2018年06月17日

「劣等感」の本質とは、、、。

今週のNHKの「世界の哲学者に人生相談」が、また良かった。

テーマは、「劣等感」だった。

Aさん 40代女性
「私は、国立女子大を卒業して、未だに未婚で、子供がいない。
仕事は、非正規雇用です。そんな自分が同級生に劣っていると
感じる。。四年後、卒業30周年を迎え、同窓会がある。
行きたくない。そんなことを思う自分が情けない。
どうしたらいいのか?」
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出演者の歌手の石井竜也さん
「私なんか、劣等感の塊。人間だれでも、劣等感ってあると思う
と、、、。

同じ出演者のタレントの磯野貴理子さん
「私も、同じように劣等感の塊。背の低いこと、
そしてこの顔もアップで耐えられない。だから、自然に、
バラエティーの方へ進んだと思う。」

16才までニューヨークにいたモデルの河北麻友子さん

「私は、劣等感って感じたことがない。むしろ、その言葉も知らなかった。
ニューヨークで生活していると、いろんな人種がいるので、
違ってあたり前というような感じ。」

と、、、。

各出演者、いろんな意見を持っていて、おもしろかった。

そして、「勇気づけの哲学者」と言われる
アルフレート・アードラーが登場

「劣等感は、誰でも持っている。
それは健全な向上心のきっかけになる」
と、、、。

また、
「悪い劣等感は、他者との比較から生まれる。
 良い劣等感は、理想の自分から生まれる。」

と、、、。

それに対して、石井竜也さん

「むかしは、常にどうアピールしてやろうか?ということばかり
考えていた。いつ頃からか、自分が気持ちいいことをやろうという
ように変わってきた」
と、、、。

番組の中で、
「他者と比較すれば、その比較した他者がだんだんと
ものすごく巨大な存在のように感じてしまう。また、その比較する
対象者が次から次へと出てきて、切がない」
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また、
「人がつくった理想像に対して、自分が劣っているというだけ。 
 それより、人間としてどうどうといきればいい」
と、、、。

番組の内容としては、だいたいこんな感じだった。

私も、石井さんや貴理子さんのように、
誰でも劣等感ってあるように思う。

こないだアナザースカイでやっていたが、
あの女優米倉涼子がこんなことを言っていた。

「ちょっと臆病者なんですよね。あと、意外と自分に
自信がない。意外とと言うか、本当に自分に自信が
ないからやれる。臆病で自信がないから頑張れる」
と、、、。

米倉さんは、誰もがあこがれる本場ニューヨークの
ブロードウェイで、アジア人として初めて、主役を張った
ほどの人だ。

福山雅治さんと親しいリリーフランキーさんが、福山さんのことは、
「彼は猛烈な劣等感をエネルギーにして、歌を作っている」
と、、。

これを聞くと、おまんら、何を言ってんじゃ〜、と誰もが思う。

容姿に恵まれ、才能に恵まれ、トップを走る人が、
劣等感、、、自信がない、、、。

ほな〜、あほな〜と思わないだろうか。

しかし、実際の本人にしてみれば、
その通りなのかもしれない。

トップを走れば走るほど、ものすごい競争率である。

いつ急落するのか、いつ足をすくわれるのか、
また、もし変な演技や作品でも出せば、
コテンパンにたたかれてしまう。

かなりのプレッシャーが常に米倉さんや福山さんに
重くのしかかり、そして完璧なモノが出来ない自分に対して、
常に劣等感のようなモノを感じているのではなかろうか、、、。

よくよく考えれば、人間って、とても社会性のある動物だ。

逆に要れば、社会の中でしか生きられない。

集団の中で生きていれば、やはり多かれ少なかれ、
生存競争に巻き込まれる。

集団の中で生きれば、どうしても他者と比較し、
それにより自分がすぐれているか、それとも劣っているのか、
そのような価値基準になってしまう。

しかし、それには切がないということ。

そして、劣等感を持った自分が相手を見た場合、
どうしてもその相手が巨大に見えてしまい、
被害妄想気味になってしまう。

劣等感を言い方を変えれば、コンプレックスとも言うし、
煩悩ともほぼ同義語だ。

江戸時代の禅僧、鈴木正三さんがこんなことを言っていた。

「我が身を思う念(自己保身)」が分別(煩悩)の本質である」

と、、、。

傷つきたくない、惨めな思いをしたくない、
そのようなわが身を過剰に守ろうとする思いが、
怒り、不安、恐怖、妬みなどの煩悩の本質であり、
そのような思いが強ければ、強いほど
自意識過剰となり、自分を見失ってしまう。

劣等感や煩悩なんて、誰でも持っているし、
また生きている以上、一生付きまとうもの。

それより、上手く付き合っていく、
上手く飼いならす、そうすした方のが、
はるかにいきやすくなるのではなかろうか。

まずは、その本質を知ること。

相手を過大評価してしまうこと。

悩んでいるのは、自分だけだと思ってしまうこと。

それと、自分次第で相手も変わるということ。

卑屈な態度でいれば、どこか伝わり、
相手にもネガティブな感情を引き出してしまうということ。

悩んでいるのは、けっして自分だけでない。
各々の課題を抱えながらみんな生きている。

そして、煩悩は、一生消えない。

しっかりと劣等感の本質や特徴を見極めるだけでも、
大きく違ってくると思う。

誰でもそうだが、噂話など気になる。

しかし、その噂話の中の世界観で、一生過ごすのか?

それとも、自分の人生の主人公を自分の手に取り戻すのか?

結婚してないと、生きる資格がないのか?

子どもがいないからと言って、人間失格なのか?

非正規社員だから、同窓会に出る資格がないのか?

思い癖というモノは、なかなか変わるものではない。

日々、訓練が必要であり、毎日自分と向き合う時間を
持つことが、あなたの人生をよりよくするような
気がしてならない。


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2018年06月12日

江戸の世界有数の経済成長を支えたのは富める者が構築した「セフティーネット」だった!!先日のNHKスペシャル「シリーズ 大江戸 第2集 驚異の成長!!あきんどが花開かせた“商都” 」を見て。

先日のNHKスペシャル
「シリーズ 大江戸 第2集 驚異の成長!!
あきんどが花開かせた“商都” 」


これもとても面白かった。

江戸前期の経済成長を支えたのが、当時の大名。

「天下普請」、「参勤交代」により、彼らの消費活動が
大きな原動力となり、江戸の経済を支えた。

その後、元禄バブルが終わり、その消費にも陰りが見え始めた。

物価上昇に対して、年貢などの収入が追いつかず、
消費にも大きく影響してきたようだ。

その後、実は江戸は、グングンと経済成長していたという。

一説によると、世界でもトップクラスの成長率だったようだ。

江戸の人口が100万とすると、その半分が武家、
そして残りの半分が町人。

武士の消費の時代が終わり、その後、グングンと伸びている経済成長を
支えたのが、その町人の消費活動であったとのこと。

現在、2020年の東京オリンピック・パラリンピックのため、
東京のあちこちから出てくる当時の遺跡。

その中で、長屋の跡地と思われるところから、けっこう豪華なモノが
出土しているようだ。

また、例えば江戸の大工でさえ、交際費として芝居に見に行くとか、
そういうことを行っていたとのこと。

武家から、町人50万にの新たな消費マーケット。

これをターゲットにして、いろんな商人の浮き沈みがあったようだ。

そして、時代が過ぎて、その町人の消費活動による経済成長にも
陰りが出てきた。

それは、貧富の格差だ。

さらに、それに追い打ちをかけたのが、浅間山の大噴火、、、。

東日本全体が灰に埋まったという。

それが原因で起こった天明の大飢饉、、、。

それにより、餓死者が10万とも100万とも言われている。

江戸の街でも、大商人めがけて、打ちこわしが相次いだという。

富んでいれば、ねたみを買い、打ちこわしにあったしまう商人たち、、、。

そんな商人たちが行った行動というのは、幕府に頼ることなく、
自らの力による、貧富の格差を是正する
「セフティーネット」の構築だった。

そのセフティーネットの構築が、社会の安定化につながり、
第三の経済成長の要因だったようだ。

商人たちは、それぞれ自費を集め、「町会所」を使った。

そこには、米蔵を建て、江戸市民が半年以上食べていける
米を備蓄した。

また、貧しい人には、救済として、半月分の食糧と、
現在にすると9万円ほどのお金を支給した入りした。

「情に通じ、足るを知ることが富である」
と、ある商人の言葉であるが、このころかなり「商人道」
というのも、目覚めてきたようだ。

そして、さらに江戸の街の大動脈である水路が、当時、土砂が堆積し、
機能しなくなってきたようだ。

それも、幕府ではなく、商人たち自らの手で、八年の歳月をかけ、
再建したらしい。

同じ時期、パリでは、貧国に苦しみ市民には、一切関心を示さなかった
フランス王朝が、市民によるフランス革命により、
崩壊してしまう。


ビルゲイツのことを思い出したが、
多くの成功者に、社会に寄付等の慈善活動をするように呼び掛けているという。

以前のアメリカ社会というのは、その強い宗教的な影響をうけ、
病院でも、大学でも、成功者の寄付により、建てられた。

そういうのが当たり前だった。

今では、だいぶ様子が変わってきたようだが、
やはり、その頃の方が、何かとうまくいっていたのでは
なかろうか、、、。

江戸の経済成長が、第一のカギが武家の消費活動、
第二のカギが町人の消費活度、そして第三が「商人によるセフティーネットの構築」
これらの三段階により、鎖国状態にもかかわらず、世界有数の
経済成長を遂げていたとのこと。

なんだか、もう一度、「江戸東京博物館」にでも、いきたくなってきた。


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2018年06月06日

限りのある「有限」という未来の中で、、、。石油文明の限界と新しい思想について、もう一度見る必要があるのでは、、、。

私は、セラミックスの原料屋であるが、最近つくづく思うことがある。

それは、資源の限界である。

いろんな原料が枯渇の危機が差し迫ったいる。

愛知県瀬戸市にあるうちの会社があるが、
あれほど豊富にあった世界最高峰と言われる
蛙目粘土が、あと数年で枯渇してしまう。

ここ数十年のその社会的な大きな流れを簡単に説明したい。

1960年代より、中東から、安価な石油が入るようになってきた。

その石油が我々の生活の隅々まで、大きな影響を与えたといっても
過言ではない。

我々は、その『石油文明』によって、我々は大変豊かになったが、
その反面、数十年経ってみて、大きな弊害がいろんなところに
現れ始めた。

その最大の一つが、あらゆる資源の枯渇である。

瀬戸市でも、愛知万博を機に、焼き物街瀬戸では、
「Re瀬ッ戸」運動が展開された。

捨てられた廃陶磁器を集め、パウダーにし、そのパウダーを50%
原料としてもう一度使う。


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この上の写真は、その時集められた廃陶磁器だ。

驚いたのは、高級な新品のノリタケのコーヒーカップなど、
まだまだ使えるものがたくさんある。

私の家でも、数年前、倉庫を方つけるときに、
思い切って「断捨離」をした。

その時、冠婚葬祭などでもらった、まだ使ってもいない、新品の引き出物による
焼き物がどれほど多かったことか。

心を鬼にして処分した。

その焼物の原料である、あれだけ豊富にあった粘土原料が
あと数年で枯渇するという。

そして、その粘土を掘った鉱山に、廃陶磁器を捨てている。

結局は、どんどん機械化が進み、どんどん作って
ドンドン捨てないと経済が回らない。

そのあげく、資源の枯渇、そして生産するにあたり、
莫大なエネルギー資源を使うことになる。


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これは、昔の焼き物を作る様子だ。

今では、大型のシャベルがドンドンと粘土資源を掘り起こし、
ダンプで運び、さらに機械化により、昔と比べて、
格段に製品ができるようになってしまった。

シャベルも、ダンプも石油で動く者であり、機械とふんだんに焼成ができるように
なったのも、石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料のおかげだ。

その挙句、物が出来やすくなり、各家の中の倉庫を占領し、
挙句の果てには、片付けのときに、廃棄物として捨てられる。

そして、ドンドン掘り起こして、ドンドン製造することにより、
もうその原料が枯渇するという。

我々は、石油という莫大なエネルギーを手にして、
ありとあらゆる原料を今、掘りつ尽くそうとしていう。

このような蛙目粘土などの原料だけではない。

これだけ、人口が爆発的に増え、それを支える近代農業では、
大きく化学肥料に依存している。

その化学肥料の重要な役割を果たしているリン鉱石も、
あと数十年で枯渇するという。

また、地下水(化石水)だ。

その農業、工業、また多くの人の生活を支える地下水、、、。

これも、近年、くみ上げすぎて、かなりその水位が下がっている。

蛙目粘土も、リン鉱石も、地下水(化石水)も、地球が
相当長い間をかけて貯めてきたものだ。

その歴史から考えても、ほんの一瞬という時間で、我々は
使い切ろうとしている。

そして、石油などの化石燃料も、同じことだ。

ありとあらゆる資源に限りがあるということ。

それを前提にして、これからの我々の生活、そして思想などを
考えていかなくてはならない。

世の中を見れば、例えば若者のTシャツ、バイクのタンクなどなど、
アメリカの国旗が描かれている。

この豊かな生活というのは、明らかにアメリカ文明の影響を
受けていることは、間違いない。

そのアメリカ文明とは、ほぼ同義語で石油文明である。

二百数十年前、階級的縛り、宗教的縛りから逃れ、
新天地を求めて、アメリカ大陸に渡ってきた。

そして、西へ西へと領土を拡大していって、
今の世界唯一の超大国となった。

その最初に渡った人たちの宗教的なバックボーンというモノは、
どういうモノだったのか?

「我々人間は、神から自由と幸福を追求する権利を
与えられている」

これが、アメリカの建国の理念だ。

広大な荒野を目の前に、我々は、自由なんだ
いろんな縛りから解放されて、自身の幸福を追い求めても、
いいのだ、それがこのアメリカ大陸という新天地なんだ。

広大な荒野、それに反してごくわずかな移民たち、、、。

「あそこは、俺が開拓したから、俺の土地だ」

「あそこは、俺が原住民から奪ったから、俺の縄張りだ」

目の前にある広大な荒野の開拓には、やはり「欲望」
ばっくにした「自由」と「権利」を主張した思想が
必要であったのだろう。

そこから、数十年後、アメリカで石油が発見される。

石油は、我々に莫大なエネルギーを与え、
そのおかげで、人間の活動がとてつもなく活発となり、
人口も増えた。

それを推し進めるのも、やはり思想的な裏付けがあった。

あの石油により大富豪にのし上がったロックフェラー氏。

二年ほど前、報道された
「NHKスペシャル新・映像の世紀
第2集 グレートファミリー 新たな支配者 」
が、これがとても面白かった。

アメリカが、なぜ急成長できたのか?

アメリカを作った男といわれるジョン・ロック・フェラー。

19世紀の半ばに、アメリカで大量の石油が見つかり、
時代は、石炭から石油に大きく転換するときであった。

ロック・フェラーは、その採掘された石油を、科学者を使って、
精製する技術を確立し、自らの会社をスタンダード石油と
名乗った。

アメリカの石油を90%を独占し、世界はロックフェラーの石油なしでは、
動くことができなかったほどだ。

そんなロック・フェラーを、自社の労働運動に対する対応に憤りを感じた
ヘレン・ケラーは
[ミスターロック・フェラーは、資本主義の化け物」
と、批判した。

また、ロック・フェラーが臨終を迎えるときに、
フォードに対して、
「さらば、友よ。天国で会おう」
と、語りかけたら、
フォードが
「あなたが、天国に行けたらね〜」
と、返答したらしい。

確かに、競争相手を徹底的に叩き潰す、その手法に対し、
冷酷さを感じられたようだ。

そして、批判にさらされる彼は、次のようなことを語ったとさ入れる

「非難がどれほど激しかろうと、我々が全世界に伝道を行ったのだ。
これは間違いない事実だ。富を築く才能は、神からの贈り物だと思う。
こうした能力を最大限に伸ばし、人類の幸福の為に役立てようと
神が与えてくださったのだ」

と、、、。

「World peace through trade」

これがロック・フェラー家に伝わる信念のようだ。

人を豊かにすることで、平和をもたらす。

その跡を継ぐロック・フェラー・ジュニアは、
莫大な富を利用してロックフェラー財団の活動に全力を尽くした。

それが資本主義伝道の手段にも、なっていた。

労働環境を整え、生産性を上げる、現地を所得を向上させ、
市場を広げる。世界に資本主義を浸透させる、遠大な計画であった。

大規模な慈善活動を行って、自社のイメージアップをはかる、
ロックフェラーは世界で一番金を使うのが上手い、と言われた。

確かに、市場が拡大すれば、そこまで、多くのモノを運ばなくては
ならないし、大地を切り開くためにも、莫大な石油という燃料がいる。

資本主義の浸透というのは、自社の発展であり、
さらにそれが世界に平和をもたらすと、信じていたのかもしれない。

「伝道」という彼の言葉の中にもあるように、
やはりロックフェラーを動かした大きな力は、
当時の新しい宗教的価値観だった。

モノが自由にいきわたり、みんなが豊かになる。

そのことにより、平和が訪れる。

「幸福を求める権利を神が与えてくれている」という
思想に明らかにつながっている。

しかし、ここまでグローバル化が進み、人間の活動が活発になり、
人口が70億を超えれば、もうそのような思想が
ベースでは、地球が持たない。

むしろ、限られた資源の中で、人が密集した思想、、、。

権利や自由の主張ではなく、協調と奉仕の思想でなくては、
もう人間社会が持たない。

「足るを知る」とか「空」の思想というような
日本的な思想って、私にとってとても新鮮味を感じる。

江戸時代、ほぼ鎖国で、資源の限界の中で、
多くの人が生きてきたこの日本、、、。

モノを大切にし、とことんリサイクル、リユースしてきた
我々日本人、、、。

それと同時に、閉ざされたなかで、その思想を熟成されてきた。

限界が見えてきたこの地球の中で、もしかしたら
日本的な思想が、次の時代に、かなり役立つのではなかろうか、、、。




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2018年05月27日

「比較」という妄想の中で、身をおけば、、、。


「人は、悲しみと喜びを比較してしまうことで苦悩する」

と、、、。

西田幾多郎氏の言葉らしいが、人間って、
この「比較」と言うのが常に付きまとう。

ある人が言っていたが
「『比較』が不幸をもたらす」
と、、、。


他人との比較、、、。

自分自身の過去との比較、、、。

他人の家の芝生は、よく見えるもの、、、。

ある人は、「自分は社会の底辺だ」というような
ことを語っていたが、本当にそうなのか。

実際に、毎日食事にありつける。

蛇口をひねれば、きれいな水が飲める。

女性が一人で夜道を歩ける。

70億人といわれる人類の中で、これだけそろった条件の
ところって、どれだけいるだろうか。

もう、何年も戦乱が続く、シリア。

200万人もの人が、難民として、故郷を離れなくては
ならなくなってしまった。

少し前の世代を見れば、95歳になるうちの会長の世代は、
同級生の半数が戦死されたという。

空から爆弾が落ちる毎日、、、。

常に空腹で、明日がどうなるか分からない日々、、、。

この平和、そして飽食と呼ばれるこの時代、、、。

どれだけありがたいことか、、、。

斉藤ひとりさんが
「だめな人は、すごい人と比較したがる」と、、、。

確かに、その通りだと思う。

そのすごい人と比較して、自分はだめだ、だめだと思っていても、
ただ自分に負荷がかかるだけのような気がする。

自分は、社会的に成功してなくては、ならないんだ。

出世してなくては、自分の居場所はない。

とか、考えがちであるが、そのような気持ちが
強すぎれば、自分を見失うことになる。

それよりも、冷静になって自分と向き合うことが
とても大事に思う。

本当の幸せとは、なんなのか、、、。

もしかして、他人の眼を気にしすぎているのでは
なかろうか、、、。

あやふやな噂話の世界観で、自分を評価しているのでは
なかろうか、、、。

上手くいえないが、一度きりしかない人生、
自分が主人公で生きていくには、どうしたらいいのか、、、。

この日本に生まれてきたことだけで、本当にもうけもん。

五体満足で入れることで、宝くじに当たったようなモノ。

家族がいて、友人がいて、親類縁者に囲まれて、
生きている。

これって、本当に当たり前のことではない。

どうしても「足りない」と思う気持ちが強くなるが、
「足りてる」と言うことが理解できるのかどうかで
幸福感って、ものすごく変わってくるような気がする。

「比較するなら、昨日の自分と比較してみたら」
と、誰かが言っていた。

例えば、このパソコンの周りを軽く掃除してみる。

乱雑だったものが目にはいると、それだけで軽いストレスを感じていた。

それから、開放された。

進歩じゃないのかな〜。

周りの小さなことの積み重ねが、本当の実力となり、
自分自身の肉となり、骨となる。

ただ、派手なことばかりに目を向けていても、
あせるばかりで、何も身にならないことが多いように思う。

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2018年05月25日

ハイデガー、「死を意識するからこそ、人生は輝くのだ」、、、。本当の永遠の命とは、、、。

今週のNHKの「世界の哲学者に人生相談」が、また良かった。

テーマは、「”死”、”死別”特集」だった。

Aさん 30歳 男性

「子どもの時から、死の恐怖に悩まされてきました。
正直、死ぬのが怖い。この恐怖から、解き放たれて
生きていきたい」

と、、、。

Bさん 18歳 女性

「死んだら自分って完全になくなるのか?
そう考えると不安が止まらない。
どうしたらいいのでしょうか?」

と、、、。

ゲストとして出演されていた坂上千里子さんは、

「それほど不安はない。死んだらおじいさん、おばあさんに
知らないところへ行くのではない」

と、、、。

いろんな人の意見があって、面白いね〜。

出演している世界の哲学者に、

「死について考えたことがありますか?」

と、質問に対して、すべての人が手をあげていた。

それほど、死とは、今を生きる哲学、思想に深く関係してくる。

解剖学者の養老孟司が、こんなことを言っていた

「現代社会において、「老後」とか「死」を、生活空間から
排除している」
と、、、。

確かにその通りだと思う。

むかしは、家で老いて死んでいった。

私の祖母が、20年ほど前、亡くなった。

亡くなる前、七年間、寝たきりの状態で、
それは働き者のだった祖母にとって、動けないというつらさは、
大変なモノであった。

寝たきりの状態で、おむつの中には、
ウンコ、おシッコと共存する毎日、、、。

祖母も大変だったが、七年間、母も本当によく介護した。

まさに、「老いる」ということは、どういうことなのか?

そして、みんなと別れ「死んでいく」というのは、
どういうことなのか?

ただ、お見舞いに行ったり、葬式に行ったりしているだけでは、
分からないことがたくさんあるような気がする。

それに、昔の人は、今より、身近で多くの人が死んでいる。

私の祖父の兄弟姉妹も7人いたが、子供の頃に4人亡くなっている。

戦争でも、多くの人が亡くなられた。

死の恐怖、、、。

もっと、身近であり、その恐怖、不安が生きている人間の心に
大きく負荷がかかってきたのではなかろうか、、、。

「死を意識するからこそ、人生は輝くのだ」
と、ドイツの哲学者、ハイデガーが語っていたとのこと。


人間は、死へ向かう存在だ。
死を覚悟すれば、本気で生きられる。

と、番組の中で、語られていた。

逆に
「もし、永遠の命だったら、どう生きるか?」
というような質問がされていた。

老いもない、死もない、そんな人生って、
なんだかふやけた状態になるのではなかろうか。

確か、あの「おくりびと」の原作本である「納棺夫日記」
を読んだとき、「余命一ヶ月」と宣言sれた
末期患者について次のようなことが書いてあった。

ある癌患者が、癌を宣告された。

そして、非常にショックであったが、
ある時、
「どうせ死ぬなら、生きれるところまで、
生きよう」
と、開き直ることができ、

その週間から、道端の石ころも、タンポポも、
目に入るものすべて輝いて見れるいるになったらしい。

もしかしたら、末期癌となり、自分の命が
あとどれくらいと悟れば、逆に、その期間が
とても大事に思えるのではなかろうか、、、。

自分もいずれ死ぬということが、しっかりと自分の中で、
受け入れられれば、生きるということが尊く思えるのではなかろうか。

死というモノを自覚したら、生というモノが
より強く浮上してきた。
相反するものが融合して、安らげる不思議さ、、、。

正岡子規の言葉を紹介したい。

その言葉は、子規が亡くなる二日前、
病魔にもがき苦しむ中でのモノらしい。

「悟りというのは、いかなる場合にも平気で死ぬることかと
思っていたのは間違いで、悟りということは
いかなる場合にも平気で生きていることであった」
と、、、。

また、こんなことも書かれていた。


<仲間>

死という絶対平等の身にたてば、誰でも
許せるような気がします。
いとおしくいきかう人もなにか温かい思いが
あふれ出ます。


何も思い残すことはない、
もう充分

啓介も、、、大介も、、、慎介も、、、
マミも、、、あなたも
みんな南無阿弥陀仏の諸仏になって
あなた方を育てましょう
 私は
私は真弥の南無阿弥陀仏になります
私は啓介の南無阿弥陀仏になります
私は大介の南無阿弥陀仏になります
私は慎介の南無阿弥陀仏になります
私は真吾さんの南無阿弥陀仏になります
・・・・・・・・・・・・・・・
門徒の方 有縁の方々の
南無阿弥陀仏になります
思い出したら、南無阿弥陀仏と呼んでください
私はいつもあなた方に南無しています

  鈴木章子著
『癌告知のあとで-私の如是我聞』
    探求社刊より
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・



「私は、あなたの南無阿弥陀仏になる」、、、。

深い言葉だね〜。

死後の世界はあるのだろうか?

さんざん、科学を学んでいた私にとって、
死後の世界は、ないと思う。

しかし、自分と言うのは、実は生き続けることになる。

人間を体と人格に分けて考えれば、
体を構成しているものの大部分は、水と二酸化炭素だ。

死んで、燃えれば、私の体は、水と二酸化炭素になり、
海の水に、大気中に、そして再び
植物なのか、動物なのか分からないが、再生されていく。

人格だって、何度も再生していく。

私は、自他共に認めるおじいさん、おばあさん子だ。

最近、齢を重ねてくると、どうも信仰深かった
祖父母が語っていたことが、ボディブローのように
聞いてくるようだ。

そして、その祖父母にも、親がおり、まわりにから
多大な影響を受けてきた。

馬や鹿の子どもは、産み落とされてから
すぐに起き上がろうとする。

人間の子どもは、歩けるまでに、2年ほど。
言葉をしゃべり、字を覚え、周りのルールを叩き込まれ、
一人前になるまでには、だいたい20年ほど変わる。

それまで、どれだけ周りの大人たちから、
影響を受けてきたことか。

ある精神科医が
「人間は、著しく周りから影響を受けている」
と、、、。

さらに、有史以来、人間社会の中で、莫大に残されてきた文字、、、。

そこから、親鸞さんや道元さんの教えを学ぶことができる。

人間の人格とは、延々と続いてきた人間の集団意識の
中で、再生産され続けてきた。

私も、その一つの現象に過ぎない。

例えば、「足るを知る」という事をしり、それを実践し続ければ、
道元さん、そして数多くの禅宗で修行された方々と共に生きることになる。

大変なやんちゃぼうずだった私は、ほんと面倒見のよい、周りの大人たちの
お情けで、ここまでこれた。

その大人たちに、恩を返すことは出来ないが、
私もなるべくそのような大人たちが私にしてくれたような
ことをしていきたい。

そうすれば、その恩人達の良心と共に生きることになる。

また、次の世代にそれが伝われば、恩人達と共に、
生き続けることになる。

そのような念というモノが、何度も何度も再生されていく。

死んだら、自我が解けるが、その念に溶け込み、
私自身も再生され続けていく。これって、ある意味、
死後の世界であり、永遠の命ではなかろうか。

恨みや妬みなど、ネガティブにどっぷりつかってしまえば、
そのような念と共に何度も再生されていくことになる。

周りの雑音に悩まされることなく、
自分の意志で生きる人って、周りに影響を与えやすい。

いいと思ったことを実践していく、別に誰にも遠慮することなどない。

どうせ、あと30年しか生きられないから、、、。

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2018年05月23日

カンヌ映画祭の女優のファッションを見て、、、。ある若い日の体験を思い出す。

先日、カンヌ映画祭の様子をネット上で見たが、
なんというのか、あの著名な女優の方々の衣装、
う〜ん、とどうしてもうなってしまう?

あれがファッション性と言えるのだろうか?

ああいう華やかな会場で、女性が肌を露にすること
というのは、西洋では、例えば平和の象徴とか、
こんな格好しても、安全だよ〜というような女性運動の
一環なのか、また、たまたま一人が派手になってしまい、
ドンドンと競争のように、あのような露出度に
なってしまったのか?

「おめ〜、男だからうれしいだろうが〜」

というような声も返ってきそうだが、なんというのか、
あそこまで堂々とやられると、なんとなくエロティシズムというのも
湧き上がってこないような気がする。

私が、二十代の頃、駆け出しの新入社員で、
ホテルで働いていたが、ある有名なファッションショーの舞台裏の
楽屋に、コーヒーを持っていた。

コーヒーをもって、薄暗い楽屋に差し掛かると、その楽屋から
一人の真っ裸な女性がこちらに向かって歩いてきた。

私が
「コーヒーをお持ちしました」
と、語りかけたが、
まったく無表情で、さっさとコーヒーをとり、
素っ裸の状態でさっそうと暗い楽屋へ消えていった。

当時私は、20代、、、。

私も、私の下半身もギンギンなのだが、まったく何も反応しない。

スレンダーできれいな身体なのだろうが、まるでサイボーグか、
マネキンを見ているようだった。

それに、なんとなくしっくりこない、もやもやした
感情が湧いてきた。

多分、男性の前であのように平気で裸で現れる。

私の男として見ていないのか?

植民地時代、例えば東南アジアなどの植民地で、西洋の女性たちが、
使用人である現地の人の前で、平気で裸になるという。

むしろ、人間として見ていないのか?

ということになるのだろうが、その時代としては、
明らかにそのような感覚であったのだろう。

ファッションショーの楽屋裏、こっちは20代そこそこの駆け出しのホテルマン。

ほぼ、同じ世代で、美しい容姿で華やかな世界で活躍する
ファッションモデル、、、。

そして、そのファッションモデルが私の前で、
無表情で平気で現れる。

正直な話、

「おどれのはだかなんか、何も魅力あらへんわ〜」

なんて、その瞬間は唖然としていたが、あとから
そんな感情が湧いてきた。

その夜、その楽屋にコーヒーを持っていくように指示した
先輩が飲みにつれてってくれた。

いつも厳しい先輩だがニタニタしながら、

「おまえ、楽屋裏でなんか見なかったか?」

と、聞いてきた。

どうも、みんな一度は、体験することであるが、
先輩も、その様子を見させたかったみたいだ。

「いや〜、びっくりしました。まさか、裸のモデルが
現れるなんて。しかし、まったく隠そうともせずに、
堂々とコーヒーを取り上げるようにもっていってしまいました。
でも、なんていうのか、あんまり魅力を感じませんでしたね〜」
と、率直な気持ちを語ったが、

先輩が言うには、
「あんな職業をしていると、感覚がマヒしてくるんだよ〜。
楽屋裏では、みんな裸族が当たり前。もちろん、男の人もいる。
そうすると、見られるということに対して、なんていうのか、
恥ずかしいと思わなくなってきてしまうようだ」

なるほど、なるほど。

確かにそうなのかもしれない。

私は、駆け出しのホテルマンで、当時、先輩には怒鳴られまくられる
ような日々、、、。

同じ世代の華やかな女性を見て、馬鹿にされた
というような感情が支配したのかもしれない。

一つのコンプレックスであるが、そのコンプレックスが
心の中を占領すると、やはり冷静になれず、自意識過剰となり、
視野が狭くなる。

むしろ相手は、ファッションショーの最中であり、
そんなコーヒーごときに、意識が向かない。

怒り、不安、妬みなどなど、煩悩により、心が占領されてしまえば、
どうしても極端な考えになってしまう。

これは、多かれ少なかれ、だれにでもあること。

いくら修行を積んでも、なかなか消えるものではない。

それより、そのような自分としっかりと付き合っていく
覚悟が必要のような気がする。

たとえば、そのような劣等感を抱けば、
それがエネルギーとなり、頑張ろうと思う気持ちが
湧き上がってくる。

そういう意味でも、そのようなコンプレックスも必要なのかも
しれない。

すべてのことがつながっている。

そして、人生、学び続けるように出来ている。

神様が、必要なときに必要なことを常に、準備してくれる。

そんなことをある人が言っていたが、
そのように思った方のが、人生有意義に
生きれるのではなかろうか、、、。

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2018年05月15日

「仕事」、「生き甲斐」、、、。

最近、NHKの「世界の哲学者に人生相談」という番組に
はまっている。

うちの嫁がいつもその番組を録画しているので、
先日みたものが、先週だったか、先々週だったか、
分からないが「働く」ということについてだった。

番組の中で

「生き甲斐が持てる仕事がなかなか見つからなくて、
何度も転職し、今は、小さな不動産会社で働いています。
そこでも、雑用業務ばかりで、仕事に生きがいを
感じません。どうしたらいいのでしょうか?」

           29才男性
 
と、、、、。

仕事に対する「生きがい「」か、、、。

しかし、自分の人生振り返ると、
果たして生き甲斐を感じる仕事ばかりであっただろうか。

躍動感があり、ドキドキするような仕事、
そんなことだけをやっている人って、ほんの一握りなのでは、
なかろうか、、、。

また、その人たちだって、いつも生き甲斐を感じてる
わけではないと思う。

例えば、ボクシングで世界を制した鬼塚選手の話。


少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。
俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に
辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。
そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。
しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。
「エッ、何なのこれ?なんで、何もないんや?」
「いや、次勝てばきっと何かが得られる」
そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。
試合が終わった夜は、生き残れた実感と自分が探し求めたものが何もなかったと
いう寂しさで発狂しそうになりました。俺は常に素直に飛び跳ねる自分で
おりたいのに、充足感がないから、「何でや?」という思いばかりが
虚しく深まっていく。最後の試合までずっとその繰り返しでした。
  (『週刊文春』平成6年11月)

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この鬼塚選手のように、プロボクサーとして、好きなことを
一生懸命やっていて、さらにそのトップを極めても、
そこに待っていたのは、生き残れるかどうかという
猛烈な恐怖感、、、。

華やかな仕事のように思えるが、華やかな仕事ほど、
競争率が激しくなり、まさに生きるか死ぬかの
生存競争に、さらされることになる。

それに、自分の人生を振り返って、
私も今の仕事が、三つ目の会社だ。

転職も二回し、アルバイトを含めて、
いろんな仕事に接してきた。

その中で経験したこと、一つ一つが私にとって、
とても重要であり、もしそれらのことがなければ、
今の私は、存在しない。

今は、セラミックスの会社で働いているが、
その前は、まったく職種の違う都会の真ん中の
大きな外資系のホテルの宴会部で働いていた。

しかし、そのホテルで働いていた経験が
今も十分生きている。

その一つは、コミニケーション能力だ。

それが、私の中で今、生きている。

さらに、世の中を見る視野という面では、
明らかにホテルの方が、いろんなことを見ることができる。

また、なかなか仕事が覚えられなかった私に対して、
ある先輩が
「仕事って、サバイバルゲームなんだよ。誰も、
何もおしえてくれない。自力でやるしかないんだ」


ということを教えてくれた。

ものすごい、忙しい中で、まさにその瞬間、瞬間が
大勝負だった。

そんな中で、仕事など誰も教えてくれないし、
ただもまれながら、覚えるしかない。

例えば、本来ならば社員である私が
アルバイトを使う立場なのだが、
その大学生のアルバイトに
「教えてほしいか?」
と言われることも何度もあったし、
そんな時は、思いっきり頭を下げて
「教えてください」
とも、よくいったもんだ。

では、もし、そのような下積みが経験しなくて、
本当にいい仕事ができるのだろうか。

まず、できないと思う。

例えば、ある戦争体験者に軍隊の話を聞いても、
どこにでもいるだろうが、古参兵という人が
必ずいる。

たとえ、将校として、その小隊,中隊なりに
派遣されても、その古参兵に頭が上がらない。

こんな話って、どこにでもある。

とにかく実力をつけること。

誰も教えてくれないし、世話もしてくれない。

そんな中で、誰にも頼ることなく、自力で実力をつけ、
何とかそこで生きていく、そのような厳しさをホテルで働いたときに、
強烈に実体験として、強烈に学んだような気がする。

高校を卒業して、最初の会社もそうだ。

同じ製造業であるが、これも全く違う。

そこは、とても社員教育がしっかりしていて、
そこで、本を読むこと、日記をつけること、
通信教育や何らかの免許にチャレンジするなど、
一生、勉強し続けることだということを
教わった。

それが、今の自分にどれだけ、助けになっているか。

当時、二十歳ぐらいの私は、
あまりにも会社が「勉強、勉強」というので、
嫌になり、そのトップの自宅まで押しかけ

わしは、勉強が嫌で就職したんだ。
何で、就職してまで、勉強しなくてはならないんだ」

と、、、。

本当に、馬鹿も、大馬鹿だった。

そんなところから、私の社会人としての人生が
スタートしたのだが、今まで経験してきたこと一つ一つが、
私の肉となり骨となっている。

ただ、「好きな仕事じゃなければ、嫌だ「」とか、
「生き甲斐を感じない「とやりたくない」
若いうちから言っていると、ただ時間をロスしてしまい、
非常にもったいないように思う。

それより、ある人の言葉だが、
「神様は、必要な時に必要なことを与えてくれる」
と、、、。

今、あなたにそのことが、必要だから、
神様は、そのことをあなたに与えてるのだと、、、。


一つ経験すれば、一つまた違う面からものごとが見えるようになる。

今の価値観、今の生きがい、いろんなことを経験していけば、
大きく変わってくるのではなかろうか、、。

無駄なことなど一つもない。

人生とは、その一瞬、一瞬の連続であり、その連続が
人生そのもの。

今の一瞬が、次の一瞬に深く影響し、その積み重ねで
人生が大きく左右する。

「何処にも逃げ道などない。苦難の今を引き受け、
苦難の世俗を生き抜く覚悟がいる」


と、昨年NHKのEテレ100分にで名著で、紹介された
「維摩経」で語っていた。

とにかく、今与えられている仕事を一生懸命やること。

そうすれば、また違う視界が開けてくるのではなかろうか、、、。



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2018年05月11日

プライドを持つ、プライドを捨てる、両方とも大事なことでは、、、。

むかし、スズキの宣伝で織田裕二が
「プライドを持つ、プライドを捨てる、両方とも大事なことさ〜」
というようなフレーズをコマーシャルで語っていた。

私は、この言葉がとても気に入っている。

例えば、ある講習会で出席したとする。

最後には、だいたい質問コーナーがある。

自分の中に、分からないこと、しっくりこないことがあったとしたら、
みんなの前で果たして、ビビりながらでも、手をあげて
質問することができるだろうか?

私は、30才の時に、当時働いていたホテルマンをやめて、
セラミックスの会社に転職した。

多くの人は、
「おまえ、馬鹿じゃないの」

と、言われたが、やってる本人は、真剣そのもの。

セラミックスの会社に入社してみて、強く思ったことは、
圧倒的にそれに関する知識が欠乏していること。

30才での転職、それと同時に結婚もした。

私の中には、相当、気負うモノがあった。

そんな時に、よく会社から講習会に参加させてもらったが、
座る席は、常に一番前、、、。

そして、勇気をもって、分からない時は、質問をした。

そんなこと、慣れてくると、どってことなくなる。

ある講習会の後、いつものように質問すると
気難しいような50代の人に
「君は、この研究会に来るべきではない」
と、ののしられたこともある。

しかし、会社が時間とお金をかけて
私をその講習会に参加させてくれている。

わからないまま、そのまま放置していいのだろうか?

結婚もしたし、養わなければならない家族もいる。

このままでいいのだろうか?

そう思えば、「学ぶ」ということにこだわり続けった。

たとえ、馬鹿にされようが、そんなプライド必要ない
と、自分に言い聞かせた。

そんな「学ぶ」という姿勢で、10年、20年、ひたすらやってこれば
かなり違ってくると思う。

どんなところに行っても、まず自分を大きく見せようと
する人もいる。

しかし、私に言わせれば、もったいない限りだ。

学ぶチャンスをそれだけ失い続けている。

さらに、自分必を必要に大きく見せようとすれば、
それを言葉で発し、耳で聞き、相手の様子を目で見る、
そうなれば自分の脳にそれがインプットされてしまう。

実際とは、違う虚像がこびりつき、それに縛られることに
なるのではなかろうか、、、。

知識豊富な自分が、こんな質問はできないとか、こんな失敗はできないとか、
それだけで自分を縛りつけることになる。

また、実際の自分と、虚像の自分とのギャップに、
意識下か、無意識なのか分からないが、苦しむことになるのでは、、、。

否定しても、否定しても、現実の自分を
突きつけられることになるのでは、、、。

等身大の自分自身でいるということ。

これにも勇気がいる。

勇気を振り絞って、常に自分自身と向き合うこと、
これってとても大事なのではなかろうか、、、。

その一瞬が次の一瞬に大きく影響する。

人生とは、そんな一瞬、一瞬の連続だ。

今を大事に、やるべきことをやるか?
今日も本当の自分から、目をそらし、虚像の自分にしがみつくのか?

いつでも、どこでも、素っ裸になる勇気、
これって大事なような気がする。

「プライドを持つ、プライドを捨てる両方とも大事なことさ〜」
いい言葉だね〜。



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2018年05月09日

あなたにとって「幸せ」の定義とは、、、。

 昨日、会社が終わり、夕方、母と話していると

「今、K叔父さん大変なことになっているよ。
一昨日も、T叔母さんを連れてうちに来たが、
とにかくおちつかず、ぶつぶつぶつぶつ
言っている。そのことを少し注意したJおばさんに、
たたいてきた」
とのこと。

K叔父さんの奥さんにあたるのが、Tおばさん。

Tおばさんとは、うちの父の実の妹で、
認知症がかなり進んでいるという。

服も自分で着替えられないし、何やら叫んでばかりいるし
まるで幼児のような状態らしい。

それでも、Kおじさんは根気よく、世話をしてくれている。

うちからお嫁に行ったので、うちの母が
「ほんと、すいませんね〜」
と、Kおじさんに言うと、

「いや、いや、これも人間修行ですよ。これもなにかのご縁ですよ」
と、、、。

「修行」、「ご縁」、、、。

信仰深い、叔父らしい言葉だ。

人生の中で、このような困難と思えることって、
何度も遭遇する。

その時に、どう感じるのか、それにより
人生、大きく変わってくるような気がする。

例えば、パワハラの問題、、、。

だれだって、パワハラって受けたことがあるし、
家庭内にも、恋人同士にも、ある事のように思う。

人間、どうしても「我」というモノが存在する。

複数、あるいは集団で生きている以上、必ずその「我」というもが
衝突するものだ。

私も、若いころ、徹底的にやられたそのパワハラをうけたが、
そのパワハラをうけたからこそ、そのようなパワハラに対して、
免疫力がついたように思う。

一見、不幸、不運に思うようなことに遭遇しても、
時間が経って振り返れば、果たして
「あの事がなかったら、今の自分は存在するのだろうか?」
と、思うことっていくつもあるように思う。


むしろ、人生において、何一つ無駄なことなどない。
すべてのことが必然必要であり、神様が常に
必要な時に必要な出来事を用意してくれている、

そんな風に思えば、たとえ不運と思えることでも、
乗り越えようとする勇気が湧いてくるのでは、、、。

心の持ち方、モノの見方一つで、人生大きく変わる。

不平不満で頭一杯にしていれば、何も生産性はないし、
視野が狭くなってしまう。

それより、今、神様から与えられたことを全力でやる。

そのことに尽きるのではなかろうか。

人生とは、その一瞬、一瞬の連続であり、その連続が
人生そのもの。

今の一瞬が、次の一瞬に深く影響し、その積み重ねで
人生が大きく左右する。

「何処にも逃げ道などない。苦難の今を引き受け、
苦難の世俗を生き抜く覚悟がいる」


と、昨年NHKのEテレ100分にで名著で、紹介された
「維摩経」で語っていた。

神様、仏様、、、、。

有史以来、人間は宗教から切り離されたことはない。

どの国でも、常に何らかの神が存在した。

心の中に、神なり仏なり、何らかのもう一つの人格を
持つことって、もしかして、心の安定に
とても必要なことではなかろうか、、、。

宗教、宗教と毛嫌いするが、たしかに高い月謝を
新興宗教などに払う必要はない。

昔ながらの氏神様、仏様、ご先祖様、お地蔵さんでもいい。

特に日本の仏教など、かなり熟成され、人生を歩んでいくうえで、
いろいろと参考になることが多い。

ふと、信仰深いおじの言葉を聞いて、そのように思った。



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2018年05月08日

過去との遭遇、、、。むかしの「日報」を読み返してみて。人間なんって決して一人では何もできない。多くの人に助けられて今があるということ。

私も、今の会社に入社して、22年目に突入した。

今では、すっかり古株になり、新入社員などに
仕事を教える立場になってきた。

そんな時、いつも思い出すのが、このノートである。



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そこは、40人ほどの会社であるが、
親会社から会社の経営を任さされているM常務が
事実上のトップであり、「少数精鋭」「を掲げ、
社員教育に熱心であった。

とにかく、M常務は
社員全員に通信教育をさせ、資格、免許を多くとらせ、
会社に図書室を置くなど、会社の成長と個人の成長を
リンクさせるような会社経営であった。

特に若者には、なおさらであった。

例えば、高校三年の10月ごろ、その会社にに就職が内定すると、
卒業までの半年間、毎月、会社に行って、本を渡される。

一ヵ月以内にその本の感想文を書いて来いという。

私は、本を読むことも嫌いだし、感想文など
最も苦手であった。

そして、会社にも、図書室を作り、
M常務は、社員に本を読む習慣を身につけさせたかったようだ。


また、全社員に通信教育をさせ、
それが特に会社の業務と関係ないものでも、
受けさせてくれていた。

危険物などの免許にしろ、積極的に講習にも
行かさせてくれ、社員の中には、なかなか取れないような
難しい試験をパスにている人もいた。

とにかく、高校を卒業したばかりのあかんたれの私に対しても、
勉強勉強の毎日、、、。

当時の私は、勉強が大っ嫌い。

常務の家まで行って、
私は、こんなことを怒鳴りつけた

「わしは、勉強が嫌で就職したんだ。
何で働いてまで、勉強しなけりゃーいかんのだ」

と、、、。

ほんと、今思えば、馬鹿も馬鹿、大馬鹿野郎である。

そんなとても子供の私に常務は、コンコンとその必要性を
語ってくれた。


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そのあかんたれだった私に対して、周りの大人たちが
ホント熱心に正面から向き合ってくれた日々のことが
この日報ににつづられている。

今日の仕事内容、また仕事上で疑問、私生活での疑問、
私が書いたモノを常務から、工場長、課長、係長、班長と
多くの上司が、一人一人閲覧し、その感想を書いてくれた。


この日報を開けてみると、誤字脱字ばかり、文章も情けないぐらい幼稚。

例えば
「今日は、一日ドラム缶詰めをやった。なんだか、とても疲れた。
早く昼休みがこないかな〜と思った」

とか、、、。

そんな私に対して、班長、係長、課長、工場長、常務らが
一人一人、コメントを書いてくれている。

何で疲れるのか、どのように仕事を進めれば、
効率が上がるのか、よくよく考えてください」 課長

、、、
「仕事は、一生しなければならない。その仕事とどのように
向き合うのか、真剣に考えれば、よりより人生に出会えると思います」係長

とか、
まったく、ガキンチョの私に対して、周りの大人たちが
愛情というものが、あらわれている。

本当に、この日報を見ると、当時20歳前後だった
私と遭遇し、まったくガキんちょだった私自身と
遭遇し、穴があったら入りたいほど、恥ずかしい思いをする。

それと同時に、

「自分は、こんなところから這い上がってきたんだ。
この頃に比べれば、かなり成長している」
と自信が持てるのもじじつである。

まさに、この日報というのは、私の原点。

ここから、いろんなことを経験しながら、
ここまでこれた。

その後、私は、みんなが止めてくれるのを振り切って
やめてしまう。

そして、そこからホテルに就職した。

やはり、会社が変われば、その社風も変わる。

ホテルのようなサービス業と製造業では、その内容も違うし、
新入社員に対する教育方針も違う。

常に言われことが
「まだ、そんなこともできんのか?」

「まだ、そんなこともしらんのか?」

丁寧に、一から教えてくれるということなど、
そのホテルではありえなかった。

私は、25才で再就職した。

同期は、私よりもみんな若いし、年下の上司も何人かいる。

やはり、私に対して言いづらい面もあるだろうし、
私自身も、どこか居場所がないような思いもしたことがある。

しかし、そんな環境にあっても、仕事に対する実力というモノは、
一年、二年経った来ると、年下の同期と私とでは
かなり差が出てきてしまった。

歳の若い新入社員なら、多くの先輩からいろんなことを
仕込まれていく。

しかし、私は違った。

そこから、もうプライドをかなぐり捨てて、
とにかくがむしゃらに仕事を覚えていった。

そんな中で、一つ目の会社での教育方針、
これは決して当たり前ではなかったということ。

そして、それがどれほど、有難いことであったか。

その会社で、仕込まれた、本を読むこと、
日報という日記を書くこと、そして日々勉強し続けること。

これが、どれほど、その後の私の人生を助けたことか。

常に本を読み視野を広げる。

日記を書き、常に自分を客観的に見つめる。

勉強など、今では大好きになり、三十代で5年間かけて、
放送大学を卒業した。

高校を卒業してから30年以上がたった。

それらのことで積み上げてきたことというのは、
私の本当の財産であり、宝だ。

それには、当初、面倒見のいい大人たちに出会ったこと。

そのことが、とても大きかったような気がする。

人間なんて、決して一人では何もできない。

「周りの多くの大人たちの助けにより、ここまでこれたんだ」

そのように思えるようになれば、どこか煩悩を薄まり、
心がすっきりする。

本当の幸せとは、自我を薄めることから
始まるような気がする。

すでに、当時のM常務は、他界されている。

その人らに、直接恩返しすることは、できないが
自分もそれなりに、周りの人になるべく良い影響を
与えて聞けたらと思う。



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