史でないかと思う。

日本では、これだけバラエティーに
富んだ自然環境の中で、
むしろ当時の政府に属さない
民族というか、集団がおっても
おかしくはないのかもしれない。

例えば、日本はほんの30%が
平野で、あとは深々とした山々である。

昔は、今のように日本の隅々まで
道路はなかった。

林道など、深く山に入り込む
道もなかった。

道が発達した現代でさえ、
日本地図を真上から見れば、
本当に道から、進入できる
土地は、いったいどれほど
のモノだろうかexclamation&question

登山をして思ったが、
深い山道を登っていけば、
深々とした森林が拡がり、
深い谷があり、
もしかしたら、まだまだ
通常「平地で住む民」が入り
込んだことのない
土地というものが
あるのかもしれない。

特に、昔は道路網などは、
今よりはるかに狭かった。

東海道、中山道や北陸道などすら、
現代に比べれば細々としたものであり、
道の多くが、ただ川沿いをはしって
いるモノが多い。

そうなると、未開の土地というのは、
いっぱいあったのでは
なかろうかexclamation&question

それに、その広い未開の土地で
生活している人が
いたのではなかろうかexclamation&question

ないが言いたいかというと、
実は、当時の幕府などに
属さないというか、管理され
いない人々が多くいたのでは
ないか、と推測する。

いうならば、正式な日本国民で
として、登録されていないが
日本の国土の中で、しっかりと
生活を営んでいたしとが、
けっこうな割合でいたのでは
なかろうかexclamation&question

江戸なり室町なり朝廷も
そうであるが、
平野の民(稲作農民)
の政権である。

もしくは、平野の民(稲作農民)を
制圧した政府である。

日本の政権をにぎることで、
実はこの平野を制圧する事が、
非常に重要であった。


次号に続く、、、。






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2009年06月15日

信長の館!

 私の義理の父も
けっこうな歴史マニア。

よく、私は父の本を
読みあさる。

私の義理の両親は、
奈良市に在住だ。

ゴールデンウィークに帰った時に
父に勧められるまま、
山本兼一の「火天の城」を
読んだ。

その本は、安土城築城に
ついての物語だ。

それも主人公が、
その築城の時の総棟梁。

つまり、大工だ。

なかなか信長について、
大工の目線で書いたモノはなく、
とても新鮮であった。

その本については、
もちろん、大工から見た
信長の人物像。

そして、当時の建築模様。

安土城に対する意味など、
とても繊細に書いてある。

その本を読んで、
父も私も意気投合して、
滋賀県安土町にある
「信長の館」に行こう〜
ということになった。

知らない間に、私の嫁も
読んでおり、嫁と
義理の母と4人で
昨日奈良から、来るまで
安土に向かった。

とても楽しかった。

車の中ではいつものように
女性陣はよく眠る。

父と私はだいたい
歴史の話をしている。

これが、いつものパターンだ。

そして、奈良を出発し
京都の木津川市、城陽市から
国道307号線に入り、
信楽、甲賀市、東近江市、近江八幡市など
南近江をドライブしながら、
安土に向かった。

南近江をドライブするのは、
ほとんどはじめてかも知れない。

けっこう広い田園地帯。

琵琶湖より水路が引かれ、
それにより稲作が行われて
いるようだ。

京都に近いせいか、
とても寺が多いように
感じた。

そして、ドライブは進み
水口、近江八幡と通り過ぎた。

この辺りも歴史マニアには
たまらない。

水口は、豊臣政権下の五奉行の一人、
増田長盛が治めていた。

家康が会津征伐に行くときに、
ここで増田長盛が
謀殺を企てたとされている。

近江八幡は、秀吉の甥っ子の
「殺生関白」こと豊臣秀次の所領。

この辺りも歴史には
よくでてくる。

また、交通の要の地帯。

東海道、北陸道、中山道が通り抜ける。

歴史マニアにはたまらない地帯だ。

歴史マニアは、けっこう地理を
覚えるのが得意なのかもしれない。

それは、歴史に詳しいから
地名を聞いただけで、
だいたい歴史上の出来事から、
その地理的な位置が分かる。

その近江路の田園風景を眺めながら、
安土の「信長の館」に着いた。

実はわたしは、ここに来るのは、
これで3回目。

しかし、なんていうのか
毎回来るたびに、
その見方が変わっている。

時が経てば、人間とは新しい知識
経験が付いてくる。

特に私は信長の本がすきで
読みあさっている。

その為、前回来館したときよりも
新しい信長像が頭の中に
出来上がっていたりする。

それに、多少なりとも
何年か前より、人生経験を
積んだことから、
信長に対する見方も
幅広く見れるように
なったのかもしれない。

歴史を見ると言うことは
そういうモノなのかもしれない。

同じ一人の人間でも、
見る人が成長することによって、
見方がだいぶ変わる。

歴史だけではない。

世の中のこと、周りの人間関係にしろ、
人間とは所詮は自分の
物差しでしか測れないモノ。

その人の人間的な大きさに
よって、すべてのモノの
見方がだいぶ変わってくる
のかもしれない。

心を開けば、
世の中が輝いて見れる。

何か、心に執着があったり、
煩悩に頭が占領されていれば、
狭く、薄く暗く見えるモノである。

心を開くためには、
客観的に自分を見つめる力が
必要だ。

実は客観的に見るために
「歴史をよく知る」ということは、
けっこう有効である。

何か迷ったり、壁にぶつかったり
したときに、例えば
「こんな時に信長だったらどうしたか?」
とか思い浮かべたりする。

また、先人達が残した
言葉を引用してみたりする。

歴史の中には、色んな人の
実例が詰まっていたり、
彼らがとても苦悩したことから、
多くの教訓を残していたりする。

その中でも「信長」という人は、
とてもおもしろい。

その信長が建てた「安土城」。

とても意味深い城であっただろうと
私の空想も広がる。



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2008年09月25日

私の宗教観(2)

 歴史と宗教は、
非常に関係が深い。

それが、私が宗教好きな
もう一つの大きな理由である。

外国へ行けば、
宗教史イコール、
その国の歴史、
そのものである。

日本の場合は、
若干、いろんな宗教が
重なりあっているので、
分かりづらいが、
それでも、よくよく注意してみると、
よく分かる。

その辺りが、とても
分かりやすく書いてあるのが、
井沢元彦氏の著書である。

逆説の日本史シリーズ」は、
もちろんのこと、
宗教をテーマにした著書も
数多い。

最初に、「逆説の日本史を」読んだときは、
鳥肌がたった。

特に、
逆説の日本史10 戦国覇王編
これは、すごいexclamation×2

これを、読んで
滋賀県の安土にある、「信長の館
に、是非とも行ってもらいたいexclamation

信長の最大のライバル、
一向宗との戦いexclamation


比叡山焼き討ちに代表される
信長の政教分離政策exclamation



安土城の意味exclamation

などなど、信長の宗教との
向き合い方が、特に多く書いてある。

井沢さんが、よく言う
宗教を軽視すると歴史は見えないexclamation

その通りだと思う。

歴史とは、
人間の営みそのものであり、
その時代の人々が、
いろんな事に影響されて
いたと思う。

宗教は、もちろんのこと、
その国の風土、その時代の技術水準、
天災、外国との関係など、
色々な要素を結集したのが、
歴史そのモノである。

宗教学や民族学の観点から、
歴史をみれば、
まったく違った形に見えたりする。

歴史学の専門家であるほど、
視野が狭くなってしまい、
全体像が見えづらい可能性もある。

もちろん、井沢さんの説が
間違っているのかもしれないexclamation&question

それは、それでいいと思う。
歴史なんて、タイムマシーンがある
わけではないので、
だれの説が正しいとは、
言い切れない。

しかし、物事をいろんな角度から、
見てみるというのは、
非常に大事である。

また、日常の生活、仕事の中でも、
そのような習慣を身につけて
おけば、人間の幅が広がるの
かもしれなし、
幅広い歴史観により、
その人の人間としての
深みが出てくのかもしれない。

これだけ変化が激しく、
多様性の世の中になってきた以上、
専門家といわれる人の事を、
疑ってみるぐらいが、
丁度いいのかもしれない。








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2008年09月23日

私の宗教観

 こないだ、古い友人に
バッタリ合った。
彼は、私のこのブログを、
見てくれたみたいだ。

「どうだったexclamation&question
と、感想を聞いたら

な〜に、hideちゃん、宗教やってんの〜exclamation&question
という、答えが返ってきた。

「そういえば、このブログって、
よく、神様とか、仏様とか、
仏教とか、宗教チックな
言葉が多いよな〜」
と、改めて、
気がついた。

私は、けっこう宗教に興味がある。

しかし、けっして
新興宗教などには、
入っていないし、
今後、入ろうとも思わない。
 
心のあり方」についても、
いろんな事を経験しながら、
その中で、自分なりの真理を
構築して、行くのが好きである。

しいて、宗教団体に
所属していると言えば、
我が家は、先祖代々、
浄土宗に属している。
 
また、我がエリアの氏神様である
莇生神社の氏子という意識がある。

しかし、私は平均的な日本人から
すれば、若干、信仰心が強い
方かもしれない。
それは、信仰心の強い、
祖父母に育てられた影響が、
強いのかもしれない。

小さい時から、
「神様」、「仏様」、「ご先祖様」
という言葉を、
毎晩のように、聞かされてきた。

この年になって、少し気恥ずかしいが
自分には、氏神さんと
ご先祖さんが守ていてくれているexclamation

と、心のどこかで思いこんでいる
ふしがある。

それは、妄想なのかもしれない。

しかし、二世代前ぐらいまでは、
平均的に、このような感覚を
持っていた人が、多かったのでは、
ないだろうかexclamation&question

そして、そのような感覚が
自分自身を戒める、戒律となり、
ほとんどの人々の
行動原理に、深く関わって
いたのではないかと思う。

そして、実は今でも、
日本人の思考パターンの中で、
宗教起源のモノが、
多く残っている。

これについては、
井沢元彦さんの本を読むと、
とても、分かりやすく
書いてある。

そして、日本人の思考パターンを
しっかりと認識すると、
日常生活の中で、
いろんなモノが見えくる。















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